エターナルメロディ・悠久幻想曲SS集 恋と冒険と鉄骨と 作:レトロ騎士
◇
青年にとってレミットのイメージは、最初は「変」な子だった。
話しながらすぐに「良い」子だなと思い、最初の魔宝をあっさり取られてからは邪魔な「嫌」な子にった。
だが、負けるものかと鍛錬をしながら旅を続け、だんだんこの世界になれて余裕が生まれると、ダンジョン以外ではちょっとしたレミットの振る舞いに、優しさや気遣いがあることに気づく。
そして、一度彼女の美しさに気づいてしまえば――例えば、あの麗しき湖で、湖畔よりも、それを見つめる黄金の髪の少女に見惚れたときから――きっと、彼は手遅れだったのかもしれない。
「可愛い」「綺麗」を通り越して、「愛しい」と思ってしまった。
それは妹のような、友達として、と、いくつも理由をつけてきた。
そもそも年が離れすぎていてそんな関係はありえない、と、言い訳のように自分に言い聞かせてもいた。
「大切な人がいるの」
「私は、その人を失いたくない」
その言葉を聴いたときの自分がどんな状態であったのか、青年は覚えていない。
宿に戻り、仲間達や、置いていかれたことに不満を爆発させていた小妖精が何かを言っていたとは思うが、自分の部屋で倒れるように意識を手放してしまった。
目が覚めて、プレゼントの箱を握り締めていたらしい、手のひらの痣を見て、ようやく青年は現実を見る。
何故、あのとき自分はショックを受けたのか。
そして今もなお、何故こんなにも胸が苦しいのか。
疑問に答えるものは居ない。
だが、この感覚を、青年は知っている。
まだ幼き頃、憧れていた「お姉ちゃん」が結婚することを聞いたとき。
青臭い未熟な中学生だった頃、好きだと告げた先輩に振られたとき。
逆に、高校時代に自分に告白してきた女の子に与えたこともあるだろう、その感覚――失恋の痛み。
そこには、常に自分か相手に、一つの共通した思いがあった。
魅力的な少女達と旅をしても、けっして彼女達には抱かなかったその思い。
「俺……レミットが、好き、だったんだな」
そう呟いたあのときの自分の声が、未だに、脳から離れな――
「危ない!」
という誰かの声に、はっ、と青年が顔を上げたとき、迫ってくるのは強大な炎の塊だった。
「でえええええええっ!」
恥も外聞も忘れ、彼は追い立てられた蛙のように横に飛んだ。
ごうっ、と彼の足を掠めるように飛んでいく、火炎弾。
ひやりとしたのは決して冷や汗だけのせいではないだろう。
しかし、その流れ出ていった水分も、周囲の熱気があっという間に乾かし、そしてまたその熱で汗が浮かんでくる。
青年がなんとか体勢を立て直したとき、炎の魔物はすでに彼の仲間達によって討たれた後であった。
彼が安堵のため息を漏らすと、仲間達は心配そうに、そして痛烈に彼を叱咤する。
ごめん、と青年はすぐに謝罪するも、その言葉は重々しい。
そのはずだ。なにせ、同じようなことがすでに三度目なのだから。
彼の挙動に精細が欠かれ、いつもどこかを見るような、ここで居るのではないような雰囲気をさせているのは、ここ数週間のことだった。
強者達を迎えるマグマたちは、そんな彼らの様子にも変わることなく、ぐつぐつと歓迎の宴へと興じている。
無機質なその音は、彼の無様さをあざ笑うかのように。
ダンジョンは、まだ更なる奥へと続いている――。
◇
レミットには、最近感じていることがあった。
「避けられている」
仲間達に――では無い。
その関係は、『前回』以上に良いといっていい。
それは、レミットにとってはすでに長い付き合いでもあり、彼女達の様々な傷や重しを理解している、ということもあるにはあるが、なによりも人間としての成長が成したものであろう。
そして彼女は幼いながら、確かにそれは王族としての才であった。
本当に大事な者との信頼関係は、己が信を預けない限り生まれない。単純にして唯一の真理を、彼女は知識としてではなく本質として感じ取っていた。
