今回もまた前後編。そしてここが、一つの大きな山場になります。どうぞ、お付き合いくださいまし。
初めて出会った時、彼女は不安そうな顔でいた。
初めての進学。初めての環境。初めての人間。幼い私たちにとっては、初めてのことだらけの状況で、不安でいっぱいだったけど、彼女は特に怯えているように見えた。
その様子が儚げで、寂しげで、悲しげで、見ていられなくて、どこか愛らしく感じられた。
ちょっとだけ頼りないけど、普通の女の子だった彼女は、私の目には特別に見えた。
なんでそう思うのか。彼女にはなにがあるのか。それはまったくわからなかったけど、わからなくてもいい。
私には、彼女の言葉があるから。
「誰かを好きになることに理由はいらないの。それは人としてあるべきものだから。ただ、その気持ちを大事にするだけでいい」
幼くて小さいだけだと思っていた彼女は「お母さんの小説の言葉だけど……」と、はにかみながら笑っていた。
私も大人じゃない。好きという感情がなんなのか、はっきりとした答えは見つけられていない。
でも、私は彼女が好きだ。それだけは胸を張って、はっきりと言える。
彼女が楽しいと、私も楽しい。彼女の幸せは、私の幸せだ。
なのに、なんでだろう。
今の彼女が笑っていると、胸が苦しい。今の彼女が幸せそうだと、寂しくなる。
誰かを好きになる理由はいらない。
だったら、誰かを嫌いになるのに、理由は必要なのだろうか。
私が彼女を嫌いになるのだとしたら、その理由は、きっと――
☆ ☆ ☆
暑い日が続きます。みなさんこんにちは、伊勢小鈴です。
今年はかなり早くから暑くなってきましたが、その暑さは増すばかりで、収まる気配がありません。
だけど、薄着にはあんまりなりたくないんだよね……その、視線とか身体のラインとか、色々恥ずかしいし……最近はプールの授業のたびに、恋ちゃんとユーちゃんが目の色を変えて襲ってくるからとってもこわいです。
それはそれとして、期末試験が近づいている。みんなでお勉強会をする予定だけど、どこでやるかとか、スケジュール合わせとか、結構難しい。恋ちゃんとユーちゃんはまだ部活があるし、なかなか難航してる。
まあ、これもわたしの要領が悪いせいなんだけど……わたし、幹事とか絶対向いてないよね……
今日も二人は部活があるらしくて、すぐにいなくなっちゃった。霜ちゃんは自力で少しでも追いつけるように勉強してるみたい。
じゃあわたしはどうしようか、とうんうん唸っていると、不意に声をかけられた。
「ねぇ、小鈴ちゃん」
「どうしたの? みのりちゃん」
みのりちゃん――香取実子ちゃんだった。
別にみのりちゃんと話すのはいつものことだし、声をかけられるなんて普通のことだけど、どうしたんだろう。
「明日、なにか用事とかないかな?」
「え、明日?」
「そう。ちょっとお出かけしない?」
「お出かけ?」
お誘いだった。
入学して、みのりちゃんと仲良くなってからは、一緒にお買い物したり、遊ぶことも多かったけど、最近はそういうことも減ってきたし、その言葉には惹かれるものがあった。
だけど、
「テスト近いけど、大丈夫かな?」
「小鈴ちゃんなら大丈夫じゃない?」
「そんなことないよ。中間テストだって、お姉ちゃんにみっちり教えられたからだもん」
それに、それだけじゃないんだよね。
「恋ちゃんとか、ユーちゃん、霜ちゃんのこともあるんだよね……」
「……小鈴ちゃんがそこまで頭を悩ませること、ないんじゃない?」
「そんなこと言われても、無責任なことはできないよ……」
というか、みのりちゃんの一言がなければこんなことには……なんて、今更言っても仕方ないけど。
「まあ小鈴ちゃんも色々大変そうだし、少しは息抜きしたらどうかな?」
「うーん……」
テスト勉強とか勉強会のこととかもあるけど、それとは別に、鳥さん――もっと言えば、実体化するクリーチャーのこともある。
鳥さんはわたしの事情なんて関係なく連れ出すから、本当に大変だよ。実は昨日の夜も、こっそり近所の公園までクリーチャー退治に家を出たもん。玄関でお母さんに見つかった時は、誤魔化すのがすごい大変だったんだから。
まあ、お母さんはちょっと適当っていうか、ちゃらんぽらんなところがあるから、わりとあっさり誤魔化せたけど……
でも、それを思い出すと、確かに少し息抜きをしたい気持ちが湧いてきた。
一日くらいなら、いいかな。明日はなにもないはずだし……
「……じゃあ、その話に乗るよ。どこに行くの?」
「久しぶりに、私の家の方まで来ない?」
「みのりちゃんの家?」
「うん。駅の近くに新しいパン屋さんがオープンしたんだ」
「パン屋さん!? 行く! 絶対行く!」
「小鈴ちゃんならそう言うと思ったよ。じゃあ集合は駅で、時間はお昼だと込むから、少し時間をずらそうか」
そういうわけで。
わたしは明日、みのりちゃんと久々のお出かけをします。
パン屋さん、楽しみだなぁ――
☆ ☆ ☆
