「ねぇ、お兄さん。どうしたんだぃ? なんだが、辛そうな顔をしているねぇ。何かあったのかぃ?」
そう聞いてくるのは、少々気味の悪い雰囲気のフードをかぶった男性だった。今は夜の公園のそばまで歩いて来たのだが、フードを被っているせいか口元くらいしか見えない。
「……おまえにあ、かんけぇねぇだろっ!?」
呂律が上手く回らない。どうやら本格的に俺はおかしくなっているのかもしれない。目の前に立つその男性を振り払おうとするが、よろけてしまって男性に体重を預けてしまう。
「心配しなくても大丈夫。良い夢を見せてあげますよ、お兄さん」
ニコやかに言う男性は、俺の顔を見る。俺もまた虚ろに男性の顔を見る。
(なぜだろう……。懐かしい気がする)
俺はその瞬間から、記憶を失うこととなった。
「さて、行きましょうや。井上サツキ!」
深い闇の中へと入っていく中で、男性はオレにそう言った気がした。
重々承知の上、オレは廊下を足早に歩いていきながら保健室へと向かった。何を承知したのかと言えば、それは校内の電子掲示板を見れば分かることだった。
『保健・治療係員の生徒は、放課後の5時にて、保健室で打ち合わせを行うので、集まってください』
テスト週間も終わり、学校の雰囲気はとうとう待ちに待った、アドシアードというお祭りに向けての準備へと変わっていった。もともと、そんなお祭りに出場する気のなかったオレは結局、アドシアードの保健係員になることにしたのだった。なので、この1週間はほとんどが授業とその準備に明け暮れる日々を過ごすという多忙な毎日であった。とは言っても、それは自分が1年生の係員代表になってしまったからだ。いや、係員代表に先生にさせられたと言った方が良いのだろう。この恨みはいつか何かで晴らしてやりたいものだ。
ちなみにあのプール以来、オレは堀江先輩と会うこともなく、小野とも最近は教室で会って話すだけで、一緒に帰ったりや遊びにいったりなどはしていない。決して、あいつが女の子とデートとか他の友人と遊びに行っているからではない。単にオレが忙しいだけだからだ。
と、とりあえず、多忙の日々を乗り越えたオレは、アドシアード前にある3日間の連休がやってきた。さすがに3日目の日曜日には、事前の準備として数時間は学校に行かないといけないのだが、まぁ、ひさしぶりに休日を迎えたオレは、1日中ただぐっすりと寝ていたのだった。
深夜になって、オレは目が覚める。時間は真夜中の0時半。昼に昼飯を食べて起きたのだが、また眠ってしまったようだ。でもさすがに、12時間は寝過ぎたな。
別に動いているわけではないのだが、またしても腹が減ってしまい、もうご飯を作る気力のなかったオレは近くのコンビニまで歩いて、何か腹の足しになるようなものを買うことにした。
外に出ると、外では涼しい風が吹いていて、オレは身体の中の空気が入れ変わったような気分になる。寮を出ると、寮を出た先にワゴン車が駐車してあった。
(うん? これって確か、堀江先輩の車だよなぁ?)
