「――来たのです来たのです! ターゲットロックオン、なのです! 招待券もないのによくもまあ愚かしくも出て来てくれたものですね! メルちゃん嬉しいのですよ」
少女は
彼らの潜伏場所はいまいち掴みきれないが、こうして外に出てしまえば、星を覆い尽くすほどの“眼の天幕”から逃れることはできない。
「水早霜はスルーとして、ひーふーみー……4人ですかー、まあほとんど雑魚なのですが」
指折り数えて、人数を把握。
水早霜。大本命。メインディッシュなので、とりあえず放置。
『眠りネズミ』。次善の獲物A。現状、楽しむなら彼が筆頭候補だ。
『ヤングオイスターズ』、若垣天霧。次善の獲物B。眠りネズミと並び、現段階で手を出したい相手。兄弟姉妹を利用すれば、さらに刺激的になると予想される。
『ヤングオイスターズ』、若垣狭霧。格落ちの獲物。上の三人の比べて格段にランクは落ちるが、こちらも兄弟姉妹を使ってピンポイントで狙い撃ちすれば、そこそこ楽しめそうだ。
『ユニコーン』。ほとんど無価値。取るに足らない存在で、片手間の手慰み程度にしかならないような雑魚。しかし眠りネズミとは比較的結びつきが強いので、そこを利用すれば多少は、と言ったところ。
「ま、とりあえずは眠りネズミさん、ヤングオイスターズの長男さん。このふたりの処遇をどうしたものか考えるのですよ。どうするのが最高にエキサイティングでアメイジングな結末になるでしょうか!」
少女はにこやかで、朗らかで、されども邪悪に満ちた笑みを浮かべる。
「うふふ、楽しみで楽しいのですね! 彼らはどのような貌をするのでしょう! 憎悪に歪むのか、憤怒に軋むのか、慟哭に潰れるのか、絶望に塗れるのか! あたしにどんなエンタメを見せてくれるのでしょう? もーメルちゃん、今からワクワクが止まらないのです!」
ミネルヴァであれば、淡々と、粛々と、正義と使命に則って彼らを捕えるのだろう。
しかしそれは、あまりにも単調で、単純で、つまらない。
勿体ない。彼らには無限の利用価値があるのに。捕縛という一工程でさえ、感情を発露させ、必死に悪足掻き、無駄な抵抗に奮起し、有終の美を飾ってくれる。情けなくて、みっともなくて、無惨で残酷で、とても愉快な喜劇を催してくれる。それは刹那の燦めきでしかないが、そのたった一瞬は、爆ぜるように心地よい。
虐殺をドラマティックに。殲滅さえワンダフルに。掃討だってマッドネスに。悲劇も喜劇に変えて、驚喜を狂気に混ぜて、この一幕を楽しもう。
そのために知恵をつける。そのために知識を蓄える。
今まで溜め込んできた森羅万象。有象無象さえも糧となり、知略を張り巡らせる。
――のだが。
「策謀する必要はないわ。結末は既に定められているのだから」
思考にノイズが混じった。
あり得ざる来訪者。歓喜の謀略を否定し、土足でこの賢者の工房に踏み入るものは、およそふたりしかいない。
赤い彼なら最悪だと思いつつ振り返り、ある意味では、そこにいたのはより面倒くさく鬱陶しいと思える相手だった。
「ん!? え、えぇ!? リズちゃん!?」
緑の女――シリーズ・コレー。
彼女は、当たり前のようにそこにいた。
「ど、どうしてここに……って、あなたが他の人の国に顔パスで入れるのは知ってるのですけど、それでもあたしの王国はロック掛けてるはずなのですが……リオ君は殴り壊したのですけど」
「あるべきでないものは破壊する。道理ね。それはただ雨風によって錆び付き風化していくものだけれど、緩やかな生育を害するものであるならば、世界の道行きに抗うものであれば、拳を振りかざすこともやむなしね」
「……うーわー、リズちゃんも大概リオ君と同種なのです。あたしのロックを物理的に壊して突破するのやめて欲しいのです。ってか華奢なのに馬鹿力なの、キャラ狙いすぎじゃないのです?」
「私からすれば、あなたたちが非力すぎるのよ。人としてのガワを成しているとはいえ、私達は彼女の力を継ぐ者。矮小な人類を遥かに凌駕するべきではなくて?」
「腕力で解決するのは愚者なのです。でもあたしは賢者なので! パワーゲームなんてダッサい真似はしないのですよ。知恵と勇気で戦うのです」
「そう、まあいいわ。あなたは運命というものを信じないものね。けれどそれでいいわ、あなたにはあなたの役割が、定めが、運命がある。決定づけられ、備えられた性質がある。私が狩人として、獣を狩るために狩場に立つように」
「あいっかわらず意味不明なのですねー。というか拠点作りはいいのです? それとも、もう終わったのです」
「仕上げは彼女に任せたわ」
「……あぁ、そういうことなのです」
少女は視線を少しだけ泳がせた。
「いやはや、しかしふたりも寄越すなんて、リズちゃん、大盤振る舞いなのです。実は本気モード?」
「獅子は兎を狩るにも全力で、と人は言うけれど、獣の在り方を人が測るのは愚かよ。獣の生き様はそれそのものが全身全霊。余力を残すのも、力を使い切るのも、そのように生きる構造というだけであり、私にとってそこに差はないわ」
「うーんやっぱこいつと話してるとめんどくせーのです。まだ受け答えできるリオくんの方がマシだと思えてくるのですね」
圧倒的にあっちの方が鬱陶しいですけどね、と少女は毒づく。
「そんでリズちゃんはガチでなにをしに? あたしの獲物の横取りは許さないのですよ」
「水早霜、香取実子……彼らは運命に抗おうとする者。けれど、定められた道を歩み戻り、緑の地に立つ者でもある。彼らが最後に立つ場所には、私の異存はないわ」
