緋弾のアリアAB   作:純鶏

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  ――とある船の一室――


 長髪に長いコートを着た男性は言う。

「とりあえず、君のことを今後は『ハルシオン』と、呼ばせてもらおうか」

「……はい」

 それに対して自分は了承の意味で適当に返事をする。
 実際、コードネームなんて必要なのだろうか? と思う。今まであだ名ならついたことはあるが、こういった名称で呼ばれると思うと恥ずかしいものがある。しかし、もうあの名前を背負って生きたくない。偽り続けたあの明るい世界で自分自身が生きていくことは避けたいのだ。そのためなら、大切な人でさえも永遠の眠りという闇に誘うことも躊躇しないだろう。


「さっそくだが、私と同伴で任務についてもらう。場所は日本の横浜。サラトフという組織に何かしら情報を流している人間がいるらしい。名前は中塲 将兵。年齢は38歳。そいつを君の言う『永眠』というものをさせてやってほしい」

「……わかりました」

 何にせよ、世界のために、自分自身のために、指を引いていくしかない。引き金は、偽りのないものなのだから。



9話 - 銀氷投影

 オレにとって忙しすぎた長い準備期間は過ぎ、何事もなく開催されたアドシアードは、たくさんの人で賑わい始め、盛り上がりを見せていた。

 アドシアードの保健・治療係員であるオレは、まだ1年生ということもあって当日の仕事は少なく、時間によって仕事が区分けされていたので、オレの仕事は午後からだった。つまり、午前中はほぼ自由時間なのだ、イエーイ!!

 

 とは言っても、小野は午前中の競技に出たりしているので時間的に合わない。今空いてるクラスメイトも微妙な仲の人間しかいないし、そんなやつと気まずい時間を過ごすくらいならいっそ自分一人で過ごした方が気楽だ。

 というわけで、一人で寂しく競技を見ていることにした。……いや、決して他に友達がいないとかクラスメイトと仲の良いやつが少ないわけではない。ただ、この時間帯はたまたま仲の良いやつが空いていないだけだから!

 

 射的の競技が始まった。さすが先輩達だ。拳銃の腕前は素晴らしいほど上手い。こういうのを見ると、興奮が止まらなくなる。半年以上前に、片目の視力を失ったオレにはできない芸当だ。まぁ、失っていなければきっとあれくらいは出来たんだろうけどな。

 

 様々な競技を見ている中で、オレはある人物が出てこないかずっと待っていた。だが、いくら経ってもオレが探している彼。堀江先輩が午前中の競技に出てくることはなかった。

 

(あれ? おかしいな。たしか、堀江先輩ってアドシアードに出るって言っていたよな? もしかして、今日は棄権したのだろうか?)

 

 しかし、メールするのは何だか気が引けてしまう。もし、競技に出るために精神統一をしてる時にメールをするのは、良くないことだと思っている自分はメールをする気が起こらなかった。

 

 結局、午後になって昼休憩が終わると、オレは係りの仕事についていた。仕事の内容と言えば、ほぼ雑用ばかり。保健・治療係員というのは名ばかり、力仕事がほとんどであった。

 それもそのはず。出場者のケガなどは先生や男子生徒の先輩達が治療をやってくれるし、それの補助として女子生徒の先輩はその場に待機しなければならない。

 それと違って後輩達は、そういった仕事はノーサンキューなので、荷物運びや次の競技に向けての後片付けや準備などの関係のない仕事が回ってくるのだ。

 

 

 さっき頼まれた運び仕事をある程度片づけ、オレは役員本部へと向かっていると、肩を叩かれる。

 それに反応するように、オレは後ろを振り向くとそこには星伽先輩が立っていた。

 

「ねぇねぇ、ジュウ君。ちょっといいかなー?」

 

「あ、星伽先輩。どうかしましたか?」

 

 

 彼女は申しわけなさそうな顔でオレに言う。

 

「ごめんけど、地下倉庫まで来てくれないかなー? ちょっと、手伝ってほしいのー」

 

「ああ、はい。わかりました。いいですよ」

 

 そう言うと、オレは彼女についていった。女の人の頼みは断れない。特に、美人で可愛くて清楚な人が可愛らしく頼み事をしてきたら、断るわけがない。いや、断れないでしょ!! 

