エターナルメロディ・悠久幻想曲SS集 恋と冒険と鉄骨と 作:レトロ騎士
◇
ソーブルの湖。
豊かな水源により、神秘と実益を讃えるその場所は、世界に散らばる魔宝が納めらるるにふさわしい美しさを携えていた。
その湖畔の美しさに見惚れているのは、黄金の髪を艶やかに、甘露のごとく滑らかな肌を持つ、一人の少女――レミット。
そのイメージは、宝石。
まだ未成熟な肢体でありながら、確かな気品、そして強い決意を持つ瞳は、見るものに等しく美しいという感情を与え、そして触れることを躊躇わせる。
そんな「宝石」に手を触れられるのは、金銭的な価値しか見出せない下衆か、その美しさ、高貴さを目にしてなお共にあらんとする、前へ進む意思を持つ者だけ。
「よう、レミットもここにいたのか」
「あ……」
そして、少女に今声をかけたのは、「湖畔に見惚れる少女」に見惚れ、そして彼女の隣へ立たんと歩んだ、一人の青年。
「どうしたの? 何か用?」
「いや、明日ダンジョンに入ったら、勝負になっちゃうからな。その前くらい、一緒に湖でも見ようかと思って」
ソーブル湖ダンジョン。
そこには、魔宝と呼ばれる奇跡の欠片が眠っている。
青年と少女、そしてもう一人、この場には居ない魔族の青年の三人は、魔宝を探して求め合う、『冒険者』として対立関係にある。
ただし、対立とはいえ、そこには一種の協定めいたものがあった。
ダンジョンや自然の迷路など、なんらかの目的で競い合う以外、たとえば街から街への移動や街中で、戦闘を行ってはならない。
重大な生命の危機や、取り返しのつかないことにつながる危険行為はしない。且つ、そのような自体が発生した場合は敵味方関係なく支援、協力する。
一度手に入れた魔宝は、あとから奪ったり破棄することを禁止する。
などである。
これは、別にお互いが相談して決め合ったわけでなく、いつの間にかそういう暗黙の了解が出来上がっていたのだ。
もっとも、街中での嫌がらせのような邪魔は、『今回』していないことは大きな違いではあるが。
そうなるように率先して動いたのは、『前』の記憶があるレミットであるが、これは『前』においてもある程度はそうなっていたため、その『暗黙の了解』がシステムとして出来上がる時期が早まっただけではある。
ただ、前回より早い時期に不文律ができたせいか、野営などではこうしてお互いのパーティがコミュニケーションをとることが、よく見られている。
とはいえ、競争相手には違いなく、やはり積極的に会話やミューティングをするのは、それぞれ自分達のパーティ仲間だった。
旅を共にすれば、どうしても衝突は増える。単純な回数で言えば、ライバルよりも仲間同士の諍いの方が多いのは、必然のことだ。
だから、今、青年がレミットと話そうと思ったのは、今回はチーム内部のトラブルを抱えておらず、且つ一人で湖畔を見ようとしたところでたまたまレミットを見つけたからに過ぎない。
話そうと探していたのではなく、見かけて「せっかくだから」と、彼は話しかけたのだ。
もっともそれは、その前にレミットの美しさに心を奪われかけていた、ということを否定する為の、取ってつけた理由ではあるが。
だから、特にこだわるでもなく、青年はこう続ける。
「邪魔だったら、戻るけどさ」
「そんなことない!」
あまりのレミットのリアクションの強さに、驚いたのは青年だ。
「えと、うん」
と少し萎縮しながら頷き、レミットの横に並ぶ。
もともと話すことがあったわけでもなく、ただ、二人で湖畔を見ていると、
「……ごめんね」
と、レミットがポツリとつぶやく。
「へ?何がだ、レミット?」
「……アンタの邪魔、してること」
「……なーにいってんだ、今更」
くしゃり、とレミットの髪を撫でながら、青年は笑いかける。
「ま、確かに、仲間になってくれたら、それはそれで楽しかっただろうけどな」
青年の、苦笑するようなその声に、レミットは思い返すのは、『戻ってきたあの日』のことだ。
