IS学園の猫ちゃん   作:只の・A・カカシです

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第62話 白騎士事件の日(その2)

 「ケツに付いてる!スロットル全開!方位そのまま!」

 F-4の運動性を考えれば下手に動かない方が良い。逃げる方位を無線で伝え、来栖はスロットルを全開にする。

 臨時で編隊を組んだ味方機と分かれ急上昇。F-4へと執拗に攻撃を行う白騎士に向けバルカン砲を発砲する。

 予想外の強襲に、それは動きを止める。が、すぐに目標を来栖のF-15に切り替え、向かってくるそれを切らんと剣に持ち替え構える。

 〈遅い。〉

 振り下ろされた刃がF-15を切り裂く――かに思われたが、それが届くことはなかった。そればかりか、何かに突き飛ばされたかのように白騎士は姿勢を乱す。

 その正体のヒントは、すれ違い方にあった。まともな神経をしていれば、相手の位置を視認しようとして上面を向ける。だが来栖は下面を向けていた。

 勿論、それには根拠がある。

 白騎士はコックピットを避けて攻撃している。ならばコックピットがない下面へは、多少の無理をしてでも仕掛けてくる、と。

 それは同時に、来栖の仕掛けた罠でもあった。

 飛行機は揚力を得て飛んでいるため、下面側の気圧が高くなる。それだけなら白騎士は耐えられたが、攻撃を焦り、姿勢を整える前に接近を許したため吹き飛ばされたのだ。

 〈強い光は苦手だろ?〉

 折り返し。太陽を背後に、来栖は再びの突撃を仕掛ける。

 「マーベリック、FOX-2。」

 白騎士にサイドワインダーを発射する。反対に、来栖に向けては荷電粒子砲が飛んでくるが、動じることなく直進する。コックピットへの攻撃を狙って外している白騎士にとって、完璧に機首を向けられると攻撃可能面積が非常に小さくなり撃ち辛い。その上、来栖が太陽を背に飛んでくるものだから、照準は余計にでも合わせられない。

 「今!」

 サイドワインダーが起爆する。それにタイミングを合わせ、急降下を始める。

 〈そうすれば、お前は追いかけてくる。〉

 彼の予測通り、黒煙の中から白騎士が飛び出してくる。

 〈けれど、高速飛行と精密射撃は両立できない。〉

 荷電粒子砲のビームが機体後方より飛来するが、来栖の読み通り、そのいずれもコントロールが定まっていない。

 それにしても来栖が、手に取るように白騎士の動きを読むのは何故か。

 それは小松基地にいる間、白騎士の動きを詳細に分析していたから。それもこれも、活躍を見せつけるように中継してくれていた誰かのお陰である。

 「信号途絶?当たったのか?!」

 順調に躱していたのだが、運悪く1射が命中する。ただ、幸運なことに当たった箇所は右主翼のパイロン。それにより配線が切断され、サイドワインダー一発を認識できなくなっていた。

 だが、自機の下面の状態を確認することは不可能。

 「マーベリック、増槽およびサイドワインダーを投棄する。」

 損傷があるということは、飛行中に意図せず外れる可能性がある。そうなれば作戦行動に影響が出かねないため、右主翼下パイロンの切り離しを行う。

 「上昇!」

 来栖が急降下を取ったのは、白騎士に空気の薄い高度を選んで飛んでいる傾向が見られたため、空気の濃い低空は苦手なのではという考えからだった。

 しかし、目標の高度にまで降りる前の緊急投棄。切り離した物体が機体から確実に離れるよう、操縦桿を引いて急激な機動を行う。結果、機首上げの操作となり機体は上昇に転じる。

