トータル・イクリプス Cold of united front【凍結】 作:ignorance
「それで、落ち着いた?」
「すまない。先生、取り乱し過ぎた」
「むしろそれが普通よね。あなたと同じ状況で取り乱さないのなら、ソイツは感情ナシか、ロボットよ」
そう言って先生と呼ばれた白衣の女性はコーヒーを勧めた。
「しかし彼もよくやったわね。システムをハッキングしてまで自分の死を隠すなんて」
「………」
コーヒーを啜りながら、二人は戦闘ログを読み返す。
「それで、明日の彼の葬式には出るの?いえ、出なきゃいけないわよね。ラトロワ」
「…」
ラトロワは声に出さなかったが首を小さく縦に振った。
「フィカーツィア・イムヤ中佐。雪原の亡霊として英雄のように讃えられるようね。それはあなたもだけど」
「…」
「しかしまぁ、大層な噂話になったわね。
雪原の亡霊は氷の魔女を守る為にその身を挺したって。
それでどうするの?」
「私は…」
だんまりやうまく言葉を繋げないラトロワに先生は一つの封筒を渡した。
「先生、これは…」
「彼の遺書。作戦前に渡されたのよ。『もし自分が帰ってこなかったら渡してほしい』って」
「…馬鹿者め」
そう言って遺書の中身を読み始めた。
『コイツを読んでるってことはまぁ、そういうことなんだろうな。
いきなりの書き始めにラトロワは言葉を失った。
しかし、彼らしい始め方にどこか安らぎを得た。
『でも、悪かったな。お前にも相談せず一人で勝手に決めて勝手に死んで。結局、迷惑
分かっているならやめてほしかったと口に出したかったが今更と思い、胸の中にしまいこんだ。
『けどよ。こうするしか方法がなかったと言ったら嘘になるかもしれねぇけど最善の策だと思ったからやった。後悔はない』
「…大バカ者め」
『どうせ、お前の俺へのランク付けがバカから大バカにランクアップしてるだろうけどよ。少しだけ昔の話をさせてくれ。俺がこっちに来る前の話だ』
ラトロワは虚を突かれた。今までどれだけ聞いてもはぐらかされた西側での話。それを遺書で書いてくるとは思ってもいなかった。
『俺は米軍の戦術機部隊の隊長だった。54名の部下がいて、戦線を戦術機で駆ける異例の部隊でな、アメリカじゃ戦術機は後方支援にしか使われなかった。
まぁ、俺たちが戦線に出れたのは理由があってな。俺を含む全員が混ざりモノだった。
だから、上層部からしてみれば俺たちが死んだところでなんの損もなく、むしろ厄介者が消えたと得をするもんでよ。
それで俺は部下全員の命を犠牲にしてまで生き残った。俺と同い年のヤツや一個下のヤツまで犠牲にして』
「イムヤ…」
『だからよ。俺は救われた命でより多くの命を救う義務がある。時間は短かったが過ごしたこの国を、俺たちの後ろにいる市民を、そして安心して背中を預けられるお前を守りたかった』
「…」
『最後に約束してほしい。俺のような力のない被支配民を、愛したこの国を守ってくれ』
そこまで書いて文書は終わっていたが、まだ重なりがあった。
ラトロワはそれが気になり、広げてみた。
「本当に…貴様は…バカだな…」
それは彼女らが慣れ初めの時の写真だった。
写真に映る二人は顔を真赤に染め、ラトロワは顔をそむけ、イムヤはガチガチに緊張していた。しかしながら、二人の手はしっかりと握られていた。
「それとこれ。預かり物」
先生から渡されたのは黒塗りのトカレフTT-33でグリップの部分に傷跡が残っていた。その傷跡を見てラトロワは即座に理解した。この拳銃は彼のだと。
「だが、あいつは処分されると」
作戦前にこの拳銃がイカれた為、処分されると彼から聞いていた。だから自分の拳銃を渡した。
「確かにソレはイカれてたわよ。まぁ、彼が自力で修理していたケドね」
「ホントにお節介な奴だ。アイツは」
今まで窶れていた表情に笑みが浮かぶ。
「その顔だともう大丈夫みたいね、やれるかしら?フィカーツィア・ラトロワ中尉」
「無論だ。
最高の笑みを浮かべ、医務室を出る。
一人残された先生は椅子に背を預け、我が子を見守るように微笑んだ。
次回は恐らく過去編。