IS学園の猫ちゃん   作:只の・A・カカシです

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第33話 もうじき夏休みも終わり

 IS学園の夏休みも最後の日曜日を迎えた。

 寮には、まもなく再開される授業のために生徒たちの姿が戻りつつある。

 暑いながらも全体的にはのんびりとした昼下がり。

 それを打ち壊すように、突如、ドォオンッ!っという破裂音が響いた。

 自室でくつろいでいた生徒も、その衝撃に飛び上がる。何事だろうかと慌てて次々に廊下へと飛び出し、そこで互いの顔を見合わせる。

 異常事態ならばサイレンか、あるいは館内放送がかかる。それを待つ生徒たちだったが、待てど暮らせどそれはなかった。

 そして正体不明の音は、再び聞こえてくることはなかった。

 

 

-*・A・*-

 

 

 「よし、テストフライトに行ってきます。」

 昼休みが終わり、来栖たちは使用した工具がすべて戻っているかのチェックを行い、すべてが戻されていることが確認されると来栖がそう言う。

 「じゃあ僕、ジェット・ブラスト・ディフレクターを操作しますね。」

 松戸は手を上げ、すぐに操作室の方へ向かい始める。

 「待てい!」

 そんな彼の作業着の襟を柳原は掴み制止する。

 「何ですか?」

 「お前も乗るんだよ。」

 首を傾げる松戸にそう告げると、彼はキョトンとしていた。

 言われた内容を理解するまでしばらく固まった後、彼は慌て始める。

 「いやいやいやいやいや、僕パイロットじゃないですし。」

 「安心しろ。後ろに乗るだけならだれでも乗れる。パイロットの資格は要らん。」

 「いや、そうですけ・・・そうじゃなくて、僕乗ったことないんですよ?」

 「誰にでも初めてはある。ワシだって、生まれる前から戦闘機に乗っていたわけじゃないぞ?」

 逃げ道を潰されているのか、はたまた自滅しているのか。松戸は助けを求めて周囲の人たちを見るが、誰一人として手を差し伸べてはくれない。

 〈ちくしょー!結託ずみかよ!〉

 

 「おう、似合ってるじゃないか。」

 それから三〇分ほどして、松戸はパイロットスーツを着て戻ってきた。

 「おだててもらっても、うれしくないですよ。」

 真っ先に声をかけてきた柳原に、彼はテンション低めに返す。

 「本当にいいんですね?脱出とか低酸素の訓練、僕受けたことないですよ?」

 「何だ?自分が組んだエンジンに自信がないのか?」

 この期に及んで逃げようとする松戸を、柳原は焚きつける。

 「いえ、バッチりです。」

 「なら恐れることはないじゃないか。」

 「いや、でも事故らない保証ないじゃないですか。」

 「おん?お前は絶対に壊れないものを作れるのか?」

 「え!?あー、いやー、まあそうですね・・・。壊れないものを作るというか、壊れないって信念を持って作りますね、はい。」

 整備士としてあるまじきことを口走ってしまったことを反省しつつ、どうやっても乗らなければならない事実に少し肩を落とす。

 そうしていると来栖が幾つか荷物を持って戻ってくる。

 「松戸、先に上がってくれ。」

 「分かりました。」

 渋々指示に従い、梯子を使ってコックピットへ上がる松戸。彼が座席に座ると既に来栖は上がってきており、彼のハーネスの装着を手伝ってくれる。

 それを終えると、来栖は自分のハーネスを固定する。

 来栖が合図を送ると、格納庫の換気装置の電源が入れられる。まもなく圧縮空気が供給され、右エンジンが回り始める。

 来栖が指を立てて伝える回転数を、機体正面に立つ森田が反復する。

 右エンジンが自立すると、すぐに左エンジンの始動に入り、左も自立すると圧縮空気を供給していたホースが取り外された。

 手短に動翼の動作チェックを済ませ、手歯止めが外されるとキャノピーを閉める。ブレーキをリリースし、ゆっくりと格納庫から外へと向かうF-14。そのまま離陸滑走開始位置に据え付けると、ジェット・ブラスト・ディフレクターが立ち上がるのを待って離陸前のエンジンテストをする。

