前の話と比べて、言わせたいこと、やらせたいことを好きに詰め込んでいます。
読みにくい箇所があればご報告を下さい。
自分の顔に手を当てたまま体をくねくねと軟体動物のような挙動を見せたかと思えば、自信の体を掻き抱きながら、ぶるっ、と一瞬体を震わせて顔を上げ熱い吐息を漏らす。
そんなシスターの今までとは比べものにならないくらいに酷い変態性のようなものを見せつけられた吸血鬼は己の目が急速に光を失っていくのを自覚した。
「私の能力はぁ…、時間を操ること、それに相違御座いませんとも!ええ!あぁ…、自身の能力を見破られたのは初めてですぅ。教会でも極々一部の人間にしか知られていないトップシークレットが、遂に、敵方に、露出してしまいましたぁ…!はぁん…」
「うわぁ…」
一体何がそんなに興奮するのか全く解らない吸血鬼は無意識の内に自信の口から感情が漏れたのを、これは仕方ない、と素直に思った。
興奮したと思えば、熱っぽく息を吐き、かと思えば悶える。
吸血鬼は率直にドン引きした。
そんな吸血鬼の様子を一切気にすることなく、シスターは崩れ落ちるようにしてしゃがみ込むと四つん這いで吸血鬼へと近付いてくる。
「わ・た・く・しぃ、本当に初めてのことだったんですよぉ…。人外の中では貴女が初めて私の能力を知ったんですよぉ?」
「そ、そうか。それは光栄だ」
「私、能力が相手に見破られるなんて考えたこともありませんでした。でも、まさか、その考えが覆されたんです。呼吸音なんていう些細で、自分ではどうしようもないことでぇ、覆されたんですぅ!」
「ま、まあ、人外故に、というやつだな」
「………」
「………」
「………初めて、奪われちゃいましたね」
「おいバカやめろ」
今にも涙が零れそうなほど目を潤ませて自身を見詰めてくるシスターに吸血鬼は今度こそ相手の正気を疑う。
先ほどまでいつシスターに襲い掛かられるかを警戒していたというのに今では別の意味で襲われるのではないかと心配するはめになる吸血鬼。
後ろは壁で退路はなく、手足は全く動かないため抵抗もままならない。
吸血鬼は背中に変な汗が滲んだのを確信した。
変な焦燥感に駆られて吸血鬼は慌てて話題の変更を試みる。
「そ、それで?私は見事に貴女を驚かせてみせた訳だが、貴女には面白いと思って貰えただろうか」
「あら?あぁ、そういう約束でしたね。しかし、どうしましょう。確かに、大変驚かされましたし、貴重な体験をさせて頂きましたから、見逃して差し上げたいのは山々なのですが、やはり教会の者として今まで一度も任務を失敗したことのない身ですから少々問題が残ってしまいますね」
一端四つん這いになるのを止めたシスターは床に座り込むと少し考えて吸血鬼の質問に答える。
シスターの回答は吸血鬼との約束を反故にするようなニュアンスが含まれていた。
しかし、それを聞いた吸血鬼は特に表情を変えずに会話を続ける。
「我々吸血鬼すら滅しておきながら、庭の手入れでもするかのように簡単に言ってくれるものだな」
「私にとってはそこらの小物も吸血鬼も同じ生物としか思えませんでしたので」
言外に、吸血鬼に考える頭が無い、と言われたと同じだと吸血鬼は直感したが特に怒することもなく苦笑の一つで済ませた。
吸血鬼の対応に、シスターは再び自身と会話をする相手が今までの人外とは違うことを認識したが、今更疑問に思うことでもないと切り捨てる。
吸血鬼自身、シスターの物言いに感じるものが無いわけではなかったのだが、そのシスターを相手にした同族が全て殺されていることと今の自分の状態を考えて見れば何も言えるはずがなかった。
「手折ろうとした花は棘が刺さるどころか刺し貫いてきた訳か。ご丁寧に猛毒付きとは痛み入る」
「愛でるでもなく摘み取る訳でもない。それどころか刈り取ろうとする輩に触れられたいと思う花はおりませんわ」
シスターは肩を竦めながらため息と共に言葉を吐き出した。
吸血鬼もまた、全くその通りだな、と同意を示す。
互いの顔を見ながら、仕方ない、とばかりに笑い合う。
凡そ種族として敵対し、先程まで命の取り合いをしていたとは考えられない程に気安い笑みだった。
「しかし、シスター。貴様のその物言いだと、もう随分と前から化け物狩りをしているようだな」