 オレは学校裏の地下深くにある、地下倉庫まで行ったのだった。

 

 

 

「星伽先輩。何を手伝ってほしいんですか?」

 

 オレは地下倉庫に着くと、星伽先輩にそう尋ねた。

 

「花火とか、競技に使われる火薬がもうそろそろで切れちゃいそうだから、そこらへんの物品を持って行ってほしいの」

 

(あれ? 前日に結構、火薬類は用意されていたとは思うんだが、もう無くなったのか。まぁ、予想以上に賑わっている証拠なのかな)

 

「あー、そうだったんですか、なるほど。でも、他に係の人とかいなかったんです?」

 

「多分、いたんだろうと思うけれど、誰かに頼もうと思った時にあなたの顔が見えたから」

 

「あ、そうだったんですね。なるほどなるほど」

 

 緊張のあまり、少し口早に喋ってしまうなオレ。実際はヒマそうにしてたオレがいたからという意味なのだろうが、実際にこうやって2人で話せる機会が持てたのだから気にしないでおこう。

 

 オレは星伽先輩について行き、ついていった先にひとつの部屋があった。

 

 部屋のプレートには薬品庫と書かれていた。彼女はその部屋の扉を開けるが、中は真っ暗で何も見えない。電灯のボタンは中にあるのだろうか。彼女はどんどん暗い部屋の中へと入っていく。オレもそれに続いて部屋の中へ入っていった。

 中に入るが相変わらず全く何も見えない状態だった。ましてや、星伽先輩がどこにいるのかさえ分からない。オレは彼女が電灯をつけるまで、何もせず待つことにした。そうしていると、急に真上から部屋の電灯がつき始めたのだった。よし、これで部屋の中が見えるぞ!

 

 よく見えるようになったこの部屋をオレは見渡す。おかしい。そう感じたオレは、目をこすってもう一度見渡してみる。だが、どこを探しても火薬も薬品も、ロッカーのような物以外は何一つ置いてなかった。

 さらに、さっき電灯をつけたであろう先輩の姿がこの部屋のどこにも見えない。オレは疑問を抱きながら、何度も周りを見渡してみる。

 

 しばらくして、部屋の扉が勢いよく閉まる音がオレの後ろの方から鳴った。振り向いたオレは、閉まった扉へ向かい、ドアノブに手を回す。しかし、扉には鍵が閉まっているのか、力を入れて押したり引いたりしても扉は全く開かない。

 分からない、わけが分からない! 今ここで何が起こってるのか? 何も分からず、オレは混乱する。

 

(なんで鍵が閉まるんだ? それに、先輩はどこに行った? いや、先輩がこの部屋の鍵を閉めたのか?)

 

 

 一生懸命、オレはドアノブを回す。

 どんなに回しても開かないのに、押したり引いたりを繰り返してみる。

 

 すると、急に扉の向こうから、星伽先輩の声が聞こえてくる。

 

「うふふっ。ごめんね~、竹内ジュウくん。ちょっとその部屋で待っててもらえるかな? 後で、おまえに会いたいという人間がいるのでな。それまで、その部屋で水浴びでもしているんだな」

 

 口調が少しずつ変わっていく。もしかしたら星伽先輩は、本来はこういった喋り方なのだろうか? いや、今はそんなことはどうだっていい。

 

「ま、待ってください! どういうことなんです? なんで待つのに閉じ込められないといけないんっすか!? だいたい、オレに会いたいやつって誰ですか!!」

 

 しかし、星伽先輩はもう扉の向こうにいないのか、オレの叫びに対して何も返ってくることはなかった。つまり、ここにはオレしかいないということ。星伽先輩にしてやられたということ。さらに……。

 

「――!?」

 

 部屋の上から爆発のような音が聞こえ、部屋の中は少し揺れる。揺れがおさまったと思った直後、天井の穴から水が流れ込んで来た。勢いよく上から流れる水は、狭い部屋の中の隅まですぐに行き渡っていき、どこにも逃げることなく、この部屋の中に蓄積されていった。

 

(くそっ、何が起こってるんだよ! なんで星伽先輩が、オレにこんなことするのかわけがわからない!!)

 

 まるで、別人が星伽先輩になりすましたかのような出来事に、オレは裏切られたという絶望感に埋め尽くされる。ほんと、嫌になる。これだから、女という生き物は苦手だ。特に、美人で可愛くて清楚な女の子でオレみたいなやつに可愛らしく頼み事をしてくるようなやつは、決まって調子にのった性格の悪い女でしかないな! 

 

 本当ならここで気付いてもよかったのだろうが、オレが星伽先輩に肩を叩かれた時に彼女はオレのことを「ジュウくん」と呼んでいた。オレは先輩に名字は教えたが、名前は教えてはいない。持論だが、名字だけ教えてもらったら、いちいち名前を知ろうとは思わないし、オレの名前が先輩達の間で出回るわけがない。さらに言ってしまえば、急に名前を呼ぶような女はビッチだ!! 結局、彼女が星伽先輩である可能性が疑わしいことに気付いたのは、部屋を流れている水によって頭の中が冷えてからだった。

 とは言っても、あそこまで変装が上手くて声もそっくりだった人間を、普通に星伽先輩だと思ってしまうのも仕方ないのではあるが。

 

 

 オレは何度か思いっきり扉を蹴ってみるが、扉はビクともしない。鍵がかかっているというよりも、扉の反対側を何かで固められたような感じだ。

 

 そこで、オレは扉を開けるのはムリだと分かり、諦める。念のため部屋の中を見渡しては何かないかと探してみるが、案の定何もない。オレは結局、ケータイを使って小野や先生に連絡をしようとする。だが、何度連絡をとろうとしても、電話はつながらないし、メールも届かない。

 

(くそっ。手詰まりか。水はもう足の太ももまできている。だけど、打つ手はない。はっきり言って、お手上げだ)

 

 そんな状況に、オレは改めてこの部屋を隅々までよく見渡し、部屋の構造を頭の中に入れた。

 

 コンクリートで出来たこの部屋に、防弾性のドア。広さ的に8畳ってとこだろう。それに、たくさんの薬品ロッカーとラックが置かれてるのを見ると、前に薬品や色々な物が置かれていたに違いない。また、天井にある穴は多分、前まで換気扇に使われていた場所なのではないかと考えられた。さらに、天井までは約3メートル未満。水が入ってくる勢いからしてあと30分すれば、この部屋は水槽のように水で埋め着くされるのだろう。

 

 さて、どうしたものか。オレは考える。ただ、ひたすら必死に考える。これでもか! と言わんばかりに考えてみる。だが、一向に思い浮かばないし、ただ時間が浪費されるだけであって、こればかりはどうにもできなかった。

 

 もし、中学時代であれば、扉をこじ開けたり、水の勢いを抑えたりなどが出来る装備を普段から常備していたのだが。とか思ってしまう。まぁ、今日はアドシアードという時点で、そんなもん関係なく、帯銃くらいしかしていない。たかが銃だけでは、塞がれた扉を開くことなんてできやしないのだ。

 

(それにしてもやたら水は冷たいし、この部屋の中は寒いな)

 

 この地下倉庫に入る時はあんまり思わなかったが、長くこの部屋にいると、この部屋が外とは違って、やたら寒い。まるで、エアコンの冷房をつけられたのかと思うくらいに。

 

 とりあえず、他にすることが思い浮かばないオレは、ケータイを触りながら他に何かないかと考えることにした。

 ひたすら、水が流れる音だけを聞きながら……。

 

 

 

 

  ――30分後――

 

 部屋の中に流れてくる水はもう2メートル半以上まで達していて、オレの肩まで水は来ていた。オレは部屋の中にあったラックやロッカーに足を乗せ、何とか頭を水面上に出そうと立っていた。しかし、この部屋は寒い上に冷たい水が流れている。そんな環境の中にいるせいか、オレは段々と体温を奪われていったのだった。

 

(あー、やばい。このままじゃ、オレ本当に死ぬな。確実に)

 

 頭が少しもうろうとしてきた中、オレはイチかバチか、ある1つの方法にかけてみることにした。あまり泳ぎの得意ではないオレにとっては、可能性は薄いのではあるが……。

 

 

 水があと数分で天井にまで達しようとした時、オレは一気に空気を吸う。身体に空気をため込むと、この部屋のドアの方へ水の中を潜る。しかし、ムダに空気を吸って潜ったせいか、なかなか下まで進むことができない。オレは手でラックにつかまって、少しずつ潜っていく。

 完全に地面まで潜ると、オレはもうろうと見える扉を目指して、力強く壁を蹴って蹴伸びをした。

 

 さすがにここまで水が入ってくれば、水圧に耐えきれなくなり、扉は開きやすくなるはずだ。オレが蹴伸びをして扉にタックルすれば、もしかしたら扉が開くかもしれない。

 そんな淡い希望を糧に、オレはタックルを試みてみるが、やはり扉は開かない。

 

(くそぅ、どんだけ頑丈なんだよ! 今度は、もっと近くでより力入れてみないと)

 

 

 しかし、体は浮いてしまい、また水面上へと顔を出してしまう。浮き上がると、もう水と天井が届きそうになっていた。あと数分も経たずに、この部屋に空気は存在しなくなる。

 そんな状況にオレは無我夢中でもう一度潜り、さっきより近い場所のロッカーから蹴ることにした。本当にこれがラストチャンスなのだと心の中でそう感じる。

 今度こそはと、ため込んで一気に体全体で当てるかのように力強く蹴伸びをした。

 

 

 だが、それでも扉は開く様子はなく、勢いのついた衝撃によって自分自身の体中の空気が口や鼻から逃げていく。

 

 

(ヤ、ヤバイ! は,はやく上へ!! あそ、こに、いかないと……)

 

 オレは必死になって水面上へと目指して泳ぐが、空気を失ったオレは浮くことなく沈むだけ。必死にラックを探すが、見つからず苦しんでいくばかり。

 

 段々と、意識がもうろうとしてくる。最近味わったあの溺れるという感覚がまた襲ってきたのだ。なんとも、辛すぎる状態。必死に水中でもがいているオレは、なんとかラックにつかまるが、もう力が入らない。

 もうダメだ。オレは、もう何もできずに水と一つになりかける。

 

 

 だが、後ろから鈍い音が鳴り響く。その途端、一気にオレは後方へと吸い寄せられる。体は水の流れに沿って連れていかれ、気づけばもう部屋の外へ押し出されていた。

 水を吐くと同時に、空気を吸う。それの繰り返しをオレはただひたすら行う。

 

「ぅおぉ、ごっほぉごぉっほぉー。……おええぇーぇ」

 

 いつのまにか、体の中に侵入した水の大半が抜け出た気がする。必死に息をする中、オレは前進しながら閉じていた目を開け、前を見ようとする。

 

(誰だ? 誰か、いるぞ。……黒い服の男?)

 

 

 べっとりと顔や頭についた水滴を手で拭ってふき取り、再びその男を見る。

 

 暗い廊下の先に立つ男。そいつは、微笑んでいる。それとも、憐れんでいるのだろうか。いいや違う。オレが苦しむ姿を見てニヤけていたのかもしれない。

 

 

 懐かしい。その感情の次には不愉快しか残らない。なんだか思い出せそうで思い出せない。

 久しぶりに見たその顔の人物は、なにやら口を動かしている。耳の中に水が入っているオレには、何を言ってるのか全く聞こえない。

 だが、口の動きを見れば分かる。いや、そう見えただけなのかもしれないが、きっとこう言ったのだろう。オレの友達というのか幼馴染というのか、身の回りにいるやつらはほんと、酷いやつしかいないのだろうか。

 

 

 彼の口振りからはオレに『お・ま・た・せ!』と。そう言ったように見えたのだった。

 

 

 

 




次回予告「青森県というところはいいところだ。まさしく故郷と呼んでいいのだろう。
     そんな中、俺は親父に呼ばれ、森の中へと入っていく。
     そこで聞かされた話は、俺にとってとてつもない焦燥を生んだ。
               次回『秘物たるもの』

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