エターナルメロディ・悠久幻想曲SS集 恋と冒険と鉄骨と 作:レトロ騎士
◇
それは、奇妙な関係だった、と青年は思う。
カイル・イシュバーンという青年は、バカだがどこか憎めず、友情に近いものすら感じることもある。だがそれでも確かな「敵」でもあった。
とはいえ、それは求めるものが同じだからこその、立場的なものに過ぎない。
たとえば、まったく別の目的にカイルが挑もうとしているのであれば、彼を応援し、支援することに躊躇いは無いだろう。
そしてもう一人。
王女レミット・マリエーナ。
正直、未だに王女という意識はもてない、どちらかというと妹のような、そして喧嘩を繰り返す異性の幼馴染のような、そんな少女。
彼女も、カイルと同じく「敵」「ライバル」という間柄であるはずなのだが――
「そんな相手に、感謝のプレゼントを買っている俺。………なにがしたいんだろ」
手に持っているのは、水晶でできた、小さなネックレスである。
最後の魔宝のあるという双面山。
そこに向かう途中のジュピュターという街の露店でふと見つけたのが、今は小奇麗なアクセサリー箱に納められているこのネックレスだった。
魔宝を集めきっても、まだ暁の女神を召喚する為、イルム・ザーンという場所に向かうことは知っている。
だから、まだ冒険は続くのではあるが、「貴方の大切な人に感謝の贈り物を!」という看板に、なんとなく皆にプレゼントをしよう、という気分になったのだ。
そして、全員のプレゼントを買ったあと、青年は見つけてしまった。
そのネックレスは、決して高価なものではなく、特に変わったデザインでもなかった。
だが、見た瞬間、あの湖畔で見惚れたレミットの姿が思い浮かんだのだ。
宝石に例えるようなレミットに、高いだけの貴金属はまったく似合わない。
だが、不思議とこの水晶は、彼女の美しさを損なわず、ただ優しく彼女を守ってくれそうな、そんな感覚。
あとは、もう止まらなかった。
いや、本当は「ライバルに贈り物って何なんだよ!」といろいろ悩んだのであるが、悩みながらも自分の体と口はまったく戸惑うことなく、そのネックレスを購入していた。
「まあ、買ってしまった以上、しかたないよね。うん、仕方ない」
とかなんとか自分の中でいろいろ理由をつけ、パーティの皆にプレゼントを渡した後、こうしてレミットの元へと足を進めている。
すでに暗闇が支配する夜ではあったが、まだそう遅い時間というわけではない。
道中に出会えるとは限らないし、次の街で渡そうにも日中はどうせ二人っきりにはなりずらい。
結局、ここでも先の町でも夜に会うことは決まっているようなものだからと、青年はレミット達の宿へと向かう。
本当に感謝の気持ちでしかないのなら、別に二人きりになる必要などないということは、頭には無かった。、
そして、明らかに自分達の泊まっているところとはランクの違うその宿――の人気の無い裏道で、
青年は目的の人物のレミットを見つけた。
「何でこんな場所に?」と思いながら声をかけようとして――
「姫様……何故、そんなに辛そうな顔で、この旅を続けていらっしゃるのですか?」
レミットの侍女、アイリスの存在と声に、体が止まった。
そのまま、隠れるように壁に体を押し当てたのは、自分でも理由が良くわからなかった。
「姫様には願いがある、と聞いています。……でも、本当にそんな願いなど、あるのですか?」
「……」
「姫様が、何か目的をもってあの方と同じ魔宝を求めているのはわかります。……でも、それならば、なぜ魔宝を手に入れたとき……そう、そうです。『魔宝を手に入れることができたとき』にこそ、そんな辛そうにしているのでしょうか?」
それは、すぐ傍にいた、そして長年一緒にいたアイリスだからこそ、気づけたことだった。
魔宝を手に入れたとき、レミットは「やーい!」と青年をからかいながら笑っていた。
それは、いかにも彼女らしい仕草であり、青年も彼女の仲間達も、疑問に思っていなかっただろう。
だが、それでも、アイリスはそこに違和感を感じ、そして旅が進むごとにそれが強くなっていったことで、ついに主たるレミットに、疑問をぶつけたのだ。
多分、レミットが「なんでもない!」「うるさい!」と言い切ってしまえば、アイリスは納得はできなくても従うしか道は無い。
レミットも、それはわかっていたが――冒険を繰り返し、精神的な成長をしているレミットには、それは「してはならないことだ」と気づいている。
信頼する、大切なアイリスが、無礼と承知の上で自分を問い詰めるように聞いてきたのは、そこに確かな心配と愛情があるのだから。
だから、言えることだけを、正直に愛すべき侍女に伝える。
「大切な……ね?」
「はい?」
「大切な人がいるの。……その人を、どうしても諦めたくないの」
「……その、大切な人、というのは?」
「……」
「では、その人は、姫様にとってどのような人なのでしょうか?」
「……わからない。好きなのは間違いなけれど――異性としてなのか、人としてなのか、自分でもわからないの。でも……」
「でも?」
「私は、その人を失いたくない。離れたくない。それだけは、きっと、変わらない」
ぐわん
――と、まるでゴーレムに殴られたような衝撃が、青年の脳に響いた。
は、はは、と、声にならない笑いが、自分の口から漏れるのがわかる。
二人の会話はまだ続いているが、衝撃で周囲の世界から切り離されている青年に、その声は届かない。
そしてそのまま、ふらふらとする足取りのまま、なぜか手のひらだけは強く握り締められ、ネックレスが納められた小箱が肉に食い込む。
それでも、「痛み」という外からの感覚は、青年に届かない。
なぜか、自分に背中を向けているアイリスが、ちらり、と自分を見たような気がしたが、もはやどうでもいいことだった。
どれほど歩いたのかわからないまま、暗闇の町を歩く。
(……なんだ、俺。何で、俺はショックを受けているんだか、わけわかんねえ)
涙が出るわけでもなく、ただ、なぜか全身が苦しい。
レミットの言った、その人、というのが、自分ということはありえない。
彼女は、自分と会う前から魔宝を探そうとしていたのだから。
だから、「その人」は自分ではない誰か、に違いない。
(なに考えてるんだ、俺。そんなことは……別にこの頭痛とレミットは関係ないじゃないか。それに、レミットが俺以外の男を好きだから、なんだというんだ?)
そのはずだ。プレゼントだって、ただなんとなくであって、特に理由は無い。
そう何度も結論付けて、自分はレミットに会いにきたのだから。
そして、青年は、ただ事実だけを確認するように、口に出す。
「好きなやつ……いたのか。………そっかぁ」
◇
最後に――レミットは、アイリスに告げる。
二人の会話を、青年は最後まで聞いてはいなかったが、おそらくは、聞いたところで理解できなかっただろう。
だが、もしかしたら、「何か」は変わっていたかもしれない。
そして――そんな彼がすぐそばにいて、二人の話を聞いていたことをアイリスがレミットに話していれば、あるいは。
でも、それはもう「かもしれない」の話でしかない。
青年が居たこと、そして離れたことを気づかないまま、レミットは言葉を紡いだ。
「なのに――その望みは、その人の希望を奪うことになる。……だから、私は私自身を許せない」
ああ、この物語は、私の望んだとおり、悲劇ではなくなるだろう。
そして、観客達の笑顔で満ちるだろう。
だって、これは喜劇。
愚かな道化は、指を指されて笑われるのだから。
そんな舞台の主役に、私はきっとふさわしい。
――喜劇に踊る道化は、いつだってその頬に涙を讃えている。