本当に思いつきを書き連ねただけなので状況描写が分かり辛いかもしれません。
もし、そのような箇所が目立つようであればご報告下さい。
加筆するか補足するか、何かしらの対応はするかもしれません。対応した場合でもそれを自分から報告などは致しません。
以下、本文です。
とある時代、人工数十万人の中心都市とはいえずともそれなりに大きな街と表現できるほどの規模はあるその土地で一つの出会いがあった。
場所はその街の中心から少し離れた所に存在する教会。
時刻は深夜零時を通り過ぎ、もう幾ばくかの時が経てば一時となるであろう時間。
明かりなど雲の合間から気まぐれに顔を出す月明かり程度しかない教会の中でそれは行われた。
神聖な場であるはずの協会は光なきこの時間は途端に不気味な雰囲気を漂わせる。
その暗がりの中にもかかわらず、跪き祈りを捧げるシスターが一人。
一体いつから続けているのか。
まるで石像のように微々たる動きも見せずに中心にて祈りを捧げ続けている。
時折窓ガラスから差し込む光以外に時間の経過を感じることができない。
果たして、その曖昧な空間がどれほど続いただろうか。
唐突に祈ることを止めたシスターはゆっくりと立ち上がる。
そのまま顔を上げ、掲げられている巨大な十字架を見上げるように首を持ち上げると同時に瞼を持ち上げる。
見計らったように月光が差し込み、開かれた彼女の青い瞳に反射する。
修道服によって体のラインがほとんど隠れてしまっていてもその顔立ちから一目で絶世の美女だと確信できてしまう彼女はその顔に付いた二つの宝石を瞼を見開くことで惜しげも無くひけらかす。
一枚の絵画の如きその空間はしかしすぐに破られることになる。
破ったのは音。『ガチャリ』と、今まで布が擦れる音すらしなかったその場に唐突に不躾な音が飛び込んだ。
発生源は扉。では、原因は果たして。
「…ほう。外観によらず、中は随分と広いんだな」
我が家のようになんの合図もなく侵入してきたその存在は当たり前のように教会の内部を上から目線で評価する。
薄桃色のドレスを着用し、頭との接触面で引き結んだドアノブカバーのような形状の帽子を被った暗い水色とも形容すべき髪色をした肩口ほどの長さでウェーブがかかった髪型の幼い少女。
そんな存在が侵入者の正体だった。
しかし、服装や佇まい、身に纏う空気で少女が場違いに夜の街へと紛れ込んでしまった迷子ではないことは即座に理解できる。
「なるほど、
「当たり前だ。私をその辺りの凡俗と一緒くたにするなよ。不敬罪で処刑するぞ」
「いえいえ、貴女程の方をその他大勢とするのは失礼。というよりも不可能ですわ」
不機嫌そうに鼻を鳴らす少女を苦笑気味にシスターは諫める。
おおよそ、真夜中に行われるにしては違和感が際立つこの光景を疑問に思う者は誰もおらず、故に二人のこの邂逅を止める者は誰もいなかった。
「それで、このような時間に教会にどのような御用でしょうか?」
「…こんな時間に来た私も私だが、そんな対応をする貴様も貴様だな。そうだな。折角だ。悩みでも聞いて貰おうか」
「それは無理な相談で御座います」
一瞬の躊躇いもない拒否。
それを聞いた少女の反応は一瞬の驚き、そして――
「………ほぅ」
――形容しがたいナニかを孕んだ笑みだった。
「一応聞いてやろう。何故だ?営業時間外とでも言うつもりか」
「まさか、例えどのような時であろうと迷える子羊を教え、導くのは神に仕える者として当然のことですわ」
「では、格差差別か?最も意味としては逆だろうがな」
「それこそまさかです。たとえ奴隷だろうと貴族だろうと老若男女の全ての人に平等に接しますとも」
シスターは、しかし、と続ける。そこでようやくシスターにも変化が生ずる。
といっても、何か大きな動きがあった訳ではない。むしろ、シスターは少女が入ってきたときに体の向きを少女へと合わせて以降一切身体の動きに変化は無かった。
変わったのは表情。穏やかな、諭すような笑みがゆっくりとその形を潜めていく。
代わりに表に出るのは変わらずに笑み。しかし、その意味合いは全く以て同等ではない。
それは獣が獲物を前に歯をむき出しにするのと同じ。
およそ、聖職者が、女性が、人が、してよい表情ではなかった。
シスターは言葉を続ける。
「何故、態々敵対者を助ける必要があるのでしょう」
そこでようやく少女にも次の変化が表れた。
最初は少しずつ息を漏らすような、次は喉を震わせるような、そして最後には上体を仰け反らせ、大口を開けて明確に声を上げて笑い始める。
月明かりに照らされ鈍く光るのは人間にしては明らかに長すぎる犬歯。否、それの名称は牙。
「参ったな。別段隠すつもりもなかったが、少なくとも羽程度は仕舞っておいたんだがな。参考までに何故そう簡単に気づかれてしまったのか教えてくれないか?」
人外としての正体を表した少女はシスターへと問う。
それに対し、シスターも獣のような表情を変えることなく平然と答えた。
「足音を一切立たせず教会の周囲に現われておいて、なんの変哲も無い少女ですなど、そのような言い分が通るとでも?」
その答えに今度こそ人外の少女は腹を抱えて大笑いし始める。
一人笑い続ける少女と歯をむき出した笑みを浮かべてそれを見続けるシスターという端から見たら状況が全く飲み込めない時間が暫く続く。
「一応、目立たんように数十メートルは離れた所に着地したのだがな。貴様こそ、本当に人間か?」
「まあ、失礼なことをおっしゃるのですね。歴とした人間ですわ。それ以外になったこともありません」
「ぬかせ。まあ、
