「またオフェリアさんが…」
「しかしマスター。今回は少し違うように感じます。オフェリアさんは望んで捕まったような」
落胆する藤丸に対してマシュは違和感を感じていた。ジークフリートも追跡せずにすぐにファブニールの元へと向かった。ゲオルギウスだけでは厳しいとはいえ引き際が良すぎる気が。
「竜の魔女も撤退しました。ここは他のサーヴァントに任せて体勢を整えられる前に追撃に出るべきです!」
「そうですが、まだファブニールが…」
「それは任せてくれ。その代わりにマスターを頼む」
「子犬、私もここに残るわ。どうやら私の客が来たみたいだからね!」
「おっと、こっちも最も会いたくない奴と会ってしまったじゃないか」
ジークフリートとゲオルギウスはファブニール。エリザベートはカーミラとアマデウスはサンソンとそれぞれ対峙し戦闘状態に入る。
「先に行きなさい。私も後から追いかけるわ!」
「ごめん、ありがとう!」
「では行きましょう!」
ジャンヌたちはジークフリートたちと別れるとオルレアンに乗り込むのだった。
ーー
「まさか自らこちらに来てくれるとは。洗脳は解けたと思ったのですがね」
「……」(解けてるけどね)
ジルの言葉にホッと一安心するオフェリアは礼呪を差し出す。
「さぁ、ジャンヌ。契約を」
「そうですね、セイバーは残念でしたがこの人形の必要性は分かりました」
先程、聖女との戦いは劣勢を強いられた。本来なら契約などしたくはないのだが自分の存在を賭けて戦う。負けは許されないのだ。
(んぐぅ!?)
オフェリアとジャンヌオルタは契約を交わした瞬間。全身に激痛が襲いかかる。怒り、悲しみ、憎しみ、膨大な負の感情が自分自身を蝕む。
(これは、ジャンヌオルタの中か!?)
苦しみ悶える。全身が焼けつくように熱いがなんとか耐えて立つ。
(怨念と憎悪の集合体かよ…)
本当なら声を上げてのたうち回りたいがギリギリ堪えられる。自分にこんな根性が座っているとは驚きだ。これなら男塾に行っても耐えられそうだ。
体の一部が酷い火傷のような痛みがある。
(思った以上に繋がりが深いかこれ…)
フィールドバックが思った以上に大きい。それどころかジークフリートとの繋がりも阻害されるレベルだ。
「良いですね。では私は迎撃に出ます」
「頼むわよ…ジル」
「はい」
ジルが玉座から去った後。ジャンヌオルタはこちらに向かって顔を向ける。
「貴方、ただの人形だと思ってたけど。中々、面白いじゃない」
「……」
「随分と高い器に入ってるみたいだけど。中身は腐った雨水みたい。あぁ、面白い」
(そんなお前は随分とぎっしり詰まってるな。まるで他の物を入れたくないみたいだ)
「…うるさいわ。燃やすわよ」
おっと念話が筒抜けだったようだ。まぁ、パスが繋がっているから当然なのだが。
(ごめんなさい)
謝る。素直に謝る、これが状況を悪化させない最短ルートだ。
「ふん、まぁいいわ。所詮は私のバッテリーですから…でもなぜ契約を結んだのです?」
(なぜとは?)