みのりちゃんは、学校からちょっと離れたところに住んでいる。わたしの家からだと、最寄駅から普通電車で二駅先。自転車や、頑張れば徒歩でも行けるけど、体力のないわたしは大人しく電車を使います。
久しぶりに行くな、みのりちゃんの家の方は。市内に行く時くらいしか電車は使わないというか、そもそもうちの県に見どころなんてほとんどないし、あんまり外で遊ぶってことはないんだよね。お買い物する時くらいです。
電車の中は暇なので、少しみのりちゃんについて、お話しましょう。
香取実子ちゃんは、中学校に入ってからできた、わたしの友達です。いつもニコニコしてるけど、背は高めで体型もすらっとしてて、格好良い。モデルさんみたいです。
少し大人びてて、他の女のことはちょっと違う雰囲気のある子だけど、お話してみると、結構気さくで、普通にお喋りできて楽しいよ。
あと、みのりちゃんは一人暮らしです。っていうのはちょっと違うんだけど、みのりちゃん自身が「実質的に一人暮らしみたいなもの」っていつも言ってます。
どういうことかといいますと、みのりちゃんのご両親はお仕事が忙しくて、ほとんど家に帰ってこないそうです。なんのお仕事をしているかまではわからないけど、確か、お父さんが海外へ長期出張。お母さんも県外で働いてて、こちらも出張か、会社に缶詰めか、良くても夜遅くの帰宅して、早朝には出社してしまうんだとか。
兄弟姉妹もいないから、家にはみのりちゃん一人。そう考えると、なんだか寂しいけど、本人は「家事は面倒だけど、自由きままにできるから悪くないよ」って言ってた。
本当はみのりちゃんも、家族と離れて暮らして寂しいと思うんだけど……そんな気配は微塵も出さない。
みのりちゃんは、とても強い子だと思う。
わたしとは、大違いだ。
そうこうしているうちに、目的の駅に着きました。
決して都会ではないけども、田舎というほどでもない。でもこの辺は住宅街が多いこともあって、わりと発展してる方なんだよね。確か、おしゃれな服屋さんがあったはず。前にみのりちゃんと行ったことがある。
改札を出てすぐのところに、みのりちゃんがいた。
みのりちゃんはわたしを見つけると、手を振る。
「小鈴ちゃん!」
「みのりちゃん! おまたせ。待たせちゃった?」
「ちょっとだけ。それでも五分くらいだし、気にしなくていいよ」
みのりちゃんは白いシャツにジーンズという、とてもラフでシンプルな服装だったけど、それが逆に、彼女の格好良さを引き出してる……ように思う。
少なくとも、わたしは格好良いと思う。
本当にいいなぁ、みのりちゃんは。すらっとしてて……
「小鈴ちゃん、そのワンピース可愛いね」
「そ、そう? お姉ちゃんのおさがりだけど」
「あぁ、どうりで」
「? なにが?」
「いつもと違って胸が苦しそうじゃないから」
「み、みのりちゃんっ。もう、なに言ってるの……」
「でも、お姉さんのおさがりだっていうなら納得だね」
にこやかに笑うみのりちゃん。
……敵わないなぁ、みのりちゃんには。
わたしは、勉強だけはお姉ちゃんにみっちり教えられてるけど、それ以外は全然ダメ。特に体育は凄く苦手。
でもみのりちゃんは、勉強だって、運動だって、芸術も技術も、なんでもそつなくこなす。
とてもそんな感じの子じゃないけど、ちゃんと見ると、みのりちゃんこそ完璧という言葉は相応しいと思う。
「さて、それじゃあ行こうか。例のパン屋さん」
「うん。道案内、お願いね」
「任せて。まだ一回しか行ったことないけど」
「……ちょっとだけ不安になったよ」
「あはは。大丈夫だって。最近の地図とGPS機能は優秀だから」
できれば行き当たりばったりな道案内はやめてほしいけど。
でも、歩を進めるみのりちゃんの足取りは迷いがない。一回しか行ってなくても、道はちゃんと覚えているようだった。
駅を出てから10分ほど歩くと、鼻先に温かくて、仄かに甘いような、いいにおいが漂ってきた。
そして目の前には、小さいけど、ログハウスのようなデザインのパン屋さんが見えてきた。
「着いたよ」
「本当に近いね」
「通勤するサラリーマンとか、通学する学生とか、そういう層を狙ってるんだろうね。そうでなくても、このパン屋さんは色んな国のパンが置いてあって、見てるだけでも楽しいよ」
「そっか……ねぇみのりちゃん、早く入ろ?」
「待ちきれないか。仕方ないなぁ、小鈴ちゃんは」
呆れたように笑うみのりちゃんは、パン屋さんの扉を押し開ける。
「焼き立てのパンのにおいだ……ふわぁ……」
「小鈴ちゃんは本当にパンが好きだよね」
「うんっ」
とりあえずわたしたちは、お店に入ると、トレイとトングを手に取って、棚に並んだ数々のパンを眺める。
メロンパン、カレーパン、ホットドック、サンドイッチといった見慣れたパンもあるけど、肉まんみたいなのか、ケーキみたいなのとか、凄く薄いのとか、形容しがたい変な形をしたパンとか、見たことのないパンがたくさんあるよ!
