デュエ魔法少女マジカル☆ベル   作:モノクロらいおん

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 今回はちょっと長いよ


51話「復元しよう Ⅰ」

 恥ずかしい話だが、ボクは小鈴が好きだ。

 当然、女としてじゃない。彼女を女として見たら、鈍臭い芋臭い小麦臭いの三拍子が鼻について願い下げだ。友達として贔屓目見なければ、とてもじゃないが可愛いと素直に言えない。自分でも厳しい判定だと思うが、純粋な顔の良さなら、恋やユーの方がよほど整った顔立ちをしているし、服飾センスもある。体型は……この際置いておこう。その一点については、彼女は少々測りかねる規模だ。

 だからボクは、友達として、彼女が好きだし、尊敬もしている。彼女の善性は、とても稀少で、守らなければならないものだと思う。

 とても清らかで、澄み切っていて、尊い。だからこそ、脆く、儚く、壊れやすい。

 彼女には、恩がある。義理がある。縁がある。彼女に寄り添う最初の理由はそうだったが、彼女について知るにつれ、だんだんと彼女の善なる価値に惹かれていった。天然記念物や文化遺産を守るかのような気分だよ。それがだんだんと、どんどんと、使命感へと塗り替えられていく。

 ……いや、それも正確じゃないな。稀少だから、価値があるから守りたい。それは間違っていない、けれど。

 本当のところは、壊れてしまいそうだから、穢れてしまいそうだから、守りたいと思ったんだ。

 彼女は純朴すぎる。小さな悪意でも傷つくし、この世の澱みに蝕まれやすい。真っ白な布に、すぐに汚れが滲んでしまうように。

 その脆さが不安で、儚さが怖くて――喪いたくないから、守りたかった。

 ボクは一度、大切な人を喪っているから。だから、余計に、今度こそ、と思ったのかもしれない。

 そして、言ってしまえば、過保護だったのかもしれない。本当の意味で、彼女を対等な友人として、見ていなかったのかもしれない。

 彼女の潔白さを守りたいがために、それを神聖視し過ぎていた。

 その結果、齟齬があった。彼女の気持ちを知りながら、彼女の本質を知りながら、自分のエゴを優先させ、押し付けてしまった。

 だから、壊れた。ボクと彼女の間にあった縁は、砕け散った。

 自業自得にもほどがある。皮肉とは正にこのことだ。裏目しかない。壊したくないからと思ったことすべてが、逆に彼女を壊す要因になっただなんて。

 反省はした。原因もわかった。自分の非は認められた。

 ならば、解決策は?

 理解はできても、実行に移すプランが見えない。彼女と復縁できたとして、ボクは今後、どのようなスタンスで彼女と向き合えばいい?

 ボクにもボクの意地がある。自分の行為が裏目だと理解はしても、その思惑そのものが間違いだとは思わない。

 しかし、だとしても、ボクはやはり間違ったのだ。暴走してたのだ。周りが見えていなかったのだ。

 自分で思うほど、ボクはボクを律せていない。強引でも乱暴でも、ボクにはボクを制するものが必要なのだ。

 せめて、そういうものがあれば、ボクはまた、彼女と向き合える……のかもしれない。

 暗中模索。自分の中ではなく、外に力を求めることになるとは。

 ……誰かを、いや……“あいつ”を止める、という話なら、ボクは喜んで抑制剤となるのだけれど。

 いやいや、喜びはしないな。それはあまりにもボクにとって得がない。できればおとなしく死んで欲しいくらいだが、しかしあいつはどうしたってボクの邪魔に――

 

 

 

「――ん? んん? なんだ? なんか、引っかかるな。邪魔、邪魔、邪魔。そうだ、あいつは凄く邪魔で目障りで、鬱陶しくて今すぐ死んで然るべきと思えるくらい邪悪なエゴの塊だけれど、うーん? しかし、なんだ? 凄く、凄く、物凄く、不本意ながらも、なにかボクの求める回答に近いような不愉快な感じが……」

「なに物騒に唸ってんだ?」

「あ、ヤマネ。おはよう」

 

