IS学園の猫ちゃん 作:只の・A・カカシです
「応援を送って!急いで!」
とある年の暮れ。IS学園は来年度の開校に間に合わせるため、この日も慌ただしく工事が行われていた。
「駄目です!起動できません!」
その最中に起きた出来事。
「こんなときに不調なんて・・・。くそッ!」
格納庫には、来年度から教員として働く予定の者達が揃っていた。開校前にもかかわらず揃っていたのは、連日行われている合同習熟訓練に参加するためだ。
「いい子だから、動きなさい!」
彼女たちが苛立っている原因は、ほんの少し前に入った緊急電話。内容は、IS学園に向けて輸送されていたISが、何者かに強奪されたというもの。
早急に奪還を行わなければ手遅れになる。その考えから急ぎISで救援に向かうことを決めたのだが、どういうことかISは起動してくれない。
「自衛隊に出動要請をしましょう。」
重い空気の中、一人がそう発言した。
「駄目よ!そんなことをしたら、管理がずさんだって叩かれるわ!」
「でも、隠蔽していたってばれたら、それこそバッシングされるわよ!」
個人が自分の意見を主張しすぎるあまり、その場はどんどんと収束が付かなくなり、時間だけが無駄に過ぎていった。
その頃、ISを強奪した犯人は、操縦の難しさに四苦八苦していた。
〈クッ!聞いてはいたけど、ここまで難しいなんて!〉
一歩進むだけでも大変な苦労。当然、それは整地された場所での話。彼女は現在、山の中を、それも落ち葉の上に積もった雪の上を移動しており、操縦の難易度が余計に高いのは想像に固い。
一瞬、トラックごと奪うべきだったかという考えもよぎったが、足が付くことを恐れた組織の上層部から奪取した機体に乗って運ぶよう言われているので逆らいようがない。
我慢して乗り続けること20分。ようやくコツが掴めてきたため、足取りは随分と軽くなっていた。
それからしばらくして余裕が生まれ始めたとき、ふと気付く。彼女は歩くことに必死になるあまり、作戦で指定されていたルートを見失っていた。
どの方向を見ても枯れ木と白銀の世界があるのみ。完全な迷子だった。
太陽の位置と時刻から進む方向は分かるものの、果たしてそれであっているのか今ひとつ確信が持てず、しばし立ち止まって考える。
エネルギーにはまだ余裕はあるとはいえ、闇雲に歩き回って指定の場所からかけ離れたところへ行ったのでは元も子もない。
〈・・・こうなったら!〉
そう結論を出した彼女は、意を決し大胆な行動に出ることにした。
スラスターが起動し、そこから発生した熱風により足元の雪がシャーベット状に変わる。細かな操縦はできないので、勢いよく飛び上がる。機体に当たられた枯れ木の幹や枝は折れ垂れ下がり、そこへ積もっていた雪が落ちて行く。
あっという間に、彼女は木々の上に躍り出る。
〈えぇっと、方角を――〉
そこまで考えたところで、彼女の背後から影が覆いかぶさる。何事かと思う暇もなく強い衝撃に襲われ、彼女の意識は暗い世界へと落ちていった。
その日、航空自衛隊に救助要請が入った。対象物は、山に墜落したリコプター。通報者は冬山登山に訪れていた登山家で、詳細な位置情報は入っていない。
この任務に抜擢されたのはF-15J(イーグル)*1とそのパイロット、来栖だった。
ここだけ聞くと、わざわざ戦闘機を飛ばすほどの緊急性はないし、仮に航空自衛隊に出動要請があったとしても間違ってもF-15の出る幕ではないのだけは確かだ。
にもかかわらずイーグルドライバーの来栖が駆り出されたのは、通報の場所の近場に配置されている消防と警察のヘリコプターが奇跡的に出払っていることに加え、その両機関と大体同じ範囲にある陸・海・空の自衛隊基地へ配備されているヘリコプターや偵察機も別件で出払っているからだった。
彼にこの任務が通達されてから30分前。ようやく飛行準備が整った。
飛行を自粛している年末にも関わらずスクランブル並に準備準備時間が短いのは、アラート任務に着いている機体を入れ替えるタイミングに上手いこと合わさったから。
もしこれが、格納庫に仕舞っていた機体を引っ張り出してからの準備だったのであったのなら、これの何倍もの時間を要したことだろう。
陸路で向かえば四時間は下らない山中だったが、F-15は離陸から一〇分足らずで現場空域に到達した。
一帯の山は銀色の毛布を被っており、見ているだけでも外が寒いと分かる。
付近に別の航空機がいないことを自機のレーダーで確認後、通報のあった山の上空を左旋回。山から煙が上がっているとか、木がなぎ倒されたような跡とかを探したが、これといった形跡は見受けられない。
