エターナルメロディ・悠久幻想曲SS集 恋と冒険と鉄骨と 作:レトロ騎士
序章 『求めるものは』
◇
――それでは、貴方の願いを――
イルム・ザーン・大庭園
そこに、今、ひとつの奇跡がある。
どんな願いでも叶える、「暁の女神」という奇跡が。
それを求め、この瞬間のため、彼ら、彼女らは旅を続けてきた。
――魔宝を集めし者よ。願いを求める権利を手に入れた者よ。その魔法陣に立ちなさい。
ごくり、と誰かが唾を飲み込む音がする。
その人物は、思いつめた表情のまま、一度後ろを振り返る。
そこには、長い間旅を共にしてきた、仲間といえる人たちがいた。
変わらぬ笑顔に憂いを持つ吟遊詩人。
その肩に止まる、いつになく真剣な顔の小妖精。
自分を支えてくれた人たち。
ライバルとして争い、そして手を貸した者達。
その誰しもが、「さあ」と先を促している。
願いの権利を手に入れたその人物は、一度だけ「こくり」と頷き、もう揺らぎはしないと、その一歩を踏み出した。
そうだ、誰にもこの権利を渡すわけにはいかない。自分が、自分こそが、やるべきだ、と、迷わず進む。
魔法陣は、生暖かな空気で己を包み込む。だが、それでも不快はなく、誰かの体内に居るような、そんな感覚。
――さあ、願いは決まりましたか?
暁の女神が、優雅に微笑んだまま、そう語りかけた。
頷く。
当たり前だ。願いは、はじめから決まっている。
それ以外の願いに、なんの価値もないのだから。
――知っているかもしれませんが、願いは叶うとは限りません。これまでの貴方の行い。そして、願いの大きさによって、左右します。
知っている。
今から叶えようとする願いは、とても大きな願い。
きっと、世界中で同じようなことが願われて、求められ、そして叶えられなかった願い。
それを、今から願うのだ。だからこそ、願いは吟味した。
皆と相談して、調べ、何度も何度も考えた。
「もっとも叶う可能性が高くなる願い」を。
――目を瞑りなさい。そして、祈るのです。
言われたとおり、目を瞑り、さらに手を組む。その女神に、そしてありとあらゆる神に、祈りを捧げるために。
そして、口を開く。
心の中でだけでは足りないから。
例え自分の全てが生贄となっても、この想いは止まらないから。
だから自分は、その願いを、確かな想いと共に、口に出す。
優しい宝物となったあの日と、後悔すべきあの時を思い返しながら――。
◇
「なんで、そうなるのよ」
「……え? 何が?」
「だって、いつでも邪魔しにこい、なんて、変じゃない」
少女の言葉に、その青年は、「うーん」と首をかしげながら
「あー、まあ、楽しいから、かな」
と、愉快そうに言った。
「ま、邪魔されるのは大変だけど……ここまでこれたのは、お前と、あのバカのおかげでもあると思うんだ」
もちろん、俺の仲間達もね、と、空を見上げるように続ける。
「競い合うやつらが居るから、俺たちも強く、たくましくなろうって訓練もしたし……。故郷を思って寂しがる暇もなかったしな。なんだかんだで、お前らのおかげで俺は救われてるんだよ。レミット」
そして青年は、レミット、と呼びかけた愛らしい少女に、大切な家族にそうするように、彼女の宝石のような髪をくしゃりと撫でた。
レミットは、とろん、と呆けるようにその手の感触にまどろんだが、それも一瞬。
「な、なによ! またこんなふうに子ども扱いして! どうせ私の邪魔なんてたいしたことないってバカにしてるんでしょ!」
かっと熱くなる顔が、胸の動機のせいだと悟られないように、怒りでごまかす。
ごまかしたのは、彼に悟られないためなのか、自分が彼への思いに気づかないふりをするためなのかは、少女にもわからない。
しかし……
「……ふん、だ」
仲間達のところに戻る彼の後姿を見ながら、そう悪態ついたのは――きっとそれが少女にとって、大切な思い出であったからに違いない。
――場面は変わる。
最後の魔宝、と、いつものように乗り込んだ、鬼面の相が禍々しき、とある火山の洞窟にて――
レミットは、その現実が受け入れられなかった。
襲い掛かるものは何もない。危険など、すでに過ぎ去っているのは確かである。
敵であったものは、最後の悪意を振りまいたと同時に、その命の灯火を消したのだから。
『危険』は、もうどこにもない。
なのに、目の前には『恐怖』がある。
その恐怖は、ただただ、機械的だった。
畏怖もなく、自らの痛みもなく、吐き気を催すような視界的嫌悪もなく。
ただ、大切な人が失われていくという、『事実』のみがそこにある。
いつもどおりのはずだった。
青年達のパーティが、このダンジュンを制覇しかけたそのとき、少女はいつもどおり魔宝の横取りをしようと駆け出した。
それは、半分は本気で、半分は冗談のいつものことで――完全に本気で奪おうとしている魔族の青年へのけん制の意味もあったかもしれない。
ともあれ、そんなレミットの行為に慌てた黒髪の青年が追いかけ、捕まえ、「横取りするなー!」と軽く小言をする。
そんな、いつものことのはずだった。
だけれども、このときの一度だけは、レミットが本気で魔宝を奪い取ろうとしたことが、全てを狂わせた。
……青年が、元の世界に帰ることを「意地悪」ではなく「本気」で止めたかったから。
だから、少女は、それを見逃したのだ。
青年の前で倒れる、破壊を司る火の守護精霊、イフリート。
その目の怒りの炎が、まだ消えていなかったことを。
