エターナルメロディ・悠久幻想曲SS集 恋と冒険と鉄骨と   作:レトロ騎士

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第五話 『願いは叶う』

        ◇

        

 ――それでは、貴方の願いを――

 

 少女にとっては懐かしく、他の者にはついに到達した、終わりの地。

 イルム・ザーン・大庭園

 

 そこに、今、ひとつの奇跡がある。

 どんな願いでもかなえる、「暁の女神」という奇跡が。

 それを求め、この瞬間のため、彼ら、彼女らは旅を続けてきた。

 

 

 ――魔宝を集めし者よ。願いを求める権利を手に入れた者よ。その魔法陣に立ちなさい。

 

 

 ごくり、と誰かが唾を飲み込む音がする。

 その人物は、思いつめた表情のまま、一度後ろを振り返る。

 そこには、長い間旅を共にしてきた、仲間といえる人たちがいた。

 いつになく真剣な顔で、吟遊詩人の肩に止まっている妖精。

 始めはライバルとして争い、そして手を貸した者達。

 その全てが、自分達を支えてくれた人たち。

 

 その誰しもが、「さあ」と先を促している。

 

 青年は、一度だけ「こくり」と頷き、背負った少女が目を覚まさないように、ゆっくりとその一歩を踏み出した。

 全ては、このときのために、それはある。

 

「暁の女神に願い、レミットを救う」

 

 それが、夜通しレミットを看病した青年が、翌日に皆に言い放った、最初の言葉だった。

 誰も、それに異を唱えない。

 それは、青年が言うまでもなく、全員の意思だった。

 魔族の青年が、「ふん。次にオレ様が願いを叶えたとき、悔しがるやつが減るとつまらんからな」と言っていたのが、彼らしい。

 そこからは、あっという間のことである。

 確かに、大庭園までのダンジョン、モンスターとも、かつて無い凶悪なものだった。

 だが、それまでは3つに別れて競い合った3パーティが、「一つのパーティ」となって一致団結したのだ。

 熱にうなされ、徐々に体力の落ちていくレミットをかばいながらの進行であったが、錬度もスピードも士気も、かつて無いほどの勢いであり、最後のガーディアンなど少しかわいそうなくらいに圧倒的火力で破壊されたのである。

 本来なら少しでも体力を温存するために寝かせておくべきレミットを、あえて生命力を減らすリスクを覚悟をして背負いながら来たのには、訳がある。

 ロクサーヌの弁では、基本的に願いはパーティの代表者が行うべきであることと、魔宝を今まで集めてきたのが実質上「3チーム」であることである。

 もし、レミットがその場に居ないため、暁の女神を呼び出せない、願いが叶えられないという事態になることを、恐れたのだ。

 熱に浮かされるレミットを過酷な旅とダンジョンに連れて行くのは忍びなかったが、レミット自身が

「絶対に私を連れて行って」

 と言ったこともあり、こうして大庭園の地には、魔宝を求めた全ての者が集ったのであった。

 各町に着くたびに、青年はレミットの看病を申し出て、時には夜通し傍にいようとしたのをアイリスに止められたのには、全員苦笑するしかないだろう。

 とはいえ、アイリスにしても青年とレミットの同衾を心配したわけではない。

 むしろ、今では大切な主である少女を任せるなら、この青年しかいない、とまで思っている。だが、だからこそ、だ。

「貴方まで倒れたら、誰が姫様を支えるんですか!」

 と、彼女らしからぬ大声で怒鳴ったことは、他の少女達にとっても同じ思いであった。

 

 そして、今、こうして辿り着いた、願いの地。

 青年は呼び出された暁の女神に促され、足を進める。

 魔法陣は、『あの時』と同じように、生暖かな空気で青年と少女を包む。

 

 

 ――――さあ、願いは決まりましたか?

 

 

 暁の女神が、優雅に微笑んだまま、そう語りかける。

 青年は頷く。

 当たり前だ。願いは、はじめから決まっている。それ以外の願いに、なんの価値もないのだから。

  

  

 ――――知っているかもしれませんが、願いはかなうとは限りません。これまでの貴方の行い。そして、願いの大きさによって、左右します。

 

 

「ああ、だが、これしかない。俺の願いは、今背負ってる少女――レミットが侵しているイフリートの熱を、取り除くことだ」

 青年は、搾り出すように、その願いを告げる。

 そうだ。メイヤーに、楊雲に、様々な文献や秘術に頼っても、魔人の魔力に侵された人間を救う術が見つからなかった。だから、彼らにはこれ以外に手段が無い。

 人には無理であるのなら、『貴方』に賭けるしかな――

 

 

 ――――願いはわかりました。そして、断言しましょう。貴方は、その願いを叶えることはできません

 

 

「えっ?」

 青年だけでなく、全ての者から、戸惑いの声が上がる。

 

 

 ――――これは、本来ならば伝えることではありませんが、貴方の想いの強さ、それがわかるからこそ、特例で告げます。

 

 

 暁の女神は、閉じたままの目でありながら舐めるように全員を見回して、

 

 

