デュエ魔法少女マジカル☆ベル   作:モノクロらいおん

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 作戦開始。


51話「復元しよう Ⅵ」

 【死星団】は、自分たちの行動を監視している。

 それが、霜たちにとっての前提であった。隠れ家が見つかっていない以上、完全にお見通しというわけではないようだが、こちらの動きのほとんどは悟られている。

 視覚的なものなのか、それとも先読みの能力なのか、あるいは別のもっと超常的な力なのかはわからないが、いずれにせよ隠れ家から出た以上、相手に発見、対応される前に、迅速に行動しなければならない。

 こちらの隠密能力では、恐らく相手の索敵能力には勝てない。となれば、なによりも必要なのは、確実性よりも、速さ。

 リスクを背負ってでも一縷の希望に賭けるギャンブルだ。博打でもしなければ、希望さえも掴めないのだから、仕方のないことである。

 即ち、彼らが香取家を目指すべく取った行動とは。

 

「うぉぉぉぉぉぉ! はえぇぇぇぇぇぇ! 最高にバッドじゃねーの!」

「アギリさん! 法定速度って言葉知ってますか!?」

「残念ながらそんなことを気にしている場合ではないのでな!」

 

 相手に発見される前に、いやさ、発見されてもそれを振り切る勢いで、爆速で駆け抜けることだった。

 公爵夫人は自家用車も所持していたので、それを拝借し、公道を当たり前のようにスピード違反して爆走し、一行は香取家を目指す。

 早朝の片田舎の町故に、人が少ないのが幸いだった。少なくとも人身事故は起きづらく、警察も呼ばれない。メーター回して待機されていたらそれも振り切るしかない。

 

「というかアギリさんって免許持ってたんですね!?」

「あまり認知されていないが、(ボク)は表向きは18歳だ」

「な、なるほど。免許が取れる年齢だったんですね」

「あぁ。高校があるから教習所に通ってはいないがな」

「やっぱり無免許じゃないですか!」

 

 スピード違反に危険運転、無免許運転、公爵夫人の車を無断で運転しているので、場合によっては窃盗罪。もし発覚すれば社会的ダメージ絶大なコンボが組まれていた。

 もっとも、今この瞬間に限っては、そんなことも言ってられないわけだが。

 

「あぁ、人に見つからないことを祈るばかりだ……! いやそもそも事故らないでくれよ……」

「はぇーのはいいことだぜ! お前も楽しめよ、ソウ!」

「無免許運転の暴走車なんて同乗者としても恐怖しかないに決まってるだろ!」

「こちらとしては、とにかく【死星団】に捕捉されなければよいのだがな」

 

 速度を一切落とさずカーブを曲がる。隣でユニコーンや狭霧の小さな悲鳴を聞きつつ、霜はふたり諸共ぶっ飛んできた眠りネズミを受け止める。

 どちらかというと潰されたような形だが。

 

「こ、公道の走り方じゃない……!」

「ほどよく田舎の町で助かったな。道が広い」

「無免許なのによくもまあそんな無茶苦茶な運転ができますね……いや無免許だから無茶苦茶なのか?」

「教習を受けていないだけで知識はある。初めての操縦だが、マニュアル通りに行えば最低限、走らせることは可能だ」

「くっ……危険極まりないが、仕方ないよな……」

 

 香取家は、霜たちの住む町とは離れており、隣町にある。普段なら電車で移動するところだが、閉鎖的で時間に縛られ、かつ一般人も多い公共交通機関を利用するのは憚られた。こうしてアギリに無免許運転させている理由のひとつだ。

 

「目的地まで、あとどのくらいなんですか? このままじゃ車酔いで先にダウンしそうだ……」

「この速度を維持できれば、20……いや、15分といったところか。何事もなければな」

 

 そう、何事もなければ。

 相手がどのような手段でこちらを見ているのかはわからないが。

 発見されても振り切る、という割り切りは、逆に言えば発見されてしまう危険の高さを孕んだ行動の裏返しでもある。

 もし神が空から世界を見ているのだとすれば、法律ガン無視で公道を危険運転で爆走する暴走自動車がいれば、すぐに発見することだろう。

 出発から10分ほど経過した頃。目的地までもう半分ほどまで来た。

 その時だ。

 

