車内の中にある電子時計は9時頃を指している。オレの乗っている白いワゴン系の軽自動車は、人が増え出した街の中を走っていた。オレは後ろの窓際の席に座り、窓を開けては、風に当たりながら外の建物をただ見ていた。オレの隣で先輩と話をして盛り上がっていた小野は、オレの低い気分でいるのに気づいたのか、オレに近寄って話かけてくる。
「なぁなぁ、もっとテンション上げていこー。せっかくの、先輩との休日なんだからさ!」
「そうだぞ、竹内! おまえ、さっきから何もしゃべってないじゃないか。そんな、外ばっか見ていないで、オレ達の話に入ってこい!」
前の運転席にいる先輩からも、そういった言葉がやってくる。声が大きくて、少し頭に響いてくるのでやめてほしい。
「いや……、さっきから先輩、自分の妄想話しか話していないじゃないですか」
「ななっ、失礼な! SSRを侮辱するなんて! 魔法や超能力は絶対にこの世に存在するんだぞ!」
「そうだぞジュウ! きっと、魔法使いや超能力者はこの世のどこかに存在していて、頑張ればそれを誰でも使えるようになるかもしれないんだ」
はぁ、と溜め息をついたオレは、それ以降話すのをやめ、また窓の外を見る。
SSRとは、超能力捜査研究科の名称であり、特に超能力や超心理学による犯罪捜査研究を行っている学科である。しかし、内容はひどく、オカルトか宗教などの類のような活動ばかりと聞く。ましてや実際に、何かそういう類のことができる人など……オレは実際に見たことはない。例え、そういう人間がいたとしたら、SSRをメインとする、武偵を育てる学校にしていった方が良いと思う。
しかし、そうならないのは、そんな人等が世界で極わずかで、どうこうできるレベルではないからだ。さらに、使えたとしても、微弱な力しか使えないに違いないだろう。
(何故、オレはこの車に乗ってしまったんだろうか……)
眠気が残っていたオレは、目をつぶり、数十分前の出来事を思い出していた。
―8時40分―
うるさいノックの音によってついさっき起きたオレは、部屋の扉を開け、目をこすりながら口を開く。
「……はぁ、すいません。もう一回言ってもらって良いですか?」
確認するオレに、朝からテンションの高い目の前の男は、腕を前に出して、さっきと同じ言葉をオレに告げる。
「いや、だ、か、ら、さ~! プールにいこう……ぜぃ!!」
いや、わけがわかんない。なんだ、その手は。全然、グッジョブ!な状況じゃないぞ。おい。
「えーと、何故に今、こんな時期にプールに行くんすか?」
「そりゃあ、女の子の水着を……って、いやいや、己の体力を鍛えに行くんじゃないか!」
なんだこのテンション? 面倒くさい。
「はぁ……、しかし何でまた急に行こうと思ったんです?」
「そりゃあなんといったって、アドシアードが近づいているではないか。今年こそは、SSRも勝たなきゃならんのだ!」
「そうですか。頑張ってください。応援してます。良い結果を楽しみにしていますよ。本当に、マジで、真剣に。なので、それじゃあ……」
オレは、ドアを閉めようとする。しかし、そのドアを目の前の男は閉めさせてはくれなかった。
「おいおい、まてまて。せっかく、オレと言う名の先輩がオマエを誘って来ているんだ。オマエも来い。小野も呼んであるから、さみしくないぞ!」
「別に、アイツとは昨日遊んだばっかりです。全然、さみしくないですよ」
「まぁまぁ、そんなこと言わず、あいつは毎日会っても飽きないヤツだろー? それに今日はオマエもどうせヒマなんだろ? せっかくの休日に、家にいても仕方ないぞー」
たしかに今日は特にすることはない。それといった予定もないわけだから別に行くのは構わないのだが、昨日は徹夜でゲームをしていたのでまだ眠い。それに、こういったことは急にではなく、事前に誘ってほしい。特に、プールはオレにとっては色々と準備がいるのだ。
「はぁ、分かりました。とりあえず行きますよ。どうせオレは先輩と同じく常に毎日毎時間ヒマですからね」
眠いのもあってか、つい嫌味っぽく言ってしまう。
「おお、そうかー。なら、下で待ってるから。ついでに、小野も呼んで来てくれや。……あと、オレはそんなにヒマ人じゃないからな!」
そう言って先輩は、オレのいる部屋の前から去っていく。というか、わざわざここに来なくても、メールか電話で済む話だったのではと考えてしまう。でも、もしそうだった場合は、きっとオレは行こうとしなかったのだろう。結果的に、オレに会いに来たことで、彼は無理にでもオレを誘うことが出来たのだ。
オレは部屋の中の押し入れから水着を取り出し、結果、しぶしぶプールに行くこととなったのだ。そして、現在。先輩の「堀江 修介」と友人の小野とでプールに向かっている。
