IS学園の猫ちゃん   作:只の・A・カカシです

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第36話 優里香の進路

 「せ、戦闘機のパイロット?!」

 驚きのあまり、娘の言葉をおうむ返しする。力強く頷く娘を見て、それが本気であることを知る。

 代表候補生への誘いがあったという話から、戦闘機のパイロットの話へと繋がる。あまりに明後日の方向へと話しが飛んで行ったため、来栖は頭の整理が追いつかない。

 「今まで話してなかったけど、私がIS学園に入学したのはね、お父さんに楽をしてもらいたかったからなの。ISってみんなが無条件で崇拝してるのに、お父さんはずっと戦闘機でIS学園の防空をしてる。乗り手が悪いせいでそうなってるって思って、私が一番の操縦者になるんだって。」

 彼女の顔にはいくらか笑みがあったが、そこまで言った途端にそれは消えた。

 「でも勉強してみて変わったの。ISは軍事のパワーバランスをひっくり返すほどのものではないって。」

 「なるほど。」

 ちゃんとした考えがあっての目標。そこに理解を示してはいるが、来栖は納得していない。

 「確かに、ISを単体で兵器として評価するなら恐れるほどのものではない。けど、それは何にだって同じことが言える。どれだけ優れた戦闘機だって、どれだけ強い戦車だって、それだけを揃えても勝てない。」

 それはつまり、IS学園も戦闘機だけによって守っていたわけではないということ。そこを知らずに戦闘機のパイロットになっても、思い描くようなことはできない。

 「分かってるよ。どんな場面にも使える万能な兵器はないって。だから・・・だからね、お父さん。私は、お父さんと同じ戦闘機パイロットになりたいの!」

 しばし沈黙ののち、来栖はゆっくりと「分かった」と言う。

 そこまで言い切れるのであるならば、想いは本当なのだろう。

 後は覚悟を持つことができるかどうか。来栖はそれを確かめるために、優里香を連れて詰所から出る。格納庫を通り過ぎ、奥の通路へと入る。そしてひときわ重厚な扉の前で立ち止まると、壁の隠しスイッチを操作して部屋の扉を開けた。

 来栖が部屋の中に足を踏み入れる。優里香もそれに続く。

 「こ、これって?!」

 ビニールカーテンをくぐった先に置かれているものを見て、彼女は驚きの声を上げる。

 「迂闊に触るなよ。全部、実弾だからな。」

 実弾という単語に優里香の足が止まった。しかし来栖が平然と進んでいくため、急ぎその後を追う。

 F-14の兵装が保管されている部屋に立ち入ったのは初めて。彼女は緊張しつつも、興味深そうにミサイルを見る。

 どれがどのミサイルか、形式を見分けることはできない。だた、それなりの大きさの船さえも一発で大破させる威力を持つ物があることは知っているので、できるだけ距離を取って進む。

 「持ち上げてみろ。」

 部屋の奥の床に置かれていた、青色のミサイルの前で来栖が止まる。彼はそれを指差し、娘に指示を出した。

 「え?!」

 「安心しろ、模擬弾だ。爆発するなんてことは絶対にない。」

 それならば恐れることはないが、何を思ってこんなことをさせるのかの意図が分からず、多少の困惑を見せる。

 「ッ、重い!」

 それでも指示された通り、ミサイルを持ち上げようと力を入れる優里香。

 持ち上げるように指示したミサイルは、AIMー9『サイドワインダー』。戦闘機が携行するミサイルとしては比較的軽量な部類ではあるが、それでも八〇kg弱はある。平均的な成人男性であれば持ち上げられる重量ではあるが、彼女の力では先端を動かすので精一杯だった。

 「重いだろ。これは命を奪う者が背負う責任の重さだ。」

 彼女は納得していないよう「うぅーん」と首をかしげる。まだ実感が湧かない様子だ。

 でも、来栖は織り込み済み。

 彼は優里香を連れ弾薬庫から出る。扉の施錠をして、そして格納庫へ戻った。

 そして今度は、F-14のコックピットに座るよう優里香に指示をする。

 「操縦桿を握って赤いトリガーを引いてみろ。」

 優里香は言われた通り、トリガーを引く。人差し指へ僅かに力を込めると、それはほんの数ミリだけ可動した。

 「引いたけど?」

 「それ・・・軽いだろ。」

 優里香の頭が小さく頭が傾く。

 「バルカンのトリガーなんだよ。人の命にはそれぐらいの重さしかないんだ。」

 ビクッと、彼女の手が操縦桿から離れた。

 これを引くだけで人を殺すことができる。それは当然、敵も同じだけのことができるということ。

 「怖いか?」

 硬直する娘に、来栖は小さな声で問いかける。

 「・・・うん。」

 自分が目指した場所がどれだけ危険な場所か。そこに立ち続ける父親は、一体どれほとんどの重圧に耐えているのか。

 分かっているつもりでいたと気が付いた彼女は、いつもの明るさが鳴りを潜めていた。

 「それでいい。いつまでもそれを忘れるな。」

 そこには父親として、娘の頭を優しく撫でる来栖の姿があった。

 