そう言ってかぶりを振る少女の仕草は見た目不相応なものの筈だが、人外と知っていれば見た目などというものは相手を侮る要因とは何一つなり得ない。
シスターは知っていた。この街の近くにあるとある館のことを。
むしろ、このシスターが態々派遣された理由がそれであった。
「紅魔館。この街の人間たちが密かに恐れている館の名前。噂では化け物が大量に住み、近づいた者は誰一人生きては帰れない。そしてそこの当主の正体はかの有名な化け物。そう、数多くの創作物にも登場するその名は……」
『吸血鬼』
声が重なる。少女は心底愉快そうに、シスターは少々驚いたように、それぞれその後の反応を示した。
「もう少し勿体ぶるかと思いました。随分と潔いのですね」
「互いの種族の確認なんぞに時間をかける趣味はない」
「そうなのですか?今までに始末した吸血鬼たちは皆自分の種族を名乗るだけで随分と偉そうに前口上を述べていましたが」
「始末した、か。………ふっ、くくく、それはそれは、我が同胞が失礼したな」
「ええ、女の誘い方も口説き文句もそこら辺で飲んだくれてる無職に劣るものでしたわ。今までで一番まともな対応が帰ってきたのが貴方のようなお若い方だけというのも呆れますわね。そういえば、初めて吸血鬼からまともな謝罪を頂きましたわ」
「ああ、それは想像できるな。大方、命が惜しければ自分の物にうんたらかんたら、で最期に、財宝も全て差し出すから命だけはうんたらかんたら、だろう」
「自分の同胞のことを随分な言いぐさですね。まぁ、全部想像通りのあたり何とも言えませんが」
呆れたように苦笑しながら、やれやれ、と首を振る吸血鬼の少女にシスターは若干の驚きを覚えた。
シスターの経験上、吸血鬼という存在は種族のことについて少しでも貶されればすぐに激高して襲い掛かってくるような連中、というイメージが定着していた。
最初は優雅な貴族を気取っていても自分が吸血鬼を殺したことがあると言えば必ずその張りぼてを自らぶち壊して感情のままに行動する。
それがこの少女の姿をした吸血鬼はどうだろう。シスター自身、まさか自身の種族に関してここまで辛辣に語る吸血鬼がいるとは思わなかった。
少なくとも察せられる感情に怒りの類いは無いように思える。
「不思議な方ですね貴方は。今までの相手にした誰より幼い容姿をしているというのに、今までの誰よりも冷静で落ち着いている。その仕草も張りぼてには見えませんし、よく解りませんわね」
「少しでも驚かせられたのなら光栄だ。しかし、私はまだまだ若輩者だよ。見た目相応に、ね」
余裕たっぷりにウインクしてみせる少女に落ち着きを通り越し、一種の威厳のようなものすら感じ始めたシスターは思わず、獣の笑みを引っ込めて少し吹き出すように微笑んでしまう。
なるほど、つまらない者ばかりというわけではないらしい。
「お気に召したかな?随分と素敵なお顔になられたが」
「ええ、正直、化け物には単細胞生物しか存在しないのかと思っておりましたので、今宵の会談はとても有意義なものになったと思えますわ」
「それはなによりだ。私もまさかシスターとこんな話をする機会があるとは思ってもみなかったのでね。とても楽しい時間を過ごさせていただいた」
「だからこそ、残念ですわ」
シスターの纏う空気が変わる。
つい一瞬前まではただの人間だった。有象無象に紛れたら見分けがつかなくなるほどの、大した特異性もない雰囲気しか持たなかったシスターは、一秒も必要としない間にその存在を様変わりさせた。
笑顔は変わらず微笑みのまま、立ち姿も特に何も変化は無い。
先ほどの獣のような笑みさえも浮かべていないのに、それでも今までで一番危険度が跳ね上がっていると、対峙する吸血鬼は確信した。
途端に吸血鬼は己の翼を広げる。意識した訳ではない。彼女の空気が変わった瞬間に、己の力の象徴である吸血鬼の翼を無意識のうちに出していた。
即ち、それは化け物である少女が強制的に戦闘態勢を取らされたことを表していた。
「吸血鬼が支配するというこの街にただのシスターが一人で来る訳がないとは思っていたがこれほどだとはな。正直、予想外と言わざるを得ない」
「先ほどは大変驚かされましたので意趣返しとして、
「ああ、意外も意外。驚きすぎてショック死するかと思ったぞ」
「まあ、化け物がショック死で心停止とは。ジョークとしてはとても面白いですわ」
「そうだろう?私は館で一番ジョークが上手いと評判でな。どうだシスター。このまま日の出直前まで私と談笑しないか。今まで懐で暖めてきた漫談を披露しようではないか」
「あらあら、駄目ですよ。貴女のような方が朝帰りなど。お住まいの方々がなんとおっしゃるか」
「何を言う。貴女のような女神の如き美貌を持つ女性と一晩を過ごしたなどと言ってやれば果たしてどれだけの者達が嫉妬に狂うことか」
「嬉しいことを言って下さいますのね。では、是非とも自慢して下さいませ。私と、とても、とても熱い、熱烈な一夜を過ごした、と」
それ以上二人が会話を続けることは無かった。
互いに無言。吸血鬼はその爪を揃えて体の横に垂らす。シスターは一体いつ取り出したのかかなり大きな投げナイフを両手の指の間に挟むようにして持っている。
そのまま両者とも動かず時間が経つ。隙を探すが互いが互いに対して、このまま待っても一分の隙も見せはしない、と理解する。
ならば、と最初に動いたのはシスターだった。
行動はとてもシンプルなもので、片手に持ったナイフを投擲して見せた。
しかし、この最初の様子見とも言える攻撃で吸血鬼は驚愕した。
速い!初動すら全く見えなかったぞ!?