「はい。本当にかなり昔からですね。いくつかはもう忘れてしまいましたが、初めての任務はまだ子供の頃だったと記憶しています」
「そうか。大なり小なり、多くの化け物を相手にしているだろうに、その割には貴様自身の情報は殆ど伝わっていなかった訳だ。まあ、能力が分かった今は寧ろ納得できるがな」
「ええ、文字通りに大なり小なり全て殺し尽くしましたからね。私を語り継げる者がいなければそもそも出回ることもないでしょう」
「ああ、そうだろうとも。だが、それ故に貴様の正体が分かった」
吸血鬼の発言に首を傾げるシスター。
そんなシスターの様子を見て笑みを深めながら吸血鬼は続きを口にする。
「我々人外にもコネクションというものはある。それ経由でとある噂を耳にしたことがあってな。なんでも、ある街を裏で牛耳っていた同族が一夜にして末端から頭まで全てが消えて無くなった、とな。文字通り死体すら発見されなかったらしい」
「…ふむ」
「私も聞いた当初はただの噂だとすぐに忘れたのだがな。それが定期的に起こるのでは流石に噂などと一笑に付すのは難しく、多くの者が調査に乗り出した。しかし、何の何処をどう調べても何の成果も得られない。しまいには『終告者』などと呼ぶ者も出始める始末だ。そして、それが貴様だシスター」
吸血鬼が語った内容に対するシスターの反応は、明確な正否を表すものではなかったが、吸血鬼の予想を上回るものではなかった。
というのもシスターは話を聞き終わると同時に、まあ、と頬に手を当てて照れだしたのだ。
吸血鬼の期待した反応ではなかったが先程のシスターの変態っぷりを見た後ではなんとなく、まあこんなものか、という妙な納得を感じてしまう。
「『終告者』などと、そのような仰々しい呼び名を頂いてしまっては私少しばかり恥ずかしいです」
「ああ、つまり認めるってことでいいんだな」
「ふふっ、ええ、まあ心当たりしかありませんので」
あっさりと認めたことに関して、吸血鬼は特に思うことはない。
だが、シスターが認めたことによって吸血鬼の頭の中でいくつかのパズルのピースが嵌まった。
まだ結論を出すには足りない情報が多いが、それでも吸血鬼は頭に浮かんだ考えを口に出すことにする。
それは情報収集を主とした鎌かけに近いものだったが、これに対するシスターの反応には吸血鬼は特に期待はしていなかった。
「しかし、確かに女性に付けるには物々しい呼称だというのは同意できる。特に貴様は外見はかなり見目麗しいからな。ならばそうだな……『銀華』、『紅月に写る白一輪』、『満月に祈る人』なんてのはどうかな?」
だが、しかし。果たしてシスターの反応とは――
「……今、なんと?」
――劇的であった。
シスターの顔から表情と呼べるもの全てが抜け落ちる。
唯一、今のシスターが抱く何かを表すように見開かれた両目が吸血鬼を見つめる。
しかし、その両目に光は無く、その奥には黒い溶岩のような闇がぐつぐつと煮え滾っていた。
体からも力が抜けたのか両腕が垂れ下がっているが、シスターはまるでマリオネットが歩かされているかのような不気味な挙動で吸血鬼へと近づいてくる。
その動きは吸血鬼にどことなくリビングデッドを思い出させるものだった。
そして吸血鬼の下へとたどり着いたシスターはその脱力感を感じさせる動きからは考えられないような怪力で吸血鬼の肩を掴む。
その力量は思わず人外である吸血鬼が顔を顰めてしまう程のものであり、少なからず吸血鬼を驚かせた。
「何故その忌名を?」
「忌名とは随分な言い草ではないか。お前を褒め称えるものばかりだというのに…」
「聞こえませんでしたか?何故知っているのか、と言っているのです」
先程までの余裕のある仕草は何処にもなく、シスターは苛立ちを含ませた声で吸血鬼を詰問する。
今まででさえ尋常ではない力が込められていた手に更なる力が加えられ、捕まれている吸血鬼の肩から軋むような音さえ聞こえていた。
しかし、吸血鬼はそれを意に介さないどころか、笑みさえ浮かべてシスターを真正面から見つめる。
「どうしたシスター。何故そんなに狼狽している。良いではないか。シスターである貴様にはお似合いの美辞麗句ばかりだろう?」
「お似合い?私にこれらが当てはまると?私を貶めるのもいい加減になさい……!」