 「行くぞー。」

 エンジンの音が大きくなる。ブレーキがリリースされ離陸滑走が開始された。

 「く、来栖さん。いっつもこれで離陸してるんですか?」

 松戸も御多分に漏れず、翼端スレスレを流れていく崖に恐怖を抱く。

 「ん?エンジンの感覚が掴めてないから、今日は控えめにしてるよ。いつもは、もっと推力を出してる。」

 「分かりました。」

 彼の聞きたかったこととは全く違う回答だった。

 けれども聞き直す余裕は彼にはなかった。それは、速度が上がるにつれ視野が狭くなり崖との距離が縮まって見え、その恐怖を押し殺すことで手一杯だったからだ。

 「離陸するぞ。」

 機首が上がる。主脚も地面から離れ上昇が始まると、瞬く間に地面は小さくなっていく。

 「おぉ、これがIS学園の全容。」

 衛星写真では見たことがあるが、実際に見るとスケールの大きさに圧倒される。

 あれ程嫌がっていた松戸はどこへやら。一度浮いてしまえばそれまで乗ったどんな飛行機よりもどっしりと安定した飛び方に、すっかりお楽しみモードに入っていた。

 「よし、それじゃ沖に出るぞ。」

 飛行が安定して行えるか確認するため数分ほど滑走路の近場を飛んで、それから沖へと転進する。

 沖と行っても自衛隊の訓練空域を借りてまで試すような項目はないので、他の航空機の入ってこないIS学園の指定する飛行禁止エリア内でのテストフライトだ。

 「オエッてなったらすぐに言えよ。」

 「分かりました。」

 いつでも取り出せるよう、小物入れの一番上にエチケット袋があるかを見て来栖はテストを開始する。

 そこまでして松戸を連れて来る意味は、正直に言えばない。ただいつの頃からかの慣例で、大きくセッティングを変更したときなどに計画を主導した人が添乗するようになっていた。

 まずは水平飛行の加速で異常が出ないかテストを始める。

 まずは様子見と、少しだけスロットルを開く。

 「おぉっ。」

 来栖のスロットル操作に寸分たがわず応答するエンジンの推力。分かっていても、その速さに来栖は唸る。

 「どうですか?」

 「一言で言うなら、凄い。このパワーの出方で、これだけの応答速度ってなると相当に戦術が広がる。反面、扱いを間違えたときが少し怖いかな。」

 概ね好評を得られたことに松戸は胸をなで下ろし、「よかったです」と口にする。

 そこから何度も水平飛行を繰り返し、徐々に加速度を上げていく。

 〈ひゃー、これがF-14のRIOシート!〉

 加速度が上がるごとに体に掛かる負担は大きくなる。だが来栖に褒められ緊張が解けた松戸はそんなことなど感じずに、トムキャットの乗り心地を楽しんでいた。

 ところが、ある一定のスロットル開度を超えたあたりから加速度に違和感を覚え始める。

 〈・・・?こんなもん?〉

 体感では計算ほどの加速力がない気がして対気速度計を見ていると、やはり計算上の速度に達していなかった。もしや来栖が手加減してくれているのかと思ったが、スロットルの開度も燃料計も、もっとパワーが出てもおかしくない値にある。

 もしかしてと思い、彼は多機能表示装置を操作してエンジンの制御プログラムを表示する。

 〈えーっと、燃焼制御と空気流量の制御はこれだけど、数値はこれでいい筈なんだけどな。〉

 後ろを見てみると、薄くではあるがF-14は黒煙の航跡を引いているのが目に入った。

 〈スロットルの位置がこれなら、燃料制御はあってるな。空気の流量が足りないのか。〉

 考えが纏まるや否や、彼は多機能表示装置の下に納められているキーボードを引っ張り出して、目にも止まらぬ速さで数値を打ち替える。

 それは松戸が優れた技術者であるからこその芸当であったが、彼にとって不幸だったのは軍用機のコックピットに搭乗したのが、今日が初めてということ。

 今、機体はどんな状態で飛行中なのか。勝手な動作をすればどうなるのか。そしてパイロットはどれだけ気を遣って飛行しているかなど。知る由もない彼は、何の躊躇いもなく確定のエンターキーを押す。

 間を置かずエンジンの推力がドカンと上がる――そのタイミングは最悪だった。

 来栖は目標の速度に達したので、スロットルを絞るためにスロットルレバーを握る手の位置を微調整指定していた。そこを不意打ちされて、彼の手はスロットルレバーから離れる。

 「?!やばいっ!」

 慌てる来栖の声。

 よもや原因が自分にあると分からなかった松戸は、トラブルでもあったのだろうかと思って、取り敢えず外を見た。するとキャノピーに、乗っている機体がガラスの板に機首を突っ込んでいるかのような透明な板が付いていた。

