IS学園の猫ちゃん 作:只の・A・カカシです
また一ヶ月以上開いてしまいました。(m_ _m)
着手していない先の話はあれこれネタが思い付くんですけど、いざそこまで辿り着くと途端に思い付かなくなるのって何でなんでしょうか・・・。
その日も、松戸は整備室に篭ってエンジンのチューニングに勤しんでいた。
作業を始めてから、すでに二時間が経過していた。
〈・・・ん?〉
作業中ともなれば昼休みを知らせるチャイムの音さえも耳に入らないほど没頭する彼が、不意にその手を止めた。
〈・・・間違いない、回ってる。これはF3エンジンか?〉
アイドリング中のジェットエンジンが発する『キーン』という高音。その音質からエンジンの種類を特定する。
〈・・・そういえば、T-4が来たんだった。〉
音の主を思い出すと作業を再開する。最初のうちは、機器点検をしているのだと思い気にも留めていなかった。
ところが、しばらくするとエンジンの唸りが大きくなった。そこで初めて、離陸に向けて点検をしていることに気が付く。
〈・・・あれ?来栖さん来た?〉
しかし来栖は、F-14の改修の進捗確認のために出張しており終日不在の予定。
それを分かった上で松戸が疑問に思ってしまったのは、ここに在籍している人で航空機を飛ばせられるのが『来栖翔霧』以外にいないと思い込んでいたから。
直後、エンジンの音がスーッと遠ざかっていく。
〈うん、工程が順調に進んでたから帰ってきたんだな。〉
自分が知らないだけなのだろうと、別に誰にも迷惑をかけない話なので松戸は強引に解釈する。
それと同時に、曲技飛行をするのではないかという期待も持った。
ならば作業をしている場合ではないと、十分に片付けられているように見える工具を工具箱に戻してからダッシュで滑走路へと飛び出していく。
「んん!?」
目に入ったのは、滑走路から上空に向けてうっすらと残る白いスモーク。おそらく期待通りの状況だと、彼は頬を緩ませる。
ほどなく戻ってきた青と白の二色に塗られたT-4は、格納庫から滑走路に向いているときに右後ろとなる方向から進入してくる。
スモークを引き始め、右に一八〇度ロールを打ち背面になる。
小手調べと言わんばかりに五秒ほど継続した後、左に一八〇度ロールして飛行姿勢を戻す。一拍おいて大きくループをして再度右後ろから進入、左に三回転ロールを打って離脱する。
「こんな飛行、初めて見たな。」
ふと声がするので松戸が視線を落とす。そこには離陸の片付けを終えた整備士が、見学のために滑走路へと出てき始めていた。
「お、来た!」
一人が指差した方向に、全員が顔を向ける。
先ほどと一八〇度逆の方角から進入してきたT-4。次の瞬間、機体を九〇度ずつ横転させていく『
その機動自体は航空祭などで割と行われる演目。ただ一つ、普通でないのは雲ひとつない夏空のキャンバスに引かれたスモークの軌跡が、定規で引かれた線のように乱れがないこと。
「ふぉぉぉ・・・。カッケェ。」
「美しい。」
圧倒的な操縦テクニックに感嘆する整備士達。
「上手いだろ。
当然、その内の一人であった松戸の横へと森田が寄ってきてそう声を掛けた。
「トップクラス・・・。流石としか言いようが・・・。」
そんな話より曲技飛行に集中していたい松戸は生返事をする。
彼らの視線の先でT-4は、次の演技のため大きく右のロールを打って左旋回に入った。
三〇分後。T-4が滑走路から校舎の方へと、スモークを出さずに低空を低速で通過していくのを見て、一同は滑走路から退避した。
少しして、三六〇度旋回をしたT-4が着陸灯をつけて滑走路へと降下してくる。ゆっくりと接地、スピードブレーキを開いて減速を開始する。
十分に減速すると、スピードブレーキを閉じて格納庫へと向かってくる。
あと一〇〇メートルと言ったところでキャノピーが開かれた。
さらに移動を続けて格納庫の手前で右折、格納庫横の駐機場(サブ駐車場)で止まると整備士が手歯止め用の木をもって近づき、タイヤを挟むように置く。それを確認した森田がハンドサインでエンジンカットを指示すると、波の音が聞こえるほどの静寂が戻った。
他の整備士たちがせわしなく動く。