しかし、車内には誰も乗っていない。ましてや、堀江先輩の姿も見えない。とりあえず、自転車小屋に置いてある自転車に乗って、コンビニに行くことにしたのだった。
いつも思うけれど、コンビニというものは何気に時間を潰してしまう場所である。なぜなら、ついつい雑誌の立ち読みをしてしまうし、新作の商品はないかとお菓子コーナーやパンコーナーなどの場所でひとつひとつ探してしまう。また、飲み物もありきたりで微妙なのしか置いてない場合と新作が多くてどれにしようか悩んでしまう場合がある。そんなことをしている間に、時間はあっという間に過ぎていってしまうのだ。なのでオレは、なるべく早く雑誌を読み終えて、焼きそばパンと弁当とピスカルという甘い清涼飲料水を持ってレジに向かう。
ゆっくりしていきたいところだが、さすがに、20分以上もコンビニに滞在していたら、腹の虫が暴れる勢いになってしまい、何をしにここまで来たのかわからなくなりそうだ。
そんなことを思いながら、寮の方へ向かって帰っているとこっちに向かって来る車がいた。暗くて分かりにくいが、白い軽のワゴン車だ。そう、その車はさっき寮の前で見かけた堀江先輩の車だった。
車の窓から顔を出してきた堀江先輩は、ライトを消し、車を止めて降りてくる。
「おっ、竹内じゃないか! 何してたんだこんな時間に~? あ、もしかして、夜遊びか!?」
「いや別に、コンビニまでちょこっと買いものに出かけてただけですよ。それよりも、先輩こそどうしたんですか? こんな夜中に、車に乗って」
先輩は少し苦笑いをしながら、空を見つめる。そういえば、いつもと雰囲気が違う。いつも髪を立たせて、ややモヒカン気味の髪型なのだが、今は髪が全体的に下ろしてある状態であった。何気に制服姿で、助手席には窓から見えるくらい大きなバックが置かれていた。
「いやぁ、ちょいと実家から帰れって連絡があってな。 仕方なく今から帰ることになったわけだ」
「はぁ、そうなんですか。先輩の実家って、どこなんですか?」
「東北地方の青森県の中の山の方。今から高速道路を使って、そこまで向かう予定」
「また、遠いトコに実家があるんですね」
「そうだなー。ま、アドシアードまでには帰って来ようと思うから、またそん時に会おうか。じゃあ、またなー」
そう言って先輩は、オレが買ってきたものを物色し終えると、車に乗っては星が見える夜の中で進み始め、オレの知らない場所へと向かって行ったのだった。
(先輩も大変だな。何か、家の用事なのかな? まぁ、オレにはどうでもいいことか)
自転車小屋に自転車を置き、階段を上がって、自分の部屋のドアノブを回す。
自分の部屋の中に入ったオレは、すぐに弁当を食べ始めた。弁当を食べると急に眠気がやってくる。静かな夜の中で、オレもまた静かに眠っていったのだった。
日差しが眩しい。朝だろうか。そうなのかと思いきや、時計を見ると昼だった。コンビニから帰った後いつのまにか、眠ってしまったみたいだ。てかほんと、寝てばっかだなオレ。
しかし、なんだろう。コンビニに行った記憶はあるのだが、他に何をしていたか記憶にない。何か忘れている気がしてくる。だが、もしかしたら、夢だったのかもしれない。そんな思いが出てくる。とりあえず、起きてご飯を食べることにした。
(眠い。あんだけ寝たのに、何故にこんなに眠いんだろうか。人間というものは寝過ぎると逆に眠くなるというものなのだろうか?)
目をこすりながら昨日買った焼きそばパンを食っているオレは、眠気覚ましに甘いコーヒーをのむことにした。最近、無糖のブラックコーヒーに慣れてしまったオレは、市販の子ども用の甘いコーヒーを冷蔵庫に置くことが増えた。これは、朝が眠たい時のために用意してあり、意外と目がさえてくる。
(あ、あんまっ!! 寝起きという味覚が不安定な状態でも、このコーヒーは甘く感じるなぁ。きっと、目が覚めてる時だったら、やばかっただろうな)
そう思いながら、コップに注いだ甘いコーヒーを全部飲み干す。昼食を食べ終わり、歯を磨いていると急に携帯電話が鳴る。
