エターナルメロディ・悠久幻想曲SS集 恋と冒険と鉄骨と 作:kagekawa
◇
翌日の、いつもの三人の待ち合わせ場所にて。
「昨晩はお楽しみでしたね」
悪友がいきなりそんな事を言い出した。
「え」
「とりあえずおめでとうと言っといてやろう。感謝しろ」
「おま、ちょ、なにをいってるんだ。何のことだよ!」
す、と。悪友がいきなり指を差した先には、昨日、想いを伝えあった、少女の姿。
ときおり、にへらと虚ろに笑い、さらには「にゅふふふふ」と悶える様な艶声をあげ、ついでになぜか妙な歩調というか何か股に挟まったような足向きで歩いている。
「アレ見て何があったかわからんほうがおかしいわ」
「…………」
原因が完璧にわかるので何もいえない。どこか胡乱な表情になりながらも、いやまだだ、まだ証拠があるわけじゃない、と青年は空とぼけるために無言を続ける。
「ついでに、お前もたまにあんな感じのテンションになってるから」
「マジでっ!?」
「嘘。引っかかったな。通報はしないで置いてやるぞ犯罪者」
悪友の言葉に、ついに心が、そして膝も折れて地面に突っ伏す。
そしてそのまま悪友へとやるせない感情をぶつけた。
「ちくしょう! てかわかってても黙ってるのが友人だろうが!このバ『カイル』!」
「フン! 元気になったと思ったらまたオレをそう呼ぶのか貴様は! まあ、今日はまだ病み上がりだし許してやるが、来週からはバンドの練習再開だからな。しっかりと来いよ」
「わーったよ。しかしいい加減、名前とキャッチフレーズ変えない?……いい声と音を出すくせに、なんで曲名とかそういうところのセンスは壊滅的なんだよ……」、
「やなこった。それにどこに不満がある。いいか……」
彼らが前から組んでいる、ロック系バンド。
その名は――
「バンド名『魔族』! そしてオレの目標は『音楽で世界征服』! かっこいいではないか!」
わーはっはっは、と空に向かって高笑いをする悪友に、はあ、と力抜ける青年。そして、
「どこがよ。だから『バカイル』って呼ばれるのよカイにぃ」
弟分どころかいつのまにか正気に返っていた妹分にまでつっこまれ、カイにぃと呼ばれた男はへこむ。
カイル――本名をもじった彼の幼少のころからの渾名であり、バンド内でのアーティストネーム。
そして、本人以外の誰もが認める「バカ」っぷりから付けられた煽られ方も昔からである。
そんなバカを尻目に、少女は青年の隣へと並んだ。
「さて、バカはほっといて――あ、そうだ。アイリス――百合姉さんは後から来るって」
少女の家に昔から家族同然に雇われている家政婦の一家の娘さんも、今日の「パーティ」には着てくれるらしい。
どこかぽわわんとした女性だがしっかりもので、少女にとっては姉のような存在で、親友でもある人だ。
青年も、恋心とまではいかずとも親しみを持って接している。
ただ、同時に両親が多忙であまり家にいない少女にとっては、保護者役でもあるので、『二人の関係』についてはちゃんと話さなくてはならないことを考えると、少しだけ緊張をする青年である。
とはいえ、昔から二人をくっつけようとしていたそぶりもある彼女であるから、きっと、すぐに祝福をしてくれるのは間違いないだろう。
「……そか。じゃあレミッ……と、レミ、俺達は買出しに行くか」
「うん!」
今日は青年の正式な退院を祝うパーティの日である。
招待されているのは、病院で世話になった看護婦さんや、大学の考古学科のへんな先輩、少女とよく行くペットショップの定員さん。
他にも主婦真っ青の倹約家ですごくパワフルな保母さん、商店街の大食い系の店を制覇したという女子高生、地元で有名な占い師の女性。
貧血症でトマトジュース好きの女性、動物好きでいつも楽しそうにしているレミットの学校の友達に、いきつけのパン屋の看板娘の少女等、なぜか女性ばかりだが、幅広い。
本当に、本当に色々なところからの奇妙な縁で知り合った人たちだが、嬉しいことに全員来てくれるそうだ。
これはレミットも料理を張り切るしかない。
「さあ――楽しいパーティにしましょう?」
◇
「らーらーら」
「相変わらず下手ですね、フィリー」
「うっさいわよ!いいでしょ暇なんだし」
大庭園にて、その吟遊詩人と妖精は、いつもどおりのすごし方をしていた。
すでに、あの面白い大勢の人たちは、それぞれの生活へと戻り、今この庭園に居るのはこの二人だけである。
「あーあ、平和なのも考えものねー。冒険してたころが懐かしいわよ。……元気にしてるかなあ、あいつら」
「大丈夫でしょう。つい先日、魔宝の竪琴が消えましたから」
「なにそれ?」
唐突に出てきた魔宝の話に、訝しげに妖精が吟遊詩人に問いかげる。吟遊詩人は、ぽろろん、といつものようにリュートをかき鳴らして、
「魔宝は、願いが叶えられたか叶わないかが決定することで消滅し、そして新しい形の魔宝になると、言いましたよね」
「あー、旅の最初に聞いた気がするわ」
「カイルさんの話では、魔宝は『前回も今回と同じ』で、組み立てると竪琴になるパーツだったそうです」
「ふーん、そうなの? で、それがどうしたのよ」
「これは仮定なのですが、もしかしたら魔宝にとって『前回と今回』は『一つのまとまり』としてカウントされているではないかと。カイルさんが『前』の分の魔宝分の権利を持っていたのが根拠の一つですね」
「……うん、それで?」
