IS学園の猫ちゃん 作:只の・A・カカシです
八月も残すところ一週間と一日になった月曜日。
来栖は検査が終わったF-14のテストフライトをするため、操縦桿を握っていた。
テスト空域へと向かうコックピットの中で、来栖は欠伸を一つする。
「週末、どこか行ってたのか?」
その後席に乗っていた柳原が、インターホン越しに聞こえたそれを気にする。
「えぇ、下の娘の試合を見に行きまして。・・・あ、別に眠たいとか言うわけじゃないので大丈夫です。」
「そのくらいならな。」
怪しい挙動や、気の抜けた操縦は見受けられないので柳原は心配していなかった。
「下の娘・・・沙絵香ちゃんだったか?」
「そうです。」
「応援に力が入ったんだろ。」
冷やかすような口調で話し掛ける柳原は、不適な笑みを浮かべていた。
「あー、本当はそう言いたかったんですけど。『お願いだから静かに見ていて』ってお願いされたので、静かに観戦しました。」
今回の検査に合わせ、グラスコックピットへの改修が行われた。来栖はそのディスプレイに自機の座標を表示させ、飛行経路から逸れていないことを確認する。
「そこはほら、女の子だしなぁ。応援して欲しいって言う照れ隠しだろ?」
「その気持ちは、なきにしもあらずだと思います。思うんですけど、優里香にしても回りくどい言い方はしない性格ですからね。」
来栖がそう言うと、「そりゃそうだな」軽く笑った。
「・・・っていうか、初めてか?応援に行くの。」
「そうです、初めてです。」
感慨深そうに来栖が頷く。ヘルメットの動きで、柳原にもそれは分かった。
「仲直りできたのか?」
「仲直り・・・どうですかね。まだ手探りです。」
難しい顔をしつつも、その表情にはわずかに明るさがある。
来栖は、わずかに左へと進路修正を行う。
「なるほどね。・・・それにしちゃ、疲れすぎじゃないか?」
「いや、逆でして・・・逆って言うのかな?楽しみにしすぎて前の日の夜ですね。なかなか寝付けなかったんですよ。」
来栖は少し恥ずかしそうに白状した。
なんと声をかけるべきか。迷った柳原は、「ああそうかい」と呟いた。
「それでね、試合にも勝ったんですよ。見れるだけで幸せだったんですけど、ダブルで最高でしたね。」
そこで終わっていれば良いものを、来栖はのろけ声で話す。それを聞いた柳原は〈親バカが加速しているな〉と思い少し呆れた。
このままだと、延々試合について聞かされそうな気がした柳原は、話題を変えることにする。
「前から思ってるんだがよ。この真っ白の塗装やめないのか?」
塗装を塗り直され、機体は新品のような輝きを放っている・・・のは良いとして、実戦で使用する機体としては、あまりに視認性に優れる機体色。
コックピットから塗装を見つつ、柳原は心配げに話す。
「やめないのかって言われましても・・・校内の公募で選ばれたデザインですし・・・。」
「デザインたって、制服の配色まんまじゃないか。そもそもその公募も、誰かが勝手に始めた公募だろ?そりゃよ、乗って戦うのはお前だけだから、ワシがとやかく言う立場にはないが・・・ワシなら視認性の低い塗装をしてもらうぞ?」
いつも思っていたが、どの場面でも言うのがはばかられた。そのため、二人だけになった今こそチャンスと、柳原は畳み掛けていく。
「まあ、あれです。今日まで墜とされずに来たんで、その験を担いでということで。」
「言っちまえばな。言っちまえばそうだが、こいつが日本にフェリーされてきたときの塗装を見てるから、余計に気になるんだよ。」
「確かに、最初はグレーの塗装でしたからね。」
そんな風に議論をしつつも、二人を乗せたF-14は刻刻と目的地へと近付いていく。
「今更気になってきたんだがよ、IRANを通した割りには検査が早くないか?一ヶ月と掛かってないぞ?」
そろそろ試験の準備をしようかというタイミングで、思い出したように柳原が問いかけてくる。
「そこまで飛行時間が経過していないじゃないですか。だから今回はIRANと言っても、新世代ISに対応した電子機器への更新がメインです。」
「それ能力改修じゃないのか?」
「IRANです。」
「あっそ。」