回避自体は難なくしてみせる。しかし、その心中は驚きに満たされていた。
しかし、それでも動きは止めない。回避の勢いそのままにシスターへと突撃する。
今、シスターは片手に持ったナイフを手放した。つまり、吸血鬼の攻撃を防ぐことができるのは片手のみ。
さらにナイフの速度からもかなりの勢いで投げたのだろうことが分かった。ならばその勢いを殺しきるまで体のバランスにどうしても無理が生じる。
初動すら見えなかったのだ。すぐにまた動けるということはないだろう。
射程に入ると同時に右腕を振るう。シスターはすぐさま残った右手のナイフで爪を防いだ。
薄々想像してはいたが、シスターが難なく自身の攻撃を防いで見せたことに吸血鬼は再び驚愕した。
しかし、その行動自体は吸血鬼の想像通り。
「こっちはどうする!」
予定通りに左を突き出す。
シスターは少しも慌てることなく、その吸血鬼の左手から真っ直ぐに距離を取ろうとするかのように体を引く。
当然そのまま下がり続けてもすぐに追いつかれてその胸に風穴が空くだけである。
体を引いたシスターはそこから勢いよく上体を反らす。
上体を反らしたシスターの紙一重ギリギリを吸血鬼の左手が通過した。
吸血鬼もこのような回避の仕方に思わず関心するが、それでも余裕を含んだ笑みを浮かべていた。
吸血鬼はこの回避された左手をそのまま振り下ろせばいいのだ。これでは死因が貫通から切断に変わるだけ、そう考えていたからこそ吸血鬼は己の優位を疑わなかった。
左手を貫手から九十度回転させ手刀へと変え、そのまま振り下ろそうとした吸血鬼が次に感じたのは自身の顎への痛烈な衝撃だった。
唐突なあまりにも強烈な一撃に思わずその勢いのままに跳び上がりバク転を決めながら後退する。
退がってから改めてシスターを見れば、自分の顎への衝撃の正体はすぐに判明した。
上体を思いっきり反らし、体の重心バランスが不安定な筈のシスターの足は縦に百八十度。見事に開脚されていた。
「その動き難い修道服でよくもまあやってみせるものだな。改めて言うが、貴様はただ者ではないな」
足と体をゆっくりと元の位置へと戻し、シスターは微笑む。
「これでも化け物の百や二百は殺しているのですから、この程度は出来なければ私はここにはいませんわ」
「私も数え切れんほどの聖職者だのバンパイアハンターだのを返り討ちにしてきたが、それでも貴様は異常だと私は思うがな」
会話を交わしながら吸血鬼は体制を整える。
爪を構え直したところで吸血鬼は気付く、自身の爪の片方が煙を出しながら、まるで焼き切られかけたように中程まで切断されていた。
その爪は先ほどシスターに投げナイフで防がれた方の爪だった。
純銀であることに加えて、かなり念入りに洗礼を施されている。一体、何度聖水に浸したのやら。投げナイフ一本にどれだけの手間が掛かってるのかは考えたくも無いな。
吸血鬼が思うに今までで断トツに腕の立つ敵対者に、これまた今までの聖職者やハンター共なら切り札として出してくるような代物を湯水のように使ってくる。
吸血鬼はここで逃走も手段として視野に入れた。別段、必ず最後は自分が勝つ、とは吸血鬼は思ってなかった。しかし、それでもどこかで自身が死ぬようなことはないと高をくくっていた。
だが、違う。ここで吸血鬼は自身の間違いを認めた。
下手をすればあっさりと殺される。素の身体能力の差を考えてもお釣りが返ってくるような装備と技量。さらに言えばまだまだ本気ではないというのも恐ろしい。
「失礼した。どうやら私は貴女を侮っていたようだ。少々、本気で行かせて貰う」
「同じような台詞は何度も聞きましたが、そのような眼をされた方は初めてです。どうか今までの有象無象と同じ結末を迎えられないようにお願いいたします」
「善処しよう!」
吸血鬼は急速に魔力を練り、自身の身長以上もある巨大な槍を作り出す。
それを両手で取り回しながらシスターへと迫る。
吸血鬼は槍を回転させながら縦横無尽に振り回し、シスターはそれを巧みに回避し、時に手に持つ投げナイフで受け流す。
槍を構成するのは高密度の魔力だ。そんなものに少しでも触れればいくらの技量が人間離れしていようと人間には変わらないシスターの体が消し飛ぶことは必至である。
そして、それはシスターの投げナイフにも同じことが言える。対化け物用特化とはいえ、ナイフはナイフである。高密度の魔力など正面から受け止めれば一瞬でへし折れる。
故に、シスターは吸血鬼の驚異的な身体能力を利用して行われる暴力の嵐の中でその一つ一つを避けることしかできない。
だが、何も吸血鬼がそれにより余裕を取り戻した訳では無い。
顔には出さないが吸血鬼もかなり焦りを覚えていた。
一体何なんだこのシスターは!?この攻撃を全て必要最小限の動きで避け続けているだけでなく、脆いナイフ数本でこの槍を捌くなど、少しでも方向や力加減を間違えれば即死だぞ!?
