IS学園の猫ちゃん   作:只の・A・カカシです

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第48話 復帰への道のり

 「お?何、貰って来たんだ?」

 キャノンボール・ファストから一週間が過ぎた月曜日。職員朝礼から帰ってきた来栖は、左手に厚みのある角形2号の茶封筒を持っていた。

 「先日の調査書だって渡されたから、キャノンボール・ファストのことだと思う。」

 森田の問いかけに答えつつ、自分の席に向かう。椅子に座り、引き出しからハサミを取り出して、糊付けされていた封筒を切って開封する。

 「あー、やっぱりキャノンボール・ファストだ。」

 封筒の中身を取り出し、一番上の紙に書かれていた文字を読み、来栖は自身の予想の答え合わせをする。

 「あー・・・そのタイミングだったか。終始に後手後手だったなぁ。」

 時間ごとの出来事を確認して、来栖は自身の対応の遅れに苦い顔をする。

 「ちょい、パソコン使わせて。」

 「はい、どうぞ。」

 報告書を読み入っていた来栖は、森田の依頼を二つ返事で許可すると、椅子に座ったまま移動してパソコンの前を開ける。

 〈うーん、認めたくないけど・・・。この感じだと、あそこで足止めできただけでも大金星ではあるのか・・・。〉

 最初は無力さを悔いていた来栖だったが、報告書を読み進めていくうちに阻止することがほぼ不可能であったことを悟る。

 IS学園史上、かつてない被害を被った今回の事件。しかし、今回の襲撃の全てが会場一点に集まっていた場合を考えれば、この程度で済んだと言って差し支えなかった。

 「――ば。・・・・ック。おい!」

 「何だよ。」

 真横にいる森田の呼びかけに気が付かないほど、来栖は報告書に読み入っていた。

 「前から思ってたんだけど、こんな急降下して怖くないのか?」

 そう言いながら森田が来栖に見せた画面には、IS学園のF-14が写っていた。

 「・・・何この映像?」

 後方から追っかけで撮った記憶はない。一目見るや、来栖は首を傾げる。

 「この封筒の中に入ってた記録媒体に入ってたぞ。」

 「っ!!勝手に見るなよ!」

 「『はいよ』って言ったじゃないか。」

 「うーん、そういや、言ったな。」

 許可してしまった以上、それは来栖の責任だ。話を聞き流したことを、彼は後悔する。

 「で、これ。怖くないのか?」

 森田の操作で、F-14が地面に向けて急降下していく様子が再生される。

 「状況によるけど、基本、高度は下げれば下げるだけ、距離は近くなれば近くなるだけ空気の密度が高くなって機体が押し返されるから、そういうのは感じないかな。」

 「その例外は?」

 「これくらいの太さの物は目視しないと距離が掴めないから、夜間とか霧が出てるとか、視界が悪いときは怖くて寄れない。・・・あっ。あと、ほんとIS学園が出来た頃にISを輸送してたときの話だけど、ほら、前に話しただろ。ジョーイ・マッケンジー。」

 「ミサイルを撃ってきたヤツか。」

 「そう。で、ミサイルを振り切るときに垂直降下したんだけど、あの当時はカバーがなかったから・・・あ、F-15(イーグル)だから無理か。・・・っと、それは置いといて。空気抵抗を減らすためにシールドバリアーを展開してもらったんだけど、あれって仕様上、風の向きと強さによって変化するみたいでさ。巡行中は気にならないんだけど、急加速すると下面の気流が乱れるんだよ。そうなると旋回性能が狂うから距離が分からなくて、あれは怖かった。」

 「なるほど・・・。」

 来栖の話は理解した森田だったが、果たして、彼の感性がどれほど異質なものであるのかを知りたくなった。そこで、元パイロットである柳原を呼ぼうとして、そこではたと思い出した。

 「そういえば今日、柳原(じい様)見てないけど休み?」

 「柳原さんは浜松基地に行ってる。」

 「浜松へ?何で?」

 「航空免許を再取得してくるんだってさ。」

 「あー。諏訪が空自に帰っちまったもんな。」

 先週の金曜日を以て、諏訪はIS学園を退職した。

 当然、森田と柳原は送別会を開こうとした。しかしパイロットを辞めるとも続けるとも決心がつかず、中途半端な状態でIS学園に転職(実質は出向だが)した経緯があるため、気が引けた彼に丁重に断られた。もっとも、その二人が引き下がったのは、「パイロットに名実ともに復帰した暁に祝いをして欲しい」と言う申し出があったからではあるが。

