IS学園の猫ちゃん   作:只の・A・カカシです

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第43話 キャノンボール・ファスト(その1)

 「あれ?柳原さん、もう来てる。」

 キャノンボール・ファスト当日の朝。いつもの時間に来栖が出勤すると、すでに柳原の車が駐車場に停まっていた。

 〈珍しい。ってか、初めてかも。〉

 柳原は普段から来栖の次に出勤して来るが、一時間以上は後のこと。IS学園に勤めて以来、出勤時金で誰かに先を越されたという記憶が無い来栖は、妙な緊張感に襲われていた。

 格納庫の人用ドアのノブに手をかける。何の引っかかりもなく、それは開く。慣れている場所にもかかわらず、彼の動きはぎこちない。

 格納庫に入ると、非常灯のみで薄暗い。続けて通路への扉を開く。詰所に灯りが付いていた。

 来栖は数回深呼吸して、それから慎重に詰所のドアを開けた。

 「おはようさん。」

 同時に、中から声がする。その声は間違いなく知っている人物のもの。来栖はホッとすると同時に、妙な緊張感も解けた。

 「おはようございます。」

 柳原は部屋の奥のにある休憩スペースのソファーに座り、スポーツ新聞を開いていた。

 来栖は詰所の時計を見て、続けて自身の腕時計を見る。時計が狂っているのかと思ってのことだったが、どちらも同じ時を刻んでいた。

 「今朝は、お早いですね。」

 来栖が話し掛けると、「あぁ」と短く言って、それからおもむろに新聞を閉じる。

 「ちょっと、確認したいことがあってだな。市民アリーナまでは、ISは自力で飛んで行くんだよな?」

 「そうですね。」

 「この間言ってたが・・・航空免許云々ってのはどうしてんだ?」

 「あぁ、そのことですか。」

 来栖はカバンを机の上に下ろす。

 「ノータムを出して、僕が監督者として随伴する場合に限り、特例で認めてもらってます。あ。臨海学校の時は、アレは大人の事情が合わさった結果なので、聞かないで下さい。」

 「成る程な。」

 納得したのか、再び新聞を開いた。

 それを見て、来栖は着替えに向かう。

 ジャージに着替え、詰所に一旦戻る。

 「いっつも早く来たのは、トレーニングのためか。」

 「いえ、滑走路の点検に。一緒に行きますか?」

 「いや、いい。行ってこい。」

 折角、早くに出勤してきたのだからと誘ったものの、にべもなく断られる。来栖は、少し笑いながら「了解です」と返すと、外へと向かう。

 いつもとは違う一日。それでも来栖は特別なことをせず、いつも通りのルーンティーンをこなすのだった。

 

 

-*・優里香・*-

 九月二七日、日曜日。ついにキャノンボール・ファストの日がやってきた。

 時刻は、間もなく八時。IS学園の第六アリーナには、学園所有の訓練機『打鉄』と『ラファール』が整列していた。私は、その中の一機、打鉄に搭乗している。

 これから私たちは、キャノンボール・ファストの会場となっている市民アリーナまで移動する。

 お父さんから聞いたのだけど、この移動、本来は全て教員によって行うらしい。けど、それだと人手が足りないから、私が乗っているように生徒で補うそうだ。

 『通信テスト、通信テスト。ただいま、通信テストをしています。この通信が届いているか周囲の方と確認をお願いします。不明瞭や聞こえていない方がいましたら、近くの方。連絡のほどお願いします。併せて、その他、機体に異常がありましたら連絡お願いします。』

 この移動の責任者である山田先生からの開放回線(オープンチャンネル)での呼びかけ。私はそれに従い、前後左右の人達と相互確認を行う。一応、搭乗時にも同じテストはしているので、どこからも異常の報告は上がらない。

