エターナルメロディ・悠久幻想曲SS集 恋と冒険と鉄骨と   作:レトロ騎士

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第八話 『最後の願い』

        ◇

        

 イルム・ザーン・大庭園。

 全ての願いを叶える、希望の遺跡。

 なのに、今そこにあるのは、慟哭と悲鳴だけ。

        

「レミット!」

「姫様!」

「レミットさん!」

        

 レミットに必死に声をかける、少女、女性達。

 しかし、その声にももはや何かにすがり付くかのような、絶望を含んだそれであり、幾人かの嗚咽は徐々にこの場に広がりつつあった。

 だが、どうしようもない。

 どう考えたって、手段がない。時間がない。

 

 せめて、一年の時間があれば、再び魔宝を集め、その願いで救うことができたかもしれないのに。

 そして、何より、「彼」はもういない。

 最後の時を、少女が恋焦がれたあの青年と過ごさせてやることすら、もうできない。

 誰もが少女の不遇さと自分の無力さに、涙を流していたとき――

 

「……さて、暁の女神。では、今度はオレ様の願いを叶えてもらおう」

 

 魔族の男が、レミットを囲む少女達を一瞥しつつ、そう声を上げた。

 

 カイル!?

 カイルさん?

 と、少女たちが口々にその名を呼ぶ中、男は気にした様子もなく祭壇へと近づく。

「カイル! 今どんな状況だかわかってんの? だいたいあんた、魔宝を一つも手に入れてないじゃない」

「うるさいぞ羽虫妖精。暁の女神はまだそこにいる。そこのクソガキも、元の世界とやらに帰ったあいつも、自分の願いを詰まらん形で叶えた。……なら、オレ様も駄目もとで自分の願いを言うだけだ」

「なっ……!」

 怒りに声を詰まらせるフィリー。その顔は憎憎しげにカイルを見ている。

 また、声は出していないが青年、レミットのそれぞれのパーティの面々だけでなく、カイルの仲間達すら、信じられない、とばかりに軽蔑した目で彼を睨んでいた。

 たしかに、この魔族の男は独善的で、傲慢なところがあった。

 だが、それでも、信じられる者だったのだ。自分達の抱えていたコンプレックスや心の呪縛、様々な問題について悪態をつきながらも手を貸し、助け、ここまで頼り、頼られてきた、誇るべきパーティのリーダーだったのだ。

 だから、裏切られた気がしたのだ。

 なせ、どうして、と矢継ぎ早に問い詰める彼のパーティメンバーを尻目に、カイルは堪えたようすもなく、

 

「なんとでもいうがいい。……さて、暁の女神。オレ様の願いだ」

 

 いつものように、ふてぶてしく、腕を組んでそういった。

 そんな、彼の願いは――

 

「……オレの魔宝の権利分の力を、全部そのクソガキにくれてやる。だから――とっととそいつの『最初の願い』を叶えちまえ」

 

 え、と。

 周囲の面々は、この男が何を言ってるか、まったくわからなかった。

 願いの内容が、どうやらレミットへの支援らしいことにも驚いたが、意味がわからない。

 なぜなら、「レミットの願い」はもう叶えられているのだ。だから、青年はここにはいないのだ。

 いまさら何を、と。

 そもそも、カイルは魔宝を手に入れていない。なのにその権利分とはどういうことか。

 そんな疑問を彼にぶつける前に、暁の女神がカイルの願いに反応する。

 

 ――魔宝の権利の譲渡はできません。それが可能ならば、最初からその少女にあの青年の魔宝の権利を譲渡をするだけでよかったはずです。そうすれば願いで呪いを解くことができました。それをしようとしなかったのは、魔宝の権利が譲渡できないことをご存知だったからでは?

 

 

「そうだ、お前はただの『受付係』だからな。魔宝はマナスポットから魔力をくみ上げて固めて形を作ったもので言わば魔力の塊だ。それが具現化されてから最初に手にした者のマナと融合し、お前に向かって願った人間のイメージに従い再びマナエネルギーとして変換される。そして、願いが叶う叶わないに限らず、願う、という契約が実行された時点で霧散する。暁の女神、お前はそれをたんたんと受理し、施行するだけの存在だ」

 

 

 ――その通りです。ですから、権利の譲渡はできません。そして、複数の人間が同じ願いをしても、魔法の権利が足されることにはなりません。

  

「そうだな。なぜなら、魔宝の力を願いの形にするにはイメージが必要だからだ。たとえ、願うものが同じだとしても、違う人間ならばそのイメージの形もどうしても異なるからだ。たとえ、双子であってもな」

 

 ――はい。ですから、どのような形であれ魔宝の譲渡は不可能です。

 

「ああ、そうだ。だからこそこの願いだ。『権利』の譲渡ではなく、『力』の譲渡なのだからな」

 

 ――魔宝の力の譲渡をしたところで、それは譲渡された者の願いとは結びつきません。所有者で無い以上、その力がその者の願いのイメージに変換されないからです。

 

「いいや、それも問題ないはず……だ。普通なら無理であっても、『今回』ならば。『あの願い』があったからこそ、それが通じる唯一の手段となるはずだ。」

 

