第9話
草木の薫る清々しい光景。視界一面に広がる草原は素晴らしいの一言につきる。まぁ、転移予定のローマ首都ではなく何もない丘陵地帯にレイシフトしてしまったことはこの光景に免じてやろう。
『あれ、おかしいな。こっちも確認したよ。転送位置は確かに固定した筈なんだけどな』
「フォーウ、フォーウ!」
ポンコツロマンを他所にマシュのマシュから出現したフォウがオフェリアの周りをくるくるする。
うむ、愛らしい奴め。どれ、余が愛でてやろう(ネロ風)
「フォーウ!」
表情を一切変えずにフォウをモシャモシャするオフェリア。少し乱暴に見えるがフォウ本人はこれがちょうど良いようで喜んでいる。
「では時代は?」
『時代は間違いないよ一世紀のローマで間違いない』
空の謎の輪のせいで転送座標がずれた可能性もあるがそこらはよく分からん。
「マスター、聞こえるか?」
(なにがだ?)
「戦闘の音が聞こえる」
「僕も聞こえるよ。多人数戦闘の音がね」
(付近で戦闘が行われてるのか)
あぁ、確か序盤はそんな感じだったような気がする。なにせ大分前にやったものだから細かいシーンは記憶から呼び起こすのが辛い。
その状況を藤丸たちに報告し駆けつける。そこに居たのはローマ軍の兵たちが戦っている。
(やっぱりネロか!)
少数対多数の戦闘にて少数隊を率いている真紅の女性。
(ジークフリート、デオン。援護するぞ!)
「分かった!」
「了解だ、マスター!」
脇目も振らずに多数隊の方へと突撃する三人。その行動の迅速さに藤丸たちも驚く。
「ドクター、オフェリアさんが突撃しました!」
『えぇ!?彼女ってそんなキャラだっけ?むしろ戦いを諌める方じゃないの?』
「マシュ、清姫、僕たちも行くよ!」
「え、はい!」
「喜んで!」
急いで現場に向かう三人。彼らはすぐに追い付き戦闘に参加するのだった。
ーー
「剣を納めよ、勝負あった!そして貴公たち首都からの援軍か?すっかり首都は封鎖されていると思っていたが。まぁ、よい誉めてつかわすぞ!」
難なく隊を撃退したオフェリアたちの元に指揮官は満面の笑みを浮かべながら近づいてくる。
「元敵方でも構わぬぞ、余は寛大ゆえに過去の過ちはゆるす。それ以上に今の戦いぶり、評価するぞ。少女が身の丈ほどの武器を振り回す。うん、実に好みだ!」
こっちに来るやいなやトークが止まらない指揮官。
(生ネロや!)
「そしてそなたも。よい騎士を連れているな、男女ともに美形の騎士とは見所がある。もちろんお主も美しい、なんとも言えぬ倒錯の美とはこのこと。よいぞぉ、余とくつわを並べて戦うことを許そう。至上の光栄によくすがいい!」
そう、この人物こそ。後に暴君として名を馳せる薔薇の皇帝、ネロ・クラウディウス本人である。
(すげぇ、生ネロや!)←語彙力の崩壊
精神的に余裕がある状態でのこの登場はかなり興奮する。というより興奮している。
(まぁ、ともあれ。ネロと交流できたのは幸いだ、今回は彼女と行動を共にするのが当たりだ)
見たところネロもこちらに対しての印象は良い。報償もくれると言ってきているあたり、決して悪いものではないだろう。
「ところでお前たち。異国の者で間違いないのだろうが、何処の出身なのだ?ブリタニア……ではないな。東の果て……というわけでもなさそうだ」
(オールハイル。ブリタニアぁぁぁぁぁ!)
「どうしたんだいマスター?」
(いや、なんでもない…)
突然、オフェリアが右手を空に向けて突き出すのを見て控えていたデオンが思わず驚く。ジークフリートも不思議そうにこちらを見ていた。
(溢れ出る◯ードギアス愛に突き動かされました)
脳内の若本さんが大暴れしたのは仕方ないよね。
FGOは文句なしに大好きだが残念ながら完結はしていなかった。どうせなら最終回から外伝までみっちり見ていたコ◯ドギアスに転生したかったかも…。
ー(異世界)ー
「へくちっ!」
「どうされました白蛇さま?」
「いや、なんでもない」(風邪かな?)
ーーーー
「カルデアという所です」
「カルデア??」
(正確には南の果てなんですけどね…)
ネロの質問に藤丸が答えると彼女は変な顔をする。恐らく、記憶の中からカルデアというワードの国を探しているのだろう。
「お話は後です。敵の第二波が来ました!」
そんな時、敵の第二波が到着。手早く片付けると一騎のサーヴァントが姿を表す。
「我が、愛しき…妹の子よ」
「伯父上!」
そこに現れたのはカリギュラ。ローマ皇帝の一人でありネロとは親戚関係に当たる人物。だが彼は理性を失った狂戦士、話が通じるとは思えなかった。
(とにかく、バーサーカーは一回倒して大人しくさせるしかないな。ジークフリート、デオン!)