「正気に戻ってるくせに。なんで私と契約を結んだのよ」
(……)
「もしかして同情だとでも言うの?」
(同情なんてしないさ)
「っ……」
俺個人の考え方だが同情は侮蔑と同義だ。辛かったね、大変だったね、悲しいねなんて本当は分かってないくせに言う。当然、その言葉を使うななんて言ってない。でもそれを本当に辛い人に対しては言ってはいけないのだ。
(お前がフランスに賭けた思いも、裏切られた憎しみも火で炙られた苦しみも俺は知らないし理解できない)
「そうよ、私の憎悪は私だけのもの。誰にも理解されないし出来ない!」
(俺はこの百年戦争の目撃者でしかない。ただの読み手と同義だ)
「……」
(ジャンヌ・ダルクにはマスターがいる)
「あぁ、あのひ弱な男ですか…」
(俺はね、つまらない物語は嫌いなんだ。主人公側が一方的に強いストーリーなんて俺は嫌だ。だから俺はお前に頑張ってもらいたいんだよ)
「ははっ!これは滑稽だわ。自らの欲のために世界を滅ぼすと言うの!?」
(そうだよ、それはお前も同じだろう。だから俺としては最高の状態のお前がカッコ良くやられてくれるのを期待してるんだ)
「はっ!残念ですがそれは無理です。ふふっ、最高の舞台が整いましたね。貴方の絶望をじっくりと味わいながらこの世界を滅ぼしましょう」
上機嫌に嗤うジャンヌ・ダルク・オルタはオフェリアの首を掴む。
「貴方が心から絶望する様を見るのが楽しみね」
(全力で抗ってみせろ。ジャンヌ・ダルク・オルタ)
まさか自分と契約したマスターがこんな狂人で自分の死を望んでいるとは。憎悪を背負う私には相応しい。その綺麗な顔が絶望に歪む様は実に面白いだろう。
ーーーー
「とうとうここまで辿り着いてしまったのですね。ジルはまだ生きていますが足止めされましたか」
「竜の魔女…」
玉座にて堂々と椅子に座るジャンヌオルタ。その傍らにはオフェリアの姿もある。ジルは追い付いてくれたエリザベートと清姫がなんとか対処している。
「まぁ、良いでしょう。こちらも準備は整っています」
「貴方に伝えたいことを伝えろ。これはマリーの言葉です。それでも一つだけうかがいたいことがありました」
「今更、問いかけなど」
「極めて簡単な問いかけです。貴方は自分の家族を覚えていますか?」
「え…」
「ジャンヌさん?」
(そうだよ、ジャンヌオルタは…)
ジャンヌの予想外の問いかけにオルタだけではなく一緒にいた藤丸やマシュたちも疑問符を浮かべる。その答えの真意を知っているのはオフェリアだけだ。
「ですから簡単な問いかけだと申した筈です。戦場の記憶が強烈であろうと私はただの田舎娘の方が遥かに多いのです。心の闇の側面だとしても放歌的な生活を忘れられる筈がない。いえ、忘れられないからこそ裏切りや憎悪に嘆き、憤怒したはず…」
「私は…」
「記憶がないのですね」
記憶がない。それによって証明される事実はただ一つ。だがその答えは口に出さない。
「それが、それがどうした!記憶があろうが無かろうが私がジャンヌ・ダルクであることに変わりはない!」
「確かにその通りです。あなたに記憶があろうが無かろうが関係ない。けれどこれで決めました。私は怒りではなく憐れみを持って貴方を倒します」
ジャンヌの物言いにオルタは怒りを持って突き返す。
「黙れ!絶望が勝つか希望が勝つか。殺意が勝つか憐れみが勝つか、この私を越えて見せるがいいジャンヌ・ダルク!」
(くっ…)
ジャンヌオルタは全力を出すために魔力をオフェリアから吸い上げる。その度に体から火傷の痕が残る。それどころか目の前に立つジャンヌが憎くて仕方なくなる。
デオンの時とは違う、ジャンヌ・オルタの霊基がこちらを喰い尽くそうと襲ってくる。単純な力による精神汚染。
高い場所にある水が流れ込んでくるように暴れ出るオルタの中身がこちらに流れ込んでくる。
(俺が正気を保てるかが問題だな)
ジャンヌ同士が激しくぶつかり合う中。オフェリアは苦しそうに胸を押さえる。完全に雁夜状態なんだけど!めちゃくちゃ痛いんだけど!
(うん、柔らかい)
どこがとは言わないからね。
ーー
「喰らえ!」
繰り出される業火の炎。マシュはそれを防ぐと大きく飛ぶ、炎の中から現れた彼女は盾を振るうがオルタの旗で打ち返される。それと同時にジャンヌは下から旗で攻撃する。
上と下からのほぼ同時攻撃だがオルタは剣を逆手に持つと旗を防ぎ払う。
「ちぃ」
「やはり強力ですね。オフェリアさんと契約し、さらにパワーアップしたようです」
「竜の魔女を倒せばオフェリアさんは助けられます。ここが正念場ですよ」
「オフェリアさん…」
苦しそうにしている彼女を見ているのが辛い。だがここで弱音を吐いてはダメだ。彼女はこんな平凡な自分を立ててくれた何も出来ない自分を信じてくれた。マシュのように、だから彼、藤丸立香は前を見据える。彼女の信頼に少しでも答えるために。
ーーーー
(くそっ、本当に遠慮なしに暴れやがって!)