 『ないですか?いいですか?』

 トラブルが発生すると一大事。しつこい程、山田先生は念を押す。鬱陶しそうにしている人も一部いるが、こういうものはやり過ぎくらいが丁度いい。

 『続いて、随伴機との通信テストをしますが、皆さんも通信が確立されているか確認していてください。私語、厳禁ですからねー!』

 ISの機能を使って、気を付けの姿勢から微動だにせず周囲の人を見る。先生方は微動だにしていないが、生徒の三分の二くらいが挙動不審に近くの人と顔を見合わせている。

 口が動いているので何か話している。ハイパーセンサーの感度を上げて、声を拾う。

 「随伴機って何?」

 「分かんない。」

 どうでもいい内容だった。と言うか、随伴機(チェイサー)なんて、読んで字のごとくなんだから、『分かんない』ってのが分からない。

 『通話テスト、通話テスト。山田から来栖先生。聞こえていますでしょうか?』

 山田先生が、お父さんとの通話テストを始める。他のことに意識を向けていた私は、自分の名字が出たものだから、喉のあたりまで「はい」っと言葉が出てきた。

 危うく返事をしてしまうところだったけど、まあ、返事をしてしまってもお父さんの代わりに返事をしたと言えば大丈夫・・・にはならないか。流石に。

 『来栖先生って誰?』

 『知らないけど・・・外部講師じゃない?』

 その時、思いっきり開放回線に会話が乗ってきた。私のところからでは確認できないけど、多分、マイクを切り忘れたまま私語をしたんだと思う。

 ひそひそ話は百歩譲るとしても、安全にかかわる大事な確認作業中に不用心な行動。安全に対する意識が足りていない証拠に他ならない。

 『マイク切』「れ。集中できないなら、さっさと降りろ。邪魔だ。」

 案の定、先生は怒っていた。

 『・・・こちらルートマン。そちらの声、明瞭(めいりょう)に聞こえてます。こちらの感度はいかがでしょうか。」

 邪魔が入るのを警戒してか、お父さんは少し間を開けてから応答する。

 それにしても、タックネームを聞いたのはいつぶりだろう。長らく聞いていなかったから、理解するまでに少し時間がかかってしまった。

 〈・・・?何かあった?〉

 その時、生徒の半分ほどが驚いたような表情をしていた。ISの機能を使って見回してみるが、これと言って変わりはない。

 〈あれ?スルー?〉

 先ほどの私語には怒っていたが、今度のことには先生が怒らないばかりか、気にも留めていない。

 『はい、明瞭に聞こえてます。通信テスト終わりますが、よろしいですか?』

 『通信テスト終了、了解しました。』

 山田先生もお父さんも、生徒の雑音を気にする素振りはなかった。ひょっとしたら毎年のことなのかもしれない。

 通信が切れる。その直後、微かにジェットエンジンの唸る音が聞こえてきた。この音は、間違いなくF-14の物だ。

 〈あっ、離陸始めた。〉

 徐々にエンジン音が大きくなり、やがて遠ざかっていく。

 まもなく音が聞こえなくなるという直前で、エンジンの音は一転して大きく聞こえだす。

 <あー戻ってきて・・・?!こんなにデカいっけ?!>

 背面状態のF-14がアリーナの低空を通過していった。

 グラウンドの状況を目視するため低空をパスすると、事前にお父さんから聞いていた。その私ですら思わずビビってしまったのだから、見慣れない人ならば驚きはなおさらで、あちこちから悲鳴が上がる。

 『皆さん、あれが随伴機です。安心してくださいね。それでは出発します!しっかりついて来てください!』

 しかし山田先生は、そんな事お構いなしと離陸する。後続の人達は、遅れてはならないと慌てたまま離陸していくのだが、隊列や順番が乱れると言ったことはなく意外なほどスムーズに行われる。

 ひょっとすると少しパニックになるくらいが、無駄な力みが抜けていいのかもしれない。

 ほどなく私の番になった。個人的なこだわりで離陸する時はPICを使わずスラスターの推力だけで飛ぶのだけど、今日は燃料を使いすぎないようにPICを使う。

 ふわりと浮き上がり、それに合わせてスラスターの出力を上げる。

 前と左右のISに接近しすぎないよう、距離を一定に保ちつつ高度を上げていく。

 先頭を飛ぶ山田先生は、普段ならアリーナの遮断シールドに当たる高度に到達しているが、何事もなく通り過ぎてゆく。当然のことながら、遮断シールドが今日は展開されていない。でないと外に出ることができない。

 全てのISがアリーナの外へと出た。そのタイミングを計っていたように、お父さんの乗るF-14が後ろから追いついてくる。

 最初のローパスにこそ驚いたが、私はその存在に安心感を覚えていた。

 「ち、近くない?!」

 「怖い、怖い!」

 一方で見慣れない人たちは恐怖を感じている様子だ。近いと言っても、図体が大きいからそう見えるだけで、実際にはそれなりに距離がある。私に言わせれば、編隊を組んで飛んでいるんだから近いというなら三・・・いや五メートル以内まで寄ってから言ってほしい。もっとも、お父さんは『昔のことを思い出すから、ISには極力近づかれたくない』って言ってるから、その距離まで近寄らせてはもらえないだろうけど。

