エターナルメロディ・悠久幻想曲SS集 恋と冒険と鉄骨と   作:レトロ騎士

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青年とお姫様と月の話 第一話

             ◇

 恋をしている、とはっきり自覚したのは、いつだろう。

 彼が欲しい、と思ったのは、アイツを邪魔するために始めた旅の途中だったことは、確かに覚えている。

「なあ、お前、笑ってると可愛いのに、どうしていつも怒って俺の邪魔をするんだ?」

 アイツに聞かれて、自分でも何でだろうと考える。適当にごまかしてしまえ、とも思ったけれど、それがアイツが「本気」でわたしに問いかけているんだと感じて――。

 ああ、そっか。わたしはずっとアイツに「本気」で相手をしてもらいたかったんだ。

 憎まれ口を叩いたり、叩かれたりは何度模した。でも、アイツはどんなにわたしを怒っても、わたしがどんなにアイツに迷惑をかけても。アイツはわたしを適当に扱うことだけは絶対になかった。

 だから、アイツの邪魔をし続けていれば、そう扱ってくれると、そう思ったんだ。つまり、それは、

「……きにしてほしい」

 わたしの答えにアイツがきょとんとした顔がおかしくて、少し笑ってしまいそうになる。でも、恥ずかしさは止まらなくて、それでもちゃんと伝えたくてもう一度言う。

「わたしを気にして、ちゃんと見て欲しいの。……アンタの邪魔をすれば、本気で怒ってくれるから」

 自分でも、子供過ぎる理由だと思う。だって結局は、構って欲しいって、そう言っているのだから。

 そして、そんな我侭でアイツが命がけでやってることを邪魔しているんだって、伝えてしまった。

 怒るだろうか。呆れられるだろうか。ぶたれるだろうか。そして……もう相手にされなくなるだろうか。

 急激な不安に、押し殺されそうになり、恐る恐る目を開けると、アイツが手を振り上げていて――

「……え?」

 ぽす、と頭に手を乗せられた。

「そっか、じゃあレミット、いつでも邪魔しに来いよ

 

 そういって、アイツはわたしの頭を撫でて微笑んでいる。滲んだ涙越しに見たアイツの笑顔が、すとんと心の奥に落ちた気がした。

 それからだ。アイツに、ずっとわたしの近くに居て欲しいって思ったのは。

 だから、今までどおり、そして今までよりも必死に、アイツを元の世界に返さないために邪魔をし続けた。

 それは、確かに恋――じゃない。

 矛盾するかもしれないけど、「対等」に居てくれる友達と、「甘えさせてくれる」大人の人が欲しかったんだ。

 

 願いをかなえるという暁の女神が現れる、空中庭園。

 そこで、わたしはアイツと会える最後の夜になるかもしれないと、決意を胸に秘めて告白をしに行って……結局させてもらえなかった。

「その先は、言わないほうがいい」

 と、アイツに言われて。二度と会えなくなるのにそれを伝えるのは、きっとわたしの重荷になるから、と。必死でそばに居てと言うわたしに、困ったような顔で諭したアイツ。今から思えば、それが恋ではなく、兄への憧れのようなものだと見抜かれていたからなのかもしれない。

 それでも、少しくらいはわたしのことを考えてくれたと思う。あの時の彼は、それが妹への情のようなものだとはいえ、わたしのことで迷っていたんだって、自惚れている。

 そして、もしまた会えたのなら、そのときは告白の続きを――。そう約束して、最後の夜を終える。

 

 翌日、暁の女神は確かに呼び出された。

 旅の間に集めた、魔宝と呼ばれる五つの秘宝。後で知ったことだけど、これらは一種の強力な魔法道具らしい。

 世界全土を魔法陣に見立てて五芒星をつくり「星」という強力な霊脈から魔力を集める。それを術者となる者が「試練」という名の魔法儀式を達成して術式が完成。呼び出された「暁の女神」という魔法生命体が、その魔力を用いて術者の心の願いを具現化する。

 願いが叶う、叶わないに限らず、魔宝は形を変えてまた世界に散らばり、また儀式の準備を開始する。

 つまり、魔宝集めの旅というのは、世界そのものを祭壇にした大きな魔法儀式なのだ。

 だから、基本的に願いを叶えようとする者、そのパーティ自らが魔宝を集めきらなければ、願いの内容によっては魔力が足りず、失敗に終わるということだ。

 でも、彼は。

わたし達やあのバカイルの邪魔も全て乗り越えて、全ての魔宝を自力で手に入れた。

 パーティの仲間達の信頼も集めて、いろいろな場所で事件やトラブルを解決して、それもまた「魔宝の儀式」の一つとなり強力な魔力がそれに宿っていた。

 だから、間違いなく彼は元の世界に帰れる……はずだった。彼が、故郷にに戻りたいと心から願いさえすれば。

 暁の女神に「本当にそれでいいのですか?」という問いかけに、アイツは一瞬だけっわたしを見て、そして確かに、「元の世界に帰る」と宣言して目を瞑った。そしてアイツの体が光に包まれて――

「……あれ? よ、よし。もう一回。……あれー?