 〈予定が狂ったな・・・。〉

 降下中にスピードが出すぎないよう絞っていたスロットルを開く操作が遅れた上、急激な機動によって空気流が乱れ、エンジン保護のための出力制御がかかってしまった。

 結果、急激な旋回とその後の上昇に打ち勝つだけのエンジン出力が得られず速度が低下。白騎士に攻撃の余裕を与えてしまう。

 ビームは、来栖から見て左斜め上後方から飛来していた。素早く左90度のバンク角を取り、主翼を立てつつコックピットを向けて被弾面積を減らす。

 まだ来栖が若干有利だが、あくまで回避に徹すれば当たらないと言う程度。互角以上に立ち回るには状況を作り直さなければならない。

 〈どうする?!一か八かで仕掛けてみ・・・いや、ヤツの旋回能力には勝てない。〉

 問題なのは、それには時間が掛かると言うこと。日も沈みかけており、暗くなると肉眼での視認が実質不可能になるため、戦術の幅が狭まる。それ以前の問題として、次の偵察・鹵獲部隊が到達してしまう。

 『置きミサイル?!・・・っと!全員、攻撃!』

 作戦の練り直しに入ろうとした、まさにその時。味方機が攻撃の指示を出す。

 〈え?今?〉

 出撃の前のブリーフィングで、隙があれば援護射撃を行う手はずになっていたのだが、今のタイミングでの攻撃の理由が来栖には判らない。

 彼は、後に僚機に聞かされて知ることになるのだが、投棄したサイドワインダーは白騎士に命中していた。

 その全容を自衛隊が解明することは叶わなかったが、様々な要因が重なっての出来事だった。

 白騎士の荷電粒子砲から放たれたビームは、その性質上拡散しながら進むため、ミサイルにも微妙に当たっていた。その際、ミサイルの制御ユニットが損傷し安全装置の挙動が不安定になっていた。そこでの投棄により、増槽と損傷したパイロンと一纏まりの状態で、かつ高速で空中を舞ったことにより、大気との摩擦により静電気が溜まり安全装置が誤作動、ミサイルが起動した。それだけならば明後日の方向へ飛んでいって終わりだったが、偶然にもシーカーが向いていた場所を白騎士が通過し、ミサイルは追尾を開始。来栖に集中していた白騎士は反応が間に合わず、命中したのだった。

 『成果確認!』

 予期せぬ被弾に、白騎士は完全にコントロールを失っていた。その好機を自衛隊機は見逃さず、ミサイルの集中砲火を浴びせ撃墜した――かに思われた。

 『・・・?!い、いません!!』

 『何?!』

 煙が晴れた中に、白騎士の姿はなかった。

 『各機、散開!』

 小柄な機体ながら、F-15の主翼を容易く切り落とすほどの攻撃能力がある。侵犯機が密集状態でやられていることを知っているだけに、この場に留まることは危険と判断して一時退避を行う。

 〈いない?・・・・・こっちにいる・・・気がする。〉

 ただし来栖を除いて。

 ふと計器に目をやった彼は、修正しなければ機体が右へ右へと針路を変えようとしていることに気付く。まるで何かが、その方向へと引っ張っているかのように。

 〈この挙動・・・そこか?〉

 しばらく機体の向かうままに飛ばしていると、機体が妙な振動を始める。様々な環境下で飛んできた彼をして知らない振動だ。

 その強度が徐々に強くなり、そして来栖は直感で左ロールを打った。

 直後、白騎士が出現。構えていた剣を振るうが、その刃が翼に届くことはない。

 〈透明になれるのか?でも、今の兆候が必ず出るのなら手の打ちようはある。〉

 それを確かめるべく、もう一度、引っ張られる方へと来栖は向かう。

 〈間違いない。・・・原理は分からないけど、居場所は分かってきた。〉

 今までは、それで十分だったのだろう。白騎士は、来栖に対して二度とも同じ動きをた。

 だから二度目は落ち着いて動きを見ることができた。動きに焦りがある。そう感じた来栖は、落ち着きを取り戻される前の攻撃を決意する。

 三度目の接近。出方を変えて先制攻撃を掛ける。

 「マーベリック、FOX-2!」

 敵がいるであろう場所にサイドワインダーを発射。ほぼ同時にスピードブレーキを展開、減速してタイミングをずらす。

 読み通りの場所に白騎士が現れる。連続で躱された事が残像として残っているのか、左ロールを待っているような動きだった。けれど、それの目の前にあったのはF-15Jではなくサイドワインダー。