青年達の横を、自分の仲間達の静止すら聞かず、すり抜けるように走りだしたレミット。
それに驚いて振り向く青年。
宝を奪おうとする不届きなる人間に罰を与えんと、最後の力を以って燃えさかる槍を掲げる魔人。
その矛先は、煌くような黄金の髪をなびかせる、青年にとって大切な少女に向かっていて――
「え?」
びしゃ、と、レミットの体になにかが降りかかり、足を止める
振り返るとそこに、苦悶に顔をゆがめている、青年の姿があった。
何が起きたのだ、と、頭が理解する前に、彼の体がぐらりと揺れる。
そして――
「きゃああああ!」
誰かが、悲鳴を上げた。
それが誰のものだったのか、レミットはその後知ることもなかったが、彼の仲間の誰かではあったのだろう。
次々に駆け寄ってくる、少女たち。必死に呼びかけ、そして治癒魔法をかけ続ける。
それに続き、自分の仲間や侍女のアイリスも、腰を抜かして座り込んだレミットにその安否を聞いてくるが、それに何も答えられず、ただただ目の前の光景から視点を動かせないでいた。
震えだす体。音にならない言葉。揺れる視界。
全てが非現実であるようなその感覚の中、
「レ、レミット……」
少女を現実へと引き戻す、彼の声。たどたどしく震えながら、少女へと伸ばされた、彼の手。
レミットは、ふらふらと、幽鬼に誘われるように声の主へと近づき、その手をつかむ。
「レミット……無事、か?」
こくこくと、ただ何度も頷く。
目から、熱い何かが流れていく気がするが、何も考えられない。
ぽたり、と彼の顔に落ちたその液体は、彼から流れる「それ」へと混ざった。
――なぜ、その液体は赤いのだろう。
私の目から流れたもののはずなのに。
疑問に答えるものは居ない。ただ、荒い呼吸の彼が、目の前に居る。
「そう、か……よかった……」
「な、なんで」
「どう……した、よ……いつもどおり、怒ってるほうが……お前らし……」
げふっ、と、青年の口から、血漿が舞った。
それと同時に、急激に彼の手から、温かみが消えていく気がした。
「やだ……そんなの……やだぁ……」
彼の手を両手で強く包み込むように握り締める、レミット。
彼は、そんなレミットをただ優しく見つめながら、もう片方の手を少女の頬に添えて撫でる。
「なんだよ……意地悪だな、レミット。………最後くらい……笑ってく…ても、い…じゃ…いか」
大きな悲鳴を上げるなど、王族として、はしたない。
部屋に飛び込んできた虫に驚いて、きゃあ、と声を上げたとき、レミットは教育係にそんな風に怒られたことがあった。
そのときは、そういうものかと素直に謝った。
だけれども。
それはただただ、幸せなことだろう。
その教育係も、それに納得したそのときの私も。
なぜなら、それは、「知らなかったから」のだから。
知っていたのならきっと、悲鳴をはしたないなどというその教育係を、さらに「はしたない」と言われながらも、私は大笑いをしていただろう。
彼の、手が力なく落ちて――
「――――――っ!」
ああ、本当の絶望から生み出だされた悲鳴は、声など出ないのだということを、その小さな王女は知ったのだった。
◇
――さあ、願いを。
レミットは、祈る。己の全てをささげる覚悟で。
そして、声を上げる。
「私の大切な、彼を――私が今持ちえる、そして、これから為しえて手に入れるあらゆるものを代価に、彼を救って」
失われた命は、帰らない。
生き返った命は、同じ命とはならない。
「どんな願いでも叶える暁の女神」
しかし、願いがかなうかどうかは、「願いを叶えるまでの行動」が問われる。
なら、「命を蘇らす」という願いに必要なのは、いったいどれだけのことが求められるのだろうか。
だから、あえて願いを曖昧に、そして、「代価」を捧げた。
たとえ、今、代価が足りないのなら、これからそれを手に入れてやればいい。
魔力が必要なら、その魔力を手に入れてやろう。
知恵が必要だというなら、全ての智謀を我が力としよう。
痛みが必要なら痛みを、私の命が必要というならそれすらも――!
欲しいのは希望。
彼を取り戻せるという、ただ一つの可能性。
そのためにレミットは、このイルム・ザーンまでの冒険を続けてきた。
「お願いします。どうか、私に、その希望をください――!」
そして――音がなくなる。
目を開けるのが、怖かった。
願いに、あらゆるものを捧げてさえ、無理があるのはわかっていた。
だけれども、それでもかすかな希望で、願いを叫んだ。
それでも、何が変わったようには思えない。
レミットは、開いたと同時にやってくる絶望への恐怖に震えながら、ゆっくりとその目を開いて、
「……え?」
そこは、大庭園ではなく、街の中だった。
どこかで、いつかに、見たはずの街。
自分がいきなり別の場所にいることへの不安よりも、ある感情が強く湧き上がる。
ああ、そうだ、この街は――
――ドンッ
「いっ……た?」
そう、こんな風に、あいつらとぶつかって――
「お、おわっと! 大丈夫――って、うわ! ごめん! そんな泣くほど痛かったの?」
それは、始まりの街、パーリア。
彼と出あった、最初の地で――。
ここから始まるのは、もう一度繰り返されるメロディ。
しかし、決して、ただのダ・カーポにはさせない。
「痛かった……貴方に会えない毎日が、すごく、痛かったの」
きっと、このメロディを、悲壮曲から歓喜の歌にするために――
青年と少女の、新しい旅が始まった。