彰義は城の中にいた。
城は街のほぼ中央にあり、見た目は日本では城と言うよりも要塞といった方がイメージしやすいだろう。なお、この城は呂布の主であり并州州勅の丁原のものである。
そんな城の廊下を彼は呂布に連れられ歩いていた。
廊下の右手には中庭があり、所々柱があるが壁はなく、廊下から直ぐに中庭に出れるようだ。外につながっているため日の光が直接廊下に入っていて、時間帯が夕刻のためちょうど夕日が入りかなり眩しそうだ。
中庭の奥には大きめの広場があり、兵士達が数百人程いた。おそらく兵士を訓練する調練場なのだろう。
「ふむ……流石は丁原殿の軍だな。兵士達にかなり規律がいきわたっているようだ」
「騎馬もいい動きしてるぜ。馬の産地だし、馬の質もいいな」
彰義の両隣には趙雲と張燕が彼と同じように歩いていた。調練の様子を見て丁原軍の感想を言っている。
二人は呂布が彰義に紹介した仕事に興味を持ち、同行していたのだった。
――仕事がないか聞いてみたら、まさかの賊討伐。乱世過ぎるだろう。
食堂での呂布の一言に彰義は正直面食らっていた。
何か力仕事か掃除でもあればと思っていたのだが、いきなりこんな荒事になるとは思ってもいなかった。
最初は彼も断ろうとしたが、趙雲と張燕がやけに乗り気になってしまい断るに断れなくなってしまい、仕方なく引き受けていた。
――これも経験だと思い諦めるか……。戦場に兵士として出るのも大局を見据えるのに必要かもしれないし。
彰義は、どこかの軍の参謀のような役回りに収まりたかった。
乱世である以上平穏に暮らすのは難しいので、それならば自身のステータスを生かした方がいいと考えていた。
当たり前だが彰義を含め趙雲も張燕も、みんな一兵士として戦場に出るものだと考えていた。戦の前にいきなりどこの誰だか分からない者に従えと言っても兵士が動揺するだけだ。
だから呂布は特に明言はしていないが、三人はこれは募兵だと思っていた。
しかし、ここで彼等に疑問が発生していた。普通兵士になったら調練場、もしくはだいたいその隣に在る兵舎に行くものである。
だが先程からずっと右手に調練場が見えているというのに呂布には曲がる気配がない。
「…………こっち……」
しかも階段を上ろうとしている。
「呂布、調練場には二階から行くのか?」
流石に彰義はおかしく思い聞いた。
「…………調練場? …………」
それを聞いた彼女は首を傾げた。
彰義はまさか疑問形で返されるとは思わず一瞬硬直する。だが彼は元から目的地が違ったのだと直ぐに思い至った。
「……質問を変えよう。俺達は今何処に向かっているんだ?」
「……州勅の部屋…………」
「……は?」
「なんと……」
「……はい?」
三人は呂布に驚かされてばかりであった。
王の間は彰義のイメージより狭く、学校の教室四個分くらいの広さだった。充分すぎる広さではあるが。
だが装飾などはかなり凝っていて、厳格な雰囲気をかもしだしている。 壁の彫刻のようなものや、床にしいてある赤い絨毯等はかなり手のこんだ作りのようだ。
部屋の中央には一段高くなっている場所があり、大きな椅子が置いてある。
その椅子には一人の女性が座っていた。
歳はそれなりにとっていそうだが美貌は全く衰えていない。特に長い金髪はサラっとしていて、女性なら誰もが羨みそうな程だ。衣服は部屋の雰囲気に似合わないような薄い着物のような服を着ていて、さらに簡単な鎧を身につけていた。
彼女こそがこの城の主、丁原である。
彼女のいる一段高い所の前には彰義達が立っていて、その少し後ろに呂布が立っていた。
「――つまり人手が足りないのを客将で補うために、呂布に街で強そうな奴、指揮経験のある奴を探させていたと言うわけですか……」
