遠山先輩がアリア先輩とキスをした後、今後の作戦とやらに参加させられ、シャワールームで旅客機のジャック犯を待ち伏せすることになった。さすがにあの峰先輩が、『武偵殺し』事件の犯人だとは思わなかった。だけど今、この部屋に入って来た峰先輩の姿を見て、オレは確信するしかなかった。
(それにしても、この3人。人間業じゃねぇな……)
そんなことを思っていると、峰先輩はニヤニヤと満面の笑みを浮かべてオレ達3人を見渡した。
「そっかぁ。ベッドにいると見せかけて、次にシャワールームにアリアがいると見せかけて、どっちもブラフ。本当はアリアのちっこさを活かして、キャビネットの中に隠してたのかぁ……。すごぉい。2人とも、誇りに思っていいよ。理子、ここまで追い詰められたのは初めてぇ~」
当たり前だが、2人ということはオレは戦力外で、初めからいないのと一緒ということなのかもしれない。こればかりは仕方ないのだろう。
「追い詰めるも何も、もうチェックメイトよ!」
「くふふっ。ぶわぁーか!」
憎々しげに言う峰先輩は、髪をわさわさっと全体的にうごめかせ始めた。
(え、ええっ!? また、か、髪が動いてる。いや、髪の中で何かをしているみたいだ!)
その瞬間、ぐらりとまた機体が大きく傾いた。全体的に斜めに傾いているということは、旅客機は急降下をし始めたのかもしれない。
姿勢を崩したオレ達は、壁にぶつかる。
「ばいばいきーん」
次の瞬間、峰先輩は脱兎の如く部屋から飛び出していた。
「さっきからおかしいとは思ってはいたが、この旅客機は理子に都合よく揺れすぎている。つまり、アイツは恐らくあの髪の中にコントローラーを隠し、遠隔操作をしていたのかもしれない」
オレは、遠山先輩達追いかけながら、その話を遠山先輩から聞く。
(髪の毛を自由に動かせて、ましてや旅客機を操縦できるなんて……。ほんと、人間業じゃあねえよっ!!)
階段降りると、峰先輩はバーの片隅で、窓に背中をつけるようにして立っていた。
「くふっ。キンジ。それ以上は近づかない方がいいよー?」
峰先輩の後ろの壁際には、彼女を取り巻くようにして、丸く輪のように粘土状のものがあった。おそらく、爆薬か何かが貼り付けられてあるのだろう。
「ご存じの通り、ワタクシは爆弾使いですから」
俺達が歩み止めると、峰先輩は目つきを鋭くしながら、
「ねぇキンジ。この世の天国……『イ・ウー』に来ない? 1人ぐらいならタンデムできるし、連れていってあげるから。それに、あのね、イ・ウーには……」
そこで、峰先輩の声色が変わる。
「お兄さん、いるよ?」
その言葉が出た途端、遠山先輩は瞳孔を大きくしながら、表情は今にも怒りそうな勢いだった。
「峰。これ以上オレを怒らせないでくれ。あと一言でも兄さんのことを言われたら、俺は衝動的に9条を破ってしまうかもしれないんだ。それは嫌な結末だろう?」
武偵法9条。それは、『武偵はいかなる状況においても、武偵活動中に人を殺害してはならない』という内容だった。それは、武偵として絶対に侵してはいけない禁忌である。そんな禁忌を、遠山先輩は破ってしまいそうになるほど怒っているのだろう。
「あ。それはマズいなー。キンジには武偵のままでいてもらわなきゃね」
峰先輩はウインクしたかと思うと、両腕で抱きしめるような姿勢をとり、
「じゃ、あたしはここらで退散するね。それと、サツキにもよろしく伝えといてあげるから」
『―サツキ―』
峰先輩はオレの顔を見てその名前を言う。オレはその名前を聞いた瞬間、どこか懐かしく、久しぶりに聞いた感じがした。それは、オレが過去の事件で、傷つけてしまった友人の名前。それと一緒な名前だったのだ。
その途端……、峰先輩はいきなり、背後にしかけてあった爆薬を爆発させ、その穴からパラシュートも無しで、機外にへと飛び出ていった。
室内の空気が一気に引きずり出されるようにして、穴に向かって吹き荒れる。周りの物が穴に吸い出され、オレ達も吸い出されそうになる。何とか、床に据え付けられたツールにしがみつくと、天井から自動的に消火剤とシリコンのシートがばらまかれ、トリモチのようなそのシートは空中でベタベタとお互いを引っ付き合い、穴にクモの巣を張るようにして詰まっていき、閉まる。
(さ……さすが、豪華旅客機だ。こういう時の対策もしっかりしてあるんだな)
遠山先輩が窓に向かうと、オレも窓に向かい、遠山先輩の横から窓の外を見てみた。遠巻きで、制服がパラシュートに変わり、下着姿の峰先輩が降りていく姿が見える。その峰先輩と入れ違いに、この旅客機をめがけて冗談のような速度で飛来する2つの光があった。
(ま、まさか……、あれはっ!?)
