デュエ魔法少女マジカル☆ベル   作:モノクロらいおん

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 遂に本気を出したメルちゃんことメルクリウス。
 天真爛漫な皮は剥がれ落ち、幼い身に邪悪と狂気が満ち満ちる。


51話「復元しよう ⅩⅡ」

 霜とメルクリウスの対戦。

 霜は2ターン目に《珊瑚妖精キユリ》を召喚。一方でメルクリウスは、いまだ動きがないが、

 

「あたしのターン! 2マナで呪文《選伐!美孔麗MAX》なのです! 山札から2枚見て、片方をボトムに。そしてドローなのです」

「……3ターン目に2マナの手札調整か。これは、事故ってるな」

 

 2ターン目に動かず、3ターン目に2マナのカードで、やることが手札も盤面も増えないただの調整。

 およそスムーズな動きとは言えず、手札事故を起こしているように感じる。

 

「大仰な口上のわりには拍子抜けだな。そっちが鈍いなら、先んじさせて貰おう。《キユリ》の能力で、各ターン最初に召喚するクリーチャーのコストは1軽減される。3マナで《怒流牙 佐助の超人》を召喚だ! 1枚ドローし、1枚捨てて、そのまま墓地に落ちた《ドンドン水撒く(シャワー)ナウ》をマナに戻す。ターンエンド」

 

 

 

ターン3

 

 

メルクリウス

場:なし

盾:5

マナ:3

手札:4

墓地:1

山札:27

 

 

場:《キユリ》《佐助の超人》

盾:5

マナ:4

手札:3

墓地:0

山札:26

 

 

 

「あたしのターン! お、いいカード引いたのです。4マナで《奇天烈 シャッフ》を召喚なのです!」

「《シャッフ》か……」

「指定する数字はぁー、うーん、あなたのマナは次で5マナ。なら5を選ぶのです!」

 

 《シャッフ》は、登場時と攻撃時、指定したコストのクリーチャーの攻撃や呪文を止められる。即効性があるだけでなく、継続的に相手の動きを縛ることができる。

 確かに強力なクリーチャーだが、その能力が活用されるかどうかは、相手と、状況にも左右される。

 

(安直な数字選択。特に刺さるわけでもない状況。強力なカードでも、使い方が悪ければ痛くも痒くもない)

 

 場合によってはコスト5の呪文を止められるのは厳しかったかもしれないが、今の霜の場には《キユリ》がいる。

 呪文よりも、クリーチャーで攻めていく場面。《シャッフ》のことなど気にならない。

 

「ボクのターン。《キユリ》でコスト軽減し、5マナで《龍覇 メタルアベンジャー》を召喚! 超次元ゾーンから《龍波動空母 エビデゴラス》をバトルゾーンへ!」

 

 淀みない動き。理想的な流れでクリーチャーを展開し、もう《エビデゴラス》まで辿り着けた。

 

(しかし《M・A・S》の方が引けてれば、《シャッフ》を戻せたが……いや、それも一長一短か。今は、この引きで良かったと言える状況に持ち込むべきだ)

 

 《メタルアベンジャー》には、呪文に対する耐性(アンタッチャブル)がある。《キユリ》もカードタイプに縛られず目標に選ばれない。

 クリーチャーも3体も展開できているため、ここは押して行き早期決着を目指したいところだ。

 

「ターンエンド」

 

 

 

ターン4

 

 

メルクリウス

場:《シャッフ》

盾:5

マナ:4

手札:3

墓地:1

山札:26

 

 

場:《キユリ》《佐助の超人》《メタルアベンジャー》《エビデゴラス》

盾:5

マナ:5

手札:2

墓地:0

山札:25

 

 

 

「あたしのターン! 4マナで《結晶龍 プロタゴニスト》を召喚!」

 

 宙の彼方から、水晶で覆われた龍が飛来する。

 しかしそれは霜が操るような論理と計算で構成されたものではなく、美麗であるか、という一点を追求した、おぞましくも美しき結晶龍。

 鳳の如き翼をはためかせ、自我と狂気に満ちた燃えるような眼を煌めかせ、それは氷河の上に降り立った。

 

「それでは《シャッフ》で攻撃なのです! 選ぶ数字は5!」

「ここで攻撃だって? しかも指定が5……? ……《佐助の超人》をニンジャ・ストライクで召喚。ドローして墓地の《クロック》をマナへ……攻撃は通す」

 

 その奇妙な攻撃に、霜は念のために保険を掛ける。

 そして1枚、霜のシールドが打ち砕かれた。

 

(トリガー……でも《ドンドン水撒くナウ》、コスト5だから使えない。まさかこれを見越して?)

