IS学園の猫ちゃん 作:只の・A・カカシです
「お疲れ。ちょっと前に海保とアメリカ海軍さんから『大丈夫ですか?』って電話がかかってきたけど、何かあったのか?」
訓練を終えてIS学園に帰投した来栖。彼が駐機場にF-14を停めて降りると、待ち構えていた森田がそう尋ねてきた。
「あぁ。指示に従わない不審船がいてさ。警告射撃でも止まらなかったから、船体を撃ったんだ。元は海保から連絡が来たからなんだけど・・・海軍は何だ?ちょっと分からない。」
「海軍もいたぞ。理由までは知らんが、同じ船を追いかけてるみたいだったな。」
来栖に先行して着陸し、格納庫へのT-4の駐機を完了した柳原が出てくる。
「それより、直撃は過剰攻撃じゃないか?海保の停船命令を無視していたって言っても、一度は警告をしてからにするべきだろ。」
現場を見ていた柳原は、真意を知るべく問いかけた。
「そりゃ八月までなら、そうしてましたよ。」
「八月まで?」
「えぇ。九月一日から交戦規定に『IS学園の指定する海域において、不審船を認めた時は直ちに停船させること。指示に従わない場合の手段については問わない。』って条文が加わったんです。で、これ厄介なのが、逃走を許しちゃうとペナルティーがあるんですよ。」
「メチャクチャだな・・・。もっとあっただろ。」
なぜ敵を増やすような規定を作るのか。
「原案に比べれば、随分と緩くなってるんですけどね。」
首を大きく傾げた柳原は、来栖から衝撃の事実を告げられ開いた口が塞がらなくなる。
「どんな原案だ!」
「原案は『IS学園の指定する海域に接近する船舶は、許可を受けているものを除き、所属の如何を問わず撃沈すること』でした。実質、タンカーやコンテナ船の通過さえもだめってことです。」
「おいおい、物流が止まるぞ・・・。」
港へ出入りするには、IS学園の指定する海域は避けて通れない。そこを通せんぼしてしまえば、IS学園が影響を受けるのは必至だ。
「他所の国の物流に興味がない人が大体ですし。というか、必要なら新しく港を作ればいいくらいにしか思ってないんじゃないですかね。」
「いや、理性があればそうはならんだろ。」
「理性ですか?理性はありますよ。」
来栖は何食わぬ表情でそう言ったが、柳原は納得できない。「どういう解釈だよ」と、その結論に至った根拠を尋ねる。
「簡単なことですよ。大事な第四世代ISを守るって一心です。」
「守ってる・・・のか?」
「そりゃ実際に守ってるのは現場の先生方ですけど。ま、残念ながら規定がある以上、IS委員会は『何もしない日本に代わって規定を作ったから、守られてますよ』って言うアピールが出来るわけです。」
「IS委員会にも日本人はいるだろ?」
「いますけど、日本がそれを言ったら『贔屓するな!』って言われますよ。出身が日本っていう時点で、どう転んでも日本は不利になるんで。それもあって、割り切って『第四世代機の操縦者は日本人だから、所有機も日本の物だ!』って主張してますけどね。」
「それに本人の意思は反映されるのか?」
「まず反映されないでしょう。なんせ、コアが未登録ですから奪い合いです。」
「ったく。どこの国も、楽に覇権を取りたいってことか。」
「それはあると思いますけど、今回の第四世代ISについては、どの国も口だけで手は出しませんよ。今まで言ってきたことを全部ぶっ飛ばすようで申し訳ないんですが。」
やれやれと言った仕草をしていた柳原と森田は、肩透かしを食ったようによろめいた。
「どう言うこった?」
「IS委員会って、結局のところIS保有国の集合体な訳で、とある漫才師の言葉を借りるなら『国際条約、みんなで破れば怖くない』ですかね。アラスカ条約に反しないために競技用って建前にしているだけで、まあ実戦投入できるほど数が揃わないってこともありますけど、どう見たって軍事転用することを見据えた装備じゃないですか。でもIS委員会は、そのことを指摘しませんよね。やっちゃうと、全ての加盟国の首が締まりますから。でも裏を返せば抜け駆けは許されないってことで、少々の先行なら『自分たちも研究してるし・・・』でうやむやになるんですけど、隔絶した技術を持っちゃうと『兵器化への意思がある』って指摘されるんです。」
「ハイリスクハイリターンだな。」
「短期ではそうですけど、大会への参加を止められるなんて場合もあるんで、長期で見るとリスクの方が大きいって見方もできます。」