「はぁぁぁぁああああああ!!」
吸血鬼は渾身の一撃を上から下へと放つ。
そこでシスターが動いた。
何度も回避した槍の間合いを読み切り、一瞬体を後ろに引くことで目の前を紙一重でやり過ごす。
そしてすぐさま体を元の位置へと戻し、それ同時に片足を少し前に出す形にしてほんの僅かに膝を屈める。
振り下ろされた吸血鬼の槍は床へと突き刺さり、それを振り上げる形で引き抜こうとした吸血鬼の動きに合わせるようにシスターは後ろへと跳んだ。
吸血鬼の力によって上へと無理矢理引き抜かれたことにより床が破壊され、衝撃が飛ぶ。それを追い風とすることによりシスターは吸血鬼の槍の間合いから抜け出した。
間髪入れずに残ったナイフをシスターは吸血鬼へと投げつける。
吸血鬼は難なくそれを槍で弾いてみせるが、それにより数瞬隙ができた。
その隙を無駄にすることなく、シスターは膝立ちのような体制で着地し、そこから思いっきり膝を伸ばして勢いを付けて吸血鬼へと突撃する。
そのときに一瞬見えたシスターの表情にもう笑みは無かった。
吸血鬼もシスターの本気を感じ取る。
もうシスターの両手に武器は無い。しかし、吸血鬼は一切の油断をしない。シスターの体から繰り出される攻撃は例え素手だろうと自信を傷付けることのできるものだと吸血鬼は身を以て知っていたからだ。
やがてシスターの足が伸ばしきられ、地面と足が離れる。
次の瞬間、
「なっ!?」
目の前にシスターがいた。
それも腰だめに構えた拳を吐き出す息とともに放つ直前の体制でだ。
吸血鬼は様々な疑問が浮かぶ思考を全て打ち切り、今この瞬間自身が生き延びることのみに思考を回転させる。
回避、防御共に不可能。ならばっ!
吸血鬼は思わず引きそうになった体を強引に正面へと進ませる。
前進あるのみ!!
吸血鬼は拳が届く前に敢えて前へと飛び込むことでその射程から外れようと考えた。
これは一か八かの賭けである。もし失敗すれば勢いを付けた分も重ねて自分の体に返ってくる。
もしかしたら、あのまま体を後ろに引いていれば多少なりとも威力を殺せたかもしれないが、今までの
それに、仮にこれが上手くいけば絶好のチャンスでもあった。
咄嗟に飛び込んだ為に体制は整えられなかったが、このまま相手の腹に突っ込んだだけでも人間の柔い体からすれば致命傷である。
確実に臓器を傷付け、血を吐くこととなる。そうなれば、勝機はかなり濃くなる。
吸血鬼にはこの時間がとても遅く感じた。
自身の動きとシスターの腕の動きがまるでスロー再生されてるかのように見えた。
もっと、もっと速く!動けっ動けっ、動け!!