「はぁー? どういうことなのです? 説明とか微塵も期待できないのですけど、一応聞いておいてやるのですよ」
と、意味もない挑発を交えて、少女は煽る。
いくら押しても叩いても、手応えがないのがシリーズだ。だからこれも、本気で理解や説明を求めているわけではなく、ただの売り言葉に買い言葉。正しく意味のない問答。
またよくわからない説法だかお経だかが垂れ流されるのです、などと心中で思っていると、
「彼らはあなたの思い通りにはならないわ」
彼女は、即答した。
それも、この上なく明瞭な言葉で。
「……へぇ?」
その意味がわからない少女ではなかった。
それはつまり、自分の思惑は外れると。想定したルートは辿らず、知略も謀略も潰えると。
彼女は、そう言ったのだ。
「リズちゃんの分際で言いやがるのです。特権階級でもあなたはしょせんは
「私はあるべき世界の在り方を言祝ぐだけ。あなた個人に申すことなんてないわ」
「そういうのむっかつくぅー! やっぱリズちゃんとも仲良くできる気しねーのです」
彼女がここまでハッキリと言ったのだ。それを無視することはできないが。
かといって自分の計画が壊れるなどと、そんな未来を信じることはできない。それは、自分自身のプライドが許さない。
「……ま、今のは忠告として聞いといてやるのです。でも、計画に変更はないのですよ。あたしってば天才なので」
「そう」
「そんなことより、リズちゃんはどうあたしの邪魔をするつもりなのです? 実はそっちのが重要なのです。計画変更とまでは言わずとも、場当たり的に方針変更……具体的には手分けをする必要があると思うのです」
「私は私の役割に従い、狩るだけよ」
「誰なのです?」
「鼠と若牡蠣」
「小さい方なのです?」
「歪な在り方は、根本を叩き潰して正す。弱肉強食、適者生存の理よ。私にも許せないものはある。生が呪そのものの畜生は、あるべき意志の形から外れているもの」
「あー、はいはい。どうせデカい獲物は全部横取りって寸法なのですね。ちぇ、それだとあたしは文字通りの雑魚ばっか、露払いみたいなもんなのです」
遠慮というものを知らないのか、と文句のひとつでも言いたくなるが、彼女にそんな問答をしたところで意味がない。口で言っても勝手に横取りしてくるに決まっている。仲間割れなんて、最高に頭悪くて非合理的だ。そんなダサい真似は絶対にできない。
だからここは、譲歩することにした。
「わかったのです。海のようにひろーい心を持つメルちゃんは妥協してあげるのです。メインディッシュは別にあるのですからね。でもせめて、数だけは半分こなのですよ。大きい方のオイスターさんとネズミさんは、リズちゃん担当ってことで」
「それでいいわ。亡骸ではあるけれども、頭目はあなたが取り込んでしまったもの。なら今の頭を潰せば事足りるわ」
「なのです。雑魚はあたしが貰うのです。あと、登場演出や脚本はこっちで用意する、でいいのです? つーか全体構成はあたしがやるのです。それが獲物を分ける絶対条件なのですよ」
「構わないわ。あなたがどれほど虚飾で満たそうとも、私の導きとは関係ないもの」
「……あームカつく! いきなりしゃしゃり出て獲物横取り宣言した挙げ句、譲ってあげてるのにそれをさも当然みたいに言いやがるこのふてぶてしさ! いい加減にしないとガチで殺しちゃうそうなのです! ……ま、リオ君でもあるいまい、そんな無駄で非合理的なことはしないのですけど」
火のように熱くなったり、水のように冷めたり。
少女は千変万化の喜怒哀楽に揺れ動く。
「まあ、無駄というならリズちゃんにお気持ち表明するのが一番の無駄と言えば無駄なので、バッドコミュニケーションはこのくらいにしておくのですが」
「言の葉の紡ぎが、それほど悪しきものだったかしら」
「自覚ねーのですかよ!? リズちゃんが天然なのは知ってたのですけど、思った以上に自覚症状なし……」
「自覚症状もなにも、私は健康体よ。強靭で瑕疵のない肉体でなければ、自然界では生きられないもの」
「そういう意味じゃ……いやもういいのです。めんどくさい」
少女は肩を竦めて嘆息する。
「今のクソ問答の間に、演出は考えたのです。さして捻りもないシンプルなのですが、リズちゃんという超級ゲストもいるわけですし、もといキャストの良さをそのまま使うことにするのですよ」
「そのままの良さ、いいわね」
「急に乗り気になった……リズちゃん、素材の味を楽しむとか言っちゃうタイプなのです?」
「万物は自然のあるがままの姿であるべきよ」
「あーはいはいなのです。とりま、タイミングはこっちで決めるので、時が来たら向かうのですよ」
「そう。それが導きであるのなら、私はそのようにするわ」
「……マジこいつ不安しかないのです……」
うなだれつつも、内心では期待が渦巻いていた。
確かにシリーズは、ミネルヴァよりも頑固で意固地で融通が利かなくて、まともに会話もできない面倒くさい女だが。
彼女は【死星団】において、最も無情で、最も残酷で、最も暴虐な、狂信者だ。
舞台に乗せさえすれば、彼女の暴威は奇想天外なエンターテイメントになることは間違いない。
彼らのどんな貌が見られるだろうか。そんな期待で、胸がいっぱいだ。
「――くふふっ」
青い少女は、意地悪く嗤う。
その貌は――狂気そのものだった。
メルリズ。二人だけの女カプだけど、普通に仲悪くて草生える。