IS学園の猫ちゃん 作:只の・A・カカシです
「君がちーちゃんの言ってた受取人かな?」
開口一番に彼女はそれを問いかけてきた。
「えぇ、そうです。場所を指示されただけで、篠ノ之博士から直々にISを受け取るとまでは教えてもらえませんでしたが。」
篠ノ之博士は奇抜な格好をしているが、その身なりからは想像もできない何かを秘めている。
来栖は、自身の格闘能力は、彼女にとってみれば赤子の手をひねる様なものだというのを直感で理解する。
「なるほどなるほどぉ。久しぶりにちーちゃん会えると思ってたんだけどなー。やっぱり、いっくんのことが心配なのかな?」
警戒を強める来栖をよそに、篠ノ之博士は物思いにふける。
「えい!」
突然、攻撃の素振りなど感じさせない声で篠ノ之博士が右手を振り上げる。それを警戒していた来栖は、ホルスターから護身用の拳銃を引き抜く。
両者の動きは全くの同時。
次の瞬間、急激に強くなった重力に来栖は引っ張られる。たまらず姿勢を崩したが、辛うじて膝立ちの状態で耐えた。
「へぇー、耐えるね!」
余程の自信作だったからなのか、来栖が膝立ちとはいえ耐えたことに彼女は意外そうな表情をする。
「伊達や酔狂で戦闘機に乗ってきたわけじゃないからな。」
来栖は立ち上がることこそできないものの、構えた銃は微動だにしない。
にらみ合いの状態がしばし続く。
〈やばいな、このままだとさすがに持たない。〉
試されているのか、くたばるのを待っているのか。いずれにせよ重力は弱まる気配がない。
限界が近づいている。
この重力を生み出しているのは何だ。最も怪しそうなのは、篠ノ之博士が右手で掲げている不思議な棒。
このままでは殺される。その棒に照準を合わせ、来栖は拳銃の引き金を引く。
乾いた発砲音が響く。銃弾は篠ノ之博士が右手に持っている棒を中ほどで砕き、支えを失った上半分が飛行甲板に落ちる。
来栖を引っ張っていた強い重力がなくなる。
だが彼は、せめて威嚇ぐらいになればと思い撃った弾が、あの細い場所に命中させられるとは思っていなかったため驚いてしばらくそれに気が付かなかった。
「へー。束さん特製の、空間圧作用兵器試作三号を跳ね返すとはね~。」
「なぜ避けなかった。あなたなら目を瞑ってでもできるはずだ。」
驚いていたのもつかの間。彼女の棒読みな口調に得体の知れない恐怖を覚え、冷や汗を流す。
「んー?何でかな?私を狙ってなかったから?」
確かに狙ってはなかったが、射撃技術がそんなにあるわけではないので買い被りすぎだと心の中で思う。
そこで来栖はふと、重力が通常に戻っていることに気が付く。意味はないと分かっているが銃口を彼女に向けたまま立ち上がった。
「んー、やっぱりちーちゃんを相手にするなら、この材質じゃ駄目だなぁ。」
しかし、篠ノ之博士の眼中に来栖のことなど入っていないようで、また考え事を始めた。
来栖は、彼我の力の差はどう足掻いても埋まらないと、彼女に向けていた銃を下げた。
「急かして申し訳なのですが、織斑先生より早急にとの指示を受けていますので、そろそろISの方を受け取りたいのですが。」
「うんうん。ちーちゃんはいっくん思いだから、待ちきれないんだよね。よ~し、張り切っていってみよう!」
そう言うと、篠ノ之博士が持っていた残骸をポイッと放り捨てる。それは、地面に到達するや粉々に砕けて消えてしまった。よく見れば、先ほど破壊した上半分もなくなっている。
直後、F-14を駐機している近くの飛行甲板がガコッと開く。どうやら下にエレベーターがあるらしく、白いISが上がってきた。
来栖はF-14に向かう。機体の下面に入り、IS運搬用のカバーの開き防止のロックを解除して回る。続けて左主翼下パイロンの収納スペースからリモコンを取り出し、コネクタを接続してスイッチを押した。
モーターが回りだす。
カバーにはマジックハンドのようなリンク機構が仕込まれており、水平を保ったまま下がっていく。
横目でISを見やると、台車のようなものに乗せられていた。
カバーが甲板に当たるまで下がりきると、ISの近くに移動する。
「確認しますが、このISで正しいでしょうか?」
「失礼だね。束さんに間違いはないのだよ。わかったかな?」
「承知しました。」
来栖はISの乗った台車を押して機体の下に入る。そして台車もろともカバーの上に載せると、リモコンを操作して全体を少し持ち上げる。
作業中にカバーが動かないようにロックを掛けた後、機体に取り付けられた治具に巻き付けられているベルトを解いて、ISをそのベルトを使用してF-14に固定する。その動作は、随分と手慣れていた。