 

-*・A・*-

 

 

 『こちら警備本部。定時連絡お願いします。どうぞ。』

 机の上に置いているトランシーバーが受信する。

 来栖は腕時計をちらりと見て、それが時間通りのものであることを確認するとトランシーバーを手に取った。

 『Aブロック、異常なし。オーバー。』

 『こちらBブロック、異常ありません。Cどうぞ。』

 『Cです。異常見当たりません。Dどうぞ。』

 各警備場所からの報告。その中に時々混じる男の声は、輸送課のメンバーのものだ。

 『異常なし、了解しました。引き続きお願いします。』

 しかし、来栖が話すことなく通話は終了する。それは、今、彼がいる格納庫は警備の対象エリアではないから。

 来栖はトランシーバーを机の上に戻し、伸びを一つする。

 「しっかし・・・やることないな。」

 暇を持て余し、再度トランシーバーを手に取る。そして立ち上がり、回れ右をして格納庫の扉の方に向けて歩き出す。

 途中、歩きながらF-14の左主翼下パイロンに取り付けられているサイドワインダーを軽く揺する。

 開け放った格納庫の出入り口に立ち、何となく腰に手を当て正面からF-14を見た。

 F-14には対空兵装に加え、偵察ポッドと目標指示装置までも装着されている。

 〈本当にスクランブル発進することになったらどうするかな・・・。〉

 装備は迎撃仕様のそれでないが、この組み合わせは来栖が提案したうちの一つなので問題はない。

 頭を悩ましているのは、スクランブル発進がかかっても短時間で上がれないこと。

 数多の場数を経験してきた来栖をしてそうなる理由。それは、全てを彼一人でこなさなければならないといけないから。

 来客の多くいる学園祭は、混乱を起こしやすく襲撃を行うには格好の一日に思える。

 その状況にもかかわらず、あの来栖が一人で引き受けていると言うことは、無茶振りの尻拭いをしているわけではないことを意味する。

 学園祭に来るのは、学生の招待を除けば、各国が選りすぐった人材。彼女(彼)らは、流石に反撃とはならないだろうが、ただで逃がすはずもない。

 高確率で全世界を敵に回すことを考えるとリスクがあまりに大きすぎるため、あまりいい日ではないようだった。

 だからこの状況なのだが、もっと言えば、ここ四〜五年ほどは来栖さえも警備に出ていた。教員・ISともに質が上がったおかげもあるが、学生の囲い込み合戦が元のトラブルが増えたせいで、内側の警備に重点を置かざるを得ない状況になったからと言うのが強い。

 そんな中、改めて来栖がスクランブル待機している理由。それは織斑一夏がいるから。

 喉から手が出るほどに織斑一夏を欲しがっているのはどの国も同じ。

 となれば、各国が牽制し合うのは当然で、その場所は世間の目が届かない場所となる。

 事実、日本の太平洋側の沖合いに、所属不明の艦隊が多数展開していると言う情報が、とあるルートよりもたらされた。

 結果、来栖が警備に加わっていないことが出撃の準備をしているぞと言う牽制になり、場外ありきで策を立てていたのか、囲い込み合戦に例年のようなトラブルは出ていない。

 来栖は振り返り、はるか洋上を見つめた。

 

 

-*・優里香・*-

 

 

