IS学園の猫ちゃん   作:只の・A・カカシです

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第28話 ブリュンヒルデの依頼(前編)

 盆初日の土曜日。来栖の姿はIS学園の体育館にあった。

 来栖が昨日、緊急時の指揮の代打を任されたときにこの場所を指定した理由。それは娘の優里香が所属するハンドボール部の練習試合が行われるからだった。

 「カバー入って!」

 「マッチ!パス!」

 練習相手のチームのシュートが決まり、IS学園側のゴールネットが揺れた。

 「「「ナイスゴール!」」」

 フィールドの選手がハイタッチをする。スタンドから試合を見ていた相手チームの保護者やベンチ外選手たちもゴールに喜ぶ。

 〈しかし・・・お母さんばっかりだな。〉

 いつ呼ばれても動けるようにと、非常用通路の出入り口付近でポツンっと試合を見ていた来栖はスタンドを見てそう思う。

 〈まあトイレも少ないし、仕方ないと言えば仕方ないか。〉

 そもそもIS学園はISと言う機密事項を扱う場所であり、長期休暇中の警備がし易い状況でもなければ他校を招待して試合などしない。故に、関係者以外が立ち入れることは学校の設計時から考慮されていないと言える。

 「はい、来栖です。」

 その時、不意打ちで電話が着信を知らせる。緊急連絡に対応する体勢を取っていたので、着信とほぼ同時に電話に出る。

 『おぉ、早っ!』

 電話の向こう側から、轡木の驚く声が聞こえた。

 「何か用でしょうか?」

 「忙しくなければで構わないのじゃが、こっちに来られるかの?」

 「えぇ、大丈夫です。場所はいつものところですか?」

 「いや、応接室じゃ。」

 それならここから近いな。

 「分かりました。今から向かいます。」

 電話を切りポケットに仕舞う。点差を確認して立ち上がると、指定された部屋に向け非常用通路を通って向かう。

 「お待たせしました。」

 「急に呼び出してすまないのう。」

 部屋に入ってまず感じたのは、殺気立っていないと言うこと。その状況からして緊急事態ではないことを確信する。

 不意に、もう一人いることに気が付いた。

 「あ、どうも。お世話になってます。」

 来栖がお辞儀をすると、彼は手を上げて会釈を返してきた。

 「お久しぶり。毎日、暑いね。」

 そう言ってから、持っていた湯飲みを机の上に戻す。

 「来栖君、座って下され。」

 轡木にそう促された来栖は男の正面に腰掛けた。

 「ここに来た理由、君には分かるだろうが敢えて言う。この間のプールの件、手口は不明だが犯人は分かったぞ。」

 彼はクリアファイルに挟んだA4サイズの紙を鞄から取り出して来栖の前に置いた。

 「これは・・・ラウラ?」

 その書類の右上には写真が貼ってあり、パッと目に入った。そこに写っていた少女を見たとき、やや幼さは感じるもののラウラと見紛うほどよく似ていた。

 「惜しい。」

 「惜しい?」

 どういう具合に惜しいのか来栖には検討がつかない。

 ただし、クイズではないので無理に当てに行くつもりもないのだが。

 「彼女・・・ラウラ・ボーデヴィッヒについて出生は知っているのか?」

 「本人から聞いてます。」

 そういう裏事情については、彼の方が来栖より圧倒的に詳しいので隠す意味がない。

 「ならば話は早い。この子はラウラの姉のようなものだ。彼女がどんな風に生きてきたか、そこに纏めてあるとおりだ。」