しかし松戸は、エンジンの分解整備が専門であるため今ここでできる作業はない。だから「素晴らしい演技でした」と、来栖が機体を降りたら感想を伝えようとしてT-4のコックピット下に近づいた。
パイロットを見上げていたとき、松戸はふとパイロットの装備に違和感を覚える。
〈ん?緑色?〉
彼の記憶が定かなら、来栖は青色系の装備を使用している筈だ。それに体型も来栖のようには見えない。
松戸が少し首を傾げ「誰だ?」と思い見ていると、コックピットでの作業を終えたパイロットがヘルメットを外した。
〈や、柳原さん?!〉
なんと前席に座っていたのは、このチーム最年長の整備士である柳原であった。
しかも、あれだけの機動飛行を終えた後にもかかわらず、あと数年で還暦になる柳原はピンピンしている。
驚異的な体力に松戸は目を見張った。
それはそうと、来栖に声をかけなければ。そう思って後席に視線をずらす。
ところが、そちらも装備は緑色のものを装着している。それにこちらは、明らかに体形が違う。
「まさか」と思い身構える松戸の視線の先で、後席のパイロットがヘルメットを外す。
「エッ・・・。」
その
松戸の思考は完全に停止し、暑さを忘れ立ち尽くす。
そんな彼を現実に戻したのは『ピッ』という警音器の音だった。
「オラァ、引くぞ!」
我に返って左を向けば、森田が運転するトーイングカーがT-4と連結されていた。格納庫にいたトーイングカーが機体と繋がれていると言うことは、そこそこの時間が経っている。松戸は慌てて離れた。
周囲の安全が確認できるとすぐに、森田は推進運転で機体の移動を開始。トランシーバーで状況確認を行いながら作業を進めていく。
〈あれ?T-4ってこんなに大きかったのか。〉
トーイングカーの後方から作業を見ていた松戸は、T-4が格納庫の扉を通るタイミングで、T-4の翼端と格納庫の扉との余裕がF-14の時と同じほどしかないということに気が付いた。
戦闘機としては大型のF-14。片や中等練習機のT-4。もし両者を並べて正面から見たのなら、見た目上は圧倒的な差があるように見えるだろう。
しかし艦載機として作られているF-14は、空母の艦内に格納できるよう高さが制限されており横幅にも制約がある。つまり横幅と高さの寸法を比べたなら、T-4とそれ程の差はないのだ。
〈・・・あ、でも全長は全然違うな。〉
そうこうしている内に、T-4の移動が完了した。格納庫内に入り今一度見直してみると、機体と壁との距離が開いており、全長に関しては世界最大の艦上戦闘機と言われるだけあってF-14が圧倒していた。
主脚に手歯止めが設置され、トーイングカーが切り離される。トーイングカーはそのまま所定の位置に自走していった。
移動が終わったことを確認して、松戸はコックピット下にもう一度移動する。梯子はかけられており、いつでも降りられる準備が整っていた。
「諏訪さん!」
「はい。」
先に機体から降りてきたので、松戸は取り敢えず声をかけた。
「諏訪さんは戦闘機のパイロットだったんですか?」
「そうだけど?・・・あれ、言ってなかったっけか?」
「おかしいな」と首を捻る諏訪の正面で、松戸は目をらんらんと輝かせる。
「僕、T-4のアクロ飛行に乗ってみたいんで乗せてください!」
すると諏訪は、ビックと首を真っ直ぐにしたかと思うと、松戸とは対照に表情を曇らせた。
「そんな弱っちい体つきですか?」
「い、いや、そんなことはないよ。でも、頼むなら来栖さんがいいよ。」
途端にしどろもどろになる諏訪。そんな彼を助けるように上から声がする。
「こら、松戸!諏訪に迷惑をかけるな!」
「えっ?」と思い、反射的に柳原に視線を向ける。
「迷惑かけました?」
「かけてるよ。」
意味が理解できず、松戸は首をかしげる。
「分からんヤツだな。聞くなってことだ!」
機密情報でもないのになぜ。興味が勝った松戸が聞き返そうとした、丁度そこへ。
「大丈夫です、柳原さん。」
諏訪が割り込んだ。
そして、なぜか頭を下げた諏訪。
「操縦してたのは俺じゃなくて、柳原さんだ。」
「はい?・・・あ、そうなんですか。僕こそ早とちりしてすいませんでした。」
何も悪いことをしていないのに謝らせてしまったことを申し訳なく思い、松戸は両手を振って気にしないでほしいというジェスチャーをする。
