「あれからデュランダルからの連絡が来ないわね、何かあったのかしら」
そばにいたカナはそう口にした。
本来はヴァイプスを回収する任務でこの地下倉庫に来た。ついでにデュランダルも拾って本部に戻る予定だったののだが、肝心のデュランダル自身からの連絡がない。もしかしたら、勧誘の任務に支障が起きたのだろうか。
一緒に武器庫に向かっている彼女は、小型の端末機器を眺めながら部下からの連絡が来ないことを気にしているようだった。
武器庫に着くと、2人の男性が倒れている。この2人は闘っていたのだろうか。服装がだいぶ乱れていて、木刀やらバットが地面に転がっている。奇妙なのは、勝負していた2人が2人とも地面に倒れていることだろうか。
「いたわ、どうやら気絶しているみたいね」
カナは黒いパーカーを着ていた男を軽々と担ぐ。女性のような体型をしているのにも関わらず、楽に持ち上げる様に驚いてしまう。
彼女が持ち上げた際に、ヴァイプスの顔を見る。
「こいつが、ヴァイプス……」
やや整ったような顔立ちだ。きっとそのままの顔を維持していれば、イケメンとして言われることもあるのだろう。だが気絶しているその顔の表情は、少し苦しそうにしているように見えた。
「あら、また懐かしい子がいるわね」
カナは倒れているもう一人の男性を見て言った。私もヴァイプスから倒れているもう一人の男性に目を止める。
(―――!!)
なんとそこには、よく知っている男性が倒れていた。何度見ても間違いない、竹内ジュウだ。顔が見えなかったので気付かなかったが、まさか竹内がここにいるとは思わなかった。
「昔、事件があって以来ね。せっかくの逸材だったのだけれど、ある事件のせいで能力が使い物にならなくなった子。ヴァイプスはこの友人に会いに行ってたわけね」
「ぇ、事件?」
「その事件にヴァイプスも関わっていたのだけれど、なんか無差別に犯人が一般人を襲った事件に巻き込まれて、ケガをしたらしいわね。私達が勧誘しに行こうとした頃には、精神的におかしくなってて能力以前の問題だったわ。だから、勧誘対象から外されてヴァイプスの方が勧誘されたというわけね」
つまり、事件に巻き込まれてしまったせいで能力を失い、イ・ウーに誘われることなく、武偵学校の学生として医療科にいたというわけか。彼にそんな過去があるとは、私自身驚きだった。
「さて、ここでお話している場合じゃなかったわね。ハル、行きましょう」
カナはヴァイプスを担ぎながらそう言って武器庫を出ようとする。
「……さよなら、ジュウくん」
そう言って自分もカナについていったのだった。
「っぉぃ! ジュウ! ジュウぅ!!」
「う、うん……?」
なんだろう、誰かが叫ぶ声が聞こえる。
「大丈夫か! おいっ、返事をしてくれジュウ!!」
(――ハッ!!)
オレは目を開けると、視線の先には井上がいた。その表情は、不安と必死さでいっぱいいっぱいだったような顔だった。オレは喋ろうとするが、
(――ズキンッ!!)
「い、痛てぇ!」
その途端、何かで殴られたかのような痛みがする。特にその痛みは後頭部と片腕から発生していた。
「ジュウ!! 気がついたか!? おまえが店の前で倒れていたからどうしたのかと」
井上の表情は、不安から安心しきった顔へと変わり、ふっと身体の力が抜けていったのがわかる。
周りをよく見るとオレは店の入り口付近で倒れていて、その周りにはガラスやコンクリートの破片が地面に散りばめられていた。またここからでは全体は見えないが、店の入り口にはさっき突っ込んできて壁に当たって大破したワゴン車も入口を閉めるかのように止まっていた。
そして、この騒ぎにかけついてきた人達が店より少し距離を置いて、何が起こったのかと集まっていた。
「それで、どこかケガはしていないか?」
井上がオレに質問してきたので、オレは視線を井上に戻す。
「あ、ああ、大丈夫だ。右腕と頭が痛いが、多分、大丈夫だろう。」
一応体全体を見回して確認してみたが、そこまでひどい外傷がないようだ。もしかしたら車に轢かれる前に避けたのかもしれない。多分、車から避ける際に車が右腕に当たり、その衝撃で後頭部を打って気絶したのだろうと思う。
「そ、そうか」
そこで、井上は安心した表情から真面目な顔に変わる。
「それで、ここで何があった? 教えてくれ!」
「そうだな。車がオレの方に突っ込んできたまでは覚えているんだが、その後のことは覚えていないな。……っ!」
(――ズキンッ!)
また後頭部に痛みが生じる。車には轢かれなかったにしろ、後頭部は強く打ったみたいだ。
その様子を見ていた井上は、急に立ちあがる。
「よし、ならセイジはここで安静にして待ってて。救急車は直に来ると思う。オレは店の中に入って調べて来るよ!」
そう言って井上は、お店の中へと走って行ったのだった。
「待っ……!」
(――ズキンッ!!)
井上に言葉をかけようと身体を動かそうとしてみるが、またしても痛みが生じる。そのせいで、井上に制止の言葉をかける前に視界からいなくなってしまった。
(くそ、ダメだ。あいつのあの顔。あの顔は、あの表情は、冷静でない!)
