IS学園の猫ちゃん   作:只の・A・カカシです

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第35話 ベテランの困惑

 来栖と空中戦闘起動の訓練をした翌日。柳原は腕組みをしてパソコンの画面を睨みつけていた。

 その画面には、T-4に設置したカメラで録画した映像とF-14の操縦ログが時間を合わせて表示されている。

 彼は気になるところを何度も何度も、巻き戻しては再生する。

 けれども目的のものは見つからず、時折、頭をかきむしった。

 

 やがて考えに詰まってきたため、気分転換と立ち上がる。少し歩こうと詰所を一歩出ると、厳しい残暑に、たちまち汗がではじめた。

 出るまいかという考えがよぎったが、少し格納庫の様子を覗くことに決める。

 歩いて数秒の格納庫では、森田を含めた三人がT-4のフラップを分解して整備を行っていた。

 「どうした。悪い部品があったか?」

 アクセスパネルを開けての作業ではなく、本当にフラップ部分を解体しての作業。

 ブルーインパルスで使用されていた機体ではあるが、検査を受けたのはつい二ヶ月前。その時の整備記録を見ても、消耗部品はしっかりと交換が行われていたのでそんなに悪いものはないはずだった。

 「油圧装置からオイル漏れがあったんで直してます。」

 オイル漏れは操縦が効かなく恐れもある。程度が気になった柳原は「どのくらい漏れてた」と尋ねる。

 「表面ににじむくらいなんで、そんなには。ここなんですけどね、なんかマイナスGがかかったような壊れ方をしてるんですよ。」

 取り外されて床に置かれた部品。その破損個所を森田は指さした。

 「変な向きに壊れたな。」

 柳原は現役時代、パイロットだったがT-4とは長い付き合いなので、どこに取り付けられていた部品か分かる。

 「そうでしょ?僕も整備長いことやってますけど、初めて見ましたよ。」

 装置から漏れるとなると部品が悪かったか過剰な負担がかかったのか。

 昨日は負担がかかる飛行を行っているが、制限荷重の範囲内でしか行っていないので考えにくい。

 「原因はわかりそうか?」

 「んー・・・、オーバーGのような気はするんですけど、この方向に壊れるほどかけ続けてたら人間の方がくたばりますし。第一、記録にも無いですし。」

 「そんなヘマするか。」

 「別に疑ってませんよ。」

 会話がなくなり、作業の音とラジオの音が格納庫に響く。

 「あれ?故障ですか?」

 作業が大詰めを迎えたとき、諏訪が通りかかって足を止めた。

 「らしい。油圧装置に傷があったってな。」

 「え、まずいじゃないですか。」

 「マイナスGがかかったみたいな傷の入り方だと。」

 なんとなく疑われている気がした柳原は、証言をしてもらうために状況を説明した。

 「そんな機動してないし、したら分かるよな。」

 「ないとは思うんですけど・・・。」

 「・・・・・けど?」

 二つ返事の肯定がないどころか、妙な引っ掛かりを感じているような口ぶりが柳原は気になる。

 「スピンに入ったじゃないですか。あれって大丈夫なんですかね。」

 「スピン程度で壊れてたら練習機は務まらないわい。」

 「いえ、その前のですね、来栖さんの旋回を再現した時。あの時って急激にピッチアップして、続けてピッチダウンの操縦だったじゃないですか。そこだったらマイナスがかかっていてもおかしくないかなと思ったんです。」

