しかしそれでも、やらねばならぬのだ。
霜は、耳から携帯を離した。
「――よし、アポは取れたな」
「アポイントメントと呼ぶには些か一方的な押し問答に聞こえたが」
「あいつはすぐに話を逸らすし、誤魔化すし、まともに取り合おうとしない。一方的に押し付けるくらいがちょうどいいんですよ」
「そうか。この場で最も彼女を理解するお前がそう言うのであればそうなのだろう」
「理解者っていうか……まあ嫌いだからこそ分かることってのはありますけど」
そしてそのままポケットに仕舞い込む。
電話の相手は、香取実子。
これから会いに行く。その宣言のための通話だった。ただ宣言をするだけなので、問答の必要はない。
「しかしヤマネが実子の携帯を持ってたとは……変な縁があるものだね」
「捨てたと思ったんだけどな。ま、役に立って良かったぜ」
まず彼女と会うために、場をセッティングするために、事前にこちらの意図を伝えておくべきだと思ったのだが、肝心の実子との連絡手段がなかったのだ。なぜなら、彼女は今、携帯を所持していないから。
しかし、そんな彼女の携帯をスったのが、眠りネズミ本人であった。そのため、勝手ながら実子の携帯を開き(良心は特に痛まなかった)ロックを解除して(アギリが2時間粘った)電話帳から、彼女の家番を特定したというわけである。
「さて、紆余曲折なりし奮闘もあったが、作戦開始といこう」
アギリはぐるりと見回す。
この場に集ったのは、アギリを中心に、眠りネズミ、狭霧、ユニコーン、そして霜。
燃えぶどうトンボは、片腕を失った木馬バエの看病のため、別室にいた。
「まず今回の作戦の目的を明瞭にする。水早霜と香取実子の接触。以上だ」
シンプルで簡潔。簡素すぎるとも言えるほどだ。
しかしアギリは、あえてそれ以上は言わなかった。
接触し、その後、どうするか。それは霜次第なのだから。
「……自分で言っといてなんだけど、本当に良かったんですか?」
「なにがだ」
「いや、ボクの個人的事情に付き合って貰うとかさ……」
自分から願い出たこととはいえ、霜としては少々気が咎めるのも確かだった。
霜と実子の確執は、完全に2人の揉め事であり、小鈴らならともかく、不思議の国の面々には一切関係のない話。
状況が状況なだけに、それが理由でもあるとはいえ、このような個人的なことに巻き込んでしまうというのは、やはり申し訳ない気持ちにはなる。
「問題がない、とは言わない。この状況での外出は、敵にこちらの居所を察知される恐れがあるからな」
「それはそう。超リスキー。うちでもわかる」
「だが、ずっと手をこまねいているわけにもいくまい。明瞭な目的があるのならば、リスクを背負ったとしても行動を起こす意義はある」
現状、レジスタンスと自称するこの面々は、完全に後手に回されている。どころか、暗中模索もいいところだ。
外に出れば索敵され、殲滅される勢い。かといって
だからこそ、不動の選択肢は状況を動かさない。なんのアテもなく、劣勢時に待ちの姿勢であっては緩やかに破滅していくだけ。
同じ破滅なら、少しでも希望のある道を。寿命を先延ばしにすることは、生きるとは呼ばない。
それが、アギリの下した選択だった。
「それに、
「…………」
「案ずるな。なにも空想だけで語っているわけではない。
見えない暗闇に光を見出しているのではない。微かでも光が存在するからこそ、アギリはそこを目指している。
そこには、海底と天上もの差がある。
「まず我々に足りていないのは、圧倒的に数だ。人員が足りない。というより、欠落と言ってもいい」
「不足じゃなくて欠けている、ですか。それはどういう意味で?」
「我々が本気で女王に立ち向かうのであれば、分裂した組織を元に戻す必要がある、ということだ」
それは【不思議の国の住人】と、烏ヶ森学園の面々、即ち小鈴を中心としたグループ。
この2つの集団が修復しないことには始まらない。レジスタンスと自称してはいるが、形として理想型なのは元の原形。故に、アギリは欠落と呼ぶ。
「そしてこれらの組織の復旧において重要な存在は、帽子屋とマジカルベルの二名だ」
「……帽子屋のヤローを国に返すってか? マジかよふざけてんじゃねぇのか?」
「貴様にとっては不服だろうがな、我慢しろ。腐っても枯れても不思議の国の王だ。我々にとっては“ただそこにいる”だけで、彼の影響力は絶大だ。良くも悪くもな」
「まあ……確かに、帽子屋さんはそういう人、ですね……」
「話を戻すぞ。我々が優先すべき目標は、帽子屋とマジカルベル。そして香取実子の下に帽子屋がいるのであれば、彼女との友好が帽子屋との交渉に役立つ可能性がある。迂遠だが、マジカルベルに関しても同様だ。お前達の不和が解消され、それがマジカルベルとの復縁に繋がるのであれば、そこから我々は手を組める」