 隠れ家のマンション、3日目。明朝。

 外に出るのは危険なため、ずっとこの家の中に引きこもっている霜だが、この家には生活をするための、ほぼ必要最低限の機能しか備わっておらず、当然ながら娯楽などない。

 なので日中は暇潰しに眠りネズミやユニコーンとカードゲーム、ひとりの時は思索に耽る、ということを繰り返していた。

 

「ちょっと、考え事だよ」

「つまんねーな」

「今は外出自粛中でつまらないことしかできないからね、仕方ない」

 

 けれど、無意味でもない、と霜は思う。

 眠りネズミ――ヤマネと出会うまでの、荒んでいた時とは違う心だ。実質的な軟禁状態だというのに、今は心が落ち着いていて、以前より思考がクリアだ。

 ほとんど逃亡生活と変わらないのだが、それでも、霜はどこか安心しているのだ。朧や、眠りネズミが、ここにいることに。

 

(ちょっと前までは、切った張ったでドンパチギスギスしてたっていうのに、不思議なものだね)

 

 一蓮托生とは言った――いや言ってない。言われただけだ――ここまで気を許すことになるとは、と思いのほか自分が単純だったことに呆れてしまう。

 勿論、精神が荒れてろくなことができなかった時と比べれば、マシと言えばマシ、だと思うが。

 

「ねぇ、ヤマネ」

「あんだよ」

「君には、どんな友達がいる?」

「は? マジそれ藪から棒。すげぇ謎、どういう意図? それとも僕と友達希望?」

「君なら「僕たちとっくにダチンコだろ?」とか言うかと思った」

「今のはノリだよわかれよknow!」

「まあ、うん、わかるよ」

「おう。んで、ダチ? まあそりゃ、お前みてーなのとか?」

「それは……うん、他には?」

「待ってろ、多い。カメ子だろ? ユニ子だろ? ライ男だろ? カザミに、それから……」

 

 指折り数える眠りネズミ。なんだかんだ、友達は多いらしい。

 その中に【不思議の国の住人】がどれほど含まれているのかはわからないが、しかし彼はやはり、それらの仲間を「友達」という言葉で括っている。

 おおよそ、対等な相手として、肩を並べている、つもりなのだ。

 

「……君は、友達に負けるつもりは、ある?」

「負けるって、デュエマか? ねーよ、僕つぇーし」

「確かに、実際に何度も対戦して、君の技量には驚かされたな……眠気でプレミ率が異常に多いが、調子がいい時のプレイングの鮮やかさには目を剥いたよ」

「おう、サンキュ」

「君はムラが大きいが、強い。だけれど、あるいは、だからこそ、君は君の友達にも負けることもあるだろうけど、それは、どう?」

「どうって、まあふつーはチクショー! って感じだろ。帽子屋ん時はクソッタレ! だったけどよ」

「どういう違いがあるんだ……?」

 

 清々しさとか?

 

「……まあ、ボクもあいつに負けたなら、たぶん後者だな。悪態をつきたくなる」

 

 畜生も原義的には悪態なのだが、それはさておき。

 

「少し、話を聞かせて欲しいな。君と、君が友達だと思う人と、どういう関係で結ばれていたのか」

「お、いいぜ。つっても大したことしてねーけどな! 僕すぐ眠くなっちまうから、たいていのことは瞬間で忘れるんだ!」

「それでもいいよ。まずは、そう、亀船代海……君らは代用ウミガメって言うんだっけ。彼女との関係から」

「カメ子か。カメ子はなー、まあ、ねーちゃんみてーな奴だよ。毎度毎度、僕に世話焼いてくんだ。僕が眠ったら、担いで背負って運んでくれる。身体は貧相だけどよ、カメ子の背中はいいぜ。なにせ安心して寝ていられる。あいつの背中以上のベッドは世界にゃどこにもねーよ」

「へぇ……」

 

 思った以上に、彼女を買っているのだな。霜はそう思った。

 信頼しているし、信用している。

 小鈴以上に鈍臭くて、めそめそしていて、面倒くさい女という印象があったが。

 彼からは、彼女はそのように見えていたのか。

 