森田が短く、「面倒くさい話しだ」とぼやいた。
「それにしても、IS学園も蹴ればいいのによ。そんな話し。」
「仕方ないです。別組織とは言えども、学園よりIS委員会の方が権力持ちですから。それに蹴ったところで、条約を制定されたら従わざるを得ないんで、うまいこと付き合っていく方が得策です。」
「かーっ。俺だったら辞めてるな!」
森田が冗談めかしてそんなことを言う。
「まあ、辞めていいなら、すぐにでも辞めるけどな。」
直後、来栖が真顔でそんなことを言い出したので、柳原が制止する。
「辞めろ!・・・じゃない!辞めるな!」
小さな声で「ややこしいな」と言った後、軽く咳ばらいをして柳原は続ける。
「お前がいるから、ここは存続していられるんだ。冗談でもそんなことを言うな!」
「狭いのは認めます。けど風の影響をほとんど受けないんで、結構簡単な場所なんですよ。」
「お前は平気でも、その狭いってのを克服できないんだよ。常人はな。と言うかだ、ちょっと操作ミスったら崖に突っ込むか海に落ちるかの二者択一って、条件としては最悪の部類に入るだろ。」
来栖は、上手い下手の次元で説明のできるパイロットではない。それは柳原も身を以て理解していたので、どうにも納得していない様子の彼に、ついつい熱くなった。
「でも、来栖さん。娘さんから『私がパイロットになるまでは、最短でも現役でいて』って言われてるんで、辞められないですよね~。」
そんなことを言いながら、格納庫の中からふらりと現れたのは松戸だった。
「優里香か?」
「名前までは知らないですけど、この学校にいる子です。」
「じゃあ優里香だ」と、間髪を入れず柳原が断言した。
「?・・・何でお前がそんなことまで知ってるんだ?」
そう口にしたのは来栖・・・ではなく森田だった。
「ちょっと前ですけど『エンジンパワーが大きくなりすぎて堪えるって、お父さんが言ってたから手加減してください。』って言いに来て。その時に聞きました。」
森田は、松戸が来栖家の踏み入ったことまで知っていたので茶化すように言ったが、残念ながら彼らの間にそう言うものはないので気が付いて貰えなかった。ちなみに来栖は、自身の娘はIS学園のアイドル(?)である織斑一夏の追っかけをしていると知っているので、こちらもまた森田の意図には気が付かなかった。
「それより、お前の娘はパイロットを目指しているのか?」
当てが外れた森田が考えた、その一瞬に柳原が切り出す。
「そうらしいです。親としては勧めたくないですけど、かくいう私も両親にそういう思いをさせてたわけなので・・・。」
「ハッハッ!血は争えないか!良かったな!後釜が出来たじゃないか!」
「冗談は止めて下さい!体が持ちません!」
大笑いしながら言われたその言葉を、来栖は震え上がって否定する。
「持つ持つ。お前なら持つ。最短で九年として、その頃には四五くらいか?」
「四七です。」
「誤差、誤差。お前なら平気だ。第一、体に堪えるほど乗らないだろ。」
「体力的には否定しませんけど、精神的には結構来るんですよ。特にISを抱えて飛ぶ時とかは、いつ、どこから撃たれるかも分からないわけですし。個人的にはですけど、撃つ気満々でいる相手の方が、覚悟が出来るので気が楽です。」
「そうか。」
他人の考え方、増して来栖のものとなれば尚更に、柳原はツッコミを入れる気は無かった。
「正直なところ、トラック輸送にしてくれないかなって思います。」
大きく息をついたのち、来栖は幾ばくか疲れたような声でそう言う。
「昔やっていて、頓挫したんだろ?それより、前々から思っていたが自力で飛んで行ったらだめなのか?」
「自力は論外です。根本的な問題で、航空免許を持っていてISを操縦できる教職員が、少なくとも学園にはいません。仮にいたとしても、特に打鉄なんかは最大速度も知れていますから、旅客航路の幹線で旅客機に混じって飛行するのは危険すぎます。」
IS学園周辺の空の交通密度の高さを、彼らの中で一番知っているのは来栖。彼に断言されては、誰も反論はできない。
「でもよ。トラック輸送をするなら、別途、護衛を付ける必要が出てくるだろ?それはそれで面倒じゃないか?」
「故障したISならその必要がありますけど、定期検査とかなら操縦者を搭乗させておけばいいんです。倉持とかは切り換えればいいんです。どうせ片道一時間とかからないんですから。」
