IS学園の猫ちゃん   作:只の・A・カカシです

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新年おめでとうございます。
今年も変わらぬご愛顧の程、よろしくお願い申し上げます。



第34話 超一流VS異端者

 九月に入り数日が過ぎたこの日、太平洋上空にてIS学園所有機のF-14とT-4の二機は、一対一の空中戦闘機動の訓練を行っていた。

 F-14には来栖が、T-4には柳原と諏訪がそれぞれ搭乗している。

 流石にF-14が全開を出すとエンジン推力で圧倒してしまうので、ハンデとしてアフターバーナーを使用しないでいる。また火器管制装置のないT-4では擬似的にミサイルを撃つことも出来ないので、交戦状況をガンファイトに限定していた。

 この条件で行われている二機のドッグファイトは、運動性能に勝るT-4が有利に思えるが、実際には全くの互角だった。

 双方が相手に優位な位置を取らせなければ、どれだけ複雑な旋回をしてもオーバーシュートすることもない。

 第三者がこのドッグファイトを見たならば、果たし合いと見紛うことだろう。もし、これが訓練だと知っていたとしても。

 柳原と来栖。双方が持てる技術を出し切っているが、この訓練が行われることとなったのは諏訪の疑問によるものだった。

 

 

 

 八月の最終日。この日の昼下がり、整備士達は格納庫の詰所で暇を持て余していた。

 来栖はと言うと、整備が完了したISの受領に向かったため不在だった。

 「暇ですね。」

 その中でも特に暇そうにしていたのが、エンジン整備の松戸だった。

 「おぉ、そうか。じゃあこの間、音速突破させた始末書でも書くか?」

 その呟きを聞いた柳原が、広げていたスポーツ新聞から視線を上げ問いかけてくる。

 「えっ?!い、いやー、あははは・・・。あ!そうだ、片付けをしなきゃ・・・。」

 先日の出来事をチラつかされ、彼はそそくさと涼しい詰所から暑い格納庫へと退散していった。

 「あれって、何も被害が出なかったから不問になったんでしたっけ?」

 「あぁ。けど、アイツを黙らせるのには都合が良いから教えてない。」

 そう言う理由があったのか。うっかり伝えていたら柳原に文句を言われるところだったと、諏訪は密かに胸をなで下ろす。

 「それより音速を超えた時に出る音、聞いたのは初めてです。」

 「あ?あーそうか。ワシがまだ子どもの頃はアメさんが近場で音速を出してたからな。と言うか、結構やばいことだな。」

 当時もそれなりに問題視されていただろうけれど、今なら問答無用でアウトになる案件。それを懐かしむように、柳原は笑う。

 「ちなみに柳原さんって、音速飛行の経験ってあるんですか?」

 「音速かぁ・・・。むかーし、まだ航空学生だった頃に、T-2であるな。一回目は良く覚えてる。教官が『サービス』ってやってくれた。二回目は訓練中だったけど、舵が効かなくて怖かった記憶しかない。」

 音速飛行の経験のない諏訪は、その話を興味深そうに聞く。

 「そんなに操縦しにくいんですか?」

 「難しいと言っていいか分からんが、操縦桿はかなり重たくなるな。それよりも減速。スロットル絞るだけじゃダメだし、テクニックがいる。」

 知識として知っていたが、実際に必要と聞かされて改めて飛行マニュアルの重要性を諏訪は感じる。

 「あ、違う。二回目はF-4のときだ。マッハ一.三くらいでスプリットSみたいな機動をしたら、地面がぐんぐん迫ってくるのに機体がなかなか起きてくれなかったんだよ。あれは怖かったな。」

 思い出すと今でも身の毛がよだつ。柳原は苦い表情をしていた。

 「うわ、それは怖いですね・・・。」

 場面は全く異なるが、かつて辛うじて墜落にならなかった経験をした諏訪は、自分のことのように感じられて震え上がる。

 「まあ、音速飛行の話を聞きたければ来栖に聞け。あいつは良く知ってる。」

 「来栖さんが?」

 「IS学園に来てからな。どうしても急ぎの時に音速で飛んでいたってよ。影響を出さないように飛行ルートを決めるのが大変だったって。」

 人口密度の高い日本でそれを要求するのは無謀に等しい。航空機のことを知らない人達からの無茶振り伝説を聞く度に、よく応え続けるなあと感心する。

 「来栖さんがいなかったら、IS学園どうなってたんですかね。」

 「いなきゃいないで、別の方法で回してただろ。」

 「そうで・・・え?」

 てっきり肯定して貰えるもと思っていた諏訪は、柳原があまりにも簡単に否定したものだから反応が遅れてしまう。

 「確かに頼りきりにはなってたみたいだが、どうしても必要なら滑走路を拡大してパイロットの技量に頼らない組織体制を整える。それをしないのは、そこまで投資をするほど使い続けるつもりがないって裏返しだろ?」