「やれやれ、吸血鬼である私が月を持ち出してまで褒め称えてやっているというのに気に食わないのか?」
「だ、黙りなさい!貴方さっきからワザと――」
「しかも満月を用いてまでだぞ?一体これの何が気に入らないという……」
「その口を閉じろ吸血鬼ィィィィイイイイイイ!!」
その叫びは最早悲鳴に近かった。
シスターは両手で吸血鬼の首を掴むとそのまま立ち上がり、吸血鬼を持ち上げる。
吸血鬼の容姿は幼い少女と大差ないためにシスターがいかに女性といってもその手は簡単に吸血鬼の首を締め上げた。
シスターは万力のように吸血鬼の首を絞めていくが、それでも吸血鬼は笑みを絶やさない。
「く、くくく……確証は…無かったが、どうやら……心当たりがあるようだな……シスター」
「何故!?何故人外である貴女がそれを知っているのです!?」
「なぁに…ちょっとした……調査の賜物だよ」
「調査ですって?……いえ、なるほど、そういうことですか」
吸血鬼この答えから何かを導き出したのかシスターは納得したような言葉を吐くと同時に俯く。
吸血鬼はいまだに自身の首を絞める手から力が抜けないために視線だけをシスターへと向けるが、シスターの顔は下を向いているためにその表情は伺うことはできなかった。
しかし、間もなくシスターは勢いよく顔を上げる。
その顔には誰が見ても分かる程に怒りの感情が浮かんでいた。
歯が砕けるのではと思う程に食い縛られた口と全身を噴火寸前の火山の如く震わせているその様子が如実にシスターの憤怒を表していた。
やがてシスターはあまりの震えから溢れてしまったかのように言葉を漏らす。
「あのゴミ共がぁ……!!」
それと同時に耐えきれずとばかりに手に持っていた吸血鬼を自信の背面側、つまり教会の扉の方へとぶん投げた。
渾身の力で投げ飛ばされた吸血鬼は数メートル飛行した後に扉よりも少々上の壁へと叩き付けられることとなった。
めでたく拘束から解放された吸血鬼であったが、方法が方法であったために素直に喜べずに痛みに呻いている。
シスターはそんな様子の吸血鬼を一切気にせず、自身の被っているウィンプルの上から髪をかき乱すようにガリガリと爪を立てて引っ掻いている。
その間にも何やらいくつか呟いていたが、唐突にぴたりと動きを止めると深呼吸を始めた。
何度も何度も深く吸い、吐き出す動作を繰り返す。
吸血鬼が痛みに呻くのを止めた後でもそれは続き、一体何度繰り返すのか酸欠になるのではと思う程の回数それを続けた後に脱力したように腕がたれ、最後に一つ大きく息を吐き出してゆっくりと投げ飛ばした吸血鬼を振り返った。
「……正直、貴女がそれを知っていたのは意外でしたわ」
「調べ物の基本は足なのだろう?地道に調べさせて貰ったよ」
「でしょうね。少なくとも教会に証拠を残すようなことはしませんでしたし、ならば後は
「なに、先に始めた他が何も掴めなかったのなら、私は他がしないことをしなければなるまい?」
街に害を為す人外を退治するときにシスターは決まってその街にある教会、無ければ一番近くにある教会へと身を隠していた。
シスターが人外を始末するのは決まって上からの任務の時であるために、消して終わり、という訳にもいかないため、準備や後始末のために暫く近くに留まる必要があったためである。
そのため、表向きはそこに赴任してきた新たなシスターという体裁を取り、全て終わらせた後に別の場所へと移動する、というパターンを繰り返していた。
シスターがその能力を使い、人外を始末すればする程、人外達はその正体を掴もうと調査を繰り返した。
その時、最初に調べる候補となるのは教会やハンターといった人外と明確に敵対している者達である。
当然、それを予想していたシスターは教会に自身の存在の証拠など残したことはない。
「まあ、所詮は下らない噂話に過ぎなかったからな。直接的にお前に辿り着く要因にはならなかった」
「私からすればそれを知られているという時点で大失態なのですけれどね」
しかし、教会とは別の場所でシスターにとって予想していなかったことが起きる。
一体いつからなのか。祈りで化け物を退治する聖女としてシスターが有名になり始めたのだ。
元々シスターは飛び抜けて容姿が良かったために教会に赴任すれば、すぐに町中に広まるのである。