 来栖からは距離があったためにハッキリとは見えなかったが、それでもギョっとしたことだけは挙動から見て取れた。

 白騎士は慌てて後退、現れた場所で姿を消す。だが消えたのは白騎士だけではない。サイドワインダーもろともに。

 〈今のはどっちだ?やったのか?それとも誘いだったか?〉

 誰も居ない空域にただ一人。

 どこかに潜んで攻撃の時を窺っているのではないかと、悪い方を考えて周囲を警戒する来栖だったが、それが再び現れることはなかった。

 

 

-*・A・*-

 

 

 「と、まあ。映像に残っている白騎士と実際の白騎士とでは、主にミサイルの撃破数には大きな乖離が発生する可能性があるわけなんだ。」

 来栖が、その目で見た白騎士がどんなものだったか。その内容の衝撃の強さに、居合わせた全員が身動き一つできなかった。

 「俺から言えるのは、こんなものかな。」

 そう言って、来栖は質問者のラウラを見る。

 「・・・つまり、白騎士の戦果には虚偽が含まれている・・・と言うことなのか?」

 彼女の口調はぎこちない。

 「それは分からない。中継されていた映像には、自衛隊が確認できていない物が写っていたって言ったけど、俺たちが節穴だった可能性だってある。自分等の目を信じたいけどね。・・・今思えば、動画か写真か撮ってりゃ強く言えたんだけどな。」

 一方で来栖は、「あの混乱の中では、誰も余裕がなかった」と苦笑いをする。

 「そのことはずっと気になっていた。あの場に居なかったワシが言えることじゃないが、あれだけの人数が揃ってと言うのは腑に落ちん。白騎士事件の実行犯が削除したか妨害したかってことはないのか?」

 その時、柳原が話に割り込んだ。

 彼は当時、第一線から退いた後だったこともあり、白騎士事件には出撃をしていない。そのため、なぜ記録が残っていないのか疑問には思っていたが、その答えを知ることはできず、それは心の中へしこりのように残っていた。

 だが、今、それを晴らす答えを持っていそうな存在が身近に居たことを知り、聞かずにはいられなかった。

 そして、待ちわびた答えは来栖の口から出て来る。

 「いや、関係ないですね。大量の領空侵犯機のせいで空域が混雑して、遠くから見ているしか無かったってのと、そいつらがバッタバッタと白騎士にやられてたんで接近するのは危険だって警戒していたのが、記録が残っていない原因です。」

 「あー、そりゃそうだ。・・・駄目だな、報告書読むだけじゃ。現地見ないと分からん。道理で白騎士を生で見たって言うパイロットと出会えなかったわけだ。納得した。」

 満足そうにする柳原。その横で難しそうな顔をする森田が切り出した。

 「死者が出てる事件の話だから言うか迷ったけど・・・。マーベリック、誤魔化すなよ。自衛隊が白騎士を警戒してたのは、お前が翼を斬られたからだろ?」

 「・・・そうだけど。それ、未だに夢に出ることあるから言わないで欲しかったな。」

 「よく言うぜ。白騎士をタコ殴りにしてお返ししたの誰だよ。」

 「殴る前に逃げられてるよ。・・・あの頃は若かったから、仕返しに燃えてたんだ。今だったら絶対にしない。」

 「どうだか。」

 ISの前では、従来の戦闘兵器は鉄クズに等しいと言われる現代。そんな時代において、戦闘機でISと正面切って戦闘し被弾すら滅多にしない彼の言葉に説得力は無い。

 「・・・だからISに詳しいくなったのか?二度とやられないために。」

 話を聞いていた柳原が、来栖に尋ねる。

 「・・・・・今思えばそうですね。」

 「「「?」」」

 言い始めるまでにあった妙な間。何人かは違和感を覚えるも、嫌な思い出を掘り起こしてパフォーマンスを落とされたのでは学園の安全に関わると、誰も追及はしなかった。

 「悪い、話を脱線させちまったな。続けてくれ。」

 「あぁ。・・・で、どこまで話したっけ?」

 「・・・どこだった?最年少。」

 「私を見るな。」

 気を取り直して続きをと思ったが、寄り道をし過ぎたせいで、皆、記憶がこんがらがっていた。

 「ミサイルの映像が本物かどうかって所までです。」

 けれども松戸が覚えていた。

 「流石。若いな。」

 「いえ。お恥ずかしい話ですけど、今、聞かされるまでテレビ局が撮影したものだと思ってたんで、そうだったんだって印象に残ってただけです。あの日、どのチャンネルでも中継してましたし。でも、そうっすよね。戦闘機と一緒に飛べるとか宇宙まで上がれるとか、軍隊でも持っていないようなものをテレビ局が持ってる訳がないですもんね。」

