賊達は洞窟の中にいた。
そこは谷の上に屋根が出来ているような形状で、地上から見ると地下の位置にあたる。形は細長い形をしていて、横幅は車が三台も停まれば、ほぼ一杯になりそうだ。
ただ、長さはわりとあるため総面積は広い。実際、千五百人程の賊達がいてもまだスペースに余裕がある。
壁や地面は岩肌でごつごつしていて、壁の所々で縦に亀裂のような物がはしっている。それは地上と繋がっているため、賊達は主にそこから出入りをしていた。今はちょうど満月なので、亀裂から月の光が漏れている。しかしその亀裂はかなり細く、大人の男が横になって歩けばやっと通れるぐらいだ。
東郡の辺境に最近逃げて来た賊達はそんな洞窟を隠れ家にしていた。出入りは不便だが、隠れるのにはもってこいな場所だ。事実、彼等はここを隠れ家にしてからまだ二週間たらずだが、まだ一度も官軍に見つかっていない。 東郡の太守がまともに捜していないという事一因にはあるが。
そういった訳で、賊達は官軍とぶつかる事が無いためかなり上機嫌だ。
元々いた地の官軍に敗れ、逃げて来た彼等にはかなり嬉しいだろう。今も各所で酒を飲み、陽気に騒いでいる。壁際にも沢山の盗品が並べられ、彼等の景気も良い事がわかる。
だが逆に、それはここいら一帯の治安の悪さを示していた。
天井の亀裂から月の光が降り注ぎ、陽気に騒ぐ賊達を照らしている。その姿はまるで祭でもやっているかのようだ。
しかし彼等は知らない。
数時間後の自らの運命を。
「ふぁあ……」
見張りの賊の男は眠そうに欠伸をした。
時刻は夜明けの数十分前。かなり眠くなる時間だろう。辺りは徐々に明るくなっているが、まだ薄暗いと言った感じだ。
見張りの男は目をこすりながら横穴の隣にある岩に座る。その横穴は洞窟の出入り口の中で一番大きく、正面玄関といった場所で、道路の二車線分くらいの横幅だ。
穴に入ると若干の傾斜があり、洞窟の隅の辺りに繋がっている。
「……ん?」
見張りの男は目を細めながらゆっくりと立ち上がる。
穴がある場所を囲む森の中で、何かの影が動いたように見えたからだ。
しかも一つや二つでは無い。いくつもの影が森の中を動き回っていた。しかし薄暗いためそれが何なのかの判別が出来ない。
仕方なく男が確認するために男が森に近く。
『ウォオオオオオオ!!!』
「ヒャッ!!」
すると大きなときの声が上がった。
そして男はその声に驚き情けない声を出しながら尻餅をつく。
さらに声と同時に森の中で沢山の旗が上がる。明確な数は分からないが、かなりの大軍のように男には見えた。
旗の文字は『曹』。それを見た男は南の陳留の太守が逃げて来た者を追って来たのだと悟った。
そして男の顔が青ざめる。
――とうとう官軍に見つかった!
彼は本気でそう思い、転げ落ちるように洞窟の中に駆け込む。
そのまま斜面を下りきると彼は大声で叫んだ。
「た、大変だぁあ! 官軍が……官軍の連中が攻め込んで来たぞ! 凄い数の旗が周りを囲んでやがる!!」
それを聞いて大半の者が飛び起きるが、寝ぼけてまともに動けない者も多く、昨夜呑んだ酒がまだ抜けていない者も多い。
まさしく右へ左への大混乱になっていた。
「うろたえんじゃねぇ! 武器を持って向かえ打つぞ!」
賊の中にもしっかりした者がいるようで、混乱を修めようと必死に声を上げるが全く聞き入れられない。
ならば自分達だけでもと、武器を持って出入口に向かおうとするが、洞窟内はなんせ何百人もの人が混乱してごった返しになっている。そんな中で目的の方向に進める訳がない。
「考輝殿の読み通り完全に大混乱しておるな」
賊達が慌てて何も対処が出来ない間に正面口から趙雲、飛鳥、呂布、高順が入って来た。
しかし賊達はそれにすら気付かないようで今だに右往左往していた。
「……こんなんだとなんかやる気がなくなるな」
「正直、ここまでとは……。彰義殿は最近急に数が膨らんだ賊なら、全体を指揮する者がいない可能性もあるとは言っていたが、これは読みが当たったか」
自分達にすら気付かない賊達を見て飛鳥はつまらなそうにため息を吐く。一方の高順は考輝の読みの的中具合に感嘆の息をもらした。
二人ともあまりの賊の混乱具合に、戦中だというのに呆然とその様子を見てしまっていた。
「…………行く……」
しかし呂布にはそんなの賊達の状態など関係ないかのように切り込んで行く。
「……フンッ……」
「ギ、ギャァアア!」
そして一瞬で賊の死体が量産される。彼女が獲物――愛用の方天画戟は舟に置いてきてしまっていたのでただの剣を代用しているが、それでも彼女の武に一切の衰えはない。