 

 いや、まさかそんなはずはない。こちらのシールドの内容を読んでいるなんて、そんなことはあり得るはずがない。

 偶然だ。しかし彼女が、どのクリーチャーにも引っかからないコスト5を指定して《シャッフ》で攻撃した意味とは――?

 

「……ボクのターン。《エビデゴラス》で追加ドローする」

 

 不気味だ。陽気に笑っている姿はただ邪悪なだけではなく、底の知れない不安を煽る。

 ジリジリと肌を刺すように迫り来る狂気。しかし今は、それに飲まれてはいけない。

 必死で恐怖も狂気も振り払う。ただの凡人でも、凡人なりに足掻き、神の如き化生へと立ち向かう。

 

「《キユリ》でコスト軽減、し6マナをタップ! 《佐助の超人》を進化!」

 

 最速で、最高効率で、結実した理想の流れ。

 悪しき眷属に立ち向かうための力を。

 凡夫の知恵と勇気で絞り出す。

 

 

 

「邪悪を閉ざせ! 《革命龍程式 プラズマ》!」

 

 

 

 水晶が浮上し、崩壊し、破裂し、飛散する。

 透き通るような、異物のない純粋な水晶を纏う、叛逆の龍。

 それは脅威に抗うレジスタンスの力。

 ここまで、この身に代わって置いてきた仲間たちの希望も込めて。

 霜は、引く。

 

「《プラズマ》の能力発動! 山札から4枚ドローする! そして、これでターン中にカードを5枚以上引いたから、《エビデゴラス》が龍解する! 《最終龍理 Q.E.D.+》!」

 

 一度手はずが整えば、後は連鎖的に、すべてが繋がっていく。

 きっかけは《プラズマ》が作る。それを契機に《Q.E.D.+》が起動する。そして引き込んだ大量の手札に、《ミラダンテ》が――

 

(……やられた)

 

 ――ある。あるが、しかし。

 霜はここで、ようやくメルクリウスの意図を理解することになる。

 少し、気付くのが遅かった。考えることでしか脅威に立ち向かえないのが凡人だというのに、その武器は、鈍っていた。

 

(手札に《ミラダンテ》も《ジャミング・チャフ》も揃った……が、止められてる。《ファイナル・ストップ》から変えてしまったからな……)

 

 霜の必殺パターン。《プラズマ》を呼び出し、《Q.E.D.+》を龍解させ、大量に引き込んだ手札から《ミラダンテⅩⅡ》と《ジャミング・チャフ》を放ち、あらゆる防御手段、反撃手段を封殺して押し切る。

 盤面にはクリーチャーも多い。一気呵成と攻め込み、攻め落とすだけの戦力は揃っている。

 しかし、相手に先んじられていた。

 

「くふふ」

 

 メルクリウスは、邪悪に微笑む。

 前のターンの《ジャッフ》の攻撃が、ここで効いてくる。

 《シャッフ》が指定した数字は5。その数字は、今の霜のクリーチャーには関係ないが、コスト5の呪文が止められているということは、《ジャミング・チャフ》が撃てないということ。

 それはつまり、霜の必殺の動きに、綻びが生まれた、ということだ。

 

(どうする? 打点は足りてるし、こっちには選ばれない《キユリ》と《メタルアベンジャー》がいる。呪文が止められなくても、押し切れそうには見えるが……)

 

 チラリと、盤面を見る。

 幸いにも今の霜の場には、耐性持ち(アンタッチャブル)が多い。仮に呪文を撃たれても、通じない可能性は十分ある。

 しかしあの場面でわざわざ5を選択して《ジャミング・チャフ》を止めたのだ。それはつまり、この打点を防ぐだけの呪文のトリガーが搭載されている……と、考えられる。

 メルクリウスがそこまで考えて5を宣言していれば、の話だが。

 

「あれれー? お兄さん、ひょっとしてビビってるのです?」

 

 彼女に視線を向けるとなにか察したのか、メルクリウスは愉快そうに笑っている。

 

「相手を雁字搦めにしないと、こーんなちっちゃな女の子ひとり襲えないようなクソ雑魚なのです?」

 