もっともカバー自体にそれなりの強度があるので、直置きして運ぶことも可能ではある。
ただカバーが外れISが落ちる事態になったら二重の意味で大変なことになるので、念には念を入れてと言うことで機体に固定している。
「いつもそうしているわけ?」
彼女的には時間を無駄に使っているように見えるのだろう。やや呆れが混じったような、そんな気だるさを感じさせる話し方で尋ねてくる。
「打鉄やラファールは頻繁に運ぶので、専用の固定器具を作ってあります。ですから、こんなに面倒なことはしません。ワンオフの機体などだけ、こうやって固定します。」
「ふーん。」
話をしている間も、来栖は手を休めない。
締めては押してみて、締めて今度は引いてみて、緩みがなくなるまで黙々と繰り返す。
「よし、完了。」
仕上げにカバーを上げて、ロックを掛けたら作業は完了する。
「台車、お返しします。ありがとうございました。」
台車が転がらないことを確認して、ゆっくりとハンドルから手を離す。
「受領証などの書類等はありますか?」
「んー、どうだろ?倉持技研が私の可愛いコアを無駄にしてたから私が代わりに完成させただけだからなー。」
盗んできたなと理解するのに、時間は全くかからなかった。
「分かりました。御用がないようでしたら失礼してもよろしいでしょうか?」
「ちーちゃんもいっくんも首を長くして待ってるだろうし、早く帰って。あ、でも、待っててもくびって長くならないよね?」
「それでは、失礼します。」
長居したくない。来栖は足早にコックピットへと上がる。
すぐにJFSを始動して、ジェットエンジンの始動操作と並行して自身の装備を整える。
「エンジンかかったみたいだし、もういいよね?」
計器が正常に起動したかを確認していると、突如として無線が入った。だが何を言われているのか理解ができない。
と、不意に体の浮遊感を覚える。
瞬時にそれが、F-14が自由落下を始めたために起きていると気が付く。
何故こうなっているのか、状況を全く把握できない。
けれども来栖は落ち着いていた。
キャノピーを閉じ、降着装置を引き込む。そして主翼の展開と、流れるように操作を行う。
計器と雲の動きから、F-14は重たいエンジンを下側に降下していると判断すると、すかさずJFSを始動させる。
直後、エンジンがフレームアウトした。
来栖は、しかしエンジンへの圧縮空気の供給をカットして真っ直ぐに降下させていく。
やがてスピードが十分につくと回復の操縦を行い、機首を下に向けた。
風圧でエンジンが回転を開始する。所定の回転数まで上がると自動で燃料の供給が開始され、エンジンは無事に立ち上がる。
JFSを止める。スロットルを進めて機体を水平に戻したときには、随分と高度は落ちていた。
「落とすなら、せめて頭からにしてくれりゃ楽なのにな。」
独り言を呟きつつ、来栖は急いでその空域から飛び去った。
-*・A・*-
「まあ、そんな具合でした。もっとも、考えの読めない人物なので本心までは分かりませんが。」
来栖の話を聞き終えて、二人は首を縦に振った。
「自ら手を下すまでもないという自信の表れかと思っておったが・・・来栖君の話を聞くに、危険が及ばぬところから傍観しているようにも感じられるのう。」
「確かに、四六七個目のコアを作ったときにしても、ゴーレムの件のときにしても博士は姿を見せてないな。」
他人の視点を通してみると、がらりと性格が変わって見えるのだから不思議なものだ。
二人は少し考え込んで、そしてはてなと首を傾げた。
「なぁんでこの話になったんだったかいな?」
「・・・そうじゃな。何の話の途中じゃったか・・・思い出せん。」
必死に思い出そうとする二人に気を使い、来栖は黙って待つ。
「・・・・・駄目だね歳をとると。資料を目の前に置いてるのを忘れる。」
「あぁ、そうであったそうであった。」
そういえば脱線させたのは自分だったな。来栖はそっと視線を資料に落とす。
「まあ色々話しはしたけど、私の今日の用事は犯人を特定できたって報告だけ。」
「いつもご苦労じゃな。こんな厄介ごとの処理ばかり任されて。」
「それが私の仕事だからね。・・・あっ、こんな時間だ。これから別の場所に行かないといけないから、これで失礼するよ。」
彼はカバンを持って立ち上がる。来栖と轡木も立ち上がり、見送りに向かう。