それだけなら、精々表向きの教会のシスターとしての役割が忙しくなる程度の影響しか出なかった。
だが、シスターの本当の目的は人外の排除である。
それ故に、シスターの赴任と人外の被害が無くなるのがイコールで結ばれる。更に、シスターは時間を止める事によって通常ではあり得ない素早さで人外を葬り去るため、端から見たとき、シスターが来たらいつの間にか自分達を苦しめていたモノが跡形も無くなっている、と認識されたのである。
それが街のお調子者が酒場でそれっぽく語ったのか、それとも街から街へ移動する商人によって流れたのか、何時からかシスターがそこに赴任すると教会に人が押し寄せてくるようになったのだ。
「シスター、貴様のような修道女の麗人が祈る姿は嘸かし絵になっただろうさ。何せ、調査に赴けば必ずどこかで貴様の話が聞けたからな」
「はぁ…、生きてきてこれ程自分の容姿を恨んだことはありませんでしたよ。私の姿を見ると同時に跪く民間人を目の当たりにしたときは目眩がしましたもの」
それからというもの、シスターの毎日は段々と変化していった。
最初は、自分を指名した懺悔や生まれた赤ん坊の名前付けの依頼といったものだった。
しかし、シスターは任務を全て完璧に熟してきたためにその噂はどんどん真実味を帯びてきてしまったのだ。
そうなると人々の
痩せた青年が言う。自分の住む所の化け物も退治しに来て欲しい、と。
子連れの女性が言う。自身の子には悪しきモノが憑いているから払って欲しい、と。
咳をする老人が言う。祈りで悪いものを払えると聞いた。この病魔を追い出して欲しい、と。
震える少年が言う。あそこに住む奴は悪魔だ。どうにかして退治して欲しい、と。
泣き喚く少女が言う。あんなに尽くしたのに私を捨てたあいつは悪魔だ。あの男に痛い目を見せて欲しい、と。
「それは、大変だったろうな。私はあくまで噂でしか知らんが、それでもかなりの数が飛び交っていたんだ。その中心にいた貴様が一体どんなことを言われてきたのか想像も付かん」
「そうですね。酷いものだと、間接的な人の殺害とか、後はどこかの貴族が自分の物になれ、とかですかね」
「聖女と呼ばれている人物に言うことではないな。やはり人間の考えることは分からん」
「ええ、アレ等が言ったことに私の意思など介在する余地もありませんでした」
加速に加速を続けた欲望は止まらず、やがて本人を置き去りにして突き進んでいく。
ある時、シスターに懸想した者がその心の内を告白した。
それを知った人々があろう事かその者を袋叩きにし、シスターに会うことを禁止したのだ。
その全てはシスターの与り知らぬ所で行われたことであった。
いつの日からかシスターの意思など一切関係無く、多くの事態が巻き起こっていた。
そして、彼らが自分達を特別だと言うように名称し、名乗るようになった名がある。
「『月聖女信仰』、何やら随分と仰々しい名前だな。しかもよりにもよって信仰ときた。随分と慕われているじゃないかシスター」
「ご冗談を。アレ等はついに私を人間とすら見なくなりました。私は一切知りませんが序列などもあるそうですよ。ばかばかしいにも程があります」
「そしてそいつらが付けた貴様の名称があれ等か。その様子だとまだまだありそうだな」
吸血鬼がケラケラと笑うとシスターは頭痛を堪えるように額を抑え、近くにあった椅子へと座り込む。
椅子に深く沈み込むように座ったシスターは様々な心中を吐き出すかのように大きく溜め息を吐くとそのまま上を向いて脱力してしまう。
この様子に流石に吸血鬼は驚きを隠せなかった。吸血鬼は噂しか知らなかったために噂の中心であるシスターがこれをどのように思っているかを知らなかったために、まさかいくら身動きが出来ないほどに弱らせたとはいえ敵である自身の前でああも疲れた様子で隙を晒す程の弱点とは思わなかったのである。
だからこそ、吸血鬼は
「随分とお疲れの様子だなシスター。そこまで疲れるのかその連中は」
「求めてもいない信仰に頼んでもいない祈り、意味のない賛美に利のない頼みと来れば疲れるなんてものではありません。一刻も早く滅んで欲しいと願っていますわ」
「なるほど、シスター。連中の身勝手な依存に辟易しているようだな」
「……依存、ですって?」
