「はーい、それじゃあ授業を始めまーす」
あの決闘があったにもかかわらず、グレンの授業は変わらなかった。
いつも通り遅刻して黒板に教科書の要点に書き、説明して眠る。
「あ、あの、先生、今の説明に関して質問があるんですけど」
授業から30分経った頃、おずおずと手を挙げる小柄な女子生徒が居た、リンという少女である。
「あー、なんだ?言ってみ?」
「えっとさっき先生の説明した呪文の訳がわからなくて」
するとダルそうにグレンは教卓に乱雑に置かれた本を拾い
「これルーン辞書な?第三級までのルーン語が音階順に並んでるぞ、音階順って言うのはな……」
「えっと……?」
するとグレンに無関心と決めたシスティーナが立ち上がるとリンへと近づき
「そんなヤツに聞いてもしょうがないわ、魔術の崇高さを何一つ理解してないわむしろバカにしてる、そんなヤツに教えて貰う必要なんてないわ」
「で、でも……」
「大丈夫よ、私が教えてあげるから、一緒に頑張りましょう?あんなのなんて放っておいていつか一緒に偉大なる魔術の深奥に至りましょう?」
「魔術ってそんなに偉大で崇高なものかねぇ?」
「ふん、何を言うかと思えば、偉大で崇高なものに決まってるじゃない、貴方みたいな人には理解出来ないでしょうけど」
「何が偉大でどこが崇高なんだ?」
「え?」
「魔術ってのは何処が偉大で崇高なのか、それを聞いている」
そう問われ、狼狽えるシスティーナ
「ほら、知ってるなら教えてくれ」
「魔術はこの世界の真理を探究する学問よ」
「ほう?」
「この世界の起源、構造、支配する法則、魔術はそれらを解き明かし、自分と世界が何のために存在するのかと言う永遠の疑問に答えを出し、そして人がより高次元の存在へと至る道を探す手段なの、それは、いわば神に近づく行為、だからこそ魔術は偉大で崇高なのよ」
「……それがなんの役に立つ?」
「……え?」
「それがなんの役に立つんだ?世界の全てを解き明かして何になる?より高次元の存在に近づくってもよく分からん、そんなの至ってなんになる?」
「そ、それは……」
「そもそも、魔術は人の役に立ってるのか?例えば医術は病気を治すだろ?冶金術は人に鉄をもたらした、農耕技術が無けりゃ人は飢えて死んでただろうし、建築術で人は快適に暮らせる……この世界て術と付くモノは大抵人の役に立っている……だが魔術が人の役に立ってないのは気のせいか?」
「魔術は人の役に立つ立たないとかそんな次元の低い話じゃないわ、人と世界の本当の意味を探し求める……」
「でも役に立ってないならただの趣味だろ?苦にならない徒労、他者に還元出来ない自己満足、魔術ってのは単なる娯楽の一つって訳だ、違うか?」
システィーナは押し黙った、反論出来ないからだ
「あー……悪かった嘘だ、嘘魔術は人の役に立ってるよ」
「え?」
「ああ、魔術はとても人の役に立つさ……人殺しにな…」
その時のグレンの目は死んだ魚のそれではなく、酷薄に細められ、その目は暗い。薄ら寒く歪められた開かれた口から出たその言葉はクラスの生徒の心を一瞬で凍て付かせた。
「実際魔術ほど殺しに優れた術は無いぜ?剣術が1人殺してる間に魔術はその十倍人を殺してる、戦術で統一された一軍隊を魔術師の一小隊がその戦術ごと焼き尽くす……ほら、役に立ってるだろ?」
「ふざけないで!魔術はそんなものじゃ……」
「お前、この国の現状を見ろよ?魔導大国と呼ばれているがそれは他の国から見たらそれはどう言う意味を持つ?帝国宮廷魔導師団なんて言う物騒な連中に毎年莫大な予算をつぎ込んでいるのはなぜだ?」
「そ、それは……」