 すかさず柳原が褒めると、彼は照れながらも覚えていた経緯を話した。

 「じゃ、忘れる前に戻るか。ワシは嘘だと思っとる。これは当時から言われていたことだが、日本が射程に入る常時発射可能なミサイルが二千発以上も存在していたとは到底思えん。」

 「いや、敢えてここは事実だったとして・・・夜明けからではなかったにしても、お日様が上っている間中、戦い続けるのって可能?」

 「緊張の場面とは言え、あの長丁場。操縦者保護機能を以てしても、操縦者の集中力か体力が持たん。」

 「その前に考えなきゃならないことが。2,500を超える目標を攻撃できないでしょ?」

 「当てるだけでいいなら理論上は可能だ。ただ、それはアサルトライフル等の弾の話になる。補給もなしに千発以上も荷電粒子砲を撃ち続けるエネルギーを持ったISは聞いたことがない。」

 整備士を巻き込んで議論が始まるが、それは白騎士事件が虚偽であったと言う方向へ進んでいく。

 この人数で意見が一致するのであれば間違いない。答え合わせと、皆、来栖を見た。

 だが来栖は、しばらくラウラをじっと見るだけで話さない。

 「な、何かあるのか?」

 「いや、否定の方向で進んだなと思って。と言うか、白騎士が長時間活動できてたのは事実だよ。それは自衛隊も見ている。じゃ、そのエネルギーを確保するにはどうするか考えてみて。」

 「・・・?簡単に考えれば外付けするか、補給キット*1を量子変換しておくかだが・・・。外付けしていたようには見えないし、補給キットからのチャージには時間がかかる。実戦向きではないな。他に・・・あっ!篠ノ之の絢爛舞踏があるか!」

 閃いたように言ったが、直ぐにあることを思いだしてテンションが戻る。

 「しまった。あれは第四世代の赤椿に搭載された技術だ。」

 でも、来栖が求めていたのはそれだった。

 「いや、合ってるよ。ついでに補足。第四世代型の定義は即時万能対応だ。絢爛舞踏があるからじゃない。で、話を戻すと、再現に成功した例は聞かないけど、仕組みを解析すれば絢爛舞踏は割と簡単に真似できる技術じゃないかな。じゃあ、絢爛舞踏って何かって話だけど、あれはほぼ間違いなく、ISで使用できない種類のエネルギーをISで使用できるエネルギーに変換する能力だ。事実、篠ノ之束はエネルギーを発生させるものとは言っていない。増幅、ないし増大させると言っている。ま、意味が変わってくるからこの表記揺れは困るんだけどね。・・・で、なぜそれの発動が精神状態に依存するかって話だけど、恐らく継戦能力の判定を精神状態で行っているんじゃないかな。」

 「つまり白騎士は、シールドエネルギーとエネルギーに供給するための発電機的な物を持っていると、そう見ているのか?」

 「可能性は否定しないけど、個人的には太陽光説を押す。あの日は異様なほど晴れてたし、日没前にいなくなったってのが、どうも引っかかる。」

 そもそもがラウラの質問から始まったことなので仕方ないのだが、ISへの理解が深い二人は細かいところを端折っていくものだから、整備員の面々はついて行けない。

 「質問。シールドエネルギーとエネルギーって別物?」

 たまらず谷原が質問をする。

 「別です。大まかに分類すればシールドエネルギーは制御や防御系統に、エネルギーは武装や駆動系統に使用するものです。一部例外機種のせいで、よく混同されますけど。で、シールドエネルギーの方が重要度は高くて、これが尽きるとISは状態を維持できなくなります。」

