緋弾のアリアAB   作:純鶏

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11話 - 目覚め醒めた眼

 今、地下倉庫の武器倉庫へと逃げることができたオレは、井上に対抗できそうな物を探していた。井上の持つバットは木製。木製ゆえに、闘いにくいなと感じていた。なぜなら、木製のバットというのは鉄製のものよりは重い。ましてや、水分を含んだりもするので相当な重さになったりもする。それもあって井上は、振り下ろしたりや大振りの攻撃をしてこないのだろう。それでは、本当に隙もないし、近づく危険が大きくなってしまう。井上と闘うためには何としても何かしらの武器が必要だ。

 しかし、電灯が点いていないこの暗い部屋で、何かを探すのは少し厳しかった。でも今更、電灯のスイッチをつけようなんて思わない。それこそ手間だし、井上がやってきてしまう。必死に探してみるものの、この部屋にある武器とはどうやら大砲や大型の銃か、または爆弾系等の物ばかりのようだ。

 

(くそっ、何かないのか? なんか棒とか振り回せそうなやつとか銃とかないのかよ!?)

 

 一生懸命に何かないかと探している中、

 

「―――!!」

 

 この武器倉庫の構造上、大倉庫と火薬庫に出られる扉が対になってできている。つまり、オレが入ってきた扉の反対側にも扉があり、その先が大倉庫だ。その大倉庫の扉の向こうから、何やら言い争っているような声が聞こえる。もしかしたら、オレや井上の他にも人がいるのだろうか。気になったオレは少し耳をすましてみると、どこかで聞いたことのある声が聞こえてくる。

 しかし、何人か声が聞こえる中の1人に、オレをここまで連れてきたヤツのような声が含まれていた。扉の向こうには、井上の仲間がいるのかもしれない。そう思うと余計に闘う武器が必要だと感じて、急いで探すことにした。

 

 バットとコンクリートがぶつかる音が間隔的に聞こえてくる。それは次第に大きくなり、オレの焦りを掻き立てていった。

 

(……近づいて来る!)

 

 より鮮明にぶつかる音が聞こえてくるようになる。鳴っている音が扉の前まで来たと思ったら、急に静かになっていった。何も聞こえないこの沈黙した状況に、オレの心臓の鼓動が大きくなり、速く打っている。

 

「――!!」

 

 その時、急にこの部屋の電灯が点いた。きっと、井上がつけたのだろう。だが、光を遮って周りを見ても、井上はこの部屋にはいないようだ。もしかしたら、部屋の外に電灯のスイッチがあるのだろうか? 幸い、そのおかげでこの部屋の中がしっかり見えるようになったのだ。オレは、眩しさに慣れるとすぐさま、再びこの部屋を見渡していく。すると、部屋の右端に、古ぼけた竹刀や小太刀程の長さの木刀が束になってカゴの中にささってあった。木刀なら、なんとかなるかもしれない。

 すぐさまそこへと向かい、材質の良さそうな木刀を手にする。その瞬間、向かい側の扉が開く音がした。

 

 

(――来たようだな!)

 

 オレは意を決して、木刀を構えながら扉の方へと目を集中させる。扉からゆっくりと入って来た姿は、間違いなく井上だった。

 

 

「おっ、なんだいそんなもん持っちゃって。ご自慢の格闘術は使わないのかな? 中学時代はよくやっていたじゃないの、柔術みたいなのをさ!」

 

「柔術? ああ、実家で教わってた格闘術か。あれは残念ながら、もう使えないんでね。この状況でなら木刀さえあればなんとかできるさ」

 

 実際、中学時代は実家が道場もやっていたのもあって、柔術を少し習うことが出来た。本格的にやっていたわけではないので帯とか段とかよく分からないが、当時は柔術が使えるだけでもてはやされ、オレは天狗になっていたのだった。しかし、今それが通用するかどうかの話をするなら、可能性は低いと言えよう。

 理由を挙げるなら、1つは柔術を本格的にやっていないことだ。もう、1年以上は柔術について習っていないし、体もそこまで鍛えてもないので、体がその柔術にあった動きについていけるのかが怪しいのだ。ましてや、なにをしでかすか分からない相手に、柔術で対抗するほど猪突猛進な性格ではない。