ど、どれにしようかな……こんなに種類があると目移りしちゃうよ……
「色々挑戦してみたいけど……ここは王道に、このクロワッサンにしよう」
トングを伸ばして、見るだけでサクサクな触感が伝わってきそうなクロワッサンをひとつ取って、トレイに乗せる。
……他にも、もうひとつなにか、買っちゃおうかな。
☆ ☆ ☆
結局、三種類のパンを買ってしまいました。
食の欲望には逆らえません。仕方ないよね。
お会計を済ませて、わたしたちはパン屋さんの中にある簡単な飲食ペースで、買ったパンを食べている。
焼き立てほかほかのパンは、やっぱりおいしいです。特にこのクロワッサン。噛んだ瞬間に伝わるサクサクした食感の直後に、口の中いっぱいに広がるバターの風味が、パン本来の甘みをさらに引き出してて、とにかくおいしいんだよ!
上には薄く砂糖もまぶしてあって、普通のクロワッサンより少し甘め……でも甘すぎなくて、とても食べやすい。程よい甘さです。
「……本当に美味しそうに食べるよね。パンを食べてる時の小鈴ちゃんは、一番幸せそうで可愛いよ」
「だっておいしいんだもん」
「美味しすぎて思考力が落ちてるのかな? それとも、美味しさを噛みしめるあまり、他のことを考えられない?」
「そうかも」
ごくん、と飲み込む。
それで、みのりちゃんはなんて言ったんだろう? よく聞いてなかった。
「ずっと気になってたんだけど、小鈴ちゃん、なんでそこまでパンにこだわるの?」
「別にこだわってるわけじゃないよ。好きなだけだよ」
「ちょっと好きすぎる気がするけど、なにか好きになるきっかけとか、あったんじゃない?」
「あ、それはあるよ。ちっちゃい頃……小学校の給食で出たパンが、すっごくおいしかったんだよ。ただの揚げパンだったんだけど、今まで食べたことのない食感とか、味とかが、とにかく衝撃的で」
「そうなの?」
「うちはお姉ちゃんとお父さんが絶対白米主義で、パン食はあり得ないから。小学校の給食で出るまで、パンって食べたことなかったんだ」
「へぇ、そうなんだ」
今でも自分で買わないと食べられないけどね。伊勢家の台所にはお米しか置いていない。
「あ、そうだ。学校近くの商店街の先のケーキ屋さん、知ってる?」
「うん。知ってるよ。カフェと併設してるところでしょ? 行ったことはないけど」
「来月、あのケーキ屋さんで新商品のパンケーキが出るんだって。テスト終わって夏休みになったら、食べに行こうよ!」
「いいね。一緒に行こうか」
「うんっ、行こう。みんなで!」
カタッ
みのりちゃんの座ってる椅子が、ちょっと揺れた気がした。だけど、あまりに自然すぎてて、次の瞬間には、わたしの意識はまったく別のところに移っていた。
「恋ちゃんとユーちゃんは部活で忙しいかな。女の子っぽい場所だから、霜ちゃん、気に入ってくれるといいな……楽しみだなぁ」
「…………」
お勉強会のことが決まってないうちから遊ぶ予定を立てるのはよくないけど、テスト後のごほうびに、おいしいものを食べに行きたい。
ケーキ屋さんだけじゃない。どこかに遊びに行ったりもしたい。夏休み中には林間学校もある。
クリーチャーのこととか、色々大変なこともあるけど、新しいお友達がたくさんできたんだ。
みんなと、もっと楽しい思い出を作りたいな。
「……ねぇ、小鈴ちゃん」
「あ、なに? みのりちゃん」
「この後、ちょっといいかな?」
「この後……? なにかあるの?」
「うん。ちょっとね……食後の運動的な、ね?」
「?」
☆ ☆ ☆
「みのりちゃんの家の近くに、こんな大きな公園があったんだね」
パン屋さんを出て、少し歩く。みのりちゃんの家の方に向かっていくから、家に行くのかと思ったけど、そうじゃなかった。
着いたのは、公園。それも、遊具と砂場だけの小さな公園じゃなくて、池とか休憩所とかがある、大きな自然公園だ。
「昔は家族と一緒によく来てたよ。奥にアスレチックがあってね。大好きだったなぁ」
「アスレチックかぁ。わたしは、ちょっと苦手かな」
「ハンデがあるもんね」
「うぅ……」
「でも、大丈夫だよ、小鈴ちゃん。アスレチックは今、点検中だから」
「あ、そうなんだ。けど、じゃあなにして遊ぶの?」
他に遊具とかがあるのかな、って思ったけど、みのりちゃんが提案したのは、とても意外なものだった。
「……これだよ」
みのりちゃんは鞄の中から、小さな箱を取り出す。
なんとなく見覚えのあるような形だと思ったら、その箱の蓋を開ける。
「これ、デュエマ」