それが建前であることは明白だったので、柳原は釈然としないといった感じで返事をすると、プイッと視線を外にやった。
「正常に動いてますね。それじゃあ、始めますよ。」
「おお、やれ。」
画面表示を、地図からテストフライトの試験項目へと切り替える。
項目を終えるごとに自動で結果が記録される。F-14と来栖は、黙々と項目を消化していく。
「いやー、キツい。」
開始から一五分が経過した頃。突然に柳原がそう呟いた。
御年五七になる彼にとって、絶えず変化するGを掛けられるとかなり堪える。
「休みましょうか?」
「それじゃ正しい結果が出なくなる。続けろ。」
「了解です。」
下手に手を抜いてやり直しになる方が疲れると、柳原はテストフライトを継続させる。
「終わりましたよ。」
更に二五分が経過。柳原は「あいよ」と返すと、気合いを入れるように着座姿勢を正した。
「ユーハブ、コントロール。」
突然に来栖がそう言った。
「アイハブ。」
そして
彼が付いてきた理由。それは後席に追加設置された操縦系統の動作チェックを行うこと。
来栖がディスプレイを操作して、後席の操縦を有効にする。
小手調べと、柳原はバレルロールをしようとした。
「ユーハブ!ユーハブ!」
ところが彼の意に反して、F-14はフラットスピンに入ってしまう。
柳原は、大慌てで操縦を来栖に返す。
「アイハブ、コントロール。」
来栖に操縦が戻ると、機体はすぐに安定を取り戻した。
「何じゃこりゃ!」
冷や汗をびっしりとかいた柳原は、一呼吸おいてそう叫ぶ。
「おかしいですか?」
「分から・・・あ、悪い。思い出した。ちょっと待ってくれ。」
そう言うと、柳原はディスプレイを操作する。
「これでいけるはず。アイハブ。」
「ユーハブ、コントロール。」
いけると言いつつも、少し慎重になった柳原は、ひとまずトリム・スイッチを操作して機体の挙動を見てからロールを行う。
「んー・・・OK。」
先ほどの操縦ミスが嘘のように、柳原は安定した飛行を行う。
「珍しいですね。」
猿も木から落ちると言うが、あの柳原がこれほどの操縦ミスをするとは。来栖は意外そうに話し掛ける。
「結構ピーキーだな。前に操縦したときはこんな挙動じゃなかったけど・・・。」
「・・・前?」
ふと漏らしたその一言に、来栖は首をかしげた。
「前って言っても、何年も前だけどな。IS学園が開校した年だったか?こいつを空輸するのに腕に自信があるやつはいないかって話がきて。その時以来だ。」
「そうだったんですか。」
そう言うことがあったというのは轡木から聞いていたので知っていたが、その中の一人に柳原がいたというのは初耳だった。
「来栖、こいつの操縦感覚が変わったときはいつだ?」
「変わったとき?・・・変わった・・・・・感じたことはないですね。」
「あっそ。」
原因が分かればとでも思ったが、唯一の乗り手が分からないと言うのでは仕方が無い。
「何にしても、このじゃじゃ馬ぶり。やっぱり乗り手を選ぶな、こいつは。テストフライトに来てくれって呼ばれるわけだ。」
「確かに前の検査のときも、離陸で機体が暴れて制御できないから来てくれって言われたなぁ。・・・こいつはフライ・バイ・ワイヤで制御しているんで、かなり簡単な部類に入るとは思うんですけど。」
「暴れるって、わしが、今さっき言っただろ?」
フライ・バイ・ワイヤを搭載していれば必ず楽だと思うな。少し機嫌悪そうに、柳原はそう言う。
「お前が乗りやすいようにチューニングされてるって知ってるのか?」
「整備は森田に任せてるので。」
「だからだよ。森田みたいな整備の超人がIS学園に流れてきたのは。アイツが整備した機体は、評価したパイロットの好みを完璧に反映してしまう。自衛隊・・・いや、どこの軍でもそうだが、一機を何人もが乗るものだろ。そういう場所じゃ特化してしまうっていうのは邪魔になる。」
「そういうのって、フライ・バイ・ワイヤの補正のせいじゃないんですか?」
「システムを過信しすぎだ。つか、この前F-2乗ったろ。あれと比べりゃ分かるだろ。」
「え?・・・あー言われてみれば。」
〈言われてみればって。こっちはシステムに助けてもらってやっとなのに。こんだけ暴れる機体を、手操作で安定させるって、どんな乗り方をしてんだよ。〉