吸血鬼の体が凍結されたように固まる。
先程まで疲れ切った様子で上を向いていたシスターが肩越しに吸血鬼を見下ろしていた。
その目は不快感を隠すことなく吸血鬼を射貫いていた。
「撤回なさい」
「な、何をだ?」
「依存、という言葉です。アレ等が抱いているそれは断じて依存などと言えるものではありません」
「何故だ?どう見てもあの集団は貴様におんぶにだっこだろう?」
「否!断じて、否!!」
シスターは突然声を張り上げ、立ち上がる。
そして吸血鬼を正面から睨み付けると否定の声を上げた。
「アレ等のそれを依存などという高尚なものと一緒くたにされるなど我慢なりません!」
「高尚?依存がか?依存とはその対象に寄り掛かることでしか生きていけないことだろう。何が高尚なんだ?」
吸血鬼からの質問にシスターは苛立ちを隠そうともせずにこれ見よがしに溜め息を吐く。
そして、いいですか?、と前置きをすると説明を始めた。
「依存とは、生きていく上で必要不可欠と判断されるもののことを言います。それ故に人は様々なものに依存します。例えば、環境への依存。豊かな土地に青々とした自然、良質な資源、更に恵まれた天候と暮らすための前提条件だけでもここまで依存しています。それに加えて、子どもならば親への依存、大人になれば社会への依存、依存などしていないという人はその考えを持つ自信の心情に依存し、結婚して家庭を作れば夫は妻に妻は夫に依存し合います。そして生まれた赤児はまた親へと依存し、家族が増えた夫婦は更に互いへの依存が強まることとなる。これの繰り返しです。
だが、しかし!アレ等の人生に、生活に、信条に、私は必要ない!私の噂が広まった最初の理由はただ美しかったというだけであり、そこに何の必要性も感じられないではありませんか!?」
「なるほどな。連中のそれが依存ではないというのは何となく解った。だが、高尚というのは?これまでの説明ではただ人間には必要なものというだけで高尚とは言い難いぞ」
「なら、黙って聞いていなさい。確かに、私の下へと来る中で切羽詰まった状況にどうしようもなくなって来た者もいました。しかし、それもまた依存ではない!何故なら!?それは一時、その一瞬だけ私を必要としただけであるからです!
そして何より、私へ頼めば『必ずどうにかしてくれる』などと思い込んでいるそれが何よりも腹立たしい!!
確かに私は『時間操作』という人智を超えた力を持っています。ですが、私は神ではない!私はキサマ等の為に願いを叶える願望器などではない!私は人間だ!どこまで行っても人間でしかない!
それをアレ等は…!あのゴミ共は…!私を思い込みで人間で無くした!!そんな横暴が許せるものですか!?
アレ等が結果的に利益を得たのは私が義務でやったことによる副産物でしかない。なのに、それを私が自発的にやったと思い込んでいる!アレ等の得た益など!私がしたことによる残りカス、即ちただ不必要が故に出たゴミでしかないというのに!ゴミに集っただけの害虫が、味を占めただけのゴミ虫共が、私自身にすら集って来る!不快でしかない!ただひたすらに不快でしかない!!」
シスターは頭を両手で抱えると何かを振り払うように体を激しく揺さぶる。
更に、両手で自身の体を掻き抱くと、耐え切れず、というかのように悲鳴を上げる。
肺の中の空気を全部放出するかのような悲鳴の後、激しく息を切らして荒い呼吸を繰り返すシスターはそれでもなお語ることを止めない。
「あんな甘い汁を吸うことしか考えていないゴミが依存?依存ですって?違う違う違う!!
依存とは、生きる上で人が必ず必要なもの!人が、生きるために必要だと断じたもの!それが無ければ生きていけないと、そう感じたもの!それさえあれば、と心の底から思ったもの!それ即ち……」
ここで一端言葉を切り、シスターは一度息を吐くと肺の隅々にまで空気を行き渡らせるように深く息を吸う。
そして、その吸い切った空気を一瞬塞き止めるようにタメを作ると、咆哮するかの如く口を開け放った。
「依存とは、例え何があろうとそれを信じ抜くと決めた心のこと!!
依存とは、それの為なら何だって出来ると思える感情のこと!!
依存とは、それのだけの為に自身の命さえも差し出し、守ってみせるという気概のこと!!