信じ難い光景だった。何かがやってくると思ったら、それは『ミサイル』だったのだ。そのミサイルが自分の乗る旅客機に当たると、突風や落雷とは明らかに違う、まるで機体を巨大なハンマーで2発殴られたような衝撃が、轟音と共にこの旅客機を襲った。オレはその衝撃で地面に転がり、壁に激突した。
痛みに耐えながら、旅客機の翼を見ると、幸い、左右のジェットエンジンの内側2基だけ破壊され、外側の2基は無事だった。それを確認した遠山先輩は操縦室へと走っていったので、自分はそれを追いかけていったのだった。
「おまえはとりあえず、乗客の人に自分の部屋に戻るよう誘導することと、他に爆弾や危険物がないかなど安全確認を頼む!」
「わ、わかりました!」
旅客機の操縦室の中では、小さな体のアリア先輩が何食わぬ顔で操縦席に座り、ハンドル状の操縦桿を握っていた。そこに、遠山先輩も隣の操縦席に座っては何かを操作し始め、オレに乗客の誘導と安全確認をするよう告げたのだった。オレはその様子を見て、きっと彼らは操縦が出来るのだろうと信じ、操縦室を出たのだった。
他の乗客に、自分が武偵であることを伝えると、すんなりと自分の指示に従ってくれた。とは言っても、ほとんど自分たちの部屋の中にいて、苦し紛れに「大丈夫ですので」とか「安心してください」とか声をかけて、部屋の中にいるよう話すだけだった。
また、安全確認と言われても、爆弾などの危険物を隠そうと思えばどこにだって隠せそうな気がしてくる。そんな中、自分一人で調べるのには少し無理があった。ざっと、一階のバー周辺をくまなく探していたが、そうしているうちにアナウンス音が流れる。
「今からこの旅客機は着陸態勢を取るので、乗客の皆様は座席に座って、シートベルトをつけて衝撃に備えてください!」
(これはもう、自分の部屋に戻っておくべきだな)
遠山先輩のアナウンスを聞いたオレはすぐに自分の個室に戻り、座席に座ってシートベルトをつける。窓の景色を見ると、暗くて分かりずらいが東京湾が見え、人工浮島も見えてきた。気になったのはそこに、キラキラとしたものがたくさん動いていた。もしかしたら、遠山先輩が連絡を取って、着陸の場所の誘導をしてもらっているのかもしれないな。
旅客機は高度を丁寧に下げていく。平面まで近づくと一気に大きい衝撃がやってきて、旅客機は雨の中、人工浮島に強行着陸を敢行する。だが、なかなか勢いは止まらない。このままでは海の中へと水没してしまう。
その途端、旅客機の片翼が風車の柱にブチ当たり、引っかかったように旅客機はグルリとその機体を回すように滑らせながら、止まったのだった。
時刻は20時12分。こうして、俺達の周りで起こっていた『武偵殺し』事件は、無事に幕を閉じたのだった……。
――3日後――
オレはペンを置き、自分の書いた手紙の内容を読み返していた。
「 ―親父へ―
ロンドンへの誘い、とてもうれしかったです。だけど、ごめんなさい、
オレはまだロンドンへ行くことはできません。例え片目を失っていても
ここで出来た信頼できる友人、頼れる先輩達、そしてこの環境で
オレはたくさんのことを学び、気づかされ、
そして大切なものを守り、大切なものを救うことを決めました。
また、オレにはまだここでやるべきことができました。
それが終わるまでは、オレはこの場所を離れるわけにはいけません。
なので、親父に会いに行くことも、この場所から出ることもできないです。
最後に、久しぶりに親父の手紙をもらえてうれしかったです。
また、日本に帰って、母親やオレに顔を見せに帰ってくれると幸いです。
―ジュウより― 」
読み返したオレは、封筒に入れ、外のポストへと寮を出た。
――半年以上前 川沿いの道――
「あの……、どうかしましたか?」
オレは、目の前にいる巫女さんに話しかけてみた。
「えっ!? あ、いや、なんでもないの。ただ、お友達とケンカしちゃって、つい……」
オレの存在に気付いた巫女さんは、恥ずかしそうにそう告げた。
「あ、そうだったんですか……。あまりにも、そわそわしていたので、道に迷ったのかと思いました」
「あー、そうじゃないの。ただ、私のせいで彼を傷つけてしまったのかもしれないから、どうしよう……って思っていたら……」
「そ、そうでしたか……」
オレはつい彼女に声をかけてしまったが、少し気まずい空気になってしまった。そんな中、巫女さんはオレの服を見て、質問してきた。