 「スピンしたって壊れないのに、制御できている範囲でって。・・・それはないでしょ。ねえ、柳原さん。」

 何年と整備士をしてきたが、そんな事例を見たこともなければ聞いたこともなかった。

 笑い飛ばすように森田は柳原へと話を振ったのだが。

 「いや、あり得るな。」

 「・・・え?」

 壊すような飛び方はしていないと主張していたが、それが一八〇度変わった。

 「ちょっと見てくる。」

 柳原は詰所へと戻ると、パソコンを操作して自身の操作したT-4の操作記録を急いで調べる。

 〈これ・・・の次か。〉

 時間を頼りに目的の記録を探し出す。

 そこに記録されている荷重は当然、制限の範疇に収まっている。問題が起こるようには見えない荷重だ。

 〈この速度でこれだけ動かしたら、マイナス三Gはかかるな。で、胴体にはプラス六Gちょいの荷重がかかってたってことは、えーっと・・・・・。〉

 柵原は速度と操作量を見て、主翼に掛かったであろう荷重を経験からはじき出そうとする。しかし、そんな操縦は今までしたことがないので皆目見当がつかず困り果てる。

 どこかに一瞬でもマイナスGが記録されていないか。視線にエネルギーがあったなら画面を貫通しているほどの集中力でそれを探す。

 「どうです?お目当てのものは見つかりましたか?」

 作業が終わったのか、森田達が詰所に戻ってくる。手にタオルを持っているところを見るに、片付けも終えたのだろう。

 画面の時計に目をやると思いのほか時間が経っていた。

 「ない。ないが、結構な負荷を掛けた可能性はある。」

 柳原は探した中で最大の荷重がかかったと当たりを付けているデータを表示させる。

 「これなんだが・・・・・どう思う。」

 超の付く一流のパイロットが分からないというものを分かる可能性は極めて低い。そう思いつつも、森田と諏訪はデータに目を通す。

 先に見た諏訪は、すぐに「分かりません」と首を捻る。

 続けて森田が見る。データは整備に使うのでよく見ているが、「これは!」と思えるような箇所は見当たらない。

 「分からんか。・・・そう言えばF-14はどうなんだ?来栖の操縦を再現したつもりなんだが。」

 見よう見まねでやったものなので完璧な再現にはなっていないだろうが、腕に自信のある柳原は機体にかかる負担にそれほどの差があるとは思えなかった。

 「来栖のですか?そりゃ無理ですよ。アイツの乗り方だと、びっくりするほど機体が傷まないんですよ。」

 あれだけ機体がねじれる飛ばし方となると負担も相当なものになるという予想を立てていたのだが、森田からは全く逆の答えが返ってきた。

 「あ?だったらワシらがやってる作業は何だよ。」

 飛行ごとに行っている点検が無意味なものだと言われた気がして、柳原は機嫌を悪くする。

 「あれは主に電子機器の交換ですよ。F-14(トム)一機にいろんな機能を詰め込んだんで、信頼性を犠牲にしてもコンパクトにして処理速度を上げないとスペースが足りないんです。」

 「あっ・・・、何か聞いたなその話。」

 柳原は一転して弱り切った顔をすると背もたれに体を預け、そこから更に後ろ反りをした。

 「ま、形あるものいずれ壊れるんで。というか、久しぶりに機械系をいじれたので楽しかったですよ。」

 そう言って森田は席に戻ると、机の引き出しから鍵を取り出した。

 「ちょっと出かけてきます。」

 「どこまで?」

 「入間基地です。」

 何気なく「分かった」と言いかけて、柳原はわずかの間思考停止する。

 「何しに?」

 「手違いでここに部品が届いたんで、それを届けに。」

 その時、柳原はふと思い出した。ここにT-4の部品のストックはほとんどない。それなのに、極めて交換頻度の低い部品がすぐに交換できているという矛盾。

 「ひょっとして借りてきたのか?」

 必然的に行き着く答えはそれだ。

 「言ってしまえばそうですけど、そう言っちゃうと問題になるんで。」

 どこの国からも干渉を受けないという学園の立場として、例え些細なことであったとしても事実を作るのは後々の面倒ごとに繋がる。それ故の言い方なのだ。

 「なら、ワシも行くか。」

 「別にいいですけど、ほんとに置きに行くだけですよ。」

 「いいんだ。気分転換したいだけだから。それに、あの辺の道は詳しいぞ。最後の赴任の地だからな。」

 

 

 

 「戻りました。」

 午後三時。森田が配達から帰ってくると詰所には諏訪が一人でいて、何やら書類に目を通している最中だった。

 彼は特に気にすることもなく自分の机に向かう。そして机の上に置かれていた厚みのある書類を見てこう呟いた。

 「おい、もうこの時期か。」

 その表紙には『学園祭の警備について』と書かれていた。

 「そんなに大変なんですか?」

 森田が露骨に嫌な顔をしたものだから、初参加となる諏訪は不安そうにする。

 「そりゃもう、蜂の巣をつついたような騒動よ。」

 「航空祭並みですか?」

 「あんなの屁でもない。」

 暇を持て余していた手で、意味もなくパラパラと書類をめくっていた諏訪はそれをやめる。

 彼の性格からして冗談交じりに言っていると思っていたが、表情を見るにどうやら本当のようだ。

 「一般人立ち入り禁止でもそうなるんですか・・・。」

 「一般人だけだったらもっと楽。」

 森田がため息をつきながら頭を抱える。

 「各国の軍関係者とか、ISの関連企業とか。こいつら優秀な学生を囲い込もうとして、揉め事を起こしてくれるんだよ。怒鳴り合いとか殴り合いはほぼないけど、生徒に過剰な贈り物をしたり、ライバルのネガティブキャンペーンをしてくれたり。」