「・・・取り敢えず避けてくれ。ワシが降りられん。」
松戸と諏訪が梯子の正面に立っていたので、いつになったらどくのかと、朝礼で生徒の私語が止むのを待つ校長先生のように傍観していたのだが流石にしびれを切らせた。
「「あ、すいません。」」
二人は同時に散開する。
柳原はコックピットで立ち上がり、姿勢を変えながらゆっくりと梯子を下りてくる。
「やー、疲れた。十年前ならもっと飛べたのに。」
流石にへたり込むようなことはないが、梯子に手をかけて軽く顔をしかめた。
「柳原さんもパイロットだったんですか?」
「あぁ、そうだ。知らなかったのか?」
「はい。」
柳原は諏訪と同じように「言っていなかったか?」と言いたげに首をかしげる。
「ってことは、さっきの操縦は柳原さんがしていたってことですよね?」
「まあ、厳密にいえばそうなるな。」
「素晴らしかったです!!」
松戸が柳原の手を取った。
「気持ち悪いわ!!」
当然というべきか、柳原は電光石火でその手を振りほどき、サササッー!と後ずさりする。
「柳原さん、乗せてください!」
「ばかたれ!ワシのは、とっくに失効した。」
「え?でも操縦してんじゃ・・・?」
「した!だから資格のある諏訪に乗ってもらったんだよ!」
「?」
柳原の言っていることが理解できず、松戸は首を傾げたまま固まった。
「諏訪さんは教官の資格持ってるんですか?」
何気ない松戸の一言に、二人が同時に目をそらす。
「痛いとこ突くな、ほんま・・・。松戸、いいか。諏訪が操縦しているときにワシの手が操縦桿に当たっただけ。そういうことだ。」
「・・・あ、なるほど。わかりました。」
本筋からそれた上にあまり踏み込んで聞くべき話ではないと、ようやく松戸は気が付いた。
「というよりだな、そんなに乗りたいなら来栖に頼め。アイツなら、よっぽどじゃない限り『OK』してくれる。」
「え、嫌です。」
柳原の提案に、どういうわけか松戸はそれまでと打って変わって難色を示す。思わず柳原は、T-4についていた手を滑らせた。
「来栖さんって滅茶苦茶な機動をするらしいじゃないですか。ここへ来る前にいた会社で空自の人から聞いた話ですけど、流石にそれは怖すぎます。」
誰だ、そんなことを吹き込んだのは。柳原は首を傾げる。
「まあ確かに、常識じゃ考えられない飛行はするな。けど、それは戦闘中だけだ。ワシの知る限り、あれだけ滑らかに戦闘機を操縦できるパイロットは他にはいない。」
「なるほど。でも今日見ていて、柳原さんの飛行の方が安定しているように思ったんですけど。」
「そりゃ技術は、今でもワシが圧倒よ。」
譲れないものがあるような口調なのだが、柳原は、それに意味はないと言わんばかりに不機嫌な表情をする。
「来栖の操縦は常人とは比べられん。傍から見たら危なっかしく見えても、実際に乗ってみたら全くブレがない。技術でどうにかなる次元じゃない。才能なのか・・・とにかく、地上で止まってるのかと思うほど機体が揺れない。怖い思いをしたくないなら、ワシらより絶対に来栖がいい。」
同じパイロットとしてのプライドなのだろうか。柳原は本当に悔しそうに断言した。
「・・・でもちょっと前に、ラウラさんが来栖さんの操縦に乗った後、ゲッソリして降りてきた気がするんですけど。」
乗りたいとは言っても怖い思いはしたくない。何とも贅沢な男である。
「それは、ラウラがIS乗りだからだ。というより機動じゃなくて離着陸で精神をすり減らしたんだろ。T-4でならワシも平気だが、F-14だと乗っているだけでも離着陸で精神が擦り減る。翼端を擦ってるんじゃないかと思うよ。ま、何にせよ来栖は真面目だから、言っておけば相当優しいフライトを心がけてくれる。」
「・・・本当ですね?」
「あぁ、本当だ。」
「分かりました。来栖さんに聞いてみます。」
「あぁ、聞いてみろ。」
そこで柳原はクルッと向きを変え、更衣室へ向け歩き出す。
そしてボソリと、松戸へ届くか届かないかのギリギリの声でつぶやく。
「まあ嫌でも、今月末には乗ることになるけどな。」
「へ?何ですか?」
「俺の独り言だ。」
聞き取れなかった松戸が聞き返してきたが、柳原は彼に見えないようにニヤリとして何事もなかったように立ち去った。