【完結】謡精は輪廻を越えた蒼き雷霆の夢に干渉する   作:琉土

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第六十六話

 俺は今ミチルの部屋に居る。

 ノワから聞かされた話から、俺は覚悟を決めていたつもりだった。

 ミチルが能力者(バケモノ)だった事を。

 だが、この光景を見て俺は反射的にボーダーを構えそうになった。

 

 その事に俺自身驚愕した。

 …俺は今何をやろうとした? 何故俺は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!()?()

 この事にノワもロロも気がついており、俺に対して声を上げて止めてくれなければ、

俺はミチルに対して取り返しのつかない事をしでかす所だった。

 

「いけません、アキュラ様!」

『ダメ! アキュラ君!』

「……っ! 助かった、ノワ、ロロ」

 

 幸いミチルは俺に対して背中を向けていたので、俺の愚かな行為を目撃する事は無かった。

 …ミチルは今、俺に背を向けて泣いている。

 ノワはミチルが俺が何をやっているのかを知っていると言っていた。

 そう、俺が能力者(バケモノ)をこの世界から殲滅しようとしている事を。

 

「…何時からだ? ミチルは何時からこうなったんだ!? ノワ!!」

「…今日の夜からでござます、アキュラ様…ミチル様は私を呼び出し、今の姿を見せ、

誰にもこの部屋に入れないようお願いをされたのです

何分急に起こった事でしたので、アキュラ様にも勘付かれる程に動揺してしまいました

…この事は私の一生の不覚であります」

 

 だからミチルは泣いているのだろう。

 自身が俺の言う能力者(バケモノ)になってしまった事を知ってしまったから…

 そして俺達はミチルの居るベッドに近づいた。

 ミチルはそれに気がつき、こちらを振り向いた。

 

 その表情は目が真っ赤に腫れ上がっており、未だ流れる涙が止まっていない。

 俺を見つめるその瞳はどこか諦めたかのように絶望に染まり、光が無くなっていた。

 そしてミチルはその身を浮かせ、俺の元に近づいてきた。

 まるで死刑が確定し、これから執行が行われる事を知った死刑囚の様に…

 

「ミチル…」

「アキュラ君…」

 

 俺とミチルはお互いの名前以外にかける言葉も思いつかず、見つめ合っていた。

 …俺があの欠片をミチルの部屋に持ち込んでもう一年が過ぎていた。

 ミチルはその間、ノワが組んだ専用の教育カリキュラムをこなした。

 そのお陰で背も体付きも年相応となり、俺から見ても美しく、綺麗に成長していった。

 

 俺はそんなミチルの成長を自分の事の様に喜んだ。

 日に日にやせ細っていく姿を今までずっと見て来たからだ。

 そして笑顔も増え、最近では俺の前で歌を披露してくれるようになった。

 そんな事を俺が考えていたら、ミチルは覚悟を決めた表情をし、

涙を止め、目に光を取り戻し、俺に意を決して話しかけて来た。

 

「アキュラ君…もうノワに話を聞いたと思うけど…

私、アキュラ君が何をやっていたのかをロロを通して知っていたの

アキュラ君がお父さんの意思を引き継いで能力者をやっつけている事を」

「…………」

「だからお願い…私を…()()()()()

「……っ!! ミチル、お前は何を言って…!」

「私はね、これ以上アキュラ君の足手纏いになりたくないの…

アキュラ君にはやりたい事を優先して欲しいから…

それに、私はアキュラ君の言う能力者(バケモノ)なんだよ?

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?()

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?()

だからいっそ、アキュラ君の手で、私を…殺して…」

 

 ミチルは…俺に殺されたがっている…

俺は腰に装備していたボーダーを手に取り、悲壮的な笑顔のミチルに対し銃口を突きつけた。

 ロロもノワも、それを黙って見ているだけだった。

 普段ならば間違いなく二人は俺の愚行を止めるはずだが、

これはミチル本人が望んでいる事だったが故に黙って見ている事しか出来なかった。

 

 …そうだ、俺は何を迷っている。

 亡き父さんの遺志を継ぎ、能力者(バケモノ)を殲滅する。

 それが俺の目的であり、決意だったはずだ。

 それに、ミチルは俺のその意思を知り、こうして命を差し出そうとしている。

 

