IS学園の猫ちゃん 作:只の・A・カカシです
『生徒のみなさんは、速やかに退場してください。』
開会式が終わり、生徒たちはグラウンドから出るために最寄りの出入り口へと向かう。
それと時を同じくして、スタンドでも多くの観客が立ち上がった。競技開始までに、トイレに行ったり飲み物を買ったりするためだ。
『ご来場の皆様にお伝えいたします。ただいま、生徒が退場しております。生徒退場の完了後、競技の準備を行いますので、しばらく時間がかかります。競技開始まで、今しばらくお待ちください。』
定型文のアナウンス。誰もが聞き流していたそれだったが、次の言葉に多くの人が動きを止めた。
『それでは競技に先立ちまして、航空ショーを行います。大きな音がしますので、ご注意ください。』
例年にはないプログラム。常連の観客を中心にスタンドがざわつく。
競技の設営を見ていても仕方ないと立ち上がっていた観客は、一部を除いて多くが席に戻る。
『本日は、キャノンボール・ファストにご来場いただき、誠にありがとうございます。本日、ナレーションを務めさせていただきます柳原です。短い時間ではありますが、どうぞ、よろしくお願いします。』
ほどなくして流れた、少しノイズの混じった放送。先ほどとは違い、やや渋めの男性の声。
IS学園のイベント故、てっきりISによる展示飛行だとばかり思いこんでいる観客は、ナレーションが男性なことを疑問に思う。
『まずはスコアボード上方から会場に進入して、皆様にご挨拶します。』
スコアボード上方に視線が集まる・・・その数秒後。
「「「うわぁっ?!」」」
「「「キャーッ!!!」」」
大小二機の航空機が背合せになって、観客が思っていたよりもさらに低空から会場へと進入してきた。
スタンドのあちらこちらから、歓声ではなく悲鳴が上がる。ISだと思っていたら遥かに大きな物体が、それも普段は飛ばないような高さを、轟音とともに飛来したのだから当然の反応だ。
しかもその二機は、スタンドの反応を煽るように、もともと近かった間隔をさらに詰める。
二機は十数秒ほどで、上空を通過していった。
「今の何?!」
「T-4!ブルーインパルスだ!あのカラーは他にない!」
「大きい方は何だ?F-15じゃなかったぞ!」
パニックから一転、スタンドは興奮の渦に巻き込まれる。
『ただいま会場を通過しました二機は、先ほどとは直行する方向から進入。会場中心付近ですれ違います。』
一つ目の演技に対する興奮が冷める暇もなく、ジェットエンジンの音が戻ってくる。
スコアボードを正面に見て左からF-14が、右からT-4が進入する。T-4はスモークを引いており、その軌跡がしっかりと見える。
T-4が左に、F-14が右にそれぞれ九〇度バンクする。1,500km/hに迫る相対速度。二機が背を向け合う形ですれ違った。
「当たった?!」
「とんでもなく接近してたぞ!」
「今の当たったんじゃないか?!頭のネジ抜けてるだろ!」
実際の間隔が見える席にいた観客ほど二機が衝突したように見えて、中には目を覆った人もいた。それほど、二機の間には隙間がない。
曲技飛行を見たことがない人でも、凄さが分かる演技。たった二つ目の課目にして、この気合の入りよう。次はどんな演技が繰り出されるのか、観客はくぎ付けになった。
『二機はそれぞれ、飛び去っていた方角から帰ってまいります。会場中心付近にて、一気に高高度へと駆け上がります。バーティカル・クライム・ロール、バーティカル・クライム、それぞれご覧ください。』
T-4が会場右手から戻ってくる。すでに引き起こしを始めており、速度は今までで最も高くなっていた。
グラウンドのほぼ中心地点で、機体が地面に対して垂直になる。そこから更に、
その姿が豆粒ほどになったとき、今度はF-14が侵入してくる。進入こそT-4と同じだったが、そこからが違う。
機体が垂直になる手前で、T-4にはないアフターバーナーが点火する。それまででも耳をふさぎたくなるほどの大きさだった音が、体の芯まで響くような轟音に変わる。
そして機体が完全に垂直になると、まるでロケットの打ち上げのように空へと駆け上がっていく。一瞬にして、コメ粒ほどの大きさとなるF-14。
航空機をよく知らない人は迫力に、知っている人は機体の性能とパイロットの練度に圧倒される。
「こんな展示飛行、一生に一度、お目にかかれるかどうかだ。」
「こんなパイロットがいたのか。」
『では続きまして――』
途轍もなく高いレベルの演技が、休む間もなく繰り返される。
例年、競技の準備を行う者達は、『早くしろ』と言われる。その声が、今年は上がることがなかった。
-*・諏訪・*-
「スモーク・オン。カリプソ。Let’s go!」
一つ目の演技のため、F-14が背面になり、T-4に覆いかぶさる様に接近してくる。
「まだ寄る?!」
ところがF-14は、思っている以上に近づいてくる。思っていた距離よりも接近されたのでビビってしまう。いや、この距離は知っていてもビビる。
こんな距離、訓練でも寄ったことがない!