 「やっぱりパイロットは二人いた方がいいもんな。」

 「乗りたいだけだろ。」

 その感想に、来栖はにべもなく返す。

 「そうか?」

 「操縦経験者で言えば、柳原さんが来る以前は俺しかいなかったし、何なら資格保有者で括れば去年の今頃まで俺だけだったろ。」

 「言われてみれば確かに。じい様、『F-14は乗りたくない』って言っていたし。」

 T-4があるから資格の再取得を考えたという来栖の主張に、森田は大筋で納得した。

 

 

-*・A・*-

 

 

 「この辺のはずなんだけど。・・・っと、あった。ここだ。」

 航空自衛隊、浜松基地。復帰に向けた訓練を受けるため、敷地内に立つ建物の中に諏訪の姿はあった。

 「失礼します。」

 目的の部屋を見つけた彼は、ノックしてドアを開ける。

 ドアを開けるとすぐに、いかにもという格好をした男性隊員が窓から外の景色を眺めていた。

 「本日付で自衛隊に復帰いたしました、諏訪誠治(せいじ)二等空尉です。」

 背中しか見えなかったが室内には他に人影が見当たらず、その人が担当者であると判断して挨拶をした。

 「遠路、ご苦労であった。」

 〈ん?〉

 声に聞き覚えがある。諏訪は敬礼をしたまま首をかしげる。

 「私が今日から君の指導を行う・・・。」

 そう言いながら、教官と名乗る男性隊員がおもむろに振り返った。

 「やな――」

 「柳原さん?!何でここに?!」

 「先に言うな、名乗らせろ。」

 「あ、すいません。じゃなくて!何でここに?!」

 あまりにいいリアクションだったので、柳原は声を出して笑う。

 「はっはっは!何でかを知りたい。お前の復帰教育のためだ。実技はワシが面倒を見る。」

 「えぇ?!・・・でも資格無いですよね?」

 「別に。お前が持ってりゃ、それでいい。」

 「えぇっ・・・。」

 無茶苦茶だ。諏訪は心の中で呆れるが、それは顔に出ており、柳原にこう言われる。

 「あのな、持ってるヤツが思い出すためにする飛行訓練だぞ?新規に取るわけじゃないんだから、指導は誰でもいいんだよ。」

 それは屁理屈ではないだろうか。

 「分かったら、さっさと飛行服に着替えてこい!」

 「は、はい!」

 なおも納得のいかない顔をしていたが、柳原に気迫で押し切られ、諏訪は駆け足で着替えに向かった。

 

 「・・・それ、新調したんですか?」

 着替えを済ませた諏訪が外に出ると、すでに飛行服に着替えた柳原の姿があった。

 「バカたれ!新調するくらいならIS学園から持ってくるわ!退役するときに着てたやつだ。」

 諏訪は柳原の着ている飛行服の色つやの良さが気になったが、それは保管状態が良いだけの話であった。ちなみにIS学園の飛行服を持ってくると、別の問題が発生するので論外である。

 「そう言う訳で、早速上がるぞ。」

 「ま、待ってください!ブリーフィングは?」

 さっさとT-4に向かっていく柳原を慌てて引き留める。

 「おう、そうだな。トラフィックパターンを回って、離着陸の訓練。危ないときはワシが操縦してやるから安心しろ。あと、コールサインは『リハビリ』だ。お似合いだろ?」

 「えぇ・・・あ、ちょっ!」

 適当すぎると困惑する諏訪。だが柳原は、そんなことはお構いなしとT-4の後席に乗り込む。遅れたら何を言われるか分からない。彼には従う以外の選択肢は残されていなかった。

 「エンジンの立ち上げ手順は、この間見せたから・・・というか、基本だから覚えてるな。」

 「覚えてますけど、まだハーネスの装着が・・・。」

 ハーネスの装着にもたついているように見えるが、柳原がぶっちぎって速いだけで、諏訪のペースも平均より速い。

 「それならいい。確実に装着しろ。・・・エンジンスタート、右回すぞ。」

 そうやって好き勝手に進めていくのも、諏訪を信用しているからこその裏返しである。

 「完了しました。」

 「おう。こっちも、もう終わる。」

 エンジンの始動が完了すると、そこから後の作業は諏訪に委ねられる。

 「準備完了しました。」

 「じゃ、始めるか。」

 すべての項目の点検が完了すると、管制の指示に従い滑走路へ向かう。

 丁度、他の機体と離陸のタイミングが重なってしまったため、管制から離陸の許可が出るまで誘導路で待機する。ほどなく前の機体が離陸を完了すると、指示を受けて滑走路に進入する。