 2つめは、オレの片目のことだ。完全に機能を失っているわけではないが、視力がほぼないに等しい。片目だけで近接格闘をするのは、相手との遠近感も分からないし、死角が大きいのだ。そんな不安定な格闘術を使えるわけがない。だからオレは武器になるようなものを探して、たった今は木刀を構えているわけだ。

 

 井上はオレの持つ木刀を見て馬鹿にするかのように言った。

 

「はん、そうかよ。 じゃあ、何か? そんなもんで俺に勝てるとでも言うのか?」

 

「勝ち負けなんてどうでもいいだろ? オレはオマエを倒して生きたいだけだ。倒さなきゃ気が済まない!」

 

 そう、気が済まない。オレは井上を叩きのめしたいという感情が湧いていた。それは、目の前の青年が井上だと知ってからだ。知らなかったのなら、わざわざこんなとこまで来て武器を探すことはせずに逃げていたに違いない。そうしなかったのは、過去の事件が原因だ。

 井上は嬉しそうに笑う。笑って、嬉しそうに、声を大にしてオレに言った。

 

「なら、倒してみろよっ!!!」

 

 ここで慎重にいかねば殺られる。そう感じたオレは一度大きく呼吸をし、心を落ち着かせる。そして、一気に前進した。井上の方へ向かって。それを見てか、井上もオレの方へと前進してきた。

 オレの予想では井上は待ち構えて攻撃してくると思ったのだが違った。両手でバットを持って片方の肩に置くような構えで走って来た。オレの持つ小太刀程の長さの木刀と井上の持つバットなら、バットの方がリーチが長い。しかも、重量的にもバットの方が重いので待ち構えて攻撃する方が有利なのだ。

 しかし、井上はそうしなかった。いや、分かっていたからかもしれない。オレが正確な距離感がつかめないこと。前に進んできたのは、フェイントであったということを。

 オレはとっさに木刀を片手に持って、井上を突き刺すかのように突いた。井上はオレがそうしてくると踏んでいたのか、バットを振り下ろして叩くように木刀に当てる。オレの持つ木刀は井上に当たることなく、床へと叩きつけられた。木刀はその場で勢いを止められたが、オレ自身は前進する勢いを止められたわけではない。このままでは、井上とぶつかることになる。

 井上は斜めに足を踏み込んでいてオレを避ける。その踏み込んだ足に力を入れ、勢いを止める。そこから、バットをもう一度振り下ろすために腕を上に持っていって構える。あとは振り下ろすだけなのだろう。だが、オレは井上にぶつかるつもりで前進していた。井上がオレを避けたと分かると、足に力を入れ前転する勢いで跳ぶ。そのおかげで、オレは井上がバットを振り下ろしても攻撃を当たらずにすんだのだった。

 

 井上はバットで空気を切り裂いて地面へと叩くと、オレのいる方へ視線を向ける。オレは前に転んでいきながら、体勢を整えていった。

 

「ふん、よけられたか! まぁ、逆に避けられて当然だったね、失敬」

 

 少し残念そうな顔で井上はオレにそう言った。逆にオレは井上の攻撃を避けれたことに安堵していた。

 

「ここで、やられて……たまるかよ!」

 

 オレはそう言って、木刀の切っ先を井上の方に向ける。いつでも、井上がここまでやってきて攻撃してきても大丈夫なように。

 

「そうだね。ここでやられたら俺も困るかな~!」

 

 少し楽しそうに言っている井上は、バットをくるんくるんっと回している。

 

「うん。もっと、ジュウくんには必死にあがいてもらわないと。俺を倒すまで……ね!!」

 

 バットは井上の手から離れ、宙へと飛んで回ってはまた井上の手に掴まれる。井上はぎゅっと片手でバットを握ると、楽しそうな表情でやってきた。

 やれやれ、そんな顔されたらオレ。もう……笑うしかないじゃないか!