「えっ? みのりちゃん、デュエマやってたの!?」
「うん。知らなかった?」
「初耳だよ。なんで教えてくれなかったの?」
「まあ、色々とね。小鈴ちゃんはデッキ持って来てる?」
「あ、えっと……うん、持ってるよ」
一応、鞄の中を確認する。ちゃんとデッキケースはあった。
ここ最近ずっと、鳥さんにしょっちゅう引っ張られてるから、デッキを持つ習慣が身について、特に使う予定がなくても持ち歩くようになってしまった。
「じゃあ、あそこの休憩所でやろうか」
「う、うん」
みのりちゃんと一緒に、テーブルとベンチだけがある、壁のない木造の休憩所へと歩いていく。
……みのりちゃんがデュエマやってたなんて、全然知らなかった。凄くびっくりしてるけど、なんだか、安心もしてる。
なんでかはわからないけど、よかったと思える。
みのりちゃんとのデュエマ……楽しみだな。
☆ ☆ ☆
みのりちゃんとのデュエマ。
まだ始まったばかりで、わたしは《トップギア》を召喚したところ。次はみのりちゃんの2ターン目だ。
「私のターンだね。《ブルトラプス》をチャージして、2マナで呪文《メンデルスゾーン》を唱えるよ。この呪文は、山札の上から二枚を表向きにして、その中のドラゴンをすべてマナに置けるの」
「わ、2マナも増やせるんだ。すごいね」
「捲れるカード次第だけどね……あらら。捲れたのは《メガ・カラクリ・ドラゴン》と《メンデルスゾーン》だね。《カラクリ》をマナに置いて、《メンデルスゾーン》は墓地に置くね。これでターン終了」
ターン2
小鈴
場:《トップギア》
盾:5
マナ:2
手札:3
墓地:0
山札:29
実子
場:なし
盾:5
マナ:3
手札:4
墓地:2
山札:26
「わたしのターン。《コッコ・ゲット》をチャージして、《エヴォル・メラッチ》を召喚するよ。山札の上から四枚を見て……やった。《爆革命 グレンモルト》を手札に! ターン終了!」
「じゃあ私のターン。《刀の3号 カツえもん》をマナチャージ。3マナで《地掘類蛇蝎目 ディグルピオン》を召喚するよ。《ディグルピオン》は3マナでパワー6000のWブレイカー、さらに登場時にドラゴンがいれば、山札からマナ加速ができる」
「え? なにそれ!? 強くない?」
「強いよ。でも、ドラゴンがいない時に出したら、そのままマナに行くの。これでターン終了」
場に出た《ディグルピオン》を、みのりちゃんはすぐにマナに移動させる。
よかった、この段階でそんなクリーチャーが出たら困っちゃうけど、そんなに都合のいい話もなかった。
結局みのりちゃんがしたことは、マナを増やすことだけ。クリーチャーも並ばず、ターンを終える。
ターン3
小鈴
場:《トップギア》《エヴォル・メラッチ》
盾:5
マナ:3
手札:3
墓地:0
山札:27
実子
場:なし
盾:5
マナ:5
手札:3
墓地:2
山札:25
「よーし! じゃあ行くよっ! マナチャージして、《トップギア》でコストを1減らすね。4マナで《エヴォル・メラッチ》を進化! 《爆革命 グレンモルト》!」
わたしのシールドは五枚あるから革命能力は発動しないけど、状況はわたしが有利なはず。
みのりちゃんの場にクリーチャーはいないし、ここは一気に攻めるよ。
「《グレンモルト》で攻撃! Wブレイク!」
「トリガーは……ないねぇ」
「だったら《トップギア》でもブレイク!」
「こっちもトリガーなしだよ」
「なら、ターン終了。みのりちゃんのターンだよ」
《グレンモルト》と《トップギア》の連続攻撃で、みのりちゃんのシールドは残り二枚。次のターンには、ダイレクトアタックが決められるかな。
でも、なにもさせずに終わっちゃったら、みのりちゃんには悪いかも……
「私のターン……マナチャージして、6マナで《リュウセイ・ジ・アース》を召喚」
「スピードアタッカー……《トップギア》がやられちゃう……」
「それだけじゃないけどね。まずは《リュウセイ・ジ・アース》の能力で、山札の一番上を見るね……これはマナかな」
そう言ってみのりちゃんは、《メンデルスゾーン》をマナに置いた。
《トップギア》は攻撃されてやられちゃうけど、《グレンモルト》は残るはずだし、次のターンにシールドをゼロにできる。そうなれば、やっぱりわたしが有利だよね。
みのりちゃんにはもうマナがないし、このターンは攻撃以外には、なにもできないはず――
「さらに、《リュウセイ・ジ・アース》で攻撃――」
――そう、思っていた。
「――する時に!」
「っ!?」
ダンッ!