(誰だよ! こんな朝っぱらから!!……って、今は昼か)
口をゆすいで、オレは画面を開いて電話に出る。
「もしもし、竹内ジュウという者ですけど」
「いやいや、いちいち本名を言わなくても。そちが出るのは分かってるから」
電話をかけてきたのは小野みたいだ。さすが、電話回数は1位の小野だな。
「それで、どうしたんだ?」
「いやいやぁ……今、ヒマかと思って」
「まぁ、ヒマというか。さっき起きたというか・・・」
「じゃあ、一緒にアキバに行かん? ちょい、欲しいもんがあるんやってー」
「……。OK。どーせ、ヒマだし。じゃあ、30分後にチャリ小屋集合で良いか?」
「いいよー。じゃあ、後で~」
オレは鏡を見る。顔がやばい。いや、単に眠いから表情がやばいという意味で、顔の造りはアイドルの松ジュン並みだ。そうに違いない。
とりあえず、髪も寝ぐせだらけで、起きた時に寝汗もかいていたので、オレは早々とシャワーを浴びることにしたのだった。
「すまん、すまん。遅れた」
無駄にシャワーを浴びていたので、オレは思ったよりも時間をかけてしまい、約束の時間に遅れてしまっていた。
「うん? あ、別に大丈夫やから。それじゃ、行こうか」
実は連絡もなしに10分以上も遅れて来たので何か小言でも言われるかと思ったが、ここで何も気にせずにいられる辺り、こいつがたくさんの女子と仲がいいのも頷けてしまう。
当たり前だが、車の運転のできないオレ達は自転車で駅まで行き、そこから電車で移動することにした。自転車をこぎ慣れているオレにとっては、自転車で秋葉原まで行ってもいいのだが、さすがに小野はそこまで自転車を乗りたがらない人間なので、仕方なく出費のかかる電車に乗って行くことにした。
秋葉原につくまでは、小野といろいろな話を盛り上げていた。話の内容には、堀江先輩は実家に帰ったらしいという話題もあった。どうりで、今日は一緒に来ないわけだ。実家に帰ってるなら行けないからな、アキバ。
秋葉原に着くと、オレ達は時間を忘れて遊びまわった。まぁ、大半は小野の買い物の付き添いなだけだったが、それでも、ゲームセンターに行って遊んだりや小野の機械関係の話を聞いていたりなど、時間をつぶすことができた。
帰る電車に乗ると、人混みがすごい。今日はいつもより混雑しているような気がする。
「今日は、えらく人が多いな……」
「あれじゃない? 花火祭り」
小野が指を指した先には、大規模な祭りの広告があった。なるほど、今日は本祭りらしい。ましてや、花火だ。日本人が無駄に集まってくる行事の一つなのだから、そりゃあこんなに混んでても仕方ないのだろう。
「ついでに、祭りも行くか。せっかく、今日は花火もあるみたいだしな」
「いいよー。屋台の食べ物とかめっちゃ好きだし~」
この感覚は不思議ではあるが、日本人ならば花火を見なくてはいけないという概念に囚われていく。まぁ、花火を見るのは好きなので、久しぶりに花火を見れることに心を躍らせていた。
―7時20分―
電車を降りて、オレ達は武偵校駅行きのモノレールへと向かった。その理由としては、祭りが開催される場所には、モノレールを使って行った方が楽だったからだ。周りもそろそろ暗くなってきた頃、武偵校駅に向かっている最中……、浴衣姿の女性が、待ち合わせをしているのか、ケータイを見つめながら立っていた。
(あれは……、星伽先輩!!)
清楚な白地に撫子柄の浴衣を着ていた彼女は、とてもキレイだった。あー、もう可愛い。黒髪美人で浴衣とか反則だろ。もし、美女コンテストがあったなら、必ず1位はとれるだろうな。それくらいの魅力を持っていた彼女に、オレは目を離せずにいた。
その途端、さっきからチラチラと彼女を見ていたチャラい男性が彼女の方へと近寄ってきた。
(あれは、もしかしてナンパかっ!?)
その男の話かけられた彼女は嬉しそうな顔はせず、どちらかと困っている顔をしていた。どう考えても、迷惑なナンパだろうか。というか、容姿を見る限りでは20歳後半だろう。そんな大人が、高校生をナンパするって恥ずかしくならないのだろうか?
