エターナルメロディ・悠久幻想曲SS集 恋と冒険と鉄骨と 作:レトロ騎士
◇
「黄昏の魔人?」
「ええ、ご存知ないですか?」
ぽろろん、と、王宮の応接間でリュートを鳴らしながら、その人物は頷いた。
名を、ロクサーヌという。
本日となるレミットの誕生日を祝うため、冒険に赴いた全員が集まることになっていた中、一番初めに現れたのが、このロクサーヌである。
異世界――この世界に飛ばされてくる人がいると星読みの力から知り、実際にやってきた青年に魔宝の存在を教え導いた、吟遊詩人である。
出生から能力、果ては性別まで謎だが、やたらと世界の秘密について詳しい。厳密には旅の仲間ではないが、結局最後まで魔宝探しの旅にひょっこりついてきた、神出鬼没の変人であり、青年の友人であった。
「魔人、ね。……聞いたことないんだけど、それいったいどんなもの?暁の女神様と似たようなものか?それからフィリー、そのケーキは俺のだ」
「目ざといわね……」
自分のケーキを食べつくし、堂々と青年のそれに手を伸ばそうとした妖精の少女フィリーは、ちぇーと口を尖らせる。そのまま、青年の肩まで飛んで、ここは私の席よ、といわんばかりに無断で座る。
「まったく……んで、ロクサーヌ、なんなんだ、それは」
久しく忘れていたその重さに懐かしさを覚えながら、青年は再びロクサーヌに問いかけた。
「ええ、このあたりに伝わる伝説の一つですね。基本は暁の女神と同じく、魔法生命体らしいのですが、暁の女神を呼び出す魔宝と違って使うのは一つの魔宝石だけ。呼び出した者の願いを叶えるそうです」
「なんだそれ。じゃあ、俺の旅もそれを取りに来ればよかったんじゃねーか」
確かに、と、またポロロンとリュートをかき鳴らして笑う、ロクサーヌ。その笑顔が飲まれるほどに美しいのが、また憎たらしい。
「それにしても、『取りに来ればよかった』ですか」
「なんだよ」
「いいえ。もう、戻られるつもりはないようですね、とそう思ったのですよ」
「なんでそう思うんだ?」
「前のあんたなら、そんな情報が手に入ったら、『今から』それを手に入れる方法を聞いてたじゃない」
「『あの時そうしていればよかった』。つまり、これからどうにかしようとは、思っていない、ということですよね?」
耳元のフィリー、目の前のロクサーヌから言われて、青年は言葉に詰まる。そして、そのまま顔を真っ赤にして無言になってしまった。
「レミットさん、ですか」
「……ロクサーヌ、俺、お前のそういうとこ割と嫌いだ」
それは失礼、と、変わらぬ笑顔のまま、ロクサーヌ。
先ほど青年が真っ赤になったのは、青年の感情が極端に顔に出るから、というわけではない。このロクサーヌには、嘘、沈黙、などの誤魔化しが通じず、且つ心でも読まれているかのような推測力をもつから、である。
つまり、取り留めのない青年の言葉から、まだ一言も名が出ていなかったレミットへの心のうちを見抜かれたと、青年は気づいたからだ。
「それにしても、あんたがロリコンだったとはね、さすがのアタシも全然気づかなかったわ」
フィリーの唐突の嘆息に、ばふう、と勢い良く紅茶を噴出す青年。
「て、てめ……俺はまだアイツになにもしてねーよ!」
「何わけのわかんないこといってんの? あのガキンチョにホイホイ命令されてお守りしてるって聞いてるわよ?」
呆れ顔のフィリー。どうやら、別にそういう「下世話」な意味で言ったのではなかったらしく、ただ旅のあとに年の大きく離れた女の子に付いていき、今のような立場にいることを揶揄してのものだったらしい。
人間より相当長く生きているこの妖精の少女は、寿命の長さからか精神年齢はそれほど高くはないようだ。
安易に「そういうこと」に向いてしまった自分の思考に恥ずかしさが溢れる。
(溜まってんのかな、俺)
秀麗な女性たちと一年もの旅をして、それなりにロマンスめいたこともあった。そして王宮ではレミットの周りはメイド達ばかりでいろいろと目の毒が多い。
(そんであれだけレミットにべたつかれればなあ)
子供から少女、少女から女への変化は、あっという間だ、と、青年は思う。旅の途中で十四を迎え、王宮で過ごした一年と半分で、もう十六だ。まだその双丘もなだらかであるとはいえ、抱きとめたときの柔らかさ、匂いの甘さは、特殊な性癖を持っているわけではない青年にとっても、脳が焦げ付くような誘惑だった。
王様。俺はちゃんと任務を守ってます、と、言い訳のように、国王から賜った胸の近衛勲章に心の中で謝る。
「俺の事はもういいだろ。黄昏の魔人ってなんなんだよ」
「一言で言えば、暁の女神と対になる存在でしょうか。暁、すなわち明け方に願いをかなえる女神。黄昏、すなわち夕方、日の入りの瞬間にその力を現す存在です」
「ふーん。で?」
「ポロロン……そうですね、それは、暁の女神、魔宝の……失敗作だと思うのです」
「女神」とは、今ではもう失われてしまった古の技術で作られた、一種の魔法生命体である。そして、作られたものであるなら、当然その試作や、失敗作があるのだと、ロクサーヌは言う。
「失敗作、ね。でも、魔宝石一個で済むなら、むしろこっちが成功なんじゃ……いや、違うか。『だから』なのか」
「おや、それだけでおわかりですか?」