◇
レミットが青年の胸に飛びつき、涙をこらえながら嗚咽していると、彼から戸惑いの声が聞こえてくる。
「ええと、その……あれ? 俺、君と会ったことあったっけ?……って俺ここ……というかこの世界か。来たばっかりで知り合いなんてほとんどいないはずだよな……」
「ご、ごめんなさい。ちょっと、動転してただけ」
覚えていない、というより、まだ経験していないのだから当たり前なのだが、彼が自分との共通の思い出を持っていないというその事実に、レミットは急激に悲しみがわいてくる。
だが、彼が今目の前で困ったように慌てている。たったそれだけのことの嬉しさが、その悲しみを大きく上回った。
それに、おそらくは無意識なのだろう。泣き顔のレミットをあやすようにその髪を撫でる彼の手に、全ての負の感情が溶けていった。
彼の胸と、その手から、レミットは名残惜しそうにゆっくりと体を離す。
そうだ、まだ、終わりじゃない、と、強く自分に言い聞かせながら。
「私は、レミット。レミット・マリエーナ。……マリエーナ王国の、王女よ」
「えー!ウソ言うんじゃないわよ。こんなちっこいのが、王女なわけないでしょ」
「なによ!アンタのほうがよっぽどちっちゃいじゃないの!」
青年の肩に乗っていた、小さな妖精フィリーのそんな「ちっこい」発言に、思わずレミットは『前』と同じように言い返す。
それでも、『前』からのフィリーとの付き合いで、その口の悪さに対して慣れていたからか、やり返した言葉と口調に、それほど棘のようなものは無く。
「く、くくくっ!」
だからこそ、なのだろう。レミットとフィリーのやり取りが、ピリピリするような緊張感、一触即発の喧嘩に発展するようなものではなく、滑稽な喜劇のような雰囲気になっていたのは。
それを見ていた青年が、そんな二人にこらえきれずに噴出していた。
「ア、アンタも笑わないでよ!」
「ご、ごめん、でも……あっははは!」
レミットに叱責されても、青年の笑いは止まらない。彼にしてみれば、それは『異世界』に迷い込んだ不安を忘れて、初めて本気で笑えた瞬間だった。
もともと楽天家ではあったが、それにしても、何故こんなにもこの少女に気を許してしまっているのか、青年自身も不思議に思う。
だが、今はこの幸福感すらある笑いに身を任せていたい、そんな風にも思った。
「も、もう、笑いすぎ! いい加減にしなさいよ!」
顔を赤らめて――それは、怒りではなく恥ずかしさからであることは、彼女の表情から容易にわかる。
「あ、ああ、ごめんよ。とりあえず、名前を教えてもらったんだから、俺も返さないと失礼だよね」
知っている。名前どころか、今貴方が何を話そうとしているかも。と、レミットは言いたかった。だが、そんな余計な事をして彼に不審を抱かせるわけにも行かない。
彼女は、できるかぎり感情を抑えながら、彼の話を聞く。
「と、言うわけで、俺と一緒に旅をしてくれる仲間を探してるんだ。……よければ、パーティに入ってくれないかな?」
「えー、こんなのと一緒に行くの?」
「お・ま・え・は! 余計なことをいうな!」
もちろん、と言いかけたレミットの口を閉ざしたのは、フィリーの悪態があったせいではない。
彼の『前』の言葉を思い返したからだ。
「ま、邪魔されてるのは大変だけど……ここまでこれたのは、お前と、あのバカのおかげでもあると思うんだ」
「競い合うやつらが居るから、俺たちも強く、たくましくなろうって訓練もしたし……。故郷を思って寂しがる暇もなかったしな。なんだかんだで、お前らのおかげで救われてるんだよ。レミット」
ああ、あの時も、さっきみたいに頭を撫でられながら言われたっけ、とレミットは目を瞑ってその場面を何度もまぶたに映し返す。
その言葉は、ただレミットを気遣った、世辞のようなものなのかもしれない。
だけれど――とレミットは唇をかんで、
「ごめんなさい、私は、貴方とは行けない」