「来栖さーん、整備科から電話です。」
その時、市川が呼びに出てきた。
「ちょっと失礼。」
来栖は駆け足で詰所へと戻っていく。
「どういった経緯でIS学園へ至ったかに興味は無いが・・・
姿が見えなくなったタイミングで、柳原がそう切り出した。
「整備一筋なんでパイロットの心理は分からないですけど、人知れず苦労してきた・・・いや、しているのは確かでしょうね。」
「さっきのも、そうだろうな。弱気な発言をしているように見せて、自身が動けなくなった時のことを考えてる。誰よりもIS学園の行く末を案じているのかもな。」
柳原は振り返ってF-14を見る。そしてゆっくりとした足取りで機首に近付き、少しすすけたバルカンの発射口を撫でた。
「こいつを撃つのは簡単だ。トリガーを引くだけだから誰にも出来る。だが、人に向けて撃つとなれば話は変わる。人程度なら、弾が掠っただけでも死ぬ。まともな精神状態なら『撃っていいのか』と迷いが生じる。それを乗り越えて発砲しても、場合によっては人を殺めたという事実がのしかかってくる。正直に言うが、ワシは撃てと命令されて
世界でも指折りの操縦技術を擁する柳原をして断言ができない。命を懸ける世界の厳しさに、森田は思わず息をのむ。
「学園にいる先生でできるのは・・・いや、そもそも先生に求めることじゃないな。」
「織斑選手ならどうです?」
「おぉ、忘れてた。それがいたな。ヤツはできる。問題は、来栖と同じことができるかだが・・・。」
来栖と他の教員との違いは、担当の授業を持っているか否かにある。厳密に言えば来栖も授業を行うこともあるが、代打だったり補助だったりと無視できるレベル。そもそも来栖の教員という肩書は建前によるもので、二四時間体制のスクランブルに連続で就くという非常識な勤務をこなせたのは、授業を気にしなくてよかったからということが大きい。
「来栖と同じ勤務形態なら、あるいは可能かもしれないですけど・・・今のままでという話になると、流石のブリュンヒルデでも無理でしょうね。」
森田の言葉に意見がなかったのか、柳原が静かに頷いた・・・その時。
詰所の方から「えっ?!」と、来栖の声が聞こえてくる。
「何だ?」
普段、驚いてもそれほど声を出さない来栖が、詰所から外に聞こえるほどの声を出す。何事かと、二人は顔を見合わせた。
「ちょっと聞いてきましょうか。」
「そうだな。」
二人は詰所に向かって歩き出し、格納庫に入ろうとしたところで中から駆け足で出てきた谷原と会う。
「あ、ちょうどいいところに。来栖さんが、フライトの準備をしてくれって言ってます。」
「今からか?」
柳原が時計を見る。近場を飛ぶ程度なら、定時までには戻って来られる。
「珍しいな。何の用だ?」
内容については分からないと、谷原は「さあ?」とだけ答える。
すぐに言えないほどの内容か、あるいはどうでも良すぎる内容か。何れにしても準備は始めなければならないと、気持ちを切り換え作業へと向かった
それから五分が経過した。柳原がF-14の主翼下で給油機のお守りをしていると、来栖が格納庫から出て来た。
「どこに行くんだ?」
「九州です。」
「おぉ、九州か。・・・九州・・・・・この時間から九州?!」
あまりにも遠隔地に、柳原は一瞬、距離計算が出来ずに固まってしまった。
「授業中にISの増設スラスターを壊してしまったらしくて。」
理由を聞いて、「それこそトラックで運べよ」とこぼす。ところが。
「それだと、キャノンボール・ファストに間に合わないそうです。しかも物が物なので、積めるトラックを手配するのにも時間がかかるとかで・・・。」
「ううーん・・・。あ、予備はないのか?」
「予備はありますけど、三台纏めて壊してくれたそうで、何れにしても不足するんです。」
「あっそ・・・。」
返す言葉がない。柳原は給油機のメーターに視線を戻す。
「ところで、森田はどこに行きました?」
「アイツは格納庫の中に居なかったか?じゃなきゃ分からん。」
「了解です。」
そう言うと、来栖は格納庫の方へと引き返していった。
それから一〇分ほどが経過した。このF-14は、たった一機でも防衛の穴を最小限に留めるため、再出撃までに要する時間は非常に短い。既にバルカンの弾の装填も終えており、離陸するだけならいつでも出発可能だった。