と、みのりちゃんは急に、カードをテーブルに叩きつけた。
《リュウセイ・ジ・アース》の上に、重ねる。
存在を上書きするように、飲み込むように、覆い被せて。
そうしてみのりちゃんは、宣言した。
「侵略発動!」
「し、侵略……?」
初めて聞く。いや、言葉として聞いたことあるけど、それもデュエマの能力なのかな。
見れば、みのりちゃんは俯いていた。顔を伏せて、表情が見えない。
唐突にみのりちゃんの様子が変わった。
急変、という言葉が、これ以上ないってくらい合致するほど、いきなりで、突然の変化。
その変貌は、みのりちゃんの纏う空気は、なんだかとても――こわい。
「ごめんね、小鈴ちゃん……私だって、本当はこんなことしたくない……でも、小鈴ちゃんが悪いんだよ……? 私は小鈴ちゃんを嫌いになりたくない……小鈴ちゃんと、ずっと一緒にいたいだけ……だから……」
「み、みのりちゃん……?」
「……侵略は、指定された条件を満たすクリーチャーが攻撃する時に、手札から攻撃中のクリーチャーに進化できる能力……そして、手札にあるこのクリーチャーの侵略条件は、私のコスト6以上の革命軍が攻撃する時――」
《リュウセイ・ジ・アース》の種族は確か、レッド・コマンド・ドラゴン、ハムカツ団、そして革命軍。
コストは6。みのりちゃんの言う侵略の条件は、満たしている。
「大丈夫だよ、小鈴ちゃん。私の気持ちは、絶対に小鈴ちゃんを裏切らないから」
ゆらりと、みのりちゃんが顔を上げる。
みのりちゃんは、笑っていた。だけど、今までわたしが見てきたみのりちゃんの笑顔じゃない。
目には暗い光が湛えられ、深淵を覗き込むみたいだった。口元だけが湾曲して、笑みを形作っている。
スゥッと、みのりちゃんの手が離れる。
そこには、《リュウセイ・ジ・アース》はいない。
革命軍という称号を乗っ取られた、侵略者がいた。
「裏切りの
☆ ☆ ☆
眼前に現れた、巨大な……鳥?
恐竜、始祖鳥……ドラゴンっぽくもある、怪獣だった。
がっしりとした、大木のような身体。太い足。緑色の翼も大きくて、怪しい羽を散らしている。
なにより目を引くのは、嘴に並ぶ鋭い牙。ギョロリとした眼差し。
鳥のように見えるけど、そう呼ぶには奇怪すぎて、禍々しすぎる。いつか図鑑で見た、大昔の鳥のような姿にも見えるけど、やっぱりそれは、わたしの目には、恐ろしい怪物に映る。
「侵略進化! 私のコマンドを進化元に、《裏革命目 ギョギョラス》をバトルゾーンに出すよ!」
「う、裏、革命……?」
「さらに!」
みのりちゃんは、今度は《ギョギョラス》を《リュウセイ・ジ・アース》ごと手に取り、持ち上げた。
そして、裏向きにして、手札にする。
「侵略した《ギョギョラス》を――手札に戻す」
「え? せっかく進化したの、戻しちゃうの……?」
「ふふっ。勿論、ただ戻すだけじゃないよ……私のコスト5以上の火か自然のクリーチャーが攻撃する時、革命チェンジも同時に発動したの」
「革命……?」
なんだろう。嫌な予感がする。
その名前は、わたしの切り札《グレンモルト》と同じ名前を持ってるけど、とても怖くて、不吉な響きだ。
革命チェンジ。そう宣言したみのりちゃんは、手札から新しいクリーチャーを場に出す。
「侵略に、革命に、裏切りを重ねよう――《蒼き団長 ドギラゴン
そのクリーチャーはを見て、聞いて、認識した瞬間、衝撃が走った。
姿も色も違うけど、それは、わたしの最初の切り札と、同じクリーチャーだったから。
「!? 《ドギラゴン》!?」
「小鈴ちゃんの持ってる《ドギラゴン》より、ずっと強いよ……さぁ、行くよ。ファイナル革命、発動!」
また革命。だけど、やっぱりその言葉には、怖気を感じる。
わたしの知っている革命とも、《ドギラゴン》とも、まったく違う偉業を感じる。
「革命チェンジで《ドギラゴン剣》が場に出て、なおかつこのターン他のファイナル革命能力を使ってないから、《ドギラゴン剣》のファイナル革命が発動するよ。その効果で手札またはマナゾーンからコスト6以下になるよう多色クリーチャーをバトルゾーンへ出せる……手札の《リュウセイ・ジ・アース》をバトルゾーンへ!」
「《リュウセイ・ジ・アース》が戻ってきた……!」
「まだまだ終わらないよ。《ギョギョラス》が場に出た時の能力を解決。《トップギア》をマナゾーンへ!」