「よし」
「承知した」
二人はカリギュラの迎撃に向かい。追随する兵士たちは清姫とマシュが迎撃する。
「峰打ちで行きます!」
「私もしっかりと峰打ちしますわ」
炎で峰打ちとは?
ーー
「なぜ捧げぬ。なぜ捧げられぬ…」
「なんとか退いたようだね」
なんとか撃退したカリギュラの軍勢を見てデオンは一息つく。最後の辺り、清姫は藤丸の視界の外で持っていた鉄扇で必死に兵士を殴っていた気がしたが気にしない。
「峰打ちと言うのは大変ですわ」
「その血……」
返り血をどっぷり被っていた清姫は静かに持っていた手拭いで綺麗に拭き上げる。真っ赤な彼女に思わず声を出したジークフリートはオフェリアとデオンが静かに制する。
そしてネロの自己紹介と共にロマニがネロが女性であったことに驚く。それを端から聞いていたオフェリアは静かに思う。
(歴史なんて信用ならねぇ…)
ーー
(皆さん、ローマですよ!あのローマ帝国が目の前にぁ!)
ネロの案内でローマに入った一同。ローマ帝国といえば、歴史を知らぬ者も一度は耳にするであろうフレーズ。
(おぉ、テルマエだ。テルマエがある)
ローマと言う国家が日本で知れ渡る切っ掛けと言えば最近ではテルマエ・◯マエだろう。あの舞台はネロ時代より少し後だけど。
言ってもネロは五代目皇帝でテルマエのハドリアヌスは一四代目皇帝だから結構後の話だったりする。そう言うのをかんがえて見てみるとテルマエが民衆の心の支えというのは納得のいく話である。
(ネロってかなりの暴君ってレッテルがあるけど彼女を見てるとそんな感じは一切しないんだよなぁ)
王という立場がどれだけのものかは分からない。王のあり方がその時代によって異なるように同じ王なんていない。答えなんてない道を走り続けなければならない者は後の時代でしか評価されない。
(頭がパンクしそうだ…)
自身の思考能力ではここらが限界だ。いくら高性能な頭を貰っても使う人間がポンコツでは本来のスペックを発揮できないのは悲しい現実である。
「そう小難しい顔をするな。せっかくの美人が台無しではないか…ほれ、この林檎を食べよ」
(どうも)
頭を使うのは苦手だが甘いものは大好きだ。明らかに体に悪そうな砂糖たっぷりの菓子もたまらないが果実の甘さはなんとも言えない。大きな口を開けて林檎にかぶりつく。
(うん、美味しい)
現代の林檎に比べたらたいして甘くないがこの染み渡るようなほんのりとした甘味はなんか懐かしく感じる。この素朴な林檎を余すこと無く食べ尽くしている間に藤丸やマシュたちがネロと話を進める。
(こう言う時に話せないとボロがでなくていいよな)
オフェリアに憑依してるなんて言ったら何をされるか分からない。だから黙っていたのだが…まぁ、察せられないように必死にやるしかないか。
第二特異点を軽く説明するとこうなる。正史側はもちろんネロの古代ローマ帝国。対して特異点となっている原因は連合ローマ帝国と呼ばれる謎の国家。複数の皇帝がいるらしいがそのメンバーはおいおいと話そう。
まぁ、つまり広大なローマ帝国の領域内で二つのローマが戦っていると言うことになる。
ネロの目的は連合ローマ帝国の崩壊、そしてこちらは連合ローマが保有する聖杯の回収。利害は一致している。こっちはネロのローマの客将として編入されることとなった。
ーー
「うむ、話せぬのは不便よな。まぁ、飲むがよい!これは歓迎の宴だからな!」
首都に襲いかかった奴等を撃退すると宮廷にはローマの豪勢な料理が並べられ当のネロはワインを片手に待っていた。そこからは宴だった。
(旨いけどワインって…)
言っても転生前は未成年なので酒の飲み方なんて分からない。ネロにガッチリ捕まったオフェリアは促されるがままに飲まされていく。
「大丈夫だろうか」
「そうだね、すごい勢いで飲まされてるけど。まぁ、酒なんて吐いた分だけ強くなるからね」
「いや、そういう問題ではないのだが…」
明らかにヤバそうな飲み方をしているマスターを心配そうに見つめるジークフリート。対してデオンはワインを片手に優雅に食事を楽しんでいた。まぁ、デオンはデオンでしっかりと線引きを弁えている筈なのでジークフリートには何も出来なかった。
「ますたぁ~」
「うん、なに?」
「こちらのお肉、美味しいですよ」
「そうなんだ、ありがとう」
「オフェリアさん…明日に響かなければ良いんですが」
(あひゃひゃひゃひゃ!ワインって美味しいなぁぁ!?)