 ――――願いは、魔宝を集めるまでの貴方達の行い、そしてなにより、どれだけ魔宝を手に入れたか。つまり、魔宝を所有する権利分だけ叶う可能性が高まるのです。

 

 

「あっ……ああっ!!」

 魔宝を手に入れた数。それは、レミットが3、カイルが0、青年が……2。

 

 ――貴方が手に入れたのは、二つ。しかも、そのうち一つは貴方が背負っている少女の命をかけた献身により手に入れたものです。故に、本当に僅かですが魔宝1つ分を満たしません。これで叶えられるのは、人の力でもどうにか叶えられるものまでです。僅かとはいえ人より強大な魔人の魔力のくすぶりを完全に消すことはできません。……その願いは、叶わないのです。

 

 ロクサーヌが言っていた。

 暁の女神は、ただの願いの受付係であると。

 魔宝という膨大な魔力と、願う者の想いを用いて、願いを現実化する為の媒体に過ぎない。

 そしてそれが可能かどうかは、女神の自身の意思とは関係がない。

 そんな彼女が、こうして受付以外の情報を与えてくれるのは、本当に例外中の例外であり、「彼女の意思」なのだろう。

 だからこそ――その言葉は確かであり、残酷だった。

 

 青年は、呼吸ができなくなったような錯覚の中、思考を走らせる。

 あきらめる? そんなバカな! もう、時間が無い。レミットの体力は、すでに限界に近いのだ。

 だが、でも、魔宝が足りないのは事実で……いやまて!

「そうだ!」

 閃く。それは、考えてみれば、簡単なことだった。

「願いをかなえるのが、魔宝を2つだけの俺ではなくて――」

「私が……望みを、願えば……いいのね?」

 息を絶え絶えにしながら、背中のレミットが青年の言葉を続けた。

 

 

 ――――はい。それでも、叶うと断言はできません。ですが、可能性は十分にあります。貴方がその望みを迷い泣く、心から願うならばきっと叶うでしょう。

 

 

 女神は、言葉と共に頷いた。

 

「レ、レミット? お前、起きたのか?」

「ちょっと……前から、ね」

 苦しみの中青年に笑顔を向ける、そんな少女が痛々しい。

 彼女は、ゆっくりと青年の背から降り、多少ふらつきながらもしっかりと大地に立つ。

「暁の女神様……私が、先に願いを求めます。かまいませんね」

 神々しさを放つ女神を前に、堂々と真正面から立つ少女は、ああ、確かに彼女は王の血を持っているのだと、後ろで見守るパーティの皆が思う。

 青年も、そんな彼女に、口を出せず、ただ見守る。

 

 だが、そこには確かな安堵がある。

 女神は、言ったのだ。

 「心から願えば、助けられる」と。

 だから、皆は皆は力が抜けたようになりながらも、レミットが願いを口にするのを待って――

 

「暁の女神様。……私の、願いは――」

 

 そして、誰しもが耳を疑った。

 

 

 ――――本当に、それで、いいのですね?

 

 

 女神の問いかけ。レミットは、迷うことなく、はい、と答える。

 

「彼を、元の世界に戻してあげてください。そして、できれば、私のことを忘れさせてあげて。それが、私の、心からの願いです」

 

 命が尽きかけている少女の、力強いその言葉は、誰もが、信じられないものであり、当然のように青年がレミットに駆け寄って問いかける。

「な、なんでだ。……なんでだレミット!?」

「ごめんね? でも……これしか、選択肢がないんだ」

 ペロ、と、いつものいたずらが成功したときの、舌を出した微笑み。

「ふざけんな! 俺は、お前を犠牲にして戻るなんてできるわけないだろ!」

「……ううん、違うの。本当に、選択肢がこれしかないの。……ね、暁の女神様。…もし、願いを叶えるのに魔宝の数がギリギリで…そして、その上で願いに迷いがあったら……その願いは叶う? つまり、私に迷いがあったら、イフリートの魔力の除去は、可能なのかな」

 

 

 ――――いいえ。

 

 

 はっきりと。簡潔に。

 

「……っ」

 驚愕の声を上げる青年。

 だが、レミットにとって、それはすでに知っていた知識である。

 『前』のとき、決して願いを失敗をしないために、仲間達総出で王家の文献まであさって、魔宝と暁の女神について、調べたのだから。

 人智を超える願いの為に必要な魔宝は、最低でも3つという、その事実を。

 レミットは少しだけ彼との距離を詰めて

「あのね……私は、ずっと考えてた。私は、アンタを、元の世界に帰してあげなくちゃって……その手伝いがしたいって……」

 何故、という青年の思いは、言葉にはならない。今、彼女の言葉を聞くべきだと思考の外から理解している。

「でも、悩んでた。それで、アンタと別れるのが、辛かったから……そのためにアンタが魔宝を手に入れるのを邪魔しながら、ずっと、悩んでた」

 

 ――私は、その人を失いたくない。離れたくない。それだけは、きっと、変わらない。

 