狭い洞窟の中で鮮血が舞い散り、周りの生きている賊達を血まみれにする。先程まで生きていた仲間の血を全身に浴びた賊達は、より冷静さを失っていく。
「――では我々も行くか」
そんな呂布に続き、他の三人も切り込始めた。武力平均約97。混乱してまともな対応が取れない賊達に彼女達を止める術はない。
なお呂布と同じく飛鳥も高順も代用の武器を使用しているが、趙雲はちゃっかり自身の槍を使っていた。どうやら舟から飛び込む時、ひっそりと持っていたらしい。
そうやって切り込まれている内に、若干賊達は冷静になり始めた。最低でも、寝ぼけている者はもういない。
しかし、それでも賊達は切り捨てられていく。
数の理は有っても、狭い洞窟内では取り囲む事が出来ないため、自らの理を活かせないでいた。そして彼女達はお互いに余り離れないようにしているので尚更である。
そんな状態で切り進む内に彼女達の後ろと洞窟の入り口との間にスペースが出来た。足元は血まみれの骸の山でだが。
そしてそのスペースがある程度出来るのを待っていたかのように入り口から兵士達が入り込む。その中には考輝と楽進の姿もあった。
「……楽進、火矢だ」
「はい! しっかり狙え……今だ、打て!」
考輝が楽進に促すと、彼女はきびきびと号令を出す。
そして弓を持った兵士達が火の点いた矢を放った。
しかしその狙いは賊達ではなく、壁際に置いてある盗品だった。 置いてあった盗品は殆どが食料だったので各所で火が引火し始める。
だがその火は余り大きい物でないので、人を焼いたり等はなさそうだ。落ち着いて消そうとすれば、叩いただけで消えそうなレベルである。
「火があがったぞ」
「まずい、洞窟の中だと焼け死ぬ」
「急いで逃げろ」
そんな火だというのに、賊の至る所でこういった声が上がる。
「正面は駄目だ。官軍がいる」
「他の出口から逃げろ!」
一人の賊が壁の亀裂から逃げだそうとする。
そして一人が逃げ始めれば後はなし崩しだ。
趙雲達がいる辺りの者達はともかく、後ろの方にいた者達は我先にと亀裂に押し入る。
しかし亀裂は男一人がやっと通れるぐらいの広さしかない。
「オイ、退け! 俺が先だ!」
「うるせぇ! 俺の方が先にこの亀裂に辿り着いたんだ!」
「お前ら早くしろ! 火が迫ってくるだろ!」
そんな場所に何十人、下手をすれば何百人もの男が一気に詰め寄っても、一度に通れる人数は限られている。
結果として賊達は誰が先に逃げるかで争いを始めた。
そして酷い所では殴り合いが始まり、無理に二人で通ろうとすれば詰まってしまう。そしてその後ろにいる者達は業を煮やして無理に押し込もうとしたり、自らも無理に通ろうとするがそれは詰まりを更に酷くするだけである。
「ば、馬鹿、押すな押すな! 前が詰まってる!」
「痛い痛い痛い痛い痛い!!!!」
そして詰まりはどんどん酷くなり、最終的には亀裂は人が通行する事が不可能となった。しかしそれでも後ろが押す圧力は強くなっていく。
それこそ人が死ぬレベルまで。
最初の方に逃げ始めた者達は自分達の過ちに気付き始めたがもう遅い。
前には狭い通路で人が詰まり、後ろからはどんどん人が詰め寄って来る。進退窮まった状態だ。
「や、止めてくれぇ! 潰れちまう!」
そうやって叫ぶ者もいたが、戦場の怒声や騒音によって掻き消されてしまう。
賊達は気付かぬ内に自らの手で仲間を殺していった。
「恐ろしい光景だ……」
前線で指揮をしていた楽進は賊達の状態を見て思わず呟く。
その顔は青く、村を脅かす賊達が自滅しているというのに嬉しそうには見えない。
助かりたいと思うが故に前の者を押し込み殺し、いずれは自分も押し殺される。もし地獄というものがあったとすれば、きっとこのような光景なのだろうと楽進は感じた。
――真桜と沙和はこの場にいなくて良かったかもしれない。二人にはこの光景はキツイだろう。
楽進は自分と共に義勇軍を指揮している二人の少女がこの場にいなかった事に胸を撫でおろした。
なお二人はもしもの為に洞窟の外で待機していた。実はこの配置は楽進と同じように、二人にはキツいと考えた考輝なりの配慮であった。
――それにしても彰義殿とは一体何者なのだろうか? あれだけの指示でこの状況を的確に作り出す所、ただ者ではない。
実は考輝が指示した事は三つしかない。
大量の旗と非戦闘員まで使った鬨の声でこちらを大軍のように思わせる事。
武力が高い者達で切り込み、スペースを作った後に兵士達が火矢で周りに燃え広がらない程度に火を起こす事。
最後にあらかじめ賊に潜り込んでいた義勇軍の者に騒がせて、賊達に出口に逃げるように仕向ける事。
この三つの事だけで考輝はこの惨状を作り出していた。