 お昼過ぎ。私はお父さんに会いに行くために歩いていた。

 お父さんがいるのは学園の端っこの方なので、いつも人気(ひとけ)のない場所。そして今日は、余計に人気を感じない。

 まあ、長期休暇の時なんかはこんな感じなので慣れっこだけど。

 薄暗い廊下を抜け、詰所の前まで来た。ここにいるかなと思ったのだけれど、電気が消えていたのでそのまま格納庫へと入る。

 「あれ?」

 ところがここにも姿がない。

 〈どこか行ったのかな?〉

 格納庫の中は静まり返っており、人の気配は全く感じられない。

 そう思った直後、水の流れる音が聞こえてきた。

 ハッとしてその方向を見る。扉が開き、そこからお父さんは現れた。

 どうやら、お手洗いに行っていたタイミングだったらしい。

 「お?よく分かったな。」

 「うん。柳原(じいさま)に聞いた。ってか警備は?昨日言ってたじゃん。」

 学園内を巡回しているって言っていたのに、姿が見えないから柳原さんに聞いたらここにいると言われて驚いた。

 「あー、それ。今朝だよ。ここが無人なのが嫌だって言われて。仕方ない、残った。」

 「一人で?」

 「うん。」

 「意味なくない?」

 「なくはないかなぁ。一人でも出られないことはないから。まあ正直、先生方の気休めになるなら、ってのはあるよ。」

 押し付けでないのならば、目くじらを立てることもないか。

 「で。ここに来たってことは、ただ会いに来たわけじゃないだろ?」

 別に切り出せないでいたわけじゃないのだけど、話を振ってくれたほうが気分的に話やすい。

 「うん。ちゃんと断ってきたよ。」

 もっとも、それだけで済むなら話を振ってくれるまで待ったりはしない。

 「でも聞いて。何で受けてくれないんだとか、考え直してくれって言うんだよ?こっちだって考えて返事してるのに!」

 本当の目的は文句を聞いてもらうこと。

 「そりゃ面倒だな。でも、まあ。どこの国も優秀な操縦者が欲しいんだ。」

 「そうかもだけどさぁ。もうちょっとあると思わない?」

 「それだけ必死ってことだ。引いたんだろ?向こうも。」

 「渋々だけどね。」

 普通に下がってくれたなら、私だってそこまで言いはしない。

 「それは迷惑だな。通報したか?」

 「通報はしてないけど、じい様が近くにいたから。『つまみ出すぞ』って、ひと睨みだったよ。」

 あの助けがなかったら、未だに捕まっていたかもしれない。

 「あ~、じい様が相手じゃなぁ。・・・・・?」

 苦笑いしていたお父さんが、不意に私の顔を見つめた。

 「な、何?」

 「いや?何だかそわそわしてるような気がして?」

 ギクリ。思わず視線を逸らしてしまった。

 「何があるんだ?」

 「え?えっとねー・・・、友達と学園祭を回る約束をしてるの。だから早く帰らないといけないの。」

 嘘だと見破られた気がする。いや、間違いなく見破られている。あの目は信じていない時の目だ。

 「・・・実は断れてない、とかじゃないだろうな?」

 「あ、うん。それはない。」

 「そうか。いってらっしゃい。」

 即座に否定すると、それ以上の追求はせずに送り出してくれた。

 「行ってきます!」

 急ぎ足で、私は格納庫を後にした。

 

 

-*・A・*-

 

 

 「ちゃお。」

 「おわっ?!」

 優里香が去ってほとんど間を置かず、何の前触れもなく聞こえてきた少女の声に来栖は飛び上がった。

 「びっくりさせるな。」

 「この程度でびっくりしてていいんですか?」

 「びっくりしないに越したことはないよ。けどさ、いつ来るかわからないスクランブルにずっと気を張って、いざ上がった時にヘトヘトじゃ意味がないだろ?」

 来栖が警戒していないことを分かってやったことは、少女が口を『大成功』と書かれた扇子(せんす)で覆い隠していたことが証明していた。

 「それで?ご用件は?」

 「先生にお願いしたいことがありまして。沖で睨み合ってる船を偵察してきて欲しいんです。」

 「偵察?あなたなら衛星で覗きたい放題でしょ?」

 「それはもちろん見た上で。怪しい動きがあるからこうして来たんじゃないですか。」

 そこまでしているなら、拒否することは職務怠慢に等しい。来栖は立ち上がって伸びをする。

 「よし。分かった。」

 戦闘機に向かって歩き出す・・・かと思わせておいて、来栖は振り返った。

 「ところで、更識(生徒会長)さん。一つ聞いてもいい?」

 「?」

 「本体はどこにいるの?」

 「・・・・・。」

 流石に動揺を見せるようなことはしなかったが、来栖の一言はそれなりの衝撃を与えた。

 「どうしてそう思われるんです?」

 「パイロットの目を舐めてもらっちゃ困るね。」

 まるで先ほどの仕返しをするように彼は言った。

 「さて、と。出撃を指示した以上は分身でも何でもいいから、準備を手伝ってくれよ。」

 