 柳原の言うことは一理あったが、自分達の存在を否定する理論には同意しかねる。

 「じゃあ、未だに輸送科(ここ)が存続しているのは何でなんですか?」

 「だから、来栖翔霧というパイロットがいる限り続けるメリットが大きいから。」

 柳原の話が、どれほど核心を突いているかを彼には判断が出来ない。だがそれが真実だとしたら、存続か廃止かは来栖次第と言うことになる。

 存外、自分がしている仕事は安定が保障されていないことが急に不安になる。

 「そうかぁ、来栖さんにかかってるのか。・・・来栖さんに・・・・・。」

 諏訪はそれまでとは打って変わり、頭を真下より少し左に傾けた状態で来栖の名前を繰り返し呟く。

 「来栖がどうした?」

 「あ、いや。伝説って言うんですかね、功績が語り継がれる人がいるじゃないですか。柳原さんもそうですし、あとはロック岩崎さんとか。でも、来栖さんって、名前を聞いた覚えがないんですよ。だから、あーっと・・・。」

 急に口ごもったので、「そこまで言ったなら言え」と柳原は逃げ道を塞ぐ。

 「他言無用にして貰えます?」

 「・・・特別だぞ。」

 「・・・・・信じますよ?」

 彼の言葉をいぶかしみつつも、話しを再開する。

 「来栖さんって、本当に上手いんですか?こっちに来てから戦果の話しを聞きましたけど、正直、信じがたいというか。飛び方とかもフワフワしてますし、話しに聞くほどのパイロットに思えないんです。」

 話をしていくに従い、柳原の眉間の皺が深くなっていく。これは怒鳴られたなと、覚悟した。

 「・・・今更?」

 ところが柵原から出て来たのは、拍子抜けした声だった。

 「言ってなかったか?飛行機を操るという単純な点においては、アイツは平均ほどもないぞ?例えば、そうだな。ループをしたら、高度差が数百メートくらいは軽くズレる。アイツの指導教官は俺と同期で、酒の席で聞いたからどこまで本当か知らないが『酷い飛び方をするのに下手ではない』って評価してたな。育てるのが上手いヤツなんだが、そいつをしてどうやって育てて良いか分からないと言わせたから記憶に残ってる。」

 話しを聞いても今ひとつピンとくるところがない。それどころか、逆に良いとこなしに思えてきたので、思い切って尋ね方を変更する。

 「逆に、強みって何があるんですか?」

 「強み?」

 独自分析でよければと前置きをして、柳原は話し始める。

 「普通の思考回路じゃ踏み込んでいけない領域に平気で飛び込んでいくことじゃないか。ここの滑走路とか最たる例だろ。」

 要するに度胸と言うことだろうか。だが、度胸だけでやっていける優しい世界ではない。柳原を疑っているわけではないが、話しに聞くほどの戦果が残せる要因の根拠にはたり得ない。

 「他にはないんですか?」

 「え?他?」

 そう言うと、柳原は右手を額に付けて大きく首を捻った。

 「んー、難しいな。ホントにな、こればっかりは理論で説明できないからな・・・。」

 何とか説明するため、必死に言葉に纏めようと唸る。

 と、何かを閃いたのかポンッと手を打った。

 「実際に見れば早いわ。」

 

 

 

 そして今日に至る。

 来栖と柳原の空中戦闘機動を最も近い場所で見ていたのは、T-4の前席に登場している諏訪。来栖の機動がよく見えるようにと柳原が座らせてくれたそこで、彼は戦慄していた。

 〈こ、この人たち人間じゃねえ!!〉

 開始から五分が経過しているが、未だに決着が付きそうにない。それだけならまだ無きにしも非ずだが、この長期戦を来栖と柳原の二人は息切れをすることなく続けている。

 振り回される諏訪は堪ったものじゃないが、耐えるしかない。

 そうしていると、柳原がF-14をジリジリと追い詰め始めた。

 あと一息。

 しかし次の瞬間、何かを感じ取った柳原はスロットルを抜いて距離を取る。

 案の定、F-14が急減速とともに予期せぬ方向へ旋回した。

 二人に決着が付かないのは攻めあぐねているから、などというレベルではない。実力が拮抗してるがゆえに、後ろは取れても攻撃するところまでいけないのだ。

 〈何だ?今の曲がり方もどうやってるんだ??〉

 来栖の強さがどこから来ているのか分からない。そう言っていた柳原の言葉が、今ならよく分かる。

 今、行われているのは柳原と来栖の対決。その前に、諏訪は空中戦闘機動訓練をしたので身を以て理解している――だと言うのに、何度見ていてもどんくさい動きをしているようにしか見えない。