「――っ!」

 

 車体に、凄まじい衝撃が走り抜けた。

 

「ぉ……!」

 

 エアバッグが作動して、まともに声も出せなかった。

 前から後ろにかけて突き抜ける衝撃。慣性の法則で前へ飛び出そうとする身体。

 なにかと衝突したとしか思えない。人を撥ねた……いや、人ひとりを轢いたくらいで、この暴走車が止まるとは思えない。

 壁にぶつかったのか。障害物か、と霜はエアバッグの隙間からなんとか車窓を覗き込む。

 

「な……っ!?」

 

 結果として、人を轢いた、というのは半分は正解であった。同時に、障害物とぶつかった、も正しい。

 しかしまさか“人が車を押しとどめる”などという、冗談のような現象が現実に起こり得るとは、思いもしなかったが。

 

「あ、あれは……!」

 

 華奢な人影が、真正面から、片腕で、車の進行を押しとどめている。

 そしてその姿には見覚えがあった。

 

「全員、早く降りろ! 引っ繰り返されるぞ!」

 

 アギリの怒号が聞こえる。理解よりも本能で、霜は逃げ場を求め、車のドアを蹴り飛ばすように開け放ち、外に出る。

 それとほぼ同時に、車体が持ち上げられ、ぐるんと上下逆さまになって、後方へと投げ飛ばされたのだった。

 ぐしゃり、と車体は潰れ、恐らく高級車であろう公爵夫人の車は一瞬でスクラップに。しかし咄嗟に脱出できたので、全員、無事のようだった。

 

「そろそろだと思っていたが……来たか」

 

 車を押しとどめ、それを持ち上げて引っ繰り返す何某か。そんな異常な力を発揮し、こちらへの害意を示すような存在は、【死星団】に他ならない。

 そして、それほどの豪腕を持つ者は、

 

「! てめぇ、あん時のゴリラ女!」

 

 無造作に伸びた、長い髪。

 冬にはあり得ない、簡素なワンピースのような布を一枚纏っただけ身に素足。

 光を灯さない、けれど淀みなく、濁りのない、無感動な瞳。

 それは、不思議の国の山で出逢った――屋敷を襲撃した女だった。

 

「遂に捕捉されたか……やむを得まい。ここからは作戦を切り替えるぞ」

「…………」

 

 作戦。と呼ぶには、それは稚拙で単純なものだ。

 まず、今回の目的は、霜と実子を接触させること。それが最低条件だ。

 つまり、霜を実子の元まで辿り着かせることが目標と考えていい。

 そこだけ目標を絞れば、ハードルはふたつ。

 ひとつは物理的な距離。香取家は遠い。だから、車を爆走させてできる限り距離を稼ぐつもりでいた。

 しかしもうひとつのハードル、【死星団】からの妨害も考慮すると、車移動だけでは限界があると察していた。現にこのように、もはや足は潰されたも同然だ。

 そこで事前に取り決めていた、妨害があった時の対応が、

 

(誰かひとりが残って足止めする……!)

 

 単純だが合理的ではある。目的としては、最悪、霜ひとりが実子の元へ辿り着けばいいわけで、他の面々はそのための捨て石にできる。

 無論、今回の作戦の後のことも考えれば、可能な限り戦力は保持しておきたいので、むやみやたらに捨てるわけにもいかないが。

 それ以前に、誰かを見捨てる前提だということに、忌避感もある。

 同時に、そうでもしなければ乗り切れない、という現実が、重くのし掛かってくる。

 

(相手はひとり。誰が相手をするか……)

 

 ちらりと、横の眠りネズミを見遣る。

 因縁ある相手でもある。当然だが、彼は闘志を燃やし、正に飛びかからんばかりの意気で牙を剥きだしていた。

 