 オレと井上の闘いが、始まった。

 

 

 

 

 

 あれから少し時間が経った。井上は相変わらず、待ち構えたりするわけではなく、攻めて行くスタイルで闘って来た。井上が疲れを知らないのか、単にオレが疲れていたからなのかは分からないが、一方的にオレが攻められていることが多く、井上の攻撃を避けるか受け流すかで何とか凌ぐことでいっぱいだった。これでは、いつかやられてしまうのだろう。

 しかし、何回やっても無理だった。こういった武器の扱いは井上の方が上手いみたいで、攻撃しようと思ってもあいつには隙がなかった。また、どれだけ自分の体勢を立て直しても攻撃している自分の方が隙が大きいのか、結局井上が攻める状態へとなってしまう。同じことの繰り返しに、井上は疲れた表情は見せず、オレだけが疲労感を体の中にと募らせているようだった。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 自分の息が荒くなる。切羽詰まった状態に呼吸をするのも一苦労だ。その様子を見た井上は、呆れた顔で言う。

 

「なんだよ、もう息が上がってんのかよ、つまんねぇな! さっきから防戦一方だし、逃げてないでもっと本気だせよな!!」

 

「うるせぇぞ、黙ってろっ! オレは……本気だ。本当は……やれるんだ。疲れてなければ、勝てる」

 

 オレの言葉に気を悪くしたのか、井上は少し苛々した表情になっていく。

 

「あのなぁ……これで本気なわけないだろ? 密かに体力を温存してるのかと思いきやそんなわけでもないし。さっきから、木刀ばっかり使ってるし。なめてんの? 昔からの友人だから攻撃出来ないとかそんなんなの?」 

 

(はぁ? 昔の友人?)

 

「なら、不愉快だからやめてくんない? そんなことされちゃあ、せっかくバットという使い慣れていない武器で手加減しているというのに、本気で潰したくなるじゃあないか!」

 

 井上は苦笑いをしたまま、バットを思いっきり握っている。そんな井上を無視して、オレはうつむきながら話を戻した。

 

「今、オマエ、なんつった? 友人っていったか? 友人っていったのか!?」

 

 井上はオレの言っていることが分からないような顔になる。

 

「友人、だと!? ははっ、そうかよ。オマエはオレがオマエを友人と思っていると思ったのか……そうか」

 

「? 何言って」

 

「その友人の左目を奪い、武偵としての生きる道を塞ごうとしたオマエを、オレが友人なんて思うわけないだろうがぁ!!!」

 

 オレは井上に向かって木刀を投げつける。井上はそれを軽く避けるが、オレの言っている意味が理解できないのか、そのまま立ち尽くして話を聞いていた。

 

「半年前、あの事件に巻き込まれた時に調子乗って犯人を捕まえようとしたオマエをオレは止めようとした。それなのにおまえは、犯人の攻撃を防ぐためにオレを盾にしやがった。その挙句に、犯人を取り逃したから『顔も見たくない』とまで言いやがった。とんだクズだ!!」

 

 井上は何も言い返さない。目を見開いてオレを見ていた。

 

「だからオレはオマエを忘れた。記憶の底から消すように、失くした。オマエのことを。友人であったことを。そうしないとオレは生きていけなかった! そうしないと、友人であるオマエを殺したくて仕方がなかったからだ!!」

 

 オレの言葉に何か返そうとしてか、井上は口を開くが声は出ていない。

 

「いいか、オレには才能があった。れっきとした天才の持ち主だった。将来、有望な武偵になれるはずだったんだ。みんなから慕われる正義の味方になれたはずだったんだよ!! それを……それをオマエが! オマエみたいな凡才ごときが潰しやがって、ふっざけんなよ!!」

 

 手に持っていたバットの先が床につき、井上は体重をバットに預ける。

 

「さぁ、何か言うことないのか!? かけがえのない将来まで奪って、人に迷惑をかけて、周りの見えていないオマエは、オレに対して何か言うことないのかよっ!!?」

 

 オレの言葉を聞いて、井上は目をつむる。一呼吸すると、目を開いてオレを見る。その瞳は、どことなく優しさを感じた。もしかしたら彼は、オレを憐れんでいるのかもしれない。

 

「ひとつ、いいか。この世に天才なんていない。いるのは才能を活かせるか殺せるかの人間しかいない。あえてこの世界に天才がいるんだと言うのであれば、それは天才になれない天才ばかりなんだろうな。だからこの世界には努力が必要だし、平等ではないんだ。誰しも天才になれないからこそ、己の才能が分からないからこそ、才能の活かし方が分からないからこそ、凡才達が精一杯生きる世界なんだ。才能のせいにして、人のせいにしているようなおまえに俺が期待したのが馬鹿だったよ!」

 

「い、井上、てめぇ!! 凡才風情が調子乗ってんじゃねぇ!!!」

 

「凡人をナメるなよ! 有望才能人!!」

 