来栖がこの戦闘機を乗りこなせている理由を考えることは不毛だ。柳原は思考を放棄した。
「さて始めるか。無駄話をしてて、燃料がなくなったじゃつまらん。」
「はい、どうぞ。」
後席のチェック項目は、Gがかかっている状態でも正常に操縦できるかを確認すること。
柳原は、機体をバンクさせ旋回を開始する。
「えぇい、コンチキショウ!重い!」
F-4のように曲がらないことはないが、複雑な構造所以の自重の重さはひしひしと感じる。
「んッ!こんなに変わるか!」
速度を上げると主翼が可変することで飛行特性や重心の変化が起こる。いかなる戦闘機も自分の手足のように扱ってきた柳原を以てして手を焼く。
以降も、たらたらと文句を垂れてはいたが、試験飛行は滞りなく進み二〇分ほどで終了した。
「これで完了っと。」
チェックリストの最後の欄に記入をして、来栖はそれをサイドコンソールの小物入れにしまう。
「帰りますよ。」
来栖が操縦桿に手を添える。
「わしが操縦する。」
しかし柳原は操縦を譲らない。
「いやいや、休んでください。」
「違う。操縦しないとかえって疲れる。ずっと前ばっかり乗ってきたから気が付かなかったが、後ろの席に乗っとくてのは、結構疲れる。」
「そうですか?」
操縦をしない分だけ楽をできる気がするのだけれどもと、来栖はひそかに首を傾げる。
「人の操縦って、自分のイメージと違うだろ?なんか疲れるんだよ。こいつを抑え込むのも大変だけど、まだそっちのほうが楽だ。」
そういう人もいるのか。来栖は「わかりました」と、操縦桿から手を放した。
-*・A・*-
F-14がIS学園へと戻ってきたのは、それから二日後の水曜日のこと。
到着して来栖がコックピットから降りるや否や格納庫へと取り込み、検査先ではできない特殊な装置や、IS学園で使用するために必要となる装備の取り付けが大急ぎで進められる。
そして金曜日の午前。
一連の作業を終えたF-14は、格納庫を滑走路から見て右側の駐機場に出されていた。
機体後部を海の方へと向け、両側の先端を地面に固定したワイヤーにアレスティングフックを掛けている。松戸がチューニングしたエンジンの調整を行うためだ。
機体にはケーブルが幾本も接続され、それらは格納庫へと伸びる。それらは散らばらないようにある程度の数で束ねられ、地面にテープで固定されていた。
『準備できたので始めても良いですか?』
日陰を求めて機体の影に入って話をしていた森田と来栖。彼らのインターホンに、松戸から連絡が入る。
「右、OK。来栖、そっちは?」
「左もOKです。いつでもどうぞ。」
二人は地面のケーブルに気を付けつつ、エアインテークを安全に見られる位置まで小走りで移動する。
『それでは第二エンジン、スタートします。』
「第二・・・右だっけ?」
『はい、右です。』
「ライトクリア。」
遠隔操作によりAPUが起動し、エンジンへ圧縮空気の供給が始まった。
『一〇%・・・二〇%・・・。』
松戸がエンジンの回転数を読み上げる。それに合わせて、森田は無意識に指を動かしていた。
『アイドリング。』
続けて左エンジンも回転を始め、両エンジンの始動が完了する。同時にAPUも停止したが、メインエンジンの騒音に比べれば微々たるものなので、近くにいる二人でさえも変化は感じられない。
『異常ありませんか?』
「右、オーライ。」
「左もOKです。」
『じゃあ、始めますね。』
試験が始まる。エンジンは極めて細かく段を刻みながら出力を上げていく。
時折、可変エアインテークのパラメーターの数値を変更するキーボードを叩く音がインターホン越しに聞こえてくる。
徐々にではあるが、キーンッと言う甲高い音はゴーッっという轟音に掻き消されていく。
甲高い音が人間の耳では聞き分けられなくなったとき、エンジンの推力はタイヤの摩擦力を超えた。ブレーキが掛かっているため回転しないタイヤを引き摺りながらゆっくりと前進する機体は、ワイヤーのたるみがなくなったところで停止する。
『ミリタリー。』
炎天下で長時間立っていたせいで、来栖も森田も汗をびっしりとかいている。