こういうのを見ると、同じ男として情けなくなるというのか、気持ち悪くなっていく。きっと、同じ性別であるからこそ、そういった部分を見てしまうと吐き気がしてくるのだろう。
「すまん。ちょっと、先行っててくれ。知り合いがそこにいるか……」
しかし、小野はオレの話をさえぎってニコやかに言う。
「ほいほーい。まぁ、遠くから見ていてあげるわー(笑)」
(……こいつ。知ってやがったな。星伽先輩のことを。後からまた問いたださないといけないみたいだな。というか、助ける気ゼロかよ)
オレは、星伽先輩がいる場所まで近づいて男性に話しかける。
「すいません。どうしたんですか?」
その問いに男は、振り返ってオレの方を見ると、不機嫌そうな顔で言ってくる。
「ああっ? 誰だよオマエ?」
多分、オレの姿を見て「コイツになら勝てる!」とか何か思ったのだろう。強気に出た男に、オレはさっきの問いに答える。
「いやオレも武偵ですけどなんか用ですか? 今から見回りに行くんですが?」
そこで、男は硬直する。だが、さらにオレは星伽先輩を見て口を動かせた。
「あと、星伽先輩も武偵なんですから、何か言わないと分からないですよ」
その言葉に、男は急に態度を変え、
「あ、いや、なんでもないから。少し尋ねてもらっただけだから」
そう言って、男は去って行った。
星伽先輩は、ボーとした顔でその一部始終を見ていた。
「大丈夫ですか?」
オレの言葉に、彼女はハッとした顔になった。
「う、うん。大丈夫だよー。あ、えーと、たしか……、一年生の子だったかな?」
(さすがに、1年生だとは覚えてもらっていたか。まぁ、準備と実技のテストの時に会ったんだから覚えてるのも普通か)
「あ、はい。1年治療科の竹内です」
「あ、ありがとう。ほんと、助かったよ~」
「いえいえ。大したことじゃないですから。それより、ここで何してたんですか?」
とは言うが、普通に考えて分かるか。こんな場所でそんな格好でいたら……、
「今日、キンちゃ……、お友だちと花火祭り行く約束をしたから、ここで待ち合わせをしていたの」
そこで、オレは心臓の音が聞こえるほど、つい聞きたくなったことを聞いてしまった。
「そうなんですか。もしかして、彼氏さんとですか?」
オレはにこやかな顔でそれを言う。
すると、彼女は急に顔を真っ赤にして、
「いや……、そのね。彼氏というか、彼氏じゃないというか、幼馴染というか、キンちゃ……、彼とはともだ……いや彼氏、いや幼馴染かなー。えーと、その……、うん」
(す、すごい動揺ぶりだ。ちくしょう! やっぱり、彼氏がいたのか。又は、想い人がいる感じなのかな?ってまぁ、そんなのどうでもいいか。……はぁ)
どう考えても、普通の友達を待っているわけではなさそうだ。心なしか、オレは気分が下がる。
「でも、その彼とは7時に待ち合わせだったんだけど、もう30分も経っちゃってるの。どうしたんだろう。何かあったのかな? それとも、何か事件に……」
彼女の顔は段々と不安の色に変わっていく。
(どんな事情があるにしろ、連絡1本もよこさないなんて最悪なヤツだなそいつ。こんな、美人を待たせるなんて、どんな神経してんだソイツ!)
そう感じながら、オレはなだめるように星伽先輩に言う。
「きっと、大丈夫ですよ……。多分、忘れているか、何かに没頭しているかですよ。事件が起きたら、すぐに分りますし」
そう言うと、彼女の顔は少しやわらぐ。
「そうだよね。彼に限って、そんなことはないと思うから、多分、急に任務か何かが起こったのかもしれない」
そこで、ケータイのメール音が鳴る。残念ながら、彼女のではなくオレのだった。オレはそのメールを開くと、小野からだった。
『どう?しっかり誘えた?なんなら、オレは1人で見に行くけど、どうする?』
といったような内容だった。その光景を見ていた彼女は言う。
「そういえば、君は何か用事があるんじゃないのかな?」
時計を見てみると、時間は7時30分過ぎだ。確かにそろそろ行かないと、モノレールに乗るのに間に合わなくなる。オレは急いでメールを打ちながら、
「そうでした。俺も友人と花火祭りに行く予定だったので」
「それなら、その友達を待たせたら悪いから、早く行ってあげるといいよ。私はもう大丈夫だから」
「そうですか……。それじゃあ、失礼します」
そう言って、オレは仕方なくその場を去って、小野の待つところへ向かったのだった。ただ、星伽先輩のことを考えながら……。
―10時過ぎー
オレ達は花火祭りを堪能し、10時頃には寮へ帰ってきた。久しぶりに祭りや花火を堪能したオレは、遊び疲れたのか、ご飯を食べた後はマンガ雑誌を読んでいると、いつのまにかうたた寝をしてしまっていた。ほんと、寝てばっかオレ。
途中で目を覚ますと、そのまま布団に入り、眠りに入っていった。ただ、ひたすら心地よい、世界の中へと、潜っていく……。
次回、「アドシアードがとうとう開催される。その手伝いでオレは大忙しだ!
そんな中、一人の女性がオレの方へと歩み寄る。そ、それはなんと、星伽先輩だった!」
次回【銀氷投影】