もしかすると空中分解して落ちた可能性もあると考えた来栖は、低空からの詳細な捜索に切り替える。
一度空域を離れ、高度を下げてから再度進入する。
速度を落として、それでも四〇〇km/hを超える速度での飛行となるため山肌は途轍もない速さで迫り、そして去っていく。
細心の注意を払いつつ、来栖は山肌に何か痕跡がないかを探し続ける。
と、そこへ。
『こちら百里管制。こちら百里管制。マーベリック機、応答どうぞ。』
管制官からの通信が入った。
「こちらマーベリック。どうぞ。」
『当該機のフライトプランは提出なし。レーダー消失地点は、現在、貴官飛行空域と一致。オーバー。』
「来栖、ラジャー。」〈どこにぃ~?〉
管制からの報告を聞いて、来栖は苦笑いする。その理由は、戦闘機の飛行速度と高度では、些細な痕跡を見つけ出すのは不可能に近かったからだ。
何も見つからないまま、時間と燃料だけが消費されていった。
レーダーに映らない低空飛行でどこかに行ってしまったのではないか。来栖が、そう思い始めたときだった。
山の一部に奇妙な場所があることに気付く。小さく旋回してもう一度上空を通過する。
なぜ気付けなかったのか。その付近だけは樹木に雪が積もっておらず、常緑樹の深緑色がはっきりと見て取れる。
ヘリコプターが降りる際に風圧で吹き飛ばしたのではという仮説を立て、繰り返し同じ場所を飛ぶ。
しばらくして、彼は葉の間に十字の分け目が走っているのを見つけた。
分け目を観察しているうちに、その辺りに生い茂る木だけが杉ではない広葉樹であることにも気づく。
何かが潜んでいる可能性が高いと判断した来栖は、周囲に航空機が接近していないことを確認しながら上昇を行う。
怪しく雪の積もっていない箇所は、瞬く間に点となり見えなくなる。
上昇後しばらく水平飛行をしていたF-15は、突然スプリットSの機動で急降下。速度を九〇〇km/hまで上げる。
勿論、エンジン推力だけで余裕を持って到達できる速度。だが、国土の狭い日本では、助走をつける際に市街地上空を掠める可能性がある。そうなれば苦情は必須なので、やむを得ずこのような飛び方を行った。
降下を終え一旦水平飛行に戻した後、木や地面に積もっていた雪を巻き上げるほどの低空飛行に入る。
現在の高度も山間部で行うには狂っているとしかいえない低さを維持していたが、標的にしている不自然な木が生い茂る場所で、来栖は更に高度を下げ通過する。
〈飛ばせたか?〉
彼は、あの木がカモフラージュに使われているものなら、機体から発する風圧で吹き飛ばせると考えた。
だから、すぐにでも確認したかった。
けれど、わざわざ山にヘリコプターを下ろしカモフラージュまでするようなのが相手だった場合、地対空ミサイルを持っている可能性もあると考え速度を維持したまま低空飛行を継続。マイナスGの旋回で、山肌に沿い相手の視界の外へと飛び去る。
間もなく谷が狭まり始めたが、十分に距離が取れていたため地形に沿って上昇する。
稜線を超えると同時に水平飛行に移るため、操縦桿を引く力を緩めようとした・・・次の瞬間。
「何っ?!」
ガンッという鈍い音と共に機体は何かに殴られたような強い衝撃を受け、景色があらぬ流れ方をする。
直ちに警報が機体の異常を知らせてくるが、何が起こったのか理解が追いつかず頭の中が真っ白になる。
そのとき、来栖はまるでスローモーションを見ているような感覚を覚える。いわゆるゾーンと呼ばれるものに入った。
機体の挙動が、手に取るように分かる。機体は左回転のフラットスピンに入っていた。
マニュアルに記載される方法での回復は望めない。本能がそう答えを出したときには、右足はラダーペダルを目一杯踏み込み、右手が操縦桿を前に倒した。そして、通常ではアイドルに絞るはずのスロットルを左手はフルアフターバーナーに押し込む。
F-15は伊達に世界最強を名乗っているわけではない。機体は、来栖の操作に素直に従ってフラットスピンから回復する。
だが、まだ終わりではない。目の前に、山が迫っていた。
来栖は操縦桿を力一杯引く。更に左手をスロットルレバーから離し操縦桿に添える。ただし、右手のみで最大まで引いていたのでそれは気休めでしかない。
いつもなら機敏なF-15の機動が、ひどくゆったりとしたものに感じられる。
〈上がってくれ!〉
機体からギシッという音が聞こえた。
念が通じたのか、山肌が視線から消えていく。辛うじて機首上げは間に合った。地面からの絶対高度を稼ぐため、操縦桿を左に倒し進路を谷に向ける。
一旦は難を逃れた。けれど、警報は鳴り止まない。