「いいぜ、やってやるよ! 櫛灘流古武柔術の格闘を見せてやる。死んで後悔しろっ!!」

 

 オレは構える。全身の力を抜き、瞼さえも力を抜いたようにただ両手を軽く差し出しているかのように柔軟に立つ。

 柔術というのは『流れ』。相手の力を誘い、その力を利用し、相手に返す。それは循環して流れる水のように浮けて流す武術。

 だが、オレの柔術は違う。似たようなものだが、根本的に違うものがある。

 井上はバットを持って走る。前進して、さっきと同じようにバットでオレを斬るかのように全力で振り下ろした。だが、先ほど見た攻撃を回避できないわけがない。井上の行動を読み、斜めに避けたオレは井上の背中と背中を合わせるように動く。その動きの流れで空振った井上の両腕を掴み、その勢いと共に足を払って、オレは片足に力を入れて跳んだ。跳んでは、井上を地面に叩きつけるように投げ、オレは体重を井上にのせて潰す。解り易く言うと、一本背負いをした直後に、その流れに跳んで踵落としする感じだ。

 井上は声にならないようなうめき声を出す。どうやら、致命傷を与えたらしい。なにせこの武術は、人を壊すための柔術。自分の力を乗せ、倍になって力が返ってくるようにする武術。それが、櫛灘流古武柔術。

 

「ゆっくりと、折れたあばらを体の中で噛みしめるんだな」

 

 オレは井上にそう言ってやった。そう言って立とうとした瞬間、異変に気付く。右腕に異変。いや、異変なんてないのに、異変を感じる。触ったって異変を感じないのに、頭では異変を感じた。

 

(痛い、痛い痛い。あれ? やばい。 痛っ……痛すぎるぞぉぉ!!!)

 

「あ、あ、あああ、あがああぁぁぁ!!!!」

 

 まるで右腕一本を斬られたかのような痛み。そんな痛みが鋭く頭に響く。

 

(なんだこれ、なんだこれ、なんなんだこれ、なんなんだよこれぇ!!)

 

「オレの、オレの右腕がぁぁあああ!!」

 

 痛みによってオレは、まるで駄々をこねる子どものように地面に倒れ、うめきまわる。時間を忘れ、ただ叫んだ。

 もう嫌だ。なんでオレがこんなことにならないといけないのか。オレが何をしたって言うのか? もう、誰に問えばいいのだろうか分からない。はっきり言って、誰かのせいにしないと生きていけない。もうお終いだ。もう何もしたくない。あの事件以来最悪だ。巻き込まれて、巻き込まれて、巻き込まれての繰り返し。それはまるで流れる川の中で溺れているよう。流水の中でオレはもがき苦しんでいる感じだ。一度溺れれば、流されていくだけ。流れに逆らうことなんてできない。川の流れから、逃れることなんて出来ないんだ。

 

 気付けば、誰かが立っていた。言わずともそれは井上なのだろう。絶望の中でオレは涙して言う。

 

「流されたまま死んでいくなんて、嫌だ……嫌だよぅ」

 

「それなら、なぜ逆らおうとしないの? なんで流れたまま生きようとする? 流されるのが嫌なら逆らって、必死に逆流を掻き分け、生きればよかったんだよ」

 

 そんなこと、オレにできるのだろうか? そんな生き方が出来たのだろうか? 

 いいや、オレはしなかっただけか。溺れることを知りながらも、怖くて、苦しいのが嫌で、溺れたままにしていた。それでは、流されていくままだったんだ。そのままではいけなかったんだ。

 なら、オレは生きるために、泳ぐしかない。下手でも、惨めでもいい。泳げば、いつかは溺れなくなる。泳げばいつか、流れにだって逆らえる。川の流れから逃れることだってできるんだ!

 

「……じゃあな、ジュウくん。これで、一生会うことはないのかな。お別れだね!」

 

 そう言って彼は、オレをバットで叩いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 ――流水は龍粋のように渦巻きを作り、逆流し始める。

 ――物語は、過酷な逆流の道を辿る。

 ――その結末は、流れつく先にしかない。

 

 

                ――流水編 完結――

 




次回予告、「あの頃。オレ達はひたすらバカをやっていた。
      あれだけオレ達は一緒にいたのに……。
      あれだけ、共に闘ってきたというのに……。
      悲惨な事件が、オレ達を変えてしまう。
         
      次回 「Rely Off」
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