 「だ、大丈夫!ISは最強だよ!?」

 励ますつもりでそういったのだろうけど、声が震えていて説得力がまるでない。サイズ差に起因する恐怖よりも、一つがISの背丈ほどもあるミサイルを八本も抱えている姿に、畏怖の念を抱いているのだろう。

 そう思っているうちにF-14は集団の先頭の方まで飛んで行った。フラップを目一杯下げて揚力を稼いでいても、航空機にしてみれば私たちの速度は遅すぎる。空力もさることながら、滞空の手段が違うので当然ではあるのだけど。

 距離的には先頭を追い越しただろうか。F-14は私たちの編隊の長さよりも大きな直径の円周軌道で編隊の上を飛ぶ。これはきっと、全方位を警戒しているに違いない。

 〈凄いなー。ずっと同じ位置だ。〉

 お父さんは編隊の上から外れることなく飛び続けている。多分、大多数の人が気が付いていないだろうけど、私たちの移動速度に合わせて旋回率を細かく調整していなければ、こうはならない。

 「それでは降下しますよ~。」

 などと見とれていると、目的地の市民アリーナが見えていた。

 私は気を引き締めなおす。

 先頭から速度が緩まる着陸。急造の編隊で、速度のバラツキを吸収するのは難しい。そこで偶数番目が奇数番目に割り込む形で、前後間隔を確保する。グラウンドの広さを有効に使った降り方だ。

 特にトラブルもなく、私たちは全員が無事、市民アリーナへと着陸した。

 『移動、お疲れでした。では、駐機場所まで、もうひと踏ん張りしてください。』

 ふと声が聞き取りやすくなったことに気が付き、私は空を見上げる。

 〈もう、帰ったかな?〉

 いつの間にかF-14の姿はなくなっていた。しかし、のんびりと眺めている暇はない。私も駐機場所へと向かった。

 

 それから時間は過ぎ、開会式が始まった。

 先端を行くIS学園と言えども、開会式は形式張った退屈な物。しかも市民アリーナでの開催のため、知事だの市長だの、お偉いさんのありがたい長話を聞かされる。

 けれど将来パイロットを目指す身としては、ボーッと聞き流すことは出来ない。一語一句までは聞かないにしても、話の要所は押さえる。

 〈って結局、思い出話と世間話かい!〉

 日本人だけに向けてのスピーチなら、皆、麻痺しているので十分かもしれない。けど、IS学園には世界各国からの生徒が在籍しているわけで、その人たちに聞かせるのだから、少し捻った、ためになる話はないのかと突っ込みたくなる。

 まあ可能性として、考え過ぎた結果、何でもない話に行き着いたということも否定はできないので、あえてそれ以上は触れない。

 何とかそれも乗り切り、開会式は終わった。

 一斉に生徒が退場する。出入り口の関係で、左右に分かれての退場なのだが、二年生は一年と三年に挟まれているせいで、必然的に退場の殿(しんがり)になる。

 〈なんか言ってる・・・ん?声が変わった?〉

 アリーナに放送がかかっているが、足音と話し声などにかき消されて殆ど聞き取れない。

 しかし、その放送が何であったか。出入り口の渋滞で足止めを喰らっていた私は、間もなくその答えを知った。

 「ちょっ、聞いてないよ?!」

 

 

-*・A・*-

 

 

 時間は九時を過ぎた頃。

 ここはIS学園の輸送課の駐機場。そこには柳原と諏訪が乗るT-4と来栖が乗るF-14が、離陸できる態勢を整え停まっていた。

 『校歌斉唱、終わりましたよ。』

 「よし、分かった」

 離れた会場の様子を来栖が把握できているのは、F-14の無線機で状況を詳細に把握できるから。

 因みに、二機のコックピットの間隔は十数メートルほどしか離れていないが、ジェットエンジンの音を上回るほどの声で話すのは骨が折れるので、二人は航空無線を使用して会話している。