ちなみに、この堀江先輩はSSRの2年生。入学当初、何も分からないオレに親切にしてくれたり」、この学校に来て最初に話をしたのもこの先輩だった。先輩の妹もオレと同じ学年で、またその妹とはクラスも同じだったという。しかし、先輩はオレ達が入学してから、毎日のように自分の妹に会いに来ていた。いわゆる、巷で言われているシスコンっていうヤツなのだろう。その度に顔を合わすし、妹もその度にすんごく嫌がっている。そのおかげもあって、顔を覚えられたオレは、今では一緒に外出するほど仲良くなった。
(ただ、オレ達と遊ぶってことは、友達は少ないのかもしれないけど……)
そんな先輩の車に乗ってオレはプールに向かっているわけだが、オレの気持ちは一向に高まることはなかった。むしろ、段々と気が重くなっていく。その理由としては、実はオレはそんなにプールは好きではないからだ。今更向かっていてなんなんだが、わざわざ金払ってまで水の中に入る理由が分からないのだ。しかし、先輩はどうしてもプールに行きたいと言っているし、水着を着ているかわいい女の子がいないか堂々と人間観察が出来るのは、そういった水の中に入る場所だけしかない。そう思うと、行ってみようかなと思えてくる。
とは言っても、結局はこの人の誘いをいつも受けてしまうあたり、オレもこの人といて楽しいのだろうなと思ってしまう。まぁ、この先輩も面倒くさい性格がなければもっと楽しくなるのだが……。
「おーい。着いたぞ」
「ほら、いつまで寝てるんだよー! 起きるよ!」
2人はそう言って、オレの肩を揺らす。
「あれ、いつのまにか眠ってしまってたのか……」
想いにふけっている間に眠ってしまったらしい。オレは車から降り、あくびと背伸びをして、建物を見た。しかし、そこには、オレが思っていたような建物ではなく、1度テレビで見たことがあるような、ものすごく広い建物だった。
「って、ここって『デスニーシー・プール』じゃないですか! 市民プールとか普通のプールじゃあなかったんですか!?」
「あれっ? 言ってなかったっけー? 大きいプールに行くって」
ハメやがったなこの先輩! 多分、本当の目的は【妹】だったんだ。オレは何日か前に学校の教室で、先輩の妹がうれしそうに女子達と話してたのを聞こえたからな。……いや、盗み聞きしたわけじゃなく、ほんとに聞こえてきたんだからな。
多分、妹も口うるさい兄には何も言わなかったのだろう。しかし、妹のことなら何にでもお見通しというこの兄は、妹の監視に来たわけだ。ほんと、こんな兄を持つ堀江さんが、かわいそうに思えてくる。
「それで、先輩。節約生活を強いられてるこのオレに、2000円という大金を水を浴びるために使えっていうんですか!?」
「おう! そりゃあ『お金は天下の回しもん』って言うしな。たまには使わないと、お金がもったいないぞ!」
はぁ……。色々ツッコミたいけど、ツッコまないでおこう。いや、やっぱりツッコもう! ここはあえてだ!
「そんなん、ある程度お金に余裕があっての話です! だいたいその言葉は、普通は無理に節約し過ぎるなという意味合いで使われたりするもんです。使い道のあるお金を犠牲にしていいということにはなりませんよ!」
「そりゃあそうかもしれないが……、でも、残念ながら、もうここまで来てしまったんだし諦めろ! 今更帰ることは出来ないし、金が足りないというのなら、利子なしで貸してやるぜ」
もしこれが、利子ありで貸すんだったら、きっとオレはこの人と縁を切っていたところだろう。もしくは、親友という名の頼れる同級生こと小野に借りることになっていたに違いない。とりあえず、オレは体に渦巻く憤りを堪えながら、オレは口を開ける。
「……あー、もう! わかりましたよ! やってやるよ! この際だ、もう、遊びまくってやんよー!!」
「おっ、その意気だ! いっぱい楽しむぞお前たち!!」
「いえーい、楽しまなきゃソンソンだ~!」
この時、駐車場で変なかけ声がこだましたのは、言うまでもないのだろう。
着衣室から出て、ロッカーの前に来たオレは、信じられない光景を目の当たりにする。
「せ、先輩。まさかの、競泳水着ですか……?」
言わずとも分かるだろうが、競泳水着とは水泳に特化した、水泳による水泳のための必要不可欠な水着のことである。決して、水遊びや水浴びの時に着用して良いものではない。
「ああ。これしか持ってないからな」
(恥ずかしい。こんな人と一緒に歩くの嫌だ、絶対嫌だ。兄を気嫌う堀江さんの気持ちが、今なら分かる気がする)
だが幸い、競泳水着はブーメランではなく、太ももまであるスパッツタイプだった。それでも、充分に恥ずかしいけれど。
「あ。先輩、その水着カッコイイですね。まさかの、速着仕様ですか?」
「そうそう! このシリーズのスパッツタイプが出た瞬間に買ったやつだ。一万以上はしたけど、奮発したぜ!」
速着仕様ってのは多分、『スピード・レーサー』と言って、水の抵抗を極限まで減らした仕組みで作られた水着のことだろう。何年か前にオリンピックなどで話題になっていたが、まさか、身近で買っている人を見たのは初めてだ。
「さて、そろそろ入ろうか。入口はこっちらしい!」