「ちっと口うるせーけどな! 「ダメだよ、危ないよ、ネズミくん……」つって! よーく僕のやることなすこと邪魔すんだよなー。たまにウゼェ」

「君はわりと破天荒だからね。正直、今ここで、このマンションでおとなしくしていてくれてるのが奇跡だと思ってる」

「……ユニ子がいるからなぁ。流石に妹分の手前、あんま悪手を打つのもダセェだろ」

「…………」

 

 急に殊勝なことを言い出した。どうやら今日は、かなり眠気が飛んでいるらしい。

 自由奔放にして思慮深く、身勝手に見えて仲間思い。眠りネズミ、利根ヤマネという人物の人となりが、霜もわかってきた。

 “眠気”によってかなりそのバランスにムラがあるのだが、それでも彼は、彼のスタンスで仲間と接している。

 時に制縛されながら、時に我を通し、危うくも信頼ある調律で成り立っている。

 

(そういう在り方も“アリ”か。ボクを縛るもの。ウザいと思いつつも、信頼できるもの……)

 

 ――あぁ、嫌だ、嫌だ。本当に嫌だ。

 苛つくほどの人物像が結ばれそうになる。反射的に拒絶しそうになるが、しかしこれは確実に、限りなく、答えに近い。

 100点満点の90点はある。残りの10点は、奴に信頼など微塵もないこと。

 信頼……あるいは信用。あいつのどこにも、そんな要素はない。

 ない――はず、だが。

 

(仮に、ないと思い込んでいるだけで、なにか信頼できる要素があるのだとすれば……それは絶対に、ボクと直接的なラインでは繋がっていないもの。間接的に繋がっているもの。ボクと、あいつを結ぶもの――)

 

 それは、それは、それは。

 

(――それは)

 

 

 

ガタンッ

 

 

 

「えっ、なに?」

 

 霜の思考が途切れる。

 ただならぬ気配感じる物音が響く。ガチャガチャと音が鳴り響き、ドタドタと騒がしい足音が聞こえる。

 

「玄関の方……敵襲か!?」

 

 だったらまずい。ここは地上50階、どこにも逃げ場なんてない。

 完全に袋の鼠、と思ったが、駆け込んできたのは、良いか悪いかはさておき、とても見覚えのある人物だった。

 ――訂正。悪い状況ではあった。

 

 

 

「急患だ! 無作法は許せ!」

 

 

 

 大柄な男が、青年をひとり背負って、駆け込んできた。

 この男は見覚えがある、どころではない。知っている。毎日のように見てきた……

 

「学校の用務員の……それに、先生? え? 血、っていうか……」

 

 ぼたぼたと、肩口から赤い液体が溢れ、床を塗らす。

 応急手当だろう、布で縛られているが、それでも止まらない。とめどなく、赤い血は流れ出している。

 いや、それよりも――

 

「先生……その、腕が……!?」

「吃驚はもっともだが今は一刻を争う! 如何に我らと言えど人に近づいた身、失血死の可能性がないとも言い切れなく!」

「驚くのは後にして、とっとと救急箱持って来なさいっての!」

 

 駆け込んだ燃えぶどうトンボ、片腕を失っている木馬バエ、そしてその後ろから出て来た狭霧。

 あまりの出来事に、さしもの霜も混乱する。

 

「あ、君……朧さんは?」

「……いいから早くしろ!」

「わかったよ! なにがどうなってるんだ……?」

 

 わけがわからなくなりながらも、霜は大慌てで救急箱を探しに行くのだった。

 

 

 

                    ☆ ☆ ☆

 

 

 

「――ようやく血が止まったな」

「ボク、医学とか詳しくないけど、これ絶対正しい手当じゃないよね。そもそも、これだけの血がなくなったら人って死ぬんじゃないか……?」

「我々は人に擬しただけであり、本質的には人ではない故な」

「さっきと言ってること違くない?」

「“どちらもあり得る”ということだ。なにせ医者に掛かったことなどないのでな。どこまで“人と成った”か、我らにもわからん。姉上ならあるいは、視抜けたやもしれぬが」

 