彰義は丁原の話しを聞きため息をつく。
丁原の話しをまとめると、呂布はもともと将に使えそうな奴を探していたらしく、それで連れて来られたのが彼らだったという事だ。つまり彼らは兵士ではなく将として誘われていたのだ。
あまりの急展開に、彰義は心の中でため息をついていたが、趙雲達はガッツポーズをしていた。
彼女達からすれば、一兵士よりも将の方が良かった。
「まぁ、そういう事になるわね。それにしても駄目よ、恋ちゃん。こういうのはしっかり説明しなきゃ」
丁原は母が娘に注意するような口調で注意する。
事実、丁原が親のいない呂布の母親がわりのような事をしていたのであった。
「…………」
丁原の言葉に呂布は頷いたが、彰義にはかなりあやしいものに見えた。
「それにしても丁原殿程の方の軍が人手不足とは何か一大事でも?」
趙雲自身は将として使ってもらえるのは嬉しかったが、一つ腑に落ちていない。丁原の軍は武だけを見れば質、量ともにかなり揃っている事を彼女は知っていたからだ。
「実は都の何進大将軍から都に呼び出しがかかったから、行く前にわかっている限りの賊を綺麗にしておこうって事になったのよ」
つまり、この地の賊を片っ端から潰そうという事である。
「だけどわりと賊の根城って離れていてね、なかなか大変なのよね。ひとまず将を各地に派遣して対応しているのだけど、時間が限られているからあまりもたもたしてられないのよ。だから――」
「とりあえず手頃な客将を雇い間に合わせようと? そんな能力も分からないような得体のしれない奴に、兵が従うのですか?」
「うちの兵はそれぐらいでガタガタ言う連中じゃないわ。そもそも私が総大将だし。あと能力がわからなくても今回の討伐は掃討戦になるから余程の無能じゃない限り問題はないわ。でも――――」
そこまで言って、丁原は一息つき三人の顔を見渡す。
「三人ともなかなか有能みたいね。武もみんな強いみたいだし、彰義君は知力もかなりあるみたいね」
――今の僅かな時間でそれがわかるのか。
彰義は彼女に心底感心する。彼はステータスが見れるから強さや頭の良さはすぐ判るが普通はそうはいかない。
――そういう人を見抜く力が人の上に立つ者には必要なのかもな。
そこで彼は彼女のステータスが気になった。州勅は一体どれほどの能力なのかが。
統:78 武:76 知:53 政:40
剣:B 槍:C 戟:C 弓:B 騎馬:A 兵器:C 水軍:C
特技:騎将(騎馬が強力になる)
ステータス自体は異常に高いわけではない。
武官、特に騎兵なら強いがそれなら、張燕の方が強い。
――つまり名君たるかどうかはステータスではわからないわけだな。
「じゃあ彰義君は軍師をやってもらえるかしら?」
彰義は丁原に話しかけられ我に返る
彼が考え事をしている間に話し合いが始まっていたようであった。
「あ、もしかして話し聞いてなかった?」
丁原は彼の反応から聞いていない事がわかったようだ。
しかし特に責める事もなく、薄く微笑んだ。
「……すみません。それで何の話しですか?」
「軍での立場を決めていたんだ。ちなみに俺は騎馬隊の指揮だぜ」
張燕が騎馬隊の部分を誇らしげに答える。
腰に手を当て、どこか満足げな表情だ。
「正確には私の副官としてだけどね。それから恋ちゃんと趙雲ちゃんは歩兵。それで彰義君は軍師でいいかなってなったんだけど、大丈夫かしら? 二人から頭脳労働の方が得意って聞いたんだけども」
「ええ、構いません」
彰義は即答した。
彼としても、その方が自分の力を生かせそうだと感じていた。
「これで全員決まったわね。じゃあ作戦の概要を説明するわ。えっと――」
丁原は懐を探り、木簡を取り出す。