「お前らの大好きな魔術が歴史において何をして来たか知ってるか?二百年前の『魔導大戦』、四十年前の『奉神戦争』で一体何をやらかした?近年じゃあ、この帝国で外道魔術師が魔術を使って起こす凶悪事件の年間件数とそのおぞましい内容を知ってるか?」
「–––っ!」
「ほら見ろ、今も昔も変わっちゃいねぇ、魔術と人殺しは切っても切れない縁だ。なぜか?魔術が人を殺す事で進化・発展して来たろくでもない技術だからだ!」
「まったく、お前らの気が知れねぇよ、こんな人殺し以外何にも出来ない技術を学ぶくらいならもう少しマシな……」
するとグレンの頬をシスティーナが叩いた。
「いっ……テメエ!」
「違う……魔術は……そんな……ものじゃ…ない……なんで、なんでそんな事言うの?大っ嫌い、貴方なんか」
そう言うとシスティーナは教室から出て行った。
「……チッ……あー、今日は気が乗らないからの自習に変更するわ〜」
そう言ってグレンは教室から出て行った
「クックックッ…」
そんな中コハクは笑っていた
「コハク……君?」
そんなコハクを見て困惑するルミアと他の生徒たち
「いやぁ……グレン先生も酷い事言うねぇ…そんな事を子供相手に言って何になるのやら、この世界のほぼ全ての技術は人を殺す為に……他者を排除する為に……憎む者を殺す為に……発展して来たというのに……」
「コハク……君?どうしたの?なんか、怖いよ?」
「ああ、ごめんそれでなんだっけ?」
「コハク君はどう思うの?グレン先生の言ってた事」
「まぁ、僕もロクでもない物だと思うよ?人を殺す為に発展したのは確かだし、反論出来ないけどさ」
同じクラスの生徒がグレンの意見に同意するのを見てクラスメイトは困惑した
「だけど……本当に殺す為の技術なら……白魔術なんて生まれてないよね?」
「あっ…」
その言葉を聞き、生徒たちは納得した
「確かに攻撃の為に黒魔術はある、それなら白魔術なんて生み出す必要が無いよね?」
(まぁ、白魔術だって拷問とかに使われた時期があるけどね)
「本当にロクでもない技術なら、そんなモノを生まれない、呪術の方がよっぽど恐ろしいよ」
「呪術?」
「まぁ……相手を呪い殺したりするのが専門の術だよ、人の憎しみをモノや動物、虫に込めて相手を殺すんだおぞましい術だよ」
「……そうなんだ」
「まぁ、グレン先生の言う事も事実だって事は忘れないようにね?力に溺れてしまうのは……一番いけない事だから」
「力に……溺れてはならない…」
「そうだよ、技術は使う人次第、良い物にも怖い物にもなる……」
「使う人次第……」
「まぁ、君たちに対する一種の忠告だね、じゃ、僕もちょっと出てくよ」
そう言ってコハクは教室から出て行った。
「あっ…」
放課後、屋上でグレンは黄昏ていた。
「……向いてないのかね、やっぱ。まぁ、向いてる訳ねーよな、魔術が大っ嫌いなヤツが魔術講師とかどんなギャグだ……ったく、あの白髪女め、思いっきり叩きやがって、初日から生意気なヤツだったな……何が魔術は偉大だ、だよ、アホか。………ガキかオレも…やっぱここに居るべきじゃねーな……セリカにゃ悪いが……」
そう言ってグレンは懐から封書を取り出す、中身は辞表だ。自分が魔術講師を一か月も出来ないと踏んだグレンが内緒でしたためておいたのだ。
「よし、帰ったら土下座の練習だ、一生懸命土下座すりゃセリカも許してくれるさ……」
「ん?」
グレンは正面の窓のそばで影が揺れるのが見えた気がした。
「なんだ?魔術実験室なんて誰も用がないだろうに……《彼方は此方へ・怜悧なる我が眼は・千里を見張るかす》……あの金髪娘は……」
グレンは立ち上がると屋上から降りていった。
「グ、グレン先生!?」
「相変わらずボロいんだなここは……」
「どうしてここに……」