 結果としては。

 専門的な知識を持つ者がいるわけでもなく。応急手当の作法どころか、AEDの扱いすら覚束なさそうな面々は、ただひたすらに“腕を縛る”という、あまりにも強引すぎる手段“だけ”で止血を完了させたのだった。

 あまりにも乱雑。どう考えてもこれでいいわけがないが、しかしこうする以外、できることはなかった。救急箱なぞ微塵の役にも立たなかった。

 一応、包帯は巻いたが……なにが適切な処置なのかもわからず、ほとんど雰囲気だけでやっているが、本当にこれでいいのか、不安しかない。

 

「……それで、これは一体、どういうことなんだ? 用務員の人と、先生が増えて、代わりに朧さんの姿は見えないけれど……」

「それは……」

「そこから先は(ボク)が話そう」

 

 そういえば鍵を閉めていなかった。そう思われつつ、彼は部屋に入って来た。

 

「あなたは……アギリ、さん。でしたっけ」

「そうだ。ヤングオイスターズが長男(二番目)、人としての名は若垣天霧(アギリ)。妹と弟が世話になったようだな、水早霜」

 

 新しい、3人目。

 一気にこれだけの人数が増えたのは、きっと、喜ばしいことなのだが。

 しかし、いなくなった者、欠けている者の存在は、それ以上に大きい。

 

「どうして、あなたは?」

「早朝とはいえ、流血した人間らしきものを運ぶ集団は怪しまれる。これほど巨大な高層マンションであれば管理の眼も相応だ。つまるところ、フロントの事情聴取を一手に引き受け遅れた次第である。しかし、口先だけで場を制するというのは、思いのほか難解なものだな。上手く誤魔化せたとは思わない、むしろ苦しい言い訳だった。確実に怪しまれたな。この隠れ家(セーフハウス)も、いつまで使えるものか……」

「長々語って申し訳ないんですけど、遅れた理由を聞いたわけではなく」

「わかっている。今のはアイスブレイクだ。事の顛末を一から話そう」

 

 アギリは全体を見回して、おもむろに口を開く。

 

「まずヤングオイスターズの次男三女、朧と狭霧は、レジスタンスの仲間を増やすため、蟲の三姉弟とコンタクトを取った」

「それは知ってる。こうしてふたりが来たということは、接触できたのかな。でも、先生はこの大怪我に、お姉さんがいないようだけれど」

「……姉上は」

「燃えぶどうトンボ、それはこちらで話す。あなたも休むべきだ。身体はともかく、心の辛苦は大きいだろう」

「それは貴様も同じだろう。貴様にとっても、いやさ貴様だからこそ、半身を引き裂かれたに等しい痛みのはずだ」

「確かに。だが、今のヤングオイスターズ(我々)は、いまいち個性()が機能していなくてな。他の兄弟姉妹と、ほとんど同調できていない。故に普段より、傷は浅い」

「しかしだな……」

「あの……悪いんですけど、ボクら置いて話を進めないでくれません? ヤマネ寝ちゃったし……」

「すまない」

 

 寝てしまった眠りネズミは寝室に放り込み、あまりの騒ぎで起きてきたユニコーンには刺激が強すぎるためこちらも寝室に押し戻す。

 そして、コホンと咳払いして、アギリは話を戻す。

 

「朧と狭霧は首尾良く、路上生活をしていた蟲の三姉弟と接触を果たし、レジスタンスの仲間として引き入れることに成功した。彼らのスタンスはやや独特だが、それでも手を取り合えるものと考えていいだろう」

「独特って……?」

「業腹だがな。姉上は“女王には敵わない”と結論づけた。それを前提とし、それでも“旧知の仲なれば助力する”という意志はあった、ということだ」

「我々の抵抗を無駄と思いつつも、彼女は仲間思いだ。故に見知った仲だからこそ、手は貸す、という話だった」

「でも、そのお姉さんは、ここにはいませんよね」

「そうだ。その協定を結んだ直後、【死星団】に補足された」

「! ってことは……」

「察する通り、朧とバタつきパンチョウは、敵の手に掛かった。木馬バエも、その最中に腕を切り落とされた」

 