 安い挑発だ。暗に殴ってこいと誘導しているつもりだろうか。

 

(見えてるトリガーは……墓地に《美孔麗MAX》、マナに《バンビシカット》、G・ストライクが《Re・ライフ》と《とこしえ》……)

 

 防御札はほとんど呪文で、対象を取るカード。《メタルアベンジャー》や《キユリ》ならほぼ遮断できそうに見える。

 無論、まだ見えていない防御札が隠れている可能性も高いが、メルクリウスは山札からサーチなどは行っていない。彼女にも、自分のシールドの中身はわからないはず。

 それなら、なにが合理的で、勝率が高いか。

 退くか攻めるか、逡巡し。

 答えを、導き出す。

 

「……《プラズマ》でプレイヤーを攻撃」

 

 その答えは――攻め。

 これだけ攻めるための盤面が揃っているのなら、その好機を逃す手はない。

 相手はまだろくに動けていない状態なのだ。本格的に力を発揮する前に、攻め落とす。

 

「革命チェンジ!」

 

 攻撃中の《プラズマ》は水晶に覆われる。

 迫り上がった大氷山の中に封じ込まれ、そして、

 

 

 

「あの邪悪を征する。来い――《時の法皇 ミラダンテⅩⅡ》!」

 

 

 

 氷山を突き破り、時を超えて、それは顕現した。

 負も悪も邪も律し、理想の未来を辿る標。

 不完全ではあれども、その力は、頼もしい。

 

「能力発動だ。呪文は唱え……ない。1枚ドローするだけだが、こっちは発動する。ファイナル革命!」

 

 《ミラダンテ》の時計盤が輝きを放つ。時は定められ、その流れはすべて《ミラダンテ》が掌握する。

 

「おっと……!」

 

 グンッ、と。

 メルクリウスに重圧が掛かった。

 

「君は次のターンが終わるまで、コスト7以下のクリーチャーを召喚できない!」

 

 クリーチャーの召喚制限。呪文こそ止められなかったが、これだけでも強力無比だ。

 そしてそのまま、綺羅星の如く《ミラダンテ》は突貫する。

 

「《ミラダンテⅩⅡ》でTブレイク!」

「くふふっ、残念なのですね。ほら、S・トリガーなのですよ!」

 

 砕け散ったシールドの破片。

 その中にS・トリガーはない。そう、S・トリガーは。

 メルクリウスは、散っていくシールドの中から1枚を、スッと手に取る。

 

「《「我が力、しかと見よ!」》! パワー12000以下の《Q.E.D.+》を破壊なのです! さらにガチンコ・ジャッジ!」

 

 霜が捲ったのは、コスト2の《珊瑚妖精キユリ》。

 メルクリウスが捲ったのも、コスト2の《選伐!美孔麗MAX》。

 同コストのため、メルクリウスが勝利し、彼女は1枚ドローする。

 これで、とどめを刺すまでの打点は削られてしまった。

 しかしそれは想定内。次善の策は、既に織り込み済みだ。

 

「《メタルアベンジャー》で《シャッフ》を攻撃!」

「おぉう、ノータイムで相打ちなのです。思い切りがいいのですね」

 

 このターンで決めきれなくても、《ミラダンテⅩⅡ》でクリーチャーの召喚はほとんど遮断している。

 一撃で仕留められないなら、相手の反撃を封殺し、次のターンで攻めきるまで。霜はそう考えていた。

 

(《プラズマ》のお陰で手札は十分。次のターンにも《ジャミング・チャフ》は撃てる)

 

 手札が多ければ、そのぶん防御札も多く抱えられる。攻めも守りも充足している。

 している……が。

 

 

 

ターン5

 

 

メルクリウス

場:《プロタゴニスト》

盾:2

マナ:5

手札:5

墓地:3

山札:24

 

 

場:《キユリ》《メタルアベンジャー》《ミラダンテⅩⅡ》《Q.E.D.+》

盾:5

マナ:7

手札:8

墓地:1

山札:16

 

 

 