 ミチルは俺の付きつけた銃を黙って見つめている。

 迷う事など無いはずだ。

 その引き金を引くんだ。

 そうすれば、能力者(バケモノ)はまた一人この世界から居なくなる。

 

 …俺の銃を持つ両手が震えている。

 引き金が、未だかつてない程に重い。

 いや、ビクともしない。

 視界が滲み、震えがますます酷くなっていく。

 

「…アキュラ君、迷う事何て無いんだよ? 私はこの一年間、とても楽しく過ごせたの

アキュラ君が居て、ノワが居て、ロロが居て…私は、楽しい思い出を一杯皆から貰ったの

それに、私は必ずいつかは死ぬ…それが早くなるだけだよ?

どうせ死ぬのなら、アキュラ君の手で逝きたいの

そうすれば、私はアキュラ君の心の中でずっと生きていられるから…

だから迷わないで、その引き金を引いて!」

 

 …俺の決意はその程度の物だったのか?

俺の父さんの遺志を継ぐその決意(殺意)は、こんな物だったのか?

たかが妹が能力者(バケモノ)だった程度で、この決意(殺意)を捻じ曲げるのか?

ミチルだって俺の決意(殺意)に準ずる覚悟を持っていると言うのに?

 

 俺はそう思い、ビクともしなかったはずのボーダーの引き金を少しずつ引いていく。

 …あと少し、あと少しでこの引き金を引ける。

 俺は父さんの意思を継ぐことが出来る。

 俺はこの手でミチルを殺す事が…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(化け物め…)

 

 あと少しでその引き金を、撃鉄を下そうとしたその瞬間、奴の…

ガンヴォルトのあの時俺に言い放った言葉が脳裏を過った。

 ……っ! 違う! 俺は化け物なんかじゃない! 俺は人間だ!

能力者(バケモノ)が、俺を化け物と呼ぶんじゃない!!

 

(お前は化け物なんだよ! アキュラ!

化け物というのはその決意(殺意)を持つだけでなれるものなんだ!!

それもお前はその決意(殺意)に完全に身を委ねている…! もはや人間ですらない!!)

 

 決意(殺意)に完全に身を委ねているだと…!

人間ですら無いだと…! ガンヴォルトめ! どこまで俺を侮辱すれば…!!

 この時、偶然ミチルの後ろにあった鏡に映った俺自身を見た。

 そこに映っていたのは、それこそ奴の言っていた通りの…

決意(殺意)に完全に身を委ね、人間である事すら捨てていた、能力者(バケモノ)にも劣る畜生以下の姿だった。

 

(…これが、俺なのか? こんな…こんな醜い姿をしていたのか? ミチル達の前で?)

 

 そして俺は横を向き、ロロとノワを見た。

 ノワはいつも通りの無表情のままであったが、その両手からは血が垂れており、

爪が肌を食い破るほどに掌に力を込めて自らを自制していた。

 ロロはビットを展開しており、俺を止めようとしていた。

 

 ロロには俺を守る様にプログラムで縛っている。

 故に、俺を傷つけたりすることは出来ない為、ビットを展開するまでで済んでいる。

 …機械であるはずのロロは泣いており、その姿は今の俺よりもずっと人間らしかった。

 その涙が流れていた理由は、見るに堪えない姿をした俺がミチルを殺そうとしていたからだ。

 

 そして俺は、再びミチルを見た。

 ミチルは宙に浮き、体を大の字に広げ、俺のもたらす弾丸()を受け入れようとしていた。

 その表情は覚悟を決めた時のままの悲壮的な笑顔のままであった。

 だがその両目は、収まっていたはずの涙が流れていた。

 

 …俺の決意(殺意)と憎悪の炎が急速に冷えていくのを感じる。

 亡き父の、能力者(バケモノ)を滅ぼす決意(殺意)を継ぐ意思と、今を生きるミチルを守る意思…

 どちらが大事なのかなど、初めから分かっていた。

 だが、俺はガンヴォルトの言う通りに、

決意(殺意)に完全に身を委ね、畜生以下へと堕ち、ミチルを殺そうとした。

 