「その制服は、もしかして中等部の武偵さん?」
「あ、はい。今まで強襲科で学んでいました」
「学んでいた……? もう、強襲科ではなくなったの?」
「あっ……、いえ、今は武偵を辞めようと考えていまして……」
「そうなの……? 私の彼もさっき、武偵をやめると言いだしてきたの。……なんでだろ。彼はとっても優しい正義の味方のような人だったのに……」
「正義の味方……ですか。」
その言葉を聞いた瞬間、オレは、彼女に質問してしまう。
「でも、その彼が正義の味方でなくなってしまうほど、誰も守れなくなったら……どうしますか?」
自分は何を彼女に対して質問をしているのだろう。そう思ってしまうと、彼女に対して質問をしたことを後悔する。だが彼女はオレの質問に、真剣な顔付きで返してくれた。
「いいや、キンちゃ……、彼はきっと助けてくれるよ。いつも彼は助けてくれた! どんな時もわたしを。だって、誰も守れないから正義の味方なんじゃない。どんな時でも守ろうと、救おうとするから、彼は正義の味方なの!」
オレは固まった。その時の彼女の強い眼差しに釘付けとなり、その言葉にハッとして、胸が激しく動かされる。
(そうか。そうだったんだ。今のオレにできることなんて限られてたんじゃないか。ははっ、オレが簡単に人間みんなを守れるわけないんだよ。何を自惚れてんだよオレ)
オレはそこで気づいてしまったのだった。自分の目指しているものというのは何なのか。自分は何を目指していたのかを……。
「す、すいません。へ、変なことを質問してしまって……」
すると、彼女は急に照れながら答える。
「わ、わたしも急に熱くなってごめんなさい。あ、わたし、もう戻らなくちゃ。そろそろ遅刻しちゃう。」
そう言って彼女は去っていった。風が吹いている中、いそいそと髪をゆらしながら……。
――とある暗い部屋――
ジュウと別れて半年くらいが経った。あの事件のことを思い出す度にオレはあいつのことを思い出す。だからと言って、俺を普通に武偵として生きられなくさせたあいつが憎いわけではない。むしろ、今の自分になれたことを感謝しているくらいだ。オレは力を得た。あの頃とは変われた。昔以上になれた。手に持ったナイフを机に置くと、後ろから急にノックの音が聞こえた。
「サツキくん、いいかしら。そろそろ、例の能力開花実験をしたいんだけど、明日の昼あたり大丈夫かしら?」
扉越しで俺に話しかける女性に対し、俺は扉に顔を向けて言う。
「構わないです。それまでに食事を抜いておきますか?」
「いいえ、前みたいに検査するわけでもないから、普通に昼食もとってここで待っていればいいわ」
「そうですか、わかりました」
そう告げるとすぐに、廊下の向こうから金属音を鳴らせて歩いてこっちに来るかのように、近づいては、オレのいる部屋の扉を開けた。
「ヴァイブス、話がある!」
振そこには白銀の髪をした少女が扉の前で、堂々と立っていた。大剣を背中に掲げ、青い瞳をした彼女は、ニヤリとした表情をしながら……。
――NGO ロンドン支部――
手紙を持った男は、宛名を見て悩んでいた。その様子を見た医者が話をかける。
「どうしたんだ? 手紙なんか見つめて。とうとう、この年になって好きな相手にラブレターでも出そうと決心したのかい?」
「ははっ! 俺には、最強で最愛のハニーがいるんだ。そんなことをしようものなら、手紙のようにクシャクシャにされちまうね!」
「それじゃあトム、その手紙はなんだい?」
「それが、リュータロー・アサダっていうやつ宛てに手紙が来ているんだが、そんなやつこの支部にいたか?」
「リュータロー? あー、あのサムライみたいな顔の日本人か。2年前にここを辞めて、日本に帰ってしまったよ、確か。きっと、その手紙の送ってきたやつは、まだここにリュータローがいると思って出してきたんだろうな」
「そうかそうか。どおりで聞いたことない名前だと思ったわけだ。それじゃあ、どうしようかこの手紙」
「俺が預かって、後からリュータローにこの手紙を送っておくよ。」
そう言うと、男は医者に手紙を渡す。
「そうか、ありがとうな。ノボル・イジューイン」
手紙を持った伊住院登は、手を振って去っていったのだった。
次回予告「5月も終わり、6月。学校は『アドシアード』の準備で賑わってきた。
そんな中、オレの視線の先には……。プ、プール!?
次回、【堀江先輩】」