先程から何度気絶してるか。痛みで気絶して痛みでまた目が覚める。地獄のループが続いてる。雁夜おじさんの気持ちが今になって分かった気がする。
なぜジャンヌオルタに加担したのか、正直分からない。だがそうするべきだと。いや、そうしたいと俺が思ったからだ。
それに藤丸には成長してもらわなきゃならない。
(俺というイレギュラーが一番怖いんだよ…)
意図せずとはいえ、重要なポジションにイレギュラーが発生した。もしもの時は自分は死ななきゃならないかもしれない。
なぜオフェリアなのか、じゃあ第二部はどうなる?ゲッテンベルグは?そしてオフェリアの意思はどこにいった。今まで考えようとしなかった疑問が湧いてくる。
意識が朦朧としている中、ジャンヌ同士の戦いは決着を迎えようとしていた。
「ええい、魔力を回せ!これは憎悪によって磨かれた我が魂の咆哮、
ジャンヌオルタの魔力によって形成された呪いの槍が降り注ぐ。
「敵宝具。来ます!」
「任せてください!我が旗よ、我が同胞を守りたまえ!
聖女が掲げる旗が輝く。その輝きはマシュや藤丸たちを包み呪いの槍から守り抜く。
「まだよ!」
これはまだ想定の内。ジャンヌの護りが解除される瞬間、それは決定的な瞬間になる。そこを突いて攻撃を加えるために渾身の力で剣を振りかぶる。
「まだ私がいます!」
ジャンヌの前に立ち塞がったのはマシュ。
「宝具、展開します……!仮想宝具 疑似展開/
「くっ!」
オルタの渾身の一撃が防がれる。剣をかち上げられ体勢が崩れる。
(この私が…やられる!)
「はぁぁぁぁぁ!」
ジャンヌは雄叫びと共に旗を振るう。旗の先端につけられた刃を槍の要領で鋭く踏み込み
「うぐぅ!」
「………」
「そんな、馬鹿な。ありえない、嘘だ」
旗で貫かれたオルタはその旗が引き抜かれる痛みに耐えながら言葉を漏らす。
「だって私は聖杯を所有しているはず。マスターも手に入れた、聖杯を持つものに敗北はないそのはずなのに!」
怒りの慟哭が玉座に響き渡る。
「おぉ、ジャンヌ。ジャンヌよ、なんと痛ましい姿」
「ジル…」
苦悶の表情を浮かべながら倒れていくオルタを支えるようにジルが静かに現れる。
「このジル・ド・レェが来たからにはもう安心ですぞ。さぁ、安心して眠りなさい」
「でも、私はまだ、まだフランスを滅ぼせては」
「それは私が引き受けます。貴方が死ぬはずがない、貴方は少し、少しだけ疲れただけ。瞼を閉じて眠りなさい、目覚めた頃には全て終わらせております」
「そう、そうよね。ジル、貴方がやってくれるなら安心して…」
まるで親子のような光景。復讐に彩られたオルタでさえもジルは必要な存在で、信頼を置ける人物であった。そのような人物の言葉に彼女は安堵の表情を浮かべて体が消滅する。
ーーーー
(逝ったか…ジャンヌ)
過剰とも言える負荷から解放されたオフェリアは膝から崩れ落ちる。
「オフェリアさん!」
ジルとジャンヌが問答をしている間。藤丸は倒れるオフェリアを抱き抱える。
「バイタルが危険域に達してる。すぐに治療をしよう」
「どうやって!?」
明らかに呼吸など様子がおかしいオフェリアに対してロマンは通信越しに指示を出す。
「落ち着くんだ藤丸くん。マシュにも来てもらって」
「先輩、失礼します!」
マシュはオフェリアのボロボロになった衣服を解放させる。それを見て彼は男として目を背ける。
「これは…」
「恐らく、闇の側面のジャンヌ・ダルクと契約した際のフィードバックだろう。火刑の際の心象風景が彼女の体に出てきてるんだ」
オフェリアの透き通るような肌の所々に浮かび上がる痛ましい火傷の跡。それを見たマシュと藤丸は言葉を失う。
「治療で消せるから大丈夫だよ。それより、僕の指示にしたがって」
「分かりました」
マシュと藤丸は拙いながらも必死になってオフェリアの治療に専念する。簡易的だが治療を完了させた二人は話し合いを終えたジルと対峙するのだった。
ーーーー
ーーー
ーー
ー
結果を述べれば勝った。それは静かな悲しみと共に勝利を納めたジャンヌたちは無事に最初の特異点を突破したのだった。
「立香さん。守ってあげてくださいね、その方を。私には分かる、彼女は死に急いでいる。貴方が繋ぎ止めてください」
ジャンヌは最後にその言葉を残して黄金の粒子と共に消えていく。その言葉に藤丸は静かに頷く。
「ではこちらもレイシフトする。藤丸くん、彼女をしっかりと意識してるんだよ」
「分かりました」
藤丸はしっかりとオフェリアを抱き抱えるとレイシフトに移行する。最初の特異点を乗り越え、彼の表情は本の少しだけ頼もしいものになっていた。
邪竜百年戦争オルレアン 定礎復元