エターナルメロディ・悠久幻想曲SS集 恋と冒険と鉄骨と   作:レトロ騎士

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青年とお姫様と月の話 第五話

             ◇ 

 バキィィィン…と、砕けたのは魔力場だったのか、俺の拳だったのか。 とりあえず、お姫様を抱き上げるくらいには動いて欲しいものだ。

 全ての力を倍化させる、エーテル・マキシマムの二重掛け。二重掛けという無茶な魔法技術は大魔法陣により可能にしたとはいえ、基礎となる体は通常の俺のものだ。

 どこか体の器官がぶっ壊れたかもしれないし、寿命が数年縮んだかも知れないが、大した問題ではない。

「やっと――つかまえた」

「なんで……なんでよ!」

 胸の中のレミットの手から、魔宝石が力なく落ちた。

「なんでじゃねえ、この馬鹿姫!何勝手に書置き残して俺の気持ち全部無視して勝手に進めてるんだてめえ!」

「なによなによなによ! わかってるもん! アンタがどれだけ悩んでたかって、わかってるもん! だって、アンタあのとき泣いてた! 後悔してるって言ってた!」

 手紙に書いてあった、『贖罪』。

 それは、俺が、レミットのことで帰還を迷ったこと。そして、それを後悔してること。そのときだけかもしれないけど、確かにレミットに怒りをぶつけていたこと。

 だから、それをやり直すんだ――と。

「だからな、それが根本的に間違ってるって言ってんだ!」

 ようやく俺の手を振り解いたレミット。ちょっと涙目になりながら、もう一度決意を思い出したのかぶるぶると手を震わせて、

「なによ! なにが間違ってるって言うのよ! 言ってたじゃない。なんであんなことで迷ったんだって。わたしが、頭に来るって!」

「ああ! そうだよ、後悔してる。あのとき、迷ってしまった自分を今でも後悔してる! やり直したいって何度も思ったよ! でも、それはお前のせいなんかじゃねえ!」

「嘘……嘘だよ」

「嘘じゃねえ!」

「アンタは優しいから、そう言ってくれるけど……。ううん、多分、アンタのことだから今は本気でそう思ってるんだろうけど……でも、駄目なの。わたしが、あの日の夜アンタにあんなことを言わなければって、何度だって思っちゃう。そうすればアンタは今みたいに後悔する事なんかなくって、きっと、元の世界で別の綺麗な人といっしょに」

「あ――――――――――もう!」

 どすん、と、祭壇を叩く。それが、あの時木を叩いていた俺と重なったのか、レミットはびくっと震えて言葉を詰まらせた。

 でも俺は、大声を出したせいか少しだけ冷静になれた。俺は、ゆっくりレミットの頬に包み込むように触れて、

「お前のことが気になって戻れなかった。……それだったら、俺は今、後悔なんてしてないんだ。そうじゃない。そうじゃないんだよ、レミット」

 優しく、抱きしめる。今度は、どんなに暴れたって振りほどかせてなんてやらない。

 お前は、聞かなけりゃならない。なぜなら、これは俺の、「お前へ」の、「みんなへ」の贖罪なんだから。

「俺があの時迷ったのは、この世界のことじゃなかった。この世界の皆……レミット、お前のことじゃなかったんだ」

 え、と、レミットが俺の言葉に力を抜いたのがわかる。

「俺はこの世界が好きだ。名残惜しかった。俺はこの世界の皆が好きだ。皆と別れるのが寂しくて辛かった。でも、それ以上に俺は故郷に帰れるって思いが強かったんだ。正直に言う。俺があの日一番不安に思っていたのは、元の世界に帰れないかもしれないって、ただそれだけだった」

 俺の言葉は、後ろに居るカレンとリラ、それに水晶の向こうの仲間達にも聞こえているだろう。本当は、ずっと隠しておきたかった。でも、今は、言わなければならない。

「あの日の夜、お前が俺の部屋に来てくれたのは、一緒にいて欲しいって言ってくれたのは本当に嬉しかった。でも、あのときの俺には、レミットより元の世界の方が大切だったんだ」

 懺悔するように。でも、確かな言葉として、レミットに告白する。俺の罪を。

「俺は、願いを叶えるとき、強く故郷の世界のことを思ったよ。そして、そのとき、ふと思ってしまったんだ。……『帰ったら、どうなるのか?』ってな」

 言ってしまったら、もう、止まらなかった。

「こっちの世界に来て、あのときで約一年だ。俺は、元の世界で鉄骨……事故に遭う直前にこっちの世界に飛ばされた。ある意味俺は命が助かったんだ。じゃあ、向こうの世界に戻ったら、俺はどこに戻るんだ?あの時、あの瞬間に戻るのか?それは死ぬ世界に戻るって事じゃないのか? そうじゃなかったとして、一年間消息を失っていた俺は、何を失っている? 今までのことをなんて説明する? 学校は? 友達は? 家族は? ……恋人は? そもそも同じ時間が流れてる保証は何もない。俺がずっと望んでたものは、あのときのままだとは限らない」