吸血鬼の願いが通じたのかほんの僅かな差で吸血鬼の速度が勝った。
それを認識した瞬間、思わず顔に笑みが浮かびかけた吸血鬼は、
「がはっ!」
唐突に背中に走った灼熱を押し付けられたような痛みに固まった。
何が起こったかも分からないまま、勢いを無くした吸血鬼の体は受け身も取れずに床へと倒れ込む。
シスターは拳を突き出した勢いに逆らわずに前へと進み、余裕を持って勢いを殺し切る。
遂に、大きく状況が動いた。人間側に傾くという形で。
吸血鬼は無様にも床に倒れたまま、背中の痛みの原因となっている物を確認する。
それは戦闘開始時にシスターが持っていた投げナイフだった。
その数四本、背中へ深々と刺さっていた。
痛みについて、吸血鬼は納得する。では、どうやって背後からナイフを投擲したのか。
少なくともシスターは手に何も持っていなかったことは吸血鬼は確認済みだ。
「不思議ですか?」
不意に、シスターから吸血鬼へと声がかかる。
吸血鬼は近くの長椅子を支えとして何とか立ち上がるが、そのまま椅子に寄りかかるようにしか姿勢を保つことができない。
激しく呼吸を乱しながらゆっくりと背中に刺さったナイフを手で掴む。
触ると同時に煙が吹き出る。悲鳴を喉の奥へと飲み込み、歯を食いしばりながら引き抜く。
「ふふふっ、抜いて差し上げましょうか?」
「ぐっ、ぬかせ…!」
時間をかけながら何とか全部のナイフを抜き取る。
しかし、傷口は再生を阻害されてそのままだ。
吸血鬼は明確なダメージを負ったことを事実として認識する。
ここにきてようやく吸血鬼は自身が今の今まで勘違いを続けていたことに気付いた。
何故私はこの存在から
何故私はこの存在を自身と同格以下と思い込んでいたんだ!
こいつは止まらない。例えこの場から私が逃走したとしても単身紅魔館へと殴り込んで来るだろう。
この場の決着の付き方は一つしかない。どちらかが死ぬ。それのみによってこの女はようやく止まる。
「ああ、くそっ!自分の馬鹿さ加減に腹が立つ!!」
「おや、どうかなされましたか?そろそろ命乞いになさいますか?」
「そうだな。泣き喚いて神に許しを乞えば見逃して貰えるのか?」
「その後にお腹を露出し仰向けになり、キャンキャンと犬のように鳴きながら私に有らん限りの媚びを売ることができたら考えて差し上げます」
「……………お前本当にシスターか?」
「ええ、とても敬虔で潔白なシスターですわ」
悪魔である吸血鬼から冷たい目で見られるシスターという傍目に見ても立場が逆の反応をする二人。
戯れつつも互いに間合いを計る。
そしてシスターが片手を体で隠すように背中へと回す。
吸血鬼はその動きに警戒心を高める。
その様子をシスターは笑みを深めながら眺めている。
ほんの数秒の間、後ろに回された手が再び前へと戻ってきたとき、その手にはこれもまた最初と同じようにナイフが握られていた。
「手品師の真似事か?」
「ふふっ、タネも仕掛けもございます」
何を思ったかシスターはそのナイフでジャグリングをし始める。
この不可解な行動に流石の吸血鬼も疑問を浮かべた表情を隠さない。
シスターの手を飛び回るナイフは段々と速度を増していく。
だが、ここで吸血鬼はナイフが飛び交う間隔がおかしい事に気付いた。
時間が経つたびにその間隔が狭まっているのだ。
違う。これは間隔が狭まっているのではない。更にいうなら速度も変わっていない。これはナイフが…
「…増えている」
「はい、大正解で御座います。正解者の貴女様にはぁ…」
そう言いながらシスターはジャグリングを止め、その両手でナイフを広げて見せる。
そのナイフの量は一目見て分かるほどに増大していた。
ぱっと見二十はあると吸血鬼は判断する。
そしてシスターはその両手を大きく振りかぶった。
「こちらの豪華景品をプレゼントして差し上げます!」
「ま、マズい!」
そこからの動きはすぐに解った。
慌てて吸血鬼は長椅子の陰へと身を隠す。
次の瞬間、辺りから鈍く叩く音がいくつも響いた。
吸血鬼が隠れた長椅子にもかなりの数が刺さっており、いくつかは貫通していた。
背を預けていた椅子が穴だらけになっているのを見て吸血鬼は一歩間違えた己の末路を見た気がした。
「宜しいのですか?そんな所で油を売っていて」
「なに?それは…」
吸血鬼のその疑問は続かなかった。
いきなりの左肩への激痛。それが吸血鬼の感覚を支配した。
反射的に痛みの原因を手で押さえる。そしてその手にも痛み。
案の定、突き刺さっている物はシスターのナイフだった。
しかし、その刺さった方向は正面からの向きであった。
吸血鬼自身が隠れている椅子を貫通し、背後から刺さるのなら分かるが、誰もいない筈の正面から飛んでくる意味が分からない。
思考が纏まらないまま、ナイフを抜こうと四苦八苦していると、吸血鬼の耳にシスターの声が届く。
「それでは、次、いきますわよ」
その言葉に慌てて吸血鬼は無理矢理肩からナイフを抜き取るとそのナイフをシスターへとぶん投げながら椅子の陰から飛び出る。
シスターは投げられたナイフを首を傾けるだけで避けると、三本のナイフを振りかぶった体制のまま一端動きを止める。
「あら、汗が酷いですね。最初の余裕はどうしましたか」
「大人気ないぞ貴様。見た目年下をもう少し甘やかせ」
「自分で見た目と付けておいて甘やかせはさすがにどうかと思いますが」
どうしようもないことを言う吸血鬼に今度はシスターが苦笑する。
「でもまあ、そうですね。では、投げますよー。そーれ」
間の抜けたかけ声と共に止めていた動きを再開させる。
素早く振り下ろされた手からナイフが放たれる。
それに合わせて吸血鬼は姿勢を低くすると同時に背後を振り返る。
やはり吸血鬼の予想通りまたも背後からもナイフが迫っていた。
吸血鬼は、原理は未だ理解できないが今回は躱せたか、と改めて正面を振り返る。
しかし、正面からナイフは一本も飛んできてはいなかった。
背後から一本、なら残り二本はどこから?