「勝手な推測だけどな。五頭で引く馬車を、馬一頭で走らせようってのは無理ってことじゃねーの?」
「ご明察」
同じ結果を出そうとするなら、同じだけの出力が必要となる。入力から出力への効率変換といった別のアプローチはあるだろうが、単純に考えれば、入力エネルギーが低ければどこかに負荷がかかるだけだ。
「そのため、それを使うためには様々な条件が必要だそうです。また、足りない分の魔力を保管するための生命エネルギー、肉体的苦痛、精神的苦痛などなど……」
「なのに、叶えられる願いのレベルは暁の女神様『程度』か。そりゃ、失敗作かもな」
暁の女神は万能であり――そして全能ではない。
願いが強大であればあるほど、魔宝に必要な魔力は大きくなる。例えば世界征服を叶えようとすれば、世界征服を実際になしえるだけの労力を用いて、初めてそれだけの魔力が集められる。
結局のところ、「あれ」は目的を達成する手段を「魔宝集め」に変えるだけの舞台装置にすぎない。
カイルの「魔王復活させて世界征服」という願いにしても、せいぜいできるのは「自称魔王、でも実際は大した事のない魔法生命体を復活させる」くらいのことだろう。
そんな中途半端な存在だからこそ、この世界で「暁の女神」の噂は広まっていないし、また、その事実を知ったところで魔宝を本気で集めようとする人もほとんど居ない。
「異世界に還る」という素っ頓狂な願いを持っていたり、それを手伝おうなんていう「お人よし」でもなければ。
「で、本意はなんだ?」
「本意、とは?」
「お前がその情報を俺に伝えた理由だ、ロクサーヌ。帰還の為の情報にしては、失敗作だというのは中途半端すぎる。そもそも、俺がもう、一方通行、片道切符の帰還なんて望んではいないってことくらい、分かってるはずだ」
ポロロン、とリュートだけ鳴らし、無言のロクサーヌ。
「ただの世間話というなら、なおさらだね。世間話にしては俺へのメッセージ性が強すぎる。俺に期待だけかけさせて内容はザル、なんてことを言うような奴とも思えない」
「……なるほど。随分と思慮深くなられましたね」
「仮にも姫の直属の護衛なんでな。表面がいくら平和でも、いろんなことに目を向けて考えるってことに、『過ぎる』ってことはないんだよ」
なるほど、とロクサーヌは頷いて、言葉を続けた。
「まず魔人を呼ぶ魔宝石ですが、マリエーナ王国宝物庫に保管されています。もともとこの国の建国にも中途半端ながら魔人はつかわれたそうでしてね。もっとも、今ではただの昔の与太話、と、王族たちですら、まともには信じてはいないようですけれどね」
「……は?」
「そして、もう一つ。この話はもうすでに、レミットさんにはお伝えしています。半年ほど前のことです。『使い方』についても調べて欲しいといわれたので、この半年色々と手紙で情報を送っていました」
何故、だろうか。喉がひりついて言葉が出てこない。
「何の、ために?」
「やり直すため、って言ってたわよ」
ようやく発せられた青年の言葉に、肩から声がした。
「フィリー?」
「もう一回、アンタの願いを叶えるチャンスを手に入れたいんじゃないの? 失敗作だから無理って伝えたけど」
ちょっとまて。なんだ、それは。
青年が、そう問いかけようとした、そのときだった。
「た、たい……んです大変ですぅ、ご、ゴホッ……さん!
飛び込んできたのは、レミット付きの侍女長である、アイリス・ミール。普段、静かな彼女が、髪を振り乱すかのような慌てぶりで部屋に入ってきた。
「どうしました、侍女長。落ち着いてください、水……はないから、この紅茶を」
咳き込んでいたためはっきりとは聞こえなかったが、先ほどアイリスは彼のことを「さん」と名前で呼ぼうとしていたあたり、そうとう慌てていたのだろう。
肩書きだけとはいえ、二人とも王宮では「長」の付く立場にいる。仕事中、他の人間が居る時などは、役職で呼び合うのが、罰則はないが、ルールだった。
一人ではわりとおっちょこちょいでも、こと仕事場となるとしっかりしたアイリスがそれを忘れていたのだから、慌てぶりは相当のものである。
「す、すみません……はぁ……落ち着きましたけど落ち着いている場合じゃありません! 近衛団長様!」
「何事ですか?」
「姫様が……姫様がこの手紙を私に預けて……消えちゃいました!」
「なんだって? ……手紙?」
手渡された手紙を、青年は広げて――
「あの、馬鹿」
呟いた。
「……ロクサーヌ、さっき言ってた足りない魔力代わりの生命エネルギーって、具体的にはなんのことだ?」
「生命エネルギー、すなわち寿命です。それが実際、何年かはわかりません。数日なのか数年なのか数十年なのか――。きっとそれも、願いの内容次第です」
「だろうな。楊雲のときのアレみたいなもんか。呼び出すための条件ってなんだ?」
「なに、簡単なことです。願いを叶える人物の魔力が最も高まる日であること。その者が世界に生を受けた時と同じ星の配置であること。すなわち――」
庭園よりいくつもの空砲が上がる。
それは、大きくはないとはいえ、確かに城下へと伝わり、街はこの素晴らしき日を盛り上げようと沸き立った。
マリエーナ王国第三王女、レミット・マリエーナの誕生日を祝う、人々の歓声で――。