だから、今回の冒険も、前回と同じくただただ真摯に彼女達とぶつかり、そして結びついた絆であった。
「ねえ、アイリス――私、なにかしちゃったかな」
だが、やはり彼女は、その体通りの未成熟な少女であり、ただ一人との関係に心を揺らすのは、当然のことであった。
不安に駆られ、問いかけるのは、王佐の才すらあるはずの、レミットがもっとも信頼する侍女アイリス。
普段、おろおろとしているアイリスであるが、そんな消え入りそうな主の様子に、今は何があっても支えなくてはと、気丈に振舞う。
「いいえ、姫様。……私が気づく範囲では、何もなかったと思います」
いつに無くはっきりと、そして力を込めて、そう告げる。
それが事実であると、主が納得できるようにと。
レミットは、アイリスに語りかけたとき、「誰に」ついてのことなのか、一言も言ってはいない。
だが、その人物が「誰」であるのかは、長年共にいたアイリスでなくとも、たとえばパーティの仲間達であっても、簡単に理解できたことだろう。
レミットの視線の先に、彼が居る。
たとえその場に居なくても、彼女の歩む先に彼が居る。
それは、パーティの皆にとって、すでに当然の事実として認識されているのだから。
自分達の様々な心の束縛を断ち切り、信頼にたるリーダーは、自分達よりはるかに子供であるはずの我侭な王女様。
この小さなリーダーが持つ静かな決意と青年への熱い想いを。
それぞれがレミットに心の枷をはずされ、こだわる物がなくなり、ようやく前を向くことができたからこそ気づけたことかもしれない。だから、彼女の仲間達は、決して口には出さないまま、レミットを応援しているのだから。
「そっか……そうよねぇ」
ほう、と、レミットが小さなため息を一つ。だが、この意思強き少女は、すぐに顔を真剣なものに変えて、己を鼓舞するように言う。
「でも、そうね。今は……この双面山のダンジョンに、意識を向けましょう」
「はい、姫様」
答えながら――アイリスは悩む。彼女にはわからない。
いったい、何故こんなにもレミットが彼を気にするのかを。
はじめは、いつもの我侭からの家出じみた旅行だったはずだ。
しかし、冒険者達にとって「始まりの町」と呼ばれるパーリアで一度見失ったときを境に、彼女は「彼女らしさ」を失わないまま、確かに何かが変わっていた。
それも、おそらくは良いほうに。
本来、それは喜ぶべきことなのだろう。
落ち着きが生まれ、思慮深くなり、慈愛を持ち、他人を思いやり、そして導き、決意を湛え、前へと進む意思がある。
今ならば、けっして他の王位継承者たちに負けないだけの王才である。権力争いに巻き込まれる可能性が増える、という心配はあるが、少女の成長そのものは、侍女たるアイリスにとっても、喜ばしいことであるはずだった。
けれど――と、アイリスは思う。
恐れ多いとはわかりながら、なおレミットを大切な家族だと思う、彼女だからこそ、強く思う。
それでも、レミットは、こんな風に悲しく笑うことは無かったと。
そして、その原因が「彼」にあることがわかるから、彼が憎々しい。
だって――自分の手を離れていくかのような成長をさせたのも、きっと「彼」だろうから。
八つ当たりだとはわかっていた。
それが、主であるレミットを欺くことになるとも思っていた。
だけれど――。
ぎり、と、アイリスは唇を噛む。
あの夜、レミットがうつむきながら泣く様に言葉を溢した時、「彼」が音もなく立ち去っていったことに気づきながら、それを主に語ることはなく。
この「裏切り」と言ってしまうには悲しすぎる小さな、本当に小さすぎる嫉妬が、もう一度大きな悲劇を生んでしまうことを、今は誰も気づけない。
◇
その決戦は、旅の中でも一、二を争う熾烈なものとなった。
回って囲んで!
補助魔法をこっちに!
いっけー!