 「うっ!」

 「くそー。どうなっとるんや、そのトムキャットは。」

 追いかけられないことを、柳原が声に出して悔しがる。それも七Gを掛けて旋回してる最中に。

 〈この動きを振り切れるって、どういう動き方をしてるんだ?〉

 インカムから聞こえてきたそれに、柳原の操縦テクニックの高さを知っている諏訪は同調する。

 柳原がT-4を操縦すれば、自分の知っているT-4が根底からひっくり返る動きをする。

 それこそ並のパイロットでは、たとえアフターバーナー付きの戦闘機を使っても振り切ることは難しいのではないのかと思うほどだ。

 〈というか!柳原さん(あなた)もどうなってんの?!〉

 段々と疲れてきて頭が回らなくなってきた。その疲れたで彼が思い出したのが、柳原は自衛隊を定年退職してからIS学園に来ており、あと数年で還暦を迎えるということ。

 その年齢の人が、現役バリバリのパイロットである来栖の相手を平然と務めている。

 三人の中で最も若い諏訪は、それに少なからずショックを覚える。

 「いぃっ!キツっ!」

 T-4の左舷後方に位置しようとしていたF-14を攪乱するため、柳原が素早い旋回の切り返しを行う。

 その機動を諏訪は対処できず、抑えきれなかった声が漏れた。

 「どうした?疲れたか?」

 「疲れまし・・・いや、大丈夫です。」

 この素晴らしい戦闘をもっと見ていたい。勉強熱心な諏訪はその一心で強がって見せる。

 「来栖、燃料を思ったより消費した。終わろう。」

 ところが柳原は、スパッと訓練を終了した。

 『分かりました。』

 諏訪は、パッと燃料計に視線を落とす。ところがガラスが曇っていて燃料計の針が読み取れない。

 「あのー、柳原さん?」

 「頭に血が戻るまでジッとしてろ。」

 「え?何で――」

 「ジッとしてろ!」

 何故ここまで強く言われるのか分からないが、諏訪は指示に従って大人しくする。

 ボーッと外の景色を眺める諏訪。

 ふと気が付くと、前方にF-14の姿が見えた。

 「あれ?いつの間に?」

 「お。戻ったか。」

 「戻った?」

 ふと時計に目を落としてみると、思いのほか時間が経っていた。

 意識的には十数秒ほどしか経過していなかったので彼は慌てる。

 「す、すいません!寝てまし・・・た?」

 それにしては眠気がないなと、彼は首を傾げる。

 「寝てはないだろうな。ただ、気絶一歩手前?ってのは分かってたか?」

 「き、気絶ですか?」

 「さっき、全然ろれつが回ってなかったけど自分で分かってたか?」

 「え?!」

 そんな感じは一切なく、いつも通りに話しているつもりだった。

 「判断力が鈍るっていうのは、そう言う状態だ。稀にだが起こる。」

 G-LOCに片足を突っ込んだ状態になっていた。油断したつもりはないが、それを気がつけなかったことに衝撃を受ける。

 「力の分配っつうのか?来栖は、手前味噌になるが俺も、お前とは踏んできた場数が違う。こんなジジイに耐えられるのにって思うだろうが、単発の勝負ならひけは取らんぞ。」

 「はい、分かりました・・・・・。」

 ばつが悪そうに口ごもる彼に、柳原は優しく声を掛ける。

 「強かったろ。」

 「はい・・・。」

 「それで今見ても、下手に見えるだろ。」

 「はい・・・。」

 意気消沈と言った感じの諏訪。そこへ柳原は、敢えて質問を投げかける。

 「なあ。戦闘機パイロットって、何をするために戦闘機に乗るんだ?」

 「え・・・?敵に攻め込まれないようにするため・・・・・ですよね?」

 「おう。そうだけど、もっと深刻な状況になったと仮定して、会話で決着が付かずに戦闘に発展してしまった場合、攻撃をして来る敵に何をする?黙って撃たれるか?」

 「いえ、撃ち返します。」

 柳原は、ゆっくりと頷く。

 「敵は撃ち、敵からは撃たれないのが、ワシら戦闘機パイロットの目的だ。長いこと戦闘機に乗ってきたけど、そこに関して来栖の右に出るヤツを見たことがない。」

 理論で説明できないと、あの時に柳原は言った。でも別の意図もあると気付いていた。

 「あの飛び方が生きる、プラスα・・・か。」

 「そうだな。上手いヤツと下手なヤツの間の壁は、それを見つけられるか、そして生かせるかにかっている。」

 〈場所が変わったら、評価も変わるもんな。IS学園なんて・・・いつ攻撃命令が出るかも分からないわけだし・・・。〉