「え?あ、そ、そうか……」
本当に残念そうに、むしろ悲しそうに見えてしまう青年の表情に、レミットは心の奥に針を埋め込まれたような痛みを感じながら、
「私も、魔宝のことを知っていて、探してるの。私の、本当に叶えたい願いのために」
貴方と行きたい。
今度は怒った顔ではなく笑顔で、邪魔をするのではなく応援をする立場で冒険がしたい。
「貴方が必死なのは、さっきの話でわかったわ。でも、私だって、譲りたくないの」
でも、『前』の冒険を、無意味だとも思わない。
悲しい結末ではあったが、全てを否定したくは無い。
だから―ー
「だから……私は、今からアンタのライバルよ。私は、絶対にアンタなんかに負けないんだから!」
わがまま、いじっぱり、甘えん坊。
そんな表情を、めいっぱいこめた笑顔で、あの時と同じ関係を作り上げる。
レミットは、青年を見据え、そして胸に手を当てて、思う。
さあ、私も仲間を集めよう。
私にとって信頼できる仲間達は、アイツの仲間と同じように、今この街にいるはずだ。
前回と同じ頼み方を――なんてことは、思わない。
だって彼女達は、正面から向き合い、偽りない心を晒した私を信頼して仲間になってくれたのだから。
だから、今回だって同じだ。
私らしくしていれば、きっと、また仲間になってくれるはずだ。
「そっか、わかった」
レミットの表情から何を読み取ったのか、それはわからない。
だが、青年は真顔で頷き、そして肩の妖精に「行こう」と促して、歩き出す。
「もう、あんたが魔宝の話なんてするから!」
「し、しかたねーだろ! ……それに、ライバルだけど敵ってわけじゃないし」
そんな言い争いをしながら、レミットから去っていく青年と妖精。
それは、少女が『前』に見た光景と同じものだ。
ただ、違うのは――
「じゃあ、レミット――またな!」
振り返って、笑顔でそんなことをいう、彼の姿。
◇
そして、青年は、ライバルとして少女の隣に居る。
「お前は、さ。……なんというか、不思議なやつだよな」
「不思議?」
「ああ、出会ったときもだけど。……こうやって競い合ってる、いってみりゃ俺の邪魔をされてるはずなのに、全然怒りもいらいらも無いんだ。……魔宝奪われて、悔しくは在るけどな。でも、お前も一生懸命だし、普段はこうやって仲良くしてるし」
青年は、ははっ、と苦笑しながら、それでも優しくレミットの髪を梳くように撫でる。
その心地よさに、レミットは『前』のことを思い返しながら、微笑を浮かべた。
ああ、こうして撫でられるのは『今』は何度目なのだろうか。
その暖かな青年の体温を感じながら、そして、思う。
それは、『今の私』が原因じゃない。
貴方は私が子供の我がままでどんなに迷惑をかけても、貴方と仲良くしようとしていなくても、『あの日』に、『今』と同じように私の頭を撫でてくれたのだから、と。
「……それ、だよ」
優しい声に、ほんの少しの怪訝が混ざって。
「え?」
「お前さ、撫でられるの、好きだよな」
「え、あ、その………うん」
撫でられるの、というか、貴方に撫でられるのが、なのだけれど。
そんなことを声には出せないまま、レミットは頷いた。
「それで、今みたいに撫でると、嬉しそうな顔をする。そしてそれは決して偽りじゃないって、根拠も無くそう信じれる」
「うん。……本当に、嬉しいわよ?」
「なのに、さ」
「?」
「なんでだろうな。お前を見ると、その顔がすごく泣きそうになってるように思えて、仕方ないんだ」
びくり、と一瞬だけ、レミットの体が揺れた。
それに、青年は気づいただろうか。
だが、レミットを撫でるその手に、変わりは無く。
青年の顔を見れないまま、レミットは答える。
「気のせい、よ」
「……そっか」
それは、翌日には競い合い、そして戦い会う関係とは思えない、二人の距離。
手を伸ばせば、確かに相手が居て、少し力を込めれば、あっという間に重なり合う。
それをお互いわかっていて――どこか、遠い。