 

 アイツは、その場所に留まったままだった。

 ダメだったみたいね、と、アイツの肩に妖精のフィリーが止まると、アイツは「そ、そんな……」と跪く。

 次々と慰めの言葉をかけていく彼のパーティたち。アイツも、すぐに気を取り直したらしく、「仕方ないか」とちょっと空元気まじりに笑ったのだった。

 また魔宝を集めますか、という皆の言葉に、アイツは何かを決意したらしく、丁重に断っていた。

 正直に言う。

 わたしは、そのときとても嬉しかった。これで、またアイツと一緒に居られると、それしか思わなかった。

 それに、願いは間違いなく叶うはずだったのだ。なので、この世界に残ったままだったのは、彼が心の底からは帰還を願わなかったからのかもしれないと、そう思ったのだ。

 わたしはアイツに飛びついて、「いくとこないんでしょ。わたしのとこに来なさいよ」と、昨日の夜の事を誤魔化す様に言って、そして、彼はそれを承諾したのだった。

 

 その日は空中庭園で、アイツ、わたし、カイルのパーティ全員でアイツの「残念会」として大騒ぎで遊んだ。

 何だかんだで、一年間同じ目的の旅をしていた人たちだったから、あっという間に打ち解けた。

 その後、皆はどうする予定なのか、とか、落ち着いたら一度わたしの王宮に集まろう、とか、そんなたわいのないことで盛り上がった。

 そして、また一日泊まって翌日解散となるのだけれど。

 夜、アイツの部屋に行こうとして廊下の角を曲がると、ちょうどアイツが奥の出口から外に出ようとしているところだった。わたしはそれにすぐ声をかけようとして、

「……レミットちゃん、ダメよ」

 カレンに呼び止められた。

「カレン……どうして?」

「今日は、そっとしておきましょう?……彼が大切なら、とくに、ね」

 意味が良くわからなかった。アイツがカレンと特別な関係……だとは思わないけれど、それでも自分よりもアイツを知っているから、というようなそぶりのカレンに、わたしは素直にその忠告を聞けなかった。

 通せんぼするかのようなカレンに、わたしは大声で文句を言おうとすると、

「仕方ないわね。大声出されて気づかれたら意味がないし。わかった。そのかわり彼に見つからないようになさい。その上で声をかけるかどうかは、レミットちゃん次第」

 嫌だ、とわたしに言わせない強い口調。

 わたしは、飲まれるように「うん」と頷いてしまった。

「ホントは、私の想像がはずれてて、レミットちゃんが声をかけられるようならいいんだけどね」

 と、不可解なことをいいながら道を譲るカレンに、わたしは首を傾げる。

 でも、言われたとおり、できるだけ音を立てないように、こっそりとアイツの後をつけていった。

 そして、わたしは、カレンの言っていた意味を痛烈に理解することになる。

 

 空中庭園の端にある、大きな林の方に、アイツはすたすたと進んでいった。いったい、何の用があるのだろうと、わたしは夜の暗がりに身を潜めながら彼を追う。

 わたし達が泊まっている庭園の居住区から、大分離れた場所で、アイツは一本の木の前に立った。わたしはそこから数メートル離れた大樹に身を隠している。すると、

「……え?」

 倒れるように、アイツが膝まづいた。そのまま蹲るように、地面に額をつける。そして、

 

「……ぁぁ…く……ぅああああああ…」

 

 苦しんでいるのだと思った。だから、慌てて自分が隠れている大樹からかけよろうとして、

「――うわぁぁあああああああああああ!!!」

 泣いて、いる。

 いつも皆に笑いかけて、どんなに大変でも皆を励まして、どんな苦難にも諦めず元気に振舞っていた、あの彼が。

「父さん!母さん……!ごめん、ごめんなさい……」

 そして、次々と彼の口が叫ぶのは、今まで聴いたことのない人の名。おそらく彼の世界の友人達なのだろう。

 ……わたしは、何を勘違いしていたのだ。

彼が笑っていられたのは、苦難に立ち向かえていたのは、全部、故郷に帰れるという希望があったからじゃないか。

 なのに、わたしは。

 これで、ずっと彼が居てくれると、無邪気に喜んで、わたしと一緒に暮らせることをきっとアイツも喜んでくれると、そう思って。

 足が、ガクガクと震える。どうしようもない涙が、溢れて止まらない。ここに居てはいけないと思うのに、足がすくんで動かない。

 どすん、と、重苦しい音が彼のほうから聞こえて、わたしは我に帰る。すると、先ほどまで膝まずいていた彼が立ち上がり、木に向かって激しく拳を突き入れている。

「くそ……!ちくしょう!