 あの夜、そう呟いたレミット。

 それは、自分のことではなかったはずだと、青年は思っていたのに――

「でも、でもね? 私は、アンタにもう、この世界のことで苦しんで欲しくない。傷つくところは見たくない。あの夜、アンタが私の胸で泣いてくれたとき、私はなによりもそう思ったの」

 それは、もう、仕方ない。

 そう、思ってしまったのだから、どうしようもない。

「それでも、アンタといる時間がもっとあれば、私にもっと時間があったら、それは変わったのかもしれない。間違っている願いだって、わかってる。でも今の私は、自分の命よりも、それを願っている。だから――たとえ今、助かりたいって願っても……それは、絶対に叶わない」

 単純な話である。

 ただの、詰みだ。

 青年、カイルでは、レミットを助けるような願いは叶えられない。レミットには、青年の帰還以外に叶えられる願いが存在していない。

 だから、これしか、選択肢がない。

 ふざけるな、と、青年が叫ぼうとしたときだった。その姿が揺らいだのは。

 誰かが青年の名前を呼ぼうとして、息を飲んだことで、青年も自分が光に包まれていくことに気づく。

 

「お………おい? うそだろ?」

「あ……よかった……私の願い、叶うみたい」

「やめろ!暁の女神!…………! 俺の願いだ!この願いをキャンセルしてくれ!」

 

 

 ――――無理です。他者が願いを打ち消すには、最低でもその願いを願ったものと同じだけの魔宝が必要です。

 

 

 冷徹な、しかし確かな答え。

「やめて……くれ……こんなの……ないだろ?お前を残して……お前を助けられなくて、向こうにいけるわけ無いだろ?」

「……大丈夫。私のことも、忘れると思う、から」

 

 レミットは、笑顔でいる。

 どんなに体が辛くても、どんなに心が苦しくても。

 彼の、『前』の言葉を、覚えているから。

 

 最後は、絶対に、笑顔でいる。

 

「……っん」

「んぅ…」

 

 薄れ行く青年に、接吻け。

 たとえ覚えていなくても、これくらい、残してもいいだろう。

 僅かな一瞬に、人生全ての想いを込める。

 唇と共に、一歩、彼から下がって――

 

「うん……やっと、わかった。私は、アンタが、大好き」

 

 最高の笑顔を、彼に向けた。

 

 

 

 消えていく青年。ようやく故郷に戻れる青年。

 だが、その顔は、悲しみと絶叫で染まる。

「うぁ……うわああああ! くそ! 絶対に、絶対に忘れねぇぞ! この世界を忘れない! 俺は、絶対に、お前を忘れない!……それが、俺の願いだ暁の女神!」

 悲鳴のような、その声は、発しているはずなのに、どこにも響かない。まるで、消えていく体と同じく、ここには最初からいなかったのだというように――

「……絶対に、忘れねぇ! だって、俺は、お前を――」

 

 

 

        ◇

        

 

        ◇

        

「――え?」

 

 

 起き上がると同時に、激しい痛みが、最初に青年を襲った。

 痛みに悲鳴を上げそうになるが、今の彼にとってはそんな暇はない。

 一瞬の意識の暗転があったが、そんなに時間はたってないような気がする。

 レミットは?ここは?と見回すと――

 

「おまえ……あぁ…よかった……」

「あ……目を……目……覚ました……うわぁぁぁぁん!」

 呆然とした表情から、安堵のため息をついた悪友と、感極まって泣き出した、幼馴染の少女。その横には、ナース姿の……実際に看護婦なのだろう、年の若い女性がいる。

 自分につながれた点滴の管、明々と照らされる蛍光灯の光。消毒液と包帯の匂い。

 だとすれば、ここは、病院の一室に間違いは無い。

 それも、あの魔法治療のある異世界のそれではなく、科学によって成り立っている、それは。

 人も、空気も懐かしい。

 だが、その感情は、青年になんの感動も与えない。

 

 だって――

 

「か、看護婦さん、呆けてないで先生呼んできてください!」

「あ、す、すいません! 先生!患者さんの意識が戻り――」

 

「……けるな」

「え?」

 

 静かなはずの、青年の呟きは、

 

「ふざけるな!」

 

 なぜか、病室に強く響く。

 

 

 

 

 

「俺を戻せ! 俺はまだ戻ってくるべきじゃねぇんだよ!」

 

 包帯でがんじがらめになっているそれを、振りほどくように立ち上がり、体についているチューブを無理やり引きちぎろうとする青年に、

「お、おい! どうしたんだ! 戻せって……お前はちゃんと意識が戻ったんだよ!」

 悪友の青年は、戸惑いながらもそれを必死に止めようとする。

 え、え、と、幼馴染の少女が呆けたように立ち尽くしている。

 

 だが、それがなんだというのだ。

 

 だって―

 

「放せ!早く、早く戻らないといけないんだ!!」

「落ち着け!おい、ほんとうにどうした?まだ混乱してるのか?」

「先生、早く、早くこっちに!」

 

 ここには――

 

「嫌だ! こんなのは嫌だ! 俺を返して…あっちに、『帰して』くれぇぇぇ!」

 

 

 

 

 

 

 レミットが、いない。

 




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