ちらりと警告灯を見たとき、彼は背筋が冷えた。
〈よく失速しなかったな・・・。〉
その警告灯が知らせていたのは、第一エンジンの停止。それは、エンジン推力が通常の半分になっただけではなく空気抵抗が大幅に増えたことを意味する。
片肺の状態で高い迎え角を取っての上昇を行った。F-15は失速しないようコンピューターが補正を行うとは言え、無茶に変わりは無い。
もし、アフターバーナーを全開にするのが遅れいていたら。そう思うと身の毛がよだつ。
来栖は、その身を以てイーグルの性能と安全性の高さを認識した。
そこでふと、自身が無意識のうちに右のラダーペダルを踏み続けていることに気付く。なぜこれで普通に飛行しているのだろうと思い踏力を緩めると、機体がヨー方向左回りに回ろうとし始めたため、慌てて踏み直す。
その力は、エンジン推力のズレだけで発生する程度のものではなかった。コックピットから見えないどこかが破損している。
少しでもバランスが戻ればと、わずかな可能性にかけ第一エンジンの再始動を試みる。
だが、エンジンは沈黙を続けるだけ。
直ちに墜落する危険はないだろうが余裕がないのも確かと、彼は急ぎエマージェンシーを出す。
「メーデー、メーデー、メーデー!百里管制!こちらマーベリック!応答せよ!」
その間に来栖は、降着装置を下ろし右側のフラップを下げ、左右の空気抵抗のバランスを調整する。幾ばくかはそれで改善したものの、予断を許さない状況は変わらない。
「メーデー、メーデー、メーデー!百里管制!」
ところが、幾ら呼びかけても通信機から聞こえてくるのはザーッというノイズだけで、返事は返ってこない。
〈さっきのでアンテナが折れたか?参ったな・・・。〉
エマージェンシーすら出せず山中に墜落してはシャレにならない。基地まで飛べる猶予があるかのチェックを始める。
〈速度計正常、油圧系統の損害は軽微。後方に白煙・・・なし、エンジン内に燃料やオイルの漏れは発生なしと判断。いける。〉
来栖は飛行可能と判断。左回りにスピンしようとする機体を押さえつけ、来栖は百里基地へと進路を取った。
通常なら一瞬の距離が、今日はやけに長く感じられる。
遥か彼方に見える滑走路は、一向に近付いている気がしない。折れそうになる心に喝を入れ、もう一踏ん張りと気合を入れ直す。
額に汗を浮かべながら、滑走路の様子が見える距離まで接近した。離陸準備をしている航空機の姿は見受けられない。
着陸のチャンスは一度きり。失敗しても、旋回して戻ってくる余裕は残っていない。
それは機体の状態もさることながら、尋常ならざる空気抵抗を受けながらの飛行を維持するため、エンジン一基とはいえ燃費の悪いアフターバーナーを使用しており燃料の残量が心許ないこと、またアフターバーナーを炊き続けたことによる熱でノズルが溶け落ちる危険も高まっていたからだ。
急くのは悪手であると分かっているが、残された時間が僅かであるのもまた確かな現実である。
通信機が壊れているので強行着陸を問われることはないだろうと腹をくくる。
滑走路が近づくに従い、僅かな風が暴風のように感じられた。
着陸態勢に入る。滑走路に進入しようとしている機体は見受けられない。
ふと、赤色灯を点けた車が滑走路に向かって走ってくるのが見える。管制官が気付いてくれたことに安堵しながら、何時もの数倍慎重な操縦でタイヤを接地させる。それでもバランスが崩れた機体を静かに下ろすのは難しく、少しバウンドする形の着陸になってしまった。
エアブレーキを作動させ、しっかりとフットブレーキをかける。
速度が順調に落ちていく安心感で、緊張が解放された・・・その瞬間。コンクリを金属製の物体でひっかいたような音がしていることに気付く。直後、タイヤの破裂する音や金属の折れる音と共に視界が左に傾いていく。
ほぼ脊髄反射で操縦桿を右に倒し、接地の瞬間に中立に戻していたラダーを踏み直す。地面と接触している左側からは火花散が散る。低速だったことが幸いし、機首の向きは変わったが辛うじて機体は滑走路上で停止した。
直ちに第二エンジンを停止させる。タービンの回転が落ちるのを待たず、消防車が放水を始めた。出火したらいつでも脱出できるよう、脱出装置に手を掛けておく。
間もなく、消化剤により視界はなくなる。
緊張したまま待ち続けること五分。キャノピーを覆っていた消化剤が流れ落ち、外が見え始める。
自身の目でも放水が終わっていることを確認し、来栖はキャノピーを開ける。直ぐに整備員が梯子を持ってくる。
しかし、機体が傾いておりしっかりと掛からない。
「抑えておきます。」
