オレは今、波の出るプールに足だけを入れて座っていた。50メートルプールで溺れた後に意識を取り戻したオレは、当たり前のことだが監視員の人達に怒られた。
また、オレは死ぬ思いをしたというのに、一緒に泳いでた2人からは、
「そんなんで元強襲科とか、笑えるなマジで。それでは、アドシアードで一人として勝つことはできないぞ!」
「まさか、泳げないとは……。セイジのせいで、怒られちゃったじゃないかー!」
と、オレに文句を散々言うと、オレを置いて2人だけで泳ぎにいってしまったのだった。はっきり言うが、別にオレは泳げないわけではない。ただ、数十メートルくらいしか前に進まないだけなのだ。その理由は、あまり脂肪のなく、筋肉が占めるオレの体では体が沈みやすく、また、泳ぎ方を教えてもらってないので上手い泳ぎ方ではないのだろう。だから、少ししか進まないのだ。
それでも2人がいなくなったので、なんとなく気楽になった。プールにきたからといって、泳がないといけないわけではない。
ましてや、浮いたりや歩いたり、潜ったりしたりしたっていい。そうだ、女の子を見ていたりしてたっていいんだ。むしろ、そこが本題。メインであり、本来の目的だったはずだ。
オレは、ずーっと、流れるプールの波に当たりながら、戯れている人達を見ることにした。
(よっぽど、ああやって楽しんでいる方がいいよな。ほんと、アドシアードが近いからって、体を鍛えるってのがバカバカしい。大体ここって、体を鍛える場所じゃなく、どちらかというと遊ぶ場所じゃないか)
本当ならオレは、ここであの2人に泳ぎを教えてもらうべきだったのだろう。だが、それに気づいたのはまだまだ後の事であった。
『アドシアード』
武偵学校で年に一度行われる国際競技会のことで、スポーツでいえばインターハイやオリンピックみたいなものである。ただ、競技内容が違っていて、ほとんどが強襲科や狙撃科など、強襲学部専門のキナ臭い競技ばかりが行われるのだ。
だが、強襲科にいた頃ならまだしも、オレは今はそれほど必死に体を鍛えることはしていない。それに医療科なんて、護身術程度しか習わないので、体力作りはしないのだ。なので、元強襲科のオレとしてはそれに出場はしてみたい気はするが、誰かに勝ちたいとかそんな闘争心はないし、今更、体を鍛えようなんて思えなかったのだ。
それ以前に、片目を失っているオレにとっては、不利なことが多くなるので、どうあがいても他の出場者に勝てる見込みが薄いのだ。つまり、どうあっても、強襲学部が有利なことに変わりはないのだろう。
(先輩には悪いが、オレは係員として参加するだけで、何にも出場しないでおこう)
こういうプールには1時間に1回ほどプールに上がる、休憩時間というものがある。その休憩時間になるとオレは、誰もいないプールをみつめていた。一応、その場に座っていると歩いている人に邪魔になったり、足が当たったりするので、さっきまでいた場所から立っては別の場所で眺めていることにしたのだった。
そろそろ、あの2人を探しにいかなくてはいけないなと思い、歩く人達の方へ目を変えると、急に背中を手で押される。オレはプールの方に落ちそうにはなるが、それで落ちることはなく、踏み留まることができた。
(だ、誰だ。オレの背中を押しやがったヤツは!)
後ろを向いたそこには……、よくクラスで見かける顔がいた。
「やぁやぁ、誰かとおもたら、タケジューやん~! 奇遇やなー、ほんま。何でここにいるん~?」
にこやかにビキニ姿で話かけてきたのは、まさしく、先輩が見つけたくても見つけられなかった堀江先輩の妹だった。彼女は知り合いに会えた嬉しさからか、テンションが高い。いや、いつもこんな感じかもしれない。ちなみに、オレのあだ名は「タケジュー」である。松本ジュウという名前だったら、マツジュンに似たあだ名で呼ばれていたに違いないなと思う。
「あー、堀江さんか、驚いた。残念ながら、堀江さんのアニキに連れられて、ココに来た感じなんだわ」
「えっ、ええっー!! うそっ、うちのアニキ、ここに来てんのー!? マジですかいなん!?」
マジデス海難? それとも「マジでスカイなん?」という意味か? どっちにしてもわけわからんぞ。
「まぁ多分、いつもの堀江さんの様子見に来たんだと思う。あの人ずっと、周り見てばっかりだったし」
「はぁ……。まさか、こんなトコまで来るとはなー。ウチもどうやら、べっこう飴のように甘かったらしいわ」
「いやいや、逆に堀江さんのアニキが、水飴のように粘着力があり過ぎるだけかと」
「あははっ、そうやな、確かに。それにしてもタケジュー、ホント、アニキ付き合ってもらってスマンなぁ。わざわざこないなとこまで」
堀江さんも、さすがに頭を垂れては申し訳なさそうな表情をする。さすがに、そんな表情をされては、せっかく楽しんで来ているであろう彼女に、暗い表情をさせてしまうのは気が引けてしまう。
「まぁ、今に始まったことじゃないし、ほんとに堀江さんが謝らなくてもいいよ」