 淡々と語るが、壮絶な闘争があったことは、想像に難くない。

 あの朗らかなバタつきパンチョウ。そして、なんだかんだと世話を焼いてくれた朧。

 そのふたりがいなくなったという事実に、霜も、思うところはあった。

 

「……あれ? 今の話の中にアギリさんは出なかったよね? あなたは、一体どこで?」

「うちらが絶体絶命って時に助けてくれたのが、アギリお兄ちゃんだったの」

「なぜか敵地の世界に穴が空いていてな。そこを抜けて逃げ出したわけだが、あの穴を穿ったのはヤングオイスターズの長兄だと言うではないか。あれは如何なる妖術か」

「……まあ、あれは外法の類だろう。少しばかり協力者がいたというだけの話だ」

「協力者?」

「気にするな。結果として(ボク)は所在不明の弟妹を発見できたし、3人を救ったが、2人を喪った。いまだ(ボク)は、あれを信用はしていない」

 

 苦々しげに、アギリは歯噛みする。

 

「……とまあ、瞬くような短い一夜の間だが、そのような紆余曲折があったのだ」

「なるほど……事情は、理解しました」

 

 アギリ、燃えぶどうトンボ、木馬バエ。

 ひとりは大怪我で動けないが、それでも心強い戦力がふたり増えたのは良いことだ。代わりに、朧がいなくなり、バタつきパンチョウが敵に囚われてしまったのは、非常に痛手だが……

 

「弟の任を引き継ぎ、ひとまず(ボク)がこの場を仕切ろう。燃えぶどうトンボ、それで構わないか?」

「うむ。我ら蟲の三姉弟は自由第一、統率や指揮というものとは無縁故。適材適所、役割分担、大いに結構」

「ではそういうことで。よろしく頼む、皆」

「よ、よろしくお願いします……」

 

 ふらっとしていた朧と違い、メリハリついた声でキリッとしたアギリに、少しだけ萎縮する。が、その毅然とした態度は、同時に安心もできた。

 

「とはいえ、我々にできることはそう多くない。敵の出方が不明な以上、水面下で活動し、仲間を増やすことしかできないが……」

「それで喪った仲間もいるわけだし、それが簡単にできれば苦労はない、ですか」

「そうだな。ひとまず、木馬バエは療養に専念して貰う。木馬バエ、あなたも弟君に付き添って欲しい」

「無論だ。弟だからな、ぼくが寄り添わなければ、姉上に顔向けできん」

「木馬バエの回復を待ちつつ、戦力の充足と情報収集だな。正直な話、いくら人員を集めたところで、決定的な“なにか”がない我々では、奴らに太刀打ちできるとは思えんが……」

「それは……確かに……」

 

 相手の出現場所も時間も不明。どこに潜伏しているかも不明。総合的な戦力も不明。なにもかもわからないのに、こちらの情報はほぼ筒抜けで遊撃され、戦力は削り落とされ、決定打もない。

 ほとんど場当たり的なことしかできない。具体的な解決策は、一向に見えてこない。

 

「初手から手詰まりとは、わかっていたが参るな……だからといってあの男をアテにするのは、気が進まないのだが……」

「……さっきもなんか言ってましたけど、あの男って……?」

「奴の詳細も正体もなにも知らない。ただこちらに弟妹の居場所を教え、これを渡してきた」

 

 カラン、とアギリが放ったのは、ナイフだった。

 どこにでも売ってそうなチープな果物ナイフ。ただそれだけだが、なぜか、妙に怖気がする。

 

「……なんです? これ」

「呪われたナイフだ」

「は?」

 

 本気で言ってるんですか? と言いそうになった。

 

「本気ではないが、本物だ。呪いかどうかはさておき、それにはなにかしらの超常的な力が働いているようではある。原理もなにもかも不明だが、効果だけは実証済みだ」

「まさか、あの世界に穴を空けたのって」

「これだ」

「……なんか物凄いアーティファクトが出て来たな」

 