全員の前で広げると、そこには賊の情報が書いてあった。
「根城の場所はここから東に向かった所にある廃村。当たり前だけど廃村だから賊以外に人はいないわ。数三百程。こちらは五百連れて行くから掃討戦ね」
その情報に彰義は密かに胸を撫でおろした。
数が勝っている上に、こちらは正規軍。初陣で危険な戦はしたくなかったが、この戦力差ならばある程度は安心できそうだ。
「それで出陣は明日の明朝。……これぐらいね。何か質問はあるかしら?」
丁原が四人を見るが誰も手を挙げない。
「じゃあ今日はこれで解散! 明日の出陣に備えて今日はしっかり休んで。あ、部隊の方への顔見せだけは今日中にお願いね」
こうして簡単な軍議は終わった。
翌日、丁原軍は出陣した。
特に問題はなく行軍していき、天気もずっと晴れ。絶好の行軍日和が続いた。
しかし、三日目。
賊の根城を目の前にして問題が発覚する。
「…………ごめんなさいね、もう一度言ってもらえる?」
丁原達は攻撃前に斥候を出し、小高い丘で休息をとっていた。
そして今斥候が戻り、話しを聞いているが、その情報は丁原は信じきれなかった。
「はっ! どうやら我々が并州中の賊を一掃しようとしている事を知った奴らが、一箇所に集まったようです」
「なんと賊達が……」
趙雲は思わず声を出す。
賊は基本各地で独立しているので、このように集まるケースは反乱でもない限り非常に珍しかった。
「それで数は?」
「目算では千はくだらないかと……。しかも騎馬も六百近く確認されました」
斥候の話しを聞き、全員黙り込む。丁原は思わず目頭を押さえた。
敵の数は千。単純に考えてもこちらの倍はいる。そのうえ騎馬が六百近くいるようだ。騎馬での戦いの長じている彼女だからこそ、戦場における騎馬の厄介さを誰よりも理解していた。
こちらの騎馬は二百しかおらず、いくら精鋭といえど戦力差三倍ではいささかきつい。
「……」
彰義は一人歩き始め、丘の見晴らしのよい所に行く。
そこからは辺り一体を見渡す事ができた。遠目に賊の根城の廃村も確認できる。根城の周りには荒れ地が広がっていて、地面が所々でこぼこして平野が少ない。
――手前には森……右手には台地か。
そして荒れ地の手前には小さな森があり、森を右手に台地のような場所があった。
台地の上は意外に広いようで数百人くらいは軽く登れそうだ。
「…………突撃すれば?」
その空気の中、呂布が口を開く。
自軍の倍の敵に突撃など無策にも程があるが、彼女の言う通り突撃すれば間違いなく勝てるだろう。
「それも手だけど、それだと損害が大きく出るのよね……何か策を考えないと」
丁原は小さく溜息をつく。
彼女としてはこのような所で自身の精鋭をいたずらに減らしたくはなかった。そうなると策が必要なのだが、彼女の基本戦術は突撃。策を考えるのは非常に苦手だ。
いつもなら策を考えてくれる将がいるのだが、今この場にはいない。
「それなら策を考えてくれる奴がいるじゃないか」
張燕は彰義の方に視線を向け、他の者もつられて彼を見る。
その彰義はまだ周りを眺めていた。彼の背中に視線が集中する。
そんな彼の頭の中は凄い勢いで働き、策を考えだしていた。彼自身が気味悪く思える程に。
「おい、なんか策思いついたか?」
「……枯れ草を沢山集めてくれ」
彰義の言葉に空気が一変した。
「何か策を思いついたの?」
丁原も彼の言葉に驚いていた。優秀だとは感じていたが、こんな一瞬で策を考えつく程だとは思ってはいなかった。
「ええ」
そこで彼は振り返り、皆に向けてこう言った。
「俺に策があります」
後の世では、この戦が彰紅炎の初陣として伝えられ、彼の快進撃の第一歩と位置付けられた。