 来栖は素早く内容に目を走らせる。

 「これ、途中でまでしかないのですが?」

 ある日を境にプツリと途切れている。裏に続いているのかと紙をひっくり返してみるも真っ白であった。

 「途中までしかないんだ。そこから先は記録がない。」

 来栖は眉をひそめる。

 「ただ行方をくらませたわけではない、と?」

 これは犯人に一応の目星をつけているな。来栖は踏み込んで問いかける。

 「あぁ。推測の域を出ないけど、何者かが連れ去ったんじゃないかな。・・・例えば『篠ノ之束』とか。」

 「それは・・・織斑先生の考えですね?」

 「流石に分かるか。あの空間を歪めたカラクリまでは分からないそうだけど、『あれだけのことをやれるのを他には思いつかない』と。」

 三人が一様に口をつむぐ。

 「面倒なことになったわい。」

 「・・・これは、大掛かりな実験なのじゃろうか?」

 「わざわざIS学園の生徒、それも代表候補性が行く日を狙った、いや、誘い出したとすれば・・・。」

 二人は、実際に現場を見た者の意見を求めて来栖を見る。

 「大いにあり得ると思います。一度だけ会ったことがありますが、世間の評価とは真逆で石橋を叩いて渡るような性格でしたね。」

 彼の口から出た言葉に二人は衝撃を受け、口をあんぐりとさせる。

 彼らが求めていたのはこの一件を受けての対策だったのに、性格についての話しをされるとは思ってもいなかった。

 「それはいつの話しじゃ?!」

 「え?いつだったかな・・・。四月の・・・えーっと、あの日です。白式を運んだ日。」

 

 

-*・A・*-

 

 

 その日は男性初のIS操縦者、織斑一夏がクラス代表の座をかけてイギリスの代表候補生とISでサシの勝負を行うらしく、学園は朝から異様な雰囲気が漂っていた。

 その雰囲気は来栖達のいる場所にも届いていて、パイロット経験のある三人以外はどことなく落ち着かない様子だ。

 この勝負の話しを聞きつけたとき、来栖が偵察モードに入っていたのは言うまでもない。

 でも残念なことに学園内の警備が忙しく人手が足りないと言うことで、対空防衛を任されてしまったので仕方なく詰所で大人しくしている。

 ただ対空防御とは言っても一試合の間だけなので、スクランブル待機ではなく早期警戒機のように上空待機を指示されていた。

 そんな彼の元に別件で出動要請が入ったのは、任務開始までの時間を持て余していたときだった。

 詰所で待機していると電話が鳴ったので、テレフォンアームを引き寄せて電話に出る。

 「輸送課、来栖です。」

 『織斑だ。』

 どうせ轡木あたりだろうと思いつつ電話に出たため、名乗りを聞いてしばし固まる。

 「あ、どうも。お疲れ様です。」

 緊急時の指揮をしている織斑先生から、このタイミングでの電話。余程よくないことが起きたのではないかと来栖は疑う。

 来栖は左手の人差し指を立て、円周をなぞるようにその指先を動かして『エンジンをかけてくれ』と、近くにいた谷原に合図を送る。

 彼は軽く右手を上げ『了解』の意思を示して詰所から出ていく。

 『少し困ったことが起きてな。来栖先生にしかできない要件なのだが、受けてはもらえないだろうか?』

 「えぇっと、ものによりますけど・・・どんな要件ですか?」

 同じ教員という立場ではあるが、織斑先生は第一回のISの世界大会、モンドグロッソで優勝し『ブリュンヒルデ』の称号を得た最強のIS乗り。そんな彼女がわざわざお願いしてくるとなると、相当に難易度難いはず。来栖は身構える。