先輩に言われてオレ達は、着替えや荷物をロッカーに置いて、プール入口に向かう。さすがはデスニーシー。入口からして、キャラクターや機械やらで、ものすごい設備だ。なにせ無駄に広い上に、入口のシャワーが回っているところなんて初めてみる。あまりプールに興味のないオレでも、少しテンションが上がった。
入口を出ると、そこには様々なアトラクションにプールがいくつもあり、見渡せないくらい広い設備で、屋外もあるらしい。
「ひゃあ、広い。ここまで広いと、何から遊んでいいのか分からなくなるねー」
よく、こういったアトラクション施設に行っている小野でさえ、どうやらここの設備には驚いているらしい。
「そ、そうだな。さすが、あれだけお金を払っただけはあるな」
あまりの広さに、オレは、呆気にとられ、ただひたすら周りを見ていた。しかし、先輩もただひたすら周りを見ている。
どちらかというと、誰かを探しているような気もするが、あえてスルーしよう。
「ほう。それでは一度、何があるのか見て回ろうじゃないか」
(やはり、この人は妹を監視するために来たみたいだな。はぁ、どんだけ妹好きなんだよ)
オレには姉がいるが、そこまで家族を溺愛する意味が分からない。どういう経緯があれば、そういったことになるのだろう? 自分はそう思いながら、オレは先輩達と一緒にプールを見て回ったのだった。
やっと、入口まで戻って来れたと思い、時計を見てみると、もう40分以上も経っていた。ただ見て回って来ただけだというのに、どれだけ広いんだこの、デスニーシーは。
「さて、一通り見て回ったことだし、近場の普通のプールに入ってみるか」
さすがに、探しても見つからず、歩き疲れたのか、先輩はそう言いだしてきた。まぁ、オレもさすがに歩くのはもう避けたかったので、それにうなずく。
オレ達が入ろうとしたのは、50メートルプール。8コース中3コースは、しきりがなく、自由に泳げることができる感じだった。オレはプールに足を入れると、ひんやり冷たくて気持ちいい感覚になっていく。最近は、気候も暑くなってきたころなので、この感覚は丁度いい気持ちよさだった。オレは勢いよく肩まで入ると、身体中が冷たくなり、ついちぢこまる。
(相変わらず、この肩まで入ると冷たく感じるこの感覚というか、一瞬の冷たさは、どうにも好きになれないな)
その隣から、「ザボーン!」という音ともに、大きい波が押し寄せる。
「そこのキミ! 飛びこみはしちゃいけないよ!!」
「あ、すいませんー」
それを見ていた監視員の人間が注意する。たしかに、プールの周りに人がいなくてよかった。
「先輩!!なに飛び込みしてるんですか!」
さすがに自分だけに迷惑がかかるのならいいが、他人様に迷惑をかける行為だけはやめてほしい。
「いやぁー。つい、プール見ると、飛び込みたくなるんだよなー」
「あー、分かります。その気持ち。僕、小さい頃に水泳やってたんで!」
「おお。そうなのか。オレも中学までずっと水泳やってたぞ」
(はぁ、ダメだ。何を言っても、この2人の勢いは止まりそうにないな。……てか)
「えっ?!先輩は何となく分かるが、オマエ。水泳やっていたのかよ!」
小野が水泳をやっていたという事実にオレは驚いてしまう。
「うん。5年ほどやってた。ん、あれ? 言ってなかったっけ?」
というより、このプールに入る前にその事実をしっかりとオレには教えてほしかった。てっきりオレは、小野はインドア派の人間だとばかり思っていた。たしかに今思うと、小野の身体つきは意外としっかりしている。
意外だ。パソコンばかり触ってたオタクとばかり思っていたが、なるほど、人は見かけによらないとはこういうことなのかもしれない。
しかし、この事実をたった今発覚したことは、オレにとって嫌な予感しかしなくなってくる。
そう。なぜなら、オレだけが仲間はずれなのだ。できれば、オレの思っている結末に至らないでほしいと願ってしまう。だけど、そんなオレの思いとは逆に、オレにとって最悪の結末に至ってしまったのだった。
「よし! それじゃあ、今からあっちのコースで、どちらが早いか勝負しようか!」
「あ、いいですねー。そうしましょう。はっきり言いますけど、僕は早いですよ!!」
「おっ、いい意気込みだな! だが、はたしてこのスピードレーサーに勝てるかな?」
「物に頼っている先輩には、負けませんよ。やってた年数では、僕の方が上ですし」
2人がそんな話をしている中、オレはプールから上がり、
「じゃあ、どちらが早いか。上で見ていますねー」
そう言って、とてもにこやかに手を振った。多分この時、オレは久しぶりに屈託のない笑顔をすることができたのだろう。
しかし、そんなオレを取り逃がすことなく、先輩は足を掴む。
「いや、オマエも泳げ。これは、ウォーミングアップだ!」
「ジュウもここで勝負しなくて、男か! 元強襲科の意地を見せてみろよー!」
やはり、この2人はオレを逃がしてはくれない。いつのまにか、2人はオレが逃げないようしっかりとオレの両足を掴んでいた。
(ちっくしょー! 逃げられねぇ。こんなことなら、このプールに入るんじゃなかった!!)