「寝言言うな。こっから寄せなきゃ、商売にならねぇぞ。」
「えぇっ?!」
既に近付き過ぎな気がするのに、柳原さんにとっては余裕を持たせた距離らしい。その言葉通り、一旦は止まっていた接近が会場上空で再開される。
機体のどこかが接触しているのではないのかと思うほどの接近。
会場上空を通過すると、F-14はマイナスGで離れていく。
「ブレイク、ナウ。」
僕たちは九〇度ずつロールして左右に分かれて旋回を行う。
〈うっ!移動でもこんなGがかかるのか!〉
「ただいま会場を通過しました二機は――」
〈何で、そんな涼しい声でしゃべれるんですか?!〉
間隔を詰めて演技を行うためか急旋回が行われる。その分、身体にはかなりのGがかかる。それに耐えることは何ら問題ないが、話せと言われればかなり厳しい。だというのに柳原さんは、いつも通りの調子で話している。
「来栖、いいか?」
『いつでも。』
「了解。オポジット・コンティニュアス・ロール。Let’s go!」
この科目はGもかからないし接近することもない。
などと言う常識は、この人たちには通用しないらしい。ちょっとだけオーバーに言うけど、僕たちの乗っているT-4のコックピットがF-14の二枚の垂直尾翼の間を通った。
「スモーク・オフ。ッチ、遠かった。」
「うわぁ・・・狂ってるよこの人たち・・・・・。」
どうやら驚きすぎるとリアクションができなくなるらしい。それと同時に、僕の脳裏にある出来事が浮かぶ。
それは、まだ自衛隊でパイロットをしていた時のこと。着陸をしようと高度を下げていた最中、突風に煽られて地面に叩き付けられたことがあった。叩きつけられたと言っても、滑走路の上で高さもそれほどではなく、傍目にはハードランディングにしか見えなかったらしいが、発生があと数秒早ければどうなっていたか。
以降、僕は離着陸が一切できなくなってしまった。
この恐怖は、一生抜けることはないと思っていた。だが、この二人のするパフォーマンスを目の当たりにした今、あのレベルで恐怖を覚えていたことが馬鹿らしく思えてきた。僅かな風に煽られてしまえば衝突しかねない距離だというのに、この二人は恐れるどころか、まだ余裕があると言ってしまう。
「二機はそれぞれ、飛び去っていた方角から帰って――」
バーティカル・ターンを行い会場に引き返す。これから行う演技は、最も体に負担がかかる演技だ。
ただし単独で行う演技なので、怖い思いをすることはない。掴まり棒を握る手に力を入れ、これから始まる高G機動に備える。
「スモーク・オン。バーティカル・クライム・ロール。Let’s go!」
〈おぉぉっ!キッツィ!〉
重力と回転の遠心力とが合わさる。外の景色がグルグルと回り、地面が途轍もない速さで遠ざかっていく。
そして高度と引き換えに速度を失っていく。
「スモーク・オフ」
失速の寸前で、機体は水平飛行に戻った。
『バーティカル・クライム。Let’s go!』
〈お、来た。〉
入れ替わるように、無線から演技の開始を告げる声が聞こえてきた。下を見ると、F-14は枝豆くらいの大きさに見えた。
機体の高度と姿勢を確認するために一旦計器に目を戻し、再度、外を見た。
〈鳥?〉
一瞬、コックピットに影ができた。反射的にそう思ったが、この高さに鳥は飛んでこない。よもやと上を見る。
<マジで・・・。>
そこに・・・いや、遥か上にF-14はいた。
外を見ていなかったのは、僅か5~6秒ほど。発見までを含めた時間は一五~六秒くらいあったが、初速を同じで考えると、あの高さまで上がるためには速度を維持、ないし増速していなければならない。
IS学園のF-14は、推力重量比が1を超えていることは知っている。問題は、あのエンジンが癖の強い物だと言うこと。と言っても、扱ったことが無いのでどの程度のものかは分からないが、話を聞く限り並のパイロットでは扱いきれないだろう。