 『ISを受け取りに行ってほしい。』

 「ISの受け取りですか・・・?」

 現在、整備に出している機体はいない。そして学園に新製配置の話も来栖は聞いていない。

 来栖は首をかしげる。

 『あぁ、かなり切羽詰まった状況でな。実は例の生徒・・・織斑の使用するISなのだがまだ届いていない。』

 「・・・え?」

 来栖は信じられず素っ頓狂な声が出る。

 今から試合をしようかという状況で機体が用意できていない。

 来栖は自分が時間か曜日かを間違えているのではと、時計とカレンダーを見る。

 間違っていない。

 仮にそのISが、今、到着したならばギリギリセーフかもしれないが、これから受け取りに行くのでは全くもって間に合わない。

 「今からですか?」

 『・・・少し事情があってな。他に頼むことができない。何とかやってもらえないだろうか。』

 無理な相談を持ち掛けているという自責の念からか、世間のイメージする織斑千冬の覇気は微塵も感じられない。

 彼女もまた、誰かの尻拭いをさせられているのだ。そう思うといたたまれなくなり、来栖は「いいですよ」と答えた。

 『すまないな。パソコンの方に座標を送る。』

 〈座標か・・・。〉

 空港の名前でも分かるのにと、声には出さないが思う。

 「・・・はい、来ました。」

 学園専用の連絡ソフトを開いて待っていると、『緊急連絡』のボックスに新着メッセージが入った。

 来栖はクリックしてメッセージを開き、そこに記入されていた座標を地図と照合する。

 〈洋上か。・・・え?洋上?〉

 まさか空母で?そうは考えてみたものの、日本国外から運んでくるのなら航空機で持ってくる。

 何故洋上での引き渡しなのか。来栖は頭がこんがらがる。

 『聞かないでくれ。』

 それを察知したのか、織斑先生が先手を打った。

 『名前を出すと断られそうでな。・・・どうしても、と言うのなら答えなくはないが。』

 「織斑先生がそこまで言うのなら、聞かないでおきます。」

 これが織斑先生でなければ聞いていただろう。来栖とて相手は選ぶ。

 来栖は、織斑先生ならばこちらの力量を見て話しを持ってきていると信じている。ならばそれに応えるのが自身の役目だと考えた。

 『よろしく頼む。』

 来栖は受話器を戻すと、すぐに格納庫へと向かう。

 「すまん!カバー付けてくれ!」

 「え?なんで?」

 「ISの受け取り。今から一機だって。」

 理由を聞いてきた森田にそう告げると、彼は「マジかよ~」と天を仰いだ。

 「エンジン止めろ!カバー付けるぞ!」

 実際の作業はカバーを付けるだけではない。空対空に照準を合わせ、合計八発のミサイルで武装していたので、胴体下に付けた四発を取り外さなければいけない。

 ヤイヤイ言いながらも、手際よく作業は進んでいく。来栖もまたコックピットに入り、飛行に向け座標の入力とシステムの再設定を行った。

 

 「よーし、完了。エンジン回していいぞ。」

 下から森田の大きな声が届く。

 来栖は作業を終えていて、装備を全て着け待機していた。

 「了解。回すよ。」

 着脱のタイムロスを無くすため、JFSを使用してエンジンの始動を行う。

 二分ほどで準備が整った

 「よし、出るぞ。」

 『了解。気を付けていってこい。』

 森田がインターホンのケーブルを巻きとりながら機体から離れていく。

 それを確認して、滑走路に向け前進する。

 「上げてくれ。」

 所定の位置で停止。それを無線機で伝え、ジェット・ブラスト・ディフレクターを上げてもらう。

 『はい、上げたぞ。』

 後ろを見て上がっていることを確認すると、来栖はスロットルを最大開度に置く。

 急ぐ必要はあるが短距離離陸の必要がないので、同時にブレーキをリリース。エンジンの推力が上昇するに連れて加速度が増していく。

 前脚が上がり、続けて主脚が地面から離れる。推力は上がり切っており、一気に上昇を行う。

 機体は加速しながら目的の高度に到達する。同時に巡航速度にも達しており、スロットルを絞りつつ旋回をして目標へと進路を取った。

 

 特に何事もなく飛び続け、目的座標が近づいてきた。来栖は高度を落としつつ、レーダーを使って船舶の捜索を行う。

 「・・・?」

 しかし、どれだけ走査をしても何も探知できない。

 もしかして座標からズレたところを飛んでいるのでは。そう思って座標の数値を確認する。

 〈合ってるよな?・・・ここで間違いないな、何でない・・・ん??〉

 ふとそれに違和感を覚え、来栖はじっくりと画面を見つめる。そして、座標の数値があり得ない値であることに気が付いた。

 〈こ、高度が一二,〇〇〇メートル?!〉

 世界一高い山、エベレストでも九,〇〇〇メートルに届かない。

 それを上回る高さとなると、空を飛んでいる物体と言うことになる。

 普通であれば打ち間違えを疑うような数値。

 だが、あの織斑先生がここまで派手に間違うはずはないと信じ、その高度まで上昇を行う。

 雲が出ているせいで視界が利かない。飛び出したらそこに居るとかはやめてくれ。そう願いながら雲の上に飛び出す。

 〈座標ではこのあたり・・・!!〉

 わずかに視線を右に動かした時、来栖は信じられない光景を目にする。

 「な、何だこりゃ・・・。」

 そこには全長が二五〇メートルはある巨大な物体が浮遊していた。

 一瞬目を丸くした来栖。しかし、その時でも警戒を怠ることはない。

 すぐに進路を変更して、その物体の近くを飛行して様子を窺う。

 〈これは・・・飛行甲板か?〉

 上から見てみると、それはいずも型護衛艦のものから艦橋を取り払ったような形をしていた。

 降下して、下側も見てみる。どうやら大きいのは飛行甲板部分だけで、その下面に隠れていた本体と思われる部分は一〇分の一以下ほどの大きさだ。それでも浮遊する物体としては十分に大きい部類であるのだが。