「……小鈴については、あまり期待しないでください。正直ボクは、そこまでは考えてない」
いや、そもそも、そんな資格はないと思っている。
彼女と、またよりを戻そうなんて。そこまで虫のいい話はないと。
だからそこまで考えていない、どころか。そこまでするつもりはない。
アギリには悪いが、小鈴との接触まで、積極的に手を貸すつもりは、霜にはなかった。
「……まあいいだろう。以上が
「はい……ありがとうございます」
「礼はいい。それより、上手くいくか、の方が問題だ。なんだかんだと言葉を並べたが、それでも破れかぶれが前提となっていることに違いはない。それが次に繋がる見込みがある、という公算は欲しいものだ」
「それは……保証はできない。なにせ、相手はあいつだから」
利己的で、エゴイストで、自分勝手で。
怒りっぽく、気分屋で、気まぐれ。
理屈が通じても、その理屈を必ずしも利だけで是とする相手ではないのだ。
無論、霜としても言い負かす算段がないわけではない。しかしそれが、実際に通用するかは、出たとこ勝負ではある。
これで失敗すれば、帽子屋や小鈴との復縁どころか、さらに敵が増えるだけ、なんて可能性さえもある。
「ま、いーだろ別に」
しかしそんな憂慮を、眠りネズミは笑い飛ばす。
「破れかぶれで結構、敗れて枯れても抵抗。それしかねぇんだ、やってやるぜ決行。道は一本、やるか、やらないか、そんだけのシンプルな話だぜ」
「ヤマネ……」
「ここに来て今更やらねぇなんてこたぁねーだろ。んなら覚悟決めちまえ。僕はキマったぜ」
眠りネズミは、自信満々に胸を張る。
さらにその後ろから、少女達も続いた。
「ダチのためだ。僕はそれに力貸すだけだ」
「お兄ちゃんが託したんだもん……ちゃんと果たさないと許さないから」
「お兄さんは軟弱そうですけど、でも、。ユニは助けられましたから。お手伝いします」
「……まあ、ヤマネと、狭霧まではともかくとして……君も?」
「は、はい」
「無理すんなよユニ子」
「無理なんて……し、してないわけじゃ、ないですけど……」
ギュッと、ユニコーンは拳を握り締める。
「でも、ユニだって、助けられた恩をそのままにしているのは、嫌です……!」
「……そうか。なら僕は止めねぇ」
「ユニコーンを戦力にするのは些か気が引けるが、今回は水早霜を香取実子の元に送り届けるのが最大の目的。最悪、弾除けにはなる、か」
「おいアギリてめぇ!」
「わかっている。彼女も仲間であることに違いはない、使い捨ての盾にするような展開は避けたいが、相手が相手であり、これはリスクを背負った行動である。いくらでも最悪は想定できる。その時、各人がどれだけ身体を張れるか――“魂を賭けられるか”ということは、重要なことだ」
「つってもよ……」
「現に木馬バエは、姉のために片腕を賭した。自己を省みないほどの気概において、奴は悪鬼羅刹にも劣らぬ気迫がある。魂を燃やし、我が身を捧げてでも、すべきことのために為し得ようとする覚悟がある。総員、そのことは胸に刻め」
姉のために神をも恐れぬ所業に手を伸ばし、その腕を切り落とされた彼。
しかしそれは、腕だけで済んだ、のだろう。本当ならば命を刈られてもおかしくはなく、木馬バエ自身も、それを擲つことを厭わなかったのだろう。
それほどの覚悟を問われるのは、ただの中学生にはあまりにも重い、が。
「……命を賭けろなんて、とても気軽に首肯はできないけれど、ボクはこのまま終わりたくはない」
答えを見つけたのに、回答権を放棄するなんてできない。
なにもかもが不完全燃焼なのだ。こんなあやふやなまま、なにもせず諦めるなんてことは、したくなかった。
「ボクにだって、自分へのケジメってものがある。自分が納得できる道を歩まなければ、気が済まない自己がある。今のところは、それだけでいい」
「いいなそれ。それでこそだぜ、ソウ!」
「もう、御託ばっか。いいから早く行こ。ユニちゃんはできる限りうちらが守るし、あんたにあんたの目的があるように、うちにもうちの最終目標があるんだから。今更、そんな意志確認、必要ないでしょ。みんな決まり切ったことをやるだけなんだから」
「……それもそうか。妹も、同胞も、盟友も、
覚悟はさておきすべきことは決まっている。
であれば迷いを振り払い、邁進するしかない。
きっとこの道は艱難辛苦であるけれど。
あらゆる困難を、苦しみを、背負って、乗り越えて、打ち破っていかなければならない。
彼らは戸を開く。一縷の希望に縋り、一握りの輝ける未来を夢見て。
「――行くぞ」
アギリは本来、滅多に一人称を使わないキャラにするつもりだったのに、なんか思ったより頻出する。やはり一人称なしで進めるのは辛いな。