デュエ魔法少女マジカル☆ベル   作:モノクロらいおん

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 外宇宙の大いなる存在を前にした時、矮小な生き物はなんの価値もなく消えていくもの。ドラマもなにもなく消えるのは一瞬。


51話「復元しよう Ⅹ」

「がっ、は……っ!?」

 

 およそこの世の常軌を逸脱した豪腕が、眠りネズミを吹き飛ばす。

 黒い森の中、小さき獣の火は、消えようとしていた。

 

「“あちら”は捕え損ねたようだけれど、“こちら”は遂行できたようね。とはいえ、あなたの全身を蝕む呪いがなければ、私に勝機はなかったでしょう」

 

 静かに眠りネズミを見下ろす、シリーズ・コレー。

 濁りのないほどに純粋に狂った眼差しは、とても、冷徹だった。

 

「もっとも、あなたに呪いを宿すほどの脅威的な力がなければ、私が自ら手を下すこともなかったのだけれど。女王を脅かすほどではないにせよ、あなたの持って生まれた力は、眷属としては規格外。行き過ぎた力は、排斥しなければならないわ」

 

 シリーズ・コレーは拳を握り締める。その細腕からは考えられない剛力を発揮する、純然たる“力”のみが集積された、破砕の豪腕。

 それを振り上げる。

 ただ叩き付けるだけでいい。力任せに振り下ろすだけでいい。それだけで、小さな火鼠は塵も残らず、鎮火する。

 

「あなたが死ねば“彼女”はきっと泣くでしょう。けれど、私は神の巫女。母の勅命が、私のすべて」

「く……そ、が……!」

 

 身体が動かない。対戦中は振り払っていた睡魔が、纏めて襲いかかってきた。

 それをまた振り切る気力も、抑え込む胆力も、もう眠りネズミには残っていない。

 恐怖より、悔しかった。捨て石になることが前提の作戦と言えども、彼にその気などなかったのだから。

 友が――姉のような友を、この手で救えなかったことが。もう一度会うこともできず、果てることが。

 自分の力が及ばないせいで、大切な人に手が届かないことが。

 ただ、悔しい。

 

「さようなら、『眠りネズミ』」

 

 その悔しさも、彼女の前では有象無象。

 無慈悲に、眠りネズミへと、純粋な死が振り下ろされる――

 

「――あら」

 

 彼女の手が、ピタリと止まる。

 それは妨害とも、阻止とも言えない、小さな力。

 ただ気になったから。気が逸れたから。目についたから。そんな取るに足らない微かな理由で動きを止めたにすぎない。

 シリーズは、自分の腰にしがみつく何者かを睥睨する。

 

「退きなさい。今、あなたに用はないわ」

「ど、退きません……っ!」

 

 シリーズの動きを止めたのは、ユニコーンだった。

 もっとも、動きを止めたと称するには、彼女はあまりに非力で、あまりにお粗末ではあるが。

 

「ユニ子……」

「ゆ、ユニだって【不思議の国の住人】なんです! 仲間が目の前で消されていくところを、黙って見てるなんて……そんなの……!」

「や、やめろユニ子! そいつはてめぇがどうにかできる奴じゃねぇ……!」

 

 今にも泣き出しそうで、崩れ落ちそうで。

 逃げ出したい気持ちもあるだろう、震えた身体で。

 けれども小さな身を精一杯に奮起させ、ユニコーンは恐怖心に苛まれながらも、シリーズに立ち向かっていた。

 それは、勇気と呼ぶべきなのか。

 あるいは、愚行か、蛮勇か。

 

「……愚昧。とはいえあなたは正しい。仲間を守るのは群れの掟。けれど、逆ね。子は守られるべきものなのよ」

「だと思います……でも、その大人は、みんな、みんな! あなたたちが!」

「そうね。私は狩りやすい獲物を狩るべきだと思うのだけれど、ミネルヴァたちは賛同しなかったわ」

「だからユニが……ちっちゃくてよわっちいユニでも、“捨て石”くらいには、なれるんです……!」

「ゆ、ユニ子……」

 

 それは、自己犠牲だった。

 彼女なりの責任、だったのかもしれない。

 庇護されるばかりの小さな少女の、微かな責務。いなくなっていく仲間達への、贖罪のような務め。

 

「馬鹿野郎……んなもん、てめーが考えることじゃねーだろ! 捨て石なんて、そんな、んなのよぉ!」

「でも、ユニができるのはこのくらいなんです! こんなことでしか、皆さんのお役には立てない……!」

 

 【死星団】を倒す力なんてない。渡り合うこともできなければ、逃げたり、隠れたりする計略もない。

 なにもできない子供だ。

 けれど逆に言えば、捨て石でもなんでも、使い捨ての盾であろうと、役割があるのなら。

 少しくらいは、報えるから。

 だから彼女は、我が身を擲つと、決めたのだ。

 

「群体としては正しいのに、幼生としては間違い。まったく歪んだ思想ね。まあ、子供なら稀にある変異でしょう」

 

 スッ、と。

 シリーズはユニコーンの頭に触れる。

 愛撫するように、母のように優しく、しなやかな手で包み込む。

 

「教育だなんて柄ではないのだけれど。必要であるのなら、あなたもあるべき姿に戻してあげましょう」

「っ……!」

 

 ぐじゅり

 

 シリーズの腕から湧き上がる、黒い泡。

 それは触手のように広がると、瞬く間に、ユニコーンを飲み込んでいった。

 声すらあげる間もなく。

 呆気なく、無慈悲に。

 【不思議の国の住人】がまたひとり、消え去った。

 

「私の町は収容所ではないのだけれど、いいわ。ゴーツウッドの田舎町を堪能なさい」

「あ……あ、ぁ……!」

 

 嗚咽が漏れる。慟哭すらも枯れる。

 眠りネズミは悔恨、倒れ伏したまま、血が滲むほどに拳を握り締める。

 

「クソ……クソクソクソクソクソ! チクショウ! ユニ子、ユニ子……! すまねぇ……!」

 

 自分のために、仲間がひとり、消えた。

 その事実が、彼の心を、押し潰す。

 

「……自己犠牲のつもりだったのでしょうけれど、あなた、動けるのかしら?」

 

 無論、動けるはずもない。

 必死に身体を起き上がらせようとしても、激痛と睡魔が同時に襲いかかり、まともに身体が動かせない。そもそも身体に力が入らない。

 ユニコーンが我が身を挺して守ったと言えど、眠りネズミはこの場から逃げることもできない。

 

「そうよね。彼女の犠牲は無意味だった。悲しいことだけれど、自然とは不条理だから」

 

 シリーズは再び腕を振り上げる。今度こそ、その豪腕に打ち砕かれることだろう。

 後悔ばかりが募る。死力を尽くしても及ばなかったこと。妹分に身体を張らせてしまったこと。だというのに、身体が動かせないこと。

 なにもできないのは、むしろ自分だと。

 結局、口だけで、なにも為せないと。

 己の無力さが――悔しい。

 

「瞬きのような延命。あなたにとっては悠久かもしれないけれど、結果は同じ――さようなら」

 

 再び、彼女の腕が振るわれる。

 容易く命を散らす無慈悲で不条理な剛力が、災禍の如く、眠りネズミへと降りかかる――

 

 

 

「――眠りネズミッ!」

 

 

 

 しかしなんということだろうか。

 一度救われた命。ほんの僅かな延命でしかなかったが。

 その僅かな時間の間に、“彼”が、追いついた。

 

「あ……あ、あ……」

 

 気付けば彼の腕の中にいた眠りネズミ。助かった、以上にその顔に吃驚を禁じ得ない。

 

「アギリ!?」

 

 それは、アギリだった。

 シリーズがここに来た以上、既にやられたものかと思っていたが、眠りネズミの想像とは裏腹に、疲弊はしているようだが負傷している様子はない。

 ――いや、こいつが簡単にくたばるとも思っちゃいなかったけどよ。

 それにしたって敗戦してここまで来たような風体ではないのが少々疑問ではあるが。

 

「てめぇ、生きてやがったのか!?」

「? 無論だが。なぜ死んだことに――む」

 

 アギリは眠りネズミを抱きかかえたまま、シリーズを見遣る。

 

「シリーズ・コレー……貴様、なぜここに。いや……」

 

 彼女はジッと、静かにふたりを睥睨しているだけだった。

 

「こちらで倒した個体が転移したのか? 瞬間移動……女王の眷属ならば、やってのけても不思議はないが……」

「なんの話かしら。あなたは彼女を倒した。私は彼を倒した。これは、それだけの話よ」

「……まあいい。今はこの場を離脱する。貴様に取り合うつもりはない」

 

 眠りネズミを抱え直し、アギリは退路を確認。

 そして脱兎の如く、駆け出した。

 しかし眠りネズミは叫ぶ。

 

「おい待てよ! ユニ子が……!」

「……一部始終は見ていた。ユニコーンはやられた。奴は捨て石としての役割を十全に果たした……己が使命を遂げたのだ」

「んだと! てめぇアギリ、見損なったぞ!」

 

 静かに告げるアギリに、眠りネズミの頭は茹だるように熱くなった。

 捨て石だなんて冗談じゃない。そんな簡単に言い捨てられるようなことじゃない。

 自分よりも幼い身で、恐怖と狂気に苛まれて、壊れそうなほど身体を震わせながらも、彼女は勇敢に脅威へと立ち向かったのだ。

 ただの役割や駒じゃない。ユニコーンという少女は、我らが仲間は、分不相応な責務を背負って散っていった。

 それに、それ以前に。

 目の前で、仲間がひとり、消えたのだ。

 

「仲間がやられたってのに、てめぇはなんでそんな平気でいられるんだ!」

 

 眠りネズミは叫ぶ。

 燃えるような熱を込めて、冷ややかなアギリを責め立てる。

 

「平気なわけないだろッ!」

「っ!」

 

 しかしアギリから、即座に鋭い言葉が返された。

 彼の声にも、眠りネズミには負けないほどの、熱が籠もっていた。

 アギリは一呼吸置いて、静かに口を開いた。

 

「……問おう、眠りネズミ。狭霧は、(ボク)の妹はどこへ行った?」

「あ? ……あ」

 

 そう言われて、思い返す。

 シリーズとの戦いにばかり執着していたが、あそこでは狭霧も、ヤングオイスターズの数少ない生き残りも、共に戦っていたはず。

 しかしその姿は、影も形もない。つまり、

 

「だろうと思った。姿は見えなかったが、以前見た姉の痕跡が微かに残っていた……妹の末路は、想像に難くない」

 

 冷ややかに告げるアギリの眼には悲哀が滲んでいた。どこか苦しそうで、必死に苦しみを堪えているようで、痛ましかった。

 

「貴様やユニコーンのように、劇的な終わりさえも迎えられない。何者に語られることもなく、妹は幕の裏側で惨めに消えたのだ。仲間である以上に兄妹が、それ以前に己自身が消えた。今や『ヤングオイスターズ』は俺(ボク)ひとりだけ、この身も心も、八つ裂きにされているようだ……!」

「……悪ぃ」

「構わん……とは言わん。狭霧とユニコーン、我々は2名の仲間をここで失った。その意味を、重く受け止めなくてはならない」

 

 数少ない生き残りのレジスタンス。

 それが、さらに減ったのだ。

 この手から次々と零れ落ちていく。

 

「彼女らの犠牲を無為にはしない。必ずや、奴を討つ」

「……あぁ」

「だから、今は撤退する。水早霜が目的地に辿り着けたかは不明だが……今はこちらに脅威が迫っている状況。彼のことは信じ、こちらは帰還する他ない」

「あぁ……わかったよ。クソ……ッ!」

 

 微かな希望の裏で、多くの犠牲が絶望の渦に沈んでいく。

 深い傷痕を残しながら、ふたりはひた走る。

 水早霜――彼にすべての希望を託して。

 

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「脱兎の如く。兎狩りね」

 

 シリーズは逃避するふたりの背中を見つめる。

 しかしただ見ているだけではない。その眼は狩人の眼差し。獣の眼光として輝く。

 

「逃した獲物もやって来たのであれば好都合。纏めて粉砕しましょう」

 

 追跡、などと生易しいものではなく。

 まるで嵐の如き暴威が、彼らをその牙で捕えるべく、追従する――

 

「――あら。ミネルヴァ? どうしたのかしら」

 

 裸足を一歩、踏み出そうとしたところで、彼女の動きが止まった。

 シリーズはなにもないはずの虚空へ、そこにいないはずの誰かへと語りかける。

 

「……そう、彼女が」

 

 多くは紡がず、僅かな言葉だけを残して、彼女は踵を返す。

 

「“彼”も動き出したのかしらね。それは別に構わないのだけれど」

 

 ほんの僅かに、シリーズは逃げ行くアギリと眠りネズミを流し目で見遣る。

 

「目の前の獲物を逃すのは業腹だけれども……いいえ、彼らは刈り取るべき異物であって、食い物ではない。であるならば、群れを守ることが群集として正しい」

 

 自然の理に従うのであればそれが正しい判断。事実自分はそのように口にした。

 この場に赴いたのも、タイミングの都合が良かったからに過ぎない。ここで躍起になって彼らを叩く必要はない。

 それ以上に大事なものは、母体の保護。己に課せられた役割はそちらなのだから。その役目を優先するのは道理。

 ――シリーズ・コレーは溶けていく。

 ぐじゅぐじゅと、爛れた腐肉のように融解し、撹拌していく。

 大地に黒い染みがつき、しかし黒い森はそのままに。

 世界は異常に侵されたまま、この場の幕劇は終えたのだった。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 呼び出された公園に、香取実子はひとり立ち尽くす。

 しばし物思いに耽っていた彼女だが、ひとつの足音に振り返った。

 待ち人来たり。歓迎などはしない。

 ほんの少しの気まぐれと、奥底にこびり付いた残り滓のような責任感と、ありもしないと割り切った期待を抱いて。

 彼を迎える。

 

 

 

「――来たね、水早君」

 

「あぁ――実子」




 シリーズがなにやらミネルヴァと独り言で会話していますが、これは後々の話で関係してくるはずなのに適度に忘れていいタイミングで思い出してください。
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