どれだけ自分の信じたものが自分の理解できないものだろうとその信用の一切を疑わずにいられる。それほどまでに強く想い、自身の存在とを固く結び、例えそれがどのような答えを出そうとそれを受け止められる意思を持って初めてそれを、依存、と呼ぶのです!」
それまで一切息を吸わずに一息に言葉を放ったのか言い切った後にシスターは、ゼェッゼェッ、と息を激しく切らせ、思わず、といった様子で椅子の背に手を付いて体を支えた。
時々咳き込む音を混ぜながらもそれでもなお、語り足りずと口を開く。
「ゴミ共がやっていることは、信仰などではなく、依存など以ての外、私がゴミ共の前で少しでも意にそぐわぬことをすれば、途端に私を責め立てる。思い込みの中でしか私を判断出来ぬ愚者共がしていることなど、高が知れている。
あの愚か者共がしていることなど、言ってしまえば自慰だ!そんなもの一人部屋の中で勝手に妄想に浸りしていればいい!なのに、態々私の前に集団で押し寄せては公然と自身を慰める!巫山戯ているのか!?私の前で私を汚す様を見せられた私はどうすればいい!?馬鹿馬鹿しいにも程がある!現実にいる私が妄想の中の私と全く同じだと思い込んでいる精神異常者共など救いようがないだろう!!」
頭に血が上り過ぎたのか、シスターは地面に膝を突く。
そして椅子の手摺りに腕を乗せるとそのまま顔を伏せってしまった。
最早限界とでも言うように弱々しく、ひゅーひゅー、と呼吸を繰り返すシスターは吸血鬼の目には先程よりも小さく映った。
余程感情任せに叫んだのだろうシスターは細い呼吸と咳きを何度も繰り返している。
それを見やりながら吸血鬼はゆっくりと立ち上がった。
「それが、貴様の本心か」
シスターからの反応は無かったが、吸血鬼は聞こえているものと勝手に判断し、言葉を続ける。
「ようやく、貴様の心に触れた気がするよ。穏やかだったり艶めかしいことを口走ったりと色々煙に巻かれていたが、ここでやっとだ。今の方が私は好きだぞシスター。裸の心の叫びはとても私の琴線に触れた」
「つまり裸の女性の悲鳴が一番好きだということでしょうか?」
「うん、今私そういうの止めろって言ったばかりだよな?」
徐々にいつもの調子に戻ってきたシスターはしかし、次の瞬間に驚愕することとなった。
目線だけを吸血鬼に向けたシスターはその相手の様子に慌ててナイフを構える。
シスターの目線の先では首を鳴らし、肩を回して伸びをする吸血鬼がいた。
「……何故?」
「両手足があるのか、だろう?何、別段不思議はないだろう。人外の中でも吸血鬼は飛び抜けた能力を持ち合わせているからな。体の再生など呼吸と変わらん」
再生自体にシスターが驚く要素は無かった。シスターとてそんなこと知っていたし、目の前で見たことなど何度もあった。
シスターが疑問に思ったのは、聖銀のナイフで傷付いた筈の箇所が再生しているというところである。
普通の傷ならそれこそ粉々にされたとしても吸血鬼は再生できる。
しかし、吸血鬼を傷付けたのは聖銀製のナイフである。触れた時点で肉体が蒸発するような代物で攻撃されればいかに強大な人外といえど、再生はほぼ不可能であるはずなのだ。
その疑問を口に出す前に、シスターは気付いた。その方法に。
「自分で肩を……」
「その通りだよ。まあ、中々に骨が折れたがな。言葉通りでも文字通りでもな」
「しかし、どうやって切断したのですか。少なくとも両手両足は使用不能だった筈です」
「おいおい、まだあるだろう?吸血鬼の象徴たる鋭いのが……」
そう言って吸血鬼は口を開き、指で唇を持ち上げる。
そうして出てきたのは二つの鋭い牙。人間のそれより明らかに長く、鋭利なそれは細腕一本程度なら容易く噛み切ることが可能だと判断できた。
「……噛み千切ったのですか」
「片腕再生出来れば後は簡単だったよ。まあ、全くの無傷とはいかないがな」
いくらナイフを取り除いてもそれなりの時間刺さり続けていたために少なからず聖に属する力が吸血鬼の体内に流れ込んでいた。
吸血鬼は自身の体に入り込んだ異物に不快なものを感じたが今はどうすることも出来ない。
シスターはそれでもある程度の戦力を取り戻した吸血鬼を見据えながらゆっくりと立ち上がった。