そこまで考えたところで咄嗟に前へ転がった。
一瞬前まで自分がいた位置を前後ではなく左右へとナイフが通過していった。
「さすがにワンパターンが過ぎましたか」
「血吸いコウモリ風情と侮ったか?コウモリの空間把握能力を嘗めるなよ」
吸血鬼自身、耳の良さには自信があった。例え、今この時、この町の中で誰かが自分の悪口を呟こうものなら五秒以内にこの爪で八つ裂きにしてやれることは確信していた。
だからこそ、教会内という範囲の中で飛んでくるナイフが切る空気の音を聞き分けることも吸血鬼には可能である。
そしてこの音を聞き取ったことにより、吸血鬼には改めて解ったこと、新しくできた疑問があった。
ほぼ勘付いてはいたが、このシスター以外に教会の中に人はいない。何か教会自体に仕掛けがある訳でも無い。
このシスターが『能力持ち』であることは確定していい。
では、その能力は?今まで見てきた現象から考えるに『瞬間移動』系統と考えるのが妥当だ。
しかし、それではどうにも違和感が残る。具体的に何か思いつく訳ではないが完全に納得することもできない。
決してシスターから目を離さず、いつでも動けるように身構えながら吸血鬼は思考する。
シスターはそんな吸血鬼の様子を顔に笑みを湛えながら眺めている。
互いに無言で見つめ合う時間が暫く続く。
やがて次に口を開いたのは吸血鬼であった。
「…随分と余裕そうだな。私程度の化け物は警戒するに値しないか?」
「いえいえ、そんなまさか。人外相手に油断など冗談でも有り得ません。ただ、ここまでお喋りに付き合ってくださる方も久しく、ええ、私、とても楽しゅう御座います」
「人外相手にここまで緊張感の無いことを言える奴はそうそう居まい。人間に親しい者はいないのか?」
「このような職に就いております故、中々一般の方と気軽にとはいけませんし、同職の方は私を見るとすぐに距離を取りますので、思えば前に会話らしい会話をしたのは果物を買いに行ったときに店にいたお婆様が最後でしたわ」
「人間よりも人外とのコミュニケーションが多いシスターとは、何も知らん人間が聞けば卒倒するかもな」
あらあら、くすくす、と中身の無い会話が続く。
その最中にも二人は一切の隙を相手に見せない。
シスターはこの会話が時間稼ぎだと理解していた。
吸血鬼は時間稼ぎとシスターに見透かされていてなお、それを続けた。
月に照らされた吸血鬼の顔つきが変わる。
それを見てシスターも反応する。
「考えは纏まりましたか?」
「おかげ様でな」
「では、解りましたか?」
「ああ、全くな」
躊躇いなく理解できなかったと告げる吸血鬼にシスターは眉をひそめて少し残念そうに息を吐く。
「そうですか。では、そろそろ再開しましょうか」
「期待に応えられなくて済まないな」
「いえいえ、きっとまだまだ楽しませて下さると期待しておりますので、頑張って下さいね」
「やれやれ、そろそろ体が痛くなってきたぞ。明日は腰痛かな」
「ご冗談を、まだお互い、一度たりともイってないでしょう?なら今までが緩すぎたのです。私、少々高ぶってしまいました。さあ、もっと激しく参りましょう」
「この強欲シスターめ。一体今までで何度私を刺し貫いたと思ってるんだ」
「そう言うなら貴女様ももう一度出せばいいではありませんか。あの、大きくて、堅い
「…やはり貴様シスターじゃなくてモンスターの間違いだろう!?」
シスターの性根を疑う発言の後に第二ラウンドが始まる。
吸血鬼が構える前にナイフが飛び、それを見越して吸血鬼は会話が終わると同時に意識を回避に切り替えていた。
正面や死角の様々な箇所から飛んでくるナイフを目と耳で把握する。
複数箇所から自身を狙うナイフの隙間を見抜き、躊躇することなくその隙間へと体を踊らせる。
しかし、吸血鬼の体がナイフの群れから脱出すると同時にそこを中心として更なるナイフが包囲陣を構成する。
吸血鬼は慌てて空中で制止し、方向転換をして再び空中を飛び回る。
その度に吸血鬼を狙ってナイフが群れをなして襲い掛かる。しかも、ナイフが包囲陣を構成する度、徐々にその包囲するナイフの隙間が狭まっているのが吸血鬼には分かった。
だが、それが分かったところで吸血鬼にはどうすることもできない。
誘導のために態と空けられた隙間以外に逃げ場は無く、ナイフ自体も触れただけで吸血鬼の体が蒸発するような代物であるために強行突破もままならない。
絶え間なく襲い来るナイフのせいで魔力を練ることに集中するのも無理。
今、吸血鬼にできることは視覚と聴覚を使い、飛んでくるナイフを避け続けることのみだった。例えそれがシスターの手のひらで思い通りに踊ることだと分かっていても。