 ひょっとすると、これは【死星団】に立ち向かう力になるのではないか、と微かな希望を抱きたくなるが、

 

「そこまでの効果は見込めないだろう。今回は敵に隙があった。“それはあり得ないだろう”という先入観に付け込むことができた。既に手を見せた以上、二度目はない。あまりこれに期待するな」

「それは……そうか、そうですね」

「でもその人、うちらの居場所知ってたんだ……なんで?」

「というかそもそも、あなたたちはお互いの情報を共有し合ってるって話じゃなかったっけ?」

「そのことか。今はそうではない。これは我々だけの話ではないようなのだが、どうも近頃【不思議の国の住人】が有する個性()が、上手く機能しなくなっているようだ」

「それはぼくも感じている。あまり自由に“眼”を覗き見ることができなくなっているとは思っていたのだ。女王が目覚めた影響だと思うのだが……」

「十中八九そうであろう。なんにせよ、今、我々は兄弟姉妹の間で上手く同調ができていない。故に同じヤングオイスターズの居場所も、現状も、ずっと不明だったのだ」

「そうだったのか……」

 

 【不思議の国の住人】が有する特殊な能力が弱まっているということは、つまり彼らそのものも弱体化しているということ。

 良いことも悪いこともあったが、総合的に悪いニュースが多くて、へこみそうになる。

 

「……ねぇ、そろそろ、いい?」

 

 そこで、狭霧が切り出した。

 

「お兄ちゃんから、伝言があるんだけど。あんたに」

「ボクに? 朧さんから……?」

「そう」

「なに?」

 

 伝言ということは、きっと、彼は最後に自分へとなにかを残すべきだと思ったのだろう。

 含蓄ある言葉かなにか。心構えを説くようななにか。この先に繋がっていく、精神的支柱になるような、なにか。

 あるいは、なにかのヒント、切っ掛けになるような、言葉を――

 

「『早く香取さんと仲直りしろ』」

「……は?」

「二度も言わせないで、お兄ちゃんの言葉、そのまま読み上げただけだから」

「…………」

 

 絶句する。呆れた……わけではない。

 繋がった、のだ。

 

「……は、はは。そうか、そういうことか、そうだよな」

「え、なに。なに笑ってるの? こわ……」

「まったく、君のお兄さんは思った以上に世話焼きだな。最後に残す言葉が、妹やお兄さんにあてたものじゃなくて、ボクへのアドバイスなんて、どんだ酔狂だよ」

「それはうちも思うけど……どうしたのあんた? 頭おかしくなった?」

「かもしれない。正気じゃこんなのやってられないよ」

 

 馬鹿みたいな結論だと思った。けれど、馬鹿馬鹿しいほど理に適ってる。

 傲慢も身勝手も飲み込んで、邪悪も高潔もない交ぜにして、そうやって生まれる混沌を抱いて届く。

 なんとも阿呆らしく、気持ち悪く、不愉快だが、それでも、それはとても“らしい”。

 それはきっと、自分たちが望むも望まず、それでいて彼女も望まずも望む、そんな矛盾した在り方なのだろう。

 だけどそれは、間違いなく“ボクたちの日常”だ。

 

「……ごめん。今後の方針っていうか、次の行動について、お願いがあります」

「現状、我々の行動方針は曖昧模糊だからな。お前の願いが契機になる可能性はある。言ってみろ」

 

 とても、個人的で、身勝手で、自己中心的だ。本来なら、口に出すのも烏滸がましく、憚られる。

 けれどそれは、大事なことだと思った。彼もやけに口酸っぱく言っていたのだから、という担保も込みで。

 これが決め手になるとも思えないし、現状を打破できるとも思えないが、少なくとも、清算はできる。

 こんな時に私事なんて、と恥を忍んで。

 水早霜は、希う――

 

 

 

「――ボクを、実子と会わせてください」




 書いてて気付く、こっちサイドは外出自粛。こっちはもっぱらパンデミック。
 ……韻を踏んでみただけで、作中世界は別にパンデミックではない。
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