「クソゴリラ女……あん時はなあなあで終わっちまったが、今度こそぶっ飛ばしてやる!」

「…………」

「なんとか言いやがれクソッタレ!」

「落ち着け眠りネズミ。今、お前が激昂すべき時ではない」

「けどよ!」

「いやいやまあまあ、その人の言う通りなのです」

 

 と。

 さも当然のように、彼女はそこにいて、会話に割り込んでくる。

 

「! お前は……」

「どーもどーもなのです! メルちゃん登場なのです! こっちは今回の特別ゲストのリズちゃん! よろしくなのです!」

 

 青い髪をなびかせ、少女は満面の笑みを浮かべる。

 ひとり、ではなかった。相手はふたり。

 まだ香取家まで遠い。ここでふたりも相手取るのは、かなり厳しい状況だった。

 

「おっと、なにやら色々考えているようなのですが、あなた方にあたしの舞台設定を選択する自由はないのですよ」

「なに? どういうことだ」

「くふふっ。これから始まるのは、笑いあり涙あり絶望ありのメルちゃん劇場。あなた方は、あたしのセッティングした舞台の役者演者。シナリオ台本、演出、その他諸々すべてあたしのこの劇で、あなた方の意志が介入する余地などないのです。あなた方はただ、シナリオに沿って進むだけなのですよ」

 

 少女は意地悪そうに笑う。最初から話など聞く気がない、話などする気がないと言わんばかりに。

 一方的に、陶酔的に、語り流れる。

 

「あたしはいわゆる座長であり監督なので、切った張ったの演出は役者の皆さんにお任せなのです。こちらで用意しましたのはビッグゲスト! ■■■■■■からお越しいただいたリズちゃんこと、シリーズ・コレーさんなのです! さ、リズちゃん。自己紹介どぞ!」

「【死星団】、Ⅴ等星(クィンクステラ)。闇の豊穣、黒き森の萌芽。名はシリーズ・コレー……これでいいのかしら」

「ばっちりなのです!」

 

 緑の女――シリーズ・コレーは、淡々と名乗りを上げる。

 対照的に、青い少女は明るく溌剌と続けた。

 

「あなた方の目的地はばっちり把握済みなのです! 香取実子さんのお家に行きたいのでしょう?」

「!」

「お? なんでそれを? って顔なのです。いいのです、驚いてくれるとこっちも仕掛け甲斐があるというもの! まあとはいえ、その目的自体は邪魔する気はないのですよ」

「なんだって? なら、貴様はなんのために我々の前に立ちはだかる?」

「あたしは、水早霜さんと香取実子さんの接触を止める気がないだけで、それとは別に、あなた方のことは普通に捕縛対象なのですよ」

 

 少女は、アギリ、眠りネズミ、狭霧、ユニコーンを順番に指さす。

 

「でもふっつーに捕えてもつまらないので、面白おかしくゲーム仕立てで演出を盛り込んで、シンプルながらもそこそこいい感じに、楽しくやりましょう、って。つまりはそういうことなのです」

「どういうことなのよ。あんたの言ってること、ひとつもわかんない」

「むふふ。まあ能なしバカは放っておくとして。あなた方はきっと、この先も進むのでしょう。我が身を削って、無駄な道を邁進するのでしょう。そんな無為な愚行を、あたしたちが敵として立ちはだかることで、華々しく演出してあげようというのですよ」

 

 少女は今度は、シリーズを指した。

 

「まず最初の関門は、ここにいるリズちゃん! 先に進みたくばこの子を倒すのですよ。まあお急ぎなら誰かに任せて進んでもいいのですけど? その場合、やられた方の無事は保証できないのですねぇ」

「……けっ。なーんかこのガキもムカつくぜ」

 

 それは暗に、速さを優先するなら仲間を見捨てろ、と言っているようなものだ。

 しかし、

 

「貴様らがなにを言おうと作戦は変わらない。行け、水早霜」

「アギリさん……でも」

「奴の言葉は信用ならない。それに、敵の言葉を鵜呑みにするということは、場の支配権を譲るということ。我々は抗う者(レジスタンス)。支配に屈さず、恭順せず、我が道を行く者だ。であれば、我が思うように進むべきであろう」