「ああっ!今のは危なかったのでは!?擦っていましたよぉっ…!」
「一々声に艶を出すな淫乱シスター!」
「んっ……………イィ!」
「正気か貴様!?見境が無いのにも程があるだろう!」
声とは正反対にシスターの攻撃には一切の容赦がない。
長く堪え忍んでいた吸血鬼だったが、遂に限界が訪れる。
避けた先にあった協会の壁を空中でターンをすることで激突を避け、且つ足場として活用する。
着地した地点はシスターの真正面。
距離は歩幅三歩分もない。
吸血鬼が正面へと顔を向ければ、上気した頬を赤くしてナイフを構えるシスターが目に入る。
そこで吸血鬼は決死の特攻を決意する。
奴のナイフを投げる速度は驚異だ。
加えて様々な箇所からナイフを飛ばす術もある。
だが、このタイミングで今ナイフを構えているのは流石に嘗めすぎだ。
これが奴の作戦通りなのか違うのかは分からんが、人外の膂力を持ってすればこんな至近距離ゼロと大差ない。
ならば、奴が投げるより前に勝負を付けられる。
よしんば投げられたとしてもこの距離では十分なスピードなど望めない。
間違いなく好機!
吸血鬼が地を蹴り、宙を走る。
吸血鬼が見る限り、シスターが自信の動きに着いてきているようには見えない。
シスターが万に一つもこの攻撃が防げるとは吸血鬼は思わなかった。
ならば遠慮はしないとばかりに構えた腕とシスターを見つめる視線に力を込める。
と、次の瞬間、シスターの姿が掻き消えた。
代わりに吸血鬼の視界に広がったのは辺り一面の銀幕。
吸血鬼にはこの銀幕の正体を掴むことはできなかった。理解するには時間が余りにも少なすぎた。
しかし、本能は理解していた。この銀幕を。
吸血鬼の意思を離れ、体が勝手に行動を開始する。
構えていた腕も伸び切っていた足も全て体の前方へと持ってくるように曲げる。
吸血鬼の速度の中ではかなり無理矢理な体の機動であったが、悲鳴を挙げる肉体を無視して体全体を丸めるようにしてその銀幕へと突っ込んだ。
そして吸血鬼が感じたものは灼熱。まるで自身の目の前に太陽でもあるかのような痛みすら通り越した業火が吸血鬼の体を突き抜けていく。
悲鳴一つ挙げることすら叶わずに、吸血鬼はその意識を暗黒へと飛ばした。
「ふぅ……………」
教会の中に静寂が再び戻る。
しかし、最初とは違い内装はかなり傷付き、半数近くの長椅子は破壊され、窓ガラスはいくつか割られている。
中でも一番目を引くのは教会のシンボルとも言える掲げられた巨大十字架だった。
まるで何かを思いっきり叩き付けたように中心が陥没し、その端々は衝撃に耐えられなかったのかへし折れている。
そしてその真下。叩き付けられたものの正体。即ち、吸血鬼がそこにいた。
無数のナイフに塗れながら。
辛うじて頭と胴体は守ったのかナイフは刺さっていなかったが、両手足には明らかに五十は超えるであろう数のナイフが所狭しと突き刺さっていた。
まるで鉄板で焼いているのかと思うほどの煙が吸血鬼から上がっている。
それでいて動こうとしない吸血鬼にシスターは近づいていく。その手にナイフを携えて。
「……………化け物め」
「あら?意識があったのですか」
「まさか。たった今目が覚めたんだよ。その反応を見るに、殆ど時間は経っていないらしいな」
「ええ、十秒も経ってはいませんよ」
吸血鬼は顔を上げたが少しも動こうとしない。
シスターはそれを動かないのではなく、動けないと判断した。
明らかに決着が付いたと思われるこの状況で、両者は感情の読めない表情で互いを見つめる。
「少し、話をしないかシスター」
「………命乞いですか?」
「そうだな。餌を請う子犬の如く、震え、怯えながら這いずるようにその足下へ行き、昏い瞳で見詰めながら、か細い声で鳴いて、その足裏に頬ずりをすれば助けてくれるか?」
「それもそれで愉快なのですが…」
「そうか。地獄に落ちろシスター」
「…そうですね。では、何か面白い事をしてください。出来たら考えて差し上げましょう」
そう言ってシスターは吸血鬼のつま先まで拳一つ分程の距離で足を止める。
その両手にしっかりと銀のナイフを握りながら。
そんな目の前のシスターの様子に吸血鬼はため息を一つ吐くと、ポツリと語り出す。
「…最初に」
「ふむ?」
「明確に違和感を覚えたのは貴様が投げたナイフと空中に出現したナイフの数だ」
唐突に自信の攻撃手段について語り出した吸血鬼にシスターは沈黙を持って続きを促す。
吸血鬼はとりあえず聴く価値はあると思われたと判断して語りを続ける。
