―――堀江 修介視点―――
ここは、青森県青森市の八甲田山の森林の中。俺は家にいると親父に呼ばれ、親父と一緒に歩きながらあまり人気のない場所まで連れて来られた。いつも、家の神社の大事な事柄については誰もいないような場所で話をしている。きっと今回も跡継ぎである俺に話しておきたいことを話すつもりなのだろう。
俺は実家の跡継ぎをするという条件の下で武偵学校に通うことを親たちに許可された。結衣も実家から逃げるように、俺と一緒の学校に通うことにした。それは結衣にとって、最善の決断だったに違いない。なにせ俺は、妹に唯一信頼されている存在である兄として、自分のそばで妹を守っていかなければならない。守るのは当然で、当たり前のことだからだ。
それは、妹が女の子や異性だからとしてではなく、家族という意味でだ。結衣にとって家族は俺しかいないようなものなのだろう。そう、家族であり、家族以外ではない。俺と妹はそういった立ち位置で永遠に変わらない。そうあるべきなのだ。
さて、話を戻そう。妹のことは今は関係なかったな。
俺が今言いたいことは、なぜ今になって俺を実家まで呼んでは、跡継ぎの話をしたりやその準備をさせようとしているのか、ということだ。そんなもんは卒業が近くなったらか、実家に帰ってからにしてほしい。
ただ、妹は呼ばれなかったことは救いだった。まぁ、跡を継いで、許嫁まで作らされたのだから、この家にとって妹はもう不要な生命体なのだろう。さすがに、おふくろはそこまで思っていないのだろうが、親父に関しては分からない。娘であっても女性には、干渉しないし、感傷もしないのだろう。それが、俺の親父、堀江孝文なのだ。
「さて、おまえには2つ伝えないといけないことがある。これは決して、他人にはもちろんのこと、身内や家族の一人でさえ言ってはならないことだ。そのことを理解した上で聞けよ」
「……言われなくても、分かっていますよ父上。この期に及んで、そんなことをしようとは思いません」
「まぁ、おまえだからな。たとえ私の息子であっても、絶対的な信用はできない」
なんともまぁ、血の繋がっている父親とは思えない発言だ。そんなんで、家の神社を継げと言うのだから、この男は信用ならない。しかし、以前につい口を滑らしてしまったために、多くの人に迷惑
をかけたわけだから、オレを信用できないのは分からないでもない。なんだかんだ言っても、継げる人間が俺しかいないから、信用していくしかないのかもしれない。
「さて、まず一つ目なのだが、実はこの神社には一つだけ秘物たるものがある。それは、この家の敷地内のどこかに置いてあるのだが、その存在を認識しておいてほしい。ただ、それだけだ」
うん? 親父の言うことが分からない。家に宝物があるという事実だけを知ってほしいという意図が汲み取れない。それこそ、「だから何なのだ?」と聞き返しそうになる。
「えっ? つまりは、探し出せということですか?」
「いや、そうではない。どこにそれがあるかなどおまえは認識しなくていい。どこにあるかは、私しか知りえないことだ。ただ、そういった存在があるということだけを認識しておいてほしいのだ。そうすれば、もしそれを目にする機会があったとしても、容易に扱うことはないからだ」
「えっと、つまり要約すると、秘物たるものがこの家の敷地内にあるから、もしそれを見つけてしまったら、触るなということですか?」
「そうだ、その通りだ」
だからと言って、そのまま納得できるような回答ではなかったので、俺にとってはまだ腑に落ちないことばかりだった。いまいち、親父の意図が分からない。俺は親父に質問していく。
「でも父上、それなら、どこにあるかを知っていれば気をつけられるのでは?」
「だめだ。前にも説明したが、この世に存在する秘物たるものには『或る力』が備わっている。厳密に言うなら、『或る力』を求める人間に備えさせると言った方が正しい。それは、人間によって作られたからこそ、人間に適応されるように作られている。もしくは、武器や身に着けるような限定的な何かに適応される場合もある。もし、お前自身が秘物たるものの『或る力』を求めてしまった場合は、適応されてしまう可能性が出るのだ」
「それなら、尚のこと知っていればそれを対処できるのでは? 父上は知っているのでしょう? それは、適応されない対処の仕方を知っているからではないのですか?」