 「離陸します。」

 「おし、行け。」

 「ブレーキリリース、ナウ。」

 エンジンの出力が立ち上がるのを待って、ブレーキを離す。諏訪は対気速度計を見ながら、機体が離陸速度に達するのを待つ。

 「離陸。」

 離陸速度に到達し操縦桿を引いた。

 「引きすぎだ。」

 柳原から指摘が入ったのは、その瞬間だった。

 「え?ダメですか?」

 計器の数値にも、体感上にも特に問題はなかった。一体、何がダメだったのかと首を傾げる。

 「せっかくの空気流が乱れてる。ま、ついでにタッチアンドゴーもしてみろ。」

 「了解。」

 管制の許可を取った後、諏訪はタッチアンドゴーをするために三六〇度ターンして着陸の態勢をとる。

 「対気速度よし。ランディングギア、ダウン。」

 途中までは落ち着いて着陸に向けた操縦を行えていた諏訪だったが、高度が下がっていくほどに操縦がぎこちなくなっていく。

 「えっと、高度を確認・・・えっとエンジンパワー・・・。」

 「何してる、高度落とさないと通過しちまうぞ。」

 「あ、はい!!」

 「減速!」

 慌てて高度を落としたため、機体が加速してしまう。慌ててスピードブレーキを開き、機体の速度を落とす。

 「降下!高い!」

 しかし、速度のコントロールに気をとられたことで、再び高度の管理が疎かになってしまう。

 「えっと・・・。」

 「間に合わん!ゴーアラウンドしろ!」

 「ゴーアラウンドします!」

 諏訪の処理が追いついていないと見て、余裕のあるうちに判断を下す。

 「今の、失敗の原因は?」

 高度を取り安全が確保されると、柳原はそれを尋ねた。

 「速度と高度の管理不足です。」

 「それは結果だ。原因を考えろ。」

 「恐怖心が・・・。」

 「俺の聞き方が悪かった。原因じゃなかったな。要因が分からないか?」

 想像していた以上に重症だった。柳原は、軽い気持ちで引き受けてしまったことを後悔するが、同時になんとしても治療してやると燃えていた。

 「要因・・・ですか。」

 そう言った後、彼は黙り込んでしまう。これでは時間を浪費するだけで、少しでも訓練をした方がいいと、柳原は答えを告げる。

 「怖いのは分かる。が、お前はスロットルを開けすぎだ。これから降下するって言うタイミングで、あんなに開けてたら、いつまで経っても高度も速度も落ちないぞ。」

 「なるほど・・・。」

 指摘を受け、左でで握るスロットルレバーに目を向ける。

 「最低でも、あと一五%は絞れ。そうすれば、スピードブレーキでコントロールが効く。どうしても絞れないなら、機体を立てて抗力を増やせ。その代わり見切りは悪くなるし、失速の危険も増す。もう一回、やって見ろ。」

 「はい。」

 指導を受け、再びタッチアンドゴーを行うために滑走路へ向かう。

 「スロットルの絞りが甘い!」

 「えっ。」

 「ここ!」

 じれったいと、後席から強引にスロットルを絞る。

 「わ、待ってください!」

 「ゴーアラウンド。」

 しかし、それで驚いてしまった諏訪が再びスロットルを開いてしまったので、柳原はタッチアンドゴーの取り消しを決める。

 「一回、手本を見せる。アイハブ。」

 「ユーハブ、コントロール。」

 柳原は操縦を代わる。

 「管制、タッチアンドゴーの許可を。」

 『着陸機がいるので、再度連絡します。』

 「着陸機の後続な。了解した。・・・諏訪。操縦桿を軽く握ってろ。」

 「はい。」

 許可が出るまで、指定された地点で旋回して待機する。数分ほどでタッチアンドゴーを行う許可が出ると、柳原の操縦により滑走路へのアプローチを開始する。

 「滑走路の端に降ろすから早めに・・・もっと力を抜け!」

 「あ、すいません!」

 緊張から、操縦桿を握っている手に力が入ってしまい、操縦しづらいと柳原に怒られる。しかし、体がこわばっており力を抜くのは難しい。軽く握るのは無理と判断した彼は、操縦桿の先端付近に、人差し指を軽く添える。

 「スロットルはここ。これだけ開いてれば、スピードブレーキを畳めば加速できる。さっき言い忘れたが、機体の角度はこれくらいに保て。下を見たいのは分かるが、あれじゃ何かあっても上昇できない。」