増して、柳原さんをして扱いづらいと言わしめる機体を操りながらだ。
「凄いだろ。でも勘違いするな。あれは観客を喜ばすためだけじゃねえ。敵を威嚇するためだ。これだけの性能があるぞ、ってな。」
柳原さんにそう言われたけど、想像できないので「なるほど」としか返事のしようがない。
「では続きまして、二機は揃ってスコアボード方向から進入。九〇度ずつ四回のロールを行います。」
スプリットSに近似した航跡で、速度が出ないように制御しながら降下していく。
高度計を見ていると、示す数値が恐ろしいほど均一に低下していく。ループが綺麗に出来ていなければ、こんな芸当は出来ない。どれ程の訓練を詰んで習得したのだろうと考えていると、急降下してきたF-14が磁石に引き寄せられる様に真横に付いた。相変わらず理解に苦しむ操縦だ。
〈・・・?
最初の寄せでも、二機同時に4ポイントロールをするには近かったのに、そこから主翼が重なる距離まで近づいた。
これじゃ、まともに機動飛行はできない。そう思っていると。
「スモーク・オン。ギア・メッシュ・4ポイントロール。Let’s go!」
ギア・メッシュってなんだ。それを考える間もなく、僕の乗っているT-4は左に、F-14は右に九〇度ロールした。
目が点になる。僕視点で上を見ると、F-14のコックピットが見えた。間もなく市民アリーナのグラウンドが見えて、続いてスタンドが見えて、最後に空が見えた。
左を向くと、T-4とF-14の主翼は未だに一部が重なっていた。
〈ギア・メッシュって・・・歯車のように回るってこと?!〉
恐ろしいのは、この人たちは一切、合図を出さずに演技をして見せたと言うこと。柳原さんが早く動くか、来栖さんの動きが遅れるか、それだけで空中衝突してしまう。
練度の高い乗り手への評価で『手足のように操る』と言うことがあるが、そんな生易しいものでは無い。この人たちにとって、戦闘機は体の一部同然だ。それ以外に言葉が思い付かない。
〈お、降ろしてくれぇえ!〉
掴まり棒を握る手に入る力が無意識の内に強くなる。体をしっかりとシートに押しつけ、恐怖で情けない声が出ないように歯を食いしばった。
その後は耐えるのに必死で、どんな演技が行われたのか覚えていない。気が付いた時には、IS学園に戻っていた。
「お疲れ。ぐったりだな。」
「はい・・・。何が何やら。」
森田さんはそんな僕に同情してくれたのか、苦笑いしていた。
とんでもない恐怖を味合わされた。これ以上の恐怖はないと確信するほどに。
でも、この経験のお陰で、僕はある決心をすることが出来た。
-*・A・*-
太平洋上に浮かぶ、アメリカより奪取された空母。そのカタパルトでは、一機の戦闘機が発艦の時を待っていた。
その光景の、一つだけおかしな点を指摘するならば、それはカタパルトに据え付けられている航空機がF-22であるということ。
そもそも陸上機として設計されたF-22は、当然ながら空母での運用に必要な機構は一切備えていない。
しかし機体への負担を考慮しない、要は使い捨てをするならば、着艦と発艦を一度ずつ行うことは決して不可能ではない。
因みにだが、F-22とカタパルトは、応急の治具を用いた強引な方法で接続されている。
カタパルトからは蒸気が立ち上がり、いつでも発艦できる態勢が整っていた。
間もなく誘導員が、発艦を待つパイロットに発艦準備のサインを出す。
エンジンの推力が高まり、パイロットが準備完了を知らせる。
誘導員が片膝をついた。
数秒後、機体が発艦のために動き始める。
順調に加速していくF-22。発艦まで、あと三〇メートル。その時、異変が起きた。
金属が引きちぎられるような音がし、F-22が前傾姿勢になる。