「……なるほど、私に語らせたのは感情的にさせて自身からの注意を逸らすためでしたか。私も無様を晒したものです」
「最初からそうだったら格好もついたのだろうがな。初めは貴様のご機嫌取りのきっかけを探していたのさ。そしたら何やら貴様が感情を震わすものがあったのでな。一か八か賭けさせて貰ったよ」
「はぁ…、恥部を晒した私の落ち度ですね。賭けは貴女の勝ち。そうして貴女は無事回復し、戦局は分からなくなった訳ですか」
言いながらも体制を立て直し、再び両手にナイフを構えるシスター。
そしてそれに合わせるように吸血鬼もまた、構えを取る。
しかし、今度はいつの間にか生成していた巨大な紅い槍をその手に携えていた。
吸血鬼とシスターの互いを見つめ合う膠着状態は暫く続いた。
その膠着状態を破ったのは二人のどちらかの先制ではなく、吸血鬼の一言。
「なあ、シスター」
「何でしょう?先に言っておきますが降参などはなさらないで下さいね。互いにここまで上り詰めたのですから、後はもう逝くだけ――」
「私のものになれ」
「――っ!……あらぁ、それはそれは」
吸血鬼の放った言葉、それは表面上の反応の下でシスターを大層驚愕させた。
今まで散々言われてきた言葉ではあった。
だが、それまでの課程の一切が異なる。
自身の心の奥底まで曝け出した後のその言葉。
今まで何度も言われては辟易し、あしらってきたその言葉にシスターは即答出来なかった。
それ故、それほどまでに自分の心を揺さぶられたことをシスターは認めざるを得ない。
シスターの中で様々な言葉になる前の感情擬きが浮かんでは表面に形を為す前に溶けて、或いは沈むことを繰り返す。
結局、暫くその後に続く言葉を紡ぐことが出来ず、口が半開きのまま時間が過ぎていった。
その様子に吸血鬼は口角をニヤリと上げる。
「脈有り、と見ても宜しいかな?」
「……とりあえずは、認めましょう。少なくともその言葉を私は切って捨てることが出来ません。ですが、何故私なのです」
苦いものを噛んでしまったように口を歪めながらシスターは吸血鬼へ問う。
その問いに吸血鬼は少し息を吐き出し過去に思いを馳せるように目を瞑り、口を開いた。
「一目惚れ。と言ったところか」
「……は?」
吸血鬼の口から告げられた言葉はシスターにとって予想外もいいところだった。
冗談か、と呆れることも怒ることもできず、ただ口から突いて出たのは空気と共に漏れ出たような疑問詞のみ。
その様子に吸血鬼も思わず苦笑を零す。
「少し唐突が過ぎたな。順を追って説明しよう」
流石に構えながらする話でもないと双方思ったのかどちらから言うでも無く一旦構えを解く。
吸血鬼は悩むように少しの間唸ると、よし、と一言。人差し指を立てると話を始めた。
「まず、私が貴様という存在と出会い、そして理解したのは今日この日が初めてだ。だが、貴様というシスターの存在を知ったのはもう少し前だ」
「それは、例の噂ではないのでしょう?」
「ああ、それについては私の能力について説明する必要がある」
「能力?それは吸血鬼としての、ではなく、貴女個人として保有している能力ということですか?」
「その通りだよ。まあ、今までの流れで分かると思うが、戦闘に直接作用する系統のものではない。私の能力は言ってしまえば『運命操作』だ」
「……随分とあっさりと能力を明かしますのですね。それも名前の通りなら途轍もない能力に思えるのですが。良いのですか?」
「なに、説明に必要だからな。それに言う程便利でも万能でもない」
世間話程度の軽さで滑り出てきた相手の能力にまたも驚愕するシスター。
その様子を面白そうに見物しながら吸血鬼は説明を続ける。
「まあ、名前の通りに運命をある程度操ることが可能だ。勿論制限はあるぞ?戦闘最中に運命を操り続けて勝利するとかそんな器用な芸当は無理だし、あくまで操れるのは運命だからな。別に未来が自由に覗ける訳でもない」
「そこまで無理だの出来ないだの言われると逆に何が出来るのか分からないのですが……」
「それはすまなかった。強みだが、私がこの先歩んで行く未来の中で確率が1%以下だろうが起こり得るとされる事象は全て意図的に引き寄せられる。例え、99%の確率で私が死ぬとしても1%でも生きられる可能性があるなら私はその運命を選び取れるという訳だ」
それはやはり万能ではないのか?