 「なるほど・・・。」

 分かったような、そうでないような。しかし、それ以上は泥沼にはまりそうな気がして、深くは聞かなかった。

 「となるとエネルギーは何となるのか。操縦者の方はどうなのだ?」

 次なる議題を振られた来栖は、指を2本立てた。

 「俺の知る限り、エネルギーの許す限りISを動かし続ける方法は二つある。一つは無人機。ただ、白騎士には人が乗っていたから、それはない。で、もう一つの方は・・・ラウラ。お前なら嫌なくらい知っているはずだ。」

 「嫌なくらい?」

 聞き返すや否や、来栖がスッと指差したのは待機状態のシュヴァルツェア・レーゲン。

 その意味に気が付いて、彼女は苦虫を噛み潰したような顔をする。苦痛を味わっている彼女にとって、それが事実であれば許しがたいことだ。

 「VTシステム・・・と?」

 静かに来栖が頷く。

 「先日の雪羅が白騎士に化けたのは、まさにVTシステムの上位互換と言えないか?ちょっと範囲を広げれば、『銀の福音』も含まれるかな。」

 「!!言われてみればそうだ。しかし、あれは・・・。」

 「タグマッチでの事件以降に起きているから、時系列的にはパクったように見える。でも、本当にそうか?」

 ずっと前から存在する技術。来栖にはそう思えてならない理由がある。

 「VTシステムの研究所が何者かによって破壊されたのは知っているか?」

 「あぁ、副官から聞かされた。・・・まさか、その犯人が篠ノ之博士と?」

 「それは、ある人に聞いているから間違いない。なぜ、そんなことをしたと思う?」

 「それは条約に・・・いや、大なり小なり、どの国も条約に反したISの研究・開発・運用を行っているから違うか・・・。何故、篠ノ之博士は手を出したのだ?」

 頭を捻るラウラだったが、一向に答えは出ない。

 「じゃあ、一歩戻って。VTシステムって、何で禁止になったと思う?」

 「あの非人道性を思えば妥当では?」

 「まあ、ラウラはそうだろう。でも俺が調べた限り、条約で禁止されるほどの実例が見つからない。タグマッチの一件を含めてね。寧ろVTシステムは、適切に扱えば新人の教育や戦術の研究に役立つ技術だと、そう思わないか?」

 苦しみを知るだけに負の側面ばかりに目が行き、条約で禁止されて当然だと思っていた彼女にとって、それは考えてもみなかったことだった。

 「何でもそうじゃないか。薬も飲み方を誤れば毒だし、包丁だって人を刺せば凶器だ。でも、だからって禁止とはならない。」

 苦しみを知るがゆえに個人としてのラウラは反対の姿勢を崩せないものの、軍人としての彼女は、その有用性を活用しないのは大きな損失と考えががらりと変わる。

 「それで思ったんだ。VTシステムの研究は、篠ノ之束の隠している、ISの根幹の一つを解明しうる研究なんじゃないかなって。」

 「その隠している物とは?」

 「ラウラなら分かるはずだ。VTシステムが何をするものか、考えてごらん。」

 「過去のモンド・グロッソの部門受賞者を模写するものだが・・・・・そうか。形態移行に似ているな。」

 ラウラの解答に、来栖は大きく頷く。

 「ISは戦闘経験を含むすべての経験を蓄積することで、より進化した状態へと自らを移行させる。IS基礎理論の蓄積経験に書かれてることだね。」

 「本来は稼働データを元に行うはずの形態移行を意図的に起こしている状態なわけか。しかし、それで不都合などあるのか?」

 「さあ?人の腹の中なんて分からないから。俺たちみたいな使用者からすれば、確実に動いてくれる物が良いけど・・・どう?松戸。」

 ふと目が合った松戸が話したそうにしていたので、来栖はパスを出す。

 「開発者視点で言うなら、データの母数は多い方が助かりますね。良い物を研究することも大切ですけど、数撃ってると時代の流れを変える様な物が出来ることもあるわけで。やっぱり開発者たるもの、そう言うのを作りたいわけですよ。」