「そりゃこっちのセリフだ、生徒による魔術実験室の個人使用は原則禁止のはずだろう?」
「ご、ごめんなさい!実は私、法陣が苦手で最近授業についていけなくて……でも、今日はいつも教えてくれるシスティが居ないし……どうしてもこの法陣を復習しておきたくて……その……」
「忍び込んだ訳か?てか、魔術錠が掛かってたはずだろ?」
「それが開いてたんです……鍵も部屋に置いてありました」
「はぁ?誰か閉め忘れたのか?」
「ごめんなさい、すぐ片付けます!後でお叱りは受けますから!」
「いーよ、最後までやっちまいな、もうほとんど完成してるんだし、崩すのはもったいないだろ?」
「でも……上手くいかなくて……諦める所だったんです……どうしただろう、前は上手くいったのに……手順は問題ないはず……」
「馬鹿、水銀が足りてないだけだろ?」
「え?」
そう言ってグレンは水銀の入った壺を掴むと法陣へ垂らす……すると壺を素早く動かした。垂らした水銀は法陣の各ラインに流れた。
「凄い……」
「慣れたヤツはよく素材ケチって魔力路を断線させるんだよ。お前達は目に見えない物に対して異常に神経質になるくせに、目に見えるものに対してはなぜか疎かになる。魔術を必要以上に神聖視してる証拠だ……よし、もう一回起動してみな、教科書通り五節だ、横着して省略すんなよ?」
「は、はい……《廻れ・廻れ・原初の命よ・理の円滑にて・路を為せ》」
その瞬間、法陣が白熱し視界を白に染め上げた。
「うわぁ……綺麗…」
「やーれやれ、そんな感動するもんかね?コレ」
「だって今まで見た誰の法陣よりも魔力の光が鮮やかで綺麗で……繊細で力強い……先生って凄い……」
「馬鹿言え、この程度、誰だって出来る。そもそもこれを組んだのはほとんどお前だ。お前が精製した素材や媒体が良かったんだろ、きっと」
「先生?」
「帰る」
「あの、待ってください!途中まで一緒に帰りませんか?」
「はぁ?」
「先生と一度ゆっくりお話ししたかったんです」
「や…ぐへっ!?」
断ろうとしたグレンの頭に小石が当たる
「だ、誰だよこの野郎!?……はぁ、勝手に付いてくる分には好きにしろ」
「はい!」
「わぁ、先生、アレを見てください」
学院を出たグレンとルミアは空に浮かぶ城を見る
「私の友人にあの城が大好きな子がいて、私はその子みたいに謎解きは興味ないんですけど、あんなに綺麗で雄大な姿を見てしまうと一回行ってみたいと思ってしまうんです」
「……あんな城があるから魔術を勘違いするヤツが出てくるんだ。まったく鬱陶しいったらありゃしねぇわ」
「先生?」
「よそ見してないで行くぞ」
「あ、はい」
「先生ってほんとは魔術が好きですよね?」
「ははっねーよ、俺は魔術は大っ嫌いだ」
「ふふ、そうですか、でも明日、システィ、…システィーナに謝ってくださいね?システィにとって魔術は偉大な魔術師だったお爺様との絆を感じていられる大切なものなんです……いつかお爺様に負けない魔術師になる……それが亡くなったお爺様との約束なんです」
「そうか……そりゃ流石に悪い事をしたな……それで?おれに説教する為に誘ったのか?」
「いえ、これは私の将来の夢なんですけど……私は魔術を真の意味で人の力にしたいと考えています、その為に魔術を深く知りたい」
「やれやれ力を使う人次第ってありきたりなヤツか?剣が人を殺すんじゃない、人が人を殺すんだってか?」
「はい……ですが私は少し違う事を考えています」
「ん?」