それがシスターの感想だった。実際吸血鬼の今までの説明を聞けばそう思うだろう。
そうあれるのならばそうあることができる、というのは誰もが羨む能力だろう。
戦闘最中に使えないという欠点もやりようによってはどうとでも出来る気もする。
だが、そうなるとシスターの中で一つの疑問が生まれる。
「待って下さい。なら、何故私との勝負の前にその能力を使わなかったのですか?戦闘最中に使えないということはある程度その能力の行使に集中する必要があるということでしょう。でしたら、それこそ私に挑む前に私に勝てる運命を選択してしまえばいいだけのことです。まさか貴女ほどの方が私に万一も勝てないなどということはないでしょう」
シスターの疑問に吸血鬼は、頬を指で掻きながら笑ってみせる。
その笑みは笑顔というよりバツの悪さを隠すための愛想笑いに近かった。
そんな風に曖昧に笑い、半開きの口で、あー、うー、と誤魔化しが効かないことを察しつつも往生際悪く何とか言い訳しようとしている吸血鬼にシスターは改めて疑問符を浮かべる。
やがて観念したように肩を落とすと、若干目を逸らしながら口を開いた。
「それについてはいくつか前に教えておかなければならないことがあってな」
「何です?」
「この能力の制限はまだある。まず、一回使うとその選択した運命を迎えるまで使えなくなる。そしてその選択できる運命もどれ位先までか決まっているんだ。ようするに、数百年先の運命を決めることは出来ない。まあ、これについては私の成長によってはまだ伸びしろがあるがな」
「なるほど、つまり私との勝負前に何らかの事情で能力を使ってしまったことでいまだに使える状況にない、ということで宜しいですね」
「あぁ…、いや、一応もう使えるんだ」
疑問が解けたことに納得しかけたシスターを吸血鬼の補足が再び疑問の渦へと引き戻す。
遂には眉間にしわを寄せ、首を捻って考え込んでしまったシスターに吸血鬼は若干狼狽え始める。
「そ、その、だな。私のこの能力には副次的な能力として時々、ふとした時に可能性の内の一つを夢として見ることがあるんだ」
「可能性、ということは貴女が迎えるかもしれない運命を夢に見るということでしょうか?」
「ああ、その解釈で間違いない。そして数日前に、私は夢を見た。夢の中の風景は廃れた教会、そこで静かに、身動ぎ一つせずに祈りを捧げ続ける修道女が一人」
「それは……」
「もう察しは付いただろうが、最後まで聞いてくれ。
そして、場面が変わったのか時間が経ったのか。風景は廃れた教会から壁やら天井やらに多くの穴が空いた崩れかけた教会へと変化する。そこで祈っていた修道女が此方を向くんだ。いつの間にか現われていた月を背景にな。
その時見えた修道女の顔はとても穏やかに微笑みながら此方を見ていた。あまりの美しさに見惚れ、思わず手を伸ばして、そこで終わりだ。
目を覚ませば現実の私も手を伸ばしていて、棺桶の蓋にぶつけて呻く羽目になったよ」
「……その時に私を知ったのですね」
事情は飲み込めた、と一つ頷いて見せるシスターはその後に吸血鬼へと視線を戻す。
しかし、シスターの顔からはいまだ疑問を表す眉間の皺は消えない。
それはシスターを知っていたというその事情は吸血鬼の口から説明されたが、能力の行使が不可能だった理由は語られていないからだ。
当然、それを分かっている吸血鬼も苦笑を浮かべる。
「先程から何やら意図的に説明を遠回りさせている気がしますが、特段私から能力の説明を求めた訳ではありませんので、言いたくないのであれば無理強いはしませんが?」
「いや、ここまで言ったんだ。最後まで言わせて貰うさ。さて、では何故私が能力を使えなかったかというとだな。つまり……まあ……うん……その場で使ってしまったんだ」
「夢を見た直後ですか?……何に対してです?」
「こ、ここまで言えば分かるものだろう。……えっと、私はお前に一目惚れした、と言っただろう」
「ええ、つまり夢で見た私に懸想したということでしょう?」
「はっきり言うな……。と、まあそうだ。その時私はどうしてもシスター、お前を自分のものにしたかった。だから運命を操作したんだ」
「私を絶対に自分のものに出来るようにですか?」
「いや……」
シスターからの質問に否定の意思を一言告げた後、吸血鬼は俯いて言葉を切ってしまう。
シスター自身も能力の内容を考えたとき、一番に候補に出てきたものが否定されたのに少しばかり衝撃を受け、次の口が訊けなくなってしまっていた。
しかし、その沈黙はそう長くは続かず、吸血鬼は何かを覚悟したように深く息を吐くとその口を開いた。
その声は先程までと比べてとても小さなものであったが。
「……お前に、その、出来る限り早急に出会えるように、と、まあ、そう運命を操作した」
その言葉は言い始めると徐々にその音量を減らしていき、最後の方になってはシスターに殆ど聞こえることはなかった。
しかし、半分以上聞こえていれば内容の把握には十分だった。
言い終わると同時に吸血鬼は被っていた帽子を若干下げることで顔を隠してしまった。
つまり、吸血鬼はこう言ったのだ。
夢で見た人物に一目惚れして慌てて能力を使い、その者を手に入れる運命を探るのではなく、衝動と焦りのままにただ最も早く出会えるだけの運命を選択した。
今度こそ沈黙が場を支配する。
とは言っても、その沈黙は決して重々しいものを含んだ沈黙ではなく、もっと浮ついたというか、ふわついたといった感じの、筆舌に尽くしがたい何かが混ざり合った、言うなれば……
「……………」
「……………」
ぐだぐだであった。
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