 霜は少しばかり、メルクリウスを侮っていた。

 確かに脅威ではあると認識していた。しかし少女の姿。怒りっぽく子供っぽい性格。どこか人間くさいような挙動。妙に人心を理解できていない欠陥。

 そんな節々から、メルクリウス・エノシガイオスという存在を舐めていた。

 しかし彼女は【死星団】にて2番目に生まれたⅡ等星。ミネルヴァに続く序列2位。

 今はまだ発展途上の幼生でも、外宇宙の神秘と狂気を孕んだ闇の眷属であることに違いはない。

 それを、彼は理解していなかった。

 否。

 理解、できなかった。

 無理もない。

 それはただの人が認知できるようなものではないのだから。

 

「あたしのターン! まずは《プロタゴニスト》の能力発動!」

 

 《プロタゴニスト》が咆哮する。結晶が仄かに赤く輝き、熱を、帯びている。

 メルクリウスは自身の手札をすべて、宙に放る。

 

「あたしの手札をすべて山札の下に戻すのです。そしてそれと同じ枚数だけ引いて、ターン開始時のドローなのです!」

 

 放られた手札は宙の彼方へと吸い込まれていき、代わりに新たな手札が充填される。

 そして――

 

 

 

「――ビビッドロー!」

 

 

 

 バチバチバチッ!

 

 

 

 手にしたカードが、赤く稲光るように、青く凍てつくように、弾け、爆ぜ、炸裂する。

 

「っ! ビビッドローか……!」

 

 ドロー時に公開することで、コストを軽減して使うことのできるカードたち。主にクリーチャーを早出しすることで速攻を仕掛けていくための力。

 タイミングの関係上、発動は不安定だが、それを《プロタゴニスト》の能力で、多くの手札を入れ替えることで強引に為し得た。しかし、

 

「《ミラダンテⅩⅡ》のファイナル革命で、コスト7以下は召喚できない。ビビッドローはコストを軽減するだけで、あくまでも召喚によって登場する能力だ。お前の好きにはさせない」

「あらら、残念なのです」

 

 しょんぼり、と表情を作り。

 嘲笑うかのように、肩を竦めるメルクリウス。

 彼女は邪悪な眼差しで、霜を射貫く。

 

「まさかそんなゆるーいロックがあたしに通じるとでも?」

「なに……っ?」

「召喚を止めたくらいでいい気になるんじゃねーのですよ。止めるなら徹底的に呪文も止めないと。ま、もっとも、その“止めるための呪文”は、あたしが先に止めたのですけど。先見の明ってやつなのです」

 

 そう。

 ビビッドローはなにもクリーチャーを早出しするためだけの能力じゃない。クリーチャー以外のビビッドローも、存在する。

 そしてメルクリウスの行動の真の意味はここにある。

 《ジャミング・チャフ》を止めたのは防御のためではない。ロックを破り、攻撃を凌ぐための手段ではなく。

 

「《プロタゴニスト》の能力で、あたしのビビッドローで使うカードのコストは2軽減、2マナで呪文――」

 

 霜を、蹂躙するための一手だ。

 

 

 

「――《「祝え!この物語の終幕を!」》」

 

 

 

 また、爆ぜる。

 暗闇の宙に、熱気が、冷気が、火が、水が、迸り、炸裂する。

 

「呪文の効果で1枚ドローして、手札から水か火のコスト7以下のクリーチャーを、スピードアタッカーをつけてバトルゾーンに出すのです。これは召喚じゃないから、《ミラダンテⅩⅡ》では止められないのですね」

「くっ、《ジャミング・チャフ》が撃てていれば……!」

 

 いや、相手はこれを見越して、あのタイミングで《シャッフ》は攻撃したのだ。

 きっとそれだけではない。《プロタゴニスト》の存在から、攻撃して手札を与えてしまったのも、裏目になった。

 盤面を見れば攻撃したくなるような状況。ロックを破りつつも、攻撃は誘う。

 すべてはここで、霜を叩き伏せるための布石。

 筋書きはすべて、彼女が握っていた。

 

「そのターンしかものを考えられない奴はド三流なのですよ。呪文の効果で出すのは《龍素記号Sr スペルサイクリカ》! 《スペルサイクリカ》の能力で、墓地に落ちた《「祝え!この物語の終幕を!」》を回収し、もう一度唱えるのです!」

 

 

 

バチバチバチッ!