 

 泣きながら、手が傷つくのも構わず、そうやって何度も拳を叩きつけている。

 止めたいけど、止められない。きっと、わたしにそんな資格なんて、ない。

 ただ耳を塞いで、わたしはその場で力なく座り込む。

 やっとわかった。

 カレンは、このことを予想して、わたしを止めたのだ。

 わたしに苦悩させないよう案じたからじゃない。

 ただ、彼が思いっきり泣ける時間を作るために。

 だから、そこから先はカレンの予想外のことだったろう。

 わたしがショックを受けることは予想していただろうけれど、わたしがもっと大きな呪いを受けるとは、思いもしていなかったはずだ。

「なんで……俺は、あんなことで迷ったんだ……」

 涙と共に、わたしは全身の血が引いた気がした。

 彼は、その言葉を悲しみだけでなく、ある感情を交えてそれを呟いてたから。

「ちくしょう!くそ!なんでそんなくだらないことで、俺は……帰るのをためらったんだ」

 その感情は――怒り。いや、一種の憎悪に近かったかもしれない。

 ドズン、と、一際大きい音がして、彼が叩いていた木が大きく揺れる。

 木にめり込んだ拳から、闇に染まりながらも確かな赤色を灯して、一筋の液体が彼の腕を伝う。

 そして、その後悪夢となって何度も見ることになる、最後の呪詛が、彼からつむがれる。、

「くそ……本当に、頭にくる。……ふざけんな……………………レミット」

 わたしはそれを夢に見る。

 何度も、何度でも、夢に見る

 

              ◇

「何度目の、夢、かな」

 涙が頬を伝わる目覚め。もう、慣れてしまった朝だ。

 自慢の金色の髪も汗でべとついて、窓の外の軽快な鳥達の音も、ただ気だるく感じる。

 外からは、式典――といっても小さなお祭程度であるが、その準備だろう様々な音楽が聞こえてくる。

 あの冒険の旅から、一年と少しが過ぎた。

 アイツは約束通りわたしと王宮に来て、今ではボディーガードとしてアイリスと共に一番近くに居てくれる。

 アイツは今までと同じように優しかったし、実はそれが偽りで本当はわたしを憎んでる、とは絶対に思わない。

 自分が弱くなるとき、それが例え理不尽だと分かっていても、何か「あたる」相手を求めることがあると、そういうことを理解できる程度には、わたしもあの冒険の中で成長したからだ。

 わたしだって、アイツと同じくらい大事なアイリスに、「アイリスのせいだ」「アイリスがいなければいい」という言葉を、負の感情を爆発させて叫んだことがある。

 恋をしている、とはっきり自覚したのはいつからだろう。

 始めは彼に対する贖罪のつもりで、お父様に彼を優遇してもらえるように動いたり、この世界にはわたしがいる、と思ってもらいたい為に、甘え続けたりしていたけれど。

 憧れと償いと恋。その境界も今では曖昧になって、ただ自分が彼と触れあっていたいから、恋人の「真似事」が楽しいから、いつでも彼を目で追うようになっていた。

 好きなのだと、どうしようもなく好きなのだと、気づいてしまえばあっという間だ。

 抱きしめて欲しい。口付けて欲しい。全てを奪って欲しいと熱く想い、火照っていく体を抑える様に自らを擁く。

 その燻るような恋は、とても切なくて、哀しくて、苦しくて……そして、その痛さ全部が楽しかった。

 でも、それも、今日で終わりだ。

 愛しい人に傍にいて欲しいという自分の願いと、愛しい人の幸せを願うことは、天秤でつり合う。だけど、心に焼き付けられた、あのときの呪詛が、ほんの少しだけ錘を乗せて、天秤を傾かせた。

「姫様、もう、起床されていますでしょうか?」

 ドアノックと共に、アイリスの優しい声が聞こえる。

「……うん。もう、起きてるわよ。着替えお願いね」

「はい、本日は明日の式典の準備がありますので、朝食後は広間にお願いしますね」

「うん」

 明日の式典。それは、わたしの十六回目の誕生日を祝う小さな祭事。

 そして、わたしの恋が、終わりを告げる日だった。

 

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