 T-4の前席に搭乗している柳原が、広げていたキャノンボール・ファストのプログラムを閉じてポケットにしまう。

 「そいじゃ、離陸する。」

 続けて、T-4とインターホンを繋いでいる市川にそれを伝える。

 『了解です。』

 インターホンの接続が切断されると、柳原は誘導に従って離陸開始位置に向かう。

 JBD(ジェット・ブラスト・ディフレクター)が立ち上がると、柳原はスロットルを最大開度にする。そして、エンジン推力が立ち上がるのを待つ。

 普段、JBDが焼けないように苦心しているのに、今日は随分とのんびりとしている。

 理由の一つは、T-4のエンジンはF-14に比べれば随分と小さく、更にアフターバーナーが無いこと。要は、急がなくてもJBDの痛みは少ない。

 そしてこちらが本命だが、柳原のメンタルのためだ。柳原もT-4サイズの航空機なら、ここから離陸できるだけの技量はある。しかし出来ることとストレスがかからないとは、必ずしも両立しないわけで、推力を立ち上げて離陸にかかる時間を最小にしていた。

 T-4の離陸から数分後、F-14が離陸開始位置に向かう。

 勿論、非常時ならば間隔を置かずに離陸する。だが、後方乱気流という非常に危険な気流に巻き込まれるのを防ぐため、余裕のある今日は十分に時間を空けていた。

 『よっしゃ、いいぞ。』

 「了解。」

 JBDが立ち上がった。来栖はスロットルを開けると同時にブレーキを緩解する。

 今までとは比べものにならいほど、応答性のよくなったエンジン。推力の上昇を待つ必要が小さくなったことで、こちらもある意味、JBDのことを気にする必要がなくなっていた。

 離陸後、来栖は右に回頭しながら上昇する。程なく、旋回して待機していた柳原の左後方に付く。

 「スモーク出すぞ。見てくれ。」

 『了解。』

 「スモーク、オン。」

 柳原はT-4の操縦桿のスイッチを引き、スモークを出す。

 「スモーク、オフ。」

 『バッチリです。』

 柳原は振り返り、自身の目でもスモークの状態を確認する。

 「大丈夫だな。そろそろ行くか?」

 『まだ閉式の辞を読んでます。』

 「さっさと終わらせろ。まだ開会式だろ。ったく。」

 航空機ならば、市民アリーナまではあっという間に辿り着いてしまう。

 それを逆算して開会式の式次第の終わりまで離陸しなかったというのに、閉式の辞だけでこれだけ時間を取られては意味が無いと、柳原の機嫌は少し斜めだった。

 

 

-*・A・*-

 

 

 太平洋上に浮かぶ、一隻の空母。(おおやけ)にはされていないが、少し前にアメリカから奪取された空母だ。

 その船の格納庫の中には、メタリックグレーの戦闘機が六機収納されており、発艦に向けての準備が行われていた。

 そしてこれは、その空母の一室で行われているブリーフィングだ。

 「作戦の確認を行う。資料を見てくれ。」

 五人の屈強な男たちに、一人のスキンヘッドの男が説明を行っていた。

 「これは、キャノンボール・ファストと言う、IS学園のイベントのプログラムだ。俺達は、これからこのイベントを襲撃する。で、俺達がターゲットにするのは一年生だ。織斑一夏。全員知っているな。そいつが参加する。」

 「知ってるさ。だがよ、名ばかりのヒヨッコなんざ、俺達を当てる必要はあるのか?」

 五人の中の一人が、そう疑問を呈する。

 「あぁ。そいつだけなら、俺達は必要ねえ。だが、来栖翔霧がいる。ヤツは尋常じゃない。」

 「けどそいつ、F-14だろ。F-22には、逆立ちしたって勝てねえよ。」

 一人が軽口を叩き、周囲もそれに合わせて笑う。

 「黙れ!」

 その瞬間に、スキンヘッドの男が怒鳴った。

 「ヤツは別格だ。下手すりゃ、弾の一発も使って貰えずにやられる可能性もある。」

 男たちは、しかし反論できなかった。それはスキンヘッドの男に、シミュレーターで手も足も出ずに完敗したから。その実力者を以てして警戒に値すると言わしめるのだから、舐めてかかれば惨敗することは火を見るより明らかだ。

 「いいか。ちょちょっと引っ掻き回したら、後は会場の連中が動く。そしたら、すぐにIS学園に向かい滑走路を潰す。もし先に離陸されたら、イベント会場の上空に留り人質を取る。だが、それでも勝率は五分になるかどうかだ。命までは、来栖は取りに来ねえ。だが墜とされれば、その先のことはどうなるか分からねえからな。死にたくなきゃ、俺の指示に従え。いいな。」

 「「「イエッサー!!」」」

 男たちは力強く返事をする。五人の気持ちが引き締まったことを確認して、男は出撃の号令を掛けた。

 「さあ、化け猫狩りの始まりだ!」




2022/2/11 誤字を修正しました
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