 

 目の前で行われていく謎かけのような会話に、周囲の者はみな黙り続けている。

 カイルの発言はどれもよく分からないものであるが、なぜか、暁の女神はそれを真として答えを返している。

 つまり、わけは分からないが、正しいのだ、カイルが言っていることは。

 

 何を言っているのか。

 なぜそんなことを知っているのか。

 何をどうするというのか。

 そしてなにより――どうすればレミットが助かるというのか。

 

 それを問いかけたい。

 だけど、カイルの不遜な口調でありながら、女神に向かって小さな糸をたどろうとしているような必死の表情に、それを戸惑ってしまう――が、

 

「ちょ、ちょっとバカイル、アンタ何を言ってるのよ? というかなんでそんなこと知ってるのよ」

 一人の妖精だけは空気があまり読めてなかった。

 

「フィリー、今は彼の話を聴きましょう」

「でも……意味がわからなすぎるわよ」

 まあまあ、と妖精を宥めているいつもの表情の吟遊詩人に、ち、と軽い舌打ちをして、カイルは言葉を続ける。

「わかりやすくいってやろう。オレ様の願いは、このガキをアイツのところに行かせることだ」

 再び、意図のわからない回答に、「え」と声が上がる。

 しかも、願いの「魔宝の力の譲渡」とやらの関連性がわからない。

 そもそも、レミットをあの青年の下に行かせることができたとしてなんだというのか。

「簡単なことだ。聞いていないか? あいつの世界には、魔法なんてない。あいつが魔法を使っていたのは、この世界に来てから、だ」

 その言葉の意味に、あ、と最初に気付いたのは、メイヤーだった。

 続いて、楊雲が何かに思い当たったのか、深く頷いて言葉をつむぐ。

「なるほど。つまり――イフリートの熱の根幹をたってしまう、ということですね?」

「ああ、向こうの世界には魔力がない。精霊がいない。呪いもない。さて――そんな世界で、こちらの魔力が維持されると思うか?」

 問題はイフリートの魔力そのものではなく、それがレミットの魔力と結びついて燃え上がっていること。そして燃料となっているレミットの魔力の大きさである。ならば、ガソリンについた火を消すのではなく、ガソリンそのものをなくせばいい。

 さらにいえば、精霊などいない世界で、精霊の「要素」でしかない魔力など、維持できるわけがない。

「で、でも、そもそもアンタにそんな願い叶えられるの? カイルが手に入れた魔宝、一つもないじゃない」

 リラが問いただす。

 もちろんリラも、レミットに助かって欲しいのだが、あまりにも突拍子のないことに信用できないでいた。

「そうです、ゼロでもいいなら、あの人は自分の魔宝二個分の願いで帰れたことになります。そのあとレミットさんが自分で助かるように願えばよかったのでは」

 ティナも、同じような気持ちで、疑問をぶつけた。

「いいや、オレ様の魔宝は1個分だ。もっとも、1個で叶えられるかは半ば賭けではあるがな。……オレ様も、さっきなんとなく思いついたばかりで、うまく説明し切れんのだが」

「え、0個でしょ。ボクだって数くらいちゃんと覚えてるよ」

「魔宝ゲットの祝勝会、一回もやってへんしな」

 キャラットとアルザの獣人コンビも、あきれた声で告げる。

「カイルさん……誰かにいじめられて記憶が混乱しているんですか?」

「ご乱心なら、お覚悟ください!」

 普段おとなしいウェンディと若葉も容赦がないあたり、全員余裕がないのかもしれない。

「ええい、1個だといってるだろう! ……まあ、貴様達は覚えてないだろうがな」

 わけのわからない台詞に、本格的におかしくなったのではと皆が思い始めたとき、意外なところからカイルへの救いの手が差し伸べられる。

 

――1個、ですね。間違いありません

 

 

『えええええええっ!?』

 

 暁の女神のお墨付き。

 どうして、何故という彼女達の疑問に、カイルはこう言葉を継げる。

 

「二回目、だからな」

 

 はい? と頭の上に疑問符を上げる3パーティの面々。

 そんな中、あの吟遊詩人だけが、ぽろろん、と、小さく、本当に小さく楽しげにリュートをかき鳴らした。

 

 

        ◇

        

「二回目……そういうことだったのね」

 カイルの説明を受け、フィリーたちも頷いた。

 なにより、暁の女神と、息を荒げながらもしっかりと同意したレミットがいたからこそではあるが。

 確かに、言われてみるといろいろと自分達にもデジャブや夢のようなあやふやさではあるが、いくつか思い当たる記憶があるのだ。そして、一度気づいてしまえば、『前』の記憶が夢のような形で蘇り、全員納得に至る。

「どうりで、レミットがすいすいとダンジョンを攻略していくわけだわ。一度攻略してたからだったのね。アイツ、いっつも『またレミットがショートカットに成功してるぅぅぅ!?』って頭抱えてたのに」

「えへへ……ごめんね。でも、前回も……ちゃんと3個はとったんだよ?」

「というか、カイルさんは二回目なのに今回は0個だったんですか?」

「うるさいわ!オレ様だって記憶が戻ったのはここで女神が現れてからなのだから仕方あるまい!」

 