 

 

 

 火と水が混ざり合い、プラズマとなり弾け飛ぶ。

 メルクリウスは、その激しく弾ける力の奔流を、握り潰す。

 

「本日は月並みなタイミングでのご登場なのですね。サプライズも大事ですが、しかし時としてお約束も悪くないアクセント。初日は普遍的に、幕引きのお時間なのです」

 

 メルクリウスはその1枚を天高く掲げ、宙の彼方へと――放った。

 

「異次元の色彩はラジカルに。宇宙からの色はサイケデリックに。遙かなる極彩色はオブザーバーのイマジネーションを現実に降ろす。それは異世界にして遥かなる彼方。更なる悠久を求めたる外宇宙、天涯から来たる狂気の色!」

 

 暗闇の宙に、色が滲む。

 赤く、青く、黄色く、紫、緑、白み灰色がかって黒く染まる。

 

「好きな色に染めるのです! 思いつく限りの混濁で塗り潰せ! あらゆる色を掛け合わせた無秩序が、暗闇に帳を降ろす!」

 

 オーロラが極彩色に陵辱される。宙の暗幕は宇宙からの色に蹂躙される。

 混沌という色が具現化し。

 自我というエゴが形を成し。

 あらゆる光を飲み込んで、あらゆる羨望を吸い上げて。

 あらゆる狂気を、吐き出した。

 

「さぁ、降ろした幕を再び上げるのです! この舞台はあなたのためだけに! あなたの降臨のためだけの世界であれ! この一瞬、この刹那、この瞬間だけのために、この世界は彩られる!」

 

 長い口上も終わりの時。

 たった僅かな時のために、万物を犠牲にして、彼女は君臨する。

 瞬きの悦楽のため。閃きの快楽のため。燦めきの道楽のため。

 それは艶やかなオーロラ、煌びやかな流星の如く。

 そうあったものは、邪神の手により、狂気に歪む。

 

「艶やかな星々が降り注ぎ、極彩色の幕が天へと上がる!」

 

 

 

 開演。

 

 

 

宇宙(ソラ)の彼方より来たれ――《メテヲシャワァ・ヲヲロラシアタァ》!」

 

 

 

 絢爛豪華な幕開けと共に現れた、大舞台の主()

 一目それを目にしただけで、全身が震え上がり、怖気が走り、狂気も恐怖もなにもかもが迫り上がる。

 

「ぅお、ぇぁ……っ!」

 

 思わず嘔吐く。まともに見ていられない。

 ある意味、それは神々しい。邪悪なほどに、神々しく、忌々しい。

 その不快極まる輝きに、眼が焼けそうだった。

 それは人には過ぎた美麗。人間の価値観では測れない絢爛。

 エキセントリックでサイケデリックな、貌。ただそれだけの、自己顕示欲の塊。

 毒蛇がのたうち、舌が這いずり、煌びやかな装飾が舞い踊る。

 あまりにも冒涜的で、邪悪な双眸。一目見るだけで、気が狂いそうなほどだった。

 

「かは……っ! な、なんだ、これ……!?」

「それはもう、メルちゃんとっておきの最終兵器、とでも言うのですかね? 彼女の姿が見られるだけ幸せ者なのですよ、あなた」

 

 メルクリウスは、その巨大な顔を愛おしそうに見上げる。

 

「《メテヲシャワァ・ヲヲロラシアタァ》がバトルゾーンに出たことで、3枚ドロー――」

 

 吐き出された新たな知識。より面白く、楽しく、残虐で凄惨にするための筋書き(思いつき)が、彼女の手に渡る。

 

「――さぁさぁさぁ! やって参りましたよビビッドロー! 《プロタゴニスト》でコストを軽減、2マナで呪文! 《「祝え!この物語の終幕を!」》!」

 

 《メテヲシャワァ》が求めたのは、追加の役者。自分を引き立てるための役割を要求する。

 

「1枚ドローして、まずは《スペルサイクリカ》でワンクッション! 墓地の《「祝え!この物語の終幕を!」》を回収して再詠唱! 1枚ドローして、《傾国美女 ファムファタァル》をバトルゾーンへ!」

(嘘だろ……《ミラダンテⅩⅡ》のロックを貫通して、ここまで展開するのか……!?)