「その通りだぜ、ソウ。あんなクソガキの言うこと聞くこたねーよ!」

「甘言と戯言に惑わされるな。我々は、一貫して最初に設定した行動を貫く」

 

 少女の言の葉で惑うことなかれ。

 捨て石にする方針は、最初から決まっていたこと。ただ、それを押し通すだけだ。

 

「くふふ、まあなんでもいいのですけど。あたしは高みの見物、次のステージでお待ちしているのですよ。ではではー」

 

 少女は、まるでテレビの電源が切れるように、ぷつりとその姿を消した。

 残ったのは、霜たちと、シリーズ・コレー。

 

「……彼女は行ってしまったようね。喋るなと言われたから黙していたけれど、特段あなたたちと言葉を交す必要もないかしら」

「無論。女王の手下と交す言葉など持ち合わせていない。(ボク)が手を下すだけで十分だ」

「あ! ずりぃぞ! そいつは僕の獲物――」

「眠りネズミ。貴様は水早霜といろ。まだ、ここでは出る幕ではない……道中あいつを支えてやれ」

「お、おう……」

「アギリ、お兄ちゃん……」

「……心配するな、狭霧。まだ、ここでやられるつもりはない。お前は自分の身を大事にしろ」

 

 仲間達を背に、アギリはシリーズ・コレーに立ち向かう。

 そして、背にした彼らに告げる。

 

「行け。(さきがけ)は任された。お前達はただ――辿り着け」

 

 そこに、一縷の望みがあると信じて。

 

「……行こう。まだ道程は長い。一秒たりとも無駄にはできない」

 

 アギリをその場に残し、霜たちは駆ける。長い長い、縁を結ぶための道をひた走る。

 

「……本当に、おとなしく進ませるのだな」

「一人一殺。私はあなたを狩る。それが役目。他の役割は、“彼女”の役目よ」

「あの小娘は手を出す気がないようだったがな。しかし敵がひとりひとりやって来るのであれば都合がいい。戦いやすい状況だ」

「敵地でも、そう言えるのかしらね」

「? 敵地……?」

 

 なんのことだ? と言おうと思った瞬間。

 足下の感覚に違和感を覚えた。

 アスファルトの地面。ではない。

 柔らかい、土と、草の感触。

 波紋を広げるように、彼女を中心として、緑が大地に広がっていく。

 

「……これは」

「ここは闇より生まれし神の降りる地、■■■■■■。三柱の化身が根付く祭壇が一角――『■■■■■■の■■平原(■■■=■■■・スブ・テラ)』」

 

 彼女はなにかを告げた。しかしその言葉は、なぜか、聞き取れない。

 その部分だけ認知することを拒絶するかのように、ほとんど、理解されなかった。

 

「私の異聞神話空間。私の世界。私の理。私の――王国」

 

 自然は広がっていく。黒い土に緑の草を覆い被せ、我が領土と主張せんばかりだ。

 

(なんだこれは、以前に遭遇したものと、明らかに毛色が違う……!)

 

 異聞神話空間。それは彼らの有する“王国”であり、別次元、別時空、別位相の世界。

 しかしこれはどういうことか。見える景色は確かに現実の町並み。しかしその町並みが、彼女を中心に、緑に侵蝕されている。

 

「くっ……!」

 

 奇怪で、未知数で、恐ろしい。

 だがそれでも、やるしかない。

 むしろこの異様な相手が自分で良かった。これほど不可解な相手、眠りネズミや妹には荷が重い。

 相手が未知であるならば、それを既知へと暴き出して貶めるまで。

 ここで終わるわけにはいかない。まだ、果たすべきことが残っている。

 そう、自分に言い聞かせて、アギリはシリーズへと立ち向かう。

 

「――行くぞ」

 




 良い子のみんなは無免許運転しちゃダメだぞ。道路交通法はちゃんと守ろうな。
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