 国の未来を掛けて派遣されているとなれば、多少の無茶は出来る者が送り込まれていることだろう。

 確かに骨の折れる仕事だと納得する。

 「まあ、でも。今年は一般人の方に気を付けた方がいいかも。」

 「一般人?これには立ち入り禁止って書いてありましたけど?」

 それまでの主張を一転したこと、そして書類の中に書かれていることと逆行する話に首を傾げる。

 「あーと、な。名目上は招待客っていう括りなんだけど一般人も来てる。学生一人につき一枚、招待券が配られるんだけど、それを持ってたら入れるんだよ。」

 生徒の中に曲者が潜んでいた場合、容易に侵入を許してしまう。最高機密を扱う施設として適切な対応ではないことは確かだ。

 「今年は、ほら。織斑一夏がいるだろ?あれ目当てに集まってきそうな気がするんだよ。」

 「あー、なるほど・・・。あり得そうですね。」

 織斑一夏という存在の重要性を考えれば大いにあり得る話。

 今のところ生徒の中に紛れ込んでいるという噂はないので大丈夫だと信じたいところではあるが、用心するに越したことはない。

 「つうわけで、例年より大変だと思うけどよろしく。」

 「そうならないことを願います。」

 「あっつ!」

 二人が丁度話を終えたタイミングで、柳原が詰所へと入ってきた。

 「トイレにもクーラー付けるか?」

 「そんな長時間います?」

 「いや、冗談。・・・あ?これ?!こんな時期か!」

 机の上の書類を見て、彼は森田とは違い驚いた顔をする。

 「一年経ったか?!」

 「経ちます。今、九月ですよ。」

 柳原は「そうかぁ・・・」とぼやくと、書類を手に部屋から出て行った。

 「暑いんじゃないんですかね?」

 「さあ?ってか、どこに持っていく気だ?あの爺さん。トイレか?」

 「流石にないですよ。」

 冗談のつもりで言った森田の言葉。

 しかし三〇分後、一字一句同じことを言いながら柳原が詰め所に戻ってきたことに、二人は固まったのだった。

 

 

-*・A・*-

 

 

 それは何でもない平日の朝のことだった。

 「ねぇ、お父さん。姿勢制御ってマニュアルの方が安定する?」

 来栖が出勤して着替えをしていると、何の前触れもなしに優里香がやって来た。

 「おはよう。」

 「あ、おはよう。」

 せめて挨拶くらいはしろと、あえて質問には答えない。

 「詰所で待っててくれ。着替えたらいくから。」

 「分かった。」

 優里香が更衣室から出て行く。

 あらかた着替え終えていたのでさほど待たせずに来栖は後を追う。

 詰所に入ると、机に突っ伏していた優里香がガバッと起き上がった。

 優里香は来栖の隣の席に座っていたので、来栖は自分の席に座る。

 「で?姿勢制御の話か?」

 「うん。このページのことなんだけど。」

 彼女が取り出したのはISの教科書だった。カウンターのように肩すかしを喰らって来栖はバランスを崩す。

 「それは俺に聞かれてもなぁ・・・。載せたことはあるけど乗ったことないから。っていうか、訓練機を借りて試したら?」

 「やろうと思ったんだけどさ、ダメなんだよね。ロックがかかってた。ちなみに戦闘機ってどうなの?」

 先にそっちを聞けと来栖は叱ろうとしたが、優里香がいつになく真剣な表情だったため今回は見逃す。

 「間違いなくコンピューターに任せたほうがいい。乗ったことのある機種で言うなら、F-2が言うこと聞いてくれるし扱いやすかった。」

 回答に彼女は軽く頷く。

 「どうした、何かあったのか?」

 ふと彼女が学園の方を見た。今までこの手の話しをされたことがなかったので、来栖は学業でうまく行っていないことがあるのかと心配をする。

 「え?いや、特にはないんだけどね。・・・いや、あるのかな?織斑君のことなんだけど。」

 彼女も御多分に洩れず、織斑一夏に魅了されている。来栖は面白くないと言いたげな顔をしつつも、娘の機体には応えてやりたいので話を聞く。

 「一昨日なんだけど生徒会長がね、織斑君に稽古をつけてたの。近くで訓練してたから話を立ち聞きしてたら、『織斑君は高度なマニュアル機体制御を身につけなさい』って。やっぱり違うのかなって思ったの。」