 着陸に向けた魔の時間帯だというのに、柳原は何食わぬ顔で解説を行う。

 「減速をちょっとやりすぎにいて・・・このくらいか。行くぞ。」

 接地後、機首が上向きを維持できない速度まで減速して、それからスロットルを開け加速を開始する。間もなく離陸速度に達すると、柳原は操縦桿を引いた。

 「?!」〈え??なんで今ので機首が上がるの?イリュージョン?〉

 「分かったか?」

 「いや、え?」

 操縦桿は確かに引かれたが、その引き具合は諏訪の操作に比べ小さいものだった。にもかかわらず、機体は先ほどと同じだけ動いた。

 「いいか。操縦で大事なのは、いかに翼面の空気流を乱さないかだ。それがしっかりできてれば、最小限の入力で機体を動かすことができる。最小限で動かせると言うことは、機体が応答するまでの時間が短くなる。それが、ひいては咄嗟の操作が必要な場面で生きてくる。」

 「なるほど・・・。」

 頭では、柳原の言っていることは理解できていた。しかし、それをやってみろと言われてもできる自信が全く持てない。

 「さ、考えてる間は無い。いや、考えても身につかんぞ。練習あるのみだ。」

 「難しそうですね」と言おうとした諏訪だったが、それを見抜いていたかのような一言に封殺されてしまった。

 

 「柳原さん。」

 「おう、終わるか。」

 「はい。」

 訓練を始めてから一時間ちょっとが経過していた。燃料も空になっており、そして時間もお昼に近づいていたので訓練を終了する。

 IS学園への着陸は、他に降りてくる機体がないということもあって余裕がある。しかし、ここでは常に気を配る必要があるので、柳原は諏訪の操縦を黙って見守る。

 「着陸は安定してきたな。」

 着陸を終えて滑走路から出る。緊張が緩和するのを見計らい声をかける。

 「ありがとうございます。」

 最初はどうなるかと思われた着陸だったが、諏訪はそれなりに優秀なパイロット。回数を重ねる毎に自信をつけ、単独で問題なく行える程度まで克服していた。

 もっとも、途中で「着陸できて一人前じゃないからな。疲労が蓄積した極限の状態でも、問題なく着陸できてようやく一人前だからな」と言われ、「ここで怖がっていてはダメだ」と気合を入れなおしたのも大きな要因ではある。

 駐機場に近づく。整備員が誘導を始めたタイミングで、柳原はキャノピーを開ける。諏訪は整備員の誘導のもと、機体を所定の位置に止める。

 エンジンが停止すると、整備員が梯子をかけるために寄って来る。 

 「じゃ、次は一三時から。」

 「はい。」

 機体から降りた後、そう告げると、柳原は別の機体に向かって歩いていく。

 「あの、どちらへ?」

 「俺の元部下が教官をしてるんだが、どうしても教えてほしいことがあるってんでちょっと教えに。」

 進行方向の延長線上にはT-7があり、その傍らには飛行服を着た隊員の姿が見て取れた。

 「え、今から乗るんですか?!」

 「あぁ。昼めし食ってこい。俺はいらん。」

 そう言い残すと、「ペラ機は久しぶりだ」と呟きながら歩いて行き、何のためらいもなく後席に乗り込んで行った。

 

 一三時前。午後からの訓練に備えて諏訪がT-4のそばで待機していると、一機のT-7が着陸してくるのが見えた。

 そこでふと、諏訪は思い出す。

 〈あれ?浜松には飛行用のT-7っていなかったような?〉

 間もなく駐機場に戻ってきたそれの機体番号を見て、諏訪は納得する。

 〈あ、静浜基地の機体か。〉

 諏訪が航空学生だった当時、何度も乗った機体であった。

 先に後席から柳原が降りて、一息して前席のパイロットが降りる。

 〈・・・いや、スゲーな柳原さん。〉

 二人の様子を見ていると、前席から降りたパイロットは少々お疲れの様子を見せているのに対し、柳原はそんな気配は微塵も見せない。

 少しの間、話し合い、それから柳原は歩いて諏訪の方へと向かって来る。

 「悪いけど、トイレだけ行ってくるからできるところまで準備しててくれ。」

 「分かりました。」

 これは休憩だろうな。そう思って、のんびり目に準備をする。

 「よし、行こうか。」

 ところが、わずか数分で柳原は戻ってきた。

 〈・・・バケモンだわ、この人。〉

 昼食も摂らずに連続で搭乗する。遊覧飛行をしているならまだしも、現役バリバリのパイロットの訓練に付き合ってのそれである。本当に還暦が見えてきた人なのだろうか。諏訪は、そう疑わずにはいられなかった。

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