「ありがとう。」
整備員に梯子を抑えて貰い、来栖は機体から下りた。
下りて直ぐ、第一エンジンのエアインテークは下三分の二が原形を留めていないのが目に入る。それは紙を丸めたかのようにぐちゃぐちゃに折れ曲り、相当大きな物体と接触したことが分かる。少し横に回ってみると、中でタービンが折れて暴れたのか、エンジン近くの外板には無数の出っ張りができていた。
「派手にいったな・・・。」
一体何と衝突すればこうなるのか。
何か破片でも残っていないかとエアインテークを覗き込むと、中には大きな塊が詰まり胴体下に向け横たわっていた。
「危ないですよ!」
「分かってる。」
消防員の心配をよそに、来栖はエアインテークの中に頭を突っ込む。暗さに目が慣れてくると、衝突した物体が金属製のものであることに気づく。
一体何だろうと、ポケットからライトを取り出してそれを照らす。
トタン板にしては分厚いと思いながらライトの角度を変えると、腕のようなものが生えていることに気付く。
「まさか」と、彼は自分の目を疑った。
「なあ、これって・・・ISじゃないかな。」
周囲は騒然となり、代わる代わる覗いた者は口を揃えて「確かにそう見える」と言う。
しばらくして、ジャッキが運ばれてきた。
直ぐに機体の左側が持ち上げられ、それに従って衝突物が徐々に垂れ下がる。
「うわ・・・ISだ。」
「初めて見た。」
「何で当たった?」
姿を確認した者は口々に感想を述べる。
左舷が元の高さまで持ち上がったのでジャッキスタンドをかける作業をしていたとき、誰かがこんなことを口走った。
「ISって、人が乗らないと動かせなかったような・・・。」
刹那、言葉が聞こえた全員が固まった。
そして、全員が揃ってISに目を向ける。その話を聞いてから改めて見ると、至る所から肌のようなものが見えていることに気付く。
「おい!カッター持って来い!」
その声に消防員が走り出す。
彼らは、少し離れた場所に止めていた救助工作車に乗り込む。ドアが閉まりきるのを待たずエンジンがかかり、黒い煤を少々吐きながらそれは走り出す。
角張り重そうな図体からは想像も出来ない走りっぷりで迫ってくると、そのままF-15の左側に停車。間を置かず、消防員は工具を車内から降ろし準備を始める。その動きたるや、さながらスクランブルのかかった戦闘機のパイロットに似通ったものがあった。
来栖は、救助のプロである消防員の邪魔にならぬよう少し離れて作業を見守る。
超特急で準備が完了し、救助が始まる。カッターを用いてエアインテークを切り裂くその様子は、解体といって差し支えのないものだった。
「来栖一等空尉。司令がお呼びです。」
見るも無惨な姿になっていくイーグルに心を痛めていると、司令の使い走りが伝言を持って来た。
「指令からの呼び出し、了解しました。」
互いに敬礼。伝言を持ってきた隊員は、消防員のもとへ走って行った。
来栖は救助活動を見守りたかったが、渋々その場を後にする。
彼は、司令の部屋まで小走りで移動した。
「失礼します。」
ドアをノックし、一声掛けてから来栖は司令の部屋に入る。
「来栖翔霧一等空尉です。お呼びで――」
そこまで言って、話すのを一度止めた。
「はい。恐らくISとのことです。」
それは、司令が電話の最中だったからだ。
来栖が一旦退室しようとすると、司令は入室するように手招きする。
「はい。失礼します。・・・待たせた。来栖君、よく無事に帰ってきた。疲れていると思うが、何があったのか話してくれ。」
少し慌て気味に電話を切り、司令は来栖に向き直る。
「はい。一二〇〇頃、墜落情報のあった――」
忙しそうだったので、来栖は衝突時の状況について可能な限り要約して話した。
「あぁ、それは災難だったな・・・。ところで、ISはどこの所属か分かるか?」
「特に番号なども見あたらなかったので、我々ではなんとも言えません。」
「失礼します!」
そこへ、先程、来栖に伝言を持ってきた隊員が入室してきた。
「報告です!衝突物はISと特定。パイロットは重傷のものの、息はあります。」
「ご苦労。」
「失礼しました。」
現場の情報だけを伝え、足早にその隊員は退室していった。
ドアが閉まり司令が話し始めようとしたそのとき、電話が鳴る。
「はい。そうです。・・・何ですと!?」
急に大声を出したため、来栖は少し驚く。
しばらく話した後、司令は電話を切る。
「来栖君。この年末はワシと一緒に基地デートかもなぁ・・・。」
来栖に向き直りそう言った司令の声は、微かに諦めが混じっていた。
2022/8/5 来栖の階級の間違いを修正しました