絶対に響く。
ーー
「うむ、流石に酔ってきたな。オフェリアは本当に聞き上手だな、気に入ったぞ!」
(へぁ……)
ボトルが何本か空になるとやっと解放されるオフェリア。外から見ればいつも通りなのだが思考能力は崩壊し意識は完全に混濁していた。
「オフェリアさん。大丈夫ですか?」
(………)
「オフェリアさーん…」
(………)
心配になって呼びに来た藤丸。だが案の定、完全に酔い潰れていたオフェリアは反応を寄越さない。
「藤丸くん。マスターを部屋まで運んでくれないか?」
「え、でも…」
困っていた藤丸にそっと囁いたのはデオン。
「僕たちは明日について話し合わなきゃいけないから。明日は最前線だ、君もゆっくり休んでくれたまえ」
「分かりました」
優しく微笑むデオンに後押しされて頷くとオフェリアの体を慎重に触る。
「そうそうここを持って、相手はレディだ。丁重に扱うんだよ」
「は、はい!」
オルレアン時はマシュが彼女を運んでいたので女性を抱き抱えるのは初めてだ。改めて考えると彼女の体はとても軽く、柔なものだった。
(こんなに軽いのに…)
話せないとはいえ、寡黙で冷静な判断を降す彼女は遠い存在に感じるがこうして触れていると彼女も一人の女性なのだと感じさせられる。
兵に案内された部屋にたどり着くと静かにベットに寝かせる。するとロマニから通信が飛んでくる。
『藤丸くん。すまないけど彼女に解毒の術符を張っておいてくれないか?』
「え、どうしてですか?」
『単純に酔いを覚まさせるという意味もあるんだけどね…実は』
『ローマのワインは現代とは少し違うんだよ!』
ロマニの話に割って入ったのはダヴィンチちゃん。彼女?は意気揚々と話を続ける。
『古代ローマもギリシャ以降の伝統として続くワイン文化を継承していたのは有名な話だよ。現代ではワインのイメージは当然イタリアだ!そしてこのローマでもイタリアワイン系列なんだよ。現代でもイタリアワインはフランスと違ってコスパの良い手軽に飲める品種がほとんどで世界一位の生産量を誇っている!』
ダヴィンチちゃんのイタリア押しに気圧される藤丸。なんだか既に話が脱線しているようだが肝心のロマニがダヴィンチの押さえつけられモニターから弾き飛ばされているので話を遮れない。
『ローマのワインは海水、蜂蜜、ハーブ、スパイス、他にも果実類を加えて、ワインカクテルを楽しんでたんだ。娯楽に手を抜かないローマらしいね。まぁ、そのワインに色々と加えていたんだけど。よく使われていたのはサパさ。ワインが甘くなる、殺菌作用もあり保存も効くとして重宝されていたんだどそれが問題でね』
「なにか不味いんですか?」
『サパはブドウ汁を鉛で仕上げた青銅器の鍋で煮詰めるんだけど、そのレシピには《鉛の容器で煮詰る》という決まりがあってね。ここで生成されるのは鉛化合物の一種さ。それは鉛中毒の原因にもなってね』
『まぁ、彼女もワインを大量に摂取したからね。念のために解毒しておこうと言うわけさ!』
復帰したロマニが画面に戻ってくると説明を切り上げる。
「分かりました」
そうすると藤丸はウエストポーチから渡されていた術符を取り出すとオフェリアに張り付ける。
『ダメだよ藤丸くん。ちゃんと肌に張ってくれたまえ』
『ダヴィンチちゃん…』
「え、でもそれは…」
『なにを躊躇っているんだい?これは治療だよ。』
「うっ……」
藤丸はベットで寝ているオフェリアを見てたじろぐ。彼は青春真っ盛り、女性の服を剥くというのに抵抗があるのは当たり前だ。しかも相手はかなりの美人。意識しないというのは嘘になる。
『別に…』
『しっ!』
ドキドキしている藤丸をモニターしていたロマニが無粋な事を言い出しそうだったので口を押さえるダヴィンチ。
『ほら、救急行為や治療時のセクハラは法律的にはノーカン!さぁ、いくんだ!』
「うぅ…」
意を決して彼女の服を剥く藤丸。無難にお腹辺りに張ろうと捲ると痛々しい火傷の跡が綺麗だった筈の肌に広がっているのを見て言葉を失う。
「オフェリアさん…」
一瞬、泣きそうになるがそれを堪える。泣いている暇なんてないんだ。彼女が体を張って示してくれるならその期待に答えなければ。
「僕は貴方を守れるぐらい強くなれますか……」