柳原が手持ち無沙汰にしていると、格納庫からフォークリフトが現れる。それは森田が運転しており、ツメにはF-14に取り付けるパレットを乗せていた。
「あれ?まだ荷物来てない。」
乗せていた物を機体近くに降ろし、更にフォークリフトのエンジンを止めて森田がそう呟く。
そう言った直後、
「来た来た。」
森田はフォークリフトから降りて、トラックの誘導に向かい、F-14の近くに止めさせる。
「お疲れ様です。」
「すみません、お世話になります!」
森田とトラックに乗ってきた女性職員は手短に挨拶をする。
「それじゃ始めますね。」
「お願いします。」
数人が格納庫の中から出てくる。増設スラスターはトラックの荷台で動かないよう、簡易にロープで固定してあるだけだった。
ロープを緩めると、森田は再度、フォークリフトに乗り込む。
慎重な操作で増設スラスターを持ち上げ、地面に降ろす。下ろされた物から順次、三人がかりで向きを整える。
全ての増設ブースターがトラックから降りて、向きの修正も完了すると、森田がパレットをその上に置いた。
荷物の上にパレットを載せるのは、逆にしてしまうと天地を入れ替える手順が発生するためだ。
手際よく作業は進み三〇分後には機体への取り付けが完了する。
最後に下側全体を覆うカバーを取り付け、ついでに護身用のミサイルも二種類各二本ずつの四本を装備する。
「そいじゃ、行ってくる。」
「おう、お土産頼むぞ。」
「そんな時間、あるか!」
コックピットの来栖に森田が冗談を飛ばすと、来栖は素早くそう返した。
数十秒後にエンジンの始動が始まる。そしてエンジン二基が正常に目覚めると、すぐに離陸位置へと向かって移動を始める。
電子機器は外部電源で予め起動してあったので、離陸準備は万端。
ジェット・ブラスト・ディフレクターが立ち上がると、F-14は九州への速達荷物を持って離陸していった
「やれやれ。IS学園の来栖離れは、まだまだ先だな。この調子じゃ。」
瞬く間に雲の上へと消えていったF-14。その軌跡を見上げて、柳原は一人呟いた。
-*・A・*-
太平洋上に浮く、一隻の空母。その船の一室で、スキンヘッドの男は部屋の灯りを落として、一人瞑想をしていた。
「誰だ?」
不意に、足音が近付いて来たので、男は声を掛ける。
「私よ。」
「お前か。」
その正体が分かると、男はつまらなそうにする。
「先ほど連絡が来たわ。」
「逃げ切ったってか?」
「いいえ、捕まったそうよ。レーガンに忍ばせてる者からの情報だから正確よ。」
寧ろ逃げ切れたとなると、それは泳がされているだけの可能性が高いので、男としては捕まったと聞いてホッとする。
「やはり、来栖相手では分が悪いな。」
「確かに、あなたの言う通りね。でも、今回は違うみたいよ。止めこそ来栖に刺されたようだけど、どうやらバレた原因は漁船に見破られたからって話だわ。」
「漁船?」
男は告げられた事実にしばし呆然とする。女の方も、少し受け入れがたいのか、フリーズする男を急かさない。
しばらくした後、男は大笑いを始めた。
「あら、気でも狂ったのかしら?」
余裕がある振りをして、男を挑発する。
「なるほどな!木を隠すなら森の中じゃないが、船なんていない方が守りやすくなるはずなのに、あのIS委員会が折れるほどIS学園が新しい交戦規定に反発していたのは、そういうことか!」
「まさか漁船が警備システムの一部なんて言うんじゃないでしょうね。」
「いいや、そのまさかさ。」
それまでのハイテンションが嘘のように、男は椅子から滑り落ちていく。
「海経由での侵入例がないはずだ・・・。空は論外、海も駄目。・・・いっそ宇宙から狙い撃つか?」
「冗談じゃないわ。たかが戦闘機一機に、私達の切り札は切れない。」
「知ってるさ。」
男は起き上がって伸びをする。
その時には、既に女の姿は消えていた。
「さて、作戦を練り直すか。」
一人になった部屋で、自分に言い聞かせるように独り言を言う。
立てていた作戦の穴をどう埋めるか。男は作戦の練り直しを始めるのだった。
正月休みを使って書き上げよう・・・そう思っていたはずなのに、気が付けば二月でした・・・(滝汗
2022/02/01 誤字修正をしました
2022/10/05 誤字修正をしました
2024/05/06 誤字修正をしました