 それでか。直接のアクションがあったわけでないことに胸をなでおろし、来栖は説明を始める。

 「だいぶ違うだろうな。姿勢制御のあるないだけで操縦者の負担は変わってくる。というより、そもそも宇宙空間で使うために作られたものだろ?それを大気圏内で使っているんだから難しくて当然だと思うぞ。もっとも登場から十年やそこらしか経ってないから、制御だけじゃなくて機体も未熟ってのもあるだろうけど。でも逆に言えば、十年でこれだけできてるってことは、あと何年かのうちにマニュアル制御を逆転するだけの制御はできるようになるだろうと俺は思ってる。」

 来栖の話が途切れると、優里香は納得したが故につまらなそうに「そうかー」と言って頭の後ろで手を組み反り返った。

 しかし生徒会長の言葉の真意はそこではない。喉を潤すために区切っただけで、そう踏んでいた来栖は話しの続きを始める。

 「生徒会長の言うマニュアル制御ってのは簡単とか難しいかとは違うんじゃないかな。」

 数秒ほどして優里香が起き上がる。

 彼女はしばらく来栖の顔を見つめて、そして「と、いうと?」と尋ねた。

 「補助がなくても操れる位には乗れるようになれってことだと思うぞ。織斑君が乗っているところは何回かみたことがあるけど、確かに素人とは思えないくらいには乗れている。でも経験というのかな 、代表候補生たちと比べると粗が目立つ。」

 「習うより慣れろってこと?」

 「そんなところだな。」

 優里香の疑問の結論が出た。

 話題がなくなりシーンとした詰所。そこに時計の時を刻むカチカチっと言う音だけが響き、朝の穏やかな一時(ひととき)を演出する。

 「テストは大丈夫そうか?」

 行事予定表を見た来栖が尋ねる。

 「勿論!」

 優里香は自信たっぷりに答えた。

 愛娘の頭の良さは母親譲り。来栖はその言葉を微塵も疑わない。

 「そういえば進路はどうするんだ?」

 特に深い考えもなく聞いたのだが、優里香の表情は曇った。

 「いや、焦ることはない。じっくりとな。」

 そこまで立ち入った話をするつもりはなかったので、来栖は立ち上がって日課の滑走路点検を兼ねたランニングに向かおうとする。

 「待って!」

 ドアノブに手がかかった瞬間、優里香は父親を呼び止めた。

 振り返ってみると、優里香は視線を泳がせており、胸の前で組んでいる手は小さく震えていた。

 何か大きな相談事があるんだな。時折、落ち着かない挙動を魅せていたのはそのせいかと納得する。

 「あのね・・・代表候補生にならないかって声がかかってるの。」

 「それは・・・どこから?」

 来栖の目がいつもより大きく開く。そこには一人の父親としての動揺が現れていた。

 「イタリア。」

 国外か。それが真っ先に頭に浮かぶ。

 「今度、学園祭の時に答えを聞かせてくれって言われてるの。」

 時間の猶予はあまりない。来栖の中に焦りが生じる。

 「それで?わざわざ相談するってことは、何か相談したいことがあるのか?」

 彼女は小さく頷き、そして俯いた。

 ここで急かしても意味はない。彼女が話し始めるまで来栖はじっと待つ。

 「お父さん、私、戦闘機のパイロットになりたい!」

 顔を上げ、彼女は一息に言った。

 「・・・分かった。」

 何もしてこれなかった分、やりたいようにやらせる。それが来栖のポリシーであり、それゆえ条件反射的に答えてしまった。

 勿論、話の脈絡が一切繋がっていないことに気がつくまでに、それほど時間は要さなかった。しかしながら、理解するまでには幾ばくか時間を要する

 〈ん?専用機じゃなくて戦闘機って言ったよな?・・・あれ?〉

 全てが頭の中で繋がった時、来栖は素っ頓狂な声で「へっ?」っと言った。




2021/3/9 誤字を修正しました

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