 「コールサイン『ペルシャ』。IS学園よりISの受け取りに来ました。応答願います。」

 誰に傍受されるか分からない。遠くまで電波が飛んでしまわないよう、無線の出力を絞って呼びかける。

 飛行甲板より少し高い高度で周波数を変えながら呼びかけていると、飛行甲板の下側からISぐらいの大きさの何かが飛び出してきた。

 来栖は指がスッと火器管制装置の切り替えスイッチに添えられ、すぐに離れる。

 飛んできたそれは来栖の真正面に入り、誘導をするように前を飛ぶ。

 〈うーん・・・この高度じゃそこまでスピードが落とせない。〉

 速度を合わせるためにスピードブレーキを出しスロットルを絞ると、機体が失速直前の挙動を示した。

 この空気の薄さで水平飛行を維持できる限界の速度においてでも、F-14の速度が上回る。

 来栖も物理法則の限界を超えることはできない。やむなく加速してそれを追い越し、三六〇度旋回をして後ろにつき直す。TCSを起動して、距離を大きく開け追いつくまでの時間を稼ぐ。

 やがてそれは飛行甲板に着艦する。

 〈うーん、厳しいな。〉

 来栖自身、何度か着艦の経験はある。だが、これはまるっきり別物だった。

 まず速度があまりに高すぎる。それにこの高度ではタイヤの中の空気が膨張しているので、衝撃を与えると破裂する危険がある。

 ひとまずは着艦コースをなぞって、甲板の上方を通過する。飛行甲板後端にアレスティングワイヤーらしきものが数本張られているのを確認した。

 「うーん、静止してるっぽいな。」

 通常の着艦は空母が航行しながら行うもの。それをこの高空で、しかも速度ゼロでとなると成功の確率はゼロに近い。

 「一旦やってみるか・・・。」

 タッチアンドゴーで様子を見てみよう。強制的に降着装置を出し、先程の進入路を辿る。

 「何だ?!」

 ある距離まで接近したとき、何かに弾かれたように機体が浮き上がった。

 〈ひょっとして、甲板の周囲は気圧が高いのか?〉

 あの浮き上がり方は、空気の密度が高い場所に似ていた。

 確認のためにもう一度、同じコースで近づく。同じ距離でまた弾かれた。

 それで確信を得た来栖は、高度を高く取った。そこで速度を落とし、水平飛行の維持速度を下回る。

 細かく修正舵を入れて、機体がズルズルと高度を下げていく姿勢を維持する。

 〈三、二、一、ここ!〉

 スピードブレーキを出す。失速して機体の制御が失われた、次の瞬間に揚力が戻る。

 更にスピードが落ちるが失速する気配はない。どうやら地上の気圧より高いらしく、通常であれば失速する速度でも操舵が効く。

 間もなく主脚が甲板に触れる。アレスティングフックがワイヤーを掴み、強い減速が発生する。

 結果としては、通常の着艦と同じくらいの速度条件での着艦になった。

 ブレーキを離すと、アレスティングワイヤーに引っ張られて機体が後退する。

 真ん中より後ろよりに機体は止まっていた。

 気圧が高いのは分かるが酸素はあるだろうか。

 来栖はキャノピーを開け、酸素マスクを外す。そしてゆっくりと空気を肺に入れる。

 どうやら酸素もちゃんとあるようだ。

 来栖はエンジンを停止して、駐機ブレーキを作用させる。

 さてどうやって降りようか。はしごは機体に内蔵されているが、上から出すのは難しい。

 などと考えていると、飛行甲板の一部がひとりでに上がってくる。それは階段状になるよう高さが調整されていて、最も機体に近いものはぴったりとコックピットの位置に揃う。

 崩れはしないだろうか。来栖は左手でそれを叩いてみる。

 堅い音が響く。多分壊れることはないな。

 来栖は、それを使って飛行甲板に降りてみる。

 見渡してみるが何もない。だが目的地がここに違いないことは確かだった。

 〈凄いな・・・。この高度でこの気圧と温度を、この空間で保つことが出来るのか。〉

 なんとなく腕を組んでみる。

 そのとき、気配を感じて振り返ってみるとそこに世界中が血眼になって探している人物がいた。

 〈なるほど、これは名前を出したくないな。〉

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