 「なるほどな。・・・ならばISのコアを製造して母数を増やせばいいと思うのだが?」

 「管理しきれなくなったんじゃないか?実際、VTシステムでは後手に回ったわけだし。そう言えば、『全部を把握するのは無理』ってインタビューで言ってなかったっけ?」

 「違うぞ。『自己進化するように設定した部分があるから、全部を把握するのは無理』だ。」

 「あーっと、そうだった。悪い。」

 大きく意味が変わってしまう。来栖は間違いを詫びる。

 「そうか、自己進化か・・・。」

 直後、来栖が表情を曇らせる。

 「どうかしたのか?」

 「ちょっと怖いんだよね。どう転ぶか分からない訳でしょ?」

 「どう、とは?」

 「自己進化って事は、悪い方に転ぶ可能性も孕んでるでしょ?そうしたときに、話が戻るけどVTシステムみたいな物を生み出しちゃう事もありうるのかなと思って。」

 「そんなことは――」

 ない。ラウラはそう言い切れなかった。先日、京都で目の当たりにした篠ノ之束の人間性を思い出せば、自己進化と称して何かを仕込んでいても不思議ではないと、そう思ったからだ。

 「先生は、このままISに乗り続けても大丈夫だと思うか?」

 しばしの沈黙の後、ラウラがそう切り出した。しかし、如何に来栖がISに詳しいと言っても限度はある。

 「すまないが、それに付いては何とも言えない。確かにISの負の側面についての話を多くした。でも、ラウラ。たった467機しかないISがこれだけ持てはやされるのって、それだけISが優れているからだよね。だったら、信じて良いんじゃないかな。まあ、肯定の根拠がないのが痛い所だけど・・・。そして、これは俺の願望だけど、君の持ってきてくれる情報は頼りにしてるんだ。だから、出来ることなら乗っていてくれると嬉しいな。」

 「そ、そうか?・・・そうだな。先生のためにも、頑張るとするか。」

 来栖にとっては精一杯の励まし。だが明るく努めようとしているものの、その声色はどこか暗い。

 このまま帰すのは、あまりにも無責任だが、一方で来栖に手札はない。どうするべきか彼は困り果てた。

 「お父さーん!ってあれ?どしたの、この空気。」

 その時だった。ドアが勢いよく開き、優里香が入ってきた。

 「あれ?ラウラちゃん?さっき、織斑君が専用機持ちたちと食堂に向かってたけど、こんなところで油売っていいの?」

 「な、何だと?!嫁のやつ、浮気とは許さん!失礼する!」

 先ほどまでの迷いはどこへやら。言うが早いか、ラウラは目にもとまらぬ速さで帰って行った。

 「貸し一個ね~。」

 足音が完全に見えなくなると、優里香がそう言った。

 それはつまり、タイミングを見計らっていたことを暗に示していた。

 「・・・いつからいた?」

 「結構前・・・白騎士事件の話の終わりくらいかな。ナイスなタイミングだったでしょ?あ、勿論、食堂の話は本当だからね?」

 部屋に入った彼女は来栖の椅子に腰掛けて、そしてクルクルと数回転する。

 「助かったよ。」

 来栖は姿勢を崩し、大きく一つ息を吐く。

 「同性じゃないと言えないこともあるからね~。それより、今日は帰るよね?」

 「帰るけど?」

 「流石にさ、寒さに耐えきれなくなってきちゃって。コート持ってきて欲しいんだけど。」

 「あぁ、いいよ。白のか?」

 忘れないよう、手帳を取り出してメモの準備を始める。

 「言えなかったんだけど、あれ、見た目に反して結構寒くて。前の、紺でファーの付いたあれがいいな。」

 「紺の方・・・大分くたびれてるだろ。新調するか?」

 「んー・・・。」

 壁に貼られた勤務表を見る彼女は、難しそうな表情をする。

 「買いたいけど、休みが合わないね・・・。」

 「そうか。ま、行けるようになったら言ってくれ。」

 「了か~い。じゃ、今日はそれだけ・・・って、もうちょっと時間あった。・・・ま、いっか。約束あるから戻るね!」

 優里香も去って行った。

 「よし。やるか。」

 そうして空いた自分の席に来栖は戻り、京都での戦闘の情報整理に取りかかるのだった。

*1
原作にない装備。但し、原作2巻第三話にて織斑千冬が「エネルギーは満タンにしておけ」と発言しているため、補給方法は存在する

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