幾重にも重なる冒険者達の必死の叫びが、敵の強大さを証明している。
「くっそ……さすがに最後の魔宝の守護者だな……でも、勝てない相手じゃない。皆、がんばってくれ!」
青年の声に、「はい!」と力強く答える仲間達。
彼の言葉は、決して仲間の覇気を高めるためだけの、虚勢ではない。
すでに数ヶ月にわたった冒険は、彼と、彼女達の技巧、魔力を、一流というに限りなく近いものにたどり着かせつつあった。
それには、魔宝の影響が強く存在している。
魔宝が持つ膨大な魔力の加護か、彼らが行う鍛錬や経験は、恐ろしい勢いで血と肉、そして力となる。
特にダンジョンでは同時に潜っている他パーティの魔宝とも影響しあうようで、青年、レミット、カイルの全てのパーティがその力を如何なく発揮している。
実際、青年の故郷においては悪鬼、魔人とされる炎の精霊、イフリートを相手に、確かに青年のパーティが押しているのだ。
それでも、決して油断はできない相手で――
「ウォーター・レストレイション!」
ちりちりと青年の肌が焼かれ、痛みにバランスを崩しそうになったとき、不意の「水」の補助呪文が青年を包む。
「レ、レミット?」
呪文の声は、青年が決して間違うことの無い、金髪の少女のもので、彼は戸惑いながらも体勢を立て直す。
安全と思われる距離をイフリートからとり、そちらに目を向ければ、案の定レミットが息を切らせながら走りよっていた。
「よかった……ほんとによかった……無事だった」
ダンジョンで、他パーティを支援すること、されることは、初めてではない。
それでもお互い競い会う同士ではあって、こんな心からのレミットの安堵は、青年にとっては驚愕に値するものだった。
なぜなら、彼女は明らかに「魔宝」のことではなく、「青年」の無事を求めて急いできたとしか思えなかったのだから。
「前」のことを秘密にしているレミットにしてみれば、それはらしからぬ失敗だっただろう。
しかし、彼女にとって、ここは全ての因縁の地である。
平常心でいろ、というのが無理なのかもしれない。
本当は、経験済みのダンジョンの知識をもって、先に守護者を倒してしまおうと思っていたのだ。最悪、無条件で共闘をするつもりだった。
実際、ここまでのダンジョンで、彼女はそうやって有利に攻略を進め、いくつかにおいて成功をしていたのだから。
だが、初期の低級ダンジョンでこそ大きなアドバンテージを誇っていたが、後半になるにつれ、そう簡単な話ではないということにレミットは気づく
記憶も細部まで完璧ではないし、分かれ道で「こちらにはモンスターがいる」とその道を避けても、もう一つの道にはより凶悪なモンスターが居たこともある。「前」にはかからなかったトラップに今回はかかってしまう、ということも少なくない。
知識があることで生まれる「不自由な選択」は時に足を引っ張っていた。
このダンジョンでも、先回りをしようとしてトラップを踏み、さらにモンスターとの連戦が発生したため、青年達に大きく遅れを取ってしまったのだ。
「手助けするわ! 魔宝は譲るから、お願い!」
「あ、ああ!」
青年にとっては、願ったり叶ったりな「お願い」だったが、レミットにはなにもメリットがないはずだ。
だが、今それを考える余裕は無い。
「ライトニング・ジャベリン!」
レミットが放った雷の槍が、イフリートの胸元を貫くと、魔人の体が震え、大きく前のめりに崩れる。
絶好の好機、と、青年は手に馴染んだ剣を高々と振り上げ、
「りゃあああああああ!」
魔人を切り裂いた。
◇
それは――青年にとって安堵した瞬間だった。
そして、いつもどおりのはずだった。
最後の敵が完全に倒れたことを確認し、魔宝を手に勝どきを上げ、先を越すことができた青年は、後から来たレミットに「へへーん」と笑いかけるのだ。
それは、半分は本気で、半分は冗談のいつものことで――そしてなにより、少女への照れ隠しの意味もあったかもしれない。
ともあれ、そんな青年の行為に怒ったレミットが彼を追いかけ、捕まって、「バカにするんじゃないわよ!」と笑いながらも軽く悪態をつく。
そんな、いつものことのはずだった。
だけれども、このときの一度だけは、レミットのあの夜の言葉が、全てを狂わせた。
「私は、その人を失いたくない。離れたくない。それだけは、きっと、変わらない」
レミットは、そう言った。確かな、強い決意で。……だから、思ってしまった。
「帰る」為の冒険を仲間としながら、この世界の住人である「レミット」を恋しく求めてる――そんな中途半端な思いの自分より、真なる願いを持つ愛しい少女に、この魔宝は譲るべきではないか、と。
だから、青年は、それを見逃したのだ。
青年の前で倒れる、破壊を司る火の守護精霊、イフリート。
その目の怒りの炎が、まだ消えていなかったことを。
自分でもどんな顔をしたら良いかわからないまま、後方で支援していたレミットに振り向こうとする青年。
「前回」の轍を踏むまじ、と、イフリートから警戒の視線をはずさなかった少女。
宝を奪おうとする不届きなる人間に罰を与えんと、最後の力を以って燃えさかる槍を掲げる魔人。
その矛先は、泣き出しそうな顔を見せまいと唇を噛む、少女にとって大切な青年に向かっていて――
「え?」
びしゃ、と、青年の体になにかが降りかかり、彼はうめくように声を漏らす。
気づけばそこには自分を押し倒し、苦悶に顔をゆがめながら、それでも微笑んでいる、少女の姿があった。
何が起きたのだ、と、頭が理解する前に、少女が舞うような血漿を口から吐いて――
「……レ……レミット……?」
……もし、あのときアイリスが、走りさっていく青年のことをレミットに告げていたのなら、また別の結果があったのかもしれない。
だが、このときすでに全ての因果を基に譜面は出来上がっていて――そしてメロディは、その譜面どおりに奏でられる。
「……あ……うぁ……うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
青年の絶叫を、その嘆きの歌のヴォーカルへと変えて。
明日また投下