 それから四〇分後。来栖は学園から直線距離で約四〇〇kmの太平洋上を飛行していた。

 全くもって順調に飛んでいるのだが、少し気になっていることがあった。それは。

 〈おっかしいな。・・・これ、ひょっとしてF-2じゃない?〉

 すこし前からレーダーは二機の機影を捉えていて、自動識別装置は機種をF-2と判別している。

 問題なのは、F-2のレーダー探知距離には入っていないはずなのに、なぜか進路を変更するこちらの動きについてくること。

 システムの誤判定で、もしも敵対勢力だった場合に備えて火器管制のスイッチをオンにする。

 数分ほどして、IFF(敵味方識別装置)が使える距離にまで近づいた。帰ってきた反応は自衛隊機のもの。実質、味方のものだったので来栖は火器管制をオフにする。

 もっとも日本の領空なので、敵対するような航空機がいてくれては困るのだが。

 それはさておき、このままのコースでは、すれ違う時の距離が近すぎる。来栖は更に進路を逸らす。

 「うーん?」

 ところがF-2は、進路変更に追従するように進路を変更してくる。

 〈迎撃されてる風でもないし・・・ダイバード*1したのか?〉

 この方角に自衛隊の基地はあるが、F-2の所属する基地はない。考えられるとすればそれしかないが、ならばこちらとすれ違ってから進路変更すればいいだけのこと。

 止むを得ず、来栖は上昇を行う。

 F-2が目視できる距離にまで近づいて来た。

 突然、Fー2が機首を引き起こす。

 「あれ?」

 その機動に、来栖は既視感を覚える。まもなく、F-2はF-14の横へと並んだ。

 『来栖さんですか?』

 無線機から聞こえて来た声に聞き覚えはあったが、名前が出てこない。

 「そうです。えっと、名前が・・・三沢で会いましたよね、夏に。」

 『愛宕です。』

 「あぁ!そうだ。」

 来栖はスロットルと操縦桿を一瞬放して、ポンっと手を打った。

 『あと一時間早ければ西本さんがいたんですけど。・・・ところでどちらへ?』

 「沖合に集ってる、所属不明の軍用艦の様子を撮って来いって指示がありまして。僕も西本から聞いたんでご存知だと思うんですが。」

 事情を説明する。と、愛宕が「あー・・・」っと言った。

 「僕たちもそれの監視で行ってたんですよ。でも三〇分前ですかね、米軍の空母艦隊が来て蹴散らしちゃったんで、行ってもF/A-18(ホーネット)が発着艦訓練してるだけです。」

 「なるほど。ただ、何もいなかったって記録は取らないといけないので、このまま行きます。」

 『あ、よかったら案内しましょうか?飛び足りないんで。』

 そう言われて断る理由はない。「お言葉に甘えて」と来栖は返した。

 F-2の二機編隊に加わり、三機編隊で洋上を飛ぶこと一〇分。ホーネットの飛び交う空域へと近づいたので、それらと干渉しない高度まで三機は上昇する。

 「さてと。こちらペルシャ。ロナルドレーガン聞こえますか、どうぞ。」

 『お?誰かと思えば珍しいお客さんだ。何事かあったのか?』

 来栖の呼びかけに、空母の管制がすぐに応答した。

 「うろちょろしてた所属不明の船を撮影しに来たんだけど、見てないか?」

 『おぉ、見た。ずっとうろちょろして目障りだったから蹴散らしに来たんだけど・・・まずかったか?』

 「いや、ありがたい。で、まあ、それに付随した話になるんだけど、見当たらなかったって証拠の写真を撮って帰らないといけないんで、真上から写しても問題ないかな?」

 『見られて困るもんはないから好きに撮ってくれ。うちの連中には邪魔するなと伝えとく。』

 「ご協力に感謝します 。」

 来栖はすぐに偵察ポッドのシステムを起動する。

 レーダーに目を落とすとF/A-18が高度を下げていく。

 勝手知ったる船。それほど鮮明な写真を撮る必要はないので、来栖は雲よりも下になる程度に高度を落として撮影を始める。

 空母の直上を飛び越し、さらに外洋へと進出する。 

 愛宕たちにも協力してもらい艦船の探知をしてもらったが、それらしい船は遥か外洋にまで行ってしまっていた。

 ただ、わざわざ追いかけるほどのものでもない。

 「よし、帰ります。」

 海面の写真ばかりではつまらないので、機体をバンクさせて三六〇度旋回。見渡す限り船影が確認できないパノラマ写真を撮って撤収することにした。

 「ロナルドレーガン、こちらペルシャ。終わったので帰ります。お世話になりました。」

 『了解。お気をつけて。』

 来栖は別れを告げるとIS学園に進路をとる。

 「それではこれで。」

 『あ、僕らもこっちなんで。』

 「え?」

 愛宕たちとも別れようとすると、なぜか帰る方角が同じだと告げられる。

 「あれ?所属、三沢・・・ですよね?」

 『えぇ、そうです。でも、今日は百里から出たんです。航続距離の問題で、三沢出発じゃ作戦時間が短すぎるもので。』

 道理で変な方角に向かって飛んできていたわけだ。謎が解けて来栖はすっきりした。

 『というわけなんで、ご一緒してもいいですか?』

 「もちろん。一緒に帰りましょう。」

 沿岸ならまだしも、この遠洋でトラブルが発生して墜落すると、最悪、助けを呼べない可能性もある。基本、一人で飛ぶ来栖にとって僚機の存在は何よりも心強かった。

*1
着陸する空港を変更すること

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