それでも嫌な素振りを見せず、機体を固定するワイヤーの確認をするため機体後部に向かって歩き出す。
ピーンと張ったそれは、エンジンがどれだけの推力を誇っているかを物語っていた。
「こちら異常なし。」
「同じく問題なし。」
『はーい、了解しました。それでは、アフターバーナーを焚いていきます。』
すぼまっていたノズルが僅かに開く。同時に円錐状の青いバーナーが形成されると、それまでとは比較にならない大きな音が発生する。
インターホンをしている二人にも、その音は十分すぎるほどに聞こえる。
『フルパワーです。』
この領域の設定値は良かったのか終始スムーズに進み、あっという間に最大パワーに達する。
その推力の大きさたるや、ワイヤーが引きちぎらんばかりの勢いだった。
『では、アイドルまで絞っていきます。』
一分間ほど内部温度の上昇具合を見るために回し、許容範囲にあることが確認できると、今度はスロットルを絞っていく。
長く伸びていた青いバーナーも、みるみるうちに小さくなっていく。開いていたノズルがすぼまり、アフターバーナー領域から抜ける。そして推力の減衰とともに再び開いていく。
『アイドルです。そちらは大丈夫そうですか?』
「見える範囲には何もないぞ。」
「特に気になるところはないですね。」
『了解です。では、ミリタリーまで一気に上げます。』
通告を受けた二人は、緩めていた気を引き締める。
『ミリタリー。』
「「速っ?!」」
排気ノズルの動きを見ていた二人が同時に声を上げる。
流石にF/A-18のエンジンほどの速さとまでは行かないが、以前とは比べものにならないレスポンス。
来栖は、この調整の前に松戸が『推力は以前より上がっている』と言っていたことを思い出す。
果たして操りきれるだろうか。彼は一抹の不安を覚えていた。
『良いですね、良いですね。バッチリ仕上がって生きてますよ~。』
そんな来栖の心情など知る由もない松戸は、上々の出来栄えに一人盛り上がる。
『んじゃー、アフターバーナー焚きます。』
カツンッと、スロットルを迷いなく最大位置に押し込んだ音がする。一瞬と言って良い速さで、轟音とともに排気ノズル後方に形成された青いバーナー。
『あ~、ISなんか屁でもない!』
「俺が死ぬわ!」
調子に乗る松戸を一喝しつつ、その推力の上がり方に再度、度肝を抜かれる。
『それじゃ、ランダムに動かしてみますね。』
松戸がスロットルをどう動かしているのか、ノズルの動きを見ていると手に取るように分かる。
『おっ、ここ悪いな。ログから今のところを出して、もう一回。なるほど。これでっ・・・よしっと。』
松戸は独り言を言いながら、パッパッと制御を最適化していく。
『よーし。これでOKッと。』
一〇分ほどで全ての領域の最適化が完了し、松戸が終了を宣言した。
エンジンが停止する。来栖と森田は、速やかにケーブルの取り外しを始める。ほどなくして出て来た松戸もその作業に加わった。
全てを外し終えると、三人は格納庫へケーブルを運び入れる。
入れ替わりに出て来た整備士達が、機体の固定に使っていたワイヤーを回収する。そしてすぐにトーイングカーで格納庫へと機体を押し込み、定位置に置かれた。
「あっつ!!」
先ほどの作業の為に開けられていたアクセスパネル。そのパネルを閉めようと、機体に手を当てた柳原が叫ぶ。
炎天下に一時間以上置かれていた機体は、とても熱くなっていた。
「手袋をくれ。火傷する。」
「へーい、お待ち。」
持ってきてもらった手袋を着け、彼は作業を再開した。
「あいつら、この天気の中で長時間、よく外で立ってられたな。」
「しんどいでしょうね。二人とも汗びっしゃりでしたもん。」
建物の中で扇風機の風に当たりながら作業をしていても暑いのに、よくやってられるなあと外を見ながら感慨深そうに頷く。
その後は暑いせいか、会話はパタリと止まり作業は黙々と進められていく。
「よし、これで全部終了。」
最後のパネルが閉じられた。
「柳原さん、昼にしましょう。」
「ん?そんな時間か。」
飛行に向けての準備は整った。工具の確認をして、彼らは詰所へと戻っていった。
2021/05/30 誤字を修正しました
2022/10/05 文章を改良しました