彰義は街の中にいた。
この時代の街は四方が城壁に囲まれているものが一般的で、彰義がいるこの街も城壁で囲まれている。街の中央の大通りを中心に細い道がいくつも伸び、大通りはかなり賑わっていて露店や行商の者も沢山いた。
しかもこの街は并州の州勅である丁原がいるため治安もかなり良かった。
そんな大通りにある食堂の一角に彰義はいた。
人気のある食堂のようで、昼時という事もあって二十人程入れそうな店内は満席に近い。
ウェイターらしき女性が一人忙しそうに店内を歩き回り、店の奥からはいい香りが漂っていた。
彰義達は出入口に近い席をとっていて、彰義の向かい側には張燕が座り、その隣には青い髪の女性がいた。
「ふむ……では彰義殿は異界から来たと?」
青い髪をした女性――趙雲が声を上げる。
彰義は基本的に全てを話した。
自分が他の世界から来た事。そこで学生であった事。気づいたらこの世界にいた事。
ただ、神の事とここが自分のいた世界の過去に近いという事は話していない。どちらも自身がよく分かっておらず、いたずらに混乱させてしまうかもしれないからだ。
「多分な。気付いたらここにいたから正確にはわからないがな」
彰義はそれだけ言うと、お茶をゆっくりとすする。
そんな彼を趙雲は興味深そうに目を細めた。
「だから変わった服を着ているんだな。……手触りも不思議だな、おい」
一方の張燕の方は、彼の言葉を鵜呑みにしたようだ。
気になったのか、学ランに手を伸ばして感触を確かめている。
「……よく信じるな、こんな与太話。ちなみに俺から何か盗ろうにも、手持ちはこの服しかないぞ?」
逆に彰義の方がこんな簡単に信じる張燕の事を疑っていた。
そんな彼に、張燕はニッと笑う。
「嘘ついているかどうかなんて、簡単に分かるぜ。お前がまだ何か隠している事もな」
「……」
これには流石に彰義も閉口した。
ステータスを見て彼女はあまり頭が良くないと思っていたが、そんな事はないようだ。最低でも、人の機微を読む事にはかなり長けている。
「それで彰義殿はこれからどうするつもりなのだ? その話が本当ならば、帰るあても身寄りもないのであろう?」
彰義が黙っていると、趙雲が茶をすすりながら話しかけた。
そんな問いかけに、彼は顎に手を当てて少し考える。
「ひとまず仕事を見つける。帰る方法を探すにしても、ここに永住するにしても金がいるからな」
とりあえずの方針をまとめた彰義は、溜息ついた。異世界に来て最初に考えるのが金策とは、何とも夢がない。
またそう言っておきながら、自分が元の世界への未練が微塵もない事に気がついた。
別に彼は親とも仲良く暮らし、学校での生活も不満がある訳ではなかった。ここまで元の世界を捨てられるのはおかしい。そして、張燕が賊を殺したのを目の当たりにしても何も感じなかったのも思い出した。
――これも神が何かしたのか?
能力の高さもそうだったが、彼は自分に違和感を感じていた。まるで自分が自分でないような。
「仕事なら武官なんてどうだ? お前の強さなら雑兵じゃなくて、普通に仕官できると思うぜ。危険っちゃ危険だけど、金もいいしな」
考えに耽っている彰義に、張燕は軽くそんな提案をした。
しかしその提案に、彰義よりも趙雲の方が食いついた。
「ほう、それはそれは…………。彰義殿、出来ればこの後手合わせしてもらえますかな? こやつが褒めるのはなかなか珍しいですから」
張燕はあまり人にお世辞を言うタイプではない。だからこそ趙雲はより彰義に興味を持った。
目を細め、妖艶な笑顔で彼を見つめる。ただその笑顔の裏に、闘志が溢れかえっているのを彰義は肌で感じた。
「やめてくれ。流石にあんた程の武なんか持ってない。数合も撃ち合えず負けるのは目に見えている」
彼は既に趙雲のステータスを見て実力差が分かっていた。
統:91 武:96 知:76 政:52
剣:A 槍:S 戟:B 弓:S 騎馬:S 兵器:C 水軍:B
特技:洞察(敵の計略を見破りやすい)
こんなステータスでは挑む気も失せるというものだ。
その上武力にはまだ伸びしろがあった。100を超えるのは間違いないだろう。
「しかし、強者と闘うのも武を磨くのには必要な事だと思うが……」
しかし趙雲は引き下がらない。
不満そうに口先を尖らし、ジッと彰義を見つめる。
「だとしても、確実に負けると分かっている戦いに挑むつもりはない」
そう言っても趙雲は彰義をジッと見つめる。
最初無視しようとしていたが、彰義は諦めたように溜息を吐いた。
「だとしても俺には今武器がない。それに俺は武官よりも文官が向いている。間違いなくな」
「え?」
「なんと……」
彰義は自分のステータスからこう言ったが、ステータスが見えない二人は驚いていた。二人とも完全に武官だと思っていたからだ。
――それにしても恋姫無双か。
彰義は趙雲の顔を見て改めて実感する。
恋姫無双。三国志の有名武将が殆ど女性のゲームで、趙雲はそのゲームのキャラとして出ていた。
彼自身はゲームをプレイした事はなかったが、友人が好きだったため、趙雲はたまたま知っていたのだった。しかし知っているキャラはあと数人しかいない。
――そうなると、重要なのは北郷一刀か。
そして知っているのは主人公の本郷一刀の存在だ。
ゲームでは北郷一刀が蜀、魏、呉のいずれかの勢力に所属し、大陸を統一するのが大筋となっている。
当たり前といえばそれまでだが、主人公は死なない。