建物を出たところに、やや年季の入った黒色のドイツ車が止まっていた。駐車スペースではないが、邪魔になっていないので誰も文句を言うことはない。
「それじゃ。」
「お疲れ様でした。」
エンジンがかかる。軽くクラクションを鳴らして車は走り出した。
「しかし、暑いのう・・・。」
車が見えなくなると、轡木が呟いた。
太陽は真上にあり、少し外に居るだけで干物になってしまいそうだ。
二人はさっさと建物の中へと入る。
「いずれにせよ、篠ノ之博士が絡んでおったら厄介な話しですな。」
「そうですね。慎重派とは言え、なまじ表に出てこない分、手の内が見えませんから。流石はISを一人で作り上げただけはあります。」
応接室に戻るため、二人は歩きだす。
「あ!来栖先生!」
突然、名前を呼ばれ来栖は歩みを止める。声のした方を見ると、一人の女性が駆け足で二人のところへと向かってきていた。
「お休みの日にご迷惑をお掛けしました。ただ今、出張より戻りましたので緊急対応の当直を代わります。」
彼女は軽く頭を下げたのち、来栖にそう告げる。
予定より早く帰ってきたな。来栖はそれが少し心配になる。
「休まなくて大丈夫ですか?五時までなら私がしますけど。」
出張帰りで疲れてはいないかということも心配の要因の一つではあるが、それ以上に学園の安全がかかっているので万全でない状態で任せることだけは避けたい。何も起こらないとは思うが、万が一の際に判断が遅れたのでは意味がない。
「大丈夫です。休む時間は沢山ありましたから。」
胸を張ってそう返されては、否定することは野暮なことだ。それに、これだけ元気があるなら問題はない。
「では、お願いします。」
そう伝えると、その先生は「確かに引き継ぎました」と言ってISの格納庫の方に向かっていった。
「来栖君、今、見えているのは現実じゃな?」
「?」
その姿が見えなくなった後、轡木が呟いた。
最初、何のことを言っているのかが分からず来栖は首を傾げて考える。
「・・・あぁ、そういう。」
少し考えてみて、先ほどまで幻影がどうだこうだという話をしていたことを思い出して、轡木が心配になったことを感じ取る。
「私では見破れないので、来ないと思います。」
「・・・?」
今度は轡木が首を傾げる番だった。
「なおさら使ってくるのではないか?警備に穴を空けるためなら有効であろう。」
「間違いなく有効ですけど、やらないと思います。人が居なくて痕跡が残りやすいこの時期にやれば、織斑先生に手の内を晒すだけになりますから。篠ノ之博士が黒幕だった場合は、ですが。」
篠ノ之博士を相手にして、太刀打ちできるのは織斑先生ぐらいのものだ。自身を含めた先生達が敵う相手ではないことを、来栖は実際に手合わせした経験から悟っていた。
「なるほど・・・。では、それ以外の場合はどうじゃ?」
篠ノ之博士だけを警戒しては居ないだろうか。意地が悪いかなと思いつつも、轡木は気になって尋ねる。
「それは絶対にあり得ないですね。専用機持ちもいなくて、学園の所有機も少ないこの時期に仕掛けても旨味がありません。それに人が少ないと警備がし易くなるので、リスクしかないです。」
勿論、来ないなどと高をくくって居るわけではない。ちゃんと迎撃の準備はしている。
ただし、いつも気を張っていては神経をすり減らすだけなので、抜くところは抜いているだけだ。
「なるほど。つまり犯人が誰であれ、もっと大がかりに騒ぎを起こし、それに乗じて仕掛けて来ると。そういう見方をしているわけじゃな。」
「大体、そんなところです。私見ですが、夏休みが開けてすぐではないと思います。」
「時間を空け、ワシらが忘れて油断した頃に・・・ですな?」
来栖はその後、夏休み明けに向けての打ち合わせをしてから轡木と分かれた。
現在、彼は詰所に向かって歩いている。暑いので、できるだけ近道をしている。
「あれ?音がする?」
その経路として体育館の裏を通ったのだが、何の気なしに通り過ぎようとしたタイミングで、セミの鳴き声に混じって人の声が聞こえた気がした。
来栖は立ち止まって、耳を澄ましてみる。
〈いや、これは間違いなくやっているな。でも、今日は昼までで解散って聞いてたんだけど・・・聞き間違えたかな。とっくの昔に過ぎてるし・・・?〉
行事予定表では、多くの部活が休みに入っている。体育館を使うのもハンドボール部だけのはず。
しかし、考えていても何も起きない。来栖は、取り敢えず中の様子を見てみることにした。
普通の学校なら、真夏の体育館は窓やドアを全開にしていても蒸し風呂だ。けれどIS学園の体育館は冷暖房が完備されているので、中を覗ける場所がない。