「っ!」
「さらに《リュウセイ・ジ・アース》の能力で、山札を見るよ。これは手札に加えるね……じゃあ、攻撃だ」
ギラリと。
わたしの知らない《ドギラゴン》が、牙を剥き、刃を振るう。
「《ドギラゴン剣》でTブレイク!」
刹那。
わたしのシールドが三枚、切り裂かれた。
「っ……S・トリガーだよ! 《メガ・ブレード・ドラゴン》! 二体召喚! さらに、これでわたしのシールドが二枚以下だから、《爆革命 グレンモルト》の革命2発動! 相手クリーチャーは《グレンモルト》を攻撃しなきゃいけなくなるよ!」
「関係ないよ……どうせ殴り殺すつもりだったし。《リュウセイ・ジ・アース》で《グレンモルト》に攻撃」
一撃でわたしとみのりちゃんのシールド数が同じになったけど、お陰で《グレンモルト》の革命能力が発動できた。
強制的に攻撃させて、《リュウセイ・ジ・アース》を討ち取る。次のターン、《グレンモルト》と《メガ・ブレード・ドラゴン》でダイレクトアタックするしかない。
S・トリガーが出るかもしれないけど、そのための保険もある。
(《グレンモルト》のパワーは9000、《リュウセイ・ジ・アース》には勝てる……そうすれば、手札の《バトライオウ》が――)
視線を手札に向ける。《バトライオウ》が出れば、トリガーでクリーチャーが二体倒されても、まだダイレクトアタックが届く。
だけど、
「もう忘れてる。お馬鹿さんな小鈴ちゃんも、可愛いけどね」
「え?」
「小鈴ちゃん。私の手札に戻ったのは《リュウセイ・ジ・アース》だけじゃないんだよ?」
みのりちゃんは《リュウセイ・ジ・アース》をタップすると同時に。
手札のカードを再び、《リュウセイ・ジ・アース》に叩きつけ、重ね合わせ、覆い尽くした。
「侵略発動! 《裏革命目 ギョギョラス》!」
「あ……っ」
そうだった。
《ドギラゴン剣》が出た時、みのりちゃんは《ギョギョラス》を手札に戻してたけど、その《ギョギョラス》は《リュウセイ・ジ・アース》が進化したクリーチャーだ。
《ギョギョラス》と一緒に《リュウセイ・ジ・アース》も手札に戻って、《ドギラゴン剣》の能力で出した《リュウセイ・ジ・アース》は、それを場に戻しただけ。ということは、
「進化した《ギョギョラス》も、一緒に戻ってくる……」
「そういうこと。だから、そのS・トリガーは悪手だよ。《ギョギョラス》の能力で《メガ・ブレード・ドラゴン》をマナゾーンへ! そして《メガ・ブレード・ドラゴン》よりコストの小さい《葉嵐類 ブルトラプス》をバトルゾーンへ出して、《ブルトラプス》の能力で、もう一体の《メガ・ブレード・ドラゴン》にもマナに行ってもらうよ!」
「《メガ・ブレード・ドラゴン》が……」
トリガーで出たクリーチャーが、二体ともマナに送られてしまった。
マナは増えたけど、クリーチャーの数はぐんと減ってしまう。
それだけじゃない。
「さぁ、バトルだよ。《ギョギョラス》のパワーは12000!」
「《グレンモルト》はパワー9000……こっちの負けだよ……」
《ギョギョラス》が、巨大な足で《グレンモルト》を踏み潰す。
《バトライオウDX》がいてくれれば返り討ちにできたけど、わたしの手札には《バトライオウ》しかいない。
このターン、みのりちゃんは攻撃しかできない。わたしはそう思ってたけど、ただの攻撃が、こんな結果になるとは思わなかった。
わたしのクリーチャーは全滅。シールドも残り二枚。みのりちゃんの場には、わたしの場を蹂躙した《ドギラゴン剣》と《ギョギョラス》が唸っている。
《ギョギョラス》が足をどけると、《グレンモルト》は跡形もなくなっていた。完全に破壊されてしまったようだ。
と、そこで気付く。
「あれ? クリーチャーが……?」
実体化、してる。
この現象、鳥さんがいる時にいつも起ってるデュエマと同じ……
「みのりちゃん、まさか……!」
「違うよ小鈴ちゃん。私は、クリーチャーに憑依されてるわけじゃない」
みのりちゃんは、はっきりとそう言った。
その傍らには、《ギョギョラス》がいる。不快で奇怪な鳴き声を上げている。
「これは私の意志。私が望んでやってることだよ。クリーチャーに操られているわけじゃない……力は、貰ったものだけどね」
「クリーチャーのことも知ってる……」
どういうことなの?