見ていた者全員が、何事と動きを止める。皆が見つめる中、F-22は離艦と同時に一瞬だけ高度を下げたものの、その後は順調に上昇していった。
何だ偶然か。そう思って二機目の発艦準備に取りかる。
先ほどの音は、空母が致命傷を負った音であることが判明したのは、それから程なくしてのこと。
「あれ?シャトル*1が戻ってこないぞ?」
カタパルトの操作員は、発艦位置にシャトルがセットされた表示灯が点かないことを不審に思う。
「おーい。シャトル戻してくれ。」
「やってるんだが、戻らない。確認してくれ。」
そうしていると甲板上の乗組員から催促をされたので、点検を依頼する。
「戻らない?」
一人の乗組員が、駆け足でカタパルトを確認する。
「何だよ、戻してないだけ・・・こんな所で止まったか?」
本来、もっと舳先の方まで行くはずのシャトルが、まだ距離を残して止まっている。
〈引っかかったのか?〉
経験したことがない現象だったが、原因は後から調べればいい。とにかく発艦が最優先だ。その思いから、彼はシャトルを蹴った。
ところが、どれだけ強く蹴っても、シャトルはビクともしない。
そうしていると、他の乗組員も寄ってくる。
「どうした。」
「分からん。シャトルが動かねえ。」
「嘘だろ?」
後からやって来た者も、同じようにシャトルを蹴る。だが、ピクリとも動く気配がない。
「ちょっと待て。」
そう言ったのは、機体の整備員だった。彼はポケットから懐中電灯を取り出すと、カタパルトの溝の中を照らした。
「・・・何か引っかかってる。何だこれ?」
間もなく彼は、カタパルトが何かを噛み込んでいることを発見する。そして、その遺物に心当たりがあった。
「これ、F-22の部品だ。」
そこへカタパルトの整備員が駆けつけてくる。
「大変だ!F-22の部品が挟まってる!」
それを聞いた途端、カタパルトの整備員の顔から血の気がなくなった。
「み、見せてくれ!・・・こ、これは!!」
次の瞬間、カタパルトの整備員は膝から崩れ落ちた。その瞬間に、その場の全員が発艦不能を覚悟する。
「だ、大丈夫なんだろ?」
「ダメだ。除去には数時間かかる。」
「「「!!!」」」
この空母は、秘匿空母として運用するために、空母としてはかなり小柄に造られた。その制約で、カタパルトは一基しかない。つまり、現時点を以て発艦能力を失ったと言うことだった。
「緊急事態発生!カタパルトが故障した!発艦不能!」
-*・A・*-
『――した!発艦不能!』
艦橋に向け発せされた一報を、戦闘機の中で受信した者がいた。
それは、この一団を指揮するスキンヘッドの男だ。
本来、彼は空母に残るはずだった。しかし、一名のパイロットが暴走して捕まったため、人手不足を補うためにこうして搭乗していた。
「マズい。これは失敗だ。」
成功の見込みはなくなった。本来ならば、発艦した一機を着艦させるところだが、機体への疲労を考えると、着艦させても使い物にはならない。
男は航空無線のスイッチをオンにする。
「サンダー、聞こえるか。」
『どうした、上がってこないのか?』
「カタパルトが壊れた。俺達は発艦できない。お前だけが頼りだ。いいか、指示を出す。よく聞け。キャノンボールの会場へ行って、グラウンドに弾をばら撒いてこい。それだけでいい。終わったら逃げろ。F-14を振り切るくらいは出来る筈だ。」
どうせ駄目になるのだから、使ってしまった方が得だ。そう言う判断だった。
『そうか、俺だけが。よし、引き受けた!』
断腸の思い出の指示。しかし、指示を受けた方はノリノリだった。
すぐに無線が切れ、コックピットは静かになった。
男はF-22のエンジンを止める。そして己の無力さに、キャノピーレールを殴った。
2023/01/30 文章を一部改訂しました