「いいや私は、その力を求めることが出来ない。秘物たるものの『或る力』に適応してしまった場合、今まで生きてきて培った力を失うのだから。それでは、本末転倒だろう。なにせ、どのような力か分かっているわけだし、割に合わないと分かっていれば、そんな力を欲しようとする気さえ起きなくなるものだ」
「は、はぁ……。それなら、父上の息子である私も」
「いや、お前の場合は変わってくる。秘物たるものの『或る力』が何なのかを知った時に、己の持つ力と天秤にかけた時に或る力を求めてしまう可能性が出てくる。そう、知っていれば興味を持つし、秘物たるものの『或る力』を求めようとするかもしれない。他に力があるとすれば、それを求めずにはいられないように、或る力がどのような力なのかさえ知らなければどうということはないのだ。ましてやお前は堀江家の血を受け継ぐ者。代々受け継ぐ力をお前が途絶えさせられたら困るのだ。だからお前は、秘物たるものがあるという存在だけを知っていれば良いのだ」
「なるほど……、分かりました。ですが」
「うん?」
「それならなぜ、私にその秘物たるものの存在を教えたのですか? 教えなければ、それこそ安全だったのでは?」
そんなものがあると知らない方が、いいのではないのだろうか。知らなければ、それこそ干渉することなく済む。それこそ、リスクは小さくなるはずだ。
強い風が吹く。親父は体を動かさず、木のように立ちつくして溜め息を吐く。表情から見るに、俺に対して呆れたようだった。
「さっきも言ったはずだ。容易に扱うな、触るな、と。知らないのでは、興味を持って触れてしまう可能性がある。もしくは、お前自身が『或る力』に干渉されてしまうこともある。ただこの場所に住んでいるだけならいいのだが、お前がこの家の神社の跡を継ぐというのなら、秘物たるものを目にする可能性が出てくる。だからこそ、今のうちにお前に伝えておこうと思ってな」
「そういうことですか……。じゃあ、もし、その秘物たるものを私が偶然見つけてしまい、偶然に或る力を求めて適応してしまったら、私は今持っている力を失う可能性はあるということですか?」
最後にこれだけは聞きたかった。誰しも何らかの力を欲しがっていたりする。自分自身、もっと力があれば、もしもの時に妹を守れるのではないのだろうか。そう思うことがよくあるのだ。だが、何の力か分からないし、少し別の力に憧れたくらいで、今まで頑張って手に入れてきた力を失うのは避けたい。それだけは、不安になってくる。
だが、親父は少しニヤつく。単に軽く笑っているだけなのだろうが、堅物の親父が笑うとどうしても気味の悪い笑いに見えてしまうようだ。
「それなら心配ないだろう。普段のお前なら、『或る力』を求めるようとはしないだろう。お前が知らなければ適応するような力ではないのだ。それだけは、絶対的な信用を持ってもいいと私は思う」
そう言った親父の言葉に、少し不快感を覚える。なにせ、俺がバカにされているように感じたからだ。しかも、俺に絶対的な信用はできないと言っていた親父が、絶対的な信用を持ってもいいとか言っているのだ。それこそ俺が親父を「信じらんないっ!」と言いたくなる。
「でも、名称くらいは教えておいた方がいいか。お前のことだから、秘物たるものの見分けがつかん場合にも備えておかないとな」
「そうですか。んで、その名前は?」
「竹の笹に、弓矢の矢、薙刀の薙ぎで『笹矢薙』と言う」
「ささやなぎ……」
なんとも、曖昧な名前であった。笹の矢で薙ぐという意味から取られたのだろうか? とりあえず、左足に虫がいるのか知らないが、ムズムズする。あまり、森の中に長居はしたくないので、2つ目の話に移ってもらうことにした。
「それで父上。2つめの伝えないといけないこととは何でしょうか?」
「ああ、そうだったな。一昨日から結衣の行方が分からなくなっているのだが、お前は何か知っているか?」
「……えっ!?」
「お前らには念のため位置風鈴をつけているのだが、一昨日あたりから途絶えてな。信頼されているお前なら何か知っているのではないかと思っていたのだが」
(待て、待て待て! 一昨日!? というか、行方が分からない?? いない? 結衣が? 俺の妹の結衣がかっ!!?)