『さて、ここで問題です。『前回のレミットさんの願い』はなんでしたか?」
今回の願いは「アイツ」を元の世界に帰すことだった。そんなレミットが前回願ったのは、確か――
「えっと……あいつを救う、ってことよね。レミットとかバカイルの話だと。」
「はい、『魔宝がたりなければ自分が持つあらゆるものを代価にしても彼を救う』、ですね。それがヒントです」
「えー? うー?」
頭を抱え始めた彼女に、吟遊詩人はではもう少しだけ、と言葉を続ける。
「では次に、カイルさんが願ったのは、どんな願いでしたか?」
「それなら私もいたから覚えてるわよ。『自分の魔宝の権利分を魔力に換えてレミットに与えること』でしょ」
結局アレがどんな意味を持っていたのかはよくわからない。
「魔宝の権利」は譲渡できないから「魔宝の魔力」を渡したところでどんな意味があったのか。
ただ、そのおかげでレミットは「向こう」に行けたようであるし、仲間の女性達も理解できた者と理解できなかった者がいたので、難しいことを考えるのが苦手なこの妖精はそこで思考を放棄したのだが。
「向こうの世界に行くには最低でも魔宝3つ分が必要。レミットさんの魔法力を燃料にして燃え続けるイフリートの熱を消し去るのに魔宝の数が2つではわずかに足りなかった。そして、カイルさんの魔宝の権利が1つ。単純な足し算ですよ」
「ううううう?えええええ?」
百面相をしながら唸る小妖精に、おやおやと微笑みながら、吟遊詩人は再び異世界の友人と、そんな彼を純粋に求めた少女のことをう。
自分が今持ちうる、そして『今後手に入れるあらゆるもの全て』をささげても、あの人を救いたい。
そんな単純な少女の願いと、愛しい青年への想い。
そしてその願いをかなえるために命を共として支えた仲間たち。
本当なら仲間たちですら騙しあい、奪い合って、自分の欲望を叶えようとするものたちに求められ続けていた魔宝。
なのに、あのものたちは、『誰か』のためだけにそれを使おうとし、そしてそのパーティの仲間も、誰も見返りを求めずそれを支援し続けた。
そんな彼女たちだから、この吟遊詩人は傍観者は主義を曲げてちょっとだけ手伝いたくなったのだ。
だから、あのとき「正解」への道を示したのだから。
「あの人にとって、レミットさんが居ない世界が絶望なら――彼は『救われて』ませんから、ね」
つまり、そういうことだ。
彼が救われるためにはレミットが必要で。
ならば、レミットがした最初の願いを叶えるためにはレミットは「あちら」に行くことも必要なことになる。。
そしてレミットの前回の願いの条件にあるように――『その願いのためならば彼女の全てを代価にできる』。
例えば――『魔宝二つ分に匹敵するレミットの内なる魔力』と、『カイルの譲渡した魔宝一つ分の魔力』とか。
だから単純な足し算なんですよ、と。吟遊詩人は嘯いた。
だがそれは、少女が最初に自らの全てを差し出す覚悟で願いをして、二度目に自分を犠牲に彼の帰還を願い、さらにそれを見届けた魔族の青年が自分の権利を少女のために使おうとしたからこそできた、裏技だ。
そして、そんな大勢の想いが込められた願いを受けた魔宝の竪琴が、今度こそ役目を終えて消えたというのなら。
きっと、二人は――
「うぬぬぬぬ? うぐぐぐぐぐ……」
「……フィリーには、ちょっと難しすぎましたかねぇ」
「うがー! 何よ!教えなさいよ!」
はいはい、と軽く答えながら、その吟遊詩人は楽しそうにリュートを掻き鳴らす。
大庭園に響くそのメロディーは、恋歌を思わせる優しい音色で――
「夢見る力を、皆持っているってことですよ。……そうですよね、
◇
―-ぽろろん♪
「あれ?」
パーティも終わり、夜の散歩もいいものだと、夜空を見上げて手をつないで歩く、とある恋人達。
だが、ふと少女が立ち止まり、きょろきょろとあたりを見回した。
どうした、と想い人の青年が声をかけると、少女は少しだけ涙ぐみながら、それでも嬉しそうに笑う。
「なんでもないわ。ちょっと、懐かしい音が聞こえた気がしただけ」
「……ああ、俺も聞こえた気がしたよ。……元気にしてるみたいだな」
その音は、どこまでも幻想的で、二人だけにしか聞こえない――ただの気のせいに違いない。
二人とも、それは分かっている。
だが、同時に確信もしているのだ。
でも、きっと、あの瞬間に、その音は向こうで奏でられたのだ、と。
ここではない、誰も信じないだろうその世界で過ごした日々。
徐々に記憶は薄らぎ、それでも決して忘れない、あの美しい世界。
それは、例えるならメロディだ。
形ある証拠も今はなく、自分達ですらその旋律を忘れていってしまっても。
その旋律を聴いて感動したことは、忘れない。
ずっと、ずっと二人は覚えている。
「……さ、いきましょうか。ちゃんと家までエスコートしなさいよね」
「わかっているよ、俺のお姫様」
星達がフェアリーテールのように煌き、星座の踊る夜空の下で。
輝く明日が来ることを待ち望むように、恋人達はお互いの心に、小さな愛のともし火を携えて、歩く。
きっと、今日も二人は――あの世界での優しい人たちの夢を見ることだろう。
~終~
これにて閉幕。
最終章は本で出したときには時間が足りないせいで満足してなかったので、今回大幅に書き直しをするつもりだったので投下が遅れてました。
ご拝読していただき感謝です。
今回のタイトルはエンディングの曲名からです。