 …俺は震えながら両手に持っていたボーダー(父の意思)を捨て、ミチルを抱きしめた。

 ミチルはそんな俺の事を…銃を突き付けていた俺の事を黙って抱きしめ、頭を撫でてくれた。

 そんな俺達にロロは飛び込んできて、俺に抱き着き、その涙で俺の背中を濡らしていた。

 ノワはその場を動かなかったが、その瞳には、本当に珍しく一筋の涙が零れていた。

 

(神園博士…アキュラ様はこの時を持って、とても大きく成長なされました

ミチル様が覚悟を決めてその身をアキュラ様に捧げようとした事で、

貴方の持っていた能力者に対する憎悪を、呪縛を乗り越えたのです

ですが…その決定的な引き金は、皮肉な話ですが、アキュラ様のライバル…

蒼き雷霆(アームドブルー)ガンヴォルトの言葉が届いた事によって引かれたのです)

 

 俺はそんな事を考えていたノワの事等露知らず、

ミチルの俺の髪を撫でる手付きに身を委ねていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『結局、能力者を狩るのはやめないんだね? アキュラ君は』

「当然だ…但し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

『じゃあさ、ガンヴォルトの事はどうするの?

ミチルちゃんに銃を撃たなかったのは、あいつのお陰だろ?』

「…奴とは必ず決着をつける…二ヵ月前にノワ経由で伝えはしたが、

あの時の事を俺自身が直接話した上で、

今までの俺達の積み上げて来た集大成を、ガンヴォルトにぶつけるつもりだ…

…その結果が、例え敗北であったとしても、俺に後悔は無い」

『アキュラ君…その事を、ガンヴォルトが了承するとは限らないと思うけど…』

「…何故だか分からないが、俺はガンヴォルトが必ずそうしてくれると言う確信がある

もしダメだったら…その時はその時だ、またノワ達と一緒にその方法を考えればいい」

『全く、随分と甘くなりましたね…

あの時のアキュラ様とは完全に別人になったかのようです…そう思いませんか? ミチル様?』

『ふふ…そうだね、ノワ…アキュラ君はあの時からずっと優しくなって、魅力的になったと思う』

「ノワ、それにミチルも、言ってくれるな…あの時の俺の事は今すぐにでも忘れて欲しい」

『全力でお断りさせていただきます、アキュラ様』

『私も全力でお断りさせていただいます、アキュラ君♪

…ねえ、アキュラ君…私がこの力、電子の謡精(サイバーディーヴァ)の力が戻ったのは、

正体不明の能力者さんの力が、私の持っていた力と近い性質をもっていたからなんだよね?』

「二人共…全く、少しは俺に遠慮と言う物をだな…

…そうだ、そしてその力がUSドライブを通じてミチルに蓄積し、

その力が能力因子のコアとして機能するようになった…これが事の真相だ」

『私…その人に会って見たいな…それで、その人にお礼を言うの

私に声を戻して、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

そして、優しいアキュラ君にしてくれた切欠を与えてくれてありがとうって』

「…俺は優しくなどないぞ、ミチル」

『アキュラ君、僕の目から見ても照れちゃってるのを誤魔化せてないよ!』

 

 そうミチルに反論した俺だったが、ロロにも誤魔化せていないように、

かつての俺よりもずっと甘くなってしまった自覚があった。

 この時の俺の両手には()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()

ロックオン機能を追加したボーダーⅡと、

赤くX字に輝く、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()新型のエクスギアがあった。

 

 その身にはかつて装備していたメガンテレオンでは無く、

今では十全に使いこなせるヴァイスティーガーを身に纏っていた。

 そして俺はフェザーと共に、

電子の謡精(シアン)救出ミッション」へと参加する事となったのであった。

 総てはガンヴォルトに生き残ってもらい、その後、奴との決着をつけ、

能力者となったミチルを俺の手で守る為に…




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。
ここ以降は独自設定のオマケ話みたいな物なので興味の無い方はスルーでお願いします。




※ミチルが電子の謡精(サイバーディーヴァ)の力が戻っていたのにも関わらずに皇神に狙われていない件
USドライブの出力が上がる前にロロへの調査が終わっており、
それと同時にミチルへの皇神のマークが完全に無くなった事で狙われずに済んだのです。

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