頭が混乱していく。そのせいか、怒りをあらわにして親父に罵倒してしまう。
「な、なんで! なんでそのことを早く言わないんだよっ!! くっそやろ!!」
俺は持っていた携帯電話で急いで結衣の携帯電話へと通話をかける。親父の悪いウソであってほしい。単なる親父の勘違いであってほしいのだ。そうであるに違いないんだ。
しかし、繋がらない。携帯自体が電源が入っていないか電波の届かない場所にあるかだと携帯電話に言われる。そのことに対して、携帯電話に怒りをぶつけそうになるが、それどころではない。早く探さないとだ。
すぐに、実家の方に向かおうとすると、親父に肩を掴まれる。つい、反射的に振り払おうとしてしまうが、今度は腕を親父に掴まれてしまった。
「待てっ!! お前は知らないのか。結衣がどこにいるのかを」
「ああ、知らないね! だからすぐに家に戻って、武偵学校に行く。そんで、知り合いに探してもらう。情報も得てやる」
「落ち着かんかっ! 事を荒立ててどうする。もしかしたら、ちょっと遠出をしているだけかもしれん。ましてや、あいつのことだ。知られたくなくて、意図的か無意識に位置風鈴を解いたのかもしれんぞ」
親父の能力は風が主体であり、位置風鈴というのは現代社会で言うGPSのようなものだった。本来なら俺だけにかける予定だったのだろう。だが、きっとおふくろが結衣にもかけるように親父に言ったのだろう。おふくろはいつも密かに結衣の心配をしているから。
ここで問題なのは、それが解かれたということだ。実際、俺はその位置風鈴に気付かなかった。ましてや、知っていたとしても、それを解こうなんてことはしない。なにせ、気付きにくく、そう簡単に解けないようになっているのがこの超能力なのだ。オレでさえだいぶ労力を使うというのに、何の才能もない結衣が出来るわけがないのだ。ありえないことだ。ありえないことが、起きている。その事実が、俺を焦燥を掻き立てて来る。
「だとしてもあいつが、急にいなくなるわけがない! 情報網を張ってある俺のところに連絡がないのもおかしいんだ! 結衣に何か起こっているとしか考えられないんだよっ!!」
「だが、今はあいつには知られたくないのだ。そうなれば、あいつも何をしでかすか分からんのでな。このことは、警察や武偵にまかせてお前は大人しくしていろ。お前にはまだしてもらわなければならないことがある。それが終わるまでは東京には帰させられない。なあに、心配しなくともあの結衣だ。いつのまにか平然と帰ってくるさ」
俺は驚愕する。親父は、娘である結衣のことなどどうでもいいようで、ただ、おふくろが騒ぎ立ててほしくないだけなのだ。こんなのが、親なのか? 父親というものは、こういうものなのだろうか? 確かに、俺や母親は過保護なのかもしれない。心配し過ぎと言えば、そうなのかもしれないのだろう。だが、親父は逆だ。結衣に対して関心がなさすぎる。まるで、関わりたくないように感じてしまう。嫌いではなく、無関心。もう親父の中では、娘としてではなく、赤の他人として存在しているのだろう。
「っ……くそっ、分かったよ。母さんには内緒でいればいいんだな!」
オレは怒りを必死に抑え、親父の指示に従うことにした。この家で、親父の意向に背くのは避けたい。そうなれば、結衣が俺の妹ではなくなってしまう。あいつの自由がなくなってしまう。それだけはダメだ。親父の言うことは絶対なのだから。反抗すれば、返ってくるのは自分たちだ。
父親にとっていい行いをすれば、それに見合った良いことが返ってくる。逆に、父親にとって悪い行いをすれば、それに見合った悪いことが返ってくる。まさしく俺の父親は、因果応報のようなシステムであったのだ。
その後も俺は妹のことを思いながら、家にいることにした。東京に帰った時、妹に会えるという希望を信じて。
次回予告「オレの目の前に立つ男は再会を喜んでいた。
だが、オレ自身はその男との再会したことを最悪に思う。
さぁ、ここが始まりだと、そう告げたのは紛れもなく過去の友人だった。
次回『指折りの話』