「投げる動作と私に飛んできたナイフの数が一致しない。貴様がナイフを投げる度にその倍以上の数のナイフが私を囲った。私は最初、貴様の能力は『瞬間移動』系統だと推測していた。だが、そうだとしたらおかしい。瞬間移動が能力なら出来ることはあくまで『移動』のみ。投げたナイフを別の場所へと移動させたのなら何もおかしくはない。隠し持っていたナイフを移動させれば投げた以上のナイフで私を囲むこともできるだろう。だが、そこまでだ。
私を包囲したナイフは全て私を中心として
停止していた物を空中に移動させた後にそれが勢いを持って移動を始めるなど理屈が通らん。私の手足を使い物にならなくしたこの大量のナイフにしてもそうだ。最後に私の視界を埋め尽くしたあの銀の壁の正体がこれだということは疑いようもない。あの瞬間、貴様は数本のナイフを構えてはいたが投げてはいなかった。だが、このナイフは明らかにかなりの速度で私に向かって投げられていた。私がここまで吹き飛ばされていることとナイフがこれほど深く突き刺さっているならばそう考えるしかあるまい。ここまでくれば貴様の能力が『瞬間移動』ではないことはほぼ確信できた」
「……………」
「なら、貴様の能力とは?その答えはもう出ている」
「ふふっ、それでは回答をどうぞ」
シスターの催促に、吸血鬼は一度息を吐き、それからゆっくりと顔を上げ、シスターの目を見詰めながら口を開いた。
「私の耳は人外の中でも頂点たるヴァンパイアであることに恥じぬ聴覚を有している」
「はい?」
答えを聞けるのかと思っていたシスターは空回ったように素っ頓狂な声を挙げた。
それに構わずに吸血鬼は続ける。
「この教会内のどんな些細な音でも聞き取れるだろう。況してやあの瞬間、目と鼻の先にいたシスターなら心臓の音すらはっきり聞き取れたさ」
「あらぁ…」
なにやら身悶えを始めるシスターに若干吸血鬼の視線の温度が下がった。
だが、それでも吸血鬼は続ける。
「そして呼吸音もな」
「呼吸音?」
「ああ、私が突っ込み、貴様がナイフを構えたあの瞬間、確かに貴様は息を吸っている最中だった。だが、あのナイフの壁が現われた時、私の耳は確かに貴様が息を
吸血鬼の語りの内容にシスターが体の動きを止める。
シスターの口から力が抜け、間抜けにも半開きのまま閉じようともしない。
しかし、その目は大きく見開かれ、明らかに驚愕しているのが吸血鬼から見て取れた。
「加えて言うのなら、吐き切った後のお前の呼吸は先ほどと比べて若干ではあるが乱れていた。今まで何度も能力を使用しても大して疲労したようにも見えなかったのに、だ。その境界線はあの大量のナイフ。吸ったと認識したら吐き出されていた息。それと同時に出現したナイフ。まるで、
「……………」
「貴様の能力の主体は空間じゃない。貴様の能力は『時間操作』系統、そして今までの現象から『時間停止』と私は判断した。どうだ、正解か?」
吸血鬼の語りが終わり、正否をシスターへと問う。
吸血鬼からの問いに対し、シスターは何も答えず、反対に口を引き結んでしまう。
目も閉じられ、微動だにしなくなったシスターを吸血鬼は見詰め続ける。
吸血鬼が顔を見続けていると、下から甲高い音がする。
見れば、今までシスターの手に握られていたナイフが地面に落とされていた。
吸血鬼がシスターの手を見れば、ナイフが放された手は自身の修道服の太股当たりを力強く握りしめていた。
そしてシスターは真下を見つめるように俯いてしまう。
それと同時にシスターの全体が痙攣でも起こしたかのように震え始めた。
呼吸も激しく乱れ、短い間隔で呼吸を繰り返す。
「お、おい」
いきなり起こったシスターの異常に吸血鬼が溜まらず声をかけるも全く反応せず、シスターが止まる気配はない。
やがて、シスターの手が修道服を掴むのを止めると、ゆっくりと這いずるように自身の手を体に沿って上げていく。
太股から下腹部、臍、胸部、鎖骨、首筋と徐々に手が上へと這い上がる。
シスターの手が通過する度にその箇所の震えが治まっていく。
最後にその手はシスター自身の顔、その両頬へと添えられるとそこを終着点とした。
そしてシスターは自信の手が添えられた顔をゆっくりと上げるとその顔を吸血鬼へと向けた。
吸血鬼の目に入ったシスターの顔は添えられた両手の上からでもはっきりと分かる程に上気して赤くなっていた。
今までとは比べものにならないくらいにはっきりと頬どころか顔全体が真っ赤なのではと思えるまでにシスターは興奮していた。
そのギラギラとした瞳を言い表すならば発情した肉食獣が妥当だろう。
事実、吸血鬼もそういうイメージを抱いたし、こうも考えた。
「正解で御座いますぅっ………//!」
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