なんで、みのりちゃんがクリーチャーのことを……いや、それよりも。
どうしてみのりちゃんは、こんなことを……
「安心して、小鈴ちゃん。わたしはいつだって、なにがあったって、小鈴ちゃんの味方だから……小鈴ちゃんがどう思ってても、私は、小鈴ちゃんを裏切らないよ」
「み、みのりちゃん……」
「それより、ほら、小鈴ちゃん。私はターンエンドだよ。次は小鈴ちゃんのターンだよ」
ターン4
小鈴
場:なし
盾:2
マナ:7
手札:3
墓地:2
山札:26
実子
場:《ドギラゴン剣》《ギョギョラス》《ブルトラプス》
盾:2
マナ:6
手札:4
墓地:2
山札:22
「……わたしのターン」
よくわからない。なにが起こってるのか、なんでこうなってるのか。
鳥さんもいない。わたしだけじゃ、なにもわからない。
……でも
(この現象にクリーチャーが深くかかわってるのは事実だし、今までもデュエマで勝てば解結してきた……だったら、きっと今回だって……)
同じ方法で、解決できるはず。
わたしはカードを引いた。
この状況をひっくり返せる、切り札を引くことを信じて。
「! よし、引けたよ! わたしの切り札!」
「じゃあ、最後まで見せて。小鈴ちゃんのすべてを」
「言われなくても! まずは《龍友伝承 コッコ・ゲット》を召喚! マナ武装3で、わたしのコマンド・ドラゴンの召喚コストを2少なくするよ! そして、この能力でコストを2下げて、4マナタップ! 《コッコ・ゲット》を進化!」
わたしの、初めての切り札。
剣埼先輩から貰ったデッキ。恋ちゃんやユーちゃんを相手に戦いぬいた、わたしの相棒。
みのりちゃんとは違う、わたしの力、わたしの切り札としての姿。
それが――
「力を貸して――《エヴォル・ドギラゴン》!」
☆ ☆ ☆
「これがわたしの《ドギラゴン》だよ、みのりちゃん! わたしは今まで、このクリーチャーと、みんなと、一緒に戦ってきたの! だから、今回だって!」
「……みんな、ね」
流し目で視線を逸らすみのりちゃん。なにを考えているのかわからないけど、焦っている様子はない。どっちかっていうと、つまらなさそうだ。
なんにせよ、これでまだわたしの勝機は消えない。逆転の芽が見えたよ。
「《ドギラゴン》で《ドギラゴン剣》を攻撃! こっちの《ドギラゴン》はパワー140000だよ!」
「《ドギラゴン剣》はパワー13000だから、負けちゃうね」
「わたしの《ドギラゴン》がバトルで勝ったから、《ドギラゴン》をアンタップ! さらに、このバトルでわたしの火のドラゴンが勝ったから、手札の《爆竜勝利 バトライオウ》をバトルゾーンへ!」
《バトライオウ》はこのターンに攻撃できないけど、まだ終わらない。
「アンタップした《ドギラゴン》で、《ギョギョラス》にも攻撃!」
「《ギョギョラス》のパワーは12000だから、やっぱり負けるね」
「もう一度アンタップ! 次はシールドを攻撃! Tブレイク!」
《ドギラゴン》の攻撃で、みのりちゃんのシールドはこれでゼロ。
まだやれる。まだ、戦える。
侵略に革命チェンジ。いきなり大きくて強いクリーチャーが出てきて驚いたけど、まだ、なんとかなる――
「小鈴ちゃんは、本当に可愛いなぁ」
「みのりちゃん……?」
「負けるってわかってるはずなのに、震えて、泣きそうで、それでも頑張って戦ってる……本当に、可愛いよ」
なにを、言ってるんだろう。
みのりちゃんの眼は、どことなく虚ろというか、焦点が定まっていないというか、むしろ定まりすぎているような、瞳の奥に揺らめく炎みたいなものが覗いていて、なんだか、不気味だった。
こんなみのりちゃん、見たことない……
「でも、ごめんね。私も手は抜けないの……もう、遠くに小鈴ちゃんを感じたくないから……ずっと近くで、寄り添っていたいから……我慢、できなくなっちゃったから」
みのりちゃんはカードを引くと、マナチャージせず、マナを横向きに倒した。
「3マナで呪文《スクランブル・チェンジ》。次の召喚する火のドラゴンのコストを5少なくして、スピードアタッカーを与えるよ」
「スピードアタッカーって……」
「そう。呪文の効果で3マナになった《
今度は、金色に輝く《ドギラゴン》……?