井上は自分では気づいていないのかもしれないが、つい許せないことがあると、表情や行動に表れて感情的になってしまう傾向がある。きっと今も、感情的になり過ぎて周りが見えていない状態かもしれない。
もしかしたら、ワゴン車の運転手やGECOの店内にいる一般人の救助に向かったのかもしれない。ここでワゴン車が店に衝突したのがただの事故なら、止める必要はない。
だが、どうにもこの事故がただの事故ではないように感じる。そもそも事故かどうかも怪しい。オレは痛みを堪えながら立ちあがり、よろめきながらワゴン車の方へと向かう。
そうだ、よく考えてみるんだ。
オレが何故車に轢かれそうになったのか?
(それは偶然なのだろうか?)
これがもし、不可抗力でただの事故だったなら、こうも上手く店の中に突っ込めるだろうか?
(それも偶然か?)
そして、何故店から誰一人として誰も出て来ない?
(偶然が偶然を呼んでいるのか?)
それ以外にも、疑問や考えや推測など様々なものがたくさん頭によぎる。そこでひとつ、はっきりしたことがあった。
店内の入口のすぐ前は駐車場だ。そこから上手くワゴン車が突入している。この光景を見れば一目瞭然で、それだけで全てをオレに語っているようだった。
車は、店の入口に偶然に突っ込んだわけじゃない。店の中から簡単に誰も出れないよう意図的に塞いだのだ!
しかも、オレはワゴン車に近づいて見てみるが、見る限り運転席側のドアは開いていて、中には誰もいない。店内は消灯していて、さっきまで明るかった場所から一転して真っ暗だ。まるで、店内に人間を閉じ込めたかのようだった。
(くそっ、しまった。……最悪だ)
オレは後悔する。今という現実を信じず、何もかもを否定したいくらいだ。どれだけの数の『どうして』という言葉を自分にぶつければいいのだろうか。
ここにいる自分が、この状況に置かれているこの自分が、どうしようもなくどうしようもないのだから。
オレは動く度に痛みを感じながら、店の中へと進んでいくのだった。
―井上 side―
(ちくしょう、許せねぇなっ!!)
頭では分かっている。分かっているが、どうしても自分が動きを止めることはできなかった。
普段から持っている武偵手帳と特性ナイフがまさかこんなところで役立つなんて。いや、このために持っていたようなものか。
お気に入りのナイフを手に握りながら、暗い店内の中を目を凝らしてゆっくり歩く。
この店内の様子は明らかにおかしいことは感じていた。さすがに、店内が真っ暗でこの静けさは異変過ぎる。ましてや、1階フロアに人間がいそうな気配がない。何かがこの店内で起こっているということが考えられる。
きっと、ワゴン車がこの建物に衝突したのは、ただの事故ではないのだろう。意図的に入口を塞ぐようにしたに違いない。ましてや、店内に入ったり出たりできるのは1つしかなく、非常口なども見てみたが、固く閉ざされて開けることが出来なかった。
つまり、店内にいるお客さんは外に逃げることが出来ないし、店内は真っ暗だし、ワゴン車にも人はいなかった。
考えたくはないが、この状況で考えられるのは『多数の人間を人質とした犯行』と考えて行動する方が良いかもしれない。ということは、慎重に行動しなければ、自分にも他の人達にも、危険な状況に陥ってしまう可能性が出て来る。
ゆっくりと遠回りをして、おれは非常階段から2階へと進んでいく。そっと重い扉をずらし、そのすき間から中の様子を確認しようとする。
中を見ると、何人かすぐそばに倒れているようだ。
(―――!?)
だがそれと同時に、何か嗅いだことのある匂いがした。
(これは、たしか……)
俺はその扉から少し離れる。一瞬くらくらっとしたような気がしたが、大丈夫だ、何ともないだろう。
(くそ、催眠ガスか!)
一度学校で体験学習か何かで嗅いだことがあったがまさか、こんなところで役に立つなんてな。
しかし、どう考えても自分一人だけでどうにかできるレベルの事件じゃない。こんな状況で下手に動くより、他の武偵の応援を待って行動に移した方が、自分にとってもこの中にいる人達にとってもリスクが減ることは分かっていた。
しかし、自分も武偵のはしくれ。友人を殺そうとし、ましてや他の人達まで危険に追いやっている犯人がどうしても許せない。しかも、ここで少しでも状況を良くできるものなら、少しでも状況が良い方向に変わることができるなら、勇気を出して進みたい。
そうだ、あいつに近づけるんだ。いや、少しでも近づいてみせるんだ。もしかしたらこれがキッカケでAクラスになれるかもしれない。ましてや、これだけの事件に関わったのなら、実績に残るはずだ。
ここで止まる理由なんてない。何もせず、ただ待つなんてことはできるはずがないじゃないかっ!
扉の向こうに誰もいないか確認をすると、ポケットからハンカチを取り出しては口に当て、俺は扉の向こうへと低い姿勢で入って行ったのだった。
分からない状況の中、時間は一刻と過ぎていくのだった。
次回予告「事件に巻き込まれたオレ達は、2階の犯人のいる場所へとたどり着く。
オレは犯人を取り押さえようとするが、事態は良くない方向へと進んでいく」
次回「Protect Friend」