来栖は、空いている正面の入り口に回り込む。
入り口のガラス張りのドアを押し開ける。と、そこにボールが転がって出てきた。
来栖はそれを拾い上げる。体育館の中は土足禁止なので、靴を脱ぐためにボールを床に置こうとして、ボールを追いかけてきたと思われる部員と目が合った。
「えっ?」
その子は、来栖と目を合わせると同時に硬直する。
「こんにちは。」
「こんにちは・・・?」
来栖が挨拶をすると、その子は彼のことをやや警戒しながら挨拶を返した。
もっとも、この手の反応には慣れているので、さっさと話題を切り出す。
「今日は練習試合だけって聞いていたんだけど・・・これは自主練習?」
見覚えのない顔なので一年生だろうか。話しながらそんなことを思う。
「いえ、普通の練習です。試合内容というか負け方が酷かったから、試合が終わった後、『午後から練習をする』って急に監督が言われたので・・・・・。」
盆前なのに随分と熱心な監督だな。来栖は、幾ばくか部員たちに同情する。
「そうか・・・。何時までか決まってる?」
「いえ、何も言われてません。」
『気が抜けてるぞ!今のとれ!!』
そこへ監督と思わしき声が聞こえてくる。自分に向けられた言葉ではなかいと分かってはいるだろうが、その部員は背筋をピーンッと伸ばした。
あまり引き止めたら、この子がさぼっていたのではと疑われてしまうかもしれない。
「できたらで構わないから、来栖優里香に伝言を頼めるかな?」
「伝言ですか?別に構いませんけど・・・?」
部員は、やや自信がなさそうにする。何に対して自信がないのか見当をつけられなかったが、それほど長い言伝を頼むわけではないので大丈夫と決めつける。
「『いつもの場所にいるから』。それだけお願いします。」
「そ、それだけですか?」
「それだけです。」
「わかりました。」
-*・優里香・*-
「はい、一〇分休憩!」
コーチのその声と同時に、大半が体育館の床にへたり込んだ。
〈これ、IS学園じゃなかったら何人か倒れてたかも。〉
クーラーがついているのにこの汗。中学校までを思い出して身震いする。
それはそうと喉が渇いて仕方がなかったので、私は飲み物を取りに向かう。
「優里香ちゃん、今日の相手って去年のインターハイ出場校だよね?」
ウォータージャグからスポーツドリンクをコップに移して飲んでいると、先輩がそう尋ねてきた。
「だったと思います。今年は地方大会の決勝?で負けたらしいですけど。」
「なんであんな強いところ呼んできたのかな?」
「ですよね~。強すぎて逆に練習にならないです。」
インターハイに出られなかった学校の三年生は、特に理由がなければ引退している。
けれど、ここはIS学園。日本の領土にあり、日本が運営資金を出していても、日本の学校ではない。
つまり、そのような大会に出られない。節目となるところがないので、引退のタイミングが取りづらくなってしまう。もっとも好きでやっているのだから、引退をしたくないのだろうけれど。
と、先輩がため息に近い息をはいた。
「好きだし上手くなりたいけど、今日のはちょっとキツかったわ。」
コートの方に目をやる。床がひんやりとして気持ちがいいのだろうか。誰も立ち上がる気配がない。
「そうですね・・・。」
全く同感だ。私は頷く。
水分補給を終えると、コップをかごに戻してそこから離れる。
「来栖さん。」
タオルを取りにカバンの方へ歩いていると、後輩に呼び止められた。
「先輩宛てに伝言を頼まれました。」
「誰から?」
「男の人だったんですけど・・・名前は聞いてません。」
男の人。母数が少ないので、それだけで誰だか分かる。
「それで伝言って?」
「はい。『いつものところにいるから』だ、そうです。」
「ん、ありがとう。」
「分かるんですか?」
不思議そうに聞いてくる。
「うん、いつも同じ場所に居る人だから。」
「?」
腑に落ちないのか、後輩は首を傾げる。
続けて何かを言おうと口を開く。
「清香!手伝って~!」
「待ってて、今行く!来栖さん、失礼します。」
その時に、呼ばれて彼女は渋渋去って行った。
「ありがとね!」
私は、二重の意味を込めてお礼をする。
振り返ってコートの方を見る。床に座り込んでいる部員はほとんどいなくなった。
監督も戻ってきたので、そろそろ練習が再開される。私は急いでカバンのところに行き、タオルで汗を拭った。
2020/10/27 誤字を修正しました
2021/1/6 誤字を修正しました