 ウェンディの言葉に、やや不機嫌気味にカイルが言う。

 

 ちなみに、カイル前の記憶をこの場で思い出せたのは、1個とはいえ魔宝の権利者だからだという。

 

「フン。さて、どうする。これが正真正銘、最後のチャンスだ。オレ様は貴様がどう選ぼうと知ったことではないがな。選ぶのならとっととしろ」

 そして、アイリスがレミットに改めて意思を確認する。

「確かにそれしかないのかもしれませんが……よろしいのですか姫様。話が本当なら、魔法のない世界で、今の姫様の持つ財産も地位も失って一生を過ごすことになるのですよ。そこまでして、あの方に会いたいのですか?」

 もちろん、レミットが助かる選択肢がそれしかないのであれば、アイリスも迷わない。

 だから、これはあくまで確認だ。そして、それに答えるレミットの言葉も決まっていて、

「会いたい……会いたい。魔力なんて要らない。王女なんて立場も要らない。この世界に未練はあるけど、アイリスや皆にあえなくなるのは辛いけど―ーでも、それよりも何よりも、アイツに会いたいの」

「向こうに行っても、彼が受け入れてくれるか、わからないんですよ」

「それでも、会いたい。ここでこのまま僅かな時を生きて死ぬくらいなら―ー例え向こうで一生を一人ですごすことになっても、笑ってるアイツを一度見れれば、私はそれを糧に生きていける」

 

 ――もう、何も言うことはないだろう。

 アイリスは、ただ一度だけ嘆息し、そしてまた一度だけ、レミットを抱擁した。それが、今生での最後となることを理解しながら。

「……でも、1つあるのはわかったけど、1個分の権利で本当にレミットを向こうに送れるの?」

 カレンの呟きに、カイルは相変わらずの不機嫌顔のまま、

「それは知らん。そこまでは保障できん。だから、あえてあんなふうに願いを……まあいい。1個で叶うならそれにこしたことはない。それでどうなんだ、暁の女神。オレ様の魔宝の権利で、『レミットを向こうに送る』ことはできるのか」

 

 

――足りません

 

 ひっ、と。

 誰かの悲鳴が聞こえた気がする。

 

「だろうな……ちなみに、いくつ必要だ」

 

――その願いをかなえるには三個。魔宝を集めている必要があります

 

 システムでしかない女神が、口惜しそうにそう表情を歪める様に、それがどうにもならない事実だということを知らしめている。

 『前』の調べでも、もうわかっていたことだ

 、これでついに、すべての望みが絶たれたのか、と少女たちが思い始めたそのとき、

 

 ぽろろーん、と。

 

 どこか能天気な音が流れた。

 全員が振り返ると、そこにはあの謎の吟遊詩人がいる。

「おっと失礼」

 ひょうひょうとつかみどころのない男か女かすら不詳の吟遊詩人、ロクサーヌ。

 今までただじっと成り行きを見守っていたその人が、いつもと同じ笑顔のまま、つかつかと女神に歩み寄っていく。

 考えてみれば、始まりはこの吟遊詩人の戯言からだった。

 話が本当なら誰もが求めるはずの、なのに誰も知らないという魔宝という存在を知っていて、星から占ったといってはそのありかを示す。

 三パーティには不干渉で、さらにどう考えても胡散臭いのに、何故だか気を許してしまうこの者の動きを、誰もがごくりと見守っている。

 あの能天気妖精のフィリーですら、そんな様子に戸惑っていた。

 そして吟遊詩人は、魔族の美丈夫の横に並び立つと、軽く一瞬だけ女神のほうを見た後、すぐに視線をはずして男に言う。

「だめですよ、カイルさん、その願い方では。それがわかっていたから、あのような願いを口にされたのでしょう?貴方が、最初自分でしようとしていた願い方で正しいんです」

「フン、わかっている。たださっきも言ったが、思いついたのはここに来てからなのだ。どうしても、言葉にするのがうまくまとまらなくてな。『最初の願い』が叶うのなら、それはこのガキがアイツのところに行くしかない、ということまでは思いついたのだが」

「まあ急に、ですし仕方ないですけどね。でも、あなたの望みとして叶えたいイメージが決まらないと、願いが無駄になりかねませんよ?」

「そうなのか?」

「そうです。……本当は、正しい解答になるまで待っていたいのですが、もう、『暁』の時間が終わりそうです。……だから、特別ですよ?」

「貴様……もしや……いや、まさか」

「ないしょです♪」

 

 『何か』に気づいたのか眉を潜めた魔族に、やはりいつものようにひょうひょうとリュートの弦を鳴らす吟遊詩人。

 

 そして、吟遊詩人は楽しそうに女神に問いかけた。

 

「……さて、暁の女神様、度重なる質問で申し訳ありませんが ――――― ということならどうですか?」

 

 それは、その場に居た誰もが驚くような提案だった。

 

 カイルだけが、フンっとそっぽを向き、そして女神は、今度こそにっこりと微笑んだのだった。

 




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