人型になってるけど、あの顔つきは確かに《ドギラゴン》だった。
「《ドギラゴールデン》の能力で、小鈴ちゃんの《ドギラゴン》をマナゾーンへ送るよ!」
「そんな……っ!」
《ドギラゴールデン》は手にした銃を放って、わたしの《ドギラゴン》を撃ち抜く。
すると《ドギラゴン》は消滅し、大地へと還っていった。
これでみのりちゃんの場には、《ブルトラプス》とスピードアタッカーになった《ドギラゴールデン》の二体。《ドギラゴールデン》はTブレイカーだから、S・トリガーが出ないととどめまで届いちゃう……
「《ブルトラプス》で攻撃する時、革命チェンジ発動! 《蒼き団長 ドギラゴン剣》!」
「そっちもあるの!?」
「ファイナル革命! マナから《メガ・カラクリ・ドラゴン》をバトルゾーンへ! シールドをTブレイク!」
ど、どうしよう。
このままじゃ、負けちゃう。S・トリガーが出ないと……
「! 来た、S・トリガー! 《イフリート・ハンド》で、コスト9以下の《ドギラゴールデン》を破壊!」
「三枚目かぁ、運がいいね、小鈴ちゃん。だけど、それじゃあ足りないよ」
「う……」
もう一枚ブレイクされたシールドはトリガーじゃない。
わたしには、みのりちゃんの追撃を防ぐ手立てはなかった。
「一応、革命0対策はしとこうか。《メガ・カラクリ・ドラゴン》で攻撃する時――侵略発動! 《カラクリ》を《裏革命目 ギョギョラス》に侵略進化!」
ダメ押しのように《ギョギョラス》まで現れる。
能力で《バトライオウ》がマナにされて、みのりちゃんのマナゾーンから新しいクリーチャーが出て来る。
大きくて、おぞましい。太い体幹、不気味に広がる両翼。牙の並んだ嘴。
その巨大な、龍のような、鳥のような怪物は、わたしの恐怖心を煽って、駆り立てる。
でも、それだけじゃない。
胸の奥の方が、キュッとなる。苦しく感じる。
このクリーチャーのせいなの? それとも……
「お願いだから……私から離れないで、小鈴ちゃん……ずっと、傍にいてほしいの……」
「え……?」
なんだろう、今のは。この感覚は。
みのりちゃんの顔に挿した影に、一筋の光が流れたような――
「……これでおしまいだよ、小鈴ちゃん!」
――わたしには、それを考える余裕も、確認する隙もなかった。
みのりちゃんの繰り出す圧倒的な力の前にひれ伏し、蹂躙され、押し潰される。
「《裏革命目 ギョギョラス》で、ダイレクトアタック――!」
☆ ☆ ☆
「みのり……ちゃん――」
ガクッと、小鈴ちゃんは後ろに倒れ込む。
ちょうどそこは木のベンチで、座り込む形になった。
今の小鈴ちゃんは生身の身体。ダイレクトアタックの直撃は危険だから避けたけど、衝撃で気を失っちゃったかな。
それとも、私がこういう形で立ち向かって、ショックを受けちゃったかな。そうだったら嬉しいけど。
でも、安心して欲しいな、小鈴ちゃん。
小鈴ちゃんが私を裏切ったとしても、私は絶対に小鈴ちゃんを裏切らないから。
対戦が終わったらあの人が来るかと思ったけど、まだ来ないな。
とりあえず、どうしようか。このまま小鈴ちゃんを寝かせておくわけにもいかないし――
「小鈴!」
――え?
「小鈴! なにがあったんだ、一体……!」
「あなた……」
「君は小鈴の……これは、どういうことだ?」
綺麗に整えられたショートヘアーに、ふわふわなフレアスカート、フリルのデザインが可愛いブラウスを着た――男の子。
まるっきり女の子にしか見えないけど、私の知識が目の前の眩惑を振り払う。
そんなことよりも。
「ここで邪魔が入るとは思わなかったなぁ」
「邪魔? これは、君の仕業なのか?」
「あなたには、関係ないかな」
「関係ないわけあるものか! 小鈴は、ボクの友達だ!」
「友達、か……」
さて、どうしようかな。
華奢な子だけど、男の子なんだよね、一応。
あの人が来てくれればいいんだけど、信用できないし、ちょっとまずいかも。
この子はあの三人の中では、強い部類だ。少なくとも、小鈴ちゃんよりも強い。
どんなデッキを使うかもわからないし、絶対に勝てる保証はないんだよね。
「……例の鳥も来ないみたいだし、ここは一旦、退いた方がいいのかな。はらわたが煮え繰り返るほどに納得いかないけども」
私はデッキをケースに収めると、それを鞄に仕舞いこむ。
そして、小鈴ちゃんらに、背を向けた。
「あなたに頼むのはちょっと癪だけど、小鈴ちゃんのこと、お願いね」
「……逃げるのか?」
「追いかけたいならご自由にどうぞ。でも、このままじゃ小鈴ちゃん危ないし、任せるよ。ちゃんと送ってあげてね」
「な……おい!」
後ろから彼の声がするけど、気にしない。とっとと走り去ってしまおう。
しばらく走った。走るのは得意だ。特になにも考えず、無心で走って、着いた。
家に。
「…………」
なぜか、あの人がいた。
「よう、遅かったな。首尾はどうだ?」
「天然なのか、見ててあえて言ってるのかわからないんだけど」
「オレ様にも色々ある。自由に出歩ける身分ではないのでな」
「あっそ。まあ、どちらにせよ、今回は失敗、かな」
「そうか。残念だ」
「全然そうは見えないね」
「チャンスはいくらでもあるからな。そう焦ることでもないだろう」
「……私は、焦るよ」
この人にはわからないだろうけどね。
だけど私は、急ぎたい。
だって……
「ずっと近くにいたはずの小鈴ちゃんが、いつの間に離れてて……いつか、遠くに行っちゃいそうなんだもん……」
だから、その前に。
小鈴ちゃんが本当に、私のいない違う場所に行っちゃう前に。
あの頃の、お互いに初めて友達だった小鈴ちゃんを、取り戻すんだ――
それでは、ここから後編へと続きます。
誤字脱字、ご意見ご感想等ありましたら、お気軽にどうぞ。