 「これは何ですか?」そう訪ねようとした瞬間、体がグッと下方向に引っ張られ、そして前方視界から海が見えなくなり代わりに雲と青空が見える。

 「あちゃー、やっちまった。」

 来栖が呟いたのとほぼ同時に、柳原から無線が入る。

 『おい、凄い音がしたが生きてるか?』

 「僕らは無事に飛んでますけど・・・それより、音速を超えました。」

 『はぁ?音速を越えた?何で。』

 とても不思議そうに、柳原が聞いてくる。

 「何も操作してなかったんですけど、急に推力が上がったんです。」

 『操作してない?・・・松戸が操作したとかないだろうな。』

 「操縦系は切ってますから、ないと思います。」

 前後どちらの席からでも操縦が出来るように改修されたF-14だが、業務によっては航空機に対する知識がない人を乗せる可能性もある。だからパイロットが座った側から、反対側の操縦系にロックを掛ければ操縦することもロックを解除することは出来ないシステムになっている。

 「あ、操作しました。」

 『そりゃ素人が乗ってるのに・・・操作した?』

 「ええ。エンジンの制御が悪かったんで、修正したんです。。」

 『???』

 それがどういうことか。意味を理解しかねて、柳原は黙り込む。

 「エンジンの燃焼状態が良くなかったんで、パラメーターを修正したんです。」

 松戸が何をしたのかを理解した瞬間、柳原の怒声が飛んだ。

 『馬鹿たれ!そういうのをやるときは、パイロットの許可を取れ!』

 「?!」

 〈うるせえ!〉

 無線越しに、柳原が松戸に怒鳴る。勿論、その無線は来栖にも通じているわけで、柳原の呼吸から大声が来る前兆を察知してボリュームを絞ろうとしたが間に合わなかった。

 「す、すいません!」

 『俺じゃなくて、来栖に謝れ!』

 反射的に柳原に謝罪したが、最も実害が及ぶ可能性があったのは操縦をしている来栖だ。

 「ひゃ、ハイ!来栖さん、すいませんでした!」

 元パイロットである柳原の怒りを感じてか、彼は声を裏返らせながら謝罪する。

 〈まあ下は海だから、被害はそこまで出ないだろうけど・・・。〉

 さほど高度が高いわけではないが、マッハ一.〇を僅かに超えた程度で、時間も短かったので影響は無いと想像する。だが、衝撃波の影響を甘く見ると痛い目に遭うのも事実。

 「来栖、こっちで関係箇所には連絡しとくから、そっちは試験を継続しろ。」

 「分かりました。お願いします。」

 無線が切れる。

 「松戸?水平飛行中だったから良かったけど、旋回中とか離着陸とか、スロットルが変化すると墜落の危険もあるから、今後こういうことがあったら勝手にやるのは絶対にやめてくれ。最初に言っとかなかったこっちも悪かったけど、頼むよ。」

 「はい、すいませんでした・・・。」

 しょんぼりとした松戸を乗せたまま、テストフライトは続いた。

 

 

 

 「いやーれ、やれ。怪我人が出たり、ものが壊れたりしてなければ良いが・・・。」

 漁船や海上保安庁や漁協などに座標と時間を伝え、付近を航行していた船舶で被害が出ていたときは連絡してもらうよう手配を済ませて、柳原はくたびれた様子で受話器を戻した。

 「まさかコックピットで直接プログラムの編集が出来るとは・・・。油断した。」

 テスト飛行をしているであろう方角を見ながら、柳原はぼやく。

 「というか、楽しそうでしたね。」

 外部機器の取り付けなしにはシステムを書き換えられないと思っていたのも原因の一端ではあるが、あれだけ渋っているなら大人しくしていると思って諸般の注意をしなかったのが最大の原因だ。

 「てっきり高所恐怖症だから嫌がってるのかと思ってたんだがなぁ。」

 思いながら乗せたのならば、それはパワハラではないかと諏訪は密かに思う。

 「ま、あのくらいなら大きな音がした程度で済むだろう。実際、ここでは全く衝撃波は感じなかったからな。」

 経験則で言っているのか、それとも勘で話しているのか。それを判断しかねて、諏訪は話題を変える。

 「それより大丈夫なんですか?」

 「あ?何が?」

 「松戸です。あいつ、戦闘機に乗ったことないって言ってましたけど、耐えられるんですか?」

 エンジンのテストは直線加速ばかりではない。いかなる機体の姿勢であっても、高いGが継続して掛かる状況下でも正常に作用するか調べる。

 それを耐えられるようになるには訓練が必要だ。

 しかし柳原は「あぁ、そんなことか」と、全く重要ではないと言わんばかりに言い放つ。

 「お前、来栖の後ろに乗ったことないだろ。」

 「ないですね。」

 それが今、どういう関係があるのか諏訪は理解しかねる。

 「あいつはな、何って言ったら良いんだろう。俺やお前とか、まあ誰でもだけど、旋回する時ってどうやったってGが掛かる。来栖もそこは同じなんだけど、例えば七Gを掛けたとすると、一.五~二Gくらいは緩和されるんだよ。」