 恋人、という俺の言葉に、レミットが一瞬震える。俺はレミットの背中をあやすように撫でる。

「冷静になって考える時間があれば、それらを全部クリアできるような形のお願いを暁の女神にしていたのかもしれない。だが、そのことを思い立ったのは、まさに願いを叶えようとした、そのときだった。だから――そう思ったら、元の世界に帰るのが怖くなった。その恐怖に耐えかねて目を開けて、世界はなにも変わっていなかった。……なんてことはない。俺が元の世界に帰れなかったのは、この世界に未練があったからでも魔宝集めに問題があったからでもない。ただ、保身のために躊躇ったからってだけなんだよ」

 この言葉を聞いて、旅の仲間達はどう思っているだろう。後ろの二人は、水晶で見ているだろう外の皆は――

「そんなことで……そんな俺のくだらない臆病さだけで、俺は一緒に苦労して旅をしてくれた、時には命だって賭けてくれた皆の思いを、あの旅を無駄にしてしまった……それが、自分が許せなかった」

「それが……アンタが言えなかった後悔、なの?」

「……ああ」

「だ、だって、あのとき『ふざけるな、レミット』って……」

「憎んだのは、愚かだと思った俺自身。自分が憎くて憎くてしかたなかった。真っ暗になった頭の中で、俺は誰よりも謝らなくちゃいけないやつが居ることに気づいた。元の世界に帰るという理由で『そいつ』の大切な思いを言わせなかったのに、その理由をあんなくだらない迷いで台無しにしたんだ。……レミット、俺はあの呟きで最後の最後でお前に謝罪して――そして、救いを求めていたんだよ」

 呆然としているレミット。そうだろな。そうだろうよ。長年のお前の苦しみが勘違いだったなんて、思いもしてなかったろうからな。それは俺のせいかもしれないけど、でも、今回の勝手な行動は許せない。

「それになあ……なんで、そんなことで俺がお前を恨むんだよ。邪魔ならいつでも邪魔しろっていったじゃねーか。くそ、言うだけ言ったら、俺、急にお前にムカついてきた」

「え?」

「だいたいだな、なんなんだよここ最近のお前は! 一人で悲劇のヒロイン気分で盛り上がって勝手に俺を避けやがって。避けてんの気づかないとでも思ってたか? 自分が辛くても俺を帰さなきゃいけない? 勝手にきめんなアホ。何自分に酔いしれてやがる。可哀想なお姫様気取りか? はっ!柄でもねーわ、似合わねぇ」

「え、え?」

「俺に聞きゃいいじゃねーか。『今』俺はどうしたいかって。そこで嘘つくほどお前のことなんか『立てて』やるつもりはねー。俺は騎士じゃなくてただのボディーガードだ。忠誠なんて誰が誓ってやるか馬鹿」

「え、え、え?」

「この我侭おてんば姫!ほーれホッペが柔らかすぎて気持ち良いじゃねーかみょーんみょーんむにゅー」

「ひょ、ひょっひょひゃにすりゅにょー!」

 むにゅん、とおもむろにレミットの頬をつまみ、左右に引っ張ってみる。

「にゃ、にゃにしゅゆのー!」

「ほーれほれ、伸びる伸びる、ほーら、面白いぞー。皆見てみろー。レミット王女の変な顔ですよー」

「やめへやめへ、ふぁれんふぉひらもとふぇふぇー!」

 呆れるようなカレンとリラだが、頬が引きつって必死に笑いをこらえているのは見逃さないぞこら。

 最後におおきく引っ張って。そして、レミットの顔を寄せて、その真正面に俺の顔を向ける。

「いいか? 俺は別にお前の為にボディーガードやってるんじゃねー。お家事情なんてしったこっちゃねー。どうでもいいんだよそんなこと。俺は今、お前の隣にいたいって、ただそう思ったから、一番近くにいられるボディーガードを喜んでやってるんだ」

「……え?」

「俺を勝手に帰そうとするな。そんなこと、たとえ暁の女神様にだってさせねえ。俺を見くびるな。俺の中で元の世界に戻ることが優先なら、俺は何度だって何百回だって、魔宝でも鉄骨でも召喚携帯でも探し出してやる。でも――」

 俺は先ほどの懺悔以上の覚悟で、次の言葉を言う。

「俺は、お前が好きだ。お前のそばにいることが最優先だ。だからその為なら俺は剣を振る。魔法を極めてやる。地位がないなら騎士団長にだってなってやる。王女のお前を手に入れるのに必要なもの、なんだって手に入れてやる」

 ええとつまりそれは、と、完全にパニックになった頭で、レミットは考えて、考えて――思考が停止したようだ。

「まだわからないのか、レミット」

 俺は懐から、この日の為に数週間前から用意していた、指輪が入った小さな箱を手渡して、告げる。

「俺は、今、お前にプロポーズしているんだ」

 そして、答えを聞かないまま、口付けた。

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