そして何があろうと最終的には勝つ。
そういう意味では北郷一刀と同じ勢力に加わる事が生き残る上では確率が高いと言える。
しかしながら、彼は迷いがあった。
そもそも北郷一刀がいると確定していないし、いたとしてもゲーム通りに事が進むとは限らない。
――それならば……。
「お待たせしましたー。炒飯二つに特注メンマ丼です」
そんな事を考えていると注文していた料理が運ばれてきた。
なおメンマ丼は趙雲が注文したもので、メニューに無いものを無理に作って貰っている。そのため少し値段が通常よりも割り増しだ。
「お、とりあえず飯にしようぜ。腹がへった」
「じゃあ遠慮なくいただくぞ」
「うむ。飛鳥の奢りで、お代を気にする必要もないゆえな」
「……星、お前は自分で払えよ。お前のは特に高いんだから」
張燕が抗議の視線を送るが、趙雲はどこふく風だ。
なお二人が今までとは違う名前で呼んでいるが、これは恋姫無双の設定の一つ、真名だ。真名はとても神聖なもので、本人の許しもなく呼んでしまえば切り捨てられても文句は言えない程である。
逆にその真名を呼びあっているという事は二人はとても親しい仲だと言える。
――真名か……俺は日本名を使えばいいな。
彼はそんな事を考えながら炒飯を食べようとレンゲを口に運ぶ。
「ん?」
しかしなにか視線を感じ手を止める。
「………………」
視線を感じ横を向くと、赤い髪をした女性がいた。
触角のようなアホ毛があり、顔は無表情。露出した肩と腹からはタトゥーのようなものが伺える。
「………………」
そして髪と同じような深紅の目は彰義の持っているレンゲを無言で見つめている。
レンゲを右に動かせば彼女の目も右に動き、左に動かせば左に動く。おまけに口の端から少しだけ涎が垂れている。
「…………」
視線を無視しレンゲを口に運ぼうとすると女性に無言で腕を捕まれた。しかもその細腕の何処にこんな力が、というぐらい強い力で捕まれ振りほどけなかった。
さらに女性の腹の虫がなり、無言の圧力をかけてくる。
しかし彼とて腹は空いている。
折れるわけにはいかなかった。
「……放してくれ」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……食うか?」
しかし結局彰義は折れてしまった。
流石に女性に涙目で見られて、無視をする事は彼には出来なかった。
「…………いいの?」
彼女に表情の変化はないが、何故か彰義には嬉しそうに見える。
いや、嬉しそうにしていると彼は思いたかった。
「あれだけ要求しておいてよく言う……但し半分だけだ。俺も腹がへっている」
「…………」
彼女は無言で頷き、レンゲを受け取ると同時に炒飯を食べていく。その勢いは凄まじく、半分どころか米粒一つ残らないんじゃないかと彰義が心配になる程だ。
ただ頬を一杯にして食べ物を食べている姿は、小動物を連想させ見ていて彰義達三人は妙に和んでいた。
「意外と優しいんだな。一見冷たいのに」
「誰だってあんな見られ方されたら耐えられないだろ。一見冷たいのは余計だ」
彰義は小さく溜息を吐く。
どうにも彼はこの世界に来てから感情の振れ幅が小さく、顔にもあまり出ていなかった。そのせいか、どうにも冷たい印象になってしまっている。
「それより彰義殿。炒飯がもう殆ど――」
「……ご馳走様でした…………」
趙雲の警告は、一歩遅かった。
趙雲が言い終わる前に炒飯は全て彼女の腹の中に収まってしまった。皿の上には本当に米粒一つ残っていない。
「…………」
それを見て、彰義は怒りを通り越して彼女の食欲に呆れを感じていた。彼女の口の周りについたご飯粒がなんとも憎めない感じを出している。
「…………名前……」
そして固まっている一同などお構いなしに女性が喋り始める。流石に一単語言われただけでは意味がわからず、趙雲と張燕は首をひねっていた。
「……あぁ、俺の名前か。俺は姓は彰、名は義、字は紅炎だ。お前の名は?」
彰義はなんとなく名前を聞きたがっているのかと思い、とりあえず自己紹介をした。
「…………恋は呂布……呂奉先……」
それを聞いた瞬間に彰義は急いで呂布のステータスを開く。
呂奉先といえば三国志の最強の武将だったからだ。
統:87 武:125 知:26 政:13
剣:S 槍:A 戟:S 弓:S 騎馬:S 兵器:C 水軍:C
特技:飛将(自軍の士気を上げ、敵軍の士気を下げる。指揮部隊の能力が上がる)
――本物だ。
彼は完全に確信した。彼女があの呂布だと。
武力はもう伸びる事はないようだが、既に限界値を越えており、間違いなく世界最強クラスだ。強さの程を簡単に言ってしまえば一般人と趙雲の差ぐらいが彰義と呂布の間に有るわけである。
「……お詫びがしたい…………」
流石に少し負い目を感じているようで、呂布の声の感じは少し低かった。
彼女としても、たかるような真似をする気はなかった。しかし席が一杯で待っている間、空腹の状態で目の前に炒飯を見つけてしまい、ついしてしまったのだ。
そんな申し訳なさそうな彼女を見ると、彼はそんな武力があるとは到底思えなかった。
「ならなんか仕事ないか? 一文無しだから金がいるんだ」
彼はこの際だと言ってみる。あんまり期待はしてなかったが。
「……それなら…………」
だが、意外にも仕事があるようだ。
「…………賊討伐……」
この何気ない一言から、彰紅炎の運命は大きく動き出した。