結局、オレと小野と先輩で1コースずつ立ち、2人は精神統一していた。ていうか、飛び込み台にいる時点で気迫が違う。本当に経験者なんだと実感する。
ちなみに、飛び込みは2コースしか許可されてなかったので、オレは普通にプールに入って泳ぐしかなかった。まぁ、逆に出来たとしても、飛び込みをしようとは思わなかったが。単純に怖いし。
「ちなみに、これは真剣勝負だから、最下位は罰ゲームだからな!」
「いいですよー。まぁ、僕は誰にも負けませんけど」
「えっと、ちなみに罰ゲームの内容は何ですか?」
オレはおそるおそる聞く。先輩は、飛び込み台に乗ってオレ達に告げる。
「流れるプール、逆周だ!」
(な、なんだとっ! そ、そんなキチガイ染みたことやってられるわけないじゃないか!)
そんな恥ずかしく、そんな地獄を味わうわけにはいかない。普通に泳がないでおこうと考えてたオレは、結局、泳ぐしかなかった。
「じゃあ、いくぞ!あの針が上を指したら、開始だからな!」
「わかりましたー」
(ちくしょう。いちかばちかだ!)
残酷にも、タイム盤の滑らかに動く針は、20秒程経つと長針を上に指した。その瞬間、隣から「ドボーン!」という水しぶきの音がしたのは言うまでもないだろう。
前を見てみるが、先が見えない。それくらい遠い。果てしなく遠い。50メートルって、こんなに遠いものだっただろうか。陸上で走っていれば、10秒もかからずに着くものだ。しかし、どれほど時間が経っても、終着点は見つからず、ただひたすらバシャバシャとしか聞こえない世界だった。
どうやらこの世界はどんなにあがいても、なかなか前には進めないようだ。次第に体中が重くなる。息がしづらくなる。周りはキラキラと光り、それは綺麗な光景として見える。しかしながら、今の自分にはそんな綺麗な光景に感動している余裕はなく、ただ真っ青な光景を見つめていた。
さっきからどんなに目を凝らしても、目的地が見えることはなく、向かう先はまさしく闇の中。辛い。苦しい。息ができない。水を吐き出したい。そう思い、オレは腕を上げる。足をバタバタと交差させる。ただ、がむしゃらに。だけど、そうさせればさせるほど、腕を上げるのがつらくなっていった。終いには足も動かすのがつらくなり、足が言うことをきかなくなっていく。
息ができず、水が体の中へと侵入してきて気持ち悪い。腕が上がらない。足が、段々と沈んでゆく。しかし、オレはそれでもあがいてみせる。ひたすら、見えない目的地を目指してだ。
それでも、現実はそんなに甘くないようだ。海をなめてはいけないように。自然現象を侮ってはいけないように。水の中で、オレは脚の筋肉をつらせてしまう。「死ぬ」とそう頭によぎったオレは、がむしゃらに水をかきわける。その行為とは裏腹に、オレの体は水の中へと沈んでいく。
普通、体を動かさず、力を抜いていれば、人間というものは沈むことはない。だが、空気を吐いてしまったオレは、息を吸うことも何かに掴む力も無くなっていた。オレは、水中の地面に触れながら、水上の世界を見上げ、目が閉じるのと一緒に気を失ったのだった。
次回予告「溺れたオレは、何とか命を取り留め、死に至ることはなかった。
それにしても、水中というものは本当に怖いものだと改めて知らされる。
そんな中、オレの前にある人が登場する。
次回、『アドシアード』」