 

 いや、違う。彼女は“そうなるよう”に、自分の望む展開にするために、場を支配していたというだけだ。

 《ジャミング・チャフ》を止められた。その時点で、この場面は決定づけられたことなのだ。

 

「《ファムファタァル》の能力で、あたしのクリーチャーはすべてパワーが6000上昇! さらにパワード・ブレイカーとなるのです! さらに残った2マナで《二刀流・Re:トレーニング》! 対象は《メテヲシャワァ・ヲヲロラシアタァ》!」

「これは……!」

 

 一瞬でフィニッシャーサイズのクリーチャーが4体に増えた。

 いや、しかし、まだ耐えられる。

 霜のデッキは、一度《プラズマ》まで繋げれば、大量に増えた手札を防御にも転用できる。

 ――そう、まだ耐えられるはずだ。ボクの手札には――

 

「シノビがあるから大丈夫、なのです?」

「!」

「浅はかにもほどがあって、あまりにも愚かなのですね。頭悪すぎて草生えるのです」

 

 霜は手札に大量のシノビを抱えていた。S・トリガーはやや薄めだが、その分、手札に確保したコンバットトリックで確実に凌ぐ算段だ。

 《プラズマ》が出てからが本領。盾に祈るより、引き込んだ手札に価値を見出した構築。より確実に、堅実に、攻防一体の構えを取る。

 はず、だったのだ。

 

「そんなの許すわけないでしょド三下。あなたはやられ役、あたしが華麗に可憐に輝くために惨めに散ればいいのです。それを教えてあげるのですよ」

 

 今この瞬間、舞台は最高潮。

 最高に《メテヲシャワァ》が燦めき、輝き、賛美される場。

 誰も彼もが主演の活躍を望んで(まされて)いる。

 背信者は焼き払い、狂信者には忘れられない時間をもたらす。

 脳裏にこびり付き、決して消えることのない不定の狂気を、流星の如く撒き散らす。

 

「ではではどうぞご覧くださいませ。《メテヲシャワァ・ヲヲロラシアタァ》で、シールドを攻撃なのです!」

 

 宙に浮かぶ《メテヲシャワァ》は、ギョロリとした眼で霜を睥睨する。

 それだけで息が詰まる。気が狂って、恐怖に竦んで、この場からいなくなりたいと希うような怖気が迫り上がってくる。

 けれど、まだ、まだだ。

 霜を奮い立たせる微かな理性。友への義理と、情。そしてなにより自分自身への責務。

 それが彼を駆り立たせ、狂気を打ち払う力となる。

 

「させるか! ニンジャ・ストライク! 《怒流牙 佐助の超人》――」

 

 ――身体が、動かない。

 恐怖か、狂気か? 否、もっと悍ましい、理解できないような、なにかだ。

 理不尽で、不条理で、未知数で、不可解な、この世ならざる力が、霜を、縛り付けている。

 

「そんな低レベルなもの、許さないって言ったと思うのですけど。あたしの話、通じてるのです?」

 

 不可思議な力の奔流に縛り付けられ、霜は手札を切れない。そんな霜に、メルクリウスは小馬鹿にするように笑う。

 

「《メテヲシャワァ・ヲヲロラシアタァ》の能力なのですよ。《メテヲシャワァ》の攻撃中、あなたはあたしの手札の枚数以下のクリーチャーを出せないのです」

「っ、君の手札は……」

 

 バッ、と。

 メルクリウスは扇のように、自身の手札を広げて見せつける。

 

「あたしの手札はなんと7枚もあるのです! コスト7以下のクリーチャーは全部遮断なのですよ。あなたみたいな半端なロックと違って、召喚だろうとなかろうと、全部ストップなのですよ」

 

 コスト7以下まで封殺。つまり、《ハヤブサマル》も《佐助の超人》も《サイゾウミスト》も《バジリスク》も使えない。

 手札に溜め込んだ大量の防御札は、1枚たりとも出演を許可されなかった。

 

「今この舞台はあたしのもの。あたし以外に登壇する権利はないのですよ。端役はすっこんでろなのです」

 

 《メテヲシャワァ》の奇怪なる威光が舞台を、世界を支配する。彼女らの許可なく舞台に上がることは許されない。

 それがこの王国における設定(ルール)

 凡愚でしかない霜は、その支配に対抗する術も、力もない。ただの惰弱な人として、神の如き偉容に飲まれるのみ。

 燃え上がる《メテヲシャワァ・ヲヲロラシアタァ》。遥か彼方の宙で漂う彼女は、霜を凝視し、見据えて、狙いを定め――

 

 ――降下する。

 

「っ……!」

 