「先生が今日仰った通り、魔術は人を傷つける可能性は大いにあります、きっと無い方がいいんです魔術なんて……でも、現実としてあるんです、それが既にある以上、それが無くなることを願っても仕方ありません、なら私達は考えないといけないんです。どうしたら魔術が人に害を与えないようにできるか。……でも魔術の事をよく知らなければ、それを考えることは出来ません、知らなければ魔術はどこまでも得体の知れない悪魔の術で、人殺しの道具で、法もない外道なんです」
「お前、魔導省の官僚……魔導保安官にでもなるのか?」
「ふふ、そうですね。それが私の目標に通じるならそれが今の私の目標です」
「言っとくが徒労に終わるぞ?いや、努力すりゃ官僚にはなれるかもしれないが……お前の目指している物はあまりにも高すぎる。お前一人がどうこうできるほど、魔術の闇は浅くない」
「分かっています、それでも……です」
「なんでだよ?そんな報われない道をあえて行くんだ?」
「私……恩返ししたい人がいるんです」
「恩返し?」
「私、三年前に家を追放されてそれからシスティの家に居候し始めた頃、私悪い魔術師達に殺されそうになってしまった事があって……」
「見かけによらず、なかなかハードな人生送ってんな。お前ひょっとして何処かの有力貴族かなんかの生まれ?」
「あっ、いえいえ!そんな大層な家じゃないです!ホント!貧乏な家でした!貧乏!」
「いや待て、お前……」
「先生?」
「いや、なんでもない、話の続きは?」
「あの時私、前の家を追放されたこともあって不安定で……どうして私ばかりこんな目にって、怯えて泣いて、もうダメだと諦めて、でもそんな時に……何処からかお面を付けた少年がやって来てあわやと言う所で助けてくれたんです」
「なんだそりゃ?そいつ、絶対タイミング見計らって来ただろ」
「その人は、私とほぼ同じ年齢なのに私を庇いながら戦ってくれました、それで魔術師達を倒した後、その子は言ったんです」
「へぇ?なんて?」
「『君は不幸じゃないよ、今の君を想ってくれてる人が今居るだろう?』って」
「なんだそいつ、格好つけてるのか?」
「それでその子は『僕はそろそろ帰るよ。後の事は彼に任せた方が良さそうだ』と言って去って行きました」
「ほーう?」
「その後は入れ替わるように男性が悪い魔術師から私を守ってくれました。」
「それでお前は少しの助けになろうとその少年と男のために進むと?」
「はい、私はあの少年と男の人に救われました。あの事件の後、今度は私が助ける番だと思いました。人が魔術で道を外したりしないように導いてあげる立場になろうって、そのために魔術のことをよく知ろうって、そんな道を進んでいけば……いつかあの少年とあの人に、あの時のお礼が言える日が来るんじゃないかって。暗闇の中、ただ一人きりで泣いていた幼い私に光をくれたあの少年とあの人に……」
「くっくっくっ……ご都合過ぎだ、それ。そんな三文大衆小説もびっくりな超展開、ベタ過ぎて売れないぞ、きっと」
「ふふ、そうかもしれません、でも事実は小説よりも奇なりと言いますから……あ、先生。私、こっちです。システィのお屋敷に下宿してるので」
「そうかい、じゃあな、気をつけて帰りな」
「ふふ、先生って心配性なんですね」
「馬鹿、それだけお前が危なっかしいっつーことだ」
「あはは、気をつけます。それじゃあ、また、明日!」
「おう……しかしまぁ、ぼーっしてるようで色々考えてるんだな、アイツ……『考えないといけない』か……さぁてどうしたもんかね?」
そう言ってグレンはセリカの家へと足を進めた。そんな中……
(うわぁ……不味かったかなぁ……孤児院で呪術の練習してた時に偶々襲われる未来が視えたから助けたけど……まさか見抜かれた?いやまさか…そんな訳ない…でもなぁ……バレたら面倒だ……)
グレンが変な事を起こさないようにと後をつけていたコハクは、過去の面倒事に対して頭を悩ませた。