――下手をすれば、いや間違いなく彼はいずれは天下に名を轟かせる存在となる。そしてもしかすると、この乱世を……しかし賊相手とはいえ、こういった冷酷な策を平然と使うあたり――――)
「おい、楽進」
「ひ、ひゃい!!」
ちょうど考輝の事を考えている時に後ろから声をかけられ彼女は声が裏返ってしまった。
「? とりあえず仕上げに移るぞ。詰まった連中は置いといて、まだ戦う気がある奴らに降伏を勧告する。それで降伏した奴らは外の李典達に回して一カ所に集めさせとけ。それとこちらから名乗る時は丁原軍の所属と言うようにしろ。その方が効果的だろうし、恋達もいるからまるっきし嘘というわけではないしな」
「わ、分かりました……」
考輝は楽進の妙な反応に首を捻るが、深くは追及せず矢継ぎ早に指示を出す。
そんな彼の様子に楽進は自分の考えに気付かれなかった事に内心で胸を撫で下ろし、賊達に振り返る。
彼女は自身の鉄甲を強く握り直し、賊達に向かって行った。
戦闘は昼前には終わりを告げた。
賊は四百人程が討ち取られ、約二百人が投降した。
百人くらいは上手く逃げたようであったが、考輝は特に追撃や捜索は行わなかった。
そして残りは圧迫死、もしくは詰まって動けなくなった所に火を付けられ焼死した。
詰まって動けない賊達に油をかけ、火を点けるのは考輝が一人だけで直接行った。
命乞いや呪詛の言葉を放つ賊達を無視して、考輝は無表情のまま淡々と火を点けていった。
その後村の者達や義勇軍は話し合い、賊は太守に引き渡し、盗品は潰された村の復興に使う事にした。
なお盗品があった事は太守に話さない事にしている。言えば変なちょっかいをかけられる事は間違いないからだ。
そして現在は盗品を洞窟から運び出す作業をしている。
「それにしてもこの賊達もよくもここまで溜め込んだものやで」
「そうなの。食料だけでも沙和達の村の三年分はあるの……」
李典と于禁はどんどん運び出される盗品に唖然とする。
中には数匹だが馬や牛等の家畜の姿もあった。
「まぁ千人を越す大所帯ならこれくらいはあってもおかしくないがな」
「あ、趙雲はんに張燕はん」
唖然としている二人の後ろから趙雲と飛鳥が歩いて来た。
「確かに沙和達の村も大きいけど千人はいないの」
「そういえば他の皆はどうしたんや?」
「恋と高順殿は村長の所にあの馬を貰えないか相談しに行ってる。彼女らは丁原軍の主力ではあるし、一刻も早く合流した方が良いからな」
車などがないこの時代で馬は貴重な移動手段だ。荷物も大量に運べるし、自分で歩く必要も無く、なにより速い。
今回の働きを考えれば断られる事はまずないと趙雲は考えているが、一応の確認は大事な事だ。
「じゃあお兄さんは?」
「考輝殿の事か? 実は我々も彼がここにいると思って来たのでな」
「あれ〜おかしいの。さっきから凪――楽進ちゃんが会いに行ってから戻って来てないの」
そこで李典が何かを思い付いたような顔をする。頭の上に電球のような物も見えた。
「まさか……凪がお兄さんに変な事をされてて……」
そうは言ってはいるが本気で言っている訳ではなさそうだ。目が明らかにふざけている。
「あいつに限ってそれはないだろ。あの無表情っぷりじゃ、正直女体に興味があるかどうか分からないぜ」
「ふむ、実際に半裸姿を見せたお主が言うと説得力があるな」
「おまっ、まだそれ引っ張るのかよ!」
考輝へのフォローを飛鳥が入れたが、趙雲がさらっと大きな爆弾を投入した。
「え、張燕はんとお兄さんってそういう仲なん?」
この中で唯一事情を知らない李典が驚くが、すぐに面白そうだとニヤニヤし始めた。
「そうなの。沙和が初めて会った時、皆の前って事にも構わずに、張燕さんはおっぱいを丸出しで彰義さんに迫って――」
そんな李典に、これまたニヤニヤした于禁が説明を始めるが、明らかに説明の仕方に悪意があった。
するとすぐさま飛鳥が拳骨を于禁の頭に落とした。
「痛いの!」
「馬鹿! 誤解招くような言い方するな!」
そんなやり取りを見ながら、趙雲は口元を上げる。
その顔は次はどの様に弄ろうかと考えているようなものだった。
先程までの戦いが嘘のように、その場は空気が和んでいた。
「此処におられたのですね」
「……楽進?」
考輝が振り返るとそこには楽進がいた。
彼が今いるのは最初に李典達と賊の偵察に来た洞窟の真上の場所。
そこにまさか人が来るとは思わなかった事と、探していたような口調から彼は怪訝な顔をする。
「……私の話しを聞いていただけないでしょうか?」
その時の楽進の顔は、真面目な彼女が彼に見せてきた表情の中で一番真剣なものだった。