 「は?」

 そんな馬鹿げたことがあってたまるか。頭脳が優秀な松戸は、理論の伴わない話しに怪訝な面持ちをする。

 「そんなこと出来るわけないでしょう。」

 「計器では七Gが掛かってる。だけど、体感する分には軽減されるって話し。」

 確かにF-2や、そのベースとなったF-16などは、通常よりも座席のリクライニング角度を寝かせることで耐G能力を向上させることは出来る。できるが、それでも限度はあるし、まして運動しているところを見たことの無い松戸が耐えられるのだろうか。

 「乗ってるの、松戸ですよ?」

 「多分、大丈夫だな。来栖は同乗者がいると気を遣うタイプだから、適度に休むだろ。」

 恐らくその考えは正しかったのだろう。

 試験項目からして一時間あれば十分に済むところを、二時間も費やして帰ってきた。

 そして同乗していた松戸も、初めてとは思えないほど元気にしていた。

 

 

-*・A・*-

 

 

 舞台は移って聖マリアンヌ女学院。

 その日、間もなく始まる二学期の始業式の準備のため、生徒会役員の生徒達は登校していた。

 午前中は体育館で、会場の設営を運動部に手伝ってもらいながら行い、最終調整と並行して生徒会長を始めとした数名が始業式の流れの一通りを確認する。

 それらを終えたときには、時計の針はお昼を回っており、生徒会室に戻った彼女たちは遅めの昼食を摂る。

 それぞれ持ち寄ったパンやお惣菜を取り替えっこしながら、これが美味しいだのこっちが好きだのとたわいもない話しで盛り上がった。

 そうして食事を終えると、午後からは事務仕事に取りかかる。

 どれくらいの時間が経ったときだろうか。空気を震わせるほどではないが、ビニール袋に吸い付いてしまった掃除機の音を低く大きくしたような音が響いてくる。

 しかし生徒会役員達は、作業に没頭していて気が付かない。

 一名を除いて。

 彼女は、誰かに呼ばれたかのように窓の外へと視線を向ける。

 「沙絵香ちゃん、手、止まってるよ。」

 「へ?・・・あ!すいません!」

 どれほど手が止まっていたのかは分からない。来栖家の次女、沙絵香は先輩に言われて我に戻り、そして慌てて作業を再開した。

 しかし何かが気になるのか、再び空を見上げる。

 「どうしたの?悩みでもあるの?」

 その様子を心配して、再び先輩が声を掛けてくる。

 「悩み・・・ではないんですけど。五反田先輩、誰かのために命をかけるって、どんな気分なんですかね。」

 サラッと言ったが、そんなに重たい話が悩みでなくて何というのか。生徒会長の五反田 (らん)を始め、生徒会のメンバー全員が怯む。

 「な、何?何かあったの?」

 「そうだよ、相談に乗るよ?」

 「私達で出来ることなら、何でもするからさ。」

 「え?・・・え?」

 突然に心配されて驚いたのか、沙絵香はオドオドと生徒会のメンバーの顔を見る。

 その時、彼女たちは気が付いた。

 以前はどこか寂しそうで、そして何かに取り憑かれているかのような切羽詰まった印象があったが、今はそれがないばかりかむしろ明るささえ感じる。

 思い返してみれば昼食の時も、積極的とまでは行かないにしてもそれなりに話しへ入って来ていた。

 「・・・・・これといって、特には。」

 「そう。じゃあ、お仕事頑張ってね。」

 「はい!」

 生徒会長に元気の良い返事をして、彼女は作業を再開する。

 

 「・・・。」

 その後も沙絵香は、時々空を見上げていた。

 勿論、生徒会のメンバーも気が付いていた。彼女たちは沙絵香の表情を盗み見て、どこか嬉しげであることを確認すると「夏休みに良いことでもあったのだろう」と言う考えに至る。

 普通ならば根掘り葉掘り聞くところだが、今回に限っては尋ねることが野暮な気がして、そっと胸にしまい込んだのだった。




2021/3/9 誤字を修正しました。
2021/5/30 誤字を修正しました。
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