ていうか、普通こんなプールにまで先輩が来るとは思わないだろう。それに、ある程度は適当な理由をつけてここに来たのだろうから、それを嗅ぎまわってここまで来た先輩が異常過ぎるのだ。もし、彼に好きな女の子が出来たらと思うと、不安になってくる。
さて、この人に限ってそんなことはないとは思うが、一応、目の前の堀江さんに聞いてみることにした。
「それで、堀江さんは、今日は彼氏とデートなのかな?」
「やだなぁー。そんなわけないじゃん~!! 今日は友達と一緒だよ、普通に。今、ウチがトイレ行ったついでに、飲み物買いに行ってたの。みんな、あっちの方のベンチに座って待っているんじゃないかな」
「へー、そうなんだ。てっきり、彼氏とこっそりデートしているんだとばかり」
「いやいやぁ、うちはそんな彼氏とこんなとこ行かへんし。何よりウチは彼氏作ろうなんて思わへんしなー。どっちかというと、友達といた方がええわ~」
そうなのだ。この、『堀江 結衣』という女の子は、元柔道部でやや男勝り。性格も明るく、おおざっぱで、おしとやかな方ではない。ましてや、女の子といちゃいちゃとしていることが多く、アニキに良く似てフレンドリーな感じのする人だ。ただ、アニキよりはとても常識人であり、また、周りの空気も読める。そこらへんは、アニキとは大違いだ。
特に彼女は、オレと同じクラスの探偵科にいるクラスメイトの一人で、学校で一番最初に仲良くなった女子の一人でもある。ちなみに、最近の女子の中では、とても良い子で芯のある人だとオレは思っていたりする。そんな彼女に、いつか彼氏ができるだろうと、常に心配している堀江さんのアニキは、無駄に監視をしたり、彼女の追跡をしているのだ。
「でも、なんでアニキはいつもうちの様子を見にくるんやろ~? はぁ……、もう理解できへん。マジでめんどくさいわぁ~!」
しかし、彼女はそれには気付かないのであった。いや、単にどうでもいいのであまり考えていないだけなのかもしれない。
「あ、そうだったー。飲み物、持っていたんだったー。はよぅ、行かないと待たせちゃう。じゃあ、またな~タケジュー!」
そう告げて、彼女は休憩時間終了のアナウンスと共に去っていった。
午後5時頃。時刻はもう夕方になっていた。
「くあー、楽しかったなー竹内! オマエもこんなに楽しんだのは久しぶりだろう?」
にやにやしながら、先輩はオレの肩に手をのせてくる。
「まぁたしかに、楽しかったは楽しかったですけど、それ以上に今日はとっても疲れましたよ。いや、ほんとにー」
「だね~。ついつい、色々遊んだじゃったし、もう動けないって感じだよね~」
というか、こんな時間まであんなに遊べば、誰だって疲れてはくるのが普通だわ。
「でも、あのビック・サバイバーっていう乗り物に乗れなかったのは残念だったな。あれも、『赤・黄・青』の3つをコンプリートしたかったがなぁ」
「あ、たしかに、ウォータースライダー『流禅の灯火』の6つのコース行くより、そっちの方を行った方が良かったかもしれなかったですね~」
「そうだなー。もっと、時間があれば行けたな!」
「そうですね。時間があれば行けましたね!」
(……信じられない。どこに、その元気があるんだよ、こいつら)
実はこの2人は、デスニーシーのアトラクションの8割は乗っていて、しかもそれに乗るための行列の中、ずっと待つのをどれだけ繰り返していただろう。オレは途中で、アトラクションには乗らず、色んなプールに入ったりしていた。そのおかげで、たくさんの女の子を堪能することが出来た。やはり、水着の女の子がプールに入っている姿は格別である。
それよりもコイツら、ホントに遊びに関しては体力バカなのかもしんないな。そう思いながらオレはジュースを片手に、3人で無駄話をしながら一緒に駐車場へ向かったのだった。
オレ達は先輩の車に乗り、先輩も運転席に乗って、シートベルトを締める。
「そういや今日、ここに妹も来ていたらしいんだが、全然会わなかったなー」
わざとらしいし、知っていたし、ほんと今更だった。何気に落胆してるのは、ここに来たことが無駄骨だったと思えてきたからかもしれない。
「あ、そうなんですか。そういや、色々回ったのに、全然見かけませんでしたねー」
(多分、オレが来ていることを言ったので、きっとアンタを警戒して行動したんだろうな。伊達に探偵科ではないのだろう)
「オレも全く見てないですね。ていうか、人が多すぎて、あれじゃ分かりませんよ」
とか、適当なことを言うオレであった。
「まぁ、それもそうだなー。さて、とりあえず帰るとしますか」
エンジンが動く音を聞きながら、オレは明日が学校だと気づくと、とんでもないことを忘れていたな。と現実に引き戻された気分になる。
(そういや明日、中間の筆記テストじゃねーか!!)
次回予告「せまるテスト。せまる生徒会。せまるアドシアード。せまりくる雨。
そして、あの人は誰だ? そう思わせる6月の上旬に、オレは戸惑う。
次回、「星伽との再会」