 諏訪は、柳原もだが来栖にはIS学園という場所が合っていたからこそ結果を残したと思っていた。

 実際には、来栖は佐官にまで上り詰めていたのだが、その事実は諸事情により抹消されており、当時接点のなかった彼らに知る由はなかった。

 「それよか諏訪。二、三回くらいマニューバの練習をしてもいいか?」

 「えっと、あまりキツくなければ。」

 「来栖。悪いんだけど左に急旋回の機動見せてくれ。一回でいいから。」

 体調を確認すると、すぐに来栖へと無線を入れた。

 『左にですか?いいですよ。』

 柳原は少しだけ姿勢を直すと、操縦桿を握る手の力を入れ直す。

 『行きますよ。三,二,一、ナウ!』

 左に八〇度ほどバンクして、ほとんど高度を変えることなくF-14が旋回をする。

 柳原はそれをなぞるようにT-4を旋回させる。

 「?」

 諏訪が妙な感覚に囚われた直後、T-4は姿勢を崩して錐揉み状態に陥った。

 「おっとっと。難しいな。」

 その状況でも柳原は、特段慌てることもなく対処して機体を立て直した。

 「よーし、感覚は分かった。もう一回行くぞ。」

 再びT-4が旋回を始める。それと同時に、機体後部が滑っているような体感に包まれる。

 荷重を示すメーターは六Gを指しているが、それ程キツく感じない。

 「あら?思ったより曲がってる。」

 直線飛行に戻った時、柳原は思い通りの位置になっていないことに首を傾げる。

 彼が何をしたのか分からない。諏訪は尋ねてみた。

 「今の何ですか?」

 「もう一回やるから、操縦桿を持て。」

 一体何をするつもりだろう。だが、柳原の操縦を体験できるなら、余計な詮索はせずに従うべきと操縦桿に手を添えた。

 スロットルレバーが最大位置に置かれる。

 「行くぞ。」

 速度と高度、それぞれが上がるのを待って柳原が機動を開始する。

 「!!」

 柳原が操縦桿を動かすや、諏訪は目を見開いた。何故ならそれは、オーバーGするには十分な操作量があったからだ。

 柳原が、このような初歩的な失態を犯すはずがない。そう信じる諏訪は、更に目を見開く。何と今度は、その操縦桿を目一杯前に倒したのだ。

 マイナスGがかかる。身構えた諏訪の予想に反して、機体はプラス六Gちょっとで旋回し続ける。

 あまりに驚きすぎて放心状態になる諏訪。

 少しして機体は、再び錐揉み状態に陥った。

 「おろろ。やっぱり難しいな。」

 それを予想していた柳原は、あっさりと姿勢を立て直す。

 「い、今のはなんですか?!どうして操縦桿が前に倒れてるのに、プラスGで曲がるんですか!!」

 我に返るや、諏訪は矢継ぎ早に質問を飛ばす。

 「来栖の旋回時の操縦。予想だけど。」

 軽く咳払いをして、それから柳原は続きを話す。

 「今やったのは、スーパーストールに入れて、エンジンの推力で進行方向を変えた。操縦桿を前に倒したのは縦回転の速度を殺さないと錐揉みになったからだ。」

 「へー!この曲がり方いいですね。思いのほかGを感じないですし。」

 さらに視覚的にも旋回の具合を誤魔化せるとなれば、多少危険を冒してでも習得する価値はある。

 けれどその考えは、続けざまに柳原から告げられた事実により消え去る。

 「その代わり一旦マニューバを始めたら、一切制御出来なかったぞ。」

 「え?でも柳原さんは狙ったところへ・・・。」

 「どこまで曲がるかのコントロールは出来る。けど、イレギュラーが起きても途中で立て直しが効かない。スーパーストールが止まるまで曲がり続けなきゃ。」

 もし終わる位置を読まれたら。常に空気を捕まえていれば対処のしようがあるが、ストールした状態では何も出来ない。

 「それってやばくないですか?」

 「ヤバイどうこうじゃなくて、破綻してるよ。」

 来栖がどれほど危険な領域に飛び込んでいるのか。再現することでその恐ろしさを目の当たりにした柳原と諏訪は、謎の脱力感を味わっていた。

 『柳原さん。進行方向に積乱雲がありますけど、どうします?』

 「あー。燃料に余裕があるから、回り込んでくれ。」

 柳原はレーダーで周囲の監視をする来栖の右後方をキープしながら、IS学園を目指して飛んだ。

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