 空気が爆ぜる音。加速度的に増す重圧。さらに燃え上がる炎。渦巻く乱気流。弾ける雷撃。

 なにもかもを生み出しては飲み込む混沌の渦を身に纏い、それはひとつの弾丸――否、そんな生易しいものではない。

 メテオシャワー――それは一筋の流星の如く。星ひとつを粉砕しかねない、隕石のように、それは星となって地上へ舞い降りる。

 その速度は秒速1000Km、2000km、3000km……まだ加速する。

 温度は摂氏10000℃、20000℃、30000℃……より熱される。

 あらゆる生命を焼き払い、滅ぼす終末の一撃。

 ただの少年少女を討ち倒すためだけに放たれた、外宇宙からの脅威は、今。

 彼の元へ、舞い降りる――

 

 

 

「――着弾!」

 

 

 

 ――――

 

 爆音。明滅。

 

 その瞬間、世界のなにもかもを知覚することはできなかった。

 閃光によって白んだ世界はなにも見えず、あまりの炸裂音に耳は機能を失った。

 自分の身がどうなったのかすらも認知できない。

 ただ漠然と、意識だけがある。

 思考は吹き飛んだが、生きている、ということだけは感じられる。

 そんな死にも等しい、あるいは死を予感させるような、虚無の時間が過ぎ去って。

 水早霜は――死に体であった。

 

「くっ……はぁ、は……っ!」

 

 あまりの衝撃で吹っ飛んだ感覚が、少しずつ戻ってくる。ひとまず理解できたことは、ひとつ。

 《シャッフ》で攻撃されて、ちょうど残った4枚。

 そのすべてが、一瞬で粉砕されたということだ。

 そして思考が戻って、もうひとつ。

 

(……ここまで読んでいたのか。完全に、踊らされてたな)

 

 《シャッフ》の攻撃がすべてを決定づけていた。あれは呪文を封じるだけでなく、霜の残りシールド枚数も調節していたのだ。

 ピッタリ4枚を、纏めて打ち砕けるように。

 

「だけど、ボクだって、こんなところで……!」

 

 ここまでの道程は、自分ひとりだけのものではない。

 アギリに狭霧、ユニコーン、帰りを待つ木馬バエと燃えぶどうトンボ――そして眠りネズミ。

 皆から託された希望を背負っている。とても微かで小さな希望だとしても、それは、なによりも重い。

 それにこの道の先には、小鈴がいる。

 果たさなくてはならない義理があり、責任があり、友情がある。

 だから――

 

「――負けられないんだよっ!」

 

 すべてを吐き出す。気力も熱意も理性も衝動も、なにもかもを酷使して。

 水早霜は、外なる狂気に、抗い続ける。

 

「S・トリガー! 《Dの牢閣 メメント守神宮》を展開!」

 

 『空想錬金工房 愚者の海』に拮抗する、新たな世界が上塗りされる。

 警句を刻んだ社が、幻想の舞台に抗う。死を超越した存在に、聖なる言辞を言祝ぐ。

 まだメルクリウスの支配には屈しない。狂気にも飲まれない。

 まだ、戦える。

 

「これでボクのクリーチャーはすべてブロッカーだ……!」

「ふぅん。強いトリガーなのですけど、それ、無意味なのですよ。もうあたしの勝ち確なのです。ぶいっ」

 

 メルクリウスは悪戯っぽく、指を二本突き立てる。

 そしてその指を、ひとつずつ折っていく。

 

「ひとつ。《メテヲシャワァ・ヲヲロラシアタァ》はブロックされないのです。当然なのですが、塵芥(ゴミクズ)以下の端役が、主演の攻撃(演技)を妨げようだなんて、身の程を知れという話なのです。そんな愚かな大逆、シナリオにはないので許可できないのです」

「だけどそれはそのクリーチャーのみ……自分良かれと思うばかり、周りを抑え込むことしかできず、連携も協力もできないだなんて、それこそ愚かだ」

「……なのですか」

 

 メルクリウスは静かに目を閉じて、残った人差し指を、ゆっくりと霜へと向ける。

 

「じゃあお前、もう失せるのです」

 

 その眼が開かれた時、彼女の瞳は、殺意という狂気に満ち溢れていた。

 そしてメルクリウスは、ふたつめの指を折る。

 刹那――

 

 

 

 ――背後から、爆撃された。

 

 

 

「あ――が――ッ!?」

 

 

 

 いや、違う。爆撃などと、生易しい威力ではない。

 なにが起こったのか知覚できないような衝撃。流星のような、比類ない破壊力の権化。

 これは――

 

 

 

「ふたつ――《メテヲシャワァ・ヲヲロラシアタァ》は、《二刀流・Re:トレーニング》の効果でこのターン2回攻撃できるのです」

 

 

 いつの間にか、追撃のために浮上していた、《メテヲシャワァ・ヲヲロラシアタァ》。

 その、2度目の攻撃を、受けた。

 今度はシールドが守ってくれるはずもなく。

 生身のまま、霜は為す術もなく。

 呆気なく――狩り取られた。

 

「連携協力、大いに結構。あたし好きですよ? そういうの。あたしが輝けるためならば!」

 

 連携なんて必要ない。協力なんて無意味だ。

 ただひとり、最強の主役がいれば、劇はそれでいい。

 それだけで盛り上がるし、愉快で、愉悦で、悦楽だ。

 ブロック不能。カウンター不能。

 何者にも阻害されない主演の登場は即ち、幕引きと同義。

 《メテヲシャワァ・ヲヲロラシアタァ》が現れたと同時に、この結末は定まっていた。

 神が降りれば運命は覆らない。シナリオは必ずデッドエンドへ。恐怖と狂気に飲み込まれ、終演する。

 

「まさしく、祝え! この物語の終幕を! なのです。最高に美しかったでしょう? 《メテヲシャワァ・ヲヲロラシアタァ》と、あたしによる幕引きは!」

 

 反応はない。火と水の弾ける音だけが、歓声の如く静かに響くだけ。

 

「まあ、答えなど聞いていないのです。事実は明確なのですからね。それになにより――もう喋れないでしょう」

 

 《メテヲシャワァ》の直撃を受けた霜は、うつ伏せで倒れ込み、起き上がらない。

 固い決意であろうと、人は脆い。

 一突きだけで、容易く壊れて崩れ去る。

 儚い生き物だ。

 

「み……水早、君……」

「大丈夫、殺してないので! 減らず口すぎてマジでぶっ殺そうかと思ったのですが、あたしはリオくんと違って理性的なのですからね。お姫さまのご意向には逆らいませんとも!」

 

 くるりと、メルクリウスはひとり残された実子に振り返る。

 幼い少女の眼は狂気に溢れたまま。

 その溢れ出した狂気は、実子の身も精神も、蝕んでいく。

 

「で、あなたはどうするのです?」

「どうするって……」

「やるのですか? やらないのですか?」

 

 その笑顔はこの世のものではない。そう見えるというだけで、本当に笑っているのか、それとも怒っているのか、嘲っているのか、あるいは蔑んでいるのか、悦んでいるのかさえ、わからない。

 どうしようもなく理解してしまう。これは、およそ人類が太刀打ちできるような存在ではないと。

 人智という枠組みから逸脱した、未知にして脅威なるものであると。

 理性とか、意気とか、論理とか、根性とか、理屈とか、気合とか、そんな些細なものは一切合切粉砕されてしまう。

 ただただ、認識できるのは。

 己が無力である、という現実だけ。

 その真理を突きつけられた以上。

 実子は、抵抗することも、できなかった。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「――任務かんりょー! なのです!」

 

 誰もいない。たったひとりだけの公園で、メルクリウスは朗らかに笑う。

 ただの少女のように無邪気を装って。すべての公演が終わったかのように清々しく。

 

「イライラしたこともあったけど、ま、あたしの手に掛かればこのくらいはちょちょいのちょいなのですね! あとは途中でリズちゃんズを回収して、そのまま帰って動画編集でも――」

 

 と、そこで。ピタリと、メルクリウスの動きが止まる。

 

「え? なに? ミーナさん? お姫さまの護送の途中じゃ……ん? え、えぇ!? そんなことあるのです!? そんなまさか――」

 

 なにもないはずの虚空に耳を傾けるメルクリウスに、驚愕の色が浮かぶ。

 そして、信じられない、と言わんばかりに、それを否定したいかのように、彼女は叫んでしまう。

 

 

 

「――お姫さまが逃げ出したなんて!」




 クトゥルフ神話TRPGルールブックの(6版)によると、巨大な頭が空から落ちてくるのを目撃すると、成功で2、失敗で2D10+1のの正気度ロールらしいですよ。霜はギリギリ減少量4くらいで踏みとどまったのかもしれませんね。結局は、大顔で押し潰されてしまいましたが。
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