デュエ魔法少女マジカル☆ベル   作:モノクロらいおん

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 タイトルに深い意味はありません。


9話「にゃんこ大戦争だよ」

「こ、こんにちはー……」

「小鈴ちゃん、いらっしゃい! 例のカード、入荷したよ!」

「はい。その連絡をもらったので、来たんですけど……」

「今日は一人なんだね」

「ユーちゃんも恋ちゃんも、今日は部活があるからって」

「そっかぁ。それで、どうする?」

「せっかく入荷してもらったわけですし、買っちゃいます」

「小鈴ちゃんならそう言うと思ったよ」

「いくらなんですか?」

「100円」

「安い!?」

「四枚買うなら400円だね」

「それでもワンコイン以下……」

「今のインフレ環境に耐えうるカードじゃないし、ぶっちゃけ需要はないからね……ヒロイックだから人気はあるけど、わざわざ買う人は稀かなぁ。だからこんなもんだよ。ついでに結構キズあり」

「そうなんですか……」

「あぁ、そうだ。そのカードと相性がいいカードがあってね……これこれ」

「これって……」

「そっちも需要がないから割安だけど、組み合わせると結構強いよ。ファンデッキの域はでないけど、やっぱりシナジーあるしヒロイックだし、私はお勧めかな」

「キズあり200円……安いですね」

「まっさらなやつならもっと高いよ」

「じゃあ、これと、さっきのも一緒にお願いします」

「はーい、まいどあり!」

「……あの」

「ん? どうしたの?」

「この後、もしお時間があればでいいんですけど……デッキ組むの、手伝ってもらっていいですか?」

「いいよ。そういうお誘いなら大歓迎だよ」

「あ、ありがとうございます、詠さん……!」

「いいっていいって。気にしないでー」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「最近、学校の敷地に猫が住み着いてるんだって」

 

 わたしその話を聞いたのは、期末考査が近づきつつある七月の初旬。お友達の香取実子ちゃんとの、何気ない雑談の最中だった。

 

「猫? にゃんこのこと?」

「そうそう、にゃんこの方の猫」

「にゃんこ意外にネコって言葉はないような……それはいいんだけど、学校に住み着いたって、そんなことがあるんだね」

「ね。しかも三匹だって」

「三匹も?」

「でも、凄くすばしっこくて、姿をちゃんと見た人はいないって話だよ。派手な毛色の猫らしいけど」

「へー。もぐもぐ」

 

 わたしはお昼に食べ損ねたハムカツサンドを頬張りながら、相槌を打つ。

 さらに聞くと、花壇が荒らされたとか、ものを盗られたとか、爪を研いだ痕があるとか、いろんな被害の話を聞いたけど、そんなに大事というわけでもなさそうだった。

 当人たちからすれば、そんなこともないんだろうけど。でも、相手が猫ってことを考えると、深刻になることもない。

 と、わたしは思ってたんだけど。

 

「ここ最近はその被害がだんだん大きくなってきてるらしくてね。ほら、この前、理科室の鍵が紛失した事件があったでしょ」

「うん」

「あれも、先生が猫に鍵を盗られたって噂が流れてるんだよ」

「えー? 野良猫でしょ? そんなことするとは思えないけどなぁ」

「他にも、生徒のもの――主に食べ物――を盗む被害が多いんだって。生徒会の人とか、学園生活支援部の人とかが、密かに動いてるんだってさ」

「生徒会と、学援部が……」

 

 そんな話、お姉ちゃんからはまったく聞いてないなぁ。恋ちゃんからもそうだ。

 そういえば、その恋ちゃんは、今教室にいない。さっき、先生から呼び出しがあったみたいだけど。

 そう思った矢先、教室の扉が開いて、件の日向恋ちゃんが入ってきた。お人形さんみたいに整った顔立ちと、きめ細かい白い肌が今日も綺麗だけど、なんというか、その表情というか空気というか、雰囲気がとても重い。

 

「こ、恋ちゃん? どうしたの?」

「こすず……」

 

 恋ちゃんはふらふらとした足取りで私の下に来ると、手にしたものを突き出した。

 

「……これ」

「? これって、この前の数学の小テスト?」

「と、これとこれとこれ」

「英語と理科と社会もでてきたね。最近、期末考査が近いから小テスト多いよねぇ」

「……って、ちょっと待って恋ちゃん。この点数……」

「……察してくれた」

 

 小テストは大体10点満点なんだけど、見せられたテスト用紙の点数は、すべて0~2点。選択問題だけ当たってる。

 でもこの当たり方、どう考えてもまぐれ当たり……

 

「恋ちゃん、これって……」

「期末考査で赤点だったら……夏休みは全日補習って、脅された……」

「そりゃそうだよ……」

 

 いくら小テストとはいえ、ここまで酷いとそう言われても仕方ない。流石に全日っていうのは誇張だろうけど、ほとんど潰れるといっても過言ではないと思う。

 

「夏休み……つきにぃたちとの、合宿あるのに……」

「学援部に合宿ってあるんだ」

「ん……他校の、中学校と……合同で……友達とか、くるから……絶対、いく……」

「へ、へぇ……」

 

 恋ちゃん、他校に友達がいたんだ。。

 いい子なんだけど、結構変わった子だし、わたしもきっかけがなかったら仲良くなれなかっただろうし、とっつきにくいと思ってたけど、仲良くしてる子がいるんだね。

 わたしの知らない恋ちゃんの友達……想像してみると、なんか、変な気分だな。

 どんな子だろう。

 

「……こすず、たすけて」

「え? わたし?」

「夏休み……潰したくない……」

「う、うーん。そんなこと言われても……」

 

 ギュッと、わたしのブラウスの裾を掴んで離さない恋ちゃん。

 恋ちゃんはジッとわたしの顔を、下から覗きこむように見上げている。

 こんな風に上目遣いでお願いされちゃうと、困るんだけど……珍しく必死な恋ちゃんだなぁ。

 邪険にはできないし、どうしようとたじろいでいると、再び扉が開いた。

 今度は、スパーン! と勢いよく。

 

「お話はすべてお聞きしましたよ!」

「わ、ユーちゃん……」

「小鈴さん! ユーちゃんもセーセキのことで困ってるのです!」

 

 入ってきたのは、ユーリア・ルナチャスキーさん、通称ユーちゃんだった。

 名前の通り外国人、ロシア生まれドイツ育ちという、わたしたちの常識を覆す女の子。でも、元気いっぱいで楽しい子です。

 その元気の方向性が、なんだか今日はちょっと迷子気味だけど。

 

「ユーちゃん、日本語(ヤーパニッシュ)のテストが悪くって……」

「や、やーぱ……? 国語のこと?」

Ja(はいです)……」

「ユーちゃんはドイツ育ちだもんね。でも、誰でも苦手はあるし、一教科だけなら、少しずつ克服していけばいいんじゃないかな?」

英語(エングリッシュ)もダメなんです……」

「そ、そっか……」

 

 エングリッシュ……英語かな? 

 ユーちゃんはドイツで育った子。そしてドイツの言葉は、ドイツ語だもんね。

 英語とは全然違うって聞いたことがある。となるとユーちゃんは、馴染みの薄い日本語と英語、二つの言語を勉強していることになる。

 それは確かに、大変そうだね……

 

「社会とか理科とかも、日本語が難しくてあんまりわかんないんです……小鈴さん! ユーちゃんも助けてください!」

「え、えぇ……」

 

 恋ちゃんに続き、ユーちゃんまで……

 二人に捕まって、再び困った。

 と思ったら、またまた教室の扉が開いた。

 

「話は聞かせてもらったよ」

「霜ちゃん……」

 

 今度は霜ちゃんだった。

 水早霜くん。男の子なんだけど、いろいろあって女子の制服を着てる、わたしの友達です。

 

「実は、ボクも成績が不安なんだ」

「そうなの? でも、霜ちゃんは真面目に授業受けてるよね?」

「そんなのは当然だ。だが、それでも学校に復帰したばっかりだから、今まで習ったところがなんなのか、さっぱりわからないんだ」

「……なるほど」

 

 そうだった。

 霜ちゃんは真面目だけど、いくらなんでも学校復帰したてで授業についてくるのは、難しいよね。

 そういえば、恋ちゃんやユーちゃんも、霜ちゃんと同じように不登校だった期間があったっけ……だからみんな、困ってるんだ。

 

「一応、先生から補填のプリントは貰ったんだけど、一人で理解するのはちょっと限界で……誰かに手伝ってほしかったところなんだ」

「そ、そう……」

「小鈴。頼む、ボクも助けてくれ」

「…………」

 

 恋ちゃん、ユーちゃん、霜ちゃん。

 三人そろって、そんなふるふるした眼でわたしを見ないで……

 

「……いいんじゃない? 小鈴ちゃん、成績いいし」

「そーなんですか?」

「中間試験では、学年で3位だったよ」

「み、みのりちゃん……!」

「それは凄いです! さすが小鈴さん!」

「……決定」

「頼もしいね」

 

 みのりちゃんの言葉で、三人の目が輝く。

 そんなに期待されても困るんだけどな……人に教えたことなんてないし……

 せめて、他の誰かが協力してくれれば、と思って振り向くけど、

 

「それじゃ、がんばってね」

「え、えぇ!? みのりちゃん、そんな無責任な……」

 

 言い出しっぺのみのりちゃんは、いつの間にか荷物をまとめてて、スクッと立ち上がると、どこかへ行ってしまった。

 明らかに、わたし、置いてかれたよね?

 迫り寄ってくる三人。どうにかしてあげたいのはやまやまだけど、わたしなんかでどうにかなるのかは、不安だ。

 というか、一度に三人も見れないよ。

 と思ってると、またしても教室の扉が開いた。

 

「話は聞かせてもらったよ」

「せ、先輩!?」

 

 ここで現れたのは、予想外の人物だった。

 剣埼一騎先輩。学園生活支援部の部長さんで、恋ちゃんのお兄さん、みたいな人。

 それと、わたしの……いや、これはいいかな。

 

「先輩、今までの話、全部聞いてたんですか……?」

「いや、実は断片的にしか聞いてないけど、概ね内容は察したよ。俺としても、恋の成績については心配だったんだけど、まさかそこまでとは……伊勢さんがよければでいいんだ。無理強いはしない。どうか、恋の勉強を見てやってくれないかな? 勿論、君たちのことも応援したいし、俺にできることなら、出来る限りの力を貸すよ」

「それは……」

 

 先輩に頼まれると、ますます断りにくい。

 しかも、他ならぬ剣埼先輩からのお願い。

 ど、どうしたらいいんだろう、わたし……

 

「それに、恋は夏休みを楽しみにしてるみたいだからね。伊勢さんたちとも遊びたいって」

「え……そうなんですか?」

 

 合宿が楽しみだとは言ってたけど、わたしたちと遊ぶなんて話はまったくしてない。

 恋ちゃんを見ると、視線を逸らされた。

 

「ん……つきにい……それ言うの、反則……」

「恋ちゃん……」

 

 恋ちゃんが照れてる。

 まったく表情は変わらないけど、なんとなく、雰囲気でわかるようになってきた。恋ちゃんにしては、珍しい反応だ。

 でも、恋ちゃんがそんな風に思ってたなんて、なんだか嬉しいな……

 

「……じゃあ、期末前に、みんなで勉強会でも開こうか」

「それがいい……」

「小鈴さん! Danke!」

「ありがとう小鈴。助かるよ。恩に着る」

 

 恋ちゃんの言葉に感化されちゃったかな……最後には、わたしはそんなことを言ってた。

 勉強会なんてしたことないけど、友達のことだし、放っておけないし……私も、みんなと遊びたい。

 わたしなんかに少しでも手伝えることがあるなら、協力してあげたい。頑張ろうって、少し、思った。

 

「そういえば、先輩はどうして教室に?」

「そうだった、忘れてた。恋、今日は部会の日だろ。時間になっても来ないし、連絡もないし、どうしたのかと思って」

「……忘れてた」

「そんなことだろうと思った。ほら、行くぞ。処理しないといけない案件がまだ残ってるし、お前もそろそろ、学援部としての活動を覚えてもらわないと」

「むぅ……面倒くさい……」

「逃げるな。ほら、行くぞ……失礼しました」

 

 恋ちゃんの首根っこを掴んだ剣埼先輩は、律儀に一礼して教室から出て行った。

 ……恋ちゃんも、大変だね。

 なんにせよ、わたしたちは勉強会をすることになりました。

 でも……まだ日程は未定です。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 期末テストまで時間はないけど、四人で集まれる時じゃないと日程も合わせられない。

 とりあえずそこについては明日決めるとして、今日は各自帰宅ということになった。

 みのりちゃんは本当に帰っちゃったみたいだし、わたしも学校にもう用事はないから、まっすぐ帰ろうとしたんだけど、

 

「あ、購買まだやってる……」

 

 ふと通った購買部の前。いつもなら3時過ぎには閉まってる場所なんだけど、今日はまだやっているようだった。

 ……人には、抗えない欲求がある。

 それは本能的なものであって、生命体が生命体であるために必要なものだ。特に、生き物として活動するために不可欠なこと。

 お行儀がよくないとわかってても、身体の内側から湧き上がる、生命体としての本能に直接働きかける欲望を抑えることなんて到底できない。

 わたしはほぼ無意識のうちに、購買部の窓口の前に立っていた。

 

「こ、こんにちはー……」

「お? 君か。いらっしゃい」

 

 購買の店員さんが顔を覗かせる。

 購買はよく利用してるから、わたしの顔は覚えられている。この店員さんも、今まで何度も対応してもらってるから、わたしも顔を覚えた。いわゆる常連、顔見知りです。

 

「まだ購買、やってるんですね」

「いんや? もうすぐ畳むよ。ちょっと他の人が動けなくて、こっちも事務でちょっとね……時間かかっちゃっただけさ」

「あ、そうなんですか……」

 

 いつもより長く営業しているわけではなく、閉まるタイミングが遅くなってしまっただけらしい。

 ちょっとしょんぼりです。

 

「……なんか買ってく?」

「いいんですか?」

「ちょっとくらいなら、別に構わんよ。おまけはできんけどね」

「ありがとうございます! えーっと、どれにしようかなぁ……」

 

 カゴの中に並べられたパンを眺める。

 種類も数も少ないけど、こうして残ったパンの中からなにを選び取るかっていうのが、遅い時間に購買に来た時の楽しみだ。

 

「……しっかし君、パン好きだよな。毎日のように買ってるし。普通のお弁当も持参してるんだろう?」

「はい。母と姉の分を作るついでに」

「ダイエットとか言って無理な減食するよりはいいけど、よく食べるよね」

「パンはおやつかデザートなので別ですよ?」

「……そうかい」

 

 もういい、とでも言いたげだった。

 わたし、なにか変なこといったかな?

 

「じゃあ、これにします」

「カレーパンかよ……がっつり食べる気満々じゃん。デザートじゃなかったのか。それともなにか、君はカレーはドリンクって言う人種か?」

「? カレーは食べ物ですよ? あ、でもスープカレーなら飲むものと言えなくもないですね。それに、カレーも食べ物と定義するならカレーライスになりますし……」

「わかったわかった、もういい。カレーパンね、はい。120円」

「えへへ、ありがとうございます」

 

 お金を渡してカレーパンを受け取った。

 わたしは、商品が並んだカゴを引き上げる店員さんを尻目に、カレーパンの袋を抱えて、昇降口を目指す。

 

「買い食いみたいになっちゃった……お行儀悪いけど、この誘惑には抗えない……」

 

 靴を履きかえて、校舎を出る。

 流石に歩き食いはお行儀がわるすぎる。どこかで座って食べよう。

 放課後だから教室は施錠されてる場合がある。中庭なら、ベンチがあるし、ゆっくり食べられるはず。

 烏ヶ森学園は、とても大きい。中等部と高等部で敷地がわかれているんだけど、中等部の敷地だけでも、かなりの広さがある。

 大きな学校ってだけあって、中庭も広いし立派だ。綺麗に舗装された道。花壇に植えられた色とりどりの花々は、園芸部の人たちが手入れしてるらしい。

 中庭の一角にある木製のベンチがある。わたしはそこに腰かけた。

 そして、さっき買ったカレーパンを取り出す。

 

「本当は家に帰ってトースターで焼き直したいけど、お姉ちゃんからお小言もらっちゃうかなぁ……」

 

 でも、お姉ちゃんは生徒会のお仕事があるから、家にはいないかな?

 あんまり買い食いしてるところは見られたくないし、むしろ家に帰った方が良かったかもしれない……でも、そうじゃない。

 

「家で食べるのと、外で食べるのとでは、味わいが全然違うんだよね……買ったものは、できるだけ買った場所で食べたいしね」

 

 と、その時。

 一陣の風――というほど大仰なものでもなく、なにかの影が過ぎ去った。

 それも、わたしの手元にあるものを掠め取りながら。

 

「あ……わたしのカレーパン!」

 

 気づいた時には手元からなくなっている。

 影が飛んでいった方向に目を向けると、赤い毛色の動物が、パンの袋を咥えているのが見えた。

 その動物は、とても派手で珍しい色合いをしているけど、四足で、耳と尻尾があって、そのシルエットはわたしもよく知っている動物と酷似していた。

 

「猫……もしかして、噂の猫さん……!?」

 

 みのりちゃんが言ってた。

 校内で色んな悪戯をする猫さんが住み着いてるって。

 あの猫さんは、たぶんみのりちゃんが言ってた子だ。事実、わたしのカレーパンが盗まれたのだから。

 猫さんはわたしの方を見ていたようだけど、すぐに走り出してしまう。

 

「あ、ま、待って! わたしのカレーパン返してっ!」

 

 ほぼ反射的に、わたしは猫さんを走って追いかける。

 けど……

 

「はぁ、はぁ……流石に、猫さんに追いつくのは、無理……」

 

 すぐに音を上げました。

 ただでさえ運動は苦手な方なのに、動物に身体能力で勝てるわけがないよ……

 と、わたしが肩で大きく息をしている時。

 聞きなれたいつもの声が聞こえてきた。

 

「小鈴!」

「! 鳥さん!」

「小鈴、実はね……」

「いいところに来てくれたよ鳥さん!」

「え? な、なに?」

「猫さんを追いかけて! 鳥さんは鳥さんだからいけるはずだよ!」

「……なんか今日の君は、いつもと違ってアグレッシヴだね?」

 

 そんなことはないけど、わたしのパンが取られちゃったんだから、仕方ないよね。

 

「まあいいや。それで、その猫とやらはどこへ?」

「あっち!」

「よしわかった。君もちゃんとついてくるんだよ」

「え? わたしが追いかけられたら鳥さんには頼まないよ?」

「だったらこうすればいいんだよ」

 

 あ、この流れはいつもの……

 わたしがなにかを言い切る前に、わたしはお馴染みの、あのふりふりの格好をさせられていた。

 

「と、鳥さん! 学校でこの姿は……」

「さぁ、いくよ!」

 

 今日はわたしのペースで持っていけると思ったけど、マイペースさでは鳥さんの方が上手だった。鳥さんは猫さんを追いかけて、飛んで行ってしまう。

 わたしもその後を、慌てて追いかける。

 放課後で人が少なくて助かったけど、それでもゼロじゃない。

 

「っ!」

「小鈴! ちょっと、どこに行くんだ!?」

「鳥さんは黙ってて! 静かにして、こっち!」

 

 慌てて植え込みに飛び込んで、身を隠す。

 すると、その直後、校舎から二人の男子生徒が出て来た。

 

「……?」

「どうした?」

「いや、なんか今、ふりふりな格好した女子が見えた気が……」

「お前……ついの脳まで女児向けアニメに侵されたか……」

「そんなことはない! ……って言いたいが、さっきの幻視で否定しづらいぞ……」

 

 二人はすぐに歩き去っていった。

 それを確認すると、植え込みから顔を出す。

 

「あ、危なかったぁ……」

「なにをしてるんだ小鈴! このまだと、さっきのクリーチャーを見失ってしまうよ!」

「クリーチャー? さっきの猫さんが?」

「そうだとも」

 

 だから、あんな派手な色をしていたのかな。

 色が変なだけで、見た感じ、わりと普通の猫さんだったけど……クリーチャーって不思議だね。

 

「さぁ、クリーチャーはこっちだよ」

「わかるの?」

「気配で大体ね。だから僕もここまで飛んできたんじゃないか」

「……もう鳥さんだけで追ってくれればいいのに」

「僕だけじゃ、見つけても倒せない。小鈴がいてくれないと」

「鳥さんって、頼りになるようでならないよね」

 

 日に日に感じる、鳥さんの他力本願な感じ。

 まあそもそも、わたしは鳥さんが力を取り戻すために、こうして恥ずかしい格好でクリーチャーと戦うことになってるんだけど……

 ……そういえば、鳥さんって結局、何者なんだろう?

 鳥さん自身もクリーチャーで、だけど力が

 

「小鈴! 見つけたよ!」

「あ、うん……」

 

 鳥さんに声をかけられて、我に返る。

 ……まあ、とりあえずはいっか。

 今は目の前の問題に集中しよう。

 

「あれ? でも、毛色がさっきと違う……?」

 

 と思って、前方に見える猫さんの姿を見た。

 遠目でちょっと見にくいけど、さっきまでの赤い毛色とは、違うように見える……

 

「小鈴! 前!」

「っ! わ、わわっ!」

 

 少しぼぅっとしてたら、急に猫さんがこっちに飛び掛かった。

 後ろに倒れるみたいにして、間一髪で避けられたけど、こ、怖かった……

 

「ほら小鈴! あっちだ!」

「ま、待って!」

 

 慌てて立ち上がると、その先には赤い毛色の猫さんがいる。

 さっきは違う色に見えたけど、気のせいだったかな……?

 と思っていると、猫さんはまた走り去ってしまう。

 

「あ! 見失っちゃう……!」

「小鈴! 後ろ!」

 

 慌てて追いかけようとしたら、鳥さんの声。

 振り返ると、そこには猫さんがいた。しかも、今度ははっきり見える。

 青い毛色の、猫さんだ。

 

「え……ど、どういうこと? さっき、あっちにも猫さんが……」

 

 さっき、赤い猫さんがいた方に視線を戻す。

 すると、いた。

 

「!」

 

 赤い毛色の、猫さんが。

 まさか、これって……

 

「二匹いる……!?」

 

 そういえば、みのりちゃんが言ってたっけ。

 住み着いた猫は、三匹いるって。

 ということは他にも、もう一匹いるんじゃ……

 そう思った時、鳥さんが言った。

 

「違うよ小鈴。一匹だ」

 

 わたしの言葉を、否定して。

 わたしがまたしても、振り返る。青い猫さんがいた方へと。

 すると、そこには異常が存在していた。

 なにもない、虚空と言うべき空間。空気以外のなにも存在していない空中。

 なにも存在しないはずのそこに、なにかが存在している。

 なんと言えばいいのかわからないけど、それをなにかと表現するなら……穴。

 空間に、バチバチと電流が走ったような音が響き、穴が空いていた。 

 

「な なにこれ……!?」

「超次元ホールだ……ということ、やっぱり……」

 

 その穴から、青い猫さんが飛び出した。

 後ろを振り返ると、赤い猫さんはいなくなっている。

 

「小鈴、このクリーチャーは《シンカイヤヌス》だ。気をつけて」

「え? な、なに? 《ヤヌス》……?」

「詳細は省くけど、二種類のクリーチャーがひとつの身体を共有しているんだ。君が最初に見たっていう赤いのが《ヤヌスグレンオー》、目の前の青いのが《シンカイヤヌス》だ。この二体は超次元ホールを介して、姿を変えることができる」

「? なに言ってるのか、よくわかんないよ……」

「ともかくだ。あのクリーチャーらは、僕らがあんまりしつこく追いかけるものだから、僕らを完全に敵と認識したみたいだよ」

「と、いうことは?」

「戦うしかないね」

 

 バチッ

 

「っ!」

 

 なにかが弾けるような音が聞こえた。

 その瞬間、目の前に猫さんが姿を現す。

 

「小鈴!」

 

 鳥さんの叫び声が聞こえる。

 それと同時に、いつものように、一瞬の意識の浮遊感が、わたしを襲った――

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 いつもと同じ。いつものように、わたしはクリーチャーとデュエマをすることになってしまいました。

 もう今さらだから文句を言う気も失せてるけど、なんだか負けている気がする。

 目の前には、例の猫さん。今は、青い方の姿をしていた。

 猫さんのマナゾーンには火と水のカード。そして、猫さんの頭上の空間が、歪んでいる。

 

「なんだろ、あれ……?」

 

 歪んだ空間の奥に、カード? が見える。全部で八枚だ。

 よくわからないけど、特になにもないまま、デュエマは進んでいく。

 

 

 

ターン2

 

小鈴

場:《トップギア》

盾:5

マナ:2

手札:3

墓地:0

山札:29

 

 

ヤヌス

場:《グレンニャー》

盾:5

マナ:2

手札:5

墓地:0

山札:27

 

 

 

「わたしのターン! 《トップギア》でコストを下げて、《爆槍 ヘーゼル・バーン》を召喚! ターン終了だよ」

「にゃんにゃん! にゃおぉん!」

「え? な、なに……?」

 

 猫さんは大きく鳴いた。

 その鳴き声と共に、手札から呪文が唱えられる。

 

「なに、あの呪文……? 《超次元エクストラ・ホール》……?」

 

 わたしの両目1.5の視力では、そう見える。

 すると、猫さんの頭上にあった歪みは大きな渦になって、空間に穴が空く。

 

『にゃあぁぁぁぁっ!』

「……!」

 

 絶句するわたしなんてお構いなしに、穴が空いた虚空から、青い方の猫さんが飛び出した。

 《時空の戦猫シンカイヤヌス》。

 それが、猫さんの名前だった。

 一体どこからでてきたのかわからないし、不思議だけど、クリーチャーではあるみたい。パワーは4000。《ヘーゼル・バーン》でも倒せないや。

 

 

 

ターン3

 

小鈴

場:《トップギア》《ヘーゼル・バーン》

盾:5

マナ:3

手札:2

墓地:0

山札:28

 

 

ヤヌス

場:《グレンニャー》《シンカイヤヌス》

盾:5

マナ:3

手札:4

墓地:1

山札:26

 

 

 

「わたしのターン……うーん、どっちにしよう……こっちかな。《コッコ・ゲット》をチャージして、《エヴォル・メラッチ》召喚! 山札を四枚めくるよ」

 

 捲ったカードは、《トップギア》《コッコ・ゲット》《めった切り・スクラッパー》《エヴォル・メラッチ》の四枚。

 進化クリーチャーは一枚もなかった。

 

「あぅ、失敗か……ターン終了……」

『にゃあん!』

 

 今度は普通にクリーチャーを出してきた。和服っぽい衣装で、赤い髪の女の子クリーチャーだ。

 《龍覇 ストラス・アイラ》というらしい。

 《ストラス・アイラ》が場に出ると、また空間が歪んだ。そして、虚空から一本の真っ赤に燃える剣が飛び出してきて、《ストラス・アイラ》がそれを掴む。

 それだけではない。猫さんの様子が、なんだかおかしい。

 

『にゃしぃ……グルルルルル!』

 

 ぴょんと跳び上がって、猫さんは空中でくるっと一回転。すると、青い体毛の猫さんは、赤い体毛の猫さんへと変わっていた。

 《時空の戦猫ヤヌスグレンオー》、という名前の猫さん。

 姿が変わったみたいだけど、わたしにはなにが起こっているのかさっぱりわからないよ……

 

「どうなってるの、これ……」

 

 《ストラス・アイラ》が持っている剣も、猫さんが赤い猫さんになったのも、カードの効果なんだろうけど、なにがどの効果なのかさっぱり。

 今まで見てきたクリーチャーは聞かなくても説明してくれたけど、猫さんは鳴くだけで、言葉がわからない。

 わたしが頭を抱えていると、猫さんは唸り声を上げて、攻めてきた。

 まずは《ストラス・アイラ》。剣を構えて、《ヘーゼル・バーン》に斬りかかる。

 

「っ、スピードアタッカー……!?」

 

 それ以前に、《ヘーゼル・バーン》はアンタップ状態のはず……アンタップクリーチャーにも攻撃できるクリーチャーなの?

 《ヘーゼル・バーン》の槍と、《ストラス・アイラ》の剣が、互いに切り結ぶ。

 鋭い槍の突きが何度も放たれたけど、《ストラス・アイラ》は舞うような動きでそれらをすべてかわして、手にした剣で一閃。《ヘーゼル・バーン》を斬り捨てた。

 続けて《グレンニャー》と、《シンカイヤヌス》から変化した《ヤヌスグレンオー》が、シールドを突き破る。

 さらに、

 

「っ! 剣が……!」

 

 《ストラス・アイラ》の持つ剣が高く掲げられ、燃え盛る。

 彼女の手から離れた剣は、炎の中で姿を変え、龍となった。

 ……いやいやいや! なんで剣がドラゴンになってるの!? おかしいよね!?

 

 

 

ターン4

 

小鈴

場:《トップギア》《エヴォル・メラッチ》

盾:3

マナ:4

手札:3

墓地:1

山札:27

 

 

ヤヌス

場:《グレンニャー》《ヤヌスグレンオー》《ストラス・アイラ》《リトルビッグホーン》

盾:5

マナ:4

手札:3

墓地:1

山札:25

 

 

 

 わたしの悲痛な叫びは虚しくこだまするだけで、このデュエマにはまったく影響を及ぼさない。

 

「こんなデュエマがあるなんて……うーん……」

 

 猫さんの場には《グレンニャー》《ヤヌスグレンオー》《ストラス・アイラ》。そして、さっき剣が姿を変えた《熱血龍 リトルビッグホーン》の四体。

 対して私のシールドは三枚。このままじゃ、押し切られちゃう。

 

「スピードアタッカーもあるみたいだし、どうすれば……」

 

 S・トリガーが出れば耐えられるけど、こっちの場には《トップギア》と《エヴォル・メラッチ》。猫さんのシールドはまだ五枚あるし、ちょっと凌いでも、このままじゃ数で押し切られちゃう。

 この引きでなんとかしたい。そんなことを願いながら、ドローすると、

 

「!」

 

 引いた。

 ちょうど、このタイミングで最も生きる、わたしの切り札が。

 

「《トップギア》でコストを下げて、4マナで召喚! 《エヴォル・メラッチ》を進化!」

 

 わたしの手札は三枚。この手札は大切にしておきたいから、マナチャージはしない。

 《トップギア》の力で、今あるマナ数でもギリギリ足りる。

 

 

 

「これが、わたしの新しい切り札――《爆革命 グレンモルト》!」

 

 

 

 詠さんが勧めて、店長さんが仕入れてくれたカード。

 《爆革命 グレンモルト》には、わたしの他のクリーチャーのバトルを肩代わりする能力があるけど、それだけじゃない。

 なんにせよ、これで安心。ここから攻めるよ!

 

「《グレンモルト》で攻撃! シールドをWブレイク!」

『グルル……ガルッ!』

 

 《グレンモルト》が叩き割ったシールド。

 そこから、人型のクリーチャーが飛び出した。

 

「あ、《クロック》……!」

 

 ターンを強制終了させるS・トリガーのクリーチャー、《終末の時計(ラグナロク) ザ・クロック》。恋ちゃんらが言うには、最強の防御トリガー。

 これでターンが終了してしまい、わたしの攻撃も終わっちゃう。

 だけど、ターンが終了する前、猫さんは赤い姿から青い姿へと変わった。同時に、一枚ドローする。

 

『にゃおぉぉぉんっ!』

 

 猫さんの声と同時に、また、空間が歪む。

 《超次元の手ブルー・レッドホール》。その呪文の名前の通り、歪んだ虚空から一つの手が伸びて、新しいクリーチャーを呼び出す。

 《ブーストグレンオー》。それが、新しく現れたクリーチャーの名前だった。

 《ブーストグレンオー》が出たと同時に、わたしの《トップギア》が燃やされ、猫さんはまた姿を変える。青い姿から赤い姿へ。

 

『にゃあ……グルルルル、ガルルルルッ!』

 

 そして、攻撃を開始した。

 まずは《グレンニャー》から。わたしの三枚目のシールドをブレイクする。

 トリガーはない……だけど。

 

「これでわたしのシールドはが二枚になったよ! それによって、《爆革命 グレンモルト》の革命2発動!」

 

 《グレンモルト》に刻まれた、拳の紋章が光り輝く。

 すると《グレンモルト》は、わたしたちの前に立つ。まるで、わたしたちを守るかのように。

 

「わたしのシールドが二つ以下の時、相手は《グレンモルト》を攻撃しなくちゃいけない。あなたはもう、わたしに攻撃できないよ!」

『ギャルルルル……!』

 

 唸る赤い猫さん。これで、わたしへの攻撃は全部止まる。猫さんの攻撃はわたしには届かない。

 ただしそれは、《グレンモルト》がいる限り、という条件付きだ。

 

『ルルルルル……キッシャァ!』

 

 猫さんが咆える。すると、《リトルビッグホーン》が突っ込んできた。

 《時空の戦猫ヤヌスグレンオー》と《超次元の手ブルー・レッドホール》。二つの効果で、《リトルビッグホーン》はパワーアタッカー+4000。攻撃時のパワーは9000で、《グレンモルト》と同じ。

 相打ちに持ち込んで、《グレンモルト》の壁を突破するつもりらしい。

 《グレンモルト》が破壊されちゃったら、他のクリーチャーに攻められて、とどめまで行ってしまう。

 だけど、それは想定内。

 そう簡単には、いかないよっ!

 

「わたしの火のドラゴンが攻撃される時、手札からこのクリーチャーをバトルゾーンに出せる! 出て来て!」

 

 わたしは、手札にずっと持ってた、そのカードを繰り出す。

 

 

 

「《熱血逆転 バトライオウDX》!」

 

 

 

 相手の攻撃を引き寄せてくれる《グレンモルト》と、ドラゴンが攻撃されれば場に出せる《バトライオウDX》。

 これがわたしのコンボだよ。詠さんに教えてもらっただけだけどね。

 

「《バトライオウDX》の能力で、《グレンモルト》のバトルは《バトライオウDX》が引き受けるよ! 《バトライオウDX》はパワー8000だけど、バトル中のパワーはプラス5000されて13000! 《リトルビッグホーン》を破壊するよ!」

『クゥーン……』

「まだまだ! 《バトライオウDX》は火のドラゴン! わたしの火のドラゴンがバトルに勝ったから、手札から《爆竜勝利 バトライオウ》をバトルゾーンに出すよ!」

 

 相手の攻撃から、一転攻勢。わたしは場にWブレイカーを二体並べることに成功した。

 

「これで逆転、だねっ!」

 

 そして残るクリーチャーはすべて、《グレンモルト》が迎え撃つ。

 

 

 

ターン5

 

小鈴

場:《爆革命 グレンモルト》《バトライオウDX》《バトライオウ》

盾:2

マナ:5

手札:1

墓地:1

山札:26

 

 

ヤヌス

場:《グレンニャー》《ブーストグレンオー》

盾:3

マナ:5

手札:4

墓地:4

山札:22

 

 

 

 そして、わたしのターン。

 

「呪文《爆流剣術 紅蓮の太刀》! マナ武装5で、残った《グレンニャー》と《ブーストグレンオー》を破壊! 《グレンモルト》でWブレイク! 《トップギア》で最後のシールドをブレイクだよ!」

「にゃおぉん……」

 

 猫さんの残るクリーチャーを破壊、シールドも全部叩き割る。

 これ以上のトリガーはなかったようで、わたしの攻撃は止まらなかった。

 だから、これでとどめだよ。

 

 

 

「《バトライオウDX》で、ダイレクトアタック!」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「か、勝ったぁ……」

「お疲れさま、小鈴。だいぶ強くなったじゃないか」

「今回は詠さんのお陰かな……」

 

 詠さんが勧めてくれた《爆革命 グレンモルト》と《熱血逆転 バトライオウDX》があったからこそ、今回は勝てた。カードもわざわざわたしのために仕入れてくれたみたいだし、詠さんには感謝しないと。

 

「じゃあ、僕はクリーチャーの残ったマナを頂こうかな」

「その前に! わたしの格好、元に戻してからだよ!」

「あぁ、はいはい。わかったよ。君は自分の出で立ちばかり気にするね」

「そりゃそうだよ。こんな格好、誰にも見られたくないもん」

「その感覚が僕には理解できないな。自分の憧れが見られたくない……どういうことなんだろうね」

 

 などと言いながら、鳥さんはわたしの格好を、いつもの制服姿に戻してくれた。

 そういえば、なにか忘れているような……

 

「……あ! そうだ、わたしのカレーパンは!?」

「カレーパン? なんだい、それは」

「さっきの猫さんがくわえてた、わたしのパンだよ!」

「さぁ、知らないね。超次元ホールを移動するうちに、落としたんじゃないのかい?」

「そ、そんなぁ……」

 

 結局なくなっちゃうなんて……わたしはなんのために、恥ずかしい格好で猫さんを追いかけたの……?

 わたしががっくりと項垂れていると、聞こえてきた。まるで、鈴の音のような、小さな音が。

 それに続いて、にゃぉん、という声が。

 

「え……? 猫、さん……?」

 

 トコトコと、軽い足取りで、黒い子猫が現れた。

 さっきまでの赤かったり青かったりする猫さんよりもよっぽど普通の姿で、首は鈴つきの首輪まで付けている。一見、普通の猫さんに見えるけど……

 

「と、鳥さん。この猫さん……」

「それはクリーチャーじゃないよ。この世界の動物だ」

「あ、普通の猫さんだったんだ」

 

 ちょっと安心した。

 みのりちゃんは、三匹の猫さんが住み着いてるって言ってた。

 赤い猫さんと、青い猫さん。あの二匹がそれぞれ違う猫さんだと認知されていたのだとすれば、もう一匹いることになる。

 この黒い猫さんが、最後の一匹……?

 

「わっ、わわ……!」

 

 わたしがジッと猫さんを見てると、不意に、猫さんが飛びかかってきた。

 しかも、顔に。

 あまりに突然で避けられなかったわたしは、顔面で猫さんを受け止める。痛いというか、衝撃が凄い。思わず後ろに倒れ込む。

 一体急にどうしたのだろうか。とりあえず、猫さんを引きはがそうとするけど、

 

「痛……っ」

 

 髪が引っ張られる感覚。見れば、猫さんの爪が、髪に引っかかってる。

 猫さんは必至で手を伸ばして、わたしの髪に触れようとしている。

 いや、違う。

 わたしの髪じゃなくて、わたしの髪の結び目に手を伸ばしてる……?

 

「……もしかして、これ?」

 

 わたしはなんとか腕を曲げて、髪紐をひとつ解く。

 お母さんから貰った、鈴がついた髪紐。中の玉は抜いてるから、音は鳴らないんだけど。

 わたしのお気に入りで、大切な髪紐だ。

 この猫さん、もしかして、この鈴が欲しいのかな?

 

「で、でも、いくら可愛いにゃんこが相手でも、この髪紐はゆずれないよっ。お母さんから貰った、大事なものなんだから!」

 

 と、わたしと猫さんが張り合っていると、

 

「あれ? 伊勢さん?」

 

 名前を呼ばれた。

 その聞き覚えのある声に、バッと振り返る。

 すると、そこにいた。

 あの人が。

 

「つ、剣埼先輩……!」

「やっぱり伊勢さんだ。どうしたの? こんなところで」

 

 先輩が、しゃがんでわたしの顔を覗き込む。

 

「あれ、その猫……伊勢さんが見つけてくれたの?」

「え? えぇっと、はい……?」

 

 見つけようと思って見つけたわけじゃないから、はっきりイエスとは言いづらくて、曖昧に返してしまう。

 

「いや、よかったよ。伊勢さんが見つけてくれたんだね。ありがとう」

「は、はぁ……」

「実は、うちの生徒に飼い猫が脱走したって人がいてね。今回の野良猫騒ぎはその人の猫が一枚噛んでるんじゃないかって思ったんだけど、当たってたっぽいな」

 

 そう言って先輩は、わたしの手から黒猫を取って抱き上げた。

 

「この猫は俺が引き受けるよ。ありがとう、伊勢さん」

「い、いえ。わたしはなにも……」

「……ん?」

 

 ふと、先輩がわたしの顔を覗き込む。

 少しだけ近づいた先輩との距離。ほんの少しだけなのに、その小さな接近に、わたしの胸がドクン! と高鳴るのを感じた。

 

「せ、先輩……!?」

「伊勢さん。顔、どうしたの? 引っかき傷みたいなのがあるけど」

「え? あ、さっきの猫さんと……」

 

 頬に触れてみると、ピリッとした痛みが走る。

 さっき猫さんが飛びかかってきた時に、引っかかれたのかな。

 すると、先輩がわたしの手を取って、立ち上がらせた。

 

「じゃあ、行くよ」

「え? どこにですか?」

「保健室に決まってるじゃないか。ほら、行こう」

「あ……先輩……っ」

 

 猫を小脇に抱えたまま先輩は、わたしの手を引く。

 その瞬間、わたしの胸が、さらに高鳴る。

 そして、わたしの身体は熱を帯びる。

 熱く、熱く。

 なにも考えられなくなるくらいの熱に、包まれていた気がした。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 かくして、わたしのカレーパンを犠牲にして、烏ヶ森学園の野良猫騒動は終結しました。

 後から聞いた話だけど、黒猫さんは無事に飼い主の元に帰ったそうです。でも、学校生活で色んな物を食べたせいか、グルメになってしまって大変なことになってるとかなってないとか。

 でも、このことを皆に話したら、あの黒猫さんには人の物を泥棒するような技能はないっぽくて、クリーチャーの方の猫さんが、黒猫さんに食べ物を与えていたんじゃないかって、霜ちゃんは言ってました。だとすると、クリーチャーの猫さんも、悪い猫さんじゃなかったのかもしれない。わたしのカレーパンを盗んだのは許せないけどねっ。

 それはそれとして、その後のお話をしましょう。

 黒猫さんを途中で会った学援部の人に託して、わたしは剣埼先輩に保健室に連れて行かれて、簡単な消毒をしてもらいました。

 

「伊勢さん。俺が言うのもお節介だとは思うけど、それでもあえて言うよ。女の子なんだから顔に傷をつけるのは、あんまりよくないんじゃないかな」

「ご、ごめんなさい……」

 

 先輩に窘められるわたし。といっても、この傷は事故なんだけど……

 と、その時。ガラガラと、保健室の扉が開いた。

 そこから、ひょっこりと顔が出る。

 

「……こすず」

「小鈴さんっ!」

「恋ちゃん? ユーちゃん……?」

「ボクもいるよ」

「霜ちゃんまで……みんな、どうしたの? 部活は?」

「こすずが……つきにぃと、保健室いったって聞いたから……」

「恋さんからそう聞いて、ユーちゃんも、心配で……」

「……二重の意味で」

「そっか……ごめんね」

 

 なんだか、みんなに心配をかけちゃったみたい。

 確かに、学校に住みついている猫さんの正体はクリーチャーで、その猫クリーチャーさんと戦ったりもしたけど、結局わたしの傷は普通の猫さんに引っかかれた傷だけ。大したことはないんだよね。

 

「はい、とりあえず、処置は済んだよ」

「あ、ありがとうございます……その、すいません。お手数おかけして」

「いいよ、気にしなくても。猫の件もそうだし、伊勢さんには俺もお世話になってるから」

「そ、そうでしょうか……?」

「まあ、君自身のことじゃなくても、色々ね……それに恋のこともある」

「……?」

「つきにぃ……それ以上、言わなくていいから……」

 

 恋ちゃんが先輩の服の裾を引っ張って、先輩の言葉を止める。

 

「そうかい。じゃあ、後は君たちに任せるよ。俺は部室に戻るから」

「ん……任された」

「小鈴さん、だいしょうぶですか?」

「わたしは大丈夫……子猫にちょっと引っかかれただけだから」

「君は女の自覚がないのかい? 自分の顔くらい、もうちょっと大事にしなよ」

「先輩にも同じこと言われたよ……」

 

 いつものように変わらない表情で、ジッとわたしを見つめている恋ちゃん。

 普段は天真爛漫だけど、今は不安そうに瞳を揺らしているユーちゃん。

 ちょっと呆れた顔をしながらも、傷を気にしている風の霜ちゃん。

 三人とも、全然違う形だけど、わたしのことを心配してくれているのが伝わってくる。

 なんだろう……凄く、懐かしい気がする。

 胸の内側からなにかが込み上げてくるような、あったかいなにかが、じんわりと広がってくる感覚。

 そういえば前にも、こんなことが、あったような――

 

「……?」

「こすず……どうしたの」

「今、窓の外に誰かいなかった?」

「窓の外、ですか? 誰もいないですよ?」

「急に怖いこと言わないでくれ……」

「ごめんね。気のせいだったみたい」

 

 わたしの中に生まれたなにかが反応するように、なにかを感じた気がしたんだけど……

 そんな、ちょっとしたもやもやが、わたしの中に残ったけど。

 それはすぐに雲散霧消してしまう。

 恋ちゃんや、ユーちゃんは、霜ちゃん。皆に囲まれているから。

 でも、なんでかな。

 三人ともいい子だし、一緒にいると楽しいし、嬉しい。

 なのに、満足できない気がする。

 なにかが欠けてるような。

 なにかが足りないような。

 パズルの1ピースが埋まっていないかのように、ぽっかりと穴が空いた感覚が残っている。

 みんなと一緒にいると楽しいけど、みんなと一緒だからこそ感じる、もうひとつの感覚。

 楽しさと同時に、どこか寂しい気がする。

 なんでだろう。

 なにが、わたしをそんな気持ちにさせるのだろう――

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「――楽しそうだな、小鈴ちゃん」

「しかし貴様は楽しくない……そうだろう?」

「……また来たんですね」

「そろそろ、恋しくなってきた頃だと思ってな?」

「あなたが恋しいと思ったことなんて一度もありませんけど?」

「オレ様のことではない。お前の……ひいては、あの娘のことだ」

「…………」

「だろうな。貴様の抱える“それ”が肥大化していくのを感じたからこそ、オレ様は貴様に目をつけた」

「……それで、私になんの用ですか?」

「以前と変わらんよ。あの娘と接点を持ちたいか否か。それだけだ」

「私に干渉する、あなたのメリットは?」

「今ここで貴様に伝えても仕方あるまい。しかしオレ様がこうして直々に出向いているのだ、それ相応のリターンはある。安心しろ、そのリターンは貴様へのリスクとして返ってくるわけではない。オレ様の要求に是と答えるなら、オレ様と貴様、双方に得が出る。ただそれだけだ。WIN-WINというやつだな」

「それは、本当に……?」

「本当だ……ならば手始めに、これを貴様に授けよう」

「これって……」

「そいつを生かすも殺すも貴様次第だ。ただし気をつけろ。そいつには、生かすと殺すの他に、もう二つの選択肢があるからな」

「他の、選択肢……?」

「あぁ、そうだ。生かすか殺すか……そして、生かされるか殺されるか。精々、裏切りに飲まれんよう気をつけるのだな、『白ウサギ』――」




 ヤヌスビートも好きなデッキなんですよね。あの、ヤヌスがくるくる回転しながら展開していって、一気に殴る感じが面白いです。とはいえそういうビートダウンは、現環境、カードプールではかなり下火でしょうが。
